ガールズ&パンツァー 盲目の狂犬 作:大洗に住みたい
散々叱られ倒したみほは軽い船酔いを感じ、弘海の膝を借りて横になっていた。
船員達もさすがに自分よりも年下の女子が船酔いを訴える中で叱る気にはなれず、そのまま通常の業務に戻っている。
「Guten Abend, gut' Nacht」
やや筋肉質で固さのある膝を借りるみほの耳を届く、普段の弘海からは考えられないような優しい歌声。ドイツで歌われるブラームスの子守唄の出だしの歌詞である。
その歌声は黒森峰女学園の中でも『眠れない夜に聞くと爆睡できる』と言われ、学園内限定でCDが販売されている。みほも買っている。
なんならまほとしほと菊代も買っており西住家女性陣はコンプリートしている。
今、その歌声を独占できるのは自分だけ。そんな優越感がみほの中で暴れ、本来なら訪れるはずの眠気を追い払ってしまっていた。
「そういえば、戦車がどうのって言ってたけど……持ってきちゃったの?」
船の揺れる感覚と波風の音、それ等と相俟ってより美しく聞こえる弘海の歌声を遮ってしまう罪悪感と僅かな背徳感に背筋がゾワゾワする感覚を抱きつつ、ふと思った事を問い掛ける。
船員が言っていた『でっかくて砲塔の回らない戦車』という特徴と、自分を、追いかけてきてしまった弘海。
この2つの要素に合致する戦車を、みほは一種類しか知らない。
「当たり前でしょ? おばちゃんの乗る戦車はあれだけだって」
またしてもケラケラと、さも当然のようにあっさりと戦車の持ち出しを自白する姿にみほは苦笑いを浮べることしか出来ない。
弘海はエレファント重駆逐戦車が好きだ。何でも『持ち手と刃の部分のバランスをミスった斧みたいなフォルムがぐうかわ』らしい。
その好意はやや行き過ぎるている所があり、勝手に塗装を変えたり魔改造を企てたりと私利私欲に任せて手を加えまくっている。
魔改造は戦車道のレギュレーションに引っかかるため諦めてくれたが、あのカラーリングはハッキリ言って黒森峰に合わない。
車体部をマリンブルーに、砲塔部はスカイブルーに染められている。車体部と砲塔部の境目は白みの強い水色で海と空の境を表現しているのだとか。
綺麗に染められてはいるが、かなり浮いてもいる。そんな戦車が格納庫から消えたとなれば、今頃黒森峰女学園は大騒ぎだろう。
「手続きとかしてないでしょ? 大丈夫なの?」
戦車の中でもかなり大型であるエレファント重駆逐戦車が消えるのは誤魔化しようがない。
みほも弘海に大洗女子学園へ転校することは話していなかったし、出発日が今日であることも話していなかった。
つまり、弘海は無断で黒森峰女学園からエレファント重駆逐戦車を持ち出したことになる。そんなこと許される筈がない。
「へーきへーき。そこんところはおっかないみほがどうにかしてくれてるって」
おっかないみほ、つまりまほが何か手を貸していると言うような物言いが引っかかったみほが視線を弘海の顔に向けた。
見えていない。視力は生まれつき備わっておらず、そもそも瞼で覆われており見えるはずがないのに、弘海は『みほに顔を凝視されている』ことに気付いてニコッと笑う。
「飼い主追っかけるから黒森峰女学園から転校するのも、西住流門下生辞めるのも、私のエレファント重駆逐戦車持ち出すのも、ぜぇんぶあの二人が噛んでくれてんのさ♪」
師範代であるしほと直接関われる人物は門下生の中でもそう多くはなく、極めて優秀とされる者に限定されるのが基本。
そんな中、弘海は他の優秀な門下生よりもしほと対面する難易度が極めて低い。視力に頼れない分他の感覚が研ぎ澄まされていることもあり優秀、というのもあるが他にもまだ理由はある。
まほやみほと近い距離感で接している友達というポジションも手伝い、彼女は少しだけならしほにわがままを言える立場にある。
「お姉ちゃんと……お母さんが?」
「そ。特にお姉ちゃんの方は二つ返事でOKくれたよ? アレで次期西住流の後継者が務まるのかぁ……ちょぉっと身内に甘々じゃない?」
ニコッとした笑みは呆れを含んだものに変わり、そこから変わっていたずらっ子のようなものに。
エレファント重駆逐戦車のストラップが付いた携帯電話を取り出すとどこかに電話をかけ始め、繋がった瞬間に更にニタァっと邪悪にすら思える笑みを浮かべた。
「もしもしおっかないみほ? うん、さっき合流したよ。ひとりでポツーンと寂しそうに座っててさぁ……ありゃないって」
電話の相手はどうやらまほらしい。さっき合流したというか、現在進行形で一緒に居るのだが何か企てがあるらしく、弘海はまほに嘘を吐いて話を続けた。
「え? だぁいじょぶわかってるってぇ。寂しい思いさせないようにフォローするし、戦車の整備だってアテはあるからどうにでもなるって……ホンット心配症だねぇアンタ。なに、私の母ちゃんでも目指してんのかい?」
友達と楽しそうにやり取りをするような光景だが、みほには少しの違和感があった。
何しろ電話の相手は自分の姉、あの西住まほだ。彼女を相手にしてここまでフランクというか、『雑』に片足を突っ込んでいるような接し方をする相手をみほは他に知らない。
黒森峰女学園に居た頃からまほと弘海がやり取りをする光景は見ているが、それでもやはり慣れないものは慣れない。
あの姉が顔を真っ赤にして怒りながら弘海を追いかけ回し、次の瞬間には逆に追われる立場になり、しほが止めに来るまでじゃれ合う大型犬のようにとっ組み合う光景が脳裏に甦った。
「その心配症をもっと分かりやすくみほに向けてやりゃ良かったのにさぁ。私知ってんぞ? アンタみほが転校するって決まった日、学校のトイレで泣いてただろ? え、言うなって? やだよめんこい姿見れたんだからさ」
電話越しの姉がどんな顔をしているのか、みほにはなんとなく想像出来た。
きっと顔を真っ赤っかにして、怖いような怖くないようななんとも言えない表情で携帯電話を握っているんだろう。
そう思うと笑いが込み上げてきた。弘海が口を押さえてくれていなければ声が漏れていたかもしれない。
「ホント、アンタは優しい子だよ。私の転校とエレファント重駆逐戦車の持ち出しの書類作成とか各方面への口利き、あんがとね」
ケラケラ笑う姿に、みほは電話越しの姉の姿を妄想する。
きっと真っ赤っかな顔をして、額に手を当てているんだろう。姉の性格的に、弘海との相性は良いとは言えないから。
よくよく思えば性格には明確な違いがあるのに何だかんだ仲良しなのだから、人付き合いは奥が深いなぁと一人感心していた。
真面目な姉と不真面目な友達。反りが合わなそうで、実は案外反りが合う。
でもずっと反りが合い続けているのかと言われればそうでもなくて、揉める時は揉める。意見が対立して揉めたら、そこから先は取っ組み合いになってジタバタ暴れ回る。
そして数分後には元通り。お互いにホコリだらけになりながらも、楽しそうに笑って仲直りしてしまう。
「え? なんで電話してきたのかって? んなもんありがとって言いたかったからに決まってんじゃんかぁ。あと、アンタの妹さんを幸せにするねッて決意表明も」
話している内容は素晴らしい友情を垣間見られるものだったが、弘海が突然変なことを言った瞬間に電話越しからまほの大声が聞こえた。
みほはビックリして目を見開き、弘海はニタニタと楽しそうに笑っている。
おっかない、と言いつつもまほを弄ることが好きな弘海はこうなることを予見して今の発言をした。
「そんな声出しなさんな。みほビックリしてるわ」
今の怒声を聞かれたのか、とまほは一瞬固まったが直ぐに持ち直した。
『みほに変われ!』と大声が聞こえてくる携帯電話をみほに手渡し、弘海は彼女を見下ろしている。どうなるのか楽しみ、と表情に書いてあるのが分かった。
「も、もしもしお姉ちゃん?」
『みほっ! 大丈夫か!! 弘海になにかされてないか!?』
恐る恐る電話に出てみるとまほは明らかに動揺し、裏返った声で質問してきた。
普段の姉らしくない有様に困惑し硬直するみほだが、どこか楽しいとすら思えている。
活発な性格だった昔に戻ったみたいな、世話を焼いてくれる優しい姉を振り回すのが楽しかったあの頃に戻ったみたいな、そんな感覚だ。
「うん、大丈夫だよ。膝枕してもらったり膝に座らせてもらったくらいで」
『そっ、それは大丈夫なのか……んんっ、まあいい。どうだ船旅は。酔ってないか?』
黒森峰女学園に居る時のまほは『西住流の次期後継者』として、『全国大会9連覇を成し遂げた強豪校の隊長』としての立場があり些か冷たいように思える態度をとることが多々あった。
みほとしても姉には姉の立場があるのだから仕方ない、と割り切っていた。家に居る時の姉は違うという事実を知っていたのも割り切るのを手助けしていたのだろう。
家に居る時のまほは『頼りになる姉』であり、『気にかけてくれる優しい姉』だった。
あんなことをしてしまったのだから、もう拝む事は叶わないと思っていた素の姉との会話に、みほは声が震えてしまいそうになるのを堪えるので必死になる。
「少し、酔っちゃったかな……戦車とは、勝手が違うからっ…」
堪えてはいるが、泣くなという方が無理な話。
みほはまほの妹、西住流の類稀な戦車乗りの才能を有する身であるが、それ以前に10代の女子高生だ。
進学や就職で家を出る事もあるが、今の彼女はそんな在り来りな理由で家を出たのでは無い。逃げ出したような形になっている。
寂しさが存在しない訳が無い。黒森峰女学園での楽しかった思い出を、家での生活を、思い出さないはずが無いのだ。
それを何とか抑えていた。もう二度と手に入らないと思う事で、これ以上強くならないように蓋をしていたのに……優しいまほの声が、蓋の取っ手に手を掛けた。
『……みほ。すまなかった』
泣くのを堪えようと目元を押えるみほの耳に届く、まほの謝罪。
返事は出来そうにないからと、せめて反応を示す為にとみほは頷く。
電話越しで伝わるかも分からない意思表示だったが、熊本にいるまほにはまるで見えているようにはっきりとみほが頷いたのが伝わっていた。
『私はお前を助けられなかった……助けられる立場に居たのに、次期当主としての立場や隊長としての立場を優先してあの日の行為を正当化することが出来なかった』
姉妹として長い付き合いを重ねる中で、姉のことは大体分かるようになってきたみほには電話越しにまほが泣いているのが分かった。
自分とは違って声も震えず、何時もの姉と変わらないように思えるが、涙を堪えて歪んでいる表情が明確に想像できた。
『今更どの口が言うのかと思われるかもしれないが……私はあの日、みほが助ける為に飛び出したことを嬉しく思うんだ。西住流の教えに背いてまで助けに向かったみほの姿が…私は嬉しかったんだ…ッ』
最初の方こそ震えもなく話せていたが、己の気持ちを吐露していくにつれてその強がりもやがては効かなくなる。
まほも声が震え出し、言葉と言葉の間に数秒の間が生じるようになる。鼻をすするような音も混じり始め、泣いているのが丸わかりだ。
『みほ。お前は優しい子だ……優しくて、可愛くて、大切な私の妹だ。だから、そのみほらしさを……見失わないでくれェッ…』
離れてから気付いた、身近にみほが居たという現実。
彼女がどれだけ自分の支えになってくれていたのか、痛いくらいに思い知らされた。
離れたことで気付かされた、みほが身近から消えてしまったという事実。
みほのことが大好きなまほにとって、それはかなり堪える事実だ。そんな相手と話していて、涙を殺し切れるわけがなかった。
まほはとうとう泣き出してしまった。久しく聞いた事のない、実の姉の本気の号泣。昔喧嘩した時以来かもしれない。
懐かしい声にみほも涙を堪えきれなかった。両の眼からポロポロと涙が零れ、頬を伝い、弘海の膝を濡らしていく。
『……みほ。聞こえているわね。私です、しほです』
電話の相手がまほから母親のしほへ変わる。
自分の行為を叱責した相手が急に電話越しに現れたことでみほの涙が引っ込みかけるが、その声に聞いて涙は再び流れ始める。
「お母さん……泣いて、るの?」
『…ええ。恥ずかしい事に、年甲斐も無くね』
あのしほも、みほと別れたことに涙を流していた。
『まずは謝罪を……あの日、貴女を叱責してごめんなさい。あの後、私もある人達に酷く叱責されたわ』
良い友達を持ったわね、という言葉にみほの視線は弘海へ向けられた。
『弘海さんだけじゃないわ。小梅さんにエリカさん、エマさんやエミさん……貴女と共に戦った友人達が、私を叱ってくれたのよ』
弘海とは中学以来の付き合いになる。お互いの考えは何となくで読めるようになっているくらい、ただの『友達』の枠組みには収まらない深い仲となっている。
特に弘海の場合、視力に頼みを置けない分他の感覚が研ぎ澄まされており、そこには第六感も含まれる。
野生動物じみた直感で物事を見抜くことに長ける。現にみほが黒森峰女学園を離れることにも、弘海は気付いて着いてきているのだから。
『若いというのは羨ましいわね……大人になると立場が邪魔して、体裁が邪魔して、こんな場面になってからでないと素直になれないというのに…彼女達は皆、貴女の尊厳を真剣に守ろうとしてくれたわ。凄い気迫で気圧されたもの』
歳を重ねるものでは無いわね、としほは笑った。みほの好きな、普段の顔からは想像しにくい柔らかな笑みを浮かべ、電話を握る手に力がこもる。
『みほ。あの日、貴女を叱責したのは西住流師範代としての立場からのもの。そして叱責してしまった手前、どの面下げて母親としての立場からものを言えば良いか見失ってしまっていた……そこに、弘海さん達が来てくれたの』
みほが叱責を受けたショックで部屋に閉じ籠っている時、弘海達が西住邸を襲撃。
弘海の第六感が、みほとしほの間に対立が生じた事を感知して急襲したのだ。彼女達も準備を進める余裕は無く、ほとんどぶっつけ本番。
荒れ狂う川に飛び込むという危険な選択を選んだ勇気を、その選択の果てに救われた命がある事を、戦車道で死者が出てしまうという最悪の結末を回避した英雄を、何故攻められるのかと詰め寄り問い詰めた。
最初こそ、しほは師範代としての立場での反論や家庭の問題に首を突っ込むなと追い返そうとしたが、弘海達の目を見てしまった。
『凄かったわ……ああいうのを覚悟というのかしらね』
皆、目付きが鋭く固い決意を宿していた。
みほの尊厳を守る。彼女の選択の正当性を証明する。
その為なら、死んでやっても良い……そんな覚悟を感じさせる瞳に、しほは怯まされた。
自分よりも一回りも若い子達に怯まされ、そこでようやくしほの耳にしっかりと弘海達の言葉が届いた。
母親としての立場よりも先に師範代としての立場でみほに接してしまった自己嫌悪により、冷静さが消え去っていたしほの耳に。
『みほ。私は貴女が荒れ狂う川に飛び込みチームメイトを助けたこと、嬉しく思うわ……優しい貴女らしい、良い選択でした』
己を叱責した母からの賛辞。
しほは不器用なだけで、みほのことをしっかり愛している。年頃の女子となった娘との接し方に悩み、師範代と母親という2つの立場の板挟みに苦しまされている、不器用な母親なだけだ。
『危険なことをしたのは褒められたことでは無い…でも、お陰で最悪の事態は避けられた。西住流の名を地に落とすこと無く、戦車道の名を汚すこと無く、無事に収めてくれたこと、師範代としてお礼を言わせてちょうだい』
いくら不器用な彼女でも、ここまで話を進めていれば次の言葉を発することは極めて容易だった。
怪我がなくて良かった。
ありがとう。
素直に褒められなくて、ごめんね。
「……おかあさぁん」
みほはまたしても泣いてしまった。母からの暖かい言葉に、自分の選択が誤りではなかったのだと思えてたまらなく嬉しかったから。
そして何よりも、母親に認められたことが嬉しかった。
『貴女の選択を私は尊重するわ。10連覇を逃したことも責めません。だから……寂しくなったら電話をしなさい。朝起きる時と夜眠る前にはメールをしなさい。夏休みと冬休みには顔を見せなさい』
『なっ、お母様それは私が言う予定だったものです! 娘の発言を奪わないでください!』
『なによ!? 私だってみほと離れるのは心苦しいのよ!? これくらい良いじゃない!』
そんな感動はどこへやら。ポカポカとした心地よい熱を生み出していた心に浴びせられる、姉と母の柄にもない親子喧嘩の声。
心配してくれているのは伝わってくるが、こうも自分を取り合われると流石に恥ずかしい。
ふと顔を弘海に向ければ、やはりというか『面白いモン見っけた』とでも言いたげな笑みを浮かべている。
「んじゃ、2人の大切なみほは私がしっかり面倒見るから安心してよ。朝のお手伝いから学校生活の補佐、なんなら夜のお世話もシッカリとシてあげるからさ♪」
『『絶対ダメ! 最後のは絶対ダメd』』
みほから携帯を受け取った弘海はこれまた楽しそうにニッコニコしながら爆弾を投下し、二人が起爆したのを確認するとゲラゲラ笑いながら電話を切ってしまった。
二人はいつもこうだ。最初こそ優位に立てることもあるが、結局は弘海にグチャグチャに掻き回されて普段の二人らしからぬ憤慨っぷりで追い掛け回す。
真面目で不器用な二人じゃ何時まで経っても弘海には勝てないんだろうなぁ、みほがそんな感想を抱いていると彼女の髪に弘海が触れた。
優しく撫でるその手つきは、何時もの彼女らしくない。何処か悲しみを感じさせるような、寂しい静けさを感じさせる手だった。
「弘海さん…?」
「大洗に着いたらちゃんと友達を作るんだぞ? なんなら彼氏も作れ、彼女でも良いな。だから、私に甘えっぱなしはダメだからな?」
急にどうしたの、そう言おうとしたが口を手で塞がれてしまい何も言えなかった。
「まほとしほさんの二人も大して怒っちゃいなかった。頼れる存在ってワケだ。だから頼るならそっちか大洗で作った友達にして、私にはあまり甘えるな……
またこれか、と納得する。
中学生の頃から、弘海は時折こんなニュアンスの発言をすることがあった。
自分はいるはずの無かった存在。何かのバグでみほと繋がっただけ。
当初は厨二病の類かとも思って怪訝な顔をしたものだが、彼女の来歴を知ってからは感想を変えた。
弘海には両親が居ない。父親を失い、母親を失い、父方の祖父母を失い、その度に学園艦を転々としてきた。
その中で新たに友達と出会い、青い春を過ごし、そしてまた別れを迎えるのを繰り返すことで孤独感や離別の悲しみを味わい尽くし、何も思わない方が不自然。
そこまで考え至ったみほは、弘海のこの手の発言の理由をこう推測した。
親しくなった人とまた離別するかもしれない。そうなればまた離別の悲しみを味わうことになるが、それは相手も同様。だからといって誰とも触れ合わないのは寂しくて耐えられない。
ならば接しはするがその最中に自分との離別を悲しまないで欲しい的なニュアンスの言葉を挟み込むことで、いつか来る離別がもたらす悲しみを軽減させようとしているのではないか、と。
「分かってるよ。弘海さんにも迷惑かけられないからね」
自分だって悲しむくせに、そこを度外視して相手の悲しみの軽減を狙うだなんて優しいが過ぎるよ。
もっと自分のことを愛して欲しいよ、なんてみほは言えない。優しいながらも覚悟を決め切っている瞳を見せられては、覚悟を踏み躙るような物言いは出来ない。
だからみほは受け入れるしか無い。自分の推測を読み取られないように、可愛らしい笑顔の裏に悲しみで顰められた顔を隠しながら。
みほの言葉に、弘海は黙って頷いた。何処か悲しげで、それでいて満ち足りているような笑顔を浮かべながら。