お姫様のナイトであろうとした女が聖園ミカのために死ぬまで 作:恥谷きゆう
アリウス自治区への侵入を果たしても、アリウススクワッドに安息の時間はなかった。
あまりにも時間がない。日が昇る頃には、儀式が始まってしまうからだ。
儀式が始まれば、アツコの命はない。
徹夜で逃亡生活を続けていた彼女らの体力は既に限界だった。
小休止を挟んだのち、ただちにアツコの救出へ。
自治区内でのユスティナ信徒との遭遇。
そして、追いかけてきたミカとの交戦。
それらを経て、チサキたちは目的地であるバシリカに通じる道に降り立った。
地下にあるとは思えないほど高い天井を持つ地下回廊。
まるでトリニティの大聖堂のようだ。
チサキは己の死に場所を冷静に分析した。
一方のアリウススクワッドは表情を引き締めた。
ここを抜ければアツコの元へと辿り着く。
つまり、ベアトリーチェによる激しい妨害も予想されるということだ。
アリウスの生徒に、ユスティナ信徒。
ベアトリーチェの持つ戦力とまともにぶつかれば、スクワッドに勝ち目はない。
できるだけ早くここを駆け抜けて、バシリカまで到達する必要がある。
しかし、彼女らへの追撃はそれだけではなかった。
地下回廊に悠然と現れた白い影。
「聖園ミカ……ここまで追ってきたのか……!?」
聖園ミカは、サオリへの憎悪を瞳に灯していた。
彼女は語る。己の覚悟を。全て失った魔女の行く末を。
「先生、私決めたよ。サオリも一緒に地獄に落ちるの。大切なもの全部失って、苦しんで、それでようやく平等でしょう?」
「……ミカ様」
チサキの呟きも、先生の説得も今のミカには届かない。
彼女はただ、己の目的を果たすために行動を開始した。
「あはっ☆」
信じ難いほどの剛撃が、地下通路を支える柱を襲った。
ミカの拳を受けた柱は、中ほどからヒビが入り倒れ落ちようとしていた。
このまま柱が倒れれば、サオリと先生たちは分断される。
サオリと一対一になったミカが何をしようとするかは、想像に難くない。
誰もが予想外の光景に一歩も動けない中で、チサキだけが反応を示した。
「錠前サオリっ!」
チサキが崩れ落ちる柱の下に滑りこむ。
柱にミンチにされる寸前でサオリの側へとくぐり抜けた彼女は、サオリの腕を掴むと力任せに彼女を柱の向こう側にぶん投げた。
「なっ……士道チサキ!?」
「後は、私が話し合う」
これで、ミカの傍に残ったのはチサキだけになった。
ひとりミカの元に残ったチサキは、柱の向こう側にいるであろう先生に呼びかけた。
「先生! 先生なら、全部終わらせた後にみんな助けてくれますね?」
「もちろん!」
「それなら、今はバシリカに向かってください!」
「……チサキにミカ。後で絶対迎えに来るからね!」
チサキの予想通り、先生はアツコを助けるために走った。
アリウススクワッドがそれに続く足音が聞こえる。
「チサキちゃん、なんだかいい話で終わらせようとしているけど、私は全然納得してないからね」
「ええ、存じております」
ミカと向き合って、チサキは言葉を紡ぐ。
「ミカ様。私は、侍従として失格でした。ミカ様の心が理解できず、ただあなたのためと思って事態を悪化させ続けた。その業が、ミカ様をここまで追い詰めたのでしょう」
「違うよ。チサキちゃんのせいじゃなく、全部錠前サオリのせいなの。私を利用したあいつが、アリウスが、悪いの」
ミカは自身の憎悪を吐き出す。
「私から全部奪ったあいつが何かを得ようとしてるのが許せない。そんなのフェアじゃない」
ああ、やはり自分の思った通りだ。チサキはそう確信して、ゆっくりとミカに語り掛けた。
「……ミカ様。私は先生から教えられました」
チサキは幸せな記憶を思い出した。補習授業部での日々。
まるで晴天の下キラキラ輝く水飛沫のような、煌めく記憶。
「私たちは、やり直せるのです。何もなくなっても、何かをなくしても、それを悔いて、顧みて、贖罪をして、もう一度やり直せます。少なくとも、先生は手を差し伸べてくれるでしょう」
ミカと断交して絶望していたチサキは、補習授業部に救われた。
侍従としての役割を役割を失い目的を失った彼女は、大切なことを教わった。
今の自分に何もなくても、今から何か作ればいい。
居場所を失ったと嘆くミカに、チサキはそのことを伝えたかった。
「ミカ様。先生を信じて、もう一度やり直しませんか?」
「私が、やり直す……?」
ミカの顔に困惑が広がる。
「きっと、辛い道になるでしょう。名前も知らない生徒に石を投げられるかもしれません。親しかった人とは二度と会話できないかもしれません。でも、ミカ様ならできると思います。だってあなたは、誰よりも輝く、天衣無縫のお姫様なのですから」
聖園ミカには自由であって欲しい。
それこそが、彼女に心奪われたチサキの願いだった。
「──ああ、ミカ様。どうやら私があなたと語らう時間がこれまでのようです」
悲鳴のような声が地下回廊に響いた。
不気味で、おぞましく、まるで幽霊が絶叫しているような音だった。
二人が振り返った先には、大量のユスティナ信徒がいた。アリウススクワッドを倒しに来たのだろう。
ただし、今までの戦闘とは数が違った。
地下回廊を埋め尽くさんばかりの軍勢。スクワッドがまともにぶつかれば勝ち目はないだろう。
さらに、その中央に陣取る巨大な影は一際大きな存在感を示していた。
他の信徒と同じく黒い修道服に身を包み、両手に一丁ずつマシンガンを持っている。
ユスティナ聖徒会における伝説の聖女、バルバラ。
キヴォトスでも有数の戦闘力を持つミカですら、本能的に「勝てない」と確信してしまうほどの威圧感だった。
「ミカ様、無理を承知でお願いするのですが……ここを離れ、先生の元へと向かってはくださいませんか? ここは私が抑えます」
チサキは、愛銃を手に一歩前に出た。
それに対して、ミカはクスクスと笑った。
「まさか。私が先生やチサキちゃんを見捨てるわけないじゃん。……錠前サオリへの怒りがなくなったわけじゃないけど、先生の助けになれるなら悪い気はしないかな」
聖園ミカは天使の名を冠する愛銃を構えた。
二人いたところで、おそらく目の前の敵には勝てないだろう。
彼女らはそれを十分理解していた。
けれど、この先では先生が生徒を助けるために奮闘している。
きっと、サオリたちアリウススクワッドは彼によって救われるのだろう。
ミカは不思議と確信できた。
アリウススクワッドは、錠前サオリは罪を犯した。
けれど、先生にとってそれは生徒を救わない理由にはならないのだ。
「まあ、魔女の結末としては悪くないかな?」
せめてその役に立てるのなら、ここで終わるのも悪くないかもしれない。ミカは本気でそう思っていた
先ほどまで胸中を支配していた憎悪は既に消えた。
あるのはただ、罪人への慈悲を願う心だけだった。
戦闘中、隙を見てチサキを逃がす。
魔女である自分とは違って、チサキは救われるべきだ。
固く決意してミカは敵へと立ち向かった。
ユスティナ信徒たちは既にミカとチサキのすぐそばまで迫っていた。
あと少し近づけば、銃器の射程距離に入る。
二人のトリニティ生とユスティナ聖徒会の決戦の火蓋を切ったのは、チサキだった。
「──参ります」
ショットガンを抱えたチサキがユスティナ信徒の群れへと突っこんでいく。
すぐさま敵の銃が火を噴き、チサキは弾丸の雨に晒された。
「……こんなものっ!」
脳内を支配する興奮が、彼女の痛みを中和した。銃弾のいくつかは彼女の身体の中心を捉えていたが、チサキの足は止まらなかった。
速度を緩めず敵の懐まで飛び込んだチサキは散弾を放ち、目の前の敵を昏倒させる。
そして、排莢すらせず、散弾銃を振り上げた。
「ァアアアアア!」
絶叫と共に、渾身の一撃。
ガスマスクの中心に銃身が叩きつけられた。ガスマスクにヒビが入り、ユスティナ信徒が倒れ込む。
「はぁ……ッ」
チサキの呼吸が乱れる。わずかに震える両手で、空薬莢を排出。
アリウススクワッドほどではないとは言え、彼女も疲弊している。カタコンベへの侵入からここまで、ほとんど戦闘続きだ。
チサキの後ろから、短機関銃の連続した銃声が響いた。
ミカの放った弾丸が的確にユスティナ信徒を捉え、チサキを狙っていた個体を次々に倒していく。
しかし、ミカはすぐに悲鳴のように警句を叫んだ。
「チサキちゃんっ! 前!」
チサキに銃口を向けバルバラが、機関銃の一斉掃射を開始した。
チサキは自慢の機動力を活かしすぐさま退避する。
狙いを定められないよう、横への回避行動。
しかし、伝説の聖女バルバラの弾丸は他の信徒ほど甘くなかった。
100発近い銃弾を放つマシンガン二丁による斉射。
チサキの身体を、一発、二発、と大口径弾が穿っていく。
「ッ……あ……」
足を捉えた弾丸が、ついにチサキの肉体を穿った。
頑丈な身体を持つキヴォトスの生徒にとって、弾丸が身体を穿つ痛みは滅多に味わったことのない耐え難いものだった。
腿のあたりから出血したチサキは、痛みに顔をしかめる。
続けて顔面を弾丸が掠め、頬のあたりから赤い血がドロリと流れた。
脇腹を抉った弾丸によって、彼女の制服の腹部に血が染み出す。
勢い良く走っていたチサキの肉体が、ふらつき始める。
「──チサキちゃんッ!」
頭を掠めた弾丸が、彼女の脳を激しく揺らした。頭部から流れ出た血が、彼女の顔を濡らす。
「……」
チサキの意識が朦朧とする。足がもつれ、その場に倒れ込む。幸い、リロードの最中らしくそれ以上の追撃は来なかった。
「く……あ……」
ここで倒れるわけにはいかない。ここでチサキが意識を失えば、ミカを守ることができない。
強烈な意思とは裏腹に、ダメージの蓄積した身体は起き上がることすらできない。
混濁した意識の中、彼女は少しだけ夢を見た。