お姫様のナイトであろうとした女が聖園ミカのために死ぬまで   作:恥谷きゆう

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陰鬱曇らせ杯参加作品です


回想のはじまり

 ゲリラ豪雨みたいに身体を打ち付ける弾丸は、もう私に痛みを与えなかった。

 痛覚が麻痺している。銃声もどこか遠くに聞こえる。大事な人の悲鳴も、他人事みたいに聞こえる。

 見えなくても分かる。

 私のヘイローは今、ひび割れ、壊れつつある。それはつまり、私という生命がおわることを意味していた。

 

 命がおわる瞬間、人は過去のことを瞬間的に思い出すらしい。

 走馬灯、と呼ばれるそれに、私は身を預けることにした。

 

 叩きつけられる弾丸は祝福の雨のようだ。

 至近距離で鳴り響く爆音は聖歌。

 頬を伝った雫は、よろこびの涙だ。

 

 そうに違いない。だから、私に後悔などあるはずもなかった。

 

 

 

 

 最初に想起した記憶。

 それはやはり、彼女のことだった。

 幸福で、疑心暗鬼なんてなくて、ただ彼女と笑い合えていた時間のこと。

 

 

 

 おべっかでも揶揄いでもなく、彼女はまるでお姫様みたいだった。

 

 桜色の髪。ふんわりと纏められたシニヨン。特徴的なヘイローは神秘的だ。

 あの綺麗な瞳に見つめられると、まるで自分がスポットライトを浴びているような気すらしてくる。

 

 きっと彼女のいるところこそが舞台の中心、光差すところなのだ。

 せめて、その道を照らしたかった。

 だからナイト様ごっこなんて始めたのだ。それは私にとって唯一の生きる意味であり、いつの間にか使命のようにすら感じていた。

 

 

「お姫様、お手を」

「もう……チサキは相変わらず大袈裟なんだから」

 

 まるで白魚のような手を、私は白い手袋越しにそっと掴む。

 階段をあがる彼女をエスコートするのは騎士たる私の役目だ。

 

「いえいえ。ミカ様は私のお姫様ですから。当然のことです」

 

 にこりと笑いかけると、ミカ様は少しだけ目を細めた。

 

「……じゃあ、チサキちゃんはずっと私の味方でいてくれるの?」

 

 やや細くなったが目がこちらを見る。この時の私は、まだその問いかけに迷いなく答えることができていた。

 

「もちろんです。――たとえ行先が地獄の底であろうとも、私はミカ様の味方です」

 

 

 

 

 美しい庭を一望できるテラスは、トリニティ総合学院の政治的最高権力者たち、ティーパーティーの特等席だ。

 

 上品なアフタヌーンティースタンドには、色とりどりのお茶菓子が並べられている。ティーパーティーの権力で集められたそれらは、一般の学生ではなかなか口にできないような上等品ばかりだ。

 

 湯気の立つティーカップは三つ。その一つを手に取った少女は、高貴な令嬢という言葉が相応しいような、気品に溢れた少女だった。

 栗色の髪をした少女は、カップを口にしてから美しい声を響かせた。

 

「それでミカさん。再三お願いしていた報告書はまだでしょうか。昨日までとお願いしていたのですが、私の手には渡っておりません」

 

 ジロ、と視線を向けられた桜色の髪をした少女は、慌てふためいてカップを置いた。

 

「えっ!?あっ、あれ? 私の記憶では明日までだったはず……みたいな! だからその、ナギちゃん、もう少しだけ待ってもらえると嬉しいかな、なんて……」

「……」

 

 ミカのクルクル変わる表情を見たナギサは、先ほどと変わらない微笑を浮かべたままだった。

 しかし、謎の威圧感がミカの身体を襲った。

 

 笑顔を浮かべたまま、ナギサは怒りを露にしていた。

 

「その、ナギちゃん……」

「……」

「せ、せめて何か言って欲しいかなって……」

「……」

「あっ、えっと……えへっ☆」

 

 ミカの渾身の誤魔化し笑いすら通じなかった。

 ナギサは微笑したままピクリともしなかった。手に持ったままのティーカップすら、微動だにしない動かない。

 幼馴染と言えど、ナギサはミカに対してあまり甘くない。一応派閥のリーダーなのだから、もう少しちゃんとして欲しい、と常々言ってきた。

 だからこそ、「分かっていますね?」と圧力をかけているのだ。

 

 気まずい沈黙で硬直した場に、席にはついていない第三者の声が響いた。

 

「ナギサ様。失礼いたしました。私がミカ様より預かっておりました。こちら、ご依頼されておりました報告書です」

 

ミカの背後に控えていた少女が、一歩前に出て、ミカに紙束を渡した。

 

 まるで男性のような、騎士然とした少女だった。すらりと伸びる長身。短く揃えられた髪。手には清潔な白手袋をつけている。背中には控えめな白翼。

 立ち位置的には侍従だったが、その立ち振る舞いはティーパーティーのホストと比べても決して劣ることはない。

 

 それを見たミカは、パッと顔を輝かせた。

 

「そうそう! チサキちゃんに最終チェックしてもらってたんだよね! いやあ、ナギちゃんが怖すぎて忘れてたよ! これはもうナギちゃんのせいだね!」

 

 調子の良いことを言ったミカが、紙の束をナギサの前に置く。

明らかに嘘をついている目の前の少女を咎めるように一瞥しながらも、ナギサはそれを受け取った。

 

「はあ……ミカさんはそれでいいのでしょうか……?」

「チサキ、あまりミカを甘やかしても本人のためにならないぞ。書類仕事もできないようじゃ派閥のトップなんて務まらない」

 

 ナギサの後に口を開いたのは、テーブルについている最後のひとり、セイアだった。金色の髪の上には、キツネのようにピンとたった耳。

 アンニュイな雰囲気を纏った彼女は、ティーパーティー最後のひとりだ。

 

「ム……セイアちゃんは相変わらず固いなあ……」

「セイア様。ご忠告痛み入ります。しかし、私はミカ様の苦手なことをお手伝いしているに過ぎません。ミカ様の貴重な経験を奪うようなことは致しませんので、ご安心ください」

 

チサキは胸に手を当てると、大仰に一礼をして後ろに下がった。壁を背にした彼女は、それ以降置物にでもなったように一言も発さなくなった。

 

「相変わらず保護者というか何というか……どちらが年上か分かったものではありませんね」

「全くだ。どちらが代表か分かったものではない」

「あー! 二人ともひどい! そんなこと言ってるとマカロン全部食べちゃうからね!」

 

怒った顔を見せたあくまで上品な所作でマカロンを掴むと、次々とそれを口に入れていった。

それを呆れたような顔で見ていたセイアは、ティーカップを置くと別の話題を出した。

 

「それでは、次は私の方から確認したい。先月の部費の配分についてだけど――」

  

 トリニティの政を決定する優雅なティーパーティーはしばらく終わらず、それからしばらく三人の少女は真面目なことからふざけたことまで、様々に話し合っていた。

 壁際に立つ騎士然として少女は、それから一度も口を開かず黙って立っているだけだった。

 

 

 

「いやあ、やっぱり肩凝るよね。あんな長い時間やることなくない?」

「ミカ様、今日は比較的大事な話をしていたと思うのですが……」

 

 解散した後、ミカは自らの侍従として立ち会っていたチサキと軽い調子で会話をしていた。

 

「でもさ、ナギちゃんもセイアちゃんも、あんな遠回しな話し方しなくてもよくない? この部活は人が減ったから予算も減らす! でいいじゃん」

「しかし、それに対する納得できる理由の説明ができなければティーパーティーの信用が失われてしまいます」

 

 あくまで固い答えを返すチサキに対して、ミカは大きなため息をついた。

 

「チサキちゃんは本当に固いなあ……カッコいいけど、たまには笑わないと筋肉固まっちゃうよ?」

 

 ミカはニヤリと笑うと、ズイ、と近づきチサキの脇腹のあたりをくすぐった。

 

「み、ミカ様!? あ、あははははは! や、やめてください! ふわっ……あっはははははは!」

 

 弱点である脇腹を刺激されたチサキが情けない笑い声をあげる。それに気をよくしたミカは笑みを深め、さらに攻勢を強めた。

 

「あはっ、あははははは!」

 

 普段騎士然とした少女の可愛らしい悲鳴は、幸いにもミカ以外誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

 

 ティーパーティーや派閥に関する仕事がない時、チサキは学内にあるカフェでまったりするのが好きだった。

 窓際の席に座った彼女のテーブルには、湯気を立てるコーヒーとドーナツが置いてあった。

 

「……」

 

 外の景色を眺め、ときたまコーヒーを口にする。砂糖は無しで、ミルクは控えめ。チサキのお気に入りの配合だ。

 

 ドーナツを口にするため、ずっとつけている白手袋は右手のみ外されていた。

 物憂げな顔は、彼女の麗人、と言った雰囲気をより引き出している。

 

 近くの席に座ったトリニティ生は彼女を見てひそひそと噂話をする。

 

「チサキ様、久しぶりにここで見たね」

「ね! 相変わらず絵になるって言うか……」

 

 お嬢様も多いトリニティにおいて、容姿の整った生徒というのは珍しくもない。

 しかし、チサキのように中性的な見た目をした生徒は珍しく、見目だけで注目を集めることも珍しくない。

 

「やあやあ、次期ティーパーティーともあろうものが、コーヒーなんて飲んでていいの?」

 

 遠巻きに見られていたチサキに、遠慮なく近づいていく影があった。

 

「ナツ。久しぶりだね」

「うん。大きなアイスクリームも溶けてしまうくらいの時間が過ぎてしまったね」

「それは一瞬じゃないか……?」 

 

 柚鳥ナツ。放課後スイーツ部の一年生で、独自の「ロマン」に基づいて不思議な言動をする生徒だ。

 彼女は自分のトレーをチサキと同じテーブルに置くと、対面に座った。

 

「それにしても、チサキはティーパーティーで美味しいスイーツをいっぱい食べられるんでしょ? ここでドーナツを食べる意味ある?」

「私はあくまで侍従だから、大して食べていないよ。ミカ様の後ろに立っているだけだからね」

「なに? 美味しいスイーツを前に何もできないのかい? ……なんという仕打ち。それはもう拷問にも等しい。それに、スイーツに対して不誠実だよ」

 

 ナツののんびりとした口調は変わらないが、何やら憤っているのは伝わってきた。

 チサキは小さく笑って答える。

 

「望んであそこに立っているからね。別に私に参加義務はない。好きでやっていることだよ」

「美味しいスイーツを前にただ立っているのを好んでやっているの……? チサキの好みは相変わらずよく分からないね」

 

 ナツは自らのドーナツを一口食べた後、カフェモカを口にした。多めに入ったミルクが絶品で、牛乳好きのナツを満足させた逸品だ。

 

「でも、チサキは私の話を理解せずとも聞いてくれるから好きだよ」

 

 無表情で告げたナツに対して、チサキは口元を緩めた。

 

「ありがとう。ナツみたいな人は私の周りにはいないからね。こうしてたまに話すと面白いんだ」

 

 チサキが普段接するのはお嬢様ばかりだ。ナツのように独特な言動をしている生徒はまず存在しない。良く言えば良識的で、悪く言えば面白みがない。

 

「それでは、私たちの友情を祝してドーナツで乾杯しよう」

 

 ナツは自らのドーナツを持ち上げて促した。

 

「ドーナツで乾杯するのかい……?」

「ドーナツは途切れることのない円形だ。これは、私たちの友情が途切れることなく永遠に続くことを願うために相応しい」

「私のドーナツは食べかけだけどね……まあ、いいよ」

 

 ドーナツを柔らかくぶつけて、二人はひそやかに笑い合った。

 チサキはドーナツを一口齧る。

 完全な円を描いていたドーナツは、半分ほどの小ささになった。

 

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