大昔、神と人間は共に生きていた。
神々は天界に住まい、人間は地上で暮らしていたそうだ。
互いに干渉する事はほとんどなかったが、時折気まぐれを起こし人間に手を差し伸べることもあったという。
そんなある時、一人の勇者と女神が恋に落ちた。
その名は……
それは神々の王。
彼は人間と女神の関係に怒りを覚え、二人を引き離したのだそうだ。
それでも諦めきれなかった二人は密かに愛し合い続けたが、ある日その事が神王に知られてしまう。激怒した神は勇者を聖剣で串刺しにした挙句、魔界へ追放した。
その憎しみから魔王に魂を売って魔族と成り果ててしまった勇者だが、それでも女神への愛は変わらなかった。
女神はそんな勇者に再び会うため、自ら羽を切り落とし地上に降り立った。
ーーーーその後どうなったかは、知っているでしょう?
そう語るソリテールの表情はどこか悲しげだった。
まるで、その先を話したくはないかのように。
だがナハトは静かに続きを促した。
彼女が話そうとしている事も全て聞いておかねばならないと思ったからだ。
「それで?」
「勇者はね、女神を殺しちゃったんだよ。どうしてだろうね……ああ、ごめんね。こんな話をしちゃって」
「いや……」
申し訳なさそうにするソリテールに、ナハトは首を横に振った。
そして続きを促すように視線を向けると、彼女は小さく微笑んでみせた。
「じゃあ続けるね。その後勇者は自分の愛が憎しみから来るものだと知り絶望しました。そこで彼は誓ったのです『例えこの身がかんぜんに魔族になろうとも、絶対に人間を滅ぼしてみせる』と」
そこまで話すとソリテールは小さく息を吐いた。その表情には憂いの色が見て取れた。
「愛が憎しみに変わるなんて、とても悲しい事よね……」
彼女は静かに目を伏せた。まるで自分自身の事のように悲しんでいるようだ。ナハトは何も言えず、ただ黙って話を聞いていた。
「愛ってなんなのかしらね……きっとそれは、とても美しくて素晴らしいものだと思うのだけれど」
そう言って彼女は儚げに笑った。その表情を見ていると何故か胸が締め付けられるような気持ちになる。
どうしてそんな表情をするのだろうか? そんな疑問が浮かんでくるが、結局答えは出なかった。
「どうしてそんな話を?」
ナハトが問いかけると、彼女は少し困ったように眉根を寄せた。それから誤魔化すように微笑んでみせると、今度は逆に質問してきた。
「どうしてだと思う?」
再び問いかけられるが、今度は答える事ができなかった。彼は静かに首を横に振るだけに留めておいた。すると彼女は小さく笑った後で答えを口にした。
「何となく、君を見て昔の事を思い出したの。君の瞳がとても悲しげだったから……」
「瞳……?」
ナハトは不思議そうに自分の顔に手を当てた。自分の瞳に一体何があるというのだろうか? そんな疑問が脳裏を過ったが、結局答えは出なかった。そんな様子を見て、彼女は優しく微笑んでみせる。
「きっと君の瞳の奥には深い悲しみや憎しみが渦巻いているんだろうなって思っちゃったの。ごめんね」
そう言ってソリテールは少し悲しそうに微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。
リヒトの成長は早いものだった。生まれてからわずか1週間ほどで寝返りを打ち、掴まり立ちが出来るようになったのだ。
歳を重ねるにつれて、その成長はより顕著になっていった。歩くようになり、言葉を覚え始めたのだ。
5年、10年と月日が流れていったが、リヒトの成長は止まらない。ソリテールとナハトから魔法を教わり、そしていつの間にか抜きんでる程に強くなっていた。
15歳になった春の日、リヒトは一人で旅に出る事を決心した。
「そう、いってらっしゃい。素敵な仲間を見つけると良いわ」
そう言って送り出してくれたのは、ナハトではなくソリテールだった。
「ちゃんと帰ってくるよ」
リヒトがそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ後、手を差し出してきた。その手を握り返すと優しく握り返される感触が伝わってくる。少しひんやりとしたその手から伝わる温もりは心地良かった。
「待っているわ、きっと」
彼女は微笑みながらそう言ってくれた。
その笑顔はとても綺麗で、いつまでも見ていたくなるほどだった。
「行って来ます、師匠」
一人で旅をするのは初めてだったが、不思議と不安はなかった。むしろ楽しみですらあった。
(きっとこれから色々な事があるんだろうな)
そう思うとワクワクしてくる。
どんな出会いがあるのだろうか?
どんな冒険が待っているのだろうか?
期待に胸を膨らませながら、リヒトは歩き出した。まずは近くにある街を目指してみようと思う。
(きっと楽しい冒険になるぞ)
そう思うと自然と足取りも軽くなった気がした。
鼻歌を歌いながら歩いていくと、あっという間に目的地に到着したのだった。