ガールズ&パンツァー 盲目の狂犬   作:大洗に住みたい

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飼い犬として

 大洗女子学園への転入も済ませてはや数日。

 

 初めての土地で最初こそ困惑のあった飼い主だけど、どうにもすぐに慣れたっぽいね。

 今では同じクラスの武部沙織ちゃん、五十鈴華ちゃんと友達になって一緒に下校したり、買い食いを楽しむ関係になっていった。

 

 黒森峰女学園と比較して大洗女子学園は校風が緩いのも手伝ったんだろうねぇ。

 飼い主の明るさと活発さも増している。後輩にも囲まれてるし、毎日の生活をとても楽しんでいるのが傍目から見ても明らかだわ。

 

「……」

 

 大洗女子学園の屋上。転落防止用のフェンスに指をかけながら、私は眼下の学園正面入口を見下ろしていた。

 視力を失い濁り切っている瞳を開き、母親譲りの琥珀色の瞳を開いて飼い主が学友と共に下校している様子を見守っている。

 

 見えないけど、わかる。視力以外の全てが、視力がもたらしてくれるはずだった情報を補完してくれている。

 正門の大きさや形、下校する生徒達の声、海風の香り、ありとあらゆる要素が私を助けてくれる。

 

『今日はどこ行こっか! 私また干し芋ソフトが食べたいなぁ!』

『待っ、待ってよみぽり〜ん! 走らないでよぉ!』

『かけっこですね……負けませんよ!』

 

 トテトテ、この足音は飼い主のもの。お気に入りのスイーツを見つけたみたいで最近はよく食べに行ってるっぽい。

 

 トンッ、トンッ、この足音は沙織ちゃんだね。うちの飼い主に振り回されているっぽい……頑張ってね。

 

 スタタタっ、この足音は華ちゃんか。あの子華道の名家出身だって聞いたけど、走るの結構早いのね。

 

 3人以外にも歩いている人、走っている人はいるけど一人一人で違いがあるからそこに気を付ければ見分けは付く。

 歩幅も違うし体重も違う。歩幅が変われば足音の間隔だって変わってくるし重みも変化する。足音一つでも私にかかれば、相手の身長や体重をザックリと計算できる判断材料になる。

 

「私も…成長したよなぁ……」

 

 幼い頃は大変だったなぁ……目が見えないから周りの子とは出来ることが違ったし、目が見えないのをネタにいじめられもした。

 

 だからその頃の私は音を聞き取り、そこから得られる様々な情報を取捨選択して身を守る事で精一杯だった。

 手を叩いたり舌打ちをしたり、そういった私自身が生み出した音の反響で周囲を探る反響定位を習得するのに悪戦苦闘したのも今となっては懐かしい記憶だね。

 

 それが何時しか当たり前になっていって、目が見えないのがマイナスからプラスへ切り替わっていくのを知覚して、私なりの個性だと思えるようになって……そこからだったかな。

 

 音が『生きていく為には欠かせない命綱』だけじゃなくて、『生活に彩りを与える娯楽』としての一面を持つようになったのは。

 そこは継続高校の学園艦で出会ったスナ〇キンもどきなチューリップヘッドと出会ったのも要因の一つだろうけど……元気にしてるかなぁあの人。

 

「……んん〜っ。今日も疲れたなぁ…ふわぁ〜」

 

 ぐぃーっと伸びをして、一緒にあくび。今日も飼い主が穏やかに過ごせたようで良かった良かった。

 

 私もこの学校のゆるーい感じは楽で助かるし、授業も黒森峰みたいにカッチリしている感じが無いから肩肘張らなくて落ち着くわぁ。

 

 ごろん、と屋上に横たわる。今日は体育で思いっ切り走ったから足が痛いわぁ……準備運動が足りなかったかな。ゴールした時なんか足もつれてすっ転んだし。

 ま、クラスメイトの皆が優しい子ばっかりで助かったね。目が見えない私を気遣ってアレコレ手伝ってくれるし、そこに虐めてやろう的な邪悪さがないのもまたGoodだ。

 

「平和だなぁ……」

 

 目が見えないとなると、他の感覚がどうしても鋭敏になる。

 

 聞きたくないものも聞いてきた。

 感じたくないものも感じてきた。

 嗅ぎたくないものも嗅いできた。

 

 人間ってのは凄いよね。暗闇に脅えるくせして、いざその暗闇に慣れてしまうと途端にアレコレ分かるようになっちゃうんだからさ。

 

 何となくで、人の心の中の声が聞こえてくる。

 私に害意を抱いていれば、言葉にされなくても何となくで聞こえてしまう。

 

 何となくで、人の動作や心境を感じ取れる。

 日によってムラはあるけど、調子が良い時は教室にいる生徒と先生全員の動きやら気持ちが感じ取れてしまう。

 

 何となくで、人の意志を嗅ぎ取れる。

 酸っぱいとか臭いとか、そんな在り来りな表現では言い表せない独特な匂いで想いを嗅ぎ取ってしまう。

 

 便利ではあるけど、不便でもあった。そりゃあそうだよね、いきなり自分の気持ちや思惑を見抜かれたりしたらそりゃ気持ち悪いもんね。

 目が見えなくて虐められてきた私は、今度はその研ぎ澄まされた視力以外の感覚を気持ち悪がられて虐められるようになった。

 

「イジメもないし、喧嘩も無いし、退屈なくらい平和だよ…ふわぁ〜」

 

 ま、流石に二度も虐められる私じゃないけどネ☆

 

 父ちゃんが死んで荒んでたってこともあって、そのときは虐めてきたヤツを片っ端からブチのめしたモンよ。

 舐められっぱなしっても癪だし、父ちゃんが居ない分まで頑張って私を育てようとしてくれてた母ちゃんの努力に泥かけるような行為をした馬鹿共を許せなかったし。

 

 そんな暴力事件を起こしちゃったもんだから、これを機にってことで元々予定してたサンダース大学付属高校の学園艦への引っ越しを前倒しで実行。

 向こうでも最初こそいじめられたけどまたブチのめして、そうしたらなんか認められて……あ、ここが居場所かって思った矢先、今度は母ちゃん死んじゃって。

 

 次は継続高校の学園艦にいる、父方の祖父母を頼った。あっちは貧乏でいじめなんかやってる余裕無かったからね、平和だったよ。

 それも祖父母が立て続けに逝っちゃったから長居は出来なかったけど。

 

「……飼い主は、アレでいいんだ」

 

 私は福島生まれで、飼い主は熊本生まれ。余程のことが無ければ関わることはおろか、すれ違うことすら有り得なかった身。

 

 それがなんのバグか巡り会って、飼い主と飼い犬の関係になった。

 好き勝手にやらせてもらって、そうしたらなんか知らないけど飼い主が家で勃発したゴタゴタに首を突っ込めて、飼い主とその家族のしがらみをぶち壊すことが出来た。

 

 ホント、バグみたいだよ。あまりに現実離れしてる。

 自分の気に入らないものを叩き壊したら、ぶっ壊した爽快感以上のものが返ってきたんだからさ。

 

「寂しいけど……アレがいいんだ」

 

 私はもう、満たされている。

 飼い主が楽しく学校での生活を過ごせるように駆けずり回って、トンチキシスターズなんてあだ名をつけられるくらいに打ち解けて、最後には家族とのしがらみを破壊できた。

 

 特に最後がデカイね。家族をみんな失った身からすれば、家族との不和は断じて見過ごせない。

 家族なんて友達以上に替えのきかない唯一無二の存在なんだから、仲良しこよしでいられるのがベストだよね。

 

 飼い犬としての役割を、私はほとんど全うした。

 こっちは黒森峰女学園ほど厳しい学校じゃない。自由度だって高いし校風も緩いから飼い主に合っている。

 

 いじめてやろう、なんて心の腐っている奴も居ないっぽいし私が気張る必要性も薄れた。

 そして、飼い主にも私以外にああやって屈託なく笑い合える学友が出来た。

 

『ねぇ! 一緒にクワガタ取ろうよ!』

 

 祖父母が死んで亜美さんに拾われて、そこから黒森峰女学園の学園艦に転がり込んだ。しほさんに土下座で頼み込んでくれたとか。

 また慣れない土地で暮らすのか…そんな風に考えていた私に声を掛けてくれた、飼い主の声を今でも思い出す。

 

『目見えないの? なら手繋ごうよ!』

 

 飼い主は、みほは私を拾ってくれた。友達だと言ってくれて、他の友達と分け隔てなく対等に扱ってくれた。

 困っていたら心配してくれて、助けられるのであれば助けてくれて、決して私を馬鹿にもしなかったし軽んじもしなかった。

 

『弘海ちゃん字綺麗だね!』

『絵上手いなぁ……私? あ、あははっ!? なんのことかな!?』

 

 目が見えない私では『何も出来ない』と思うのではなく、私なりに『出来ることがある』と前向きに捉えてくれた。

 

 嬉しかった。私を特別扱いしない彼女の優しさに救われた。

 だから、私は決めたんだ。あの人の飼い犬になって、あの人が幸福を掴む土台になるんだって。

 

 友達になれたからといって、その関係がずっと続くとは思えない。そんな夢を見ていられるほど現実が見れない訳じゃない。

 私も何時かはみほと別れることになる。望む形か否かは問わず、必ず別れが来る。ずっと一緒には居られない。

 

 だから、私は土台作りでおしまい。

 そこから先はみほが土台を踏み締めて、自分で歩み出さなきゃならない。

 その歩みの隣に、飼い犬の私は居ない。

 居るべきなのは家族や伴侶であって、私ではない。

 

「頑張れよ、飼い主。ある意味じゃ向こうより疲れるぞぉ」

 

 役割をほとんど全うしたけど、離れてやるつもりは無いさ♪

 

 私はこう見えて寂しがり屋さんだからね、飼い主の方からしっかりと拒絶されない限りは3歩後ろをついて歩く所存さ。

 今までは隣だったけど、そこを私以外の友達に明け渡すだけ。ここなら沢山友達ができるだろう、それこそ黒森峰女学園にいた頃の何十倍も。

 

 なら、私だけが飼い主を独占しまくる訳にもいかんからね。利口な飼い主はクールに去るぜ……とまではいかずとも、後ろを歩いて見守らせてもらうよ。必要なら手助けもする。

 んで、去るべき時が来たら去る。後腐れも後悔もないよう、そんな日々を送ってからね。

 

 私が居なくなっても大丈夫、そんな風に思ってもらえる日々を過ごさせてから。

 

「やっぱり。ここに居たのね」

 

 飼い主が今後、どんな学校生活を送っていくのかの展望に胸を踊らせていると屋上への入口が開いた。

 

「あ〜、お帰りお母ちゃん。説明は終わったん?」

「えぇ! 今後の授業に関して色々聞かせてもらえたわ! 貴女の授業態度もね!」

 

 私の今のお母ちゃん、亜美さんだ。ハキハキしてて話すと楽しいし、大人しかった前の母ちゃんとはまるで違う性格をしているけど一緒にいて気が楽だ。

 

 どさっと、私の隣に腰を下ろしてきた。乙女の恥じらいってもんがないのかな……まぁ、私も屋上でごろ寝してるし人の事は言えないけども。

 

「しっかり授業に取り組んでるんですってね? ベリーナイスよ! さすが私の娘ね!」

「そりゃあねぇ……テキトーな事してお母ちゃんの名前に泥塗りたくないし」

 

 勉強はメンドー臭いけども、そこを手抜きしたらお母ちゃんに迷惑かけちゃうからね。

 養子縁組してもらった時に手続きだのしほさんへの土下座だの仕事仲間への説明だの……それはもうさんざっぱら迷惑かけたんだ。

 これ以上はかけられない。

 

「色々と迷惑かけて来てるからねぇ」

「もうっ、何言ってるの? 子供は親に迷惑かけてなんぼなのよ! そう謝ることじゃないわ!」

 

 カラカラと軽く、それでいて楽しそうにお母ちゃんは笑う。この笑い方も好きで、聞いていると落ち着く。

 

 隣に座ったまま、お母ちゃんは頭を撫でてくれた。豪快というか適当というか、そんな感じの性格のお母ちゃんからは想像できないくらい優しいなでなで。

 じんわりと、温かい熱が頭から爪先まで浸透していくのを感じる。愛情とか親愛とか、そういったポジティブな感情が産む温かい熱。

 

「そっか……あんがとね。ならのんびり見ててよ。ゆったりお酒でも飲みながら、さ」

 

 お母ちゃんの手を掴んで、抱き締めた。

 この人のなでなでを受けられるのは私か、この人の伴侶になる人だけだからね。その伴侶って奴がいない間は、私が独占させてもらうよ。

 

 私には頼れる人が少ないからね、それも年上の頼れる人ってなるとどうしても甘えたくなる。

 ピシッとお母ちゃんの腕が固まったのを感じ取った。どうしたんだろうか、なんて思った次の瞬間には私の感覚をもってしても捉えきれない超スピードでお母ちゃんが抱き着いていた。

 

「んん〜っ‼️ その仕草はダメよ! キュート過ぎるから!」

「ぐむうぅ〜」

 

 立派なお胸に顔を押し潰される。少し苦しいけど、この苦しさもまた心地好い。

 もしもお母ちゃんより先に死ぬんだとしたら、こうやって抱き締められて死にたい。

 

 父ちゃんも母ちゃんも、一人で寂しかっただろうからね。

 

 それにしても……この触り心地、新しいスーツおろしたな?

慣れない触り心地だし、匂いにも嗅ぎ馴染みがない。

 娘の学校生活等々について聞きに来るだけでそんな手間のかかることして……化粧もしてらっしゃる。すっぴん美人だってのにまぁた手間のかかることを。

 

 ホント、この人可愛いわぁ。お母ちゃんじゃなきゃ惚れてたね間違いなく。

 

「さぁ! 早く寮に戻りなさい? エレファント重駆逐戦車の受け取り、この後の予定でしょ? 私はまた向こうに戻らなきゃいけないから」

「はいはぁ〜い。無理なくお勤めしてきてねぇ〜」

 

 ぎゅうぎゅうと抱き締めてくれていたのがパッと解放されて、あまりのあっさり具合に少しばかりガッカリ。

 でも油売ってらんないのも事実なもんで、持ち込んだエレファント重駆逐戦車を戦車道連盟直属の整備士さん達に見てもらってるんだ。

 

 私のエレファント重駆逐戦車は一人乗り。

 障害者に該当する私一人でも扱えるように色々と弄ってあるから、整備には普通の整備士以外に『戦車道履修障害者用戦車整備技士』って呼ばれる整備技士が携わらないといけない。

 

「もちろん! 私も貴女の母親として相応しい働きをしてくるわね! それじゃ、またね!」

 

 整備士さん達の手配までしてくれたお母ちゃんは軽快な足音を立てて走り去っていった。

 

 屋上が一気に寂しくなる。吹き抜ける風の音が孤独感をより煽り、どうしようもなく泣きたい感情に苛まれる。

 コレだけでも、私はダメだ。こんなものでも別れは別れであり、悲しくて堪らない。

 

「……寂しい、なぁ」

 

 悲しさ、寂しさを誤魔化しはしない。誤魔化した所でお金に変わる訳でもなければ腹が脹れるわけでも、目が見えるようになる訳でも無い。

 だから、私は湧き出た感情に任せることにしている。

 

「……寂しいよぉ」

 

 気持ちを言葉にして吐き出し、涙を気分がスッキリするまで流す。

 まだ時間も少しは残っているし、落ち着くまで泣いても問題ないだろう。

 

 迷惑になるから声だけは殺して、私は大洗女子学園の屋上で気分が落ち着くまで泣きまくった。

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