ガールズ&パンツァー 盲目の狂犬   作:大洗に住みたい

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再会は予期せずして、です

 大洗女子学園に転入してもう数日が経ちました。時間の流れは早いもので、今ではすっかり馴染めたと私は思っています。

 学校の雰囲気も堅苦しさがなくてゆったりしていて、肩肘張らずに楽な気持ちで生活できるのも嬉しいです。たまに『刺激がないなぁ…』と思わされるくらいですからね。

 

「沙織さん! 華さん! ご飯行かない?」

「早いってみぽりん!? まだ片付け終わってないよ!?」

「では、先に行きましょうか?」

「2人とも早くない!?」

 

 こうしてワイワイと話せる友達にも巡り会えました。初対面の時は私も慣れない場所で緊張してたけど、慣れてしまえばこっちのもの。

 二人も初対面と打ち解けた後で別人みたいだって驚いてたけど、それでも友達で居てくれる優しい人達です。

 

 今日は沙織さんと華さん、そして学食で待ち合わせをしている後輩の皆さんとご飯を食べる予定になっています。

 こんな学生っぽいことも黒森峰じゃなかなか出来なかったからとても新鮮だし楽しいです。

 

「あっ、梓ちゃんから食堂に到着しましたってメールが来てますね」

「ねぇ〜!? 私以外動くの早すぎじゃない!?」

 

 私達に急かされてバタバタと教科書やノートを片付けていた沙織さんを、華さんは更に急かします。

 その顔はとっても楽しそうで、私の携帯電話にも梓さんからのメールが来ていなければ『沙織さんを急かす為の嘘なのかな?』と疑いたくなる表情です。

 

 確認の為に携帯電話を開いて、その時にふと時刻を見てある違和感を覚えました。

 

「あれ? そういえばひろみん来ないね?」

「そういえば……何時もならもうこちらにいらしているはずですが……」

 

 隣のクラスにいる弘海さんがまだ来ていないんです。

 何時もならこの時間になると『ご飯行かないか飼い主!』と教室のドアを破壊するような勢いで開けて飛び込んでくるのに、今日は教室がやけに静かです。

 

 沙織さんと華さんだけではなく、他の皆さんも首を傾げて教室のドアを見ています。

 まだ転入してきて数日ですが、既に弘海さんによる教室襲撃は日常風景になってしまいました……まぁ、無理もありません。

 

 パッと見なら外国人風美人の弘海さんが教室のドアを破壊しそうな勢いで開ける、なんて光景普通じゃ有り得ません。

 そんな光景を数日間連続して見せられれば印象にも残るし、やがて慣れてしまうというもの。

 

「どうしたんだろう……体調でも悪いのかな?」

「宿題をやってるとかかな?」

 

 いつもと異なることが起こると気になってしまいます。弘海さんにも本人の都合があるんだし来ない時もあるのが普通です。

 それに『毎日お昼ご飯を一緒に食べる』なんて約束もしていませんし……それでもやはり、気になるものは気になります。

 

「それにしても、ひろみんって美人だよねぇ〜……本当に私たちと同い年なの?」

「あ、それ私も思いました。外国人風美人…というのでしょうか。金髪も綺麗ですしサラサラで羨ましいです」

 

 話題の当事者として弘海さんが出てきたことで、沙織さんと華さんは弘海さんに対して色々と思うところを話し始めました。

 

 友達として、あの人が綺麗とか美人と言われると嬉しいものです。

 そして、二人には悪いですが『この二人よりも私は弘海さんをよく知っている』という優越感みたいなものを感じられたのも嬉しいんです。

 

 別に独占したい、なんて欲望がある訳では無いと思います。

 でも中学生時代からの付き合いがある彼女が、私を飼い主と呼び慕って支えてくれているあの人が良い方向に認められているのが、自分の事のように嬉しいんです。

 

「私、弘海さんの様子見てきますね」

 

 顔を見るついでに様子を見に行こう。そう決めて席を立った瞬間、何か嫌な予感が背筋を駆け抜けていくのを感じました。

 戦車道をやっていた時にも感じたことがある予感、誰かに危機が及ぶ時の予感にも似た感覚です。

 

 ゾワゾワと全身の毛が総毛立つような……それも寒気から来るものでは無い、恐ろしい出来事を予感しての悪寒。

 

「ごめん2人とも! 先に食堂に行っててくれる!? 私弘海さんの様子を見て」

 

 嫌な予感は一瞬にして、根拠は無いものの確信に変わりました。

 駆け出そうとした私でしたが、それは叶いませんでした。

 

ドバンッ! ガシャンッ!

 

 凄まじい音が隣の教室から聞こえて来ました。

 

「何今の音!? 爆発!?」

「違う」

 

 確かに爆発と勘違いしそうな音だったけど、それにしては音がおかしい。

 

 最初の音は何かが吹き飛ぶような音で、その次に聞こえたのはガラスが割れるような音。前者は……多分だけど、吹き飛んだのは教室のドアだ。

 爆発したのならもっと多くの音が聞こえるはず。それこそドアが吹き飛ぶくらいの威力の爆発なら、ドア以外にも色々なものが吹き飛ぶはず。

 

 それにガラスが割れるような音も廊下側からしか聞こえなかった。恐らく、何かの拍子で吹き飛んだドアが激突して窓ガラスを割ったのだろう。

 これもドアが吹き飛ぶような爆発なら廊下側のガラスだけじゃなくて反対側、外に面している側のガラスだって吹き飛んでいるはず。

 

『音も触感も味も匂いも、感じるものは全部情報を仕入れる手段になるからねぇ。大切にしなきゃダメだよ? そして大切にし過ぎるのもダメ、疑うことも肝心だよ』

 

 他人と違って目が見えず、視覚に頼れない弘海さんだからこその金言を覚えている。

 見える物だけじゃなくて聞こえるもの、触れるもの、味わったもの、香ったものも、それら全てが情報を得る手段。

 それ等の手段を用いて得た情報を取捨選択し、正解を導き出すことが大切。

 

 弘海さんのような『見えているのでは?』と思わせるほどの精度はないけど、あの人の感覚を知りたくて真似していたからこそできた推測。

 

 爆発音は無かった。

 振動もなかった。

 空気には変な味も匂いも含まれていなかった。

 

 つまり、あれは爆発なんかじゃない。

 

「うわあああああああ〜〜!?」

「全員教室から出ないでください! 私ッ、今の音を確認してききゃあ!?」

 

 何が起こったか分からない以上、不用意に動くのはかえって危険を招きかねません。

 教室にいる皆さんに待機をお願いして廊下に飛び出そうとしましたが、悲鳴が聞こえたのを知覚したのと同時に腹部に何かがぶつかってきてバランスを崩し、倒れてしまいます。

 

 あの音を聞いて逃げ出してきた生徒でしょうか。倒れて床に打ってしまったお尻の痛みを感じつつ、私に抱きついてブルブルと震えている生徒に視線を落としました。

 

「だっ、大丈夫ですか!? どこか怪我は」

「助けて西住ちゃんっ!」

 

 怪我は……していないようです。怪我をしていれば出来ないような、弾かれるような勢いでガバッと顔を上げた生徒は涙目で私に助けを求めてきました。

 

 困惑するな、という方が無理です。私はこの人に名前を教えた記憶はありませんし、助けを求められる道理も無いはず。

 しかしこの人には私に頼る理由があるみたいで、がっしりとしがみついて離れません。

 

 何故私なのか、何故私を知っているのか。

 そんな疑問が頭をフル回転させ、その最中であることを思い出しました。

 

 あの音に私は聞き覚えがある、と。

 以前、黒森峰でも似たような音を聞いた、と。

 

 その記憶を掘り返す。そして、直ぐに思い出した。

 

『もっぺん言ってみろ……誰が、副隊長に、相応しくねぇだと?』

 

 私が副隊長に任命されて数日後、弘海さんがクラスメイト相手に本気で怒っていたあの日。

 弘海さんのいた教室のドアが殴り飛ばされ、机も投げ飛ばされ、それはそれは酷い状況になったことがある。

 そして、その原因は弘海さんだった。

 

「ど〜こ〜だ〜? 出てこ〜いダブル導火線ヘアー! 火ぃつけて爆破してやるからさぁ〜!」

 

 廊下から弘海さんの声が聞こえてきます。

 

 間伸びしたような話し方で、明らかに怒りで語感が強まっています。足音も怒りに任せて歩いているのか、やや乱暴さが目立ちます。

 

 どうやらこの人、弘海さんと接触して何かの拍子に怒らせたみたいです。曲がったことが嫌い、納得できないものが嫌いな、あの人を。

 

「西住ちゃ〜ん!」

 

 殺されるんじゃないか、そんな不安感を感じさせる表情で見つめられては私も放ってはおけません。

 あの人の逆鱗に触れるような真似をした人を助ける義理もないのですが、弘海さんの怒りを鎮めることが今は何よりも優先すべきこと。

 

 黒森峰なら弘海さんの性格にも大抵の生徒が理解を示していましたから、逆鱗に触れるような真似をする人はいませんでした。

 仮に弘海さん以外の誰かを虐めていたとしても、その『虐め』という行為そのものに弘海さんは100%不快感を示して自分が部外者であってもぶちのめしに来るからです。

 

 あの人の性格に対する理解が、まだこの学園では浅い。キチンと知らない人から見れば弘海さんは『暴力的なおっかない人』で片付けられてしまいます。

 友達として、そんな認知のされ方は納得出来ません。

 

「弘海さ〜ん」

 

 怒ってしまった弘海さんを止められたのは私かお姉ちゃん、エリカさんか小梅さん、お母さんか亜美さんの6人だけ。

 この場にいるのはその6人の中で私一人。なら、私がやるしかない。

 

 それに、私はもう弘海さんを『怖い』とは思わなくなっています。麻痺している、とも言えますね。

 でも、その麻痺を悪い事とは思いません。あんなに優しくて強くて頼りになる最高の友達を、どう狂ったとしても『怖い』なんて思いたくありませんから。

 

「西住ちゃんっ!? 今弘海ちゃんを呼ぶのは」

「大丈夫……私に任せてください」

 

 助けを求めた相手が自分を狙っている相手を呼び寄せる、そんな絵面に見えたのか抱き着いている生徒は絶望した顔で私を見ていました。

 

 逆鱗に触れたのでしょうが、私がいれば問題ありません。あの人は私を巻き込むような暴威を撒き散らすような、躾のなっていない駄犬とは違います。

 

「およ…なんだぁ、飼い主に保護されてたかぁ……」

 

 私の声を聞いた弘海さんがやってきました。スンスンと匂いを嗅いで私の位置を特定、そこに自分を怒らせた生徒の匂いが混じっているのを感知しているようです。

 

 立ち姿から分かります、かなり不機嫌な状態です。私が副隊長に任命された時に陰口を言った同級生を威圧していた時と似た気迫を纏っていました。

 

 でも、不機嫌そうだったのは私を認識する直前まで。

 私を認識した途端、ふにゃっとしたやわっこい笑みを浮かべたんです。

 

「うん、今抱っこしてる形だね」

「何その羨ましいシチュエーション。私に変われ今すぐ変われさぁ変われそうしないとそのダブル導火線に点火するぞ」

 

 ダブル導火線……この生徒のツインテールのことを言っているんでしょう。

 言い方もかなり乱暴で、結構本気で怒っている風です。これは結構な爆弾発言を投げ付けたっぽいなぁ……

 

 閉じている瞳も思い切り見開かれています。間違いなく、うちの狂犬はブチ切れていましたね。

 これは抱っこしてよしよししないと落ち着かなそうですね。

 

「あの、離れてもらっても良いですか? 弘海さんはもう襲ってこないですから」

「ほ、本当に……? 離れた瞬間にガブッ!とかないよね?」

「大丈夫ですよ。これ以上ヘタに刺激しなければ、ね」

 

 恐る恐るといった様子でダブル導火線へアーが私から離れたのと同時に、弘海さんはその巨体からは考えられないくらいの俊敏さで私に飛びかかってきました。

 

 まぁ、慣れているし読めていたのでグラつくなんてことはありません。しっかりと抱き締め、受け止めます。

 胸元に顔を押し当てているせいで鼻のすぐ近くに弘海さんの綺麗な金髪が迫り、心地好いシャンプーの香りが香ってきます。

 

「おーよしよし。落ち着いて〜落ち着いて〜」

 

 抱き締めて、無防備にも私に預けている頭をナデナデします。弘海さん、気を許している相手に撫でられるのが好きですからね。

 

 グリグリと体を押し付けられるのは少し痛いですが、甘えられるのが嬉しくてついつい受け入れてしまいます。

 普段の様子とはあまりに違う、いわゆるギャップというやつに萌えているんでしょう。我ながら甘いなぁ、と呆れてしまいますね。

 

「どうしたの? あんなに怒るなんて久し振りじゃない?」

「んん〜……」

 

 理由を聞いてみても、甘えるような声を出すだけで答えてくれません。

 

 本人も久しぶりにブチ切れて疲れたのでしょう。結構強めに甘えてきています。

 そう思ってサラサラの金髪を撫でつつ顔を見ると、グリっと顔の向きを変えたのが視認出来ました。

 

 弘海さんの視線が向けられた先にいるのは、怯えた様子のダブル導火線へアーの生徒が立っています。

 恐らく『お前が話せ』と視線で訴えているんでしょう。その訴えは伝わっているようで、困ったように苦笑しながら頬を掻いていました。

 

「あ、あはは……いやぁ、まさか西住ちゃんを話の引き合いに出したらここまで怒るなんて……」

「私が……怒った原因?」

 

 ポツポツと、ダブル導火線へアーの生徒は語ってくれました。

 

 自分がこの大洗女子学園の生徒会長である角谷杏であること。

 

 二十年以上前に辞めていた戦車道を今年度から復活させること。

 

 その履修を弘海さんに強制しようとしたこと。

 

 そして、私にも履修を強制しようとしたことを。

 

「それで……悪いけど、二人の過去の試合映像とか見させてもらってねぇ。仲良さそうだったから、弘海ちゃんに戦車道やってもらうために西住ちゃんをカードとして切ったんだよねぇ……」

 

 何故そこまでして戦車道に私と弘海さんを取り込もうとしているのかは不明ですが、杏さんはどうしても私たち二人を取り込みたかったみたいです。

 

 そこで、弘海さんにこう言ったそうです。

 戦車道を履修しなくても良いけど、その代わり西住ちゃんに履修させる、と。

 

 そこまで聞かされて、弘海さんがブチ切れた理由が分かりました。

 戦車道で私は、黒森峰女学園での居場所を失った。

 和解に至ったとはいえ、家族との不和も招いた。

 心にも傷を負い、昔から親しんできた戦車も嫌いになってしまった。

 

 そんな私に戦車道を履修させると言われて、怒りが頂点に達したのでしょう。

 話している時に背後にあった教室のドアを弘海さんが殴り付けて、吹き飛ばしてしまった……との事でした。

 

「戦車道……」

 

 ここでは無縁だと思っていたのに、まさかの予期せぬ再会。

 

 思ったよりもショックは受けていません。可愛い後輩や友達に囲まれて生活する中で、心の傷も相当に癒えていたからでしょう。

 でも忌避感が無いかと言われれば……まだ、忌避感はあります。出来ることなら関わることは避けたい、それが今の心境です。

 

「私としても履修してくれると助かるんだよねぇ……色々と」

 

 杏さんの言葉が、妙に引っかかります。私たちが戦車道を履修することに何のメリットがあるのでしょうか。

 

 あれこれ考えようとしましたが、初対面の人の思惑なんて頭の中で考え込んだところで分かる訳がないんです。

 それでも、杏さんに存在するメリットとは何か。適当感があるというか飄々としているというか、胸の内を覗かせまいとするような態度の裏に隠れている固い決意は何に起因するものなのか。

 

 それ等を考えずにはいられませんでした。

 嗚呼、全く……困ったものです。弘海さんの躊躇わない姿勢が私にも伝染しているみたいです。

 

「杏さん、弘海さん。少し、場所を変えましょう」

 

 気になる事を、気になるで終わらせることが出来ない。

 

 追求出来るのなら、追求しなければ気が済まない。

 

 母校を離れる原因にすらなった戦車道が絡む話だというのに、私は自ら関わりに行こうとしていました。

 

 

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