ガールズ&パンツァー 盲目の狂犬   作:大洗に住みたい

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根回し

「もうこんな時間なのね」

 

 西住邸の一室。戦車道の二大流派の一派、西住流師範代である西住しほは携帯電話を見て時刻を確認し、時間の流れの速さに声を漏らす。

 

 待ち受け画面には自分の愛娘、西住みほと暫しの別れとなる直前に取られた写真が選ばれていた。

 事前に引越し業者に依頼したことで大抵の荷物は既に搬出済みであり、小さな体一つで十分に持ち運べるだけの荷物を持ったみほが立ち去った後の、彼女の部屋の写真。

 

 大量にあったボコられグマのボコシリーズのぬいぐるみがさっぱりと片付けられ、異質な程に広いと思わせられる殺風景な部屋。

 部屋の使用者であった愛娘が居なくなったのだと、パッと見ただけで理解させられる写真をしほは待ち受け画面に設定していた。

 

「……」

 

 ふと、外を見る。時刻は12時半を少し回った頃、二人の愛娘達は昼食を食べている頃合いだ。

 

 あの日、10連覇を逃したことを叱責した時のことを思い出させられる。

 娘を叱責してしまい、母親としての立場と師範代としての立場の板挟みに苦しみ、自己嫌悪に陥りかけていた時に乗り込んできた愛娘の友達との大口論。

 

 自分には出来なかった『みほの名誉を守る』という行為を、母親でもなければ家族でもない他人にされてしまったという嫉妬。

 なんで他人には出来て自分には出来ないのかという激しい後悔。

 そろそろ数週間は経とうかという頃合だが、未だにしほは鮮明に覚えている。

 

『みほの為なら、私は死ねるよ』

 

 乗り込んできた友達の纏め役、自分にすら気に食わないと思えば噛み付いてくる過去に類を見ない特急の問題児、黒森峰トンチキシスターズの一角。

 

 そしてそんな経歴を持つからこそ、遠方に行ってしまったみほの助けになると思える強力な助っ人、舩坂 弘海。

 彼女のその実にあっさりと、それでいて強がりでもその場の勢いでもない本心からの言葉を受けた時の衝撃と感じた重さを、しほは忘れられずにいる。

 

「ふっふっふ……私の娘のこと、思い出していますね?」

「娘といい母親といい何故そうも人の思考を読むんだ……」

 

 戦車道に関しての話があると訪れてきた来客、蝶野亜美の嬉しそうにも誇らしそうにも見える胸を張った姿勢にしほはため息を吐いた。

 

 蝶野家の母親と娘は人の心が読めるのではないか、そう思えるくらいにこちらの心の内を見透かしてくる。

 亜美は『こう思っていますね?』と言うくらいで留めてくれる分、まだマシと言えるだろう。

 

 娘である弘海は『今こう思ったよね!思ったよな!?』と心の内を読んだ事を伝えて動揺させ、そこに巨躯が生み出す迫力とお得意のゴリ押し殺法でゴリッゴリに詰めてくる。

 イメージとしては……ドラ○エシリーズに登場するカン○タが『見逃してくれよ!な!な!』とゴリ押ししてくるものに近いかもしれない。

 いくらしほといえど、自分よりも数十cmも背が高い外国人風美人な弘海にガン詰めされては受けに回らざるを得ないのだ。

 

 

「いやぁ! うちの娘と暮らしていると色々学ばされるんですよ! 思考を読むのも学ばせてもらいました!」

 

 胸から下げているロケットペンダントを握り込み、嬉しそうに笑いながら娘の自慢を始める亜美の姿をしほは直視出来なかった。

 

 自分もこうだったはずだ。

 初めての娘であるまほを身篭った時は嬉しさや不安にぐちゃぐちゃに掻き回され、続いてみほも産まれて振り回されながらもそんな日々を『楽しい』と思い、『学び』に溢れていた。

 

 娘達の性格の違い、好みの違い、得手不得手の違い、その他も列挙すれば切りがない程に学びに溢れていた。

 

 しかし大人になるにつれて立場が生まれ、それに比例して責任も生まれた。

 それ等に押し寄せられて余裕を失い、視野狭窄に陥り、柔軟性を喪失した。

 

 厳しいながらも優しかったしほは学びを忘れてしまい、大切なものを見落とし、鉄のような女に成りかけていた。

 娘の勇気を否定し、恐怖を癒すことも忘れ、傷付けてしまうという誤ちを犯してしまった。

 

「……そうね。子供からも、学ぶことはあるわ」

 

 年下の子から何を学ぶのか、以前のしほなら分からなくなったままだったかもしれない。

 それは『大人が子供に学ぶ事など無い』という思い込みか、それとも傲りか、いずれにせよ亜美の発言に理解を示すなど、以前のしほなら不可能だっただろう。

 

 でも、今の彼女は違う。一回りも年下の女子高生との激しい口喧嘩を通して、既に成長とは無縁とも言えそうな歳になりながらも更に一歩踏み込めている。

 

「……アハハッ! 師範代、顔緩んでますよ?」

 

 亜美の指摘にしほは己の頬に触れて、笑っているのに気付かされた。

 こうして笑うのも口喧嘩を出来たからだろうと思うと、なんだか嬉しかった。

 

 視野狭窄になるあまり、西住流に囚われ過ぎていたのだろうと振り返る。鉄の掟だと拘るあまりに、己そのものが鉄のような女に成りかけていた。

 そこに待ったを掛け、血の通った人間に留めてくれたみほの友達には感謝しか無かった。

 

「師範代は美人なんですからそうやって笑ってないとダメですよ!」

「……全く、褒めても昼食代くらいしか出ないわよ?」

 

 眩しい笑顔に釣られるようにしほは恥ずかしそうに笑いつつ、立ち上がった。

 今日は亜美と共に近所のレストランで昼食を摂る予定でいた。

 

 若干ミニマリストのきらいがあるのかカバンの類を持たずに携帯電話と財布、愛車の鍵をポケットに突っ込む。

 亜美もニコニコと笑いながら立ち上がった。そこで、しほの携帯電話が音楽を鳴らし始める。

 

「弘海さん?」

 

 携帯電話に映し出された名前にしほは何事かと首を傾げた。

 

 しほと弘海は意見が頻繁に対立し、お互いの意見に意を唱え合うのがしょっちゅうだった。時には睨み合ったり、気の弱い人なら気絶するのでは無いかと思わせるくらいの威圧感をぶつけ合うこともあった。

 

 それでも『仲が悪いのか』と問われれば、二人は示し合わせることも無く自然と『NO』と答えていただろう。

 意見は合わないが、相手が悪いヤツだとは思っていないから。

 むしろお互いに『戦車道に対して真面目な人』と高評価をしてすらいる。

 

 お互いに認めている間柄でもある為、二人は相手の電話番号を把握している。メールアドレスも知っており、電話でのやり取りは稀だがちょくちょくメールでのやり取りは行われていた。

 

「どうしたの? みほになにかあった?」

『こんちわぁしほさん。ねぇねぇ、今ちょっと時間ある?』

 

 電話を受けるとスピーカー越しに聞こえてきた声にため息が出てしまう。

 

 まるで友達と話すような喋り方。目上の人への敬意なんて微塵も感じさせない話し方に妙な懐かしさを感じ、懐かしいと感じる自分に呆れていた。

 

「えぇ。あるけど……どうしたの?」

『そっかぁ! いや、実はね。大洗女子学園、戦車道復活させたのよ』

 

 その言葉に、しほは硬直してしまった。

 

「……大洗女子学園は随分前に戦車道をやめた、と聞いているけど?」

 

 みほの転入先として大洗女子学園を選んだ理由。

 

 戦車道が二十年以上前に行われなくなり、みほが戦車道に関わらなくて済むと思ったから。

 

『そうだったんだけどねぇ……ちょっと、訳アリなのよ』

 

 『話して良いの?』と弘海は誰かに確認を取っている様子で、これは自分がああだのこうだのと話を進めるより弘海の進行に任せた方がスムーズになりそうだとしほは判断した。

 

 10数秒の間、弘海は誰かと言葉を交わしていた。そして待たせたねぇと謝意の感じられない謝罪をし、話を再開する。

 

『んで、その戦車道に私とみほも参加することになっちゃったのよ』

 

 みほも戦車道に参加する。その言葉に雷が直撃したような衝撃を受けたが、取り乱すことは無かった。

 相手は弘海だ。みほの事を考えて、自分の身や立場の危険すら完全に度外視して相手に噛み付きに来る生粋の狂犬。

 

 そんな相手が、みほの戦車道履修を否定的な思いの感じられる声色で伝えてこなかった。

 むしろ認めている、そうとすら思える声色だった。

 

「みほは……乗り越えたの?」

『乗り越えてはいないね。まだ怖いし、嫌でもある。でも私や杏…杏ってのは大洗の生徒会長ね。私らみたく覚悟を決めなきゃなって……おケツ真っ青な癖して、いっちょ前なこと言われたよ』

 

 ケラケラと笑いながら行われた報告。

 

 嬉しくないわけがなかった。

 

 心の傷となり、家族間の亀裂の原因にもなったと言える戦車道に、また触れてくれる。

 2児の母であり、西住流の師範代でもあり、生まれながらの戦車乗りでもあるしほにとって嬉しくないわけが無い報告だった。

 

『そんな訳で、今年の全国大会は大洗女子学園も参戦するから。色々と理由もあるし、絶対に優勝しないといけないからね』

「ッ」

 

 優勝しないといけない。そう語った弘海の声に、嬉しさで軽くなっていた気持ちが緊張感を取り戻し重みを増す。

 普段の彼女らしい雰囲気は存在しなかった。

 

 自分と意見をぶつけ合わせた時のような、剥き身の刃物を思わせる鋭利でギラついた威圧感。

 とても自分よりも年下の子が纏って良いものでは無い、恐ろしいながらも自分を滾らせてくる威圧感にしほは息を飲みつつも、笑っていた。

 

「そうなると、私達は貴女たちトンチキシスターズを相手取ることになるのね……やれやれ、気が滅入るわ」

 

 黒森峰トンチキシスターズはみほ、弘海、エリカの三人組に付けられたあだ名。

 

 この三人のうち、みほとエリカは西住流としての立ち回りを守ってはくれるのだが……弘海が関わると豹変する。

 走攻守に優れるドイツ戦車の性能にものを言わせてスリップストリームを仕掛けるわ、なんならジェットストリームアタックまで仕掛けてくるわ、酷い時は体当たりまでしてくるわと整備士泣かせの無茶を平然とやり始める。

 

 そんなのを相手取るとなれば、黒森峰といえど相当な被害を受けることは火を見るより明らか。

 攻略方法を見つけるのも大変そうだと思いながら、明確な『対戦校』として相手取るのをしほは何処か楽しみにすら思っていた。

 

『えぇ〜? 私相手が気ぃ滅入るとか酷くない? 良いのかなぁ……みほに手ぇ出しちゃうぞぉ〜?』

「そんなことをしたらちょん切るから大丈夫」

『何を!?』

 

 こうやって軽口を言い合うのも以前のこの人なら有り得なかったなぁと、楽しそうに笑っているしほを見つめながら亜美は愛娘の偉業に感心していた。

 

『コホン。それで、しほさんには書類作成とかのアドバイスを欲しいのよ。ほら、戦車道連盟への加入書類ってかなり面倒臭いじゃん? あれを一から事前知識無しに書くのは無理でしょ?』

「そうね。なら、今度そちらに伺うわ。そこで教えられることは教えます……そして、本題はそっちじゃないわよね?」

 

 戦車道連盟に加入する際の書類は、確かに記入項目も記入枚数も多くかなり大変だ。如何に学園艦の運営を一手に担う才能を持つ生徒会といえど些か骨が折れる。

 

 そこに助言を甘える存在としてしほを抜擢するのは悪くない選択だ。

 現状、大洗女子学園がコンタクトを取れる学園で最も戦車道に精通していると言える黒森峰女学園を頼るのは非常に良い判断と言える。

 

 しかし、長い間意見をぶつけ合わせてきたしほには分かる。書類作成等に関するアドバイスを求めるのも目的の一つではあるが、主目的では無い。

 伏線があったとか、引っかかる点があったとか、そんな手がかり的なものもなかったがそれでも分かる。

 

「ありがとうね弘海さん。また、みほを思って動いたのね」

 戦車道を再びやると発した際に弘海が口にした人名、みほに関する話が主目的だと見抜いていた。

 

『そうそう。ほら……飼い主って傍目から見たら黒森峰の戦車道でやらかして凹んで大洗女子学園に転入したって形でしょ。なのにその転入先でまた戦車道やってるって知ったら…考えにくいけど、なんか声出るかもしらんし』

 

 主目的は、みほが再び戦車道に関わると知った黒森峰女学園戦車道履修生徒からの不平不満の噴出をどうにかしたい、というものだった。

 

 これは半ば杞憂な節もある。

 みほがフラッグ車から飛び出して落水した戦車に乗る生徒の救出に向かい、10連覇を逃すのに繋がった際は非難の声が生徒間からも噴出したが、弘海やエリカ達が黙らせた。

 

 だから不平不満が噴出するなど考えにくくはあるが、みほの名誉を守る為なら『考えられない』と断じれないものには必ず打てる手を打っておく。

 家庭の問題だと切り捨てられたり、酷ければ西住流からの破門すら言い渡される恐れのある『西住宗家への殴り込み』なんて行為を平然とやる弘海らしい気配りだと、しほは何処か安堵すらしていた。

 

「安心しなさい。貴女達のおかげでみほのことを悪く言う子は一人もいないわ……そういえば、その事についてのお礼がまだだったわね。ありがとう」

 

 しほはいつか言おうと思っていながらも転入先の選定だの手続きだのとバタバタしたことで言いそびれていた、感謝の言葉を伝えた。

 

 大人になると、どうしても恥ずかしくて言いにくくなる感謝の言葉。

 それを、しほは実にすんなりと伝えることが出来た。

 

『…………しほさんが、感謝? それも、そんなすんなりと……? 明日は隕石でも降るんか?』

「電話、切るわよ?」

『わーわーわー!? ごめんごめんって!』

 

 滅多にない、自分が一方的に優位に立てる状況を楽しんでいるしほには流石の弘海も適わなかった。話の流れをリードされてしまい、後手に回らされている。

 

『そんな可愛い声でありがとうなんか言われたら戸惑うに決まってんでしょ!? それも大好きな人に言われたとなったら尚更さぁ!』

「かっ、かわっ!? 大好きっ!? あっ……ああ、あなたねぇ!」

 

 流れをリードした……はずだったんだけどなぁ……

 

 しほの予期していない、言われ慣れてもいない『可愛い』と『大好き』という単語が吹っ飛んできたことで、防衛線はあっさりと崩壊。

 クリティカルヒットにより顔が一瞬でゆでダコのように赤々と染まり、恥ずかしさのあまりに怒鳴ってしまった。

 

 お互いに予期せぬ発言での大ダメージにより混乱気味となり、やり取りはぐでんぐでんのしどろもどろに。

 あまりにお聞き苦しい為、ややカット致します。内容は伏せますが、亜美が腹を抱えて大爆笑するような酷いやり取りだったとだけ……

 

「はぁ……はぁ……はぁ……貴女と話すと、どうしても疲れるわね……」

 

 電話でのやり取りで息が上がるという初めての経験を経て、荒い呼吸をするしほ。

 

『でも楽しいばい?』

 

 途中から先に落ち着きを取り戻し、しほとの電話越しプロレスを楽しんでいた弘海が問いを投げ掛けた。

 

 その柔軟性がしほは羨ましかった。

 ソレが自分にも備わっていればみほと離れてしまう等という結末には至らなかったのだろうと悔いて、その後悔を言葉にはせず、笑って返した。

 

 言葉にしなくたって、その後悔は伝わっているとわかっていたから。

 

「えぇ……最高に楽しいわ」

 

 歳の差はあっても、二人は友人だった。常夫が疑り深い性格であれば『二人……もしかしてデキてる?』と怪しむくらいには仲が良い。

 

 二人はひとしきり電話越しで笑い合い、どちらからともなく近況報告を始めようとしたが時刻を見て取り止めた。

 話し込みたかったが、それだと昼食が遅くなる。お互い午後もやることがあるのだし、昼食を食べる為に電話を切ろうという話になった。

 

「今日は電話、ありがとうね。みほのこと、どうかよろしくお願いします。こっちの方は上手く進めておくわ」

『はいは〜い。私も久々に声聞けて良かったよ。それと……うんにゃ、なんでもない。んじゃ、またねぇ』

 

 ぷつり、何かを言おうとしていたが電話は切れてしまった。

 

 ポケットに携帯電話をしまい、思いを馳せる。

 全国大会で、またみほの戦車道が見れる。友達と駆け回るみほを見ることが出来る。

 

 友人である弘海の戦車道を味わえる。

 トンチキシスターズ等というふざけたような渾名とは裏腹に、黒森峰女学園の戦車道をより強いものとした三人の英傑のうち二人と優勝をかけて競い合える。

 

「滾らせてくるわね……!」

 

 自分が戦う訳でもないのに、しほは気持ちが昂るのを抑えられなかった。

 

「あっは! 楽しそうですね師範代!」

「楽しくならないわけが無いわ! 亜美! お昼から呑むわよ!」

「はい! …………はい?」

 

 亜美は、巻き込まれた。

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