ガールズ&パンツァー 盲目の狂犬 作:大洗に住みたい
ストックが切れたので少しの間溜めてきます
轟音と共に放たれた砲弾は空を切り裂きながら直進し、真っ向から道を開けることなく突き進んでくる砲弾と激突。
金属がひしゃげるような音を立てながら落下し、目の前にいた相手の装甲を撃ち抜くことは出来なかった。
「行くぞ、Panzer Vor」
ティーガーIのキューポラから上半身を乗り出しているまほの号令と共に、エンジンが逞しい唸り声を上げながら履帯を回転させる。
「6時方向へ向け旋回運動。側面を取る」
口元を押さえながらまほは指示を下す。
弘海は装甲を開け放っており、彼女の姿が丸見えになっている。
音、匂い、味、肌の感覚、そして第六感。それ等をフル稼働させる為に、搭乗を用意とするための改造を利用している。
そんな状態で無対策に指示を出していては、彼女の常識離れした聴力で指示内容を聞き取られる恐れがあった。
「エレファントは超信地展開で砲口を合わせてきている。前進と後進を組み合せて揺さぶれ。砲撃タイミングは任せるが、無駄弾は撃つな」
まほは優位に立てる状況にある。ティーガーIは砲撃手は砲撃手、操縦手は操縦手に専念出来ることで走行間射撃が可能だ。
立ち止まることなく砲撃が可能であり、攻めを移動や回避の最中に組み込むことが出来る。
それに対して弘海用の改造が施されているエレファント重駆逐戦車は全ての役割を弘海が一人で回している。
こうして自分を一撃で仕留める火力を、一撃で仕留められる距離に近寄られてチラつかされては砲撃を易々とは出来ず、操縦手に徹して対応する必要性に迫られる。
「弘海はそう簡単には砲撃出来ない、慌てずに行け」
装填のみは自動給弾機構による等間隔での装填が可能だが、それはどんな場面においても装填が完了されるのに一定の時間を要するということ。
砲撃後、次弾の砲撃を行うまでの間隔を読み切られてしまえばそこを突かれるのは避けられない。
それに砲撃を外してしまった場合、急いで次弾装填という訳にもいかない。自動給弾機構は決められた動作を決められた速度で、決められた条件を満たした時にのみ作動する代物。
次弾装填が開始されるまでの間隔は『不公平』や『ずるい』といった声を揉み消すために15秒で固定、装填開始から終了までにかかる時間も同様に15秒となっている。
弘海の意志で装填感覚を短縮することも、逆に引き伸ばすことも出来ない。
まぁ、それ等の弱点を掻き消すのが弘海なのだがな
自分が優位という巫山戯た認識を、慢心をまほはしていない。そもそも彼女に『慢心』という二文字は存在しない。
幼少期からそう育てられてきた。西住流の教えにその身を捧げ、鉄のように冷徹に、しかしその中に確かな妹への思いやりや友愛といった優しさを残して。
そんな彼女が仮に慢心するような側面を残していたとしても、慢心している状態で勝てるなまっちょろい相手ならまほがライバルとして見る程の存在にはならなかった。
「……」
ただ無言で、弘海は操縦桿を握る。視力を持たない目を開き、嗅覚と聴覚を頼りに喰らい付かんとする猛虎に頼れる相棒の主砲を合わせ続ける。
狂犬。犬と含まれているあだ名に恥じぬ卓越した嗅覚を持つ彼女は戦車1輌1輌に個別の匂いを見出し、そこで識別している。
搭乗員の体臭、用いている制汗剤、塗料の匂い、メイクの匂い等の誰でも『匂い』として認識出来るものから、人の意志や気持ちすら嗅ぎ取ってしまう。
聴覚も常人のそれではない。エンジン音や変速機の稼働音、転輪の駆動音といったあらゆるものを正確に、はっきりと別々のものとして聞き取っている。
更には嗅覚同様、人が心の中で思ったことすら聞き取る。
周囲の状況を探る手段の精密さの高さも脅威であり、それ等の手段により収集された情報を瞬時に処理し取捨選択する判断能力の高さも脅威度を引き上げていた。
「ゾクゾクするな」
口元に浮かんでしまう笑みを隠せない。
優れた第六感、『この場面ではこう思うはず』という推測、『この人はこういう性格だからこう考えやすい』という人付き合いから割り出す傾向等を組み合わせた、頭の中や心中を覗き込むような技術。
目が見えないという戦車乗りとして圧倒的に不利となる障害をまるでものともしない、むしろ目が見えないからこそ見える何かを見ているようにすら思える絶技。
頼みを置けるものが違うからこそ、そこを補う別のものが研ぎ澄まされ十と数年生きてきたまほが知る数多の強敵の中でも異質と呼ぶに足る強さを得ている。
まほに弘海へ対する執着を抱かせる要因の一つは、まさにそこにあった。
「隊長……あの人、ほんとにブランクあるんですかね?」
「さぁな、そもそもブランクなんて概念が彼女にあるかも怪しいところだ」
今回においてはほとんど役割が無い通信手の呆れたような声に、まほも僅かながら苦笑する。
毎朝軽く動かしている、とは聞いていた。燃料の問題もあるしあまり派手に動かせない、と愚痴を聞いてもいた。
弘海は嘘を吐くような奴では無い。吐くとしてもそれは嘘も方便と言えるようなどうしても必要な嘘だけで、殆ど動かせないなんて嘘を吐く必要性をまほは見出していない。
だから、弘海にはブランクがあるのが普通。戦車戦から遠ざかっていたのだから操縦は出来ても、戦闘は出来なくなっているのが当たり前だ。
「だが、彼女らしくは無いか? 困難を踏破する、実に彼女らしいじゃないか」
「そう……ですね。あの人らしいっちゃあの人らしいかぁ」
有り得ない状況、困難な状況、そんなものは行く度もあった。戦車道とは戦車を用いて行う武術だが、その本体は人対人。
各々に思惑があり、各々がまるで違う動きをする。だから有り得ないなんて有り得ない、困難で無いことが無いのが普通。
普通でありながら、なお難しい。そこを、弘海は皆の目の前で幾度となく踏破して見せた。
サンダース大学付属高校と練習試合をした際には、単独でシャーマン15輌に包囲されるという状況から撃破されこそはしたものの包囲に参加した戦車を全て大破させた。
聖グロリアーナ女学院との練習試合ではクルセイダー隊と熾烈なカーチェイスを始め、そのまま隊列に突っ込むことで味方同士を激突されて進行を止めるという荒業もやった。
プラウダ高校との練習試合ではノンナが操るIS-2に雪中を強引に突き破ることで奇襲を仕掛けて砲塔上部に乗り、重量で撃破判定に追い込んだ挙げ句迫撃砲宜しく砲弾を振らせるなんてこともした。
「思い返せばどれもこれも練習無し、全部ぶつけ本番でやったんだ。戦車戦のブランクくらいどうにかしてしまうさ」
懐かしい記憶、どれも脳裏に焼き付いている。
どれもこれも事前に打ち合わせなんかしていないぶつけ本番ですやらかしてくれた。その度に驚かされて、報告を疑って、最後には腹を抱えて笑わせてもらった。
散々振り回されてきたからこそ分かる。あんなハチャメチャなことを練習も無しにポンポンやってのける弘海にとって、ブランクなんて何一つデメリットにならない。
「そうですね……一度、しかけます」
砲手の判断で再度、ティーガーIの主砲が火を吹いた。地面の状況も良く、車体の揺れも収まりベストなタイミング。
引き金が引かれ、轟音と激しい衝撃を伴い車体が僅かに後退する。
走行間射撃だった。エレファント重駆逐戦車の周囲を旋回しながら、欠片とて前触れを感じさせることなく放った。
まほが号令を下した訳でもない。砲手が独自の判断で砲撃を行ったのだ、読まれる要素がないはずだった。
だが、それでも弘海には通じない。凝視していたまほには、はっきりと見えていた。
砲撃を行う数秒前、エレファント重駆逐戦車の超信地展開の速度が急激に上がる。ティーガーIではなく、ティーガーIの移動先へと砲口を向けていた。
そして砲口の先にティーガーIが来たところで車体の揺れが収まる。自分が撃たれたの全くの同タイミングでエレファント重駆逐戦車の主砲も火を吹く。
砲弾が放たれ、接触。互いに互いを破壊し合い、威力を殺され合って地面へ落ちる。
「……隊長」
「ああ、分かっている」
読まれた
まほは戦慄する。目の前にいるライバルは戦車での戦闘経験を味わえない環境にいながら、欠片とて鈍ってはいない。
射角、タイミング、全てを完璧に合わせてきた。周り込もうとしたが、その方向にピッタリと手法を向けるように超信地展開で対応された。
そして移動しながら行った砲撃に、停止射撃で完璧な迎撃。移動先を先読みし、揺れが弱まり行進間射撃の精度が高まりやすい地点を見計らい、砲撃してきた。
「前進してエレファントの横を突っ切る!」
読まれるのは読んでいた。弘海のカンの良さならそれくらいは平然とやってのけると理解していたし、とんでもない芸当を見せ付けられる覚悟もしていた。
だからこそまほは動揺しなかったが、他の搭乗員はそうもいかない。彼女達も弘海と共に戦った仲であり実力に対する理解はあったが、まほのような覚悟が足りていなかった。
動揺が目に見える。そんな状態では戦闘に支障をきたすとまほは判断し、動揺が収まるまでの時間を稼ぐ方針に切り替える。
不用意に背を向けるのは危険。重装甲を誇るティーガーIでもエレファント重駆逐戦車の主砲は直撃すれば撃破判定を受ける。
「よし。行こうか、相棒」
砲撃手席から操縦主席へ役割をシフトした座席の上で、弘海が唇を舐めるのがまほには見えた。
優しくて、それでいて恐怖を感じさせる笑み。
操縦桿が握り込まれ、眼前の巨大な象が動き出す。
雄叫びのようなエンジン音が轟き、自分の主人をライバルと呼ぶ女を乗せる猛虎へ向けて牙を剥く。
「来るぞッ! 進路そのまま!」
凄まじい威圧感に発汗が止まらず、ニヤケてしまうのも止められない。
以前練習試合を行ったプラウダ高校の隊長が泣いて抗議してきたのも納得の威圧感だ。
それでも、まほは視線を外さない。外そうという選択肢が浮かぶ余地すらない。
彼女は弘海をライバルと見る一方、頼れる後輩や大切な妹を支えてくれる恩人、自分が卒業した後の黒森峰女学院戦車道を引っ張ってくれる存在の一人として見るといった好意的な見方が多かった。
そんな存在に対して、威圧感を感じることはあってもそれを避けようとは思わなかった。
私は目を逸らさないぞ、弘海!
もう散々逸らしてきたんだ。妹が自分の性質と西住流が噛み合わない事に苦悩していた時もはっきりと分かる形で支えられず、全国大会決勝での敗北を叱責されている最中にフォローも出来なかった。
目を逸らしたから、こうなった。もう、あんな思いはゴメンだ。
逸らせば苦しむ。妹が苦しんでいるのを見て見ぬふりして、自己嫌悪と罪悪感に苦しめられる。
逸らさなくても苦しむ。妹が苦しむ様を直視して、こちらでも自己嫌悪と罪悪感に苦しめられる。
なら、もう逸らさない。妹だけではなく、己に関わるもの全てを真っ向から受け止める。
見ていろ、みほ! 私はもう、逸らさない!
見守っている妹へ視線を一瞬流し、すぐに眼前の狂象を操るライバルを見る。
あと数秒でティーガーIとエレファント重駆逐戦車は真正面から衝突する。
弘海の目は開かれているだけで情報を得る能力はなく、視線も動かないためこの後の動きを視線から読み取るのは不可能。
ならここは一か八か、操縦手の裁量に全てを委ねる。
「任せるぞ!」
「Ja!!」
指示は出さない。後はただ、どうなるかを見届ける。
短い指示のみを下したまほが次の瞬間見たものは、自分の左右どちらかを抜けようとするなど許さないと言わんばかりに急速な加速を見せ、巨体にものを言わせた体当たりを敢行する巨大な象の猛進だった。