お姫様のナイトであろうとした女が聖園ミカのために死ぬまで   作:恥谷きゆう

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※独自解釈


予知夢

 エデン条約調印式に関わる後始末はひとまず落ち着いた。

 警備の立て直しも十分だ。

 分からないことは多いが、再びアリウス分校に襲われるようなことは当面ないだろう。

 

 チサキにとって次の関心ごとは、ミカの罪への処罰を決定する聴聞会だ。

 幸い、ミカの弁護はナギサがしてくれる。

 

「それでは、ミカさんがアリウスの連絡役と会話しているところを直接見たわけではないのですね?」

「はい。アリウススクワッドのサオリ、という人物と連絡を取っているとは聞きましたが、それ以上は伺っておりません。アリウス自治区にはミカ様お一人で行かれていたようです」

 

 ナギサは、チサキの話を真摯に聞いてくれた。疑心暗鬼に囚われた以前とは違い、冷静に状況を分析するナギサ。

 どちらかと言えば、こちらこそ彼女の本来の姿だ。

 

「動機については、『ゲヘナが憎い』ということ以外伺えませんでした。……しかしながら、アリウスと交流したいという言葉もまた本当だったように思われます」

 

 贖罪もまたミカのためになる。罪を軽くしようと隠し立てすることは本当の忠義ではない。

 チサキは、ようやくそのことに気づくことができた。

 

 その様子を伺っていたナギサは、小さく頷くと手元のメモ帳に何事か書きこんだ。

 

 

 

「チサキさん。聴聞会の準備を手伝ってくださりありがとうございます」

 

 ナギサは丁寧に頭を下げた。それに対して、チサキは首を横に振った。

 

「いいえ。ナギサ様がしなくても私はミカ様の弁護をしていましたから」

 

 ナギサは淡々と答えるチサキの顔を、少し心配しながら眺めていた。

 アリウス分校による一連の攻撃の後、チサキは表情を変えなくなった。

 

 もともと落ち着きのある物腰で、笑ったり怒ったりすることは少ない生徒だった。

 しかし、今はそれにも増して無表情で無機質だ。

 

「ただ、ミカさんはまだ聴聞会に出席するとは言ってくださりません。このままでは欠席裁判になってしまい、最悪の決着が予想されます」

「……困りましたね」

 

 ミカが聴聞会を欠席すれば、十中八九トリニティを退学になるだろう。

 キヴォトスにおいて退学の意味は大きい。

 学校に所属していない生徒は、ほとんどが後ろ暗い仕事に手を染めるしかなくなる。

 

 二人にとっては、なんとしても避けたい結果だった。

 

「チサキさんは、ミカさんとちゃんと話をしましたか?」

「いいえ。ミカ様もあまりそれを望んでおられないようなので」

 

 真実が全て明らかになり、チサキの疑念が晴れた後でもふたりの仲は元に戻らなかった。

 

 ミカとしてはチサキに対して気まずさを感じているようで、普段の明るい態度を取ることができない。

 

 それに加えて、チサキの中ではあの時ミカを助けることができなかったことが大きな蟠りになっていた。

 何が騎士か。何が忠義か。

 聖園ミカを助けたのは士道チサキではなかった。何より正しく、潔白にあらんとしたナイトは、己の激情に振り回されみっともなく地べたにひれ伏せていただけだった。

 

 自分はミカのために何もできないのか。

 

 そういった疑念が彼女の中を渦巻き、チサキの仄暗い自己嫌悪を加速させた。

 

 

 

 トリニティの中心に位置する広場、トリニティスクエアには多数の生徒が集っていた。

 それを目撃したチサキは、うんざりとした気分にさせられた。

 

「裏切りの魔女を追放しろ!」

「トリニティを裏切った者に然るべき罰を!」 

「即刻退学にしろ!」

 

 血気盛んなトリニティ生が主張を訴える。噂に聞くレッドウィンターのストライキを思わせる熱意だった。

 

 デモ紛いの集いが盛んにミカへの厳罰を訴えている。

 トリニティ全体のミカへの非難は、強くなる一方だった。

 

 チサキとしては、見ていてかなり気分が悪い。

 そもそも彼女らの大半はまともにミカと言葉を交わしたこともない者たちだ。

 結局のところそれは、都合の良い憎悪の矛先にしているだけではないか、とチサキは思う。

 

 突然現れたアリウスという正体不明の敵。それに対する恐怖を、怒りによって誤魔化しているのではないか。

 

「……」

 

 自分の中の憤りを誤魔化すため、チサキは眼を逸らしてその場を過ぎ去ろうとした。放っておけば、そのうち正実あたりが止めてくれるだろう。今の自分では、冷静に事態を収束させられる自信がなかった。

 

 しかし、ある声が偶然チサキの耳に入った。

 

「これは魔女の部屋から押収した服飾類だ! これを燃やし、我々の怒りの代弁としよう!」

 

 品のない歓声が上がる。

 チサキはギリギリと奥歯を嚙み締めた。

 

 

 中心に立つトリニティ生は、まとめて地面に置いた布類に油を撒いた。

 彼女の大切なものに火がつく。

 その瞬間、チサキは愛銃を手にその場へと走っていた。

 

「ハハハッ! 見ろ、良く燃える……ガッ」

 

 無防備な生徒の背中にショットガンを押し付けたチサキは、躊躇せずに発砲した。

 周囲にいた生徒から悲鳴が上がった。

 

「ま、魔女のナイトだ!」

「撃て! 迎撃だ!」

 

 ミカを敵視する生徒にとって、チサキもまた憎悪の対象になっていた。元々ミカの腹心として知られていた彼女は、裏切りに加担したのではないかとまことしやかに囁かれていた。

 

 反撃の弾丸がチサキを襲うが、彼女はそれをものともせずにその場にいた生徒をショットガンで片っ端から昏倒させていった。

 

「ちょっ、ちょっと……」

 

 先ほどからデモを収めようとしていた正義実現委員会のイチカが、私闘を始めたチサキを制止しようとした。

 

 しかし、すぐにイチカはチサキを制止することを諦めた。

 ギロ、とチサキの目がイチカを捉える。

 

 彼女の顔は、能面の如く無表情の中に煮えたぎる憤怒を押し込めていた。

 

「──イチカさん。ひとつ確認したい。他人の私物を損壊した場合、取締対象になる。彼らを攻撃しても私闘ではなく罪人の取り押さえの一環だ。正義実現委員会の見解と私の見解に相違はないかな?」

「え、ええ。……その、やりすぎないようにしてもらえると助かるッス」

 

 無駄だと思いつつ警告をしてから、すぐにイチカは携帯を取り出して応援を呼んだ。

 彼女の目の前では、ショットガンを構えたチサキがデモに参加していた生徒を片っ端から吹き飛ばしていた。

 

「あっ、ハスミ先輩ですか? 応援を連れてできるだけ早くトリニティスクエアに来て欲しいッス。このままじゃデモ隊がチサキさんに殺されるッス!」

 

 チサキに蹴り飛ばされたトリニティ生がイチカの足元に転がってきた。

 噴き出した鼻血に彩られた顔は無残と言う他ない。

 

 ああ、あの人前はもっと温厚だったのにな。

 イチカはため息を吐きたくなった。

 

 

 ◇

 

 

「ミカ様、失礼します」

 

 チサキが牢獄の前に行くと、ミカは少し遅れてこちらを振り向いた。

 

「ああ、チサキちゃん。久しぶり」

 

 ミカはまた少し痩せたように見えた。

 チサキは一瞬眉を下げたが、何事もないように話を始めた。

 

「ミカ様が以前気に入っておられたバウムクーヘンをお持ちしました。よろしければお召し上がりください」

「あ、ありがとう。覚えててくれたんだね」

 

 トリニティで有名な菓子店の箱を取り出すと、ミカは微笑んだ。

 

「それから、その、こちらを……」

 

 チサキは、気まずそうに顔を逸らしながらもう一つのミカに渡すものを取り出した。

 

「あれ、このシュシュ……もう燃えちゃったと思ってたけど」

 

 ミカの私物は、彼女に反感を持つ生徒によってほとんどが消失した。先ほどのデモ隊のように面白半分で燃やされたり捨てられたりしたものが大半だ。

 チサキがそのことに気づいた頃には、既に手遅れだった。

 

「本当はもっと多く取り戻したかったのですが、力及ばず申し訳ありません」

 

 今日のデモでは、チサキが制圧を始めた頃にはミカの所有物はほとんどが燃えてしまっていた。

 救出できたのは、この小さなシュシュひとつだけ。

 

 それが自分の無力を示しているように思えて、チサキはただ悲しかった。

 

「もう、どうしてチサキちゃんがそんな顔するの? ……ありがとう。私のものを守ってくれて」

 

 ミカの優しい笑みは、100%の感謝を表していた。

 

 けれど、チサキの心は晴れない。

 自分に力があれば、彼女は大事な思い出の品を失わずに済んだのではないか。

 

 そもそも、セイア襲撃の時に判断を誤らなければ。

 思考に脳を支配され、正常な思考ができない。グルグルと後悔ばかりが頭を回る。

 

 何か考え事をしているチサキとの会話はあまり弾ます、ミカは困ったような笑みを浮かべていた。

 

 

 ◇

 

 

 ティーパーティー最後のひとり、百合園セイアは数日前からトリニティに戻ってきている。

 チサキに撃たれたダメージはとうの昔に回復していたようだ。

 

 しかし体調の方はまだ安定せず、部屋で寝込んでいることが多いようだ。

 

 ミカの暫定的な後継者として、チサキとしてはある程度今後のことについて聞いておかなければならない。

 それに、あの時撃ったことについて、チサキはまだちゃんと謝れていなかった。

 

 

 上品な造りの扉をノック。すぐに扉を開けずに部屋の中に呼びかける。

 

「セイア様、士道チサキです」

「入って構わないよ」

 

 扉を開けると、セイアがベッドから身を起こしてこちらを見ていた。

 ピンと立った狐のような耳。小さな身体は制服の袖を余している。

 頭の上にはちょこんとシマエナガ。

 

「セイア様、やはりまだ体調が優れないでしょうか。後日改めて訪ねた方がよろしいでしょうか」

「今日はマシだよ。話をする程度なら問題ない。それに、チサキとはちゃんと話しておきたかったからね。……ただ、今は早急に伝えるべきことができてしまった」

 

 ただならぬ雰囲気に、チサキは怪訝な顔をする。

 チサキがベッドのそばに近寄ると、セイアは言葉を続けた。

 

「つい先ほど、私の予知がミカの未来を捉えた」

「ミカ様の……?」

 

 百合園セイアの特異な能力、未来予知。

 それは夢の中で未来の景色が垣間見える、というものだ。

 

 予知夢の少女は厳かに語る。

 

「率直に告げる。ミカは死ぬ。銃弾に撃たれ、爆撃を受け、彼女は命を終えることになる」

 

「…………え?」

 

 チサキの頭が真っ白になった。

 

 

「エデン条約に関係する一連の事件はまだ終わっていない。アリウススクワッドが……ッ、ゴホッゴホッ!」

「セイア様! 大丈夫ですか!?」

 

 血を吐きそうな勢いで咳き込んだセイアに驚いたチサキは、反射的に彼女の手を握った。

 

 その途端、チサキの目に映る景色が変わる。まるで一瞬で眠りについたような、体験したことのないような特異現象だった。

 

 

 ──予知夢を見るセイアにとって、夢の在り方は常人とは異なるものだ。

 

 彼女の見る予知夢とは、言うなれば時間と空間の制約を超越したセイアの意識のみが様々な場所に行くようなものだ。

 幽体離脱、という言葉が近いかもしれない。

 

 以前、セイアは夢の中で会ったこともない先生と会話をすることに成功している。

 さらに、これより少し先の未来。夢の中でアリウス自治区内部を見ていたセイアは、ベアトリーチェに意識を囚われることになる。

 

 セイアは未来の見える夢を、意識の行く先を完全にコントロールできているわけではない。

 そして、夢の中で誰かと接触する可能性すら存在する。

 

 すなわち、予知夢が誰かの意識と接続してしまう「奇跡」あるいは「悲劇」は、起こりうる。

 

 チサキの見た光景とは、つまりはそういうものだった。

 

 

 

 アリウス自治区。その地下に存在する通路。

 そこにはミカの姿があった。彼女の身体はボロボロで、至る所を出血している。

 先日現れた敵、ユスティナ信徒がミカに銃を向けている。その中心には、一際大きく、強大な力を感じられる敵の姿。

 

 諦めたように笑うミカが、迫りくる弾丸を受けた彼女のヘイローに罅が入り──

 

「──ッ!」

 

 夢の中のチサキは、ミカの前に割り込んでその弾丸を受け止めた。

 

 

 

「ッあ……! ……はぁっ……!」

 

 尋常ではないほどの冷や汗と共に意識を取り戻したチサキは、荒い息を吐いた。

 未だ現実と夢の区別がつかない。夢の中で受けた弾丸の痛みが、自分の体に残っているようだ。

 

「ッ……ゴホッゴホッ!」

「セイア様!」

 

 チサキの目の前で、セイアは口を抑えて咳き込んでいた。

 その光景を見て、チサキの意識はようやく完全に現実へと戻ってきた。

 

「今、看護師を呼んできます! 少々お待ちください!」

 

 聞きたいことは山ほどあったが、今はセイアの容態をケアするのが最優先だ。

 そう考えたチサキはすぐに行動する。

 

 しかしその後セイアの病状はなかなか安定せず、チサキは最後までセイアと会話することができなかった。

 

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