あれ何とかならないのかなぁ……失う前に気付きたいな。
「お父さん、お母さん、ごめんなさい! 遅れてしまっ…………え?」
扉を開けて、見えた景色。
何故かこの部屋にだけ明かりが付いていて、部屋の床が隅々まで鮮血に染まっている事が分かってしまった。
そして病室の左右2台のベッドの上には、真っ赤に染まったシーツの上に2人の男女がそれぞれ寝かされていた。
どちらも表情は絶望の1色に染まっていた。
女性の方は瞳孔が開いたままピクリとも動かずに真上を見上げていた。
そして、彼女の体は腹から下が無くなっていた。
下腹部には噛みちぎった跡があり、そこから人間にとって大事な臓器が大量の血液と共に流れ出ていた。
男性の方はまだ片足が残っているが、その足を謎の生き物が少しずつ捕食していた。
何が、一体何が起きているんだ。
ああ、何も理解が出来ていない。
視覚が捉えた情報を脳が理解しようとせずに拒んでいる。
あの2人は、アレが、私が、私の?
私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の私の
「パパ……と、ママ……?」
とうとう私の脳が理解した情報。
ふと零した言葉に、父はこちらを向いた。
「しょ……う、こ…………にげ、ろ……がほっ……」
その言葉を最後に、彼の目から光は消えた。
実の親が息絶える瞬間を見た。
私はいつの間にか腰を抜かして、その場にへたり込んでしまっていた。
私の父だった物をゆっくりと食べていく謎の生き物を眺めている。
父が逃げろと言っただろう。
何故そんなところでへたり込んでいるんだ。
早く立て。
しかし私の体は動かない。
瞬きすら出来ず、父の足が食べられていくのをただ見ていた。
あれはほんとに実在する生き物なのか。
上半身だけ見れば、ただの裸の子供のように見えなくもない。
しかし、下半身は見るに堪えない地獄だ。
腹から下は透明の膜で作られた蛇の尻尾のようなフォルム。
透けて見えるその中には、人の脚部や臓器が破裂寸前なぐらいまで詰められていた。
ソイツが咀嚼する度に、膜の内部が流動する。
どれくらい見ていたか、何も分からない。
父の下半身を食べ終えた謎の生き物は、こちらにゆっくりと振り向くと。
うつ伏せの体勢をとり、下半身を引き摺りながら、ほふく前進の形でこちらへと近づいてきた。
『さっかー、したかったんだ……』
次は私の番だ。
早く逃げなければならない。
頭では分かっている。
しかし、私が、私の脳がどんなに体に命令を飛ばそうとも、指1本たりとも動かなかった。
『でもぼくには、うまれたころからあしがなかった』
生き物の手が、私の、足に触れる──。
『きみのあし、ちょうだぁぁぁい!! 』
ああ、私の人生はなんだったんだろう。
最後の最後に、家族の言いつけを破り、日本の法律すらも破り……散々だな。
「……ここで、死ぬのか……」
その考えに至った瞬間、私は後悔と恐怖という2つの
『う゛えああああああああああああああ』
私の足に触れようとした生物? いや、よく見たらこの世のものでは無い。
ただのキモイ化け物だな。
その化け物の右腕が炎に包まれていた。
そして気づけば私の体も、とても暖かい何かオーラのようなものに包まれていた。
身体には活力がみなぎり、抜かした腰もいつの間にか治っていたので、ゆっくりと、立ち上がる。
「お前が一体何なのか、全く分からないよ……」
這いつくばって逃げようとする化け物の尻尾部分に触れる。
『あぎゃががががが』
「だがひとつだけ分かる。お前は、私の……親の仇だ」
一気に化け物の全身は、火だるまへと姿を変えた。
「人様の足食ってんじゃねー。私の足は、私の両親がくれた……私だけのものだ」
制服のポケットから潰したゴミを取り出して、今も尚、断末魔をあげて体がボロボロと崩れていく火だるまへ、ゴミの先端を近づけた。
先端から一筋の煙が立ち上る。
煙を検知した火災報知器が辺りに鳴り響いた。
私は反対からその煙を吸った。
「ゴホッゴホッ……まっず」
謎に高まった気分も、これで少しは落ち着くだろうか。
私は両親の遺体に近づいて、そっと2人の開いたままの目を閉じた。
「パパ、ママ……助けられなくてごめんなさい」
まだ温かい2人の遺体を自分へ引き寄せて、ひたすらに泣いた。
その後、全てを失った私は高専の術師に拾われて、術師を目指すことになった。
私はまたひたすらに勉強することから始めた。
私の両親を殺した化け物は呪霊という存在で、それも宿儺の指を取り込み呪胎化して、病院を生得領域の迷宮にしたという事も後から分かった。
私が纏ったオーラが、高専の術師で使えるものが滅多に居ない希少な力、正のエネルギーである事も。
私は今まで両親の言いなりで生きてきた。
改めて考えてみれば、自分の好きな物も趣味も嫌いなものも何も無かった。
私は空っぽだった。
人というものは生きていく過程で、好き嫌いや楽しい事、悲しい事、そういった自我を獲得して、それが性格に反映されて個性を持った人間になっていく。
元々空っぽだった私から、呪霊は更に両親を奪った。
失ってから気付く。
父が仕事中には一切見せない、私の顔を見る時だけ目を糸のように細めて笑う表情を。
母は看護師と家事のどちらも疎かにせず、夜の勉強中に寝てしまった私に、ブランケットを掛けて夜食まで準備してくれたあの優しさを。
「その後私に残ったのは、……タバコ、反転術式の才能、五条、夏油、夜蛾先生、高専のお世話になった先輩方、そして──」
私の目の前で床に伏せた、黒い瘴気に侵されて意識の無い少女。
私より身長が低くく、小動物みたいな格好と言動だけど、中身はちょっとキモイ女の子。
私の簡易聖域でも祓えない正体不明の黒い瘴気は、彼女の体をつま先や指先から少しずつ灰へ変えていく。
貴方とは出会ってまだたった7ヶ月。
それでも。
空っぽだった私にとっては。
「雪菜は……
縛りは術式の効果を強化する以外に、術式の成功率や発動速度をあげるもの等、多岐にわたる。
私が縛るのは、これからの人生全てと貴方の人生。
「他者との……縛りは、難しい、な……まあアンタなら何も言わずに了承してくれるよね」
私の呪力全てを正のエネルギーへ変換する。
「雪菜、これは縛り。私の命だけじゃ足りなかったみたい。だから、アンタの人生は私が貰うわ」
『旧友』『残陽』『故郷の祭花』『刹那への想い』
魂の記憶? そんなの読み取れなくたって。
「私の中の雪菜の記憶だけで十分」
『反転術式・辿』
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