お姫様のナイトであろうとした女が聖園ミカのために死ぬまで   作:恥谷きゆう

13 / 14
殉死

 チサキの見た夢。

 

 それはまだ、チサキがナイトなどと呼ばれていなかった頃。

 ただのトリニティの新入生だった頃の記憶だ。

 

 ミカのお茶会に通い詰めたチサキは、すっかりミカのお気に入りになっていた。

 

 今日のミカ主催のお茶会が終わった後、二人は誰もいなくなったティーテーブルで残った紅茶を飲みながら会話を交わしていた。

 

 今日のチサキは、少し浮かない表情をしていた。

 

「ミカ様は、どうして私に対してここまでよくしてくださるのでしょうか」

「うーん? どうしてって言っても……私はいつも、好きなものには好きなように接しているだけだと思うけど……」

 

 とは言え、チサキの求めている答えがこれではないことはミカにも分かった。

 チサキの暗い顔を見れば簡単に分かる。彼女の中には、何かの迷いがあるようだ。

 

「ミカ様。私の中身は空っぽです」

 

 言いながら、チサキはティースタンドからシュークリームを取った。

 ミカの舌をも唸らせるそれの中には、ギッシリとクリームが詰まっている。

 

 私とは対照的だな、とチサキは自嘲した。

 

「私は幼い頃の憧れに忠実に行動しているだけです。私自身にはなにもない」

 

 ミカに付き従ううちに、気づかされてしまった。

 自由奔放で、己の思うままに行動するミカに対して、自分はなんて薄っぺらい人間なのだろう。

 

 幼い頃憧れたナイトの在り方を模倣しているだけだ。

 

「私は、今の私を赦していいのか分からなくなってしまいました。ミカ様のように光り輝いていない、模造品のような私が、ミカ様の傍にいることは赦されることなのか。そんな風に、思ってしまいました」

 

 チサキは手に取ったシュークリームを食べるのを止め、手元の小皿に置いた。

 中身がぎっしり詰まったシュークリームは、形を損なうことなくその場に存在し続けた。

 

 その様子を黙っていたミカは、少しだけ身を乗り出すと彼女の取ったシュークリームを奪い取った。

 

「……あ」

「んむ……美味しい! 流石私の選んだシュークリーム!」

 

 頬を緩めた彼女は、口の中を空っぽにした後に自然な笑顔でチサキに告げた。

 

「──じゃあ、私が赦すよ」

「……ミカ様が、赦す?」

「うん、そう。たとえ主が赦さなくても、私が赦す。チサキちゃんはそれでいい。自分の憧れる自分を全うして、私と一緒にいていい。そう言ったら、チサキちゃんはどうする?」

 

 ミカの笑顔を見たチサキは、ぽっかりと口を開けて固まってしまった。

 間の抜けた様子にカラカラと笑ったミカは、もう一つシュークリームを掴むと彼女の口に突っ込んだ。

 

「えいっ!」

「むぐ……! むぐむぐ!?」

「あはは! ナギちゃんが私にロールケーキ食べさせる時の気持ちがちょっと分かったかも!」

 

 いたずらが成功した子どものように笑ったミカは、黙ってチサキが何か話すのを待った。

 シュークリームを飲み込んだチサキは、

 

「……他ならぬミカ様が私を赦すというのなら、私は私を赦す他ありませんね。……ありがとうございます」

 

 チサキの感謝の言葉に、ミカは軽く微笑むだけで応えた。

 

 

 チサキの生に救いがあったとすれば、きっとあの時だ。

 主に祈りを捧げた時ではなく、告解の時でもなく、チサキはただ、ミカの正直な言葉に救われたのだ。

 

 救われたのなら、救わなければ。

 チサキの思う忠道は、ミカの肯定してくれたチサキの在り方は、彼女の取るべき行動を示していた。

 

 ミカの為に死ぬ。これ以上の忠義があるだろうか。

 死への本能的な恐怖をも押し殺してしまう激しい興奮を覚える。

 殉死への興奮。

 

 それは原始的で、非論理的で、けれど彼女が生まれてから最も激しい熱を感じる代物だった。

 

 

 こうして、聖園ミカのナイトであろうとした女は、彼女のために死ぬために幸せな夢から目を覚ました。

 

 

 ◇

 

 

 目を開ける。夢から醒めたチサキが最初に知覚したものは、”歌”だった。

 

「──」

 

 蓄音機の穏やかなメロディー。それは、チサキにとって聞き覚えのあるものだった。

 

「……キリエ」

 

 うっすらと、歌声が聞こえた。 

 透き通るような声は、真摯に祈っている。

 

 それは慈悲を求める聖歌だった。

 

 キリエ。

 主に慈悲を願う歌。

 

 ああ。この歌声の元に、ミカはいる。

 まるで歌に引き寄せられるように、チサキは歩き出した。

 

Kyrie(主よ)……」

 

 チサキは無意識に聖歌を呟く。

 ミカの歌声とチサキの呟きが重なる。

 

 チサキの歌は、己のためのものではない。

 彼女に。我が主に。聖園ミカの為に。

 

eleison(憐れみたまえ)

 

 純真に、ただ真っ直ぐに生き、それゆえに過ちを犯した彼女に、憐れみを。

 私に救いをくれた彼女に、慈悲を与えたまえ。

 

 

 

 

 地下回廊の一角で、聖園ミカは大量の敵を前にして一歩も引かず銃を構え続けていた。

 

 既にその体は傷だらけだ。血が流れた跡すらある。それでも、毅然として前を向く彼女は、一歩も後ろに退かなかった。

 

 気絶したチサキから敵を引き離すため、そして先生の元に敵を向かわせないため、ミカは孤軍奮闘していた。

 

 しかし、それももう限界だろう。

 タフな彼女でも、次の攻撃には耐えられない。

 

 聖女バルバラの機関銃がリロードを終え、銃口がミカに向く。

 ミカをはそれを回避しようとすらしない。いや、避ける気力すら残っていない。

 穏やかに笑う彼女は、主の憐れみを聖歌を口ずさんでいた。

 

 ──ああ、これこそが私の出番か。

 そう確信したチサキは、悲鳴を上げる身体に鞭打って走り出した。

 

「ハッ……! ハッ……!」

 

 息を切らして我武者羅に駆ける。不思議と思考はハッキリとしていた。

 足は軽い。大量に出血した後とは思えないほどに俊敏に動ける。

 

 ミカのところまではもう少しだ。

 

 歓喜と恐怖。それらがごちゃ混ぜになって脳内をグルグルと回る。

 

 怖い。怖い。

 死ぬのは怖い。痛いのは怖い。己が終わるのは、たまらなく怖い。

 

 それでも、チサキの足は前に出ていた。

 

「──ミカ様ッ!」

 

 彼女を突き飛ばして、代わりに前に立つ。

 弾丸が、爆撃が、チサキの身体を襲った。

 

「チサキちゃんっ!?」

 

 ああ、これは耐えられない。

 

 弾丸の衝撃を受けた瞬間、チサキは悟った。

 バルバラの放つ弾丸は、頑丈なチサキと言えどすぐに耐えられなくなる。

 

 それでも、この場を譲るわけにはいかなかった。

 

「ッ……あああああああ!」

 

 身を穿つ痛みに本能的な恐怖が抑えられない。少しでも気を抜けば倒れてしまいそうだ。

 

 チサキのヘイローがみるみるうちにヒビ割れていく。 

 それでも、後ろにいる人に弾丸を通すわけにはいかない。意識すら朦朧としてくる中、それでもチサキは二本の足でその場に立ち続けた。

 

 その姿は数多の矢を受け、立ったまま絶命した僧兵を思わせるものだった。

 

 耐え難い苦痛の中で、彼女の頭を記憶が走馬灯の如く駆け抜けた。

 

 ミカと初めて出会った時。

 彼女との幸せな記憶。

 ティーパーティーの会合。

 友人との語らい。

 補習授業部での新鮮な日常。

 エデン条約の混乱。

 

 

 ──それら全部を振り返って、チサキは死にたくないと思った。

 

 殉死だとか理由をつけたところで、死ぬのは怖い。

 

 もっとミカの役に立ちたかった。

 補習授業部のみんなで海に行きたかった。

 ナツともう一度お菓子を食べたかった。

 先生のことを、もっと知ってみたかった。

 

 

 

 それでも、ミカを守ることに後悔はない。

 この胸の感情に偽りはない。

 

「……ミカ、様」

 

 ミカが泣きながらこちらに手を伸ばしてくる。

 それを振り返って、チサキは小さく微笑んだ。

 

「お慕い申しております」

 

 弾丸が彼女の胸を貫き、チサキのヘイローは砕け散った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。