ガールズ&パンツァー 盲目の狂犬   作:大洗に住みたい

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家族愛

キュラキュラキュラキュラ

 

 普段の生活では聞き馴染みがないであろう、自身の超重量を前へと運ぶ履帯の音が大洗女子学園 学園艦の暗い夜に吸い込まれて消えていく。

 

 直進することが難しいと言われたエレファント重駆逐戦車はゆっくりと、しかし左右に触れることなく、私の操縦で綺麗に直視してくれている。

 

 時刻は夜の8時を少し回った頃。夏が近付き空が明るい時間が伸びてきた今時期でも、この時間にもなれば暗くもなる。

 

 きっと、空を見上げれば満点の星空とやらが広がっているんだろう。空気の澄み具合から察するに、この目が見えていれば大層気持ち良い夜空なのだろう。

 

 見てみたいし星空の美しさに心を奪われてみたい気もするが、生憎と私は目が見えないのでね。

 手を伸ばせば届きそうとか、そんな小洒落た表現も私じゃ使えない。

 

 星空や星座を確認しようと望遠鏡だのカメラだのを持ち寄って、ワイワイとはしゃぎ合うことも出来やしない。

 

 どんな距離感に見えるのか、星はどれだけの大きさに見えるのか、どんな色をしてどんな形をしているのか……そんなもの、知識として知っているだけでこの目で見たことは一度もない。

 

 それに、私は星空が嫌い。

 

『見てみろ、弘海。あれが夏の大三角で……って、すまない。お前には、見えないんだったな』

 

 継続高校の学園艦でお世話になっていた頃、私のことを気にかけてくれた優しい人がいた。

 

 変わった髪型……リーゼント?ボンパドール?とかいう、火が点いたらすごいことになりそうな髪型をした、アコーディオンをよく奏でてくれた人。

 

 あの人とはよく遊んだ。目が見えない私が転びまくるのを見て心配だからとあれこれ世話を焼いてくれたし、アコーディオンを触らせてもくれた。

 

『弘海は楽しそうに踊るな。演奏するこっちも楽しくなるよ』

 

 あの学園艦はよく雪が降っていて、近所の広場で夜な夜なアコーディオンの演奏に合わせて踊ったりもした。

 

 体を揺らし、衣服を揺らし、心を揺らし、思ったままに体を動かし、寒さと音色を楽しんだりもした。

 

 あの人も、楽しんでくれていたと思う。少なくともあの人から香った『楽しい』という感情の香りは、嘘偽りのものでは無かったと思う。

 

 そして、お別れの挨拶もなしに別れてしまった。前々から引っ越す予定が組まれているのであればお別れの挨拶も出来ただろうに、それすら叶わなかった。

 そんな人が香らせた『悲しい』という匂いに、星空は関わっているから嫌いだ。

 

「んん〜、美味しかったぁ! ありがとうね弘海ちゃん!」

 

 エレファント重駆逐戦車の車長用キューポラから身を乗り出しているお母ちゃんは、さっきまで食べていたラーメンの味が余程お気に召したらしく嬉しそうに笑っていた。

 

 その声に意識が引っ張り戻される。あの人の事なんて、今考えたところでどうにもならないのにな。

 

 また大洗女子学園の学園艦に来てくれて、生徒会の面々と面談までして今後の予定を組んでくれた。

 

 そのお礼……にしては味気ないにも程があるだろうけど、美味しいラーメン店があったからそこで奢らせてもらった。

 

「この時間だとあの店くらいしか開いてないからねぇ。まさか今日すっ飛んでくるとは思わなかったから買い出しもしてなかったし……ゴメンね?」

「確かに弘海ちゃんの作るご飯は絶品よ? 毎日作って欲しいくらいにね! でも、たまにはお店で一緒にご飯を食べたいものなのよ……本当、ありがとうね」

 

 私の聴覚は見えない視覚の分も補おうとしてしているから優秀そのもの。

 

 履帯が地を噛み締めて巡る音やエンジンの頼れる重々しい駆動音にかき消されそうなお母ちゃんの声も、鮮明に聞き取る事が出来る。

 

「別に感謝なんていらないよ。あのお金だって元はお母ちゃんが働いて稼いだ分をお小遣いで貰ったやつなんだからさ。それに、ありがとうはこっちのセリフだよ」

 

 しほさんに電話をした後、お母ちゃんは気分が良くなったしほさんに連れられて真っ昼間から呑む羽目になったってボヤいてた。

 

 幸いまだ仕事が残っていたし、しはさんはお酒を良く飲むし付き合えと言いもするけど無理に飲酒を進めたりはしない人だ。勤務中に飲酒してしまう、という結末は避けられたっぽい。

 

 で、しほさんが潰れるまで粘ってから大洗女子学園に飛んで来てくれた。

 私が、大洗女子学園戦車道の教官をお願いしたから。

 

「復活したての戦車道で全国大会狙えるくらいに育てて欲しい、なんて無茶聞いてくれてさ」

 

 いくら私と飼い主が戦車道の履修経験があり尚且つ、元いた学校が全国大会9連覇を成し遂げた強豪校だからって二人だけで戦車の動かし方すら知らない初心者軍団を全国大会優勝まで引っ張り上げるのは難しい。

 

 腕利きの教官が必要だった。それも、

 

①復活したての大洗女子学園の戦車道が全国大会でも通用するように育て上げられる腕を持つ。

②戦車道に初めて触れる皆に『戦車道って楽しいんだ』って思って貰えるような優しくて楽しい指導ができる。

 

 この2つをこなせる教官だ。鬼教官でもダメ、腑抜け教官でもダメ。

 そんな人なんて、いくら専門の指導員を数多抱える戦車道連盟でもそう居たものじゃない。無理難題にも程があるからなぁこんなの。

 

 私も教官の知り合いは二人しかいない。そのうち1人はしほさんだからダメ、あの人は鬼も鬼だから皆の心をへし折りかねない。

 それにそもそも論、あの人は黒森峰女学園の教官もやっているのだから二足の草鞋を履くなんて出来ない身分だしね。

 

 そうなると残されるのは1人、お母ちゃんこと蝶野亜美しかいなかった。

 だからお母ちゃんに頼んでみた。仕事で忙しいだろうに、大洗女子学園戦車道の教官を務めてくれないかって。

 

「ノープロブレム! 全然いいのよ! 可愛い娘の頼みだもの!」

 

 お母ちゃんはそれを、二つ返事で快諾してくれた。

 

「それにね、私も嬉しいの! また弘海ちゃんが戦車道やってくれるなんて……しかも、みほさんと一緒に! 大洗トンチキシスターズ再結成ね!」

 

 この人は、本当に優しい人だ。見えないけど、きっと眩しいくらいに明るい笑顔で今も答えてくれたんだろう。

 

 血の繋がりもない私を拾ってくれて、ここまで育て上げてくれた。

 自衛官なんて忙しい身でありながら私の事を気にかけてくれて、一緒に過ごす時間を少しでも作ろうと毎日激務をこなして、美味しいご飯まで用意してくれていた。

 

 そして今回みたいな無理難題にも、私の頼みだからって悩むことなく即決してくれた。

 嬉しいけど、心苦しくもある。いくら娘だからとはいえ、この人の無償無尽の愛に甘え続けていたくはない。

 

「……お母ちゃん。私さ、お母ちゃんが私の為だからって動いてくれるのは嬉しいよ。でも」

「無理させてないか心配だ、そう言いたいのね」

 

 心を読まれた。いや、今のは流石に読みやすかったか。

 私がお母ちゃんの声を聞き漏らさないように、お母ちゃんも私の声を聞き漏らさない。

 

 定速運転とはいえ重駆逐戦車の名に恥じない凛々しく重々しい音を立てている中で、私の声をしっかりと聞き取ってくれる。

 

「前にも言ったわよね。私、男性とのお付き合いが出来なかったって……だから息子や娘に出会うこと、諦めてたの」

 

 ポツポツと、お母ちゃんは話し始めた。

 

 お母ちゃんは男性に恋愛感情を抱けない。なら女性相手に恋愛感情が向くのかといえばそうでもなく、恋愛感情とか性的感情そのものが無かった。アセクシュアル、というやつだ。

 

 誰かと付き合うというのが分からない。だからその先にあるもの、結婚や妊娠・出産といったものがどういったものなのか関心が持てず、関わろうとも思えなかった。

 希薄ではあったが確かに存在した、息子や娘が欲しいという願望から目を逸らした。

 

「寂しいと思うことはあったわ。両親も亡くなって、一人で過ごしていると不意に寂しくなったりするの……布団にくるまって泣いたこともあったわねぇ」

 

 お母ちゃんも、孤独だった。普段の明るいお母ちゃんからは想像出来ないくらいに弱っていた時期もあった。

 

 一人は寂しい。でも誰かと一緒になれる気がしない。

 子供は欲しい。でも誰かと一緒になりたいと思えない。

 

 願望と気持ちが反発し、お母ちゃんを苦しめていた。

 そこに舞い込んだのが私を産んでくれた母ちゃんであり、お母ちゃんの友達でもあった舩坂 継子の訃報。

 

 私が引き取られた父方の祖父母も裕福な生活をしている訳ではなくて、私を無事に育てられるか不安だって話しているのを聞いたこともある。

 

 そこにお母ちゃんは来てくれた。私を養子として引き取り、育てたいと言ってくれた。

 

 覚えている。私を引き取りたいと言った時のお母ちゃんの、苦虫を噛み潰したように歪んでいる顔。

 

「私は……貴女を、寂しさを誤魔化して娘が欲しいっていう願望を満たす為の道具として見ている自分が嫌いだったわ。孤独を味わった者同士支え合いましょう、なんて綺麗事を言ってね」

 

 香ってくる、泥水を煮立てた所に使い古した油と錆臭さをブレンドしたような酷い匂い。

 

 後悔、罪悪感、自己嫌悪の香り。

 

 あの日も嗅いだ香りだ。

 

「独りを味わった身として、同じく独りを味わった貴女を見て見ぬふりはできなかった。継子ちゃんにも学生の頃、色々とお世話になったからね……でも、貴女と触れる度に自分が嫌な女だって思えて仕方なかったのよ」

 

 お母ちゃんは私を道具として見てなんか居ない。返せるのか分からなくて怖くなるくらいの愛情をたっぷり注がれたから、お母ちゃん以上に私はよく理解している。

 

 でも、お母ちゃん自身はそう思えなかった。

 旧友の友達が孤独なのを助けたい。そう思ったのは本心なのに、それとは別に存在する孤独感や願望が要らないちょっかいをかけて苦しめた。

 

「……お母ちゃんや。この話を初めてした時も、外食帰りじゃなかったっけ?」

「…あ…あはっ、あははははは! そうそう! そうだったわねぇ……運転しながら話して、車止めろって怒鳴られて止めたらぶん殴られたんだったわね!」

 

 黒森峰女学園の学園艦にいた頃、お母ちゃんと外食をした帰り足の車の中でこの話は一度聞いている。

 自分のことが嫌い、そう言ったお母ちゃんに運転を辞めさせて頬っぺたをぶん殴った。

 

 思い出したみたいで、お母ちゃんも「あれは痛かったなぁ……愛ある拳は防ぐ術なしってやつね!」と言って大声で笑っていた。

 

「私の悩みなんて、弘海ちゃんには関係なかったのよねぇ……私の事を『大好きなお母ちゃん』って言ってくれて、押し潰されそうなくらいの愛をくれてたんだもの」

 

 自己嫌悪は誰でも陥るし、思い上がりを抑制する大切なストッパーにもなるから大切だとは思う。

 

 でも、度が過ぎるのはダメだ。心を殺すし、心が死ねば人は死ぬ。物理的に死ぬ選択肢を選ぶ人もいるだろうし、何よりも人として死ぬ。

 

 父ちゃんが死んで、母ちゃんが死んで、じ様ば様も死んだ。

 人の死に触れすぎた私は、物理的だろうが精神的だろうが問わずに『死』に関して過敏になっている。

 

 この話を聞いた時、お母ちゃんまで死ぬような気がして我慢できなかった。

 なりふりも構っていられなかった。痛みを与えて話を強引にぶった切り、怒鳴りながら思いの丈をぶちまけた。

 私がどれだけお母ちゃんに感謝して、愛しているかを理解してもらわないと気が済まなかった。

 

「弘海ちゃんは私をお母ちゃんとして見てくれて、感謝してくれて、愛してくれた。それは娘として当然かもしれないし、逆かもしれないけど……私もね、同じなのよッ!」

 

 立ち上がる音がして、お母ちゃんの足音が移動する。たたたたっと軽やかに歩いて主砲の上に立つと、とんっ、と軽い音がしてお母ちゃんがジャンプ。

 

 乗り込みやすいようにうちの相棒は操縦手前方の装甲を開閉式に改造してあって、そこを全開にしていたから私はむき出し。

 そこにピンポイントでお母ちゃんは落ちてきて、私の足の上に座った。いくらお母ちゃんが軽くて、私が体を鍛えているとはいえ着地の瞬間は少し重かった。

 

「私だって貴女を娘として見ているわ。私を愛してくれていることに感謝しているし、貴女を愛している……だからね、私は貴女の願いを断らない。貴女の為なら、貴女の悲しむ事以外ならなんでもやるわ」

 

 額に、お母ちゃんの柔らかい唇が触れる。

 

「じゃんじゃん私を頼りなさい! じゃんじゃん私に無理難題を吹っ掛けなさい! それが娘である貴女に許された権利であって義務、そして私に対する恩返しよ!」

「……そこまで言われちゃ、仕方ないなぁ」

 

 お母ちゃんは手探りで、初めての育児を成し遂げ私をここまで育て上げてくれた。

 

 頼って、無理難題を吹っ掛けるのがそれの恩返しになるのならば、遠慮なく行く他に選択肢は無いよね。

 

「なら早速……私たちを、全国大会優勝まで連れてってよ? 勿論、私も頑張るからさ」

「もちろん!」

 

 早速吹っかけさせてもらった無理難題に、お母ちゃんは眩しい笑顔を浮かべて答えた。

 

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