勇者な子には旅をさせよ 作:名無し
少年ネモ、十三歳。灰色のショートヘアが特徴的なハーフエルフ。彼は勇者として選ばれた。勇者の使命はただ一つ、魔王を討伐すること。
魔王が現れた日以来、世界各地で勇者の紋章を持つ子供達が現れている。彼らは皆、凄まじい力を持っているという。街にいる彼の知り合いの男の子も、炎を出せる力を手に入れたらしい。
しかし、ネモにそのような力は無かった。
「よし、荷造り終わりっと」
ネモは比較的街に近い森に、母と二人で暮らしている。
今日は彼の勇者としての旅立ちの日。既に彼は旅の支度を整え、後は出発するだけとなっていた。
「待ってネモ」
家を出ようとしたところで、後ろから声をかけられた。振り向くとそこには彼の母が立っている。
母は優しい笑みを浮かべ、ネモに袋を差し出した。中にはキラキラと光る緑色の石が入っている。
「これはね、小さい時に私のお母さんがくれた物なの」
「……おばあちゃんが?」
「そうよ。旅の中できっとあなたのことを守ってくれるわ」
ネモは母から受け取った石をポケットの中に押し込んだ。
「必ず、帰ってくるのよ。いいわね?」
「うん。ありがとう、お母さん。……じゃあ、行ってきます」
ネモは母に別れを告げると、踵を返して家を飛び出した。
勇者として世界を救う旅の、始まりだ。
◇
森の中をひたすら走る。彼が目指しているのは、近くの街だ。風を切るように、軽やかに走る。その速さは凄まじく、時折すれ違う動物達も驚いて道を開ける程だ。
やがて森を抜け、街に到着したネモは大きく伸びをする。
爽やかな風が頰を撫でる感覚に心地良さを覚えながら、彼はゆっくりと歩き出した。
街の大通りは人が多く行き交っており、フードを被ったネモはその中を縫うように進んでいく。彼の行先は街の勇者ギルドだ。そこでこの世界各所の関所を通る為の通行手形を手に入れなければならない。
勇者ギルドは大きな街には必ずあるものであり、そこで勇者達の情報交換が行われたり共にパーティを組んだりするのだ。
ギルドの前にやってきたネモは、その扉を開けようとする。
「……あれ、開かない」
鍵がかかっているのか、それとも立て付けが悪いのか。
ネモはばつが悪そうに、そこをそそくさと退く。念の為、他に開けるようとする者がいないか近くの壁に寄りかかって待つことにした。
待つこと数十分、茶色の髪をした少女が扉の前に立つ。彼女が開けられるのかどうか、横目で見届ける。
すると、取っ手の部分が光り、扉はすんなり開いた。
「……成程」
ネモは何となくだが理解した。きっとあの扉は魔力を持つ者にしか開けることは出来ないのだ。勇者以外に魔力を持たないこの世界において、部外者の立ち入り禁止にはもってこいの機能だろう。
だから、魔力を持たないネモは開けられなかった。
「……だからって、諦められない」
ネモは再び扉の前に立つ。そして、取っ手を手にかけ……
「……ふんっ!」
思いっきり引いた。扉は鈍い音を立てて開かれる。しかし、その音は中の賑わいに掻き消され、誰も見向きもしない。
「お、開いた」
ネモは取っ手から手を離した。金属製の取っ手はひしゃげてしまっている。そのままギルドに入り、空いている受付へと歩く。
「すみません、通行手形が欲しいんですけど……」
「あら、こんにちは。通行手形ですね、少々お待ちください」
受付嬢は笑顔を向けると、手早く手続きを始める。数分もしないうちにそれは終わったようで、彼女はネモに一枚のカードを渡した。
「はい、これで大丈夫ですよ。手続きはこちらで終了しました」
ネモはそれを受け取ると、ポケットにしまう。これで旅がまた一歩前進したことに喜びを感じた。
「ありがとうございます。……あの大きい掲示板は何ですか?」
ネモはギルドの中心にある掲示板を指差した。
「あれは依頼書ですよ。あそこにはあなた達勇者への仕事や、住人からのお願いが寄せられているんです」
その掲示板にはたくさんの紙が貼られている。ネモは早速確認してみることにした。
ただのペット探しから盗賊団の討伐まで様々な依頼書。中でも一つ目を引いたのは、街の外に生息する魔物達の巣の調査の依頼だった。
「これは、面白そう」
ネモはその依頼書を剝がすと、受付へと持っていく。しかし、受付嬢は困った様子で眉を寄せた。
ネモはその表情に首を傾げる。
「その依頼は、危険度の高いものでして。二人以上でないと受けられないんです」
「え、そうなんですか」
ネモは肩を落とした。折角面白そうな依頼を見つけたと思ったのに、残念だ。
「……じゃあ猫探しをしよう」
ネモは仕方なく掲示板まで戻り、小さな依頼書を手に取った。
今度こそ受注を終えて、早速猫を探しに向かおうとする。
「なぁいいだろ? 俺らが守ってやるって!」
「あ、あの、困ります……」
ふと、ギルドの入り口の方から声が聞こえてきた。ちらりと視線を向けると、そこでは数人の少年達が一人の少女を取り囲んでいるではないか。よく見ると、彼女は先程扉の謎を解いてくれた子だった。彼女は困った様子で離れようとしているが、彼らはしつこくその周りを取り囲む。
「ちょっと」
ネモはその騒ぎの中に割って入った。すると、皆一斉に彼を睨みつける。
「何だお前」
「その子に何か用?」
「一緒に組もうぜって誘ってただけだ。何か問題あるか?」
リーダー格は悪びれた様子もなく言う。少女に対して下心があったかどうかは定かではないが、それにしても随分強引な誘い方である。
「困ってるでしょ」
ネモは少女の前に立って庇った。そして、リーダー格の少年と視線を合わせる。少しすると、相手の視線がネモが持ってい依頼書に向いた。
「へっ、ペット探しの依頼なんか受ける奴が、俺らに勝てると思ってんのか?」
「ペット探しを馬鹿にするな。立派な人助けだぞ」
ネモは毅然とした表情を作って言った。ペット探しは確かに地味で目立たない依頼だ。しかし、依頼人にとっては大事な家族の一員に違いない。
と、思いつつネモ自身も妥協して受けた依頼であるということには目を瞑る。
相手は面白くなさそうな顔で鼻を鳴らした。そして、踵を返して去っていく。これ以上は騒ぎになり、最悪ギルドへの立ち入り禁止になりかねないと考えたのだろう。
残されたのはネモと少女だけとなった。
「……大丈夫?」
ネモは振り返り、少女に問いかける。少女は俯いていたが、やがて顔を上げて頷いた。
どうやら怪我などはしていないらしい。
「よかった」
ネモは安堵した。そしてその場を離れようとすると、少女は何か言いたそうに彼の服の裾を引っ張る。
「何? あっ、もしかして君もペット探しの依頼?」
少女はふるふると首を横に振った。
「違うの?」
「えと、その……助けてくれて、ありがとう」
彼女はおどおどとした様子で礼を言った。
「気にしないで」
ネモは優しく微笑むと、少女に背を向けて歩き出す。しかしすぐに足を止め、振り返った。
「名前、聞いてもいい?」
少女は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに口を開く。
「私は……ウェルバ」
「そっか。俺はネモ。じゃあね、ウェルバ」
ネモは手を振ってその場を後にした。
◇
ウェルバは一人、その場に取り残された。
(格好良い子だったな……)
彼女は先程の少年の姿を思い浮かべる。自分よりも小さいのに、あんな大勢いた怖そうな子達に怯まず立ち向かえるなんて。
ウェルバはネモが去った方向を見つめる。彼とまた会えるだろうか、そんなことを思いながら。
エルフって10代の見た目は普通に子供なんですかね……?