お姫様のナイトであろうとした女が聖園ミカのために死ぬまで   作:恥谷きゆう

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救われざる少女

学園と青春の物語(ブルーアーカイブ)に人死は相応しくない。テクストの観測者は、あるいはそのような感想を抱くかもしれません」

 

 絵画に描かれた男、ゴルコンダは滔々と語った。

 それを支え持つのは、コートを着た首無しの男デカルコマニーだ。

 彼は「そういうこった!」と威勢よく相槌を打った。

 

 二人の在り方は、伝承にあるデュラハンを思わせる姿だった。首無しの胴体が、絵画の中の頭部を手に持っている。

 

「主人公が現れたのなら、苦難に見舞われようとも生徒は救われます。これはそういう物語だからです。企みは挫かれ、友情が勝利する」

 

 彼は独特の語彙で語った。まるで、この世界を虚構のストーリーとして見ているような物言いだった。

 

「――ただし。これは。彼女の物語は、そういう物語ではないのです。言うなれば殉死の物語。ひとりのナイトが覚悟を決め、主君のために命を使う覚悟の物語です」

 

 後ろを向いたゴルコンダの表情は見えない。

 ただ事実のみを、淡々と述べていた。

 

 

 

 

 

 セイアとの接触によって予知を垣間見たことで、チサキはもう決意を固めていた。

 目標は、アリウスが先生と接触する場所。

 

 チサキは、夢の中で今日発生する出来事を概ね把握していた。

 あの一瞬で、彼女の頭の中にはかなりの情報が叩き込まれた。

 

 追い詰められたアリウススクワッドが先生に助けを求めること。ミカが敵に囲まれるあの場所はアリウス自治区であることなどだ。

 

 その上で、彼女は自らがアリウス自治区に潜入する道を選んだ。

 

 中途半端にミカを説得するのは無駄だ。チサキには、彼女を説得する根拠など何も持っていなかった。彼女の怒りは、孤独は、チサキだけでは救えない。

 彼女はお姫様を颯爽と救う白馬の王子様ではないのだ。

 

 

 幸い、先生がひとりでトリニティの郊外に向かう姿は捉えられた。

 

 トリニティの郊外に歩き出した先生を、チサキは静かに後から追跡した。

 

 

 

 ひどく冷たい雨がアスファルトを叩く夜だった。

 この廃れた通りには、通行人などひとりとして存在しない。

 

 トリニティの郊外には、相対する二人の人影があった。

 

「頼む……もう先生しか……頼れるのは、先生しかいないんだ……」

 

 かつてトリニティとゲヘナを相手取った少女、錠前サオリは、雨中にあって頭を地面に擦り付けた。

 

「このままではアツコが殺されてしまう……私たちの力では、どうにもできないんだ」

「――随分と都合の良い物言いだな。錠前サオリ」

 

 彼女と先生。ふたりだけの空間に、チサキは割り込んだ。

 サオリの顔が驚愕を表し、やがて絶望に変わった。

 

「士道チサキ、か……私を殺すのか? それは構わない。ただ、せめて明日まで待って欲しい。都合の良い物言いであることは重々分かっている。……それでも。私はもう、頭を下げることしかできないが。ただ、アツコを助けるまで待って欲しい」

 

サオリがチサキに頭を下げる。

チサキは黙って散弾銃を構えている。

 

「……アリウス自治区に、行くのか?」

 

 チサキの問いかけに、サオリは驚いたように顔を上げて答えた。

 

「ああ。このままでは日が昇る頃にはアツコが死んでしまう。だから、助けに行きたい」

「先生が行くのなら、私も手伝おう」

 

 サオリの顔が、先ほど以上の驚愕を現した。

 

「ほ、本当か……? いや、心強いのは確かだ。しかし、私は聖園ミカを傷つけたのだぞ」

 

 トリニティの内情は既に調査済みだ。目の前の少女、士道チサキが聖園ミカのことを何より大事に思っていることなど分かっている。

 

「知っている。ただ、先生には恩がある。先生を巻き込むのなら、見逃すことはできない」

 

 嘘ではない。チサキは先生に対して感謝をしていたしそれなりの好意もあった。

 ただし、全てはチサキの大義のためだ。

 

「……それに、君が”姫”を助けに行くというのなら、他人事とは思えない」

「……なんと?」

 

 問い返したサオリには返答せず、チサキは先生の方に向き直った。

 

「なんでもない。先生、あなたはどうするつもりなんだ?」

「もちろん、助けるよ。生徒のお願いを、先生が聞かないわけにはいかないからね」

 

 当然の如く言った先生に対して、チサキは小さくため息を漏らした。

 

「まったく、本当に先生はブレないな。自分を撃った相手まで助けようとするのか?」

 

 先生がサオリに撃たれて瀕死の重症を負ったのはつい最近のことだ。

 むしろ彼女のことを憎んでもおかしくないくらいだったが、彼の瞳に迷いはなかった。

 

 チサキはその在り方に安堵した。やはり彼こそ王子様に相応しい、という確信を深める。

 

「まあ、予想はしていたよ。あなたはそういう無茶をする人だ。仮にサオリが翻意したらまた先生を傷つけるかもしれない。あなたが傷ついたらミカ様が悲しむ。私がついておこう」

 

 

 

 

 こうして、チサキはアリウススクワッドに同行する口実を手に入れた。

 

 アリウス自治区への行き方を知っているのは現状彼女らのみ。

 古聖堂の地下にあるカタコンベ。迷宮のようになっているあの地下墓所こそが、アリウス自治区への唯一の入口だ。

 

 未だ解析不能な古代の産物であるカタコンベは、時間が経つと道が変わる迷宮だ。

 中に入れば、二度と出てこれない可能性すらある。

 

 そのため、部外者がアリウス自治区へ侵入するのはほとんど不可能だ。

 

 ただし、ここにはアリウスから逃亡してきたアリウススクワッドがいる。

 

「カタコンベの道は今日の24時には変わる。急がなくては」

 

 とうの昔に日は落ちている。

 道中にはアリウスからの妨害もあるだろう。

 時間的な猶予はあまりない。

 

 サオリは追手から逃げる際の負傷も治っていない状態だったが、それでも機敏な動きで仲間を探すために歩き出した。

 

 

 

「ヒヨリ!」

 

 アリウス生に囲まれた青髪の少女を見て、サオリが叫んだ。巨大なスナイパーライフルを構えた少女は、既に多数の傷を受けていた。

 

 サオリとチサキは、すぐに目の前の敵を排除する算段を立てる。

 

「先に前に出るぞ」

「――士道チサキと錠前サオリだ、撃て!」

 

 チサキがショットガンを手に真っ先に前に出た。

 

 アリウス生は狙いを切り替えチサキを攻撃する。

 

 しかし、当たらない。身を低くして動くチサキは不規則に動き、アサルトライフルやサブマシンガンの弾のほとんどを避けていた。

 そして被弾しても足を止めない。機動力と胆力で距離を詰めるのはチサキの十八番だ。

 

 そんな彼女の背中から、サオリの援護射撃が届いた。アサルトライフルの重たい銃声が響く。

 

 アリウススクワッドは精鋭の集まりだ。

 サオリの狙いは正確で、次々とガスマスクの敵を昏倒させていく。

 

「反撃しろ! 後ろから狙え!」

「しかし……あれを近づけては……!」

 

 チサキの動きに翻弄され続けるアリウスの生徒たち。

 続いて、先ほど合流したミサキのロケットランチャーから飛び出した弾頭が炸裂する。

  

「ッ……射線を切れ! スクワッドと正面から撃ち合うな!」

 

 リーダー格の生徒が叫ぶ。

 しかし、アリウス生の判断は既に手遅れだった。

 軽快な足音が彼女らに近づいていく。

 

 遮蔽物を求めて逃げ惑うアリウス生に急接近したチサキが、ゼロ距離から散弾を浴び始めた。

アリウス生たちは次々と地面に倒れる。

 こうして、雨中に響く銃声は次々と数を減らしていった。

 

 チサキの突破力に加えてサオリたちの援護射撃も合わされば、殲滅はすぐだった。

 

「……終わったか」

「おそらく、これで全部だ。援護感謝する」

 

 サオリとチサキが、口数少なく言葉を交わした。

 周囲に転がるのは、先ほどまでヒヨリを囲んでいたアリウス生たちだ。

 人数的には圧倒的に不利だったが、アリウススクワッドの練度、チサキの近接戦の強さ、そして先生の指揮があればあっさりと戦況はひっくり返ってしまった。

 

 ヒヨリが合流を果たす。

 これではぐれていたアリウススクワッドは全員が合流を果たした。

 

 後はアリウス自治区に潜り込み、秤アツコを奪還するのみだ。

 

 

 

 

「カタコンベの中は狭い。流れ弾が当たるリスクが高いから、先生は後ろから離れてついてきてくれ。チサキは私たちから離れるな。暗闇にまぎれられるとロクに連携が取れない」

 

 サオリの警告に、先生とチサキは大人しく頷いた。

 

 アリウス自治区に繋がる道、カタコンベは地下に広がる迷宮のような巨大墓所だ。

 

 広大な面接を誇るが、狭い道が多く、銃撃戦になれば被弾は免れない。

 キヴォトスの生徒ならともかく、先生に流れ弾が当たれば大惨事だ。

 

 

 カタコンベ内では予想通りアリウス生が待ち受けていた。

 あちらとしても、アリウススクワッドがアツコを救出しに来るのは分かっていたらしい。

 

 しかし、多少敵が増えたところで彼らの足は止められなかった。

 敵を撃破しつつ順調に進んでいく彼らは、このまま行けばカタコンベを抜け出せる、はずだった。

 

 

 

 しかし、予想していなかった人影が彼女らの前に立ち塞がる。

 

 

 

 

「――ああ、錠前サオリ。ようやく見つけた。久しぶり。あなたたちから見れば悪役登場、ってところかな?」

 

 聖園ミカが、アリウススクワッドの前に立ち塞がった。

 カタコンベの出口。アリウス自治区へと通じる道に姿を表した彼女は、狂気的な笑みを浮かべると愛銃を構えた。

 トリニティから脱獄してきたミカは、ここに復讐をしに来た。

 彼女は全てを失った。トリニティの居場所を。友人を。

 それら全て自業自得だ。そのことに異論はない。

 けれども。

 

 ――不平等だ。自分と同じことをした人間は、なぜのうのうと生きているのか。

 

 今のミカを突き動かすものは、サオリも同じ地獄に落としたいという復讐心だけだった。

 

「……聖園ミカ。お前が私に復讐したいのはよく分かる。私はきっと、報いを受けるべきだ。ただ、まだその時ではない。私は、姫を助けなければ――」

「……へえ?」

 

 ミカの放った弾丸が、銃を構えたサオリの足元を掠めた。

 

「私は全部失ったのに、あなたはまだ何かを掬い取ろうとしているんだ?」

 

 ミカの瞳に狂気が灯る。

 すべてを失った。

 大切なものを、友人を、居場所を失った。それなのに、目の前の元凶は何かを取り戻そうとしている。

 ミカの全身を憎悪が駆け巡る。

 自分が地獄に行くのなら、目の前の少女も地獄に行かないと道理に合わない。 

 

「じゃあ、今度は私が奪うね。私から色んなものを奪ったあなたから、今度は私が」 

「――ミカ様!」

 

 

 アリウススクワッドの背後から、チサキが一歩踏み出した。

 それを見たミカは、大きく目を見開いた。

 

「チサキ、ちゃん……? どうしてチサキちゃんがアリウススクワッドの味方を?」

「彼女らは友人を助けようとしています。いくら罪を犯したとはいえ、放っておくことはできません」

 

 それは確かにチサキの本心から出た言葉だった。

 しかしながら、その裏の意図に気づける者は誰もいない。

 

「そっか。……チサキちゃんは、やっぱり私の味方ではいてくれないんだね?」

 

 ミカの狂気を孕んだ瞳が、チサキを捉える。

 信じたのに、もう一度裏切るのか。

 

 目だけでそう問いかけるミカに、チサキは小さく首を横に振った。

 

「いいえ。たとえ地獄に落ちようと、私はミカ様の味方です。……ですので、今はあなたの行く先を遮ります」

 

 チサキの白手袋が、愛銃を手に取った。

 

「あはっ……ホント分かんない。チサキちゃんの言ってること、いっつも難しいよね。ただそこをどいてくれれば、私はサオリに復讐できるのに」

 

 いつかの体育館での対峙の再現のようだった。

 主従の間で再び銃弾を交わさんとする。瞳が交錯し、互いの感情を直にぶつけ合う。

 

 しかし、引き金が引かれる前にその場に割り込んできた影があった。

 

「ま、待って!」

 

 先生の姿を見た途端、ミカは明らかにうろたえ始めた。

 

「せ、先生!? なんであなたがここに……よりにもよって、こんなところを……」

 

 ミカが疑心暗鬼の闇で揺れていた時、言葉をかけてくれた先生に己の醜い姿を見られたことに動揺を見せる。

 

 先生は葛藤するミカの姿にわずかに迷ったような顔を見せたが、アリウススクワッドの方を向くと覚悟を決めた。

 

「ミカ! トリニティで待ってて! 後でちゃんと話をしよう!」

 

 今は、日が昇ると同時に殺されてしまうアツコを助けるのが先だ。

 先生を先導して、アリウススクワッドとチサキはアリウス自治区への通路へと入っていった。

 

 しばらくその様を呆然と眺めていたミカは、やがて小さく呟いた。

 

「……待っていられるわけ、ないじゃん」

 

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