トレジャーハンターをハントしようとする激重勇者 作:酉柄レイム
「だーかーら!! 俺は一緒に行かねぇつってるだろ!!」
「だーかーら!! 私は一緒にきてほしいって言ってるでしょ!!」
「言ってもわかんねぇなら体に刻み付けてやろうか!!?」
「本気出すけどいい?」
「ふざけんな!! 俺を塵にする気かアホ勇者が!! 許してください!!」
昼、東の王都、その酒場。ガラの悪い冒険者たちの肴になっているのは、中心で言い争っている男女だった。
男、ソルテ。藤色の長い髪を後ろで一つに束ね、関節部を守る鈍色のプロテクターという軽装に、弓を背負っている。黒い瞳を持つ目は苛立つように吊り上がり、怒りながら命乞いをする高等技術を簡単にやってのけるトレジャーハンターである。
女、ソフィア。輝く金の髪を肩のあたりで切りそろえ、意志の強い碧眼でソルテを射抜いている。華奢な見た目にはそぐわない両手剣を背負い、命乞いをしたソルテを許した勇者である。
そんな二人の言い争いは、ここ数日冒険者の楽しみとなっていた。その内容は、『一緒に世界を救いに行こう!!』というソフィアの主張と、『誰が一緒に行くか!!』というソルテの主張がぶつかり合っている、というもの。
「大体いつまで俺にこだわってんだよ!! 知ってるかお前、国王が『この前送り出したはずなのに、あの子まだ王都にいる……』って困惑してんだぞ!! 聞いたことあるか、送り出した勇者が一週間も出て行かねぇって!!」
「ソルテが行くって言わないから悪いんでしょ!! 私だって旅の資金を王都の宿とお酒に使うなんて思ってなかったもん!!」
「嘘言ってんじゃねぇテメェ、あまりにも国王がかわいそうだからお前の分は俺が払ってんだろうが!!」
「そういう優しいところが好き!! 行こう!!」
「だーかーら!! 俺は一緒に行かねぇっつってるだろ!!」
事の発端はちょうど一週間前。千年前に撃退した魔族が再び動き始め、その侵攻を阻止するべく勇者の血を引くソフィアが立ち上がったこと、ではなく。そのソフィアにソルテが見つかったことが原因だった。
ソルテの得意な魔法は『認識阻害』。他から意識されなくなる、隠れる際やものを隠す際に非常に便利な魔法であり、高度な魔法技術を持つソルテは食い逃げして『認識阻害』を使いただ飯を食らうことが日課だった。
しかし、『私、世界救ってきます!』と国王に挨拶するために王都に来ていた、ソルテよりも高度な魔法技術を持つソフィアに『認識阻害』を破られ、「とっても綺麗な魔法だね!!」と、ソルテは目を輝かせたソフィアのラブコールを受けることになったのだ。
「いいか、何度も言うが俺は『逃げる』『隠れる』『隠す』『奪う』、この4つしかできねぇんだ! 世界を救う男の得意なことがこんな情けねぇもんでいいと思ってんのか!?」
「生きるのに一番必要な力だよ! 私はそれ全部苦手だもん!」
「生きるのに一番必要な力を持ってねぇやつが旅に出ようとしてんじゃねぇよ! 死にてぇのか!!」
「だから一緒にきてって言ってるじゃん!」
「だから一緒に行かねぇって言ってるじゃん!!」
「なんで!!」
「わざわざ自分の命をベットして世界を救おうなんていう高尚な精神を宿してねぇからだよ!! こんな情けねぇこと言わせんな鬼かテメェ!!」
ソフィアはなにも、ソルテと一緒にいたら楽しそうだからなどのバカみたいな理由でわがままを言っているわけではない。
強い、綺麗、可愛い、強い、すごく強い、めちゃくちゃ強い。でも料理はできない、掃除もできない、お金の管理が苦手、騙されやすい。一人で旅をするには、ソフィアは致命的すぎるほど『生きる』能力に欠けていた。だからこそ、『生きる』能力に長けたソルテがほしかった。
「あーあ。いいんだ。私がこの先、魔族じゃなくて生活が終わってて死んじゃったって報せ聞いてもいいんだ!」
「いっそそうしろ!! 勇者のお前がそんなことになったら魔族も『あ、人間ってこんなにバカなんだ』って侵攻やめるだろうぜ!!」
「……ソルテは、私が死んでもいいんだ」
「おい待て待て。泣くのは違うだろ。泣くのはズルいだろ。違うじゃん。勢いっつーか言葉の綾っつーか、な? 泣き止んでくれよ勇者サマ」
「一緒に行ってくれるなら泣き止む」
「一生泣いてろ」
冷たく言い放ったソルテが立ち上がり、ソフィアに背中を向けた。それと同時にソルテの四方八方に魔法陣が展開され、諦めたように笑ったソルテは両手を挙げながらまた席に座る。生物に言うことを聞かせるのに一番有効な手段は、いつのときも暴力であった。
「一緒に行かないなら、ソルテの命はここまで」
「俺は怖いよ。魔族ってのは今俺の命を握ってるお前よりも恐ろしいんだろ?」
「私のどこが怖いの?」
「俺に四方八方から凶器向けといてそれはねぇだろ」
あと店の迷惑になるからやめろ。というソルテの言うことを素直に聞いて、ソフィアは凶器をしぶしぶ収めた。子どもの頃からトレジャーハンターをやってきて19になったソルテだが、どんなダンジョンよりも命の危険を感じた一瞬だった。
(どうやったら諦めてくれるんだこいつ……)
ソルテが断り続けているのはただ一点。『自分が可愛いから』である。容姿的な意味ではなく、他の何よりも自分が優先であり、別に魔族に支配されても自分なら生きていける自信があるからだ。幸いにも家族は会ったこともないし、親しい友人も自分と同じような『生きる』ことに長けている。それなら自分が苦労してまで世界を救わなくても、今まで通りの生活を送ってあとはどうなるかを他人に任せた方がよっぽど気楽。
要は、このまま生きていれば死なないけど勇者の旅についていったら死ぬかもしれないから行きたくない、というだけのこと。
(でも何を言っても折れねぇんだもんなぁ……)
確かに、ソルテの目の前にいるソフィアという女は今現在ソルテの手を握ったり開いたりして暇を潰している警戒感もクソもない、『生きる』ことに長けているように思えない世間知らずであり、他人のことはどうでもいいと思いつつ実のところ情に厚い男であるソルテはソフィアが心配でもあった。襲われても文句言えねぇぞと内心で毒を吐き、でも襲ったらやられるのはこっちだなと冷静に力の差をひっそりと思い知り、それならなんだかんだなんとかなるんじゃね? と思考をぐるぐるとさせるのが最近のソルテの日課になりつつある。
「なぁ、どうやったら諦めてくれるんだ?」
「諦めない!」
「死ぬほどわがままだな。勇者よりお姫様の方が向いてるぜ」
ソフィアの頬を片手で挟み、むにゅっと潰して間抜けな表情を作り上げながらソルテはため息を吐いた。
「……よし、わかった」
「わかった!!?」
「俺の得意なこと言ってみろ」
「えっと、『逃げる』『隠れる』『隠す』『奪う』!!」
「そういうわけだ。俺は逃げる」
「え?」
何度言っても納得しない。何度言っても諦めない。それなら逃げるしかない。
言葉とともに、ソルテはその場から消えた。比喩ではなく、本当に。
「……ソルテー!!!!!!!!!!」
酒場から聞こえてくるソフィアの叫び声を聞きながら、よく響く声だなと苦笑してソルテは王都を出た。その手には一本のナイフが握られており、それをくるくると回してから懐に収める。
ソルテが以前潜ったダンジョンで見つけたお宝、『ヘルメスの短刀』。その短刀で傷をつけた場所に移動できるが、移動できる範囲はそれほど遠くない。
(さて、すぐ逃げねぇと追いつかれるからな)
足に力を込めて、地を蹴る。魔力は使わず、己の体のみでソルテは移動を始めた。
(あいつは魔力感知の力がずば抜けてる。ちょっとでも魔法を使っちまったらそれを捉えられて見つけられる)
だからこそ、得意の『認識阻害』も打ち破られた。本来なら『認識阻害』に使用した魔力も意識の外へ追いやるはずなのにも関わらず、である。
(んー、まだこの辺りで行ってねぇダンジョンは……『
次の目的地を決定したソルテは、「あとからソフィアがきたら流石に笑うなぁ」と苦笑しながら、凍嵐の塔へ足を向けた。
──時は
二人の男女が、とある洞窟の中で息を潜めていた。女が身に纏う鎧は砕けており、左腕が欠損している。右目には深い傷を負い機能を失っており、頭が文字通り切れ、溢れ出る血で顔を赤く染めながら、洞窟の壁に背を預けて座り込んでいた。
そして、男。地面に倒れこんでいる男は無事なところを探す方が難しいほど致命傷を受けている。女とは対照的に右腕が欠損し、左目には深い傷、異なるところと言えば、うつ伏せになったことで晒されている背中が焼け爛れ、皮膚の下の肉が丸見えになっていること。
「……あー、死ぬ」
そんな状況でありながら、男は訪れるであろう死に対しへらへら笑って見せた。
「だから言っただろ。俺は世界救うのに向いてねぇ、って」
「……」
「わーってるよ、折れた俺が、ワリィんだ。お前が美人で可愛いもんだから、ちょっと力貸してやるか、って思っちまったから。そんで、得意だった逃げることもできなくなってんのは、お笑いだけどな」
「喋りすぎ。死んじゃうよ」
「喋ってねーと逆に死ぬって」
呆れたように笑った男は震えながら残った左腕をなんとか持ち上げて、女の右手を握った。それと同時、二人の繋いだ手を包むように藤色の光が放たれる。
そっと男が手を離せば、女の手に銀色の懐中時計があった。
「ガキの頃、世話してくれたやつが、最後の現実逃避にってくれたんだ。どうやらそいつ、時を越えられるらしい。つっても、都合のいい過去でも未来でもねぇけどな……今未来に跳んだとしたら、そのまま終わりだろうな」
「何、これ」
「でも、時を、超えるには。命が必要らしい。意味わかんねぇよな。それじゃあ時を超えたって意味ねぇし」
「ねぇ」
「ただ、さ。命くらい大事なもんでもいいんだってよ。だから」
「やだ」
言い切る前に否定された男は、困ったように笑った。霞む視界で見えた涙を見ないように目を閉じ、「そうかぁ」と小さく息を吐く。
「俺の命じゃ、大事っていうには足りねぇか」
「怒るよ」
「怒ってもいいけどよ。それじゃあ、それ以外にどうにかする方法があんのか」
お互いに。掠れた声が、やけに響いて聞こえていた。
「どうせ、死ぬんだ。そんな命なら、世界を救うために使われるのも、悪くねぇ」
「……」
「お前だって、心ん中じゃわかってるだろ? お前がやるしかねぇんだ」
勇者なんだからよ。男はからかうように笑って言った。
「……違う」
「なーに言ってんだ。お前は勇者だろ」
「命くらい大事なんじゃなくて、命より大事だもん」
「……それじゃあ、その超過分。なんかおまけがあるかもな」
涙を拭いて懐中時計を強く握れば、洞窟全体が強い光に照らされた。その光はやがて二人を包み込み、空中で時計の針が踊り出す。
「俺は、警戒心が強い上に、素直じゃねぇ。間違っても、未来からきましたなんて言うなよ。ついてきてほしいなら、対価を提示しろ。この世は、ギブアンドテイクだ。それから」
「いいよ、ぜんぶ知ってるから」
「……そうかよ」
男が目を開け、二人の目が合った。
「いってきます、ソルテ」
「あぁ。また会おうぜ、ソフィア」
光がひと際強く放たれ、そして。
ソフィアは、見慣れた王都に五体満足で立っていた。
凍嵐の塔の周辺は、吹雪に覆われている。周囲の天候を無視したそれは凍嵐の塔に住む魔物によるものであり、自身の根城を守るための防御壁。吹雪の先に目を凝らせば、天に向かって伸びる、氷で装飾された巨大な塔が見える。
そんな凍嵐の塔の領域を前にしてソルテが見ているのは、吹雪を背に立っているソフィアだった。
「もういるじゃん……」
「遅かったね、ソルテ!」
流石に笑うつもりだったソルテは流石に笑えず、もはや恐怖を感じていた。吹雪の中に入る前なのにも関わらず、心が凍えあがっていくのを感じる。
「なんで俺にそんな執着すんだ?」
「ソルテが必要だから」
「……俺にメリットはあんのか? この世はギブアンドテイクだ。お前の生活能力を俺が担保するとして、お前は俺に何をしてくれんだよ」
「ソルテの命を何に代えても守る。私、強いから」
「……」
重くね? と言いかけたがなぜかやめた方がいいと口を閉じたソルテは、代わりに深いため息を吐きだした。
「ダンジョンの」
「ダンジョンのお宝はソルテのもので、お金の管理もソルテ!」
「……? わかってんならいいけどよ」
言葉を遮ったソフィアに首を傾げたソルテは、契約成立の証として握手、をしようとして腕を伸ばす前に手を掴まれた。
「これからよろしく! よろしくね!」
「お前、ヤバい目してるぞ」
とうとう激重感情に触れたソルテに、ソフィアは「えへへ」と可愛らしく笑い、またしてもソルテの恐怖を煽ることに成功した。
これは、激重感情を抱いている勇者と、なんとかして勇者から逃げようとするトレジャーハンターが、なんやかんやで世界を救う物語。
ソフィア
リープ前⇒頑張って世界を救うぞ!
リープ後⇒ソルテだけは命に代えても守る。
ソルテ
リープ前⇒しゃあねぇけど付き合ってやるよ。
リープ後⇒え、なに、重……逃げねぇと……。