ドン番外 らいほうバニタス   作:鳥鍋

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そのに

 

王苦市の道路、膨らんだエコバッグを持っていつもの服のミサキは買い出しから喫茶どんぶらに戻っていた。その足取りは軽くも重くも無く淡々と仕事をこなす姿勢である。

 

「はぁ、店舗の経営と集客が目的な以上料理や接客は意味がある。だからリーダーとマスターに従うのは正しいけど……ヒヨリとリーダーは大丈夫かな」

 

その心配が届いたのか否か、所変わって喫茶どんぶらではサオリとヒヨリが接客を担当していた。

 

「注文のチョコレートパフェだ」

「……お、お待たせしました、コーヒーです」

 

作法はそっけ無いが注文を確実に聞いてマスターに伝える。それを客の元に届けるだけならかつてアリウスに在籍していた時の過酷な任務に比べればなんて事ないはずである。

 

「オムライスにカレーライス、しょうが焼き、サンドイッチ、うわぁぁぁん!一度に運ぶ物が多すぎますよ!リーダー手伝ってください!」

「少し待っていろヒヨリ、ん?」

「ちょっとアンタ!」

 

ふてぶてしい態度の中年女性、いわゆるオバサンがイライラした様子でサオリに声を掛けてきた。

 

「注文か?」

「頼んだコーヒーが熱すぎて舌ヤケドしちまったよ!どうしてくれるんだい?!」

「見せてみろ」

「ちょ、あがががが?!」

 

トレーを置いたサオリは相手のアゴに手を当てて開かせる。衛生兵ではないが火傷打ち傷を見慣れたサオリにとってはなんて事の無い物。

 

「騒ぐ程では無い。落ち着いて注文を言え」

「だから!ヤケドしたんだよ」

「マスター、冷水と鎮痛薬はあるか」

「あるよ」

 

マスターはカウンターでかがむと救急箱と氷水の入ったボトルを取り出す。素早く水を舌に当たるよう飲ませ、塗り薬を付けて口を閉じさせた。

 

「応急措置は完了した。病院に行き悪化を防げ」

「あ、うん、ありがとね」

 

オバサンはキョトンとした態度で文句も何も言えない。そのままコーヒーを飲み干しそそくさと帰る事にした。

 

「……リーダー、すごいです!噂のモンスタークレーマーを退散させるなんて!」

「クレーマー……理不尽な要求を飲ませると聞いたがそうでは無いのか」

「サッちゃん、マスター、こっちは終わったよ」

 

スコップなどのガーデニング道具を持ったアツコが出入口から戻って来た。制服が汚れないよう土が付いたエプロンが目立っている。

 

「接客手伝った方がいいかな?」

「いや、これから客が減るらしい。ミサキが戻ったら私とヒヨリと交代、そこで接客は任せる。それでいいかマスター?」

「……いいよ」

 

アツコは店のバックヤードに歩き入れ替わりにまた数人来店した。

 

「買い出し終わったよリーダー、他にも来てるけど」

「来たよサオリ!」

「邪魔するぞマスター」

「……鬼頭はるか、だったな。注文は?」

「んー、取材していい?マスター、いいよね?」

「いいよ。君達も仕事は休憩だ」

「了解した」

 

ミサキが戻り、はるかとソノザがやってきたのをいいタイミングとしてスクワッドの休憩時間が始まった。

 

───

 

客がある程度出払った頃、紙とペンが置いてある机を挟んでサングラスのはるかとソノザ、反対側にサオリが会話をしていた。ペンを持った相手にまじまじと見られるのは慣れてないのか少々照れている様に見える。

 

「へぇー、タロウは相変わらずタロウなんだ」

「俺はその先生の話が気に入った!お前達含めて生徒全員に真摯に向き合うのはザワザワする!」

「伝わったのなら何よりだ。それにドンブラザーズ、桃井タロウと猿原真一もかつて先生として勤めたのは初耳だ。その後タロウとお前達が殴り合いをしたのは意味がわからんがな」

「あー、あれね」

 

はるかは苦笑いして地球鬼が学校で暴れた時を振り返る。その時のソノザはソノイの乱入を見届けただけだが、いつものドンブラザーズかと流していた。

 

「鬼頭はるか、一つ聞きたい」

「何?」

「私は桃井タロウ、先生に銃を向けた上で彼らに頼り縋って戦う事になった。その時は姫を助け出すという目的があったが、お前達は今でも敵同士である脳人と現在も共同戦線を組んでいる。その違いは一体何だ?」

 

はるかは少し考えて、ソノザと目を合わせて答える。

 

「『縁』ができたからかな」

「縁……」

「はるかの書いた漫画で俺が笑いを知り、ソノシの奴にドンブラザーズと一杯食わせたり、思わぬ繋がりで俺達がここにいる。そういうことだ」

「まあうんぬんかんぬんだね」

「うんぬんかんぬん……それでは分からない」

「要するに、タロウが私達の中心にいた事!」

 

サオリは合点がついたのか、マスクの無い素顔で『ふっ』と笑顔を見せた。

 

「どこでも変わらないな、奴は」

 

───

 

「うわぁぁぁん!何でこんな感じの青春が私にはなかったんですかぁぁぁ?!」

「ヒヨリさん、落ち着いて!」

 

はるか達と別の机では『新初恋ヒーロー』を広げたヒヨリが泣き叫ぶのを、休日としてピンクのシャツの雉野がどうにかなだめていた。

 

「明るい社会で働いて結婚生活をしている雉野さんには分かりませんよ!アリウスで悪い大人に灰色の青春を送る事を強いられた私達の不幸なんて!うわぁぁぁん!」

「どうしよう……僕以上に不幸が重すぎる」

 

ヒヨリの過去が想像以上に暗く重い、平凡を自覚する雉野は頭を抱えた。それでも自分の事についても話してみる。

 

「それなら僕も、夏美さんの前に結婚していた人がいたけど、本当は人のフリをした化け物だったんですよ」

「え?」

「みほちゃんは、僕にとっての全てでした。今は夏美さんがいるけど幸せな生活を失ったのは事実です」

 

ヒヨリは声を止めて雉野の方を見る。泣き止んだと思って雉野は安堵した。

 

「それでも僕には……」

「それがどうしたんですか!化け物は気になりますけど大人の不幸なんて今はどうでもいいんです!わぁぁぁん!」

「……助けてくださいタロウさん、夏美さん。いやタロウさんはダメだった」

 

雉野はみほの話をしても泣き止まないヒヨリの態度で途方に暮れた。

 

───

 

「待て!指名手配犯犬塚翼!人質を離せ!」

「人質じゃねぇよ!」

 

犬塚はアツコの手を取って街中を警察官から逃げていた。逃亡生活で走り回るのに慣れている犬塚と訓練により通常の生徒よりも体力のあるアツコの二人を警察官はなかなか捕まえる事はできないが、自転車に乗った相手から逃れるのは難しい。

 

「翼!こっちだ!」

 

建物の間の路地からソノニが顔を出す。そこに犬塚とアツコは入り込み、警察官の視界から消えた。

 

「待て!……いない?」

 

所変わって、ビルの屋上に突然虹色の扉が開く。そこから先程路地に入った3人がソノニから順番に小走りで出てきた。

 

「助かった、ソノニ」

「翼……」

 

犬塚はソノニに感謝を告げるが、当のソノニは不機嫌そうに顔をしかめる。

 

「そいつと近すぎる!私以外で手を握って逃げるな!」

「緊急時だ、そんな事言ってられる余裕なんて無い!」

「そこのお前もベタベタするな!」

「あっ!」

 

犬塚とアツコの間に手を入れて物理的に距離を離した。

 

「まったく……」

「ねぇ」

「何だ?」

 

アツコは唐突にソノニに声をかける。マスクを外したアツコはいたずらっぽく質問した。

 

「もしかして、翼さんの事が好きなの?」

「そうだ、私は翼に愛を見つけた。そこにお前が入って来るな」

「愛……とっても温かい、いや、ヒヨリの雑誌みたいにアツアツなんだね」

「アツアツ……」

「ニヤニヤして言うんじゃねぇよ!」

 

ソノニは照れて顔に手を当てて、犬塚は照れ隠しなのか少し強めに食ってかかる。

 

「アツアツなのは否定してないんだな?翼〜」

「お、おう。まあな」

 

照れていたのが嘘のようにソノニは翼の腕に手を回す。アツコに見せつける為でもあるらしい。

 

「キヴォトスにも先生とタロウがいるけど……」

「先生って奴は知らんが、桃井はやめとけ」

「先生は罪を犯した私達にも親身になって、未来を切り開いてくれた。タロウは私達の虚しさを、絶望をハチャメチャに笑い飛ばした。どっちも運命を変えてくれた人。ソノニもそうなの?」

「私は……愛を知る為に翼に惹かれ、そして運命が絡み合いこうして共にいる。そういう意味では翼は私の光だ」

 

ソノニとアツコは運命を変えた者達に共感する様微笑んで語り合う。

 

「いや……恥ずかしいな」

 

どこからか引用された心当たりがあるのか、翼は顔を反らして隠した。

 

───

 

どこかの日差しの暖かい縁側、猿原真一は酒を嗜んでいた。その振る舞いには見る者が見ればどこか風流を感じられる。

 

「何してるの?」

「空想の酒を、嗜んでいる」

 

お猪口も徳利も無く指で形を作って口に運んでいただけにしか見えない行動はミサキには奇妙に見える。タロウの仲間と言う事でスクワッドとしての警戒を低くしていたが、認識を改める必要があるらしい。

 

「本物を買えばいいでしょ」

「私は金には触れない。人間の醜い欲望が詰まっているからな」

「……」

「ふむ、その警戒ぶりは脳人や犬塚以上。キヴォトスという場所で鍛えられたのなら納得だ」

「あなたがおかしく見えるだけ」

 

猿原の分析をミサキはバッサリ切り捨てる。興味が無い、関わりたくないの感情がないまぜになっているようだ。

 

「手厳しいな……ここで一句」

 

香る庭

 友とひとひら

      花梓

 

猿原は風雅に一句を詠みあげる。自分の得意分野を見せれば相手も多少心変わりするだろう算段だ。

 

「アズサ……何それ。突然俳句?を言う意味が分からない」

「分からないだけならまだいい。偶然だが君には『あずさ』という言葉に思い入れがあると見た」

「あなたには関係ない」

「ならばこれを貸そう、ここに座り俳句を書くといい」

 

おもむろに俳句を書く短冊を取り出してミサキの手に持たせる。机から縁側に移動した彼女は足を投げ出すように座り、虚無な感情のまま庭を眺める。

 

「情景に意味なんて無いのに……」

「意味を創るのが私の俳句だ」

 

ミサキに詩や文章を創った経験は無い。ただ与えられた一言に従っていただけだったが、冷静かつ客観的に周囲を観察するのは苦手ではない。

 

そよ風の肌触り、暖かい日差し、庭木の緑……

 

『ドン・ブラスター!』

 

やかましいシステム音、警戒して振り返れば猿原の目の前にドンモモタロウも持っていたハンドガンが浮かんでいる。

 

「ヒトツ鬼だ、すぐ戻る」

 

そう言って頭上の脳人レイヤーが開き、彼はその場から姿を消した。風が吹き、誰もいない事を強調させる。

 

「……リーダーの所に行こう」

 

この家には休憩がてら立ち寄っただけ。意味もなく長居するよりはスクワッドの仲間と共にいた方がいい。短冊を座っていた場所に置いてその場を後にした。

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