ガールズ&パンツァー 盲目の狂犬 作:大洗に住みたい
「ふむ……」
戦車道に関連する書類に目を通しつつ、母親の用意してくれた昼弁当を食べながらまほは声を漏らす。
「どうしました? 何か気になる点でも?」
隣に腰を下ろす現副隊長、逸見エリカの問い掛けにまほは「いや」と短く答えて話を切ろうとしたが、そういえばエリカも無関係では無いなと思い出した。
「少し、思い知らされていた」
「……と、言いますと?」
書類に描かれている文字には、戦車道を履修している生徒からの意見が纏められていた。
砲弾を自動装填にして欲しい、パワーステアリングを導入して欲しい、エレファント重駆逐戦車のモーターを改造したい、そう言った要望がちょくちょくではあるが上がるようになってきている。
まほが1年生の頃の黒森峰女学園では有り得ない現象だ。厳しい校則、厳しい規則に則り生活することが求められる黒森峰女学園の生徒からこのような要望、悪く言えば弱音が出てくるなど。
「ああ。エリカを含め、黒森峰トンチキシスターズの影響力の強さを思い知らされたよ」
「た、隊長までその名を言うんですか……」
弱音とも取れる要望が上がることを、まほは悪い事だとは思わない。否、それだと以前からそう思っていたように取られるかもしれない。
悪い事だとは思わないようになっていった、こちらの方が的確だろう。
まほには、好敵手と言える存在がいた。年下ながらもその実力は、自分やみほにも匹敵するのでは無いかと母親のしほすら見ていた実力者の弘海だ。
彼女の堅苦しいものを嫌う性質というか、気に入らないものには片っ端から噛み付いて噛み砕こうとするというか……兎に角、言葉にせず胸中に溜め込んでしまう生真面目なまほとは正反対な好敵手。
「かくいう私も、少なからず影響を受けているしな」
何度反目したかも分からない。互いに気に食わない点を見付けては指摘し、時には隊長だのなんだのといった立場をかなぐり捨てて取っ組み合いの喧嘩もした。
それでも、悪い気はしなかった。弘海のあまりに真っ直ぐな姿勢は気に食わないながらも見ていて爽快であり、触れると心地好いものがあった。
触れ合うのが楽しくて、言葉を交わすのが楽しくて、取っ組み合いの喧嘩も心が踊って、気付けばまほの生真面目な性格にも変化があった。
弱音が出ても良いじゃないか。考える能力を持つ以上、気に食わないものを『気に食わない!』も言っても良いのではないかと思えるようになっていった。
「……確かに、柔和になったとは思います。でも、弘海ほど柔らかくは無いですね」
「ははっ。そこを言われると痛いな」
エリカの指摘を笑って受け入れる。
厳しい校則、厳しい規則の下で生活することは黒森峰女学園の長い歴史の中で培われてきた伝統とも言えるが、時代にそぐわないのでは無いかとも思うことはある。
だが、まほは西住流の次期後継者という立場にある。脈々と繋がれてきた伝統にそんな立場の者がおかしいのでは?些か古いのでは?等と声を上げてしまえば、付き従う者達に要らぬ混乱を抱かせかねない。
そう思ってしまうと、まほは立ち止まってしまった。
まだ彼女は弘海のように、後先考えていないかのような勢いで突っ走ることは出来なかった。
「エリカ達のコンビ名は他校にまで知れ渡る程だからな、隊長の私が知らないでどうする? エリカは……そうだ、シルヴァ・バレト・イツミだったか?」
「うわわわわわわわわわ!? なんでその渾名出すんですかぁああああああ!?」
イタいなんてものじゃない、黒歴史過ぎて月光蝶が誤作動を引き起こすレベルの黒歴史をいきなりぶち撒かれ、エリカは色白な肌を真っ赤っかに染め上げてまほに掴みかかった。
自分は声を上げられなかった。上げたくても、立場や混乱といった懸念点を前にして足が前に踏み出せなかった。
そこを、黒森峰トンチキシスターズは平然と突き進んだ。あの三人組はとことん、黒森峰女学園の紡いできた伝統をぶち壊すような行為に走りまくっていた。
燃料残量や砲弾の残弾数を意識しているのかすら怪しい挙動で動きまくり、バカバカと砲撃しまくり、それで相手を倒してしまう。
「そっ、それは聖グロリアーナのダージリンが勝手に付けたもので私はっ!?」
「『悪い奴は皆私が撃ち抜いてあげる! 黒森峰の銀の弾丸、逸見エリカ!』だったか?」
「やめてえええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
練習試合を終えた対戦校の生徒といつの間にか宴会を開き始めたり、そこに両校の先生すら巻き込んでどんちゃん騒ぎを引き起こしたり、挙げ句みほとエリカがどこからとも無くギターとベースを持ってきて弘海が8時間近く歌い始めたり……
聖グロリアーナ女学院との練習試合を行った際、ダージリンが黒森峰トンチキシスターズに悪ノリをして『ヒーローショーが見たいわ』と難題を吹っ掛けた。
しかもみほを懐柔するためにボコられグマのボコの着ぐるみまで用意し、みほの懐柔につられて弘海まで懐柔。
2対1でやる羽目になったヒーローショーで、エリカはまほが言い放った名乗りを声高々に名乗り上げた。顔面真っ赤っかにしながら。
黒歴史も黒歴史、特大の黒歴史を掘り返されたエリカは錯乱したように腕をハチャメチャに振り回していた。
このように今までの黒森峰女学園を破壊し尽くすかのような行為を繰り返していたが、実績もしっかり残しているし相手校からの評判も好評と手の付けようがない。
しかも、その黒森峰トンチキシスターズの構成メンバーがまたタチが悪い。
『皆さん! 怪我のないよう、無理をしないで行きましょう!』
小動物系で癒し系なみほ
『敵の戦線は間延びしているわ! 突っ切って分断し、孤立した最前線を叩き潰す!』
戦車道にストイックで厳しい面はあれどノリの良いエリカ
『二人とも張り切ってまぁ……んじゃ、私も行くかぁ! いくぞ野郎どもぉ〜! 私の後に続けぇー! あの夕陽を目指してブッ走れぇ!』
戦車道完全エンジョイ勢でアンツィオみたいなノリの弘海
そんな癖強強三人衆が戦車道内外を問わずに連み、暴れまくる。
『エリカさんあそこミスしたでしょ? 私見てたよ〜?』
『それを言うなら貴女もボコのこと考えて魂吹っ飛ばしてたでしょ!?』
『はいはい夫婦喧嘩はそこまでねぇ。アンチョビピザ焼いたけど、食べりゅ?』
『『食べりゅ〜〜!!!!』』
しかも、心底楽しそうに。年相応の女子高生のように和気あいあいと。
そんなものを見せ付けられては、影響を受けるなと言う方が無理難題。
上級生下級生の垣根は崩され生徒間の距離が縮まり、堅苦しい雰囲気は壊され、活発的な雰囲気が満ちる事となった。
落伍した仲間を見捨てでも勝利を掴み取るという西住流の理念とは真逆な雰囲気になりながらも、まほは『これも良いもの』と受け入れていた。
しほも『あの子達が居たのだから仕方ないわね……』と諦めている。西住流の師範代と次期後継者双方が折れてしまったが為に、もう誰も何も言えない有様だった。
「あっはははは! なんて声を出すんだエリカ! そんなに元気が残っているのなら学園艦を3周くらい走るか?」
「いくらなんでも死にますそれは! 隊長が黒歴史をほじくり返すからです!」
強烈無比な弄りに疲労困憊気味なエリカを見て涙を流すほど大笑いしたまほの姿は、人によっては異質に見えるかもしれない。
実際、彼女も弘海と弘海に影響を受けたみほに感化されて大きな変化が現れている。
人を弄る、そんな行為すら本来のまほならしなかっただろう。
よく笑うようになった。堪えきれない時は声を上げて笑い、涙を浮かべながらとても楽しそうに笑うようになった。
これだけでも相当な変化だろう。だが、それでもまだ、まほに起きている
『お姉ちゃん、みほだよ。お姉ちゃん、みほだよ』
まほの携帯電話から異質な着メロが流れ出した。
エリカがギョッとしたような顔をしているのも気付かない様子で、ニッコニコに頬を緩めながらまほが携帯電話を取り出す。
「もしもし、みほか?」
「(なんでその着メロ聞かれてしれっと電話できるのよ!? 家族じゃない私がすぐ横にいるのよ!? もう慣れたけどね!?)」
『あ、お姉ちゃん? ご飯中だったかな?』
まほはみほと離れ離れになったことで、元々大切な妹として好きだという感情が加速しまくってしまい重度のシスコン姉ちゃんキャラを爆裂させてしまっていた。
エリカとしても、まほがみほを大切に思うのは悪くないことだと理解している。姉妹仲が良好なのは良い事だし、そこは受け入れている。
それでも気が気でないのだ。自分の隊長、シスコン爆発させてとんでもない言動に出ないだろうな?という不安が拭えない。
変な言動をしてそれを他校の生徒に見られでもしようものなら黒森峰女学園そのものの威厳に関わりかねない。
みほが立ち去って以降、エリカは変な気苦労が増えてしまった。
「いや、書類整理をしていたところだ。丁度休憩をしようと思っていてね」
「(嘘だ! みほからの電話が嬉しくてカッコ付けてるだけだわコレ!)」
『お姉ちゃんは真面目だね。それで無理して倒れないか心配だよ……』
「(心配すべきは貴女の姉のシスコン爆発具合よ! ブレーキぶっ壊れてるのよ!?)」
心中でのツッコミなど西住姉妹が気付く訳も無く、二人の通話は続く。
『実は、大洗女子学園で戦車道が復活することになって……私も、また戦車道をやることになったんだ。全国大会にも出場することになってるの』
「なッ……」
カッコいい姉でありたい、そんな願望が間欠泉の如く湧き出ているまほですら思わず硬直してしまう予想外の報告。
しかしその硬直も数秒のみ。シスコン爆発お姉ちゃんと化していても、その心身は戦車道で鍛えられている。
「そ、そうか。いや、すまない。まさかの報告に驚いてしまったよ」
何とか冷静さを取り戻し、大切な妹の言葉に耳を傾ける。
『それでね、戦車道をやるって決めたら弘海さんがお姉ちゃんに連絡して筋通しとけって言ってくれたの』
「……なるほど。あの人らしい気配りだな」
取っ組み合いの喧嘩もした仲だ、まほも弘海の思惑は読める。
全国大会に出場するとなると、対戦校を決める合同抽選会が行われる。
その場には参加校の生徒が来ることになっており、突然黒森峰女学園も参加するのだから隊長であるまほと副隊長のエリカが向かう手筈になっている。
そこで、戦車道を辞めて黒森峰女学園を去ったみほとばったり出くわしたり遠目に見付け等という事後報告のような邂逅をしたらどうなるか。
誰もそう思っていないにせよ絵面的には逃げ出したとも取れる形での転入をして、それでもまた戦車道をやるとはどういう了見か。
そんな思いが沸き起こったとしても不思議では無い。そうともなれば、みほとまほの間にまた亀裂なり拗れなりが生じるかもしれない。
「分かった。私は気にしていない……というよりも、むしろ嬉しいくらいだよ。また、みほと腕を競い合えるんだからな」
『……うん。私も、実は楽しみなんだ』
まほとみほは容姿こそ似通っているが、性格はかなりの差がある。
冷静であり、落ち着きのあるまほ(絶賛シスコン爆発中)
少し引っ込み思案な所もあり、活発的な所もあるみほ
性格で見れば姉妹間でかなりの違いがあるが、ある一点では共通している。
「まぁ、今回も私が勝つがな」
高校生としては日本最高クラスの実力を持ち、西住流の名を継ぐ戦車乗りとしての自負があるまほ。
『ううん、今回も勝つのは私だよ』
生まれ持っての活発さに起因し、姉に似て戦車乗りとしての実力も高いみほ。
二人は案外、負けず嫌いだ。
「(ホント、この二人は似てるわよねぇ……)」
エリカの呆れにも似た感想がまほに伝わることは無い。まほは今、最愛の妹との会話でテンションがブチ上がっているのだから。
「(まぁ……今回は大丈夫そうね。あまり気を張らなくても)」
「そうか。なら私達が勝ったらみほには1週間メイド衣装で過ごしてもらおうかな?」
「なんでそうなるのよ!?」
ほら、変な言動が始まった。
反射的にエリカは、まほの頭をぶっ叩いていた。
『いいよ。じゃあ私が勝ったら、お姉ちゃんは1週間執事服で生活してよ?』
「乗った!」
「乗った、じゃないです! みほも変な話を吹っ掛けないで! うちの隊長は貴女の発言を全部真に受けるんだから!」
動揺するどころか強烈なカウンターパンチを放ってきたみほに同意を示したまほが、再び頭頂部を引っぱたかれる。
『じゃあエリカさんにディアンドル着てもらうかな?』
「それも良いな。美人だし似合いそうだ」
「良くないわよ! ディアンドルなら前着たことがあるじゃない!」
今度は自分に矛先が向き、エリカのツッコミもキレを増していく。
「隊長も悪ノリしないでください蹴りますよ!」
「既に叩かれているがな」
「やかましい!」
みほと弘海が何かをやらかして、それにエリカが振り回される。
今はもう見ることが出来ない黒森峰トンチキシスターズの懐かしいやり取りに、エリカは巻き込まれながらも何処か懐かしさを感じていた。
「あ、ならいっその事皆でディアンドルを着れば良くないか? そうすれば私もみほの可愛い姿を見れて一石二鳥だ」
「自分しかメリットないじゃないですかそれ! そしてそれだと二鳥じゃなくて一鳥です!」
まほは、また頭を叩かれた。