お姫様のナイトであろうとした女が聖園ミカのために死ぬまで   作:恥谷きゆう

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輝かしい記憶

 補習授業部の第一次特別学力試験は、ヒフミとチサキのみが合格点を突破した。

 コハル、アズサ、ハナコの三人は不合格だ。

 

 全員合格が補習授業終了の条件である。

 つまり、今回の試験は全員落第となった。

 

 あんなに必死に勉強したのに!? とヒフミは嘆いたが、決まってしまったものは仕方ない。

 

 第一次試験に不合格だった場合、補習授業部は全員で勉強合宿だ。

 5人は合宿場に向かうことになった。

 

 合宿場はトリニティに昔からある建物だ。

 寝室、広い体育館、大きなプールまでついている豪華仕様。

 

 しかし、最近は利用者がいないらしく、かなり埃が溜まっていた。

 その様子を見たハナコは、早速提案した。

 

「こんなに汚れが溜まっていては勉強に集中できません。まず、みんなでお掃除から始めませんか?」

 

 合宿場についてすぐのハナコの発言によって、補習授業部は大掃除に追われることになった。

 教室の掃き掃除。トイレ清掃。埃一つ残すまいという謎の熱意により、みるみる綺麗になっていく合宿場。

 

「チサキさん! モップの出番です!」

「任せてくれ……我が剣の誇りにかけて!」

「た、楽しそうですね……」

 

 チサキはノリノリだった。

 机がどかされた教室内をチサキのモップが軽快に駆ける。

 薄汚れていた教室が自らの手で綺麗になっていくのは爽快だった。

 

 5人の熱心な掃除によって、長い間使われていなかった合宿場は、どんどん綺麗になっていった。

 

 

「プールはどうせ使わないんだから掃除する必要ないんじゃないか?」

「いえいえ。どうせだから全部綺麗にしましょう!」

 

 最後に残ったプール掃除を、5人は楽し気に協力して始めた。

 

 濡れるから、とスクール水着に着替えた彼女ら(ハナコのみ、なぜか制服)は、水を抜いたプールの底に下りた。

 普段であれば足をつけることが叶わないプールの底。

 不思議な非日常感が補習授業部の高揚感を引き立たせた。

 

「アズサちゃん、次の区画の掃き掃除をお願いします!」

「任せてくれ。私は先陣を切るから援護を頼む!」

 

 ブラシを持ったアズサがプールの底を走る。

 司令塔を任されたヒフミはすぐに次の指示を出す。

 

「チサキ様、アズサちゃんを手伝ってあげてください!」

「承知した。ミカ様の侍従の名にかけて!」

 

 威勢よく返事したチサキもブラシをかける。

 すっかり彼女の剣になったブラシは、機敏な動きで汚れを取っていく。

 

「あらあら、みなさん暑そうですね♡」

 

 いたずらっぽい笑顔を浮かべたハナコは、どこからかホースを持って来て、飛び出す水を他の面々にひっかけた。

 

「つめたっ! なにするのよ!」

「ちょっ、ハナコさん……」

「敵を確認した。迎撃する」

 

 すかさずアズサが反撃する。

 彼女の持ったホースの水が、ハナコに向けて水を飛ばした。

 水に濡れたハナコの制服が肌に張り付き、彼女のおうとつに富んだ体つきが露になる。

 

「あら……フフッ、盛り上がってきましたね♡」

「ちょっ……ヤバい恰好になってるから! エッチなのはダメ! ていうかなんでまだ制服なのよ!」 

 

 それを見たコハルは、顔を真っ赤にして声を荒げた。

 思春期な彼女は、エッチなものを見るとすぐ声を荒げる習性があった。

 

 プールはすっかりカオスな様相になってしまった。各々水をかけあってきゃあきゃあと騒ぐ。

 すっかり掃除どころではなくなってしまった。

 晴天の下を舞う水飛沫はキラキラ輝いて、彼女らの笑顔を彩っている。

 

「……アハハハハ!」

 

 カラカラと笑うチサキは、以前の張り詰めた空気など全く纏っていなかった。

 

 たまたま同じ教室に入れられただけの5人。それでも、交流を重ねていくうちにお互いのことを知っていく。

 

 こんな時間がずっと続けば良かったのに。

 チサキは、後になってそう思った。

 

 

 ◇

 

 

 掃除を終えた後、補習授業部は真面目に勉強を進めていた。

 

 

「チサキ、今日も勉強お疲れ様。大丈夫? 頑張りすぎて疲れてない?」

 

 勉強を終えて一息ついたチサキに話しかけてきたのは、先生だった。

 大人らしい余裕のある笑顔を見せる彼に対して、チサキは丁寧に頭を下げた。

 

「先生……お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です」

 

 元々成績の良いチサキは、自分の勉強には然程苦労していない。

 しかし彼女はコハルやアズサにも勉強を教えていた。先生はその分の負担も心配していた。

 

「チサキは真面目過ぎてパンクしそうだからね。何かあったら私に相談してね。力になるから」

「フフ、そういう先生も目の下にクマがありますよ。シャーレの仕事は大変ですか?」

「あ、いやこれは……」

 

 痛いところを突かれた先生は冷や汗をかいて動揺した。

 それに対して、チサキは面白そうにカラカラと笑った。

 

「ハハッ……先生は優しいですね」

「大人だからね。これくらい当然だよ」

 

 先生にとって、大人が子どもを助けるのは当然のことだった。

 

「そうなのでしょうか。……先生は、なんだか王子様みたいですね」

「お、王子様?」

 

 急に似合わない単語を出してきたチサキに、先生は思わず聞き返した。

 

「はい。お姫様を華麗に救い出す童話の王子様です。先生は適任ですよ」

「どっちかっていうとチサキの方が王子様っぽいけどね」

 

 チサキは常に所作がキビキビしていて育ちの良さを感じさせる。

 短髪に凛々しい顔立ちは、たしかに王子様と言っても通じるかもしれない。

 

「いいえ、私はミカ様のナイトなので」

 

 

 

 閑話 士道チサキの原点

 

 

 不遇な扱いを受けてきたお姫様が王子様に助け出され、幸せなキスを交わして終わるハッピーエンドの童話。

 展開に多少の差異はあれど、多くの幼い少女たちが親しんできた典型的な物語だ。

 お姫様、王子様、といったワードは、何か子どもを惹きつける魔力のようなものがあるのかもしれない。

 

 大多数の女児に習って、幼いチサキもまたそういった物語に触れてきた。

 けれど、彼女が惹かれたものは他の人とは少し違った。

 

「……ナイト様、カッコいい」

 

 周囲に迫害される姫を守る護衛の騎士。

 そのあり方こそが、彼女の心を強く掴んだ。

 寡黙に職務を全うし、姫を守り、最後には彼女のヒーローである王子に全てを託した。

 

 人によっては、騎士は単に王子の当て馬にされたに過ぎないと言うかもしれない。

 お姫様の一番辛い時期に彼女を守ってきたにも関わらず、最後は王子様にお姫様を託すしかない損な役回り。

 

 それでも、きらびやかなお姫様より、爽やかで嫌みのない王子様より、無骨で実直な騎士の方が、チサキには魅力的に見えた。

 

 それから、チサキはちょっと変わった子どもになった。髪を短くして、男みたいな口調で喋って、弱いものいじめを諌め、道義に背くことに厳しく接した。

 

 それは憧れた騎士道を体現するかのような振る舞いであり、そして内面はずっと気弱な彼女を守る鎧でもあった。

 

 彼女のお姫様に出会った後でも、その精神性に変わりはなかった。

 お姫様を救い出すのはいつだって王子様(しゅじんこう)の役割だ。

 それでも、彼女は理想のナイトであろうと努めるのをやめなかった。

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