トレジャーハンターをハントしようとする激重勇者 作:酉柄レイム
エルフ。金の髪と碧の瞳が特徴で、寿命は数百年を超える。何年経っても衰えない美貌は、そのまま醜い人間に狙われる要素となる。だからこそエルフは自分たちの住む森から出ることはなく、人間もエルフとの敵対を避けるために森へは入らない。
しかし、エルフの少女ウィンは、銀の髪に蒼の瞳。エルフの特徴を受け継がず、魔族の活動とともに忌み子であると森から追放され、そこを奴隷商に狙われた。必死で逃げるも片目を潰され、首輪をつけられ、見世物にされ。
「チッ、エルフだからって捕まえてみたはいいものの、やっぱガキで見た目がこんなんじゃ売れやしねぇか」
自分を捕まえた男から苛立たし気に蹴られ、受け身を取る体力もなくべちゃりとその場に倒れこむ。「オラ、地べたに這い蹲ったら余計売れねぇだろうが!」と髪を掴まれて無理やり立たされた。
「連れ回すのはリスクだが、いっそ悪趣味のジジイに売るか? なぁオイ、お前はどっちがいい? ……チッ、見た目も悪けりゃ愛想もワリィのか」
(……こんなことになるなら、目を失った時。もっと当たり所が悪ければよかったのに)
そうすれば死ねた。誰に買われるかもわからない。買われたとしたら死ぬよりもつらい未来が待っている。
舌を噛み切る力も残っていなかったウィンは、自分の前に立つ人影に気づいた。恐怖により体が凍り、自然と顔が下を向く。自分を捕まえた男の「商品らしくしろ!!」という怒号は、男の前に放り投げられた札束によって沈黙した。
「お、お客さん。俺はありがてぇですが、ちょっと、いや、かなり多くねぇですかい?」
「綺麗な顔に傷つけちまうような腕しかねぇなら、金多めにやるからこんなこと二度とやんじゃねぇよ」
(え)
ここに連れてこられて初めて聞いた、優しい声。口調はきつくとも、その人の声を聞いたウィンの胸にじんわりと温かい何かが広がっていく。
ウィンの前に立つ男が首輪に触れると、藤色の魔法陣が現れてすぐに首輪が外れ、ごとりと音を立てて地面に転がる。それから脇に手を入れられて、軽々しく抱え上げられた。
「ソフィア。ワリィけどこの子に外套被せてやってくれ。それから飯と風呂だ」
「ソルテは私をどうするつもりなの?♥」
「お前が俺をどうするつもりか聞きてぇんだよ」
(ソルテ)
「ん? どうした。あぁいや、ワリィな。こいつちょっと頭おかしいんだよ」
ソフィアに外套を被せられながらソルテを見れば、ソフィアを指して呆れたように笑う。
「……っ」
「おい、ソフィアがあんまりにもおかしいから泣いちまったじゃねぇか」
「えっ、嘘!?」
自分を抱く腕が温かい。自分にかけられる声が温かい。ソルテから与えられるすべてが初めてで、困惑と安心が一気に襲ってきて、ウィンはソルテの胸に顔を埋めて泣きじゃくった。
水と軽食をとらせ、宿を取り、ソフィアがウィンを風呂に入れようとすればソルテから離れず、「じゃあ、三人で入る……?♥」と言ったソフィアを無視してソルテがウィンを風呂に入れ、とりあえず食えなくてもいいからちゃんと腹にもの入れようと飯屋に直行。その間もウィンはソルテから離れず、「こっちおいでー」というソフィアは無視して、くっつかれて歩きにくかったソルテがウィンを抱え上げれば、笑顔を咲かせて頬ずりを始め。
飯屋に入って注文し、フォークとスプーンを見て首を傾げるウィンに使い方を教えて、そこまできてやっと、ソルテは違和感に気づく。
(あれ? これソフィアじゃなくて俺に付いてくるんじゃねぇか?)
ソフィアにとって守るべき存在を側におけば、自分が逃げ出してもすぐには追ってこられないだろうというのが当初のソルテの想定。しかし現状を見てみれば、自分にめちゃくちゃ懐いていた。
それは当たり前であり、死にたいと思っていた時に現れて金を叩きつけ、今まで貶され続けていた容姿を「綺麗だ」と褒められて、宿へ行くまでに「その恰好は可哀そうだな」と自分に合う服を何着も買ってくれて、「合うかわかんねぇけど」とダンジョンで手に入れた魔力を視覚で捉えられる義眼をプレゼントされ。
ソフィアが追いかけてくるのを防ぐための行動に無意識のうちに優しさが介在し、結果、ウィンはソルテにめちゃくちゃ懐いた。
「ウィン。これからの話なんだけどよ、俺じゃなくてソフィアと一緒に」
「やだっ! ソルテとずっと一緒にいる!」
(増えた……)
ソルテはまた頭を抱えた。最近頭を抱えすぎて、抱える頭が足りなくなるんじゃないかというのが最近のソルテの悩みである。
甲斐甲斐しく世話をした結果、見事ウィンはソルテに対して激重感情を抱くようになった。元祖激重感情であるソフィアは「ソルテと一緒にいたいよねー?」と頭を撫でようとして、「触れるなら、ソルテになって出直して」と手を弾かれている。「わ、私がソルテに……?♥」と言って恍惚としているソフィアは、もう色々終わっていた。
(……いや、でも、悪くねぇ話、か? エルフは森の中で過ごす種族。森で狩りをするために進化を続けてきたんだ、身体能力は悪くないはず)
「?」
ソルテに見られていることに気づいたウィンは首を傾げ、頭を差し出した。反射的にソルテが頭を撫でると、目を細めてくすぐったそうに身をよじる。そんなことをするから激重感情を抱くというのに、ソルテという男はそのあたり死ぬほど鈍感であった。いい言い方をすれば優しい男であった。
(それに、単純に考えりゃあ目が増える。ウィンにやった魔眼も、使い方を覚えりゃあかなり遠くの魔力だって捕捉できる。……よし、ソフィアと一緒にいてもらうんじゃなくて、俺と一緒に逃げてもらうか)
「わかった。じゃあずっと一緒にいるか」
「! うん!」
「!!!??」
ウィン、満面の笑み。ソフィア、目をひん剥いて顎を落とす、乙女にあるまじき表情。この世界でソルテに出会ってから「ずっと一緒にいて!」と言い続けてきた自分にではなく、さっき会ったばかりのウィンに「ずっと一緒にいるか」と言われたことによってソフィアに与えられた衝撃は、ある一つの仮説を生み出した。
「……ソルテ、ロリコン?」
「おいテメェ、どれだけ俺の尊厳を破壊すりゃあ気が済むんだ?」
「だって!! 私もずっと一緒にいてって言ってるのに、ウィンにはあっさり! ずっと一緒にいるかって言うから!」
「ソフィア、おとなしくして。ソルテは私とずっと一緒にいたいんだから」
すすす、とソルテの方に椅子を寄せて腕を抱くウィンに、ソフィアはついに発狂した。その場で立ち上がって髪を振り乱し地団太を踏む姿は、とても淑女には見えない。
「キー!! この泥棒猫!」
「私はエルフ」
「この泥棒エルフ!」
「待てウィン。もとはと言えば、ウィンを助けたいって言いだしたのはソフィアだぜ? 邪険に扱ってやるなよ」
「……そうなの?」
「この泥棒エルフ!」
「ソルテ。ソフィアが会話できなくなっちゃった」
「あぁ、よくあるんだよ」
出された料理を食べ終えたソルテは、迷惑料を含めて多めに払った。店員の「あんた、大変だね」という優しい言葉に涙したソルテを見てウィンが『店員がソルテを泣かせた』と勘違いして敵意をむき出しにしたところで、ソルテはウィンを抱えて店を出る。
「わ、私を抱えて、何をする気……? ソルテ相手なら、いつでも準備万端だけど」
「あ? ガキには興味ねぇよ」
「ぷぷー! 残念だったねウィン! さ、ソルテ♥ 今日は私と一緒に寝よっか♥」
「いいか、ウィン。この通りソフィアは危険なやつなんだ。俺はなんとかしてこいつから逃げようとしてるから、それに協力してくれ」
「がってん」
「私から逃げられると思わないでね♥」
「それもう魔王のセリフだろ」
こうして、ソルテの逃亡仲間にウィンが加わった。ソフィアから逃亡を繰り返すのにウィンを連れているのはロリコンだからだという噂が回るのは、もう少し先のことであり。
それを聞いた王都からの使者レイナがさらに怒りを深めるのも、もう少し先の話である。
同日、夜更けのこと。ミオクルの上空に、一人の魔族がいた。魔族はミオクルを見下ろし、不敵な笑みを浮かべている。
この魔族は時を遡る前。街の住民に擬態して殺戮を繰り返し、ミオクルを混乱に陥れた。この世界と同じようにウィンに与えられた魔眼によりその正体が看破され、ソフィア、ソルテ、レイナの連携により屠られた魔族は、この世界でも同じように上空から擬態する相手を品定めしていた。
(他種族が集まる商業都市。であれば、他種族に擬態すれば人類との間に軋轢が生まれる……クク、恐れるがいい。我が名は魔王軍幹部)
そして、もちろんそのことを覚えていたソフィアが放った圧倒的暴力ともいえる魔力の砲撃で粉々にされた。
「どうした? いきなり窓から手ぇ出して」
「なんでもない!」
「そんでなんで部屋が一緒なんだ?」
「そんなに喜ばれたら照れちゃうな……♥」
目を丸くしてソフィアを指すウィンに、ソルテは「もう手遅れだ」という意味を込めて首を横に振った。
「それでソルテ、今日はどうやって逃げるの?」
「私の前で作戦会議?」
「いや、今日はやめとく。体力的にきついだろ? ゆっくり体休めて、大丈夫になったら逃げようぜ」
「ふふん。私、大事にされてる」
「はぁああああ!!? 私も大事にされてるもん! ね? ソルテ♥」
「うるせぇな。クソして寝ろ」
「ほら♥ 体調心配してくれてる♥」
「そ、そう」
ウィン、ドン引き。社会を知らないエルフの少女は、社会の怖さをもっとも最悪な形で学習した。