トレジャーハンターをハントしようとする激重勇者 作:酉柄レイム
シャーリーとソルテの付き合いは、二人がまだ5歳の頃。育ての親に連れられたソルテが、ヴェロニカを訪れてから始まった。
育ての親から『逃げる』『隠す』『隠れる』『奪う』ことを学んでいたソルテは、当たり前のように店で盗みを働いて、それをシャーリーに目撃されてお説教をくらったという、ソルテからすればなんとも情けないファーストコンタクト。そこから付き合いが始まり、ソルテは育ての親から教えてもらえなかった一般常識を、いいところのお嬢様であるシャーリーから学んだ。
それから一年も経たずヴェロニカを離れ、次にソルテがヴェロニカを訪れたのは三年後。一人だけでシャーリーに会いに来たというソルテに、シャーリーが家の人に頭を下げて屋敷に住まわせ、そこから四年後、12歳になる年にソルテはヴェロニカを発った。それから、ダンジョンに行ってお宝を手に入れてはシャーリーの下へと帰るという生活を続けている。
「なんか、いいね。そういうの」
「こっちは気が気じゃないですけど……ソルテがすごいってことは知っていても、どうしても心配になっちゃいますから」
聞けば聞くほどラブロマンスのようだと、レイナは自分の計画に間違いがないことを確信した。
時刻は夜。今日はそのまま屋敷に泊まることを決めた一行(と言えばソルテは全力で否定する)。男と女で寝る部屋を分けて、『ソルテの帰る場所』を大切にしたいソフィアは今日ばかりは一緒に寝ようと迫ることはせず、事情を詳しく知らないウィンも、ちょっと自重した方がいいかなとソルテと一緒に寝たいと言い出さず、こうして女子会と相成った。
(シャーリーさんは、ソルテに好意を伝えれば、それが足かせとなると考えている……? あのクソバカはダンジョンに行ってお宝を手に入れ、その道中で手に入れた宝石や価値のあるものを換金することを生業としている。とは言っても、ダンジョンは一人で攻略が容易いものではない。が、ドロゲボが持っているお宝は、かなりの高難易度ダンジョンで手に入れたようにも見える。ということは、何か狙いのお宝があってダンジョンに潜り続けている?)
シャーリーの恋を応援しようと、ソルテの呼称を罵倒へと変換しながら巡らせていたレイナの思考は、いつの間にか『シャーリーの恋の応援』から『ソルテがダンジョンへ潜る目的』へ変わっていた。
レイナが把握している限りでソルテが持っている、あるいは持っていた『お宝』は『ヘルメスの短刀』、『プロビデンスの眼』。レイナの推測通り、一人で攻略するのははっきり無謀だと言える高難易度ダンジョンで手に入れたもの。王都で毎日ソルテを観察していたレイナは、ソルテが『世界を救うために命を懸ける高尚な精神は宿していない』と言っていたことを知っている。だからこそ、自分の命を投げ出すような真似をしてダンジョンに潜り続けるソルテが解せなかった。
「つかぬことをお聞きしますが、ソルテがダンジョンに潜り続ける理由はご存知ですか?」
気になったから聞いてみよう。将来殺害することになるかもしれない相手を知ることは重要だと考え、この場で一番ソルテを理解しているであろうシャーリーに飛ばした質問に、シャーリーは目を丸くした。
「お金目当てだって思わないんですね」
「お金目当てであれば、認めるのは癪ですがソルテであればもっとうまいやり方がある。であれば、何か目的があると考えた方が自然でしょう」
「もしかしてレイナ、ソルテ狙ってるの……?」
「えぇ! それはいいね!」
「私がソルテを狙うとすれば、命だけですね」
突然ソルテの内側を探ったレイナに、もしかしてソルテのことが好きになったのではと勘違いしたソルテが大好きな二人組を一蹴。ソルテの命を狙うと口にしたレイナに浴びせられたのはソフィアからの圧と、すべてを見透かされている気分になるウィンの『プロビデンスの眼』。あんな男のどこがいいんだか、と物語であれば惚れる一歩手前のことを考えながら、レイナは小さく息を吐いた。
「ソルテがダンジョンに潜っている理由は……本人から聞いた方がいいと思います。多分、あんまり話したがらないでしょうから、他人の私から言うのも違うと思いますので」
「じゃあ無理やりにでも」
「レイナ」
自分の体が自分のものではなくなったように、凍り付いて動かない。名前を呼ばれただけで呼吸が止まる。なるほど、これが勇者かと身をもって実感したレイナが「失礼いたしました」と謝罪すれば、体の自由と呼吸がよみがえった。
「そういうのは自分から話してくれるのを待たないと。ね?」
ソフィアは、ソルテがダンジョンに潜り続ける理由を知っている。
それは遡る前のソルテから聞いた話。ソルテの育ての親、名をエヴァ。一般常識など一切ソルテに教えず、ただ生きるための能力をソルテに叩きこんだ。『何かのために命を投げうつのはバカのやることだ。肝に銘じろ』という彼女の教えを守っていたソルテは、他でもないエヴァにダンジョン攻略中に庇われて、その身に呪いを受けた。
それは、永遠の命を手にする呪い。その場から一切動けず、ただ呼吸するだけの置物となり、しかし意識はそのまま。永遠の時を眠らないまま眠る呪い。
その呪いを解くために、ソルテは絵本で見た、強い願いを一つだけを叶える『お宝』である『奇跡の雫』を探し、ダンジョンに潜り続けている。そして、エヴァに命を救われて、自分だけのうのうと生きている事実に沈んでいたソルテを元気づけるためにその絵本を見せたのがシャーリーである。
(だから、止められない)
シャーリーは、ソルテに恋心を抱いている。でも、それを伝えることは絶対にしない。自分が見せた絵本が原因で、危険を顧みずダンジョンに潜り続けるソルテの歩みを止めてしまうことが、シャーリーにとっては何よりも怖かった。
それはソルテにとっての生きる理由であると知っているから。
空気的に背中を押しにくいと判断したレイナが一旦作戦を引き下げ、しばらく盛り上がってから寝静まった頃。
屋敷の外、その庭園。ソルテは庭園の芝生に寝転がり、星空を見上げていた。夜空が零した光の雫が夜空を照らし、掴めるわけがないのに手を伸ばす。
(エヴァ、俺、なんか逃げるのも隠れるのも下手になっちまった)
何かのために命を投げるな、という教えをまず破り、叩きこまれた『逃げる』技術もソフィアには通用せず、『隠れる』も看破され。
(今の俺を見られたら、マジで笑われるだろうな)
ソルテの脳内では、無造作に伸ばした白髪を振り乱しながら、「ぶはっ、ソルテお前、モテモテじゃねぇか……!!」とエヴァが腹を抱えて転げまわっている。
ヴェロニカ。ソルテにとって、第二の人生が始まった場所。ここを訪れればソルテは決まってエヴァのことを思い出す。
(エヴァならソフィアからも逃げられんのかなぁ……。いや、そもそも勇者に狙われるようなヘマしねぇか。俺もしたつもりなかったけど)
暗いことを考えながら嫌なこと考えちまったと、ソルテは頭を振り、体を起こす。
そして目の前にはソフィア。気配もなにもかもまったく気づいていなかったソルテは叫びそうになって、今は夜だということを思い出し、喉までせり上がってきていた悲鳴をぐっと飲みこんだ。
「なんなんだよお前。マジで寿命縮んだ」
「ふふ。びっくりした?」
小さく笑って、ソフィアはソルテの前から隣へ移動する。まさか変なことするわけじゃねぇよな、と警戒したソルテは、ソフィアの様子を見てなぜかそんなことはなさそうだと警戒を木っ端微塵に取り払う。
「女子会はいいのか?」
「みんな寝ちゃったから」
実際はソフィアが部屋を出ようとした時レイナが目覚めかけたため物理的に眠らせたのだが、そんなことを知るわけもないソルテは「健康的でいいこった」と安心を含ませた笑みを浮かべる。
いつもなら手の一つや二つや三つ(手はそんなにはない)でも握ろうとするであろうソフィアは、ソルテに変態的な行動を仕掛けず一緒に夜空を見上げた。
(エヴァさんのことを聞いた時も、こんな感じだったなぁ)
ソフィアがエヴァのことを聞いたのは、魔王領へ足を踏み入れる前。ソルテがどうしてもと言って訪れたヴェロニカ、その夜のこと。その時は外に出るソルテを偶然見かけたソフィアがなんとなく追いかけたら、ソルテから未練を断ち切るように言葉がこぼれ始め、「なんとかしよう!」と言ったソフィアに「そんな場合じゃねぇだろ」とソルテが一蹴。
(そんな場合じゃなくなるときまで話してくれなかったのはソルテなのに)
「ん? なんか怒ってねぇか?」
「別にー」
どうしようかな、とソフィアは一人思案した。
今のソフィアであれば、遡る前とは比べ物にならない速度で世界を救いに回れる。だからエヴァを救うための時間は確保できる。
(でも、ソルテが話してくれなきゃ動けない)
激重勇者が怒っていると勘づいて身を震え上がらせ、少し距離を取ろうとしたソルテを許さず、頭を掴んで無理やり膝に乗せながら頭を悩ませるソフィア。まさかソフィアが自分のために頭を悩ませていると思っていないソルテは、警戒を解いたのは失敗だったと後悔していた。
(ソルテ、頑固だもんなぁ。自分のために生きてるって言うけど、肝心なところは全部人のためだし)
「おい、何頭撫でてんだ? 俺の命握ってるからって好き勝手してんじゃねぇぞ」
「ごめん。あまりにも大好きすぎてつい」
「ヒィ」
ソルテが小さな悲鳴を上げたのを見て、嬉しかったのかな? と幸せな勘違いをかますソフィア。ソルテの今までの態度を見ていればそんなわけがないのに、ソフィアという女は自己肯定感の化け物であった。
(私から切り出すのは、ソルテめちゃくちゃ警戒しそうだし)
ソフィアは、ソルテの警戒心がかなり高いことを知っている。一緒に旅をしてきていて、眠るところを見たのは両手で数えられる程度。自分たちに近づく輩との腹の探り合いはソルテの担当で、基本的に人は信じない。
(この世界のソルテは、前より私から逃げちゃうし……もしかしたら、警戒されすぎて本気で逃げられちゃうかも)
ソルテは本気で逃げているのだが、ソフィアは自己肯定感とソルテの評価が突き抜けるほど高い。どれだけ冷たい対応を取られても照れ隠しだと思っているのは、『逃げようと思ったら逃げられるのに、私のことが気になるから追いつかれるようにしている』と本気で思っているから。つまるところ、ソフィアは幸せな化け物ということである。
そんな幸せな化け物に、エヴァを、ソルテを救わないという選択肢は存在しない。
(私がここに来た理由は、救えなかったものを救うため)
普段の変態的言動と行動が目立ちもはやそんなイメージはなくなりつつあるが、ソフィアはまぎれもない勇者である。
「ソルテ。奇跡の雫、探そうよ」
「は?」
「ソルテってダンジョンいっぱい潜ってるでしょ? 私ね、絵本で見たことあるんだ。どんな願いでも一つだけ叶えてくれる『お宝』、奇跡の雫!」
「んなあるかもわかんねぇ御伽噺頼りにして世界救おうってか? また王様が泣いちまうぞ」
「世界は私が救う。だから、奇跡の雫はソルテに使ってほしいの」
「だから、あるかもわかんねぇ御伽噺っつったろ。探すだけ時間の無駄だ」
「それで、ソルテに『ソフィアと結婚したい』! って願ってもらうの♥」
ソフィアはいつもの調子に見えるよう嘘をついた。いきなり奇跡の雫の名前を出されたソルテは、失いかけていた冷静さを嫌な形で取り戻す。
「……あぁ、そう」
「驚くほど関心がなさそうなのは、照れ隠しだって知ってるから♥」
「どっちにしろそんな時間ねぇだろ。バカ言ってねぇで早く寝ろ」
「時間は私が作るよ。だって私、勇者だから」
ソフィアの膝から頭を離して体を起こしたソルテがぴたりと動きを止める。それから、振り向いてソフィアを見た。
「ソルテ。私が世界を救うから、そしたら一緒に探そうよ」
「……考えとく」
「ソルテ!」
その場で答えは出さず、ソルテはソフィアに背を向けて屋敷へ戻る。
わかりにくいようでわかりやすい拒絶。もちろんそれを受けてソフィアが諦めるはずがない。
なぜならソフィアは、その命をソルテのために捧げると誓う激重勇者だから。