ガールズ&パンツァー 盲目の狂犬   作:大洗に住みたい

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私、決めました!

 大洗女子学園に廃校の危機が迫っている。

 

 弘海さんと共にあれこれと頭を巡らせて辿り着いた結論に、生徒会の皆さんは言葉以外での回答をしてくれました。

 

「ウソ……なんで、分かったの?」

 

 苗字詐欺女こと小山柚子さんは口元に手を当てて、私たちの結論が正しいということをその仕草で教えてくれています。

 

 ちなみに苗字詐欺女、というのは弘海さん曰く『胸が小山じゃない。ありゃ大山だ、なんならエベレストだ。エベレスト柚子に改名すべきだわなぁ』という理由から付けたそうです。

 言いたいことは分かるし同意もできるけど、それにしてもとんでもなく失礼だよ弘海さん。

 同性でも余裕でセクハラとして取られる発言だよ……それにエベレスト柚子って、そんな売れないピン芸人みたいな……

 

「そこまで……読み取れるのか…」

 

 モノクルインテリもどきこと河嶋桃さんも愕然としています。

 

 見た目は確かにインテリ風ではありますが、テンパりやすい性格なのでしょう。

 3人の中で一番反応が大きく、今も手足がワナワナと震えています。

 

「いやぁ……参ったねぇ。完璧に読まれちゃったよ〜」

 

 降参こうさ〜ん、杏さんはケラケラと笑いながら両手を上げて見せました。

 

 

 私たちの読みは完全に的中しました。的中してしまいました。

 大洗女子学園が廃校の危機に瀕している。杏さん達生徒会の皆さんはそれを阻止する為に、戦車道を復活させて全国大会を優勝しようとしている。

 

 でも、復活したての戦車道で全国大会という日本各地の強豪校が群雄割拠する激戦を勝ち抜くなど夢のまた夢。

 普通なら夢の見すぎと片付けられてしまいそうなものですが、そこに運良く私と弘海さんが転がり込んできた。

 

「ま、そういう訳。この学校は人口減少とか老朽化とか実績が無いとかを理由に資金提供の打ち切り、そして解体が決められちゃったんだよねぇ」

「でもこの学校には過去に戦車道をやっていたっていう実績があって、それを復活させて全国大会で優勝出来れば……」

 

 学校の廃校を取り下げさせる為に、戦車道で全国大会を優勝する。

 

 その為に生徒会は、私と弘海さんを無理やりにでも戦車道に引き込もうとしたんです。非難されようが、殴られようが、それでも構わないって覚悟まで決めて。

 この学校を守る為に。

 

「ふぅん。話は分かった。優勝すりゃ廃校撤回するってのを取り付けるのを頑張ったってのも理解した。でも一つ聞きたいんだけどさ、書面交わした?」

 

 かなりの大事が潜んでいたというのに、弘海さんは動揺するのでも困惑するのでもなくいつも通りな雰囲気を纏っていました。

 黙っていれば美人、エリカさんはそう言っていました。確かにその通りで、黙って話を聞いている間の弘海さんは見た目相応の威圧感を纏う美人です。

 

 怖い人を前にするのとも、大柄な人に立ち塞がられるのとも違う威圧感を纏ったまま、弘海さんが問い掛けました。

 生徒会の皆さんの顔が困惑により、少しだけほぐれたように見えます。

 

「書面は……」

「ダメだよそこ怠ったらぁ……相手は大人なんでしょ? なら仮に全国大会で優勝したって、有り得るのは『よく頑張った!感動した!約束通り廃校取り消しだ!』って善人ムーブぶちかましてくるパターンか『優勝すれば廃校を取り消す? ああ、あれは口約束です』って悪人ムーブかましてくるパターンのどっちかしかないって」

 

 恐らく、生徒会の皆さんは大洗女子学園の廃校を取り消す条件を取り付けるので頭が一杯だったのでしょう。そして条件の取り付けに成功して、その後の詰めを忘れてしまった。

 

 相手が大人であっても食ってかかるような性格をしている弘海さんだからこそ、私たちよりも『大人』という生き物と競い合った戦闘経験が豊富なんです。

 だからこそ、大人という生き物の生態についても熟知しているんです。

 

「大人ってのはプライドだの体裁だのを気にする生き物だからねぇ。自分の言ったこと、決めたことを曲げるってのは基本難しいのよ。そこに、アンタらは曲げさせない方法を残しちゃった」

 

 『優勝しても口約束だと言い張って廃校を強行する』という大人のやり口を書面という形で封じられなかったのは、大洗女子学園にとって痛手も痛手です。

 

 これでは仮に全国大会を優勝したとしても、廃校を取り消すのは不可能ということになりますから。

 

「なっ、なら今すぐにでも書面を作成すれば!」

「無理だろうねぇ……相手は大人だよ? それも相当な役職についてる奴となっちゃあ権力争いだの人間関係だので見る目は肥えてるだろうし、書面を作成したら仮に優勝されたとしても廃校を押し通す口実が潰れんのは見抜いてるはず。拒否られるのが関の山だろうね」

 

 桃さんの思い付きを、弘海さんは無情にもバッサリ切り捨てました。容赦がありません。

 

 人を相手取ってのやり取りは生徒対大人では、人生経験が豊富である大人に軍配が上がるのが当たり前と言っても差し支えないかもしれません。

 生徒会の皆さんは学園艦の運営という大仕事を容易くこなせるだけの力量はありますが、それでもまだ子供。大人を出し抜く、というのは困難な話です。

 

「それに何とか条件を取り付けたっていうのに更にプラスで書面交わしてください、なんて言うのも見た目が悪いわな。そうなると向こうさんはもっとこっちを見下したり、なんなら不愉快だってキレ始めて優勝云々待たないで廃校に踏み切ったりしかねない」

 

 条件の取り付けに成功したのは生徒会の皆さんから見ればひとまずの成功かもしれませんが、教育局から見れば失態です。

 

 自分よりも年下の子供に、廃校に待ったをかけられてしまい止まらざるを得なくなったのですから。

 そこに『追加で書面を交わしたい』なんか言ったところで突っぱねられてしまうのが目に見えています。いや、突っぱねるくらいで済むのならまだ温情でしょう。

 

 全国大会優勝で廃校取り消しというのは書類等の『目に見える形』として記録されているものは何もありません。

 なら、廃校を無理やり推し進めたとしても非難のされようがない。形として残っていない現状では、教育局に推し進められてしまったら為す術なく押し潰される他に無いんです。

 

「そんなッ!? な、ならどうすればいいの!? 優勝しても廃校になるかもしれないなんて、もうどう転んでも!」

「はい落ち着いて〜」

 

 柚子さんもついに取り乱してしまいましたが、そこを杏さんが一声で落ち着かせます。生徒会長という地位は伊達では無いな、とも思いましたが立場にものを言わせて黙らせた、というのとは違いました。

 

 口調は変わらず、でも目付きは明らかに変貌しています。

 据わっている、そんな目です。覚悟が決まり切っている、怖いとすら思える目。

 

 とても10代後半の女子高生がして良い目ではありません。

 

「確かに書類として残さなかったのは私たちのミスだよ。でも、だからって立ち止まってなんか居られない。口約束だからって後で手のひら返しをされるんだとしても、全国大会で優勝しなかったらこの学校も学園艦も取り壊されちゃうんだから」

 

 大洗女子学園に残されている道は二つ。

 

 全国大会優勝を諦め、廃校を受け入れる。

 手のひら返しを受けるのだとしても突き進み、全国大会を優勝する。

 

 第三の選択肢なんてありません。進むか止まるか、そのどちらかのみです。

 

「私はこの学校を守りたい。その為ならさっきみたいな脅しだって何度だってやるよ。これで弘海ちゃんに殴られようが蹴られようが、止まるつもりはサラサラない」

「あー、そこは大丈夫。そんなもん分かり切ってる」

 

 どれだけ真剣なのか、戦車道に私と弘海さんを取り込むのにどれだけ本気なのか、杏さんは話したかったんだと思います。

 でもそこになんともまぁあっけらかんとした態度で弘海さんが同意を示したことで、杏さんは「へ?」と間抜けな声を出して固まってしまいました。

 

 自分の要求や意思が予想に反してすんなり受け入れられてしまうと、身構えている分どうしてもびっくりしてしまうというもの。

 そのせいで杏さんは自分のペースを失ってしまい、弘海さんのペースに完全に巻き込まれてしまいました。

 

「アンタがどれだけ覚悟してるかなんてとっくに分かってるさ。なにせ、私とおんなじツラしてんだろうからさ」

 

 ケラケラと楽しそうに笑いながら、弘海さんは顔を私に向けました。

 

「私もそうさ。可愛い飼い主の名誉を守る為に、勇気を無駄にしないように、明らかに目上の大人に食ってかかった。何も大人に噛み付くなんざしょっちゅうだし覚悟も何もないけどさ……じゃあ全くの無覚悟だったかって言われると、そんなことは無いのよ」

 

 私の名誉を守り、勇気を無駄にしないよう目上の大人に食ってかかった。

 

 それは間違いなく、私のお母さんの元へ乗り込んだという話のことでした。

 

「何かを守るって決めたんだ、覚悟が無い訳無い。覚悟が無いなら守るなんて大層な言葉は使えないし、脅しまでやるなんて行動にも移せない。だから、私はアンタの覚悟を理解してるし尊重もしてる」

「……そっか、なら!」

「でも、それでも私は受け入れられない。廃校云々を加味しても、やっぱり私の意志はノーだ」

 

 理解を示されて、やってくれると思ったのでしょう。パッと明るい表情になった杏さんでしたが、続けざまにノーを突き付けられて表情が歪みました。

 

「私はこの子の飼い犬だからね、飼い主がやるって言わない限りやらない。んで、この子は戦車道で深い傷を負った。薬だの何だのじゃ簡単には治らない、心の傷って奴だね。そんなものに一人で参加する程、私は駄犬じゃないよ」

 

 私の為に、弘海さんは動いてくれる。お母さんの元に乗り込むなんて当たり前のようにやるし、私を副隊長と認めなかった当時のエリカさんや上級生にも進んで食ってかかって行った。

 

 今回もそう。自分は戦車が好きで、相棒のエレファント重駆逐戦車を乗り回せる絶好の機会なのにも関わらず、私を守る為に履修を拒否してくれている。

 

 嬉しいけど、同時にとても申し訳なくなるんです。私が飼い主なんかやっているばかりに、やりたい事を前にしても首輪を引いて止めてしまっている。

 それも『弘海さんが危ないから』ではなく、『私がやりたくないから』という極めて飼い主本意な理由で。

 

「だから……どうするかは、飼い主であるみほが決めること。飼い主が決めた後悔のない選択(・・・・・・・)であれば、喜んで私もやるよ」

 

 私を見ている顔に、柔和な笑みが浮かべられました。

 

 後悔のない選択。

 

 後々になって『ああしておけば良かった』と思わないで済むような選択。

 

 今の私にとって、それが一体何なのか。

 

 戦車道をやりたいとは、申し訳ないですが私も思えません。あの日、10連覇を逃したあの日を後悔しない日はありません。

 和解できたとはいえ、お母さんに叱責されたのを忘れることはありません。

 戦車道に迷いを感じたことを、耐えられなくなって逃げ出したという現実から目を逸らすことは出来ません。

 

 触れたくないもの。長年触れ合ってきた戦車道をそう断じて、私は黒森峰から大洗女子学園に転入してきたんです。

 二度と関わらなくても良いように。これ以上苦しむことのないように。

 

「私、は…」

 

 戦車道はやりたくありません。あんなに辛い思いをしたものに進んで触れようとは、とてもでは無いですが思えません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……でも。ここでまた逃げ出したら、今度はどうなるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『みぽりん!』『みほさん』

 

 この学校に来て初めて出来た友達の顔と声、一緒に登下校をしている記憶が脳裏を過ぎりました。

 

『みほ先輩!』

 

 可愛い後輩たちの眩しい笑顔が思い起こされました。

 

『おはよう。今日も可愛いねぇ〜』

『あっ、みほお姉ちゃん! おはよぉ!』

『学校頑張れよぉ!』

 

 日常生活の中で顔見知りになり、お話もするようになった人達の顔が鮮明に思い出されました。

 

 私に関わってくれている人達全員が、この学園艦を失うことになります。

 学校生活を『楽しい』と思わせてくれた友人や後輩、日常生活に活気を与えてくれる近所の人達、皆を不幸にすることになってしまいます。

 

 そんなもの、受け入れられる訳がありません。私がまた逃げ出せば、今度はより多くの人に辛い思いをさせてしまうことになります。

 逃げ出したという選択が、私にとっての後悔になります。

 

「……私は、この学校が好きです。友達は優しいし、後輩の皆さんも素直で可愛いし、近所の人達も暖かいし」

 

 後悔は、もうしたくない。逃げ出すなんて、避けるなんて、もう御免です。

 

「その人達を守る……その選択に、悔いがあるはずも無いんです」

 

 なら、どうするか。

 

 簡単なことです(・・・・・・・)

 やれば良いんです(・・・・・・・・)

 優勝すれば良いんです(・・・・・・・・・・)

 

「やります、戦車道。大切な人達の大切な居場所を守る為に、戦車に乗ります。そして必ず……優勝します」

「……本当、に?」

 

 受け入れられない、有り得ない、そんな意志を感じさせる固まった表情。

 それに、私は頷いて返しました。

 

「怖くないか、嫌じゃないかと言われれば……正直、まだ抵抗はあります。でも、大丈夫なんです。私だって、杏さんや弘海さんだけみたいに覚悟を決めることは出来ますから」

 

 私の中で、覚悟は決まっています。

 

 怖くても、触れたくなくても、私はまた戦車に乗る。重々しいエンジンの駆動音と軽やかな履帯の駆動音に包まれて、揺れを体に感じながら、また戦うんです。

 

 怖いし、嫌だけど、私は見せられた。

 杏さんと弘海さん、二人の覚悟を。学校を守る為に強硬な手段も辞さない覚悟、私を守る為に目上の大人にすら食ってかかる覚悟。

 

 種類は異なれど覚悟は覚悟。それを見せられて、私も覚悟をせずにはいられない。

 

「それに、弘海さんも一緒ですから」

 

 私だけなら、優勝を逃せば学校が廃校になるという重い現実を目の当たりにして耐え切れずに逃げていたかもしれません。

 

 でも、私の隣には弘海さんがいる。頼れる飼い犬、頼れる友人がいます。

 覚悟をしても尚拭い去れない負の感情全てを喰らい尽くしてくれる、私の大切な相棒であり親友が。

 

「弘海さんと一緒なら……負けるなんて、有り得ないんです」

「そうそう。私と飼い主が一緒なら負けるなんて有り得ない」

 

 私の覚悟を、弘海さんは大して褒めちぎったりもせずに認めていました。

 喜ぶような素振りもなく、こうなることを見越していたとでも言うように、私の発言の後に続きます。

 

「そんな訳で、やるよ戦車道。私と飼い主、トンチキシスターズの力を存分に振るってあげる」

 

 ポケットから自分の相棒、エレファント重駆逐戦車のエンジンを起動させる鍵を取り出して、弘海さんはさぞ楽しそうに笑っていました。

 

「ですが戦車道は私と弘海さんの二人だけで無双出来る、なんて生優しい世界じゃありません。生徒会の皆さん、そして他の履修生の皆さんにも全力で手伝ってもらいます」

 

 私と弘海さんだけでどうにかなる、なんてものでは無いのが戦車道。皆で力を合わせて勝つのが戦車道です。

 それを把握してもらおうと思っての私の発言でしたが……今の生徒会の皆さんには聞こえていない風です。

 

 声にならない声を上げて喜んでいます。そりゃそうでしょうね、拒否されると思っていた戦車道を履修するって宣言されたんですから。

 それも優勝宣言付きで。

 

「……さて、と。ならさっそく」

 

 皆さんの協力が必要不可欠なのはおいおい理解してもらうか。なんて思っていた私の肩にポンっと弘海さんは手を置きました。

 

 さっそく練習メニュー等を組むつもりなのだろうか。そう思った私の目の前で、弘海さんは口を開きました。

 

「飼い主、電話すっぞ」

「電話?」

「そう、電話。おっかないみほと目元のシワ可愛いババァとうちのお母ちゃんに電話」

 

 

 …………はい?

 

 

 

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