お姫様のナイトであろうとした女が聖園ミカのために死ぬまで 作:恥谷きゆう
その後、補習授業部は無事に特別学力試験を受けることができた。
5人ともに夜通しで銃撃戦を繰り広げていた為疲労困憊ではあったが、結果は全員合格。
正々堂々と、一切後ろ暗いところなどなく、彼女たちは試験に合格し、トリニティへの在学を決定させた。
5人は、それはもう大喜びした。
普段なら「エッチなのはダメ!」と言いそうなコハルまでもハナコに抱きついていたのだから、その喜びようが伺い知れる。
また、スパイであることを告白したアズサは、トリニティに残ることが決定した。
どのみち、今のアズサをアリウスに帰すわけにもいかない。
伝え聞くアリウスの現状では、裏切り者のアズサは殺されてしまう可能性が高い。
書類の整理や身元の保証などは、シスターフッドのサクラコが協力してくれた。
これもハナコとの契約だ、と彼女は語っていた。
クーデターに関する後始末がある程度落ち着いた頃。チサキはナギサに呼び出されていた。
「チサキさん。この度は申し訳ございません。私のせいでたくさんご迷惑をおかけしました」
丁寧に頭を下げて謝罪をするナギサに対して、チサキはあわてふためいた。
「な、ナギサ様、顔を上げてください。あなたが私に対して頭を下げることはありません」
「いえ、私の過ちでチサキさんにあらぬ疑いをかけましたから。それに、補習授業部のみなさんには本当にご迷惑をおかけしました。謝って済む話ではありませんが、それでも改めてお詫び申し上げます」
気まずそうな態度を見せながらも、チサキはナギサの謝罪を受け入れた。
「……正直、私はあなたがミカさんを裏で操ってエデン条約成立を妨害しようとしていると思っておりました」
「……そうだったのですか」
複雑な表情を見せるチサキに対して、ナギサは淡々と語った。
「ええ。あなたはミカさんよりもずっと政務に長けていましたから。政治的に私を妨害できる存在など、あなた以外にいない。……そう、思い込んでおりました」
わずかに眉を下げたナギサ。彼女の頭の中では、幼馴染を疑うことができず関係のない他人に罪を着せてしまった罪悪感が渦巻いていた。
「もっとも、最近はほとんど政務には携わっていなかったようですね」
「はい。最近のパテル派の実務はほとんどミカ様が行っておりました。セイア様襲撃以降ですね。ナギサ様も御存知かと思われますが、現在の派閥にはトップ不在による混乱が生じています」
クーデターを起こしたミカは、現在トリニティの牢獄内にいる。
パテル派はトップ不在の状態だ。
「エデン条約成立目前の時期に統制が取れていないのは危険です。そのため、私は暫定的に指揮を取っております。しかしながら、当然反発もありとても一枚岩とは言えません」
ミカの権威は失墜した。これを機にティーパーティーの座を狙う野心家も珍しくない。
特にパテル派にはゲヘナに敵対心を抱く生徒が多く、エデン条約に対する反発も大きい。
それに、次のティーパーティーとして認められていたチサキを、裏切り者のミカと同一視する声もある。
状況はあまりかんばしくない。
「この難しい時期にナギサさんに負担をかける結果にはならないよう尽力しますが……何か刺激があれば暴走する可能性は十分あります」
「十分です、チサキさん。あなたがいてくださって本当に助かっております」
ナギサの見解とも一致している。
「以前まで、あなたはミカさんのためにのみ政務を行っていたのでしたね。何か、心境の変化などありましたか?」
ナギサは既にチサキがティーパーティーの座になど興味がないことを知っている。
それゆえに、彼女がエデン条約のためにここまで尽くしてくれることが不思議だった。
「たしかに、以前であればミカ様の下で働く以外に価値など見いだせなかったのですが……今はトリニティの皆さんが幸せに暮らせるために、私にもできることがあるかもしれないと思っています。エデン条約の成立はその一歩です」
補習授業部での日々が思い出される。
大切な友人たちとの思い出。あの景色を守るためならば、チサキは頑張れるかもしれない。
「そう……大事な友人を得たのですね」
「はい。主君であるミカ様とはまた違う、大事な友人たちです」
◇
トリニティ内部に存在する牢獄は清潔に保たれている。
部屋によってはテレビが置いてあるなど、罪人の待遇としてはかなり温情あるものだ。
「ミカ様、お久しぶりです」
面会に来たチサキは、鉄格子に囲まれた部屋の中にいる彼女に呼びかける。
獄中にあってもなお可愛らしさを損なわない聖園ミカは、振り返るとアンニュイに笑った。
「チサキちゃん。わざわざ来たんだ」
「はい。きちんと話をするために来ました」
たとえ権威を無くしたとしても、チサキにとっての主はミカのみだ。
ミカのために生きる以外の道を見つけた今の彼女でも、それは変わらない。
「そう? でももう話すべきことは全部話したんじゃないかな? チサキちゃんは私の計画を阻止して、少しでも私の罪を軽くしようとした。セイアちゃんの件を隠したりとか、ナギちゃんを守ったのはそういうことだった。今なら理解してるよ?」
ナギサと同じく疑心暗鬼に囚われたミカだったが、それでも分かってしまった。
体育館で見せたチサキの姿に。徹頭徹尾、このナイト様は自分のために動いていたのだと気づいてしまった。
「はい。しかしながら、ミカ様を裏切ったのもまた事実です。そこに違いはありません」
理由はどうあれ、ミカの命令に背いた。その事実を否定する気はなかった。
「それに、私は今でも考えるのです。――セイア様襲撃の日。ミカ様に全てを話していれば、こんなことにはならなかったのではないか、と」
思い浮かぶのは、セイア死亡の報を届けた時のミカの錯乱した様子だった。
あの時真実を告げていれば、アリウスとミカの目的が違ったことをしっかり話せば、彼女は疑心暗鬼に囚われることもなかった。
ミカの罪を軽くするためなら、中途半端に隠すべきではなかった。
ミカに拒絶され、彼女とまともに接することのなくなったチサキは、セイア死亡の事実がどれだけミカの心に傷をつけたのか分かっていなかった。
「私は、謝りたかったのです。あの日、ミカ様に嘘をついたこと。致命的な失敗を犯したこと。私のせいでミカ様が……」
「――やめてよ」
ミカの冷え切った声が鉄格子越しに聞こえた。
「私がやったことだよ。チサキちゃんに勝手に背負われることじゃない。私がティーパーティーのホストになりたかったのは本当だよ。ゲヘナが大嫌いで、エデン条約なんて嫌だと思ったからね。セイアちゃんが生きてても死んでも関係ない」
違う、とチサキは直感的に悟った。
ミカの本心は分からない。それでも、きっと違うのだと思った。
『楽園に辿り着いた者の真実を証明することはできるか』
楽園の証明が不可能なように、他人の心の証明は不可能だ。
チサキには、本当の意味でミカを理解することはできない。
「ミカ様。もしここを出ることができたとしたら……もう一度、私をあなたの傍に置いてくださいませんか」
それでも、理解したい。ミカが何を思っていたのか。本当は何を望んでいて、何が欲しいのか。
薄っぺらい理解ではなく、その奥底まで理解したい。
「……やめたほうがいいよ。私はもう、ティーパーティーの聖園ミカじゃなくなったんだから」
「それでも、です」
チサキはすぐに返すが、ミカからの返事はなかった。
彼女は壁の方を向いてしばらく黙ったかと思うと、不自然なまでに明るい様子で言い放った。
「ごめんチサキちゃん、今日見たいテレビあったんだ! そろそろ始まるから、話はまた今度にしてくれないかな☆」
「……かしこまりました。失礼します」
言いたい言葉も、噴出した感情も、チサキは飲み込んだ。
それ以上言葉を紡ぐことなく、チサキはその場を去った。