ガールズ&パンツァー 盲目の狂犬 作:大洗に住みたい
戦車の捜索は黒森峰女学園生徒たちの手助けもあり猛スピードで進められ、先に見付けられていたIV号戦車及びに弘海が持ち込んだエレファント重駆逐戦車を除いて4輌が発見されるに至った。
38(t)
III号突撃砲F型
M3リー
八九式中戦車甲型
まだまだ時間に余裕はあった。生徒たちの体力も残っていたし捜索意欲もより高まろうかといったその時、全員が連絡用に支給されていた小型無線機から連絡が入った。
『黒森峰女学園 西住まほと大洗女子学園 舩坂弘海が一騎打ちを行う』
「皆よりも一足先に決勝戦を味わうとしようか!」
滅多に人に見せない、獰猛な笑みを浮かべるまほ。
彼女が駆るのはその強力な火力と強固な装甲を用いて、戦時中の連合軍兵士を恐怖のドン底に叩き落とした猛虎 VI号戦車 ティーガーI。
「アホ言うなよ! 決勝戦でアンタと戦うのは私だけじゃないんだぞ!」
観音開き式に改造された操縦手前方装甲を開き、真似るように獰猛な笑みを返す弘海。
彼女の相棒は新たな重戦車を作る為にポルシェ博士の手によって産み出されながらも、相対しているティーガーIとの試験で敗れたポルシェティーガーの産まれ変わり、エレファント重駆逐戦車。
「それは確かにそうだ! だが、私は確信しているんだよ! 決勝戦で私と競い合い! 優勝を掛けて死力を尽くすのは弘海かみほ、そのどちらかだと!」
「ならその読みは当たってるよ! なにせ、アンタを倒すのはうちの飼い主なんだからな!」
互いに煽り合う最中、ティーガーIとエレファント重駆逐戦車はエンジン音の唸りをより強め、重々しさを高めていく。
威嚇し合うようにも、自分の主人の好戦的な姿勢に同情し合うようにも見えるその光景は見る者を圧倒し、恐れを感じさせ、それを上回る興奮と感心を撒き散らす。
火力面ではほぼ互角。双方共にクルップ社により開発された高射砲8.8 cm FlaKを元にし、車載可能な戦車砲として開発したものを搭載している。
優れた装甲貫徹能力を誇り、並みの戦車では撃ち抜くことが困難な頑強な装甲を互いに撃ち抜けるだけの火力が確保されている。
「そうかもしれないが今、私と競い合うのはお前だ弘海! ずっと避けられてきた、誘っても乗ってくれなかったなお前は! エリカやみほと遊んで私には構ってすらくれなかった!」
「お前がどんな趣味嗜好持ってるか分かんなかったからなぁ! 大体、誘ったって言われても記憶にないんだよそんな可愛いことしたお前を見た記憶がさぁ!」
怒鳴り合いながらも、お互いに笑っている。怒りとか敵意といった不純物が欠片とて混在しない、親友同士で軽口を言い合っているような清涼感にも似たもののみが存在している。
「な、なんだか凄いことに………」
「隊長の悪いところが出たわね…ハァ……」
久し振りに出会った黒森峰トンチキシスターズの相方、大洗女子学園で出会った親友と戦車捜索開始時に行動を共にし始めた新たな友人との戦車捜索を楽しんでいたみほは唖然としていた。
隣に立つエリカは「どれだけ砲弾と燃料消費する気なのかしら……」と頭を抱えている。
「これ、凄いことなんじゃないの? 全国大会9連覇の強豪校の隊長さんと、黒森峰の狂犬なんて呼ばれた人の一騎打ちでしょ?」 「西住流の正当後継者とその好敵手の果たし合い……間違いなく、戦車道の歴史に残る一戦です」
沙織と華は戦車道に関しては初心者ながらも、共に行動していた黒森峰女学園の生徒たちによって教えられた情報の限りで可能な推測を行い、その異常さを理解し戦慄していた。
「ウッヒョオオオオオオォォォイ! ティーガーIとエレファント重駆逐戦車の真っ向勝負! どんな距離からでも装甲を撃ち抜く信頼感抜群の火力を持つ虎とポルシェ博士の夢が詰められた時代を先取りする機構と優秀な装甲貫通性能を誇る主砲を搭載した象の殴り合い! 映像記録として残すべき世紀の一戦ですよ! いえ、ここは不肖この秋山優花里が残します! お小遣いをつぎ込んでかったこの新ガジェットで!」
秋山優花里はテンションが天元突破してしまい完全に大興奮モードへ突入、どこから取り出したのか巨大なカメラでバシャバシャと写真を撮りながら早口で何やら捲し立てている。
「どっちが勝つと思う?」
「隊長かなぁ……弘海さんはこっちに来てブランクがあるし…でもあの人その手の常識通じないからなぁ……」
「あの人には奥の手もあるし、どうなるか分からないって言うのが正直な感想かな」
黒森峰女学園の生徒たちは自分たちを導いてきた隊長も、その隊長に噛み付きながらもしっかりとした実績を叩き出してきた問題児のどちらが勝つかを予想し合い、どうなるか分からないという結論に至っていた。
「まさかの展開になりましたね……」
「すごい戦闘になるんじゃ…」
「ま、これで皆も戦車道にもっと関心持ってくれるでしょ」
大洗女子学園生徒会の面々はこれから自分たちが参入する戦車道の頂点に立つ黒森峰女学園の現隊長と元生徒、高いなどと言う陳腐な言葉では言い表せない程の実力を持つ両名の激突がどれほどのものなのかを見届けようとしていた。
皆の視線がまほと弘海、その両名が各々乗り込んでいる猛虎と狂象に注がれる最中で、審判役を務めるしほがお互いの顔を見る。
「有効打直撃、或いは戦闘不能状態と判断され白旗が上がった方が負けよ。全国大会と同じく負ければ終わりの一回きり、良いわね」
負ければ終わり。その言葉にみほと生徒会の三名は僅かばかりに顔を顰める。
その通り。負ければ終わるのだ。優勝を逃してしまえば、この学校も学園艦も失われてしまう。
失ってしまうのだ。大切な友達と笑い合った場所を、思い出の詰まった母校を、知り合いや友達の生活が息づく海上の大地を、守れなくなる。
「負ければ終わりだ! 再戦は無い……全国大会決勝戦の場以外はな!」
まほは知らない。弘海の背には優勝を掴まないと居場所を失うという重責がのしかかっていることを。
知らないが故に、より激しく闘志を燃やしている。遠慮をするという選択肢が無く、目の前にいる特級の問題児であり最高のライバルでもある狂犬を見据える。
己を変えてくれた存在。溝が生まれるかもしれなかった姉妹間に割り入り、自分が楽しいように振り回された結果として関係性を良好にしてくれるという副産物を与えてくれた存在。
感謝しているし、だからこそ自分の妹と同じくらいに理解している。全力を出さねば勝てない、否、全力を出しても勝てるか怪しい相手であることを。
自分と同程度の火力、自分よりも重厚な装甲、鈍重な足回りを補う高度な操縦技術。
どれを取って見ても一級品の相手であるからこそ、全力で打倒することのみを考える。
「その場で雌雄を決するまでもない! 今この場で叩きのめして首輪付けてやるよ!」
弘海も頭では全国大会敗戦がこの場を失うことに繋がると理解しているが、彼女はさほど深刻視していない。
負けることなど考えていないからだ。元々ネガティブな方向へ思考を囚われるような性質では無いのもある。
だが何よりも大洗女子学園には自分が居て、みほがいて、そのみほを取り囲む友人と後輩がいる。
そこに黒森峰女学園まで手を貸してくれた。戦車捜索を手伝い、交流関係を持つことで不用意に廃校を強行される可能性を低下させ、こうして全国大会前に気分を切り替える場まで提供してくれた。
両親や祖父母との死別、蝶野亜美との出会い、みほやまほ達との出会い。
人との繋がりが絶たれ、再び繋がるのを経験したからこそ負けることは考えない。支えられていると自覚しているからこそ、支えられる者の強さを知るからこそ、勝つことだけを考える。
「2人とも、会話はそこまでにしなさい」
しほの制止により、2人は会話を禁じられる。
このまま話させていたらいつまで経っても開始出来ないと見たのもあるが、しほ自身も己のうちに滾るアツいものを感じていた。
一人の戦車乗りとして、自分の娘と友人が羨ましい。
ライバルとして立ちはだかり、切磋琢磨する存在が滾らせてくれるのが羨ましくてたまらない。
彼女とて師範代である以前に一人の戦車乗りであり、歳を重ねたことで牙は丸みを帯びつつあるが若い頃は熱い闘争心を宿したこともある身。
己の牙を存分に剥き、突き立てられる相手がいる喜びを知っているからこそ、こうして向かい合う2人がどうしようもなく羨ましい。
「いいか、弘海のエレファント重駆逐戦車は特別製だ。彼女の能力に着いてこれるような改造が施されている」
ティーガーIの車内にいる、共にこの戦車を動かす仲間たちにまほは語り掛ける。
この面々との付き合いもそこそこに長い。操縦手のクセ、砲手の砲撃の正確性、装填手の装填速度の優秀さ、何もかもを把握している。
「手強い相手だ。弘海の勘も加わるとなればこちらの手の内は読まれると思った方が良い」
弘海のカンの良さは把握している。そのカンの良さで対戦校の戦術を見抜いたり、偵察に来ている先行隊を襲撃したりと戦局を優位に進める要因になったことも少なくはない。
サンダース大学付属高校の隊長であるケイ曰く『戦車の中を全部覗かれてるんじゃないかってくらい完璧に読まれた』との事。
その感想にはまほも納得している。それくらいに弘海のカンは鋭く、狙いを読み取られて先に動かれ潰されることも目に見えている。
「だが、それでも突き崩せる点もある」
旋回可能な砲塔を持たない。
座席が可動式であり砲手用の位置へ移動しない限り砲撃は行えない。
走行中は安全装置が働く為座席が動かず、可能なのは停止射撃のみ。
背後にある薬莢排出箇所を撃ち抜けば撃破可能。
エレファント重駆逐戦車そのものの構造上の弱点、弘海用に作り変えられたが故の弱点も、まほは知り尽くしている。
「行くぞ、皆。ようやく掴んだこの好機、絶対に無駄にするな!」
「なぁんて、まほは言ってんだろうねぇ」
ティーガーIの車内で振るわれるまほの熱弁を、弘海は感じ取っていた。答え合わせなんて行われないが、完璧に感じ取れていると自負している。
滾っている心身に合わせるように感覚が拡大されている。
嗅覚はより敏感に、聴覚はより過敏に、味覚はより鮮明に、触感はより鋭敏に、第六感はより精密に。
何も見えない視覚を補うように発展してきた他の五感及びに第六感が必要なだけ研ぎ澄まされ、弘海に無数の情報を与える。
ティーガーIは匂いを覚えられた。
エンジン音を覚えられた。
排気ガスが帯びる味を覚えられた。
触感は現段階で発揮箇所が無いため平均的に。
まほや搭乗員の気持ちや狙いが読み取られた。
「なぁ、相棒。久しぶりのドンパチだから、私は遠慮なんかできないぞ。付いてこれるか?」
エレファント重駆逐戦車に問い掛ける。
返答はない。万物に神が宿るとする八百万の考えが根付く日本であっても、戦車が返事をするなんて創作物の類でなければ有り得ない。
ブオォォォォォォォォォンッ!
しかし、このエレファント重駆逐戦車はまるで違う。生きているかのように、アクセルペダルを踏み込んだ訳でもないのにエンジンが一際荒々しくて猛々しい唸り声を上げた。
まるで『当たり前だ』と答えるように、『乗りこなせるのか?』と問うように。
「あははははっ! そりゃあ上等!」
弘海は笑う。相棒の逞しくて頼もしい返答に、心の底から嬉しそうに。
「行くぞ弘海……お前と相棒の力、また私に見せてくれ!」
「じゃあ……行こうか相棒! 私たちがどれだけ強いか皆に見せ付けてやろうかッ!」
まほは吠えた。久々にその目で見て、聞いて、嗅いで、味わうことが出来るライバルの実力を余すことなく堪能しようと。
弘海も吠えた。久々に全力で動くことが出来る相棒の唸りを聞き、大洗女子学園を守るための優勝がかかっている全国大会への肩慣らしを全力で楽しむ為に。
「……Panzer Vor!!」
しほさえ吠えた。審判としてまほと弘海にしっかりと届く開戦の合図を行う為に。
自分の大切な娘と大切な友人が己の技量を競い合うこの場に立ち会えた喜びを表すように。
彼女の号令が届いたと同時に、ティーガーIとエレファント重駆逐戦車の主砲が同時に火を吹いた。