お姫様のナイトであろうとした女が聖園ミカのために死ぬまで 作:恥谷きゆう
「桐藤ナギサの言う『トリニティの裏切り者』は私のことだ」
アズサの告白に、補習授業部の面々が最初何を言っているか分からないような表情をする。
しかし、チサキは静かに表情を引き締め、コハルはすぐに得心いったような顔をした。
「私はアリウス分校から転校してきたスパイだ。私の本来の任務は、ティーパーティーの桐藤ナギサのヘイローを破壊することだ。襲撃の決行日は明日の9時。私はアリウスの生徒と合流して桐藤ナギサを襲撃する」
「ちょ……ちょっと待ってください! 私には全然なんのことか……」
立て続けに暴露される事実にとてもついていけなくなったヒフミが声をあげる。
「アズサちゃん。ちゃんと説明してあげてくれませんか?」
ハナコの言葉に頷き、アズサの説明が始まる。
アリウス分校はかつてトリニティを追放された分派であること。
その経緯から、トリニティを憎んでいること。
また、当初からアリウスはゲヘナを敵視していたこと。
それゆえに、両校の和平条約であるエデン条約はアリウスの攻撃対象になったこと。
また、先日のセイア襲撃もアリウスの手によるものであること。
「私は、桐藤ナギサのヘイローを破壊する計画を防ぎたい。明日になったら、私はアリウスの襲撃を妨害する」
「でも、アズサちゃんはティーパーティーを瓦解させるためにここに来たんですよね? どうしてナギサさんを守ろうとするんですか?」
ハナコの問いに、アズサは目を伏せた。
「私は、トリニティとアリウスに争って欲しくなんてない。人が死ぬのも嫌だ」
「アズサちゃん……」
憎悪を刷り込まれ、スパイに仕立て上げられ、それでも尚失わなかったアズサの平和を願う心。
それを確認できたハナコは、小さく頷いた。
「だから、みんなが裏切り者と疑われて退学の危機に陥ったのは私のせいだ。恨むなら私を恨んでくれ。それに、明日の試験にも行けそうにない。……本当に、申し訳ない。私は補習授業部に色んなものをもらったのに、みんなに何も返せない」
アズサの顔が暗くなる。
アリウスで育ったアズサにとって、ここで得たものは全部キラキラと輝いていた。
初めての「学び」は新鮮で、初めてできた友達との思い出は既に彼女の宝物になった。
だからこそ、彼女らの過ごすトリニティを混乱の渦に叩き込むわけにはいかない。
たった一人であろうとも、アズサはアリウスの計画を阻止するつもりだった。
けれど、そんな風に語る彼女を、補習授業部は決してひとりにはしなかった。
「──いいえ、アズサちゃんは何も諦める必要なんてありません。襲撃の阻止も、試験に合格するのも、どっちもやればいいんです」
「……え?」
ハナコは不敵な笑みを浮かべていた。
頭脳明晰な彼女の中では、既に計画は固まりきっていた。
彼女は真剣な顔をして語り始める。
「今まで、私たちは色々なことに巻き込まれて来ました。エデン条約調印式による緊張状態。それによるティーパーティーの暴走。トリニティ内部の政争。かつて追放されたアリウスの憎悪」
補習授業部は今まで単なる被害者に過ぎなかった。
訳も分からず事態に振り回されてばかりだった。
「でも、巻き込まれるだけはもうお終いです。──今度は私たちから仕掛けましょう。私たちでナギサさんの襲撃阻止も、試験合格も、どちらもやってみせるんです」
ハナコの瞳が、補習授業部を見渡した。
「私たちならできるはずです。なにせ、ここにはトリニティの全てを知る人、ティーパーティーの寵愛を受ける自称普通の人。正義実現委員会のエリート。ゲリラ戦の天才に、ティーパーティーのナイト様、シャーレの先生までいるのですから」
補習授業部の面々は、全員が小さく頷いた。
決してアズサをひとりにはしない。そんな決意の籠った表情だった。
各々が意思を固める中、チサキはまた違った覚悟を決めていた。
ヘイローを破壊なんて絶対にさせない。
それは、セイアの襲撃の時から決めていたことだ。
ミカが悲しむ。彼女はナギサが死ぬことなんて絶対望んでいない。
たとえ本人に拒絶されようと、チサキにとって最も優先するべきはミカの幸福だった。
だからこそ、チサキはミカと敵対する覚悟を決めた。
他の生徒には聞かれないように、彼女は先生に話しかけた。
「先生。トリニティの本当の裏切り者について、答え合わせをしましょう」
◇
ティーパーティーのホストともなれば、トリニティの敷地内にいくつもセーフハウスを用意しているものだ。
特に用心深いナギサともなれば、誰にも居場所を明かさないことも珍しくない。
恨みを買っている自覚はある。
自分は5人の生徒を理不尽に追い詰め退学にしようとしている悪女だ。
それでも、とナギサは思考を巡らす。
「……エデン条約調印のために、裏切り者は絶対に炙り出さなければなりません」
誰もいない部屋の中で、ひとり紅茶に口をつける。
深夜まで起きている彼女の頭の中がカフェインの影響で多少スッキリする。
あれだけ好きだった紅茶の味も、今はどうでもよくなってしまった。
ただ不安を紛らわせるためにルーティーンをなぞっているだけ。
けれど、今日を乗り越えれば少しは落ち着ける。
明日行われる試験に不合格なら、補習授業部は退学だ。ナギサの細工で試験会場には入れないようになっているから、彼女らが合格する可能性は絶対にない。
裏切り者はトリニティから消える。
そうなれば、あとはエデン条約調印式を待つのみだ。
この肩にのしかかる重圧も楽になるはず。
罪悪感も胃の痛みも目の下のクマも、いずれなくなる。
静まり返った深夜のセーフハウスに、こんこん、というノックが響いた。
おそらくナギサの侍従だろう。
ナギサは落ち着いた様子で扉の向こうに呼びかける。
「紅茶はもう結構ですよ」
しかし、扉の向こうから出てきた人物に、ナギサの頭は真っ白になった。
「浦和ハナコ……! なぜ、ここが……!?」
「ああ、この場所が分かった理由ですね? トリニティに存在するティーパーティーのセーフハウスは全て把握していますから。それに、ナギサさんが一番不安な時は、この屋根裏部屋に来ることも」
「ッ……!」
すべて、見抜かれた。己を遥かに上回る頭脳の持ち主がトリニティの裏切り者だった。ナギサの頭に冷たい絶望が広がる。
「動くな。護衛は全て倒してあるから抵抗しても無駄だ」
動揺するナギサの後頭部に、冷たい銃口が押し付けられた。
「白洲アズサ……まさか、裏切り者は二人……!」
目を白黒させるナギサに対して、ハナコはひどく楽しそうに笑いかけた。
「裏切り者がたったの二人? いいえ。私たちは所詮駒の一つに過ぎません。あくまで彼女の命令に従っているだけですから」
「かの、じょ……?」
呆然と問い返すナギサに、ハナコは楽しそうな笑顔のまま告げた。
「それでは、真の黒幕からの言葉をお伝えしましょう。『あっはは……えっと、それなりに楽しかったですよ。ナギサ様とのお友達ごっこ』」
瞬間、ナギサの頭を情報が駆け巡った。
阿慈谷ヒフミ。
ナギサの大切な友人。己にはない優しさを持つ少女。
大好きなキャラクターについて語る時は目をキラキラさせて、感情豊かに話す女の子。
ナギサが疑ってしまった友人。
「あ……ああ」
思い出の中のヒフミが屈託のない笑顔でナギサに笑いかける。
『ナギサ様!』
『ナギサ様、おはようございます!』
『ナギサ様! これ見てください!』
『ナギサ様っ! これ、ペロロ様の限定バッジなんですっ!』
彼女の天真爛漫な笑顔はナギサの救いだった。腹の探り合いなんてする必要のない、正直で優しい、普通の女の子。
『──あっはは……えっと、それなりに楽しかったですよ。ナギサ様とのお友達ごっこ』
「ヒフミ、さん……」
ナギサの幸福な記憶に罅が入る。
背後から銃声が響き、ナギサはその場に崩れ落ちた。
「ハナコ、あそこまでやる必要はあったのか?」
「いえ、ちょっとした仕返しです♡」
無事にトリニティの最高権力者を拉致することに成功した補習授業部だったが、計画はこれからが本番だ。
人気のない夜のトリニティ校内にガスマスク姿の生徒が複数入り込む。
ドクロを象徴とする校章を身に着けた彼女らはアリウス生。
ナギサのヘイローを破壊するべく派遣されてきた彼女らは、早速ポイントに向かおうとした。
しかし、それを迎え撃つ影があった。
曲がり角に隠れていた士道チサキが、一瞬でアリウス生に接近する。
夜闇に乗じた奇襲に、アリウス生は散弾銃の有効射程まで彼女を近づけてしまった。
「き、奇襲だ! 前方にひとり! 撃て!」
最初に標的にされたのは、声を上げたリーダーだった。
ショットガンを持った影が、地面を滑るようにして彼女の元に接近する。
迎撃せんとするサブマシンガンの弾がチサキの頬を掠めた。
「フッ……!」
「ゴフッ……」
懐に入り込んだチサキが胴体に散弾を打ち込む。
至近距離からの散弾による攻撃は、キヴォトスの生徒と言えど無事ではすまない。
リーダー格の生徒が意識を飛ばすと、チサキはすぐに彼女の身体を片手で持ち上げ、盾のようにした。
「「ッ……」」
アリウス生のチサキを狙う手が一瞬止まる。
人殺しの訓練を受けたとはいえ、味方を躊躇なく撃てるほど彼女らは非情に成りきれなかった。
手が止まれば隙が生まれる。
チサキは気絶した生徒の身体を別のアリウス生へと蹴り飛ばす。
彼女がそれを回避し前に向き直った頃には、彼女の目の前ではショットガンを構えたチサキが鋭い目でこちらを見据えていた。
重い銃声が響き、もう一人の生徒が気絶する。
ポンプアクションで空薬莢を排出したチサキは一瞬で状況を分析する。
残りは3人。武装はサブマシンガン、ロケットランチャー、アサルトライフル。
ロケットランチャーを持った生徒は狭い廊下での発砲を嫌い、副武装の拳銃を構えている。アサルトライフルの生徒はやや手が震えている。
次に落とすべきは、サブマシンガンの生徒。
判断を下した次の瞬間には、チサキは大きく一歩踏み出していた。
サブマシンガンの銃弾が彼女を迎え撃つ。
弾丸を避けきれなかったチサキの身体に小口径弾がめり込む。
身体に衝撃が走る。しかし、チサキの頑強な身体は動きを止めなかった。
「グッ……こんなもの……どうと言うことはない!」
痛みを感じても足を止めず、接近を果たしたチサキのショットガンが火を噴く。
気絶した生徒には一瞥もくれず、続けてアサルトライフルの生徒に接近してもう一発。
しかし、最後の生徒を見据えたチサキは驚愕する。仲間を全員倒されたアリウス生は、自爆も恐れず近距離からロケットランチャーを構えていた。
「なっ……!」
「私たちの憎しみを……舐めるな……!」
爆発。チサキを中心しとして爆風が広がり、気絶したアリウス生をも襲う。
「ハハッ……見たかトリニティ」
「──あまり好きではないな」
爆風の中から声がする。耳を疑ったアリウス生の目の前には、ギラギラと目を光らせるチサキの姿があった。
彼女の腕がノビ、アリウス生の首をがっしりと掴んだ。
「がっ……あ……!」
「仲間を傷つけるその姿勢は、好きではない」
拘束したアリウス生の胸に散弾を一発。
そうして、チサキはアリウスの分隊一つを壊滅させた。
爆発と銃弾のダメージは少しあるが、まだまだ戦える。もともとチサキはかなり頑丈な方だ。
ポケットから携帯を取り出して状況を報告する。
「アズサ、ポイントデルタで敵小隊を壊滅させた。かなり音を出したから、他の部隊も寄ってくるはずだ」
「分かった。無理はせずランデブーポイントに向かってくれ。こちらも準備を進めている」
「承った。……頼んだぞ、アズサ」
今回の作戦の本命は、アズサによる徹底的なゲリラ戦法だ。チサキはあくまで陽動役に過ぎない。
通話を終えると、廊下の奥から足音がした。チサキは接近してきたアリウス生にわざと姿を見せてから、逃走する。
「トリニティ生だ! 追え!」
「挟撃しろ! 隊を分けるんだ!」
誘導されているとも知らずに、アリウス生は続々とチサキの背中を追った。
アズサが事前に設置していたトラップや、チサキによる遊撃によってアリウスの襲撃部隊は少しずつ数を減らしていく。
しかし、補習授業部で相手にするにはあまりにも敵の数が多かった。
アリウス生によって徐々に包囲されていった補習授業部は、ついに全員が体育館に追い詰められた。
「ハナコ、本当にこれで良かったのか?」
「ええ、私の想定通りです。ありがとうございます、アズサちゃん」
多くのアリウス生に囲まれた補習授業部は、銃を構えて交戦の意思を示す。
絶体絶命の状況に見えたが、彼女らに諦める様子はなかった。
そんな中、アリウス生の中からひとりの生徒が出てきた。ガスマスク姿の彼女らとは恰好が違う。
白い制服に身を包み、純白の翼を背負い、ピンク色の髪をシニヨンに纏めている。
ティーパーティーのひとり。チサキが主と仰ぐ人。
聖園ミカの姿が、そこにあった。