ガールズ&パンツァー 盲目の狂犬 作:大洗に住みたい
黒森峰女学園の黒基調のパンツァージャケットと大洗女子学園の白基調の制服が入り交じって、戦車を探してあっちへウロウロこっちへウロウロとそこかしこを彷徨い歩いている。
まさかこんな光景が見れるとはねぇ……いくら勘の良い私でも、こればっかりは予想が付かなかったわ。
しほさんがこんな電撃戦仕掛けてくるとはねぇ……今度っていうのがまさかの電話した翌日とか、思いもしないって。
まぁ、見事に奇襲食らった身としては何も言えんわね。物の見事に奇襲されて、あまりの迅速さに笑えてしまう。
それに『戦車道を始める学校を手助けして戦車道の隆盛に寄与する』なんて、昔のあの人なら有り得ないって切り捨てそうな行為に出ている嬉しさってのも、笑いそうになる要因の一つだった。
「ふぅ…ここの生徒は皆、明るくて活発的だな。みほが増えたみたいで楽しいよ」
「冗談ではありません……まさか今度バレーをすることになるなんて…う、動けるかしら……」
皆に揉みくちゃにされていたおっかないみほと目元のシワが可愛いババアが、少しばっかり疲れた顔をして私と相棒のエレファント重駆逐戦車の元へやってきた。
こうして、黒森峰とはまるで違う場所でこの二人と対面する日が来るなんてねぇ……いやはや、人生何が起こるか分かったもんじゃないね。
これだから面白いんだよ、人生ってさ。辛いこともあるし悲しいこともあるけど、全部が全部そいつらに満たされる訳じゃない。
何かあるんだよ。目ぇ見えなかろうが両親死んでようがそいつらとはまるで方向性が違う、嬉しいことだの楽しいことだのってやつがさ。
「お疲れさん。いやぁ…随分と思い切ったことしたねぇ。これはあれかい? 練習少しサボってもオタクらなら簡単に捻れるよっていうアピール?」
「まさか。弘海とみほがいる時点で油断なんか出来るものか」
クタクタな二人を労う言葉を投げ掛け、立て続けに思ってもいないような煽りをぶん投げる。
おっかないみほには通じなかったけどね。怒ったりとか不愉快そうにしたりとかもなくて、女を墜すようなイケメンスマイルを浮かべながら手を伸ばしてきた。
ふむ……握手のつもりだろうが、手の位置がちょっとアレだな。
私の胸に近い……からかってやろう
「え、なに? 真っ昼間っからセクハラする? 大胆ねアンタ」
「……いや、その、違う。身長差があるから、手の位置が高い方が良いかと思って………すまない」
セクハラ、と言われて一瞬『何が?』と言いたげな顔をしたけど直ぐに気付いたらしい。
クールなおっかないみほだけど、意外とこの手のネタには耐性がない。なんなら色恋話にも耐性がないみたいだ。
私もそんなにこの手のネタは好きじゃないけど、この人のこんな顔見れるならたまにゃ良いかもねぇ。
「ほぉん? ここで『ああ、セクハラする。揉ませろ』って強気に来られたら受け入れたんだけどなぁ」
「……本当か?」
「おバカ。からかわれているのよ貴女」
もうちょいからかってやろうと思ったら、まさかの食い付きを見せてきてちょいとびっくり。
でもまあこの人、顔良いからなぁ……声も良いし、スタイルだって高校生っぽくないし、迫られるとヤバいかも……
そんな変なトキメキ的なサムシングを感じていると、しほさんが頭に軽いチョップを落として正気を取り戻させちゃった。
つまんないの〜……
「ま、今回の好意は大いに利用させてもらうさね。んで、全国大会決勝戦でおたくらを叩きのめす。それが恩返しってもんでしょ?」
「……ハハハハッ! 不思議なものだな。黒森峰女学園の名物とも言えた黒森峰トンチキシスターズに、練習試合ではなくて本番で相対することになるなんて」
言われてみれば……当たり前だけどそうか。校内での練習でチーム分けした時に撃ち合ったことはあったけど、全国大会なんて大舞台で競い合うのは初めてか。
しっかし、どうやって突き崩したもんかねぇ……うちの相棒単騎で乗り込んだって動けなくできるのは10輌…いや、少なくても15輌くらいかな。
走攻守の三拍子揃ったガチガチの戦車ばっかり持ってるからなぁ黒森峰は……ま、なんとかなるでしょ。
「なに? 怖気付いちゃった? なんなら今晩一緒に寝るか?」
それに不安がってもいられない。決勝戦だけに意識を向けている訳にもいかない。
1回戦だろうが2回戦だろうが準決勝だろうが……負けっちゃえばそれっきり。
私たちの学校は廃校になり、学園艦は取り壊される。それを回避出来ると思われる現状唯一の活路が、全国大会での優勝なんだから。
それを、この人等に悟られる訳にはいかない。
昔のこの人等……特にしほさんなら私等が優勝しなきゃならない理由を聞いても『構いません、叩き潰すのみ』って言ってたんだろうけど、今絶対違うし。
知られたら、手加減してくるかもしれない。
そいつは嬉しいけど嬉しくない。戦車道において絶対王者なんて呼ばれたりもした黒森峰女学園に、今までの経歴に泥を塗ったくるような真似はさせたくない。
やるからには全力。真っ向からの殴り合いは避けるけど、ズルはしないよ。
「……あまり、からかってくれるな。どこまで本気にして良いか分からなくなる」
「しほさんバレーやるんだって? もう若いって言い張れる歳じゃないんだし、あんま無理しないでよ? やだよ『バレーやって下手に筋伸ばして肉離れしました』なんて報告聞くの」
「そうか、スルーか」
話の矛先をしほさんへ向ける。話は全部聞こえていた。
バレー部のキャプテン……名前なんつったっけかな……スパッツガールでいいや。スパッツガールに押し切られるみたいな形でこの人、バレーやる羽目になったっぽい。
本人もママさんバレーなんてものがあるくらいだし、なんて乗り気だけど……ヤバくね? この人バレーやんの? いや、本気かい?
本人に言ったら怒るから言わないけどさ……この人がバレーユニフォーム着てる姿とか数千人規模で死人出るぞ? 自分がどれだけ美人か分かってんのか?
「……面と向かって若くないって言われると、少しきついわね」
あれ、なんか結構しっかり目に傷付いたっぽい?
「あまりキツイことを言ってやるな……弘海とやり取りする事が減って、この人少しメンタルが弱くなっているんだ……」
まほの補足に少し納得。というか貴女も意外と遠慮ないこと言うわね……本人前にしてメンタル弱体化したとか言うか普通?
黒森峰にいた頃はしょっちゅうしほさんと言い争ったりしてたし私の暴言とかにも慣れてたんだろうけど、こっちに来てからはぱったり止まったからね。
そりゃ暴言への耐性も失われるか。しっかし……凹んでるこの人も可愛いなぁチクショウ。襲っちゃろうかな、多分ゴリ押しすれば行けるぞこの人。
「ま、若い若くないは置いとくとして……あんがとね。こんなに沢山連れてきてくれて、とても助かるわ」
話は本題へ。
今回の手助けはとっても助かる。思ってたよりも生徒が集まんなかったもんだから戦車探し難航しそうだなぁ、とか思ってたらケッテンクラート走らせるまほとしほさん来てびっくり仰天したわ。
しかもなんとも懐かしい面々までズラズラと引き連れてきたもんで、何一つ手掛かりのない戦車捜索がかなり楽になりそうだ。
これで戦車が見付かれば、取り敢えず全国大会に出場することは出来る。後は練習次第だね。
「これも戦車道だからな、お易い御用だ」
「この学校には大切な娘、大切な友人のお世話をしてもらっています。これくらいするのは当然よ」
……ホンット、この二人変わったよなぁ
西住流の理念からは外れまくってるように見えるけど、人としてなら超好印象だね。
「そんな塩送る行為していいのかぁ? 特にしほさん、アンタあの
好印象なのはいいけど……だいぶ無茶をしているとも言える。
私が石女と口にすると、しほさんの表情が陰るのを感じた。
「……ここでその名前を出さないでちょうだい」
石女ってのはしほさんの母ちゃん、まほと飼い主の祖母にあたる人。
西住流の先代家元、西住 りほだ。
アレは私の影響を受けて変わったしほさんとは違ってそれはもう筋金入りの西住流だからね。そして頑固者と来た。
自分の意思は絶対に曲げないし、人の話にも耳を貸さない。自分が全部正しい、みたいな頭で西住流の考えを押し通してくるから石みたいなカタブツって意味で石女って私は呼んでる。
あの石女も稀にだけど練習見に来て、その時は毎回空気が凍って地獄だよ。
私らがトンチキしまくって緩くした空気が、あの時ばかりは昔みたいな堅苦しいのに戻っちゃうからね……ホンット、大迷惑なババァだよ。
「今回の件、確かにあの人は大反対だった。でも『戦車道の隆盛、延いては西住流の更なる躍進・発展に繋がる』って言ったら何とか納得してくれたわ……般若みたいな顔されたけどね」
あー、なんか容易に想像できるわ。自分の意見に歯向かう奴は血が繋がってようが大っ嫌いって奴だからなアレ。
「そりゃまた……随分頑張ったなぁしほさん。下手すりゃ破門とか言い出すぞアレ」
「怖かったけど、貴女が歯向かえる相手よ。私が歯向かえないなんて友人として恥ずかしいわ。でも、貴女よくあの人に噛み付けたわよね」
怖かったってのも、嘘じゃないね。話している間、しほさんの手が震える音が聞こえていた。
それに……私の事友人って言ってくれた。いやぁ嬉しいねぇ…抱き着いていいかな、ダメそうだなぁ。
しほさんもこりゃまた随分と無理したもんだわ……いや、あの石女絡みとなっちゃ無理したのは私も同じか。
「あの時はキレてたからねぇ……冷静さを失ってたって言われたらおしまいよ。ま、キレてなかろうとも噛み付いたんだけどね」
「まさか練習を見に来た所で口論をするとは思わなかったからな……心臓が止まるかと思ったぞ」
まほが遠い目をする。自分の知り合いと祖母が大喧嘩とかまほから見れば複雑な事件か。
る日、りほが練習を見に来て私たちの態度が気に入らなかったのか説教垂れ始めた事がある。
チーム分けしてやってた練習でエンジントラブルで停車した友軍戦車を助けようとして、そこを狙われて撃破された子がいたんだけど……あれはその生徒にそれはまぁ大層、親を殺した相手かってくらい痛烈にキレ散らかしてた。
うちに相応しくないだの伝統を汚しただの何たらかんたら言ってたっけか。
しかもあの婆さん、歳も歳なもんで足腰が少し悪いのか杖を使ってるんだけどそれを振り上げてたからね。止めなかったら殴ってたぞアレ。
「ありゃキレんなって方が無理だろうよ、ほっといてたら何してたか分かんないぞ?」
空気も凍るし下手すりゃケガ人まで出かねない状況で黙ってなんか居られなかったね。
『止めに入った』って証拠欲しかったからエリカちゃんに携帯電話で一連の出来事を動画撮影させた上で、偉そうにはべらせてたSP共をハリ倒して振り上げた杖を殴り折った。
予備の杖用意してあんのは分かってたし、止めたところでまた殴られちゃ意味ないからね。
「随分なことを言ったものね、貴女」
しほさんの溜め息が少し痛い……
杖を壊されて驚いた風だった石女に、私は掴みかかった。相手は老人だし殴る蹴るなんかしたら大怪我じゃ済まないからやらなかったけど、それでも黙ってなんか居られんさ。
『ウチらは変わったんだ。見捨てる戦車道から見捨てない戦車道に変わろうとしてんだ。そっちの方が楽しいって分かってきたんでね。それを邪魔する老害ババァは引っ込んでろ』
目上も目上な石女にそう言ってやった。そこそこ影響力あるし下手すりゃ退学にさせられてたかもだけど、そんなん恐れてられっかってんだ。
実際、私に歯向かうなんてふじこふじことかファビョり始めたからエリカちゃんの撮影した動画見せて脅して黙らせた。
ま、その後SPどもに殴られたんだけどね★
「SPと乱闘騒ぎになったって聞いた時は肝を冷やしたわよ……まさかあの人をぶん殴ったんじゃないかって」
「ひっでぇなぁ……私が老人殴るように見えるかぁ?」
「「やりかねない」」
「ひっでぇなぁ……」
随分と懐かしい記憶を掘り返してくれたものだ、お陰で話が大きくズレた。
でも、こんな風に手を貸してくれるのは助かる。黒森峰なんて強豪校とパイプが出来たのは私らみたいな無名な弱小校には有り難い。
仮にだけど優勝を逃した時とか、優勝しても手のひら返しを食らった時とかに切れるカードが増えるからね。
さて、そろそろ戦車捜索に加わろうかな。私としてもこの学校が戦車道やってた頃にどんな戦車使ってたのかとか興味あるしね。
「まぁ、あの石女が取り敢えず大人しくしてるんなら今んとこは問題ないかぁ。んじゃ、私も捜索に混ざって」
「待て、弘海」
立ち去ろうとして、まほに止められた。機敏な動きで私の手を掴んで引き止めてくる。
「なに、プロポーズでもされんの?」
「……私とお前の関係性、覚えているな」
……何言い出したんだこの人? いきなりそんなこと言われて困惑しない人居る? いねぇよなぁ?
「関係性……先輩後輩?」
「そう思うなら敬ってくれ」
「友人?」
「確かにそうだが今は違う」
「恋人?」
「こ!? ち、違うだろう!?」
「○フレ?」
「ハリ倒されたいのかぁ!?」
思い付く関係性をあれこれと列挙してみたけど……どれも違うっぽい。
一々ツッコミをくれるのが嬉しいし楽しいしでもうちょい続けたかったけど、それで機嫌を損ねるのもアレだしなぁ……でも、関係性かぁ……
「はァ……あのな、弘海と私は同じ学園、同じチームの仲間だっただろう?」
なんか自分から話し始めてくれたわ、助かる。
「まぁ、そりゃね」
「それで、今はどうだ」
「今は……学校違うし、全国大会で戦うんだし…敵? いやそれは無い、アンタが敵とか無いわな。そんな怖い言葉で括りたくないわ」
随分……まだるっこしい話し方をするもんだ。ここまでくれば察しも付く。
「なら、こう言えるだろう? ライバル、と」
「言えなくもないだろうけどさ……なに、戦う? 戦車持ってきたの?」
おもしれぇ目をしてらっしゃる。しほさんの娘らしい、母親に似た鋭くておっかない目だ。
戦う、そういった途端にまほの放つ闘志みたいなもんが膨れ上がったように感じた。ラノベか漫画の世界から出てきたのかコイツ。
「ああ、持ってきたとも。最初はな、戦うつもりなんてなかった。せっかく離れ離れになった妹と友人に出会えたんだ、ゆっくりもしたかったさ。でも……ダメだった」
滾る
その一言で、私も心のうちでアツい何かが膨れ上がるのを感じた。
「ホント、ダメだよ」
考えたことはある。私とまほ、どっちが強いんだろうって。
でもそこから先には発展しなかった。そんなことをしている暇があるのなら、もっと相棒を乗り回したかったからね。
それに私が勝ったって隊長の座が転がり込んでくる訳でもなし、うちの相棒が経験値獲得してレベルアップする訳でもなし。
得るものなんてないと思ってたから、あの場で味わえるものに満足していたから、戦ったことは無かった。
「私まで滾ってくるじゃんか」
こっちに来てから、相棒を乗り回せなかった。
穏やかな生活は手に入れたけど、心躍る感覚は味わえなかった。
自覚はなかったけど、フラストレーションでも溜まったんだろうか。
私も、戦いたくて仕方なくなっちゃった。
「双方、やる気は十分。ならここは一つ、これから戦車道を始める皆へ『最強』の名を持つ学校の実力を披露するのは」
「そんな御託はいいよ、邪魔だ。ただ単に私と戦いたいだけでしょ?」
相棒の鍵を取り出す。まほも、見慣れたティーガーIの鍵を見せてくる。
「燃料と砲弾はそっち持ちね、まだウチらには届いてないし」
「分かっている。その代わり、鈍った戦い方はしてくれるなよ」
「誰に言ってんのそれ? 私のあだ名忘れた? 狂犬だよ?」
黒森峰にいた頃は毎日こんな感じだったなぁ、と思い出す。
意見がぶつかって、取っ組み合いになって、言い争いになって。
それでもケリが付かなきゃいつもこれ。戦車に乗ってのぶん殴り合い。
シンプルで、一番楽しい解決方法。戦車乗りに相応しい、最高のじゃれ合い。
「なら、その狂犬にもう一度首輪を付けてやろう」
「よく言うよ、その手ごと食いちぎってやろうか」
売り言葉に買い言葉、悪意や敵意の存在しない煽り合い。
懐かしくて、楽しくて、この先に待つもっと楽しい出来事の予感が振りまかれる間隔に、私は笑みを隠しきれなかった。
それはまほも同じだね。おっかない目付きに似合わない、ニッコニコに歪んだ口元が合わさってそれはもう恐ろしい形相になっている。
「「ぶっ潰す!」」
「やれやれ……懐かしいわねぇ」
互いの言葉が間隔からイントネーションまで、打ち合わせもなかったのに完璧に重なった。