「ずびっ!」
「へっくしょん!」
「うぅん……」
喫茶どんぶらは病院ではない。ないのだが、机を退かした部屋の中心にはドンブラザーズのメンバーが布団で横になっていた。猿原は頭に氷のうを乗せて、雉野はマスクのまま大きくくしゃみをする。犬塚はいつかの如く寝込んでうめき声を出すばかり。
「マ゛ス゛タ゛ー゛……。テ゛ィッシ゛ュ……」
「あるよ」
鬼頭はるかはカウンターで箱ティッシュを受け取り思い切り鼻を噛む。
「ドンブラザーズは全員が戦闘不能。マスター、追加の戦闘要員は?」
「俺とムラサメくらいだ」
マスターがしゃがむと、コンセントの伸びた小さな箱に刺さったままの紫色の大太刀をカウンターにドン、と置いた。
『……まだ眠いです』
『ムラサメは充電中です、そっとしてあげてください』
「だそうだ」
マザーが軽くムラサメの現状を伝え、マスターはスクワッド諸共落胆する。
「お前達がドンブラザーズとして戦えば問題ないんじゃないか?あいつらよりも戦士として的確に攻撃できていた」
先程の戦闘の分析を元にソノニが代案をスクワッドに語る。犬塚よりも戦士として優れているのは内心癪だが、事態を解決するなら間違ってないはずだ。
「いや、ドンブラザーズの装備では私達の戦術に合わせた武器を使えない」
「あのスワットモードとやらを使えばいいだろう」
「ダメ、それだと私も戦えない」
サオリが戦術的に否と答え、ソノザの提案にもアツコは首を縦に振らない。
「次の戦闘においては私達の火器と戦術で撃破するべきだ。マスター、弾薬は?」
「あるよ」
バックヤードからキャリー付きの台に乗った箱をカウンターの前方に出す。それを開くとキヴォトスでもお馴染みの弾薬やグレネードが大量に詰め込まれていた。
───
「二組に分かれて捜索、発見次第連絡を取り集合だ。作戦開始」
「了解」
「わ、分かりました」
「行こう、サッちゃん」
アリウススクワッドは行動を開始、喫茶どんぶらの前で二手に分かれる。
「俺達も行くぞ」
「しかし、大丈夫なのかあいつら?いくらヒトツ鬼がいるからといって銃を持ち出すのは」
「お前が言うと確かに不安だな……二手に追いかけよう」
いくらヒトツ鬼と欲望の巣窟、王苦市でも脳人の二人は彼女らに不安を覚える。故にこちらも二手に分かれる事にした。
───
「おい待てお前達!」
ショッピング施設の一角でソノザはサオリ・アツコ班に追いついた。
「作戦の途中だ」
「その作戦では銃を隠せ!見られたら面倒事になるぞ」
「面倒……ここでは銃を持つのが違法って言ってた事?」
「特にあそこにいるアイツはダメだ」
ソノザが向いている方向に、サオリ達は物陰から身を隠して観察する。
「よーしよしよし、ハンゾウから落ちるなよー」
広場のイベント会場、柵のスペースで髭面の中年男性が小学生程の男の子が乗った馬を引っ張りながらゆっくり歩いていた。
「奴はヒトツ鬼に何度も変身した男だ。この件とは無関係とは言えないが、真面目にやってる相手や普通の人間を巻き込む事は良くない」
「ならば周囲と分断し、正体を現した時点で撃破だ。奴を引っ張り出すぞ、姫」
マスクのアツコは頷き、サオリと共に銃をソノザに押し付ける様に預ける。そして物陰から堂々と抜け出し、人と人の間をまっすぐ抜けて髭面の中年、大野稔の方へと歩いていった。
「お?姉ちゃん達も乗るのか、順番は……」
「付いてこい」
「え、いや、ちょちょちょ?!」
サオリとアツコは会場の中で堂々と片腕ずつ大野を掴んで引きずる。子供も馬もあ然とする中、彼女らは人気の無い方向へ消えていった。
「おい、何するんだあんたら?!せっかく牧場の仕事してたんだぞ!?」
「ヒトツ鬼の正体はお前か?」
「違う!ここんとこ真面目に仕事していた!」
「しらを切る気か?」
サオリは預けなかった拳銃をホルスターから抜き取り、大野の額に向ける。
「答えろ!」
「違う!違う違う!俺は真面目に、仕事をしていただけだアァァァ!!」
彼の『疑いを晴らしたい』という欲望にヒトツ鬼は応えた。Vの字が重なったクレスト、《蝨ー逅?姶髫》と読み取れない文字、ステンドグラスの様な欠片に包み込まれる。
「はっ!」
その直前だった。ソノザが唐傘を開いて大野にまとわりつく光と欠片を絡め取る。
「おっとっと……飛んでけ!」
カッキーン!
大道芸よろしく光の球体となったヒトツ鬼を傘でコロコロと回し、かち上げ宙に舞う所をバッティング。文句なしのホームランが決まり、鬼は星となった。
「邪魔をするな!」
「あれは別のヒトツ鬼だ、お前達の追っている奴じゃない」
「そうか……奴も撃破するか?」
「いや、ドンブラザーズで片付ける。俺の目でヒトツ鬼を探すから無駄にヒトツ鬼を増やすな」
「……すまない」
サオリは早とちりした事に後悔する。ソノザも脳人としての能力でフォローできるのにいつものノリのせいで失敗した事を悔んだ。
「大丈夫、行こうサッちゃん」
それをフォローするかの様にアツコは二人の手を掴んで歩く。サオリとソノザも失敗と後悔を一旦忘れて進む事にした。
「……はえ?っと!ハンゾウの所に戻るか……」
置いてけぼりにされた大野は尻もちの姿勢から立ち上がり、トボトボと歩いて行った。
───
「おい白井ぃ!」
「いやもう終わった話でしょうよ!」
道路の中心で初老だか厳つい雰囲気の男がアロハシャツの男に掴みかかっている。
「ケンカ?通行の邪魔だ」
「でも、銃を使ってないから巻き込まれなくて安心ですね……」
「ヒヨリ、横から抜けよう」
ただのケンカでも銃火器を使い、巻き込まれる恐れのあるキヴォトスと違い、この世界のケンカは平和的だが通行の邪魔だ。
「あー!ちょっとそこの姉さん達、手を貸してくれませんかね?」
「はぁ……。私達には関係ない」
「そう言わずに!」
「……何なの?」
気だるげにミサキは事情をアロハシャツの男、白井に聞く。
「それが、店長がブルーレイの特典を返せってうるさいんですよ!」
「当たり前よ!特典のサイン付きポスター、撮影の資料、名場面カード、全部俺が注文した奴だ!テツのポスターみたいに売り飛ばしたらタダじゃおかねぇぞオイ!」
「映画……ですか?」
店長こと松井の説明にヒヨリは気になって一言つぶやく。
「そうよ!テツのチャカ向ける気迫がブルーレイで明るく蘇ってよ!嬢ちゃんの持ってる、そんな……感じの、モデルガンが……」
松井は説明を続けて、ふと足元に見えたおもちゃにしてはリアルな拳銃に目を引かれた。
「なぁ、姉さんよ。その背負ってるゴツいのは、いわゆるロケットランチャーって奴じゃないのか?」
「……はぁ。行くよ、ヒヨリ」
「は、はい!ケンカなんて痛くて時間の無駄ですからね……」
「お、おう」
これ以上関わるのは切り上げて、逃げる様にミサキ班は立ち去って行った。ラーメン屋達には明らかな兵器を持つ相手を止められる程の勇気はなかったのか、ただ見過ごすだけだった。
「……やっぱポスター返しますよ、端っこ折れちまったけど」
「何やってんだコラ!」
「勘弁してくださいよ店長……」
───
「待ちなさーい!銃刀法違反で逮捕ー!」
鬼頭ゆり子を始めとする警察官達は拳銃を構えて逃げる相手を街中で追いかける。
「待て!」
その対象、錠前サオリはアサルトライフルを抱えた上で警察官よりも速く走る。
「待て待て待て!人に銃を向けてはいかん!」
そして騒ぎの元凶たるヒトツ鬼、地球鬼は必死のフォームで駆け抜けるが、振り切る事ができない。咄嗟に曲がり角を左に逃げようとした。
「ふっ!」
「うおっ?!」
しかし目の前に槍の穂先が飛び出し、全力疾走にブレーキを踏む羽目となった。一拍置いて逃げ場を探そうと周りを見渡すが、遅かった。
「vanitas vanitatum.」
追いついたサオリが腹部に銃口を押し付けて発砲。重い発砲音とマズルフラッシュ、その衝撃にヒトツ鬼は崩れ落ちた。
「うあぁぁぁ……」
「確保!いや、危ない……!」
ヒトツ鬼が倒れたタイミングを見計らう様に警察官が殺到するがタイミングが悪かった。そのヒトツ鬼の身体にエネルギーが迸り、爆発。下手人を包み込み、その場に残ったのはスーツ姿で箱ティッシュを掴んだまま倒れた男、津野角高校の校長だけだった。
「逃げ足の速さはともかく危険さ……獣人程じゃないから松竹梅で言うと『竹』ね」
「間一髪だったな」
「助かる。これで不手際のリカバーができた」
「だけど、あの人達はまだいるみたい。どこか身を隠せる場所はある?」
「そうだな……」
ホームランしたヒトツ鬼を撃破したサオリ班、ソノザが警察官から逃げる為に辺りを見回した。
…………
「いらっしゃい」
『おでん』と書かれたのれんを潜り抜けると、割烹着で三つ編みおさげの女将が優しく微笑んだ。
「王苦市警です。現在不審な人物を捜索しています」
「警察の方?大変ですね。おでんはいかがですか?」
「いえ、また今度客として来るわ。そちらの方も何か知らないかしら?」
ゆり子刑事に尋ねられ、カウンター席の客は振り返る。
「トクニ、ナニモ」
多少浮ついた高い声で、玉子の輪切りみたいなメガネ、昆布に似たまゆ毛、どうみてもしらたきなエクステを付けた彼女は答えた。
「……そう。ご協力感謝します」
何事もなくゆり子は店を立ち去り捜索を続ける事にした。そこに入れ替わる様にのれんをめくったのは「しめた!」と言わんばかりに意気揚々と現れたソノザだった。
「上手く行ったなお前ら!」
「こういう場所に立つのは初めて、なんだか新鮮な気持ち」
「変装は理に適っているが、他の手段は無かったのか?」
おでんの変装アクセサリーを外してソノザに不満げに問い詰める。
「前例があったからそれでいいだろ」
「前例?」
「まぁ、前例は前例だ……」
ソノザの声のトーンと視線が下がる。その空気にアツコは既視感を覚えた。まるでアズサが自分達から離れた時の様な寂歴さ、何かを察しはしたが口にはせず皿を取り出した。
「サッちゃん、ソノザさん、とりあえず食べる?」
「アツコ……」
「俺は四角い、さつま揚げをくれ。こいつには……丸いの、玉子だ」
「はい、玉子とさつま揚げ」
皿の上でほかほかと湯気を上げる玉子をサオリは箸を持たずにじっと見つめるのみ。ソノザは見かねたのか歯形の入ったさつま揚げをつまみながら声を掛ける。
「遠慮するな、せっかく仲間が出した物だろ」
「……頂こう」
固い玉子の一口は、深みのある出汁と自分には縁遠いほっこりした温かみがあった。
───
「逃げ場が無いですね……」
「ここの警察も少しは優秀らしい」
路地裏に追い込まれたミサキとヒヨリは息をひそめ、警察官が通り過ぎるのを見送っていた。
「装備もハンドガンがせいぜい、一人ずつ制圧するのは難しくはない。問題は……」
「先生と同じく、銃弾一発でも致命傷になる事ですよね……」
「レイヤーを開いて武器を隠す方法もあるぞ?」
いつの間にか追い付いたソノニの提案も聞き入れて、一度武器を預ける事も思案する。キヴォトスと違っていきなり銃や爆弾を放つ相手もいない。お目当てのヒトツ鬼に遭遇した時だけ構えればいい。
「相手がいつ見つかるか分からないけど、それが最善なら」
「お前ら……」
声の方向に振り返ると、ストライプの帽子を被った男が丸めた薄い本の様な物を持っていた。
「見られちゃいましたね、どうにか黙らせないと……ソノニさん?」
「あいつか……」
ソノニは『思い出したくなかった』と言わんばかりにうんざりした顔で彼を見ていた。
「最っ高にリアリティなロケランだ!俺の映画に出ないか?!」
「奴は映画監督だ。訳の分からないリアリティで私達を振り回していたがな」
丸めた台本を持った男、黒岩一蹴はこれだ!と目を輝かせてミサキ達の武器を見る。無駄にテンションが高く、どうにも集まっていたメンツとは相容れない。
「警察より面倒な相手、断った方がいい」
「いや、これなら警察から切り抜けられるはずだ。小道具置き場と撮影場所は?」
「乗り気だな、付いてこい!新初恋ヒーロー以上のリアリティにしてやるぜ!」
…………
「カット!スケートリンクで滑ったあまりブレイクダンス、実にリアリティだ!」
王苦市の室内スケートリンク内、ミサキは冷めた目で役者達の姿を眺めていた。黒岩監督の無茶苦茶に従って上手いのか下手なのか分からない演技で体を張る意味が分からない。彼らが楽しそうには見えないが監督がそのリアリティさにご満悦ではあるようだ。
「それで、私達は……何をするんですかね?この銃を見て呼ばれたから……」
「そう、そいつを向けて爆発!させるんだ!火薬はじゅう、ぶん!あるからな!」
「撮影でも流れ弾に当たったら危険じゃないの?」
「いいや、爆発の中で見せる表情こそリアリティだ!」
ミサキとヒヨリはこの大人のとんでもない思想に絶句した。たかだか映画のために脆い肉体で重火器を撃ち込むのに躊躇が無い事に。
「このままだと面倒、隙を見てヒトツ鬼を探しに戻ろう」
「いいのか?しばらく付き合えば警察に追われないぞ?」
「痛いのや苦しいのをわざわざ味あわせたい訳じゃないですからね……。あれ?」
「ヒヨリ?」
ソノニの一言をヒヨリがやんわり断り逃げ出す算段をしていた所で、近くの通路から撮影スタッフでも役者でもない気配を感じ取る。
「誰、でしょうか?」
通路を覗くと、そこにはスポーツウェアに似た練習着の女性が包帯の巻かれた左足を引きずりながらスケートリンクを見ていた。
「何で、何でバカみたいにあの人達だけが滑っているの?……私が、私が……」
「欲望が暴走している、ヒトツ鬼だ!」
「ヒヨリ、距離を取って逃走経路を確保」
「は、はい!」
彼女の背後には光の粒子で構成された異形の影が一瞬浮かび上がり、周囲にも光の欠片が漂う。
「私が、回りたいのにぃぃぃぃ!」
《辟。髯仙屓霆「謌ヲ髫》とバグを起こした文字列と正三角形を三つ逆ピラミッド型に重ねた家紋に似たクレストが赤い光として彼女を包み込むと、鉢巻き、魚、皿がめちゃくちゃに混ざり合ったスキン『回り続ける握り』で覆われた無限回転鬼が姿を現した。
「ん?なんだ?!今のカット、もう一度!」
「キャメルスピン!」
「リアリティィィィ!得点高め……」
無限回転鬼はスケートリンクに乗り出し、スピンと共に吹雪混じりの竜巻を起こした後に映画のスタッフ達はドンブラザーズと同じく生きた氷像に変えられてしまった。