人間を拾ったので〇〇してみた   作:ヤニカス

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プロローグ

その日は重い暗雲が垂れ込めていて、雨がパラパラと街を濡らしていた。

 

「だ、誰か、たすけ……っ!」

 

街に溢れる影の騎士達は、ゆらゆらと暗闇から幽鬼のように現れ、手に持つ剣を、槍を、斧を、逃げ惑う人々に音もなく振るい、喰い散らかしていく。

 

影の塊のような騎士達だが、不思議とその黒い仮面の目だけは赤い光を放ちながらギラリと輝いている。

 

「うわぁあああっ!!」

 

悲鳴を上げながら逃げ回る人々は、次々と影の騎士達の餌食となる。

ある者は腹を引き裂かれ、またある者は頭を砕かれて、血溜まりの中に沈んでいく。

 

「お父さぁん! 助けてぇええ!」

 

泣き叫ぶ少女の声も虚しく、父親の返事はない。

影の騎士が無造作に振り回した斧によって、逃げる親子の頭上に大きな瓦礫が落ちてくる。父親は咄嵯の判断で娘を突き飛ばすと、代わりに自分が瓦礫の下敷きになった。

 

「お父さん!?」

 

「いいから……お前だけでも、逃げろ」

 

父親の言葉に首を振る少女だったが、事切れた父親を目に、慌てて逃げ出す。

 

父親を置いて逃げ出した事に心苦しく思う気持ちはあったが、しかし彼女の足は自分の命を守る為に全力疾走を開始した。

 

背後からは人々の断末魔の叫び声が響いて来る。

やがて彼女は息を切らせて走るスピードを落とす。

 

街の中央に位置する破壊された女神像の前。

そこに『虚影の騎士』はいた。

 

赤錆の浮かんだ、まるで鉄塊を思わせる大剣を地面に突き立て、誰かを待つように。

 

そこに現れたのは傷だらけの少女。

 

「きしさま……たすけて……ッ」

 

少女はこの『虚影の騎士』をおそらく女神の使いだと勘違いをしたのだ。助けてくれるモノだと思い、彼に向かって走り寄ってきた。

 

それを待っていたかのように『虚影の騎士』はその手に握る大剣を大きく振りかぶると

 

ザシュリッ!

と少女の頭部を吹き飛ばす一撃で斬り裂いた。

吹き飛ばされ地面に転げた少女にはもう意識はなく、真っ黒な血溜まりの中へ沈んでいく。

 

…………グジュル……。

 

と耳障りな音が響くと同時、その身体に纏っていた服はまるで溶ける様に消え去り、一瞬にして素肌が現れる。

その身体は筋肉や皮膚の組織を失い、影の沼に沈んでいく。

 

ーーーーー虐殺から数時間後。

 

事態の収拾を任され、大陸魔法協会から一級から二級の魔法使いの総勢二十人余りが、この場に派遣されてきた。

 

彼らはこの惨劇を引き起こした存在の正体を突き詰めるため、この廃墟となった街の探索を開始した。

 

それはただの調査のためであったはずだが、この街は彼らの想像以上の魔族によって支配されている事に気付かされる結果となった。

なぜならそこには無数の影の騎士が這いずり、徘徊していたからだ。

 

「こりぁ、残業だなあ」

 

一級魔法使いのランツェがタバコから出る紫煙を吐き出し、ぼやく。

他の仲間も同じ気持ちらしい。

 

「ああ全くやってらんねえぜ……って、おい、あれなんだ?」

 

一人の男が指差す先を見てみると、女神像の前で佇む一体の影の姿があった。

 

全身を覆う漆黒の鎧に身を包み、顔の上半分を隠す兜を装着しているため性別までは分からない。

 

手には巨大な鉄塊のような剣を携えているところから敵だろうと判断し、仲間の魔法使い達が魔法を展開して一斉に放つ。

 

放たれた炎球と氷矢、さらに風刃などが騎士に向かっていったがその全てが影に触れられた瞬間に粉微塵になった。

男の手前で消滅したそれらの攻撃の余波が辺りに広がるも、騎士は何ら気にする様子もなくゆっくりと歩いてくる。

 

「こいつ!俺たちの攻撃を全て吸収しているのか!?」

 

仲間たちが慌てる中、ランツェは冷静だった。

 

「いきなり本命に出くわすとは運がいい」

 

ランツェはニヤリと笑うと、目の前に杖を突き出した。

 

杖から光が溢れ、それを包みながら何かの形を作っていく。

やがてそれは大きな弓になり、その表面には光の筋が縦横無尽に走っている。

 

「全員、俺の後ろに下がれ」

 

ランツェの指示に従い、二級魔法使いの仲間たちは急いで彼の背後に隠れた。

それと同時に騎士の剣が振り下ろされ、地面が振動する。

ランツェはそれと同時に弓を引き絞ると、呪文を詠唱した。

 

「神穿つ光矢の魔法」

 

─ーーーードウッ!!

 

放たれた光矢は騎士の剣と衝突すると、まるで何事も無かったかのように突き抜け騎士の胸を貫通した。

 

鎧に亀裂が入り、穴が空くが直後にその部分が影に覆われる。

それでも確実にダメージは与えているらしく、少し動きが鈍ったようだ。

 

「自己修復だと? やっかいだな」

 

ランツェは二本目の矢を構え、再び放つ。

光矢は先程と同様に騎士の身体を貫いていく。

 

が、しかしまたしても完全に修復されてしまう。

 

「ったく……何なんだよこいつは……」

 

ランツェが次の攻撃の準備をしようとした時だった。

いつの間にか距離を詰めた騎士が、目の前にいた。

 

まるで瞬間移動でもしたかのように距離を詰められ、気付いた時には既に剣を振り下ろしていた。

 

「な……っ!?」

 

慌てて身を捻るランツェだが、避けきれずに左腕を切り飛ばされてしまう。そしてそのまま返す刀で袈裟斬りにされ、反対側の肩から脇腹にかけて大きな傷を受けた。

 

「ぐ……あぁっ!」

 

あまりの激痛に顔を歪め、地面に膝をつくランツェ。

その眼前には剣を振り上げた騎士の姿があった。

 

ーーーーバギッ!

 

ランツェの頭を掻き切ろうとした瞬間、彼の背後にいた仲間の一人が騎士に短剣を突き立てた。

そしてそのまま突進し、騎士と共に地面を転がる。

 

「今だ!!全員全力攻撃!!」

 

ランツェの号令に即座に反応し、一斉に魔法を放つ仲間たち。

次々と襲いかかる魔法をその身に受けながらも騎士は止まらない。

やがてボロボロになった身体で立ち上がり、それでもなお剣を振りかぶる。

 

「っ!ここで倒せなけりゃ……ヤベェぞ!!」

 

ランツェは立ち上がると、渾身の力を込めて光の矢を放った。

それは吸い込まれるように騎士の左胸に向かい、鎧を貫くと胴体に大穴を空けた。

 

「何だと……っ!?」

 

驚愕するランツェの目に映ったのは、鎧に空いた大穴だったはずの部位が修復されていく光景だった。

やがて完全に元に戻った後、再びランツェ達に向き直るとゆっくりと剣を構え直した。

 

「おいおい、こいつ不死身かよ……」

 

仲間たちも愕然としている中、騎士が動いた。

先ほどまでの緩慢な動きとは打って変わって素早い動きで接近してくると、片手で剣を振るう。

 

「くっ!防御しろ!!」

 

ランツェの号令で皆が防壁を展開するも容易く破られ、次々と倒されていく。

 

やがてランツェ一人になった時、騎士は目の前に立ち塞がる。

 

もはや生きているのが不思議に思える程、全身が血塗れになりながらも、ランツェは笑みを浮かべて言った。

 

「俺の負けだよ、クソ野郎」

 

そう言って杖を手放した直後、騎士の剣がランツェの身体を縦に斬り裂いた。

 

「……が……っ」

 

痛みよりも先に感じたのは強烈な熱だった。まるで焼きごてを当てられているかのような熱さと痛み。

そして次の瞬間には猛烈な吐き気に襲われ、堪らずその場に嘔吐してしまうランツェ。

口から溢れ出た大量の血反吐の中に混ざる赤色は紛れもなく自分の内臓だろう。

自身が負ったダメージの大きさに苦笑しながらも、意識が朦朧とする中、最後の力を振り絞って言葉を絞り出す。

 

「生存している魔法使いに命ずる。撤退せよ……この場で起きた事を必ず、ゼーリエ様に伝えるのだ!」

 

その騎士はまるでランツェの死を確認するかのように立ち尽くしていた。

 

だがそれも一瞬の事で、興味を無くしたのか次の獲物を求めて歩き出した。

 

 

 

全てが終わった。

耳に届く音は雨音のみ。街の崩壊は止まらない。

騎士はもはや動くことのない男に一瞥もくれることなく歩きだした。

 

焼け焦げた家屋には苦悶の表情を浮かべた人間達の姿。

どの人間も身体の一部を失った死体であり、この街に生きている人間はもう誰一人として居ないという事は容易に想像できた。

 

「影に帰れ」

 

騎士の魔法に死体が氷のよう溶けて闇へと飲み込まれていく。それは死の行進だった。

騎士が歩を進める度に、また一人、また一人と死体が消えていく。

気がつけばもう影も形も見当たらず、無人となった街がその眼前に広がっていた。

 

「ーーーーおぎゃあ! あぎゃあ!」

 

いや、まだ、生きている人間が二人いた。

 

「おぎゃあ! あぎゃあ!」

 

死にかけの母親の腕の中で泣き声を上げるその子供は、あまりにも小さかった。母親が我が子を庇うように抱きしめていたために、影から運良く逃げおおせたのだろう。

 

騎士は、母子を見おろして、その場に佇む。

 

「……この子を、どうか」

 

母親は、もはや時間の問題である自身の命が尽きてしまう前にと、騎士に懇願する。

 

「ーーーーわかった」

 

それは何の気なしに呟いた言葉であった。

ただの気まぐれで、特に意味は無かった。

 

だが、その言葉を聞いた瞬間、母親はホッとしたような表情を見せると、そのまま眠るように息を引き取った。

 

騎士は空を仰ぎ見る。

降りしきる雨が霧雨となり、やがて雲の間から薄らと日の光が差し込み始めた。

 

その光景はまるで、戦場に降り注ぐ女神の祝福のように、忌々しく。

 

「ーーー僕を恨むか」

 

騎士は、幼児にそう問いかけた。

母親を殺してしまったのだから当然と言えば当然だが興味があった。

 

「…………あぅあぅ」

 

幼児は泣くのを止めて、じっと騎士の顔を覗き込む。

 

「僕の名はナハト。虚影の騎士」

 

そう名乗ると、幼き命はその意味を理解出来たのか笑顔を見せた。

 

その日以来、虚影の騎士が戦場に立つことはなかった。これだけの事件を起こしたのだからゼーリエも血眼でナハトを捜したようだったが、結局見つけることは敵わなかった。




ブチギレたゼーリエ様に殺されるのなら本望です。
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