お姫様のナイトであろうとした女が聖園ミカのために死ぬまで 作:恥谷きゆう
ドアの鍵を閉め密室となった聖園ミカの部屋には、部屋の主と、彼女のナイトがいた。
密談にはちょうどいい。
声をひそめたミカがチサキに問いかける。
「それでチサキちゃん。アリウスは何と言っていた?」
「はい。襲撃計画についてはミカ様の出した条件で合意を得られました。……それでミカ様、実行して、よろしいのですね?」
チサキがその美しい顔を見つめると、彼女は無垢に笑った。
「うん。そう言ったじゃん。頭の回るセイアちゃんには、ちょっとだけ痛い目にあってもらってしばらく寝ていてもらわないと。じゃないと、私の計画も進まないし」
ミカの目は本気だった。ティーパーティーのひとりである百合園セイアを襲撃し、ホストの座を奪う。
そうすれば、ミカのやりたいようにトリニティを動かせる。アリウスとの和解やエデン条約の阻止も可能になる。
野望を抱き暗躍しているとは思えないほどに、ミカの笑顔は無垢だった。
「……かしこまりました。当日の実行には私も加わります。成功の報をお待ちいただければ幸いです」
「うん、よろしくね。私のナイト様?」
ああ、その言葉を聞けただけでも生きている価値があった。
チサキの胸が喜びに満たされる。彼女の頬が赤みがかかった。
ミカのために、彼女が本当に望んでいる結果にしてみせる。
忠義とは、何も愚直に命令をこなすことだけを示さない。
襲撃を実行するアリウスが、彼女の望みどおりに事を進めるとは限らない。
むしろ、あの分校はミカを利用しようと企んでいるのではないか、とチサキは訝しんでいた。
チサキが同行するのはいざという時の保険だ。
ミカのためであれば、地獄にだって落ちてみせる。
それが、チサキの決意だった。
◇
夜が更けるとトリニティは人の気配がなくなる。
大抵の学生は眠りについた頃だろう。
いつもなら見回りの正義実行委員会がいるものだが、今日はミカ様の手回しで完全に排除されている。
襲撃実行当日。私は無機質なガスマスクをつけたアリウス生と合流した。
言葉も交わさずこちらに近寄ってきた彼らは、学生というよりも兵隊のようだった。
ガスマスクの一人が話しかけてくる。
「お前がトリニティ側のガイドか?」
「ああ。依頼者に今回の作戦の統括を任されている。ついてこい」
私もまた、顔全体を覆う無骨なマスクをつけている。
アリウス側に私の素性を知られるのはデメリットにしかならない。それに、万一トリニティの生徒に目撃されたら面倒だ。
彼らと短く会話を交わして、すぐさまセイア様の部屋へと移動する。
静まりかえった校舎の中で、自分の鼓動だけがうるさく聞こえた。
ここで失敗するわけにはいかない。どこかで間違えれば、ミカ様は傷ついてしまう。
最上の結果を、私の手で掴み取るのだ。
ついに部屋に突入する、という段階になった。
無言のガスマスクたちの方を振り返って、私は宣言する。
「セイアの制圧は私がやる。実行の間の周囲の警戒を頼めるか?」
「……いいや、私たちはアリウスからこの任務を任されている。私たちに任せて欲しい」
アリウスのリーダー格らしい生徒、アズサが無感情に言った。
「ダメだ。お前たちは依頼者の意思を尊重しない可能性がある。彼女の命令を直接聞き、意思を最も汲み取れる私が適任だ」
「……それは、私たちが信用できないということか?」
ガスマスクの向こうの視線が鋭くなる。殺気すら感じさせるそれに、私は真っ向から立ち向かった。
「依頼者の言う通り計画を実行するなら私の提案を退ける理由はないと思うが……まさか、何か別の思惑があるとでも?」
ガスマスクの向こう側の顔を睨みつける。数秒の沈黙が下り、静かな殺気が交錯した。
「……いいだろう。それでは、私とお前で百合園セイアの部屋に突入し、目標を達成する。異論はないな」
ひとりなら、最悪制圧すればいい。
小さく頷き、私はアリウス生徒のひとり、アズサと共に、部屋に足を踏み入れた。
「……」
寝室まで繋がる短い廊下を、足音を殺して歩く。
愛銃のショットガンを両手でしっかりと持ち、全方位に警戒を怠らない。後ろにいるアズサは、何も話さず私の後ろを歩いている。しかし、彼女のアサルトライフルがいつ私に向くか分かったものではなかった。
最後の扉を開ける。
ベッドの上に横たわる少女は、ゆっくりと体を起こした。セイア様は、まだ状況を把握できていない。
未来予知は、今日の結果を観測できなかったようだ。
「……誰だ?」
ようやくここまで来れた。己の内に様々な感情が湧き上がるのが分かる。後悔。逡巡。恐怖。
実行すれば後戻りはできない。
トリニティでの日常を失うかもしれない。けれど、これは私がやらなければならないことだ。
数多の感情を押し殺して、私はセイア様に銃口を向け、無感情に銃弾を放った。
「トリニティの伝統を否定するサンクトゥスに呪いあれ」
「ッ……ア……」
セイア様の腹部に散弾が飛び散り、彼女がベッドに倒れ込む。体の弱い彼女なら、しばらく起き上がることはできないだろう。
凄まじい罪悪感が自分の身を襲うのが分かった。
「ッ……」
それでも、警戒を怠ってはいなかった。
背後に、攻撃の気配を感じ取る。
直感に従い、後ろを振り返る。アズサが突き出したアサルトライフルが、私の頭に向いている。
身を捻ると同時に銃声が響く。風切り音と共に、耳元を1発の銃弾が通過した。
「クッ……」
動揺するアズサだったが、すぐに照準を戻して追撃を行おうとしている。
このままフルオート射撃をされたら、セイア様に流れ弾が当たるかもしれない。
二撃目が来る前に、私はショットガンを手にアリウス生に接近した。
急加速に銃口が追いつかず、アズサの放った銃弾が空を切る。
両者の距離が1mもないところまで接近を果たした私は、剣を使うようにショットガンの銃身を振り回してアサルトライフルを跳ね上げた。
「……ッ!」
「やはり裏切ったな、アリウス」
剣を打ち付け合うような私の立ち回りは、初見ではほぼ対応不可能だ。
こんな荒業、普通の銃でやれば銃口がへし曲がる危険性がある。
強化した銃身の耐久度はおそらく私の愛銃がキヴォトスで一番だ。
ショットガンを構え直し、アズサの胸のあたりに銃口を向ける。
彼女はライフルを手放し、素手でこちらに掴みかかってきた。捕縛術だろうか。
取り回しの悪いアサルトライフルよりも、組み合いの方が勝算が高いと判断したのだろう。
しかし、この距離なら絶対的に散弾銃が有利だ。
剣で突きを繰り出すように、銃口を突き付けて発砲。胸元あたりに散弾をぶちかます。
まともに攻撃を食らったアズサは壁に激しく衝突し、そのまま地面に倒れ込んだ。
「ガ……ハッ……!」
私は倒れ込むアズサの元に近寄ると、ガスマスクをはがし、銃口を突き付けた。
「私を排除してどうする気だったのだ。言え」
マスクを取った相手は、拍子抜けするほど普通の少女に見えた。銀色の髪。紫色の瞳。小さな花の髪飾りは、私なんかよりもずっと可愛らしい。
こんな無骨なガスマスク姿よりも、トリニティの制服の方が似合いそうに見えた。
「……私は百合園セイアのヘイローを破壊する任務を受けていた」
無感情な彼女の顔をじっと見つめる。
「でも、心の奥底ではそうする気はなかった。違うか?」
直感のままに問い返すと、無感情な目は小さな驚きを見せた。
「お前の目に憎悪はない。殺気なんてもっての他だ」
彼女はティーパーティーを憎んでいない。彼女はトリニティを憎んでいない。
「改めて問う。お前は、どうしたい?」
「……私は、誰も殺したくない。この計画を阻止したい」
こうして、私と白洲アズサ。たった二人の裏切り者による、小さな秘密同盟が生まれた。
「チサキちゃん……どういうこと……なんでセイアちゃんがヘイローを壊されて……ねえ、なんで……私そんなこと一言も言ってないよね!?」
私とお姫様の間に、大きな傷を残して。
どのみち、セイア様を中途半端に見逃したところでもう一度狙われる。
私が真実を暴露すればミカ様は罪を問われる。だから、これが最適解だ。
最終的にミカ様は幸せになる。それは間違いないはずだ。だから、私に間違いはない。
そのはずだ。
たとえ行き着く先が地獄の底でも、私は最後の瞬間までミカ様の味方だ。
──結局のところ、私はこの時点で選択を誤っていたのだろう。
セイアを匿う役割をミネに依頼する人物をチサキに変更