トレジャーハンターをハントしようとする激重勇者 作:酉柄レイム
王都、その玉座の間にて。
国王はやっと出発してくれたソフィアの動向について報告を受けていた。
「国王様。勇者様についてご報告が」
「話せ」
威厳たっぷりに答え、許可を得た臣下が「はっ!」と忠誠心のある返事。ついこの前、勇者ソフィアは国王に対し「いってきまーす!」だけ言って目の前から消えたが、国王ってこうだよなと内心深く頷いた。
勇者ソフィア。魔族を討つために選ばれた、勇者の血を引く者。その勇者はなぜかまったく出発せず、あろうことか聞いたこともない男を勧誘し続けているという報告を受けていた。勇者がやっと出発したと報告を受けた時は、国を挙げてお祭り騒ぎをしたことは国王含め、王都の住人にとって記憶に新しい。
「あの少し知能に不安のある勇者様ですが」
「お前は一言多い。気をつけよ」
「失礼いたしました。では手短に……勇者様がソルテという男の下僕になりたがっているようです」
「なんて?」
一言多いと注意すれば、もはやどれくらい言葉が足りないのかもわからない報告が返ってきた国王は、威厳をかなぐり捨てて身を乗り出し、口を開けて呆けた。
臣下が続けたのは、『街中でソルテという男に縋り付き、「下僕にして!」と騒ぐ勇者様を見た』という目撃情報が相次いでおり、更に宿屋の店主に聞けば「同じ部屋に泊まりましたよ」と遠い目をしながら言っていたとのこと。
「……何か、精神に作用する魔法をかけられている?」
「いえ、むしろソルテという男はなんとしてでも逃走を図っているとのことです」
「国が送り出した勇者が行く先々で男に縋り付くのは、非常に評判がよくない」
「私もそう考えております」
国王個人としては、別に男の趣味には目を瞑ってやりたいが、国王としては放っておけない事態。勇者とは人類にとって救いの象徴であり、清廉潔白を証明せねばならない存在。そんな存在が男に縋り付き「下僕にして!」など、清廉潔白もクソもない。
一刻も早くなんとかしなくては。もはや冷や汗を流しすぎてシャワーを浴びたかのごとくビショビショになった国王は、臣下に命令を下した。
「騎士レイナよ。単独で勇者の下へ赴き、人格の矯正を命ずる」
「承りました」
騎士レイナ。本名をレイナ・ルーカス。時を遡る前では王都を出る際にソフィアとともに旅へ出るはずだったが、ソフィアがあまりにも強すぎたため、この世界では王都待機となっていた女騎士。ソルテ以外の仲間のことも大好きだったソフィアは大層残念がっており、レイナは顔を合わせる度笑顔を咲かせて駆け寄ってきてくれるソフィアを可愛らしく思っていたが、ソルテが王都から逃げ出したことにより別れの挨拶もなくソフィアは王都を飛び出した。
結果、レイナはソルテに死ぬほど嫉妬している。
「国王様。ソルテという男の命は私に握らせていただきたく存じます」
「なんで?」
こうして、起きた出来事と比例しないデカすぎる嫉妬心を持つ女騎士が、王都を発った。
そんなことがあったとも知らないソルテは、眠っているソフィアを起こさないように、造形魔法で精巧な自身の偽物を作って日課のようにソフィアの下から逃げ出していた。魔力感知がずば抜けているソフィアは、ソルテが魔法を使っても『魔法を使われた事実』よりも『ソルテの魔力による安心感』の方が勝り、ソルテが宿を出るその時まで目を覚まさなかった。
こうして明朝に街を出たソルテは、次の街へ向かう馬車に乗り込み、ソフィアがいない平和を噛みしめていた。もちろん認識阻害を自身に行使した無賃乗車である、
「聞いたか? 勇者様が男に縋り付いて下僕にしてって言ってたらしいぜ」
「おう。しかもその男、とんでもねぇモラハラ野郎らしい」
(え、そんなことなってんの!?)
ソルテを認識できないということはつまり、ソルテに関する会話も目の前でできちゃうということである。
「あぁ。なんでも勇者様にもう子どもまでできてるって噂だぜ」
「その上、その男は満足したら勇者様のところから逃げ出すんだってな」
(……これ事実だって思われたら、俺死刑じゃねぇか? クソっ! なんであの激重勇者に追われるどころか国からも追われることになりかねねぇ!!)
尾ひれがつくどころか新しい魚が生まれるレベルまで発展している噂に、ソルテは頭を抱えた。悪いことをしている自覚はもちろんある。認識阻害が得意だからと金を払わず色んなものをただで楽しんでいた。しかしそれの報いが死刑というのはまったく納得ができないソルテは、むしろソフィアといた方がいいんじゃねぇか? と一瞬考え、それは別の意味で死にそうだとこれまた一瞬で却下。
(そもそも、俺の認識阻害はソフィア以外に破られたことはねぇ。日陰で生きていくのは慣れてるから、別に今までと変わんねぇか)
「そのことが昨日王都まで通達されたんだってな」
「顔も割れてるんだとよ。名前はソルテで、そいつを捕まえに王都から使者が出されたらしい」
(ものすごい早さで指名手配されてる……)
顔を覆ってひっそり涙を流す。もちろん認識阻害で誰にからも認識されないため誰も慰めてくれず、認識阻害を解いたとしてもひっ捕らえられて使者へ突き出されるのは目に見えていた。
こうなったら俺を狙うすべてから逃げきってやる。そう心に誓ったソルテの肩に、誰かの手が置かれる。
「おはようソルテ」
「……」
認識阻害。それは存在が消えるわけではなく、あくまで気にされなくなるだけの魔法。一度気にされてしまえば魔法の効力はなくなってしまう。
つまり、今ソルテの隣に座る悪魔がやったように、触れられて名前を言われれば認識阻害は解けてしまうということ。
「なっ、もしかして勇者様ですか!」
「それにそこの男はもしや……!」
「もうソルテ。私のために自分の人形をプレゼントしてくれるのは嬉しいけど、逃げたらダメだよ?♥」
「お前、俺の人形は……いや、答えなくていい。俺が悪かった」
「なんてことだ……やはり噂通りの男だった」
「まさか無賃乗車する上に、自分の人形をプレゼントするナルシストだとは……」
人形の所在について聞こうとしたら満面の笑みで返され、乗客にまたとんでもない勘違い(無賃乗車は事実であり、自分の人形を作ったのは事実なのであながち間違いではないが)をされたソルテは、笑顔を貼り付けて涙を流した。しかしソフィアは「私と会えて嬉しいんだね……♥」と自分に都合のいい解釈をかまし、ソルテにすり寄って膝の上に手を置いた。
「もうなんなんだよお前……放っといてくれよ……」
「やだ。ソルテはずっと私と一緒にいるの♥」
「おい、勇者様が盲目にされてるぞ」
「今まで乗っていたことに気づかなかったくらいだ。催眠の魔法を持っていると見て間違いない」
「なんで俺がモラハラで子ども認知せずに逃げ出す催眠使いになってんだよ……」
「私をこんなに夢中にさせるんだから、ある意味催眠かもね?♥」
「やかましいわ!」
ふざけたことを抜かすソフィアに立ち上がってブチギレようとしたソルテは、膝の上に乗せられたソフィアの手によってうまく立ち上がれず、(あぁ、無駄な抵抗したら脚砕かれるわ)と諦めて外の景色を眺め始めた。「穏やかだねぇ」と隣で微笑むソフィアに「お前がいなきゃな」と返した皮肉も、「もう、ソルテったら♥」とむしろ懐かしいやり取りに悦びを感じているソフィアにはまったく効かなかった。
「やっぱりモラハラ野郎だ」
「間違いなさそうだな」
乗客の中で噂が確信へと変わった瞬間であった。
商業都市『ミオクル』。様々な地方から商人が集まり、露店街では毎日異なる店舗が出店している商人の街。
そこに降り立ったのは死んだ目をしたソルテと、珍しく凛々しい顔つきのソフィア。
ソフィアの目的は、ソルテと一緒に旅をすることももちろんだが、かつての旅の仲間と出会うことも目的の一つ。
ミオクルでは露店街の地下市場、一般人はまず立ち入らないそこで奴隷を売りに出していることもあり、そこで片目を欠損したエルフの少女ウィンを、「奴隷全員助けるつもりか? やめとけ」と言ったソルテを殴って黙らせて店主の話も聞かず買い、そのまま恩を返したいというウィンの願いを聞く形で旅の仲間となった。
その時はこっそりとソフィアから離れたソルテについていき地下市場へと辿り着いたが、今のソフィアは場所を知っている。(どうやって撒くか……)と考えているソルテの手を引いて、ソフィアは露店街へと向かった。
「ソフィア! えーっと、ほら、お前にプレゼント買いたいんだ! 別行動しねぇか?」
「ちなみに私の目的地は地下市場だよ」
「誰がテメェにプレゼントするかバカが」
自分を追ってきて、それによってとんでもない悪評が広まっていても、地下市場という暗い部分を見せるわけにはいかないと気遣って見せたソルテは、目的地が一緒だということを知って毒を吐いた。
ソフィアはそのままソルテの手を引いて露店街に入り、路地裏へ入って壁の中へと入っていく。壁に見えたそれの実態は、地下へと続く階段を隠すための幻覚魔法。それに迷うことなく辿り着いたソフィアに(魔力感知か……?)と訝しんだソルテに気づかず階段を駆け下りた。
地下市場は地上の賑やかな雰囲気と異なり、陰鬱としている。その場にいるほとんどがどう見ても堅気ではなく、見目麗しいソフィアを見てすぐによだれを垂らすような下品な人間ばかりであった。
「隠れてろ」
「♥」
ソルテはどこからともなく外套を取り出してソフィアに羽織らせ、ソフィアを庇うようにして前に立つ。以前は隠れてソルテについてきて、ウィンを見つけた瞬間飛び出して、そのまま走って地下市場を出たためやってもらっていなかった経験。ソルテが意図せず出してしまった優しさが、ソフィアをさらに重くした。
「で、なんだってこんなところに。お前みたいなやつからすりゃあ面白いところでもなんでもねぇだろ」
「うん♥ ちょっと、助けたい子がいて♥」
「状況と言葉に声色がまったく合ってねぇぞ」
優しい♥ ソルテ好き♥ と自分が知らないソルテの優しさに触れたソフィアの脳がソルテへの想いで支配されかけたが、沼にはまりかけたところでウィンの姿を見つけ、またソフィアの表情が凛々しくなる。あまりの変化にソルテが引いて、ソフィアの視線の先を追ったことでその目的を察した。
「……わかった。金は出してやるよ」
「え?」
(奴隷全部助けるつもりかよ、って言うんじゃないの……?)
(奴隷を買ってソフィアに押し付けたら、奴隷を置いて俺を追いかけるわけにもいかなくなる。出費はいてぇが、どんだけかかってもおつりがくるくらいだ)
(もしかしてソルテ、前もウィンを助けようとしてたけど、素直に言えなかったとか……? もう! 優しいんだから♥)
自分の利益のためにとった行動が、ソフィアをさらに重くする。ソルテは世界中の誰よりも哀れであった。