勇者な子には旅をさせよ 作:名無し
勇者ギルドを後にしたネモは、猫探しのために街を散策していた。依頼書に書いてあった特徴では黒の毛色の多いぶち猫とのこと。脇腹にハートの模様があるらしいので多分すぐに分かるだろう。
噴水広場に立ち寄ってみると、数匹のハトに餌を撒いている男を見つけた。
「あの、すみません」
「ん? なんだい?」
男は振り返って微笑む。歳は四十代後半といったところか。髪と顎髭が程よく伸びていて、どこかダンディな雰囲気だ。
「この辺で黒ぶちの猫見かけませんでした? 脇腹にハートの模様があるんです」
ネモが聞くと、男は少し考えた後に首を横に振る。どうやら知らないようだ。
「そうですか……」
次にネモはハトに目を向けた。ハト達を脅かさないように静かにしゃがむ。
『……君達、黒ぶちの猫を見なかった? 脇腹にハートの模様があるんだ』
ネモは念の為ハト達にも尋ねてみる。彼は自然に寄り添って生きるエルフの血を引いている。そのため、動物との会話が可能なのだ。
すると、ハト達は口々に鳴き始める。
『俺は見てないな』
『さっき路地裏に行ったのがそうじゃないのか?』
『でもハート模様なんてあったか?』
ハト達は口々に情報を提供してくれる。ここはひとまず路地裏に行ってみるのが良さそうだ。ネモは男達にお礼を言うと、立ち上がって路地裏の方へと歩いていく。
路地裏には木箱や樽などが転がっていた。ネモはそれらの中をくまなく調べてみる。しかし、何処にも猫の姿は無い。
「……それにしても、臭いな」
路地裏は狭くて空気が悪く、腐臭が漂っている。まるでゴミ捨て場のような場所だ。あまり長居したいものではない。
その時、突然ネモの頭上から木箱が降ってきた。そのまま当たるかと思われた木箱は、直撃寸前に振り上げられた彼の拳によって粉砕される。
上を見上げると、首輪を着けた一匹の猫が屋根の上に佇んでいた。その脇腹にはハート模様がある。
「見つけた!」
ネモが声を上げると、猫は慌てて逃げ出した。壁を蹴って素早く屋根の上に登り、猫の後を追う。
猫は器用に屋根から屋根へと飛び移りながら逃げていく。しかし、ネモもまたその動きに食らいついてみせていた。段々と猫との距離を詰めていく。
そして、大通りの上を飛び越えようと高くジャンプした猫とネモの影が重なった。
「よし、捕まえた!」
ネモは猫の体を脇に抱え込み、そのまま大通りに降り立った。お昼過ぎだったからか、人の通りがさっきよりも少なくなっていたおかげで無事に着地出来た。
ジタバタと暴れ始める猫を逃がさないようしっかりと抑え込む。暫くして、猫は諦めたのか大人しくなった。
一先ず、依頼は完了である。
「よしよし、お家に帰ろうなー」
その時、ネモは周りの視線が自分に集まっていることを感じ取った。派手に猫を捕まえたせいかと思ったがそうではないようだ。
「おい、見ろよあれ……」
「あの耳、ハーフエルフだぞ……」
「なんて穢らわしい」
周りの人々は何やらコソコソと話し合っている。中には嫌悪感を露にした者もいた。そこでネモは、先程走った際に頭のフードが脱げてしまっていたことに気がつく。
彼は慌ててフードを深く被り直した。
ハーフエルフという種族は昔から人々に疎まれている。人間として暮らそうにも寿命や見た目が違うことから迫害され、エルフとして暮らそうにも人間の血が流れているということから迫害される。
ネモの存在は人々の目に異端として映るのだ。彼は好奇と嫌悪の入り交じった視線を一身に浴びる。胸がぎゅっと締め付けられるような感じがした。呼吸が荒くなり、鼓動が速まる。
(……あぁ、まただ)
彼は心が凍えるのを感じた。心臓を握り潰されるような感覚に襲われ、その場に膝をついてしまう。
苦しい、苦しい、苦しい。誰か助けてくれ、誰か。
その時、彼が心の中で助けを求めた瞬間、一つの影がネモに手を差し伸べた。
「……だ、大丈夫?」
それは先程出会ったあの少女、ウェルバだった。彼女は心配そうな顔でこちらを見ている。
「あ……あり、がとう……」
ネモは何とかお礼を言う。まだ呼吸が荒かったが、彼女のお陰で少し落ち着きを取り戻した。
彼女は優しく微笑むと、ネモの手を引いて立ち上がらせる。
「……少し、場所を変えよう? ここは空気が悪いし。猫、預かるね?」
「うん……」
ウェルバは猫を受け取ると、その小さな体をぎゅっと抱きしめる。
「……"眠って"」
彼女がそう囁くと、猫は忽ち夢の世界へと旅立っていった。それをネモは驚きの表情で見つめる。
「……すごい」
「あ、ありがとう」
ウェルバは照れ臭そうに笑う。そしてネモは彼女に手を引かれるまま、その場を後にするのだった。
◇
依頼主に猫を届け、猫探しの依頼を完了させた二人は屋台で買った軽食を片手に公園へと戻った。そこは人の賑わう中心部からは少し離れた位置にある。
噴水に二人で並んで座り、貰った軽食を手に取る。
「さっきは助けてくれてありがとう」
ネモは改めて礼を言った。すると、彼女は首を横に振る。
「さっき助けてくれたでしょ?」
先程までの様子とは打って変わって、その表情はとても柔らかい。これが素のウェルバなのだろう。ネモとの会話に慣れてきたのだ。
「……お相子ってことか」
「そういうこと」
ネモとウェルバはクスクスと笑った。
その後は自然と会話が弾み、時間を忘れて話し込む。好きな食べ物や好きな動物、好きな季節を知っていく内に二人はすっかり打ち解けていた。
「あっ、そうそう。さっき猫を眠らせてたのって、ウェルバの魔力?」
「そう。私の魔力は『言霊』。魔力を込めて言った言葉が本当になるっていうか……ちょっと説明が難しいんだ」
ウェルバ曰く、燃えろと言えば燃えるし、凍れと言えば凍る。しかし、ちゃんと相手の耳に聞こえなければいけないので、壁や建物には効かないらしい。
「強さは私の込めた魔力の量で決まるから、まだあんまり強い言葉は使えないんだよね……」
「いや、めちゃくちゃ強くない? 例えば、止まれって言えば相手が止まるんでしょ? その間に俺がボコボコに出来るよ」
「あっ、確かに!」
ウェルバは目をぱちくりさせる。それを見て、ネモもクスリと笑った。
「ネモくんはどんな魔力を持ってるの?」
「えっ」
その質問にネモは少し言い淀む。勇者のくせに魔力を持っていないと答えるのが少し恥ずかしいのだ。
しかし、ウェルバならば正直に言っても大丈夫かもしれないと思い直す。彼女は差別をしなさそうだし、何より自分の恩人なのだから。
そう判断したネモは口を開いた。
「俺、魔力持ってないんだ。あっ、ちゃんと勇者の紋章はあるよ、ほら!」
右手の甲に刻まれた勇者の紋章を見せる。ウェルバはそれを見て、少し驚いたような顔をした。
「本当だ……でも、どうしてだろう?」
「さあ、俺にもさっぱり」
ウェルバの疑問にネモは肩を竦めて答える。
「でも、俺は魔力なんて無くてもいいと思ってるんだ」
ネモは空を見上げながら言う。雲一つない青空が広がっている。彼はそれを見つめながら言葉を続けた。
「魔力が無くても、俺にはお母さんが鍛えてくれたこの身体がある」
彼は再びウェルバの方に向き直り、ニッと笑う。
「だから俺は、この身体一つで魔王を倒してみせる!」
「ネモくん……やっぱり凄いなぁ」
ネモの言葉に、ウェルバは小さく呟く。彼女は尊敬の眼差しで彼を見つめていた。そして、その目にやがて決意が宿る。
「……私も、ネモくんみたいに強くなりたい。君の隣で戦えるように」
ウェルバはネモの手を取り、ぎゅっと握る。彼女の手は温かく、そして力強かった。
「だから私と……私と! パーティを組んでください!」
ウェルバは顔を真っ赤にして叫ぶ。ネモは少し驚いたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「こちらこそ、よろしく」
「……え、い、いいの!?」
ウェルバは信じられないといった様子で聞き返す。そんな彼女に、ネモは優しく微笑みかけた。
「もちろん」
「ほ、本当に……?」
彼女はまだ半信半疑なようだ。しかし、その目には喜びの色が浮かんでいる。
「……ありがとう! これからよろしくね!」
ウェルバは感極まったようにネモの手を握ったまま、ブンブンと上下に振る。彼女の喜びようを見て、ネモも嬉しくなった。
「こちらこそ」
こうして、勇者ネモと勇者ウェルバはパーティを組むことになったのである。
「……さて、早速だがウェルバ君。ちょっと受けたい依頼があるんだけど」
「もちろんついて行くよ! 火の中だろうが水の中だろうがね!」
「そりゃ頼もしい」
その後、勇者ギルドに連れていかれたウェルバは、ネモの受けようとしている依頼を知り泣いて許しを乞うたという。
ネモ:灰色のショートヘアが特徴的な十三歳のハーフエルフ。エルフの血を引いているため凄く美形。魔力は無いが凄まじいフィジカルを持つ。
ウェルバ:茶色のミディアムヘアが特徴的な十四歳の人間。人見知りなところがあるが、素は感情が分かりやすく調子に乗りやすい子。魔力は『言霊』で凄まじいポテンシャルを秘めている。