トレジャーハンターをハントしようとする激重勇者 作:酉柄レイム
らしくない夜を越え、翌日。
屋敷の前で、ソルテたちはシャーリーに見送られていた。
「じゃあなシャーリー。また気が向いたらくるわ」
「うん。ソルテ、怪我しないでね?」
「怪我しねぇのは無理だけど、ちゃんと生きて帰ってくる。心配すんな」
寂しそうな表情のシャーリーに笑顔を向けたソルテは、空中に手をかざす。そこに藤色の魔法陣が展開され、ソルテの手にネックレスが握られる。それをそのままシャーリーに差し出せば、「もう、いつもいいって言ってるのに」と困ったように笑いながらシャーリーが受け取った。
「そいつは『守護の光』っつって、少し魔力を込めるだけでめちゃくちゃ堅い防御魔法が発動する。ソフィアでも三回くらい叩かねぇと割れねぇから、強度はすさまじいぜ。まぁ、シャーリーはダンジョンに行かねぇしあんまヴェロニカから出ねぇから使い道そんなにねぇだろうけど」
「用心に越したことはないから、だよね? ありがと、ソルテ」
受け取ったネックレスを早速つけて、「どう?」と感想を聞くシャーリーに、「似合ってる」とさらっと返したソルテ。当り前のように不貞行為だと斬り捨てようとしたレイナを止めたのは、邪魔しちゃいけないと理解しつつも羨ましさから血の涙を流しているソフィアだった。
「よし、行くか。ウィン」
「ん。シャーリー、またね」
「ウィンちゃんまたね。今度はもっとゆっくりしていっていいから」
「ソルテがゆっくりするならそうする」
「だって。お願いね? ソルテ」
「はは。気ぃ乗ったらな」
軽く言葉を交わして、ソルテとウィンはシャーリーに背を向けて敷地の外へ歩き始める。ソルテの背中に熱い視線を注いでから、ソフィアも「シャーリー、またくるね!」と明るく告げて、ソルテの背中に殺意を注いでから、レイナも「シャーリーさん。応援しています」と告げて、シャーリーに背を向けた。
「あの、ソフィアさん」
「へ?」
一刻も早くソルテに追い付こうと足に魔力を込めたソフィアに、シャーリーが声をかける。レイナも足を止めるが、シャーリーの表情を見て空気を読み、「先に行っています」と言ってその場を後にした。
「すみません、呼び止めてしまって」
「いいよ! どうしたの?」
「えっと……ソルテのこと、お願いします」
言って、シャーリーが頭を下げる前に肩を掴んでそれを阻止。この場にソルテがいれば「シャーリー! 肩潰れてねぇか!?」と心配していたほどの勢いで肩を掴まれたシャーリーは、驚きに目を丸くした。
「ヴェロニカから外は私に任せて! だから、シャーリーはソルテの帰る場所。いい?」
「……はい。任せてくださいっ!」
「よし! お願いします!」
どちらからともなく笑みがこぼれた。
(あ、逃げた)
そしてもちろん、ソフィアがすぐにこないという隙を逃すソルテではなく、町の外に出た瞬間『お宝』を駆使して逃走を開始。まったくもう、仕方ないんだから♥ と恍惚の笑みを浮かべたソフィアを、シャーリーが目を閉じて笑っていたため見ていなかったのはこれ以上ない幸運であった。
「それじゃ! 引きずってでも連れてくるから、期待してて!」
「はい! ソフィアさんも、お怪我のないように!」
「大丈夫! 私、勇者だから!」
そして、勇者ソフィアは逃げ出したソルテに激怒するレイナを拾って、追跡を開始する。
街を出る度に恒例となった追いかけっこが、今日もいつも通り始まった。
ウィンを抱えたソルテは、全速力で大地を駆けていた。
「ウィン!」
「だめ! ものすごい速さでありえないほど正確にこっちへ向かってきてる!」
「魔力感知の精度高すぎだろマジで!」
逃げ足の速さに自信のあるソルテだったが、自身の中でその自信が音を立てて壊れていくのを感じた。
『プロビデンスの眼』。それを通したウィンの視界には、バカなんじゃないかと笑ってしまうくらい強大な魔力が、自分たちに向かって飛んでくる姿が見えている。相手がソフィアだとわかっていてもウィンは強烈な恐怖に、ソルテは相手がソフィアだとわかっているからこそ激烈な恐怖に襲われていた。
「でも、大丈夫だよソルテ! 私がなんとかする!」
「何するかわかんねぇけど、頼んだ!」
祈りを捧げるようにウィンが手を合わせると、ソルテの目の前に銀の魔法陣が現れる。それをウィンのものだと瞬時に理解したソルテは魔法陣を潜り抜けた。
エルフの森、通称を『迷いの森』。立ち入ればその瞬間霧が現れて、方角がわからなくなる。どれだけ進んでも森の出口にしか辿り着かないというのは、悪いことを考えてエルフの森へ向かった者たちから伝わった有名な話。
その霧の正体は、エルフの得意とする魔法、『幻惑魔法』にある。術者が指定した条件を満たせば相手に幻惑魔法がかかり、術者が指定した幻惑を見せる魔法。
「『幻惑魔法』か!」
「条件はソルテの魔力を知覚すること。今頃、ソフィアは色んな所にソルテの魔力を感じているはず」
「すげぇぞウィン! 初めて逃げられるかもしれねぇ!」
「ほんとにすごいよ! 一瞬迷っちゃったから、速度上げちゃった!」
ソルテは足を止めて、四つん這いになって泣き崩れた。ウィンは『プロビデンスの眼』に映らない速度で追いついてきたソフィアを恐れ、「お揃いがほしいから」と言ってソルテに与えてもらった弓に手をかけた。
そしてもちろん、ソフィアの速度に耐えきれなかったレイナは気絶していた。一瞬にして地獄のような光景を作り上げたのは、ご存知我らが勇者、ソフィアである。
「そ、ソルテ! 私にお尻を向けるなんてどういうつもり?♥」
「それ以上そのドブで濯いだような薄汚い口から排泄したら、容赦なく撃つ」
「待てウィン! 命を無駄にすんな!」
「ソルテ。流石に言葉遣いの方を注意した方がいいと思うよ?」
それはそうだったので、ソルテはウィンに「こら」と言って額に拳をこつん、と当てて叱る。ウィンはいい子なので、きゅん、となりながらしきりに頷いた。叱られることが癖になる片鱗を見せたウィンは、やはりいい子なのでソフィアに頭を下げてごめんなさいをした。
「ね、ソルテ。たまには私も叱ってみない?♥」
「いつも信じられねぇくらいキレてるけど、どうやら届いてなかったみたいだな」
「仕方ないよソルテ。ソフィアは自分に都合のいいようにしか物事を考えられない、幸せな頭の持主なんだから」
「すっごいポジティブってこと? ありがとー!」
「ほら……」
完全に褒められたと勘違いしたソフィアに抱き着かれて頬ずりされそうになり、ウィンは心底嫌そうな顔で小さな手で顔を押しのける。それから、やっと気絶しているレイナに気が付いた。同じくしてソルテもレイナに気づき、地面で転がって気絶している騎士にあるまじき姿にすべてを察して、仲良く天を仰いだ。
「こいつもまた被害者か……」
「でも見てソルテ。幸せそう」
「こいつもまた加害者か……」
うつ伏せになっていたレイナを仰向けにすれば、だらしなく緩んだ頬に口の端から垂らした涎。更に騎士あるまじき姿を見たソルテは、同情を完全に霧散させた。
ソフィアはハンカチで優しくレイナの口元を拭ってから肩に担ぐ。レイナが身に纏っている鎧の重さなど知ったことかと涼しい顔で担ぎ上げて見せたソフィアに、ソルテとウィンは顔を見合わせて今逃げるのはやめよう、と頷き合った。
「それでソルテ。次はどこに行くの?」
「ライロック。確かあそこの近くにまだ行ってねぇダンジョンがあるはずだ」
ライロック。山の中にある里で、温厚な竜人が住んでいる。主な収入源はライロック山からとれる良質な宝石や石材、鉱石など。山の麓まで行けば龍籠乗り場があり、ライロック山でとれる素材で作られた重厚な籠に乗せられて、竜人が空を飛んでライロックまで運んでくれることで有名であり、それを目的に訪れる者もいる。
「ソルテ。ライロック行ったことあるの?」
「一、二回な。ライロック山のダンジョンを攻略するには、ライロックを経由すんのが一番速いから」
「ウィンは龍籠乗るの初めてだよね? あれすごいよー。ものすごく気を遣って飛んでくれるから、全然揺れないの!」
「ん? ソフィアも行ったことあんのか」
やってしまった。ソフィアは自分の失態を悟り、「あはは。一回だけね?」と誤魔化した。
この世界でのソフィアは、ライロックに行ったことはない。ライロックに行ったのは遡る前のことであり、その時に乗った龍籠があまりにも楽しかったため、つい口に出してしまったソフィアは、首を傾げるソルテを見て冷や汗を流す。
ソフィアは、王都に招集される前、王都近くの村で過ごしていた。それは王都で出会ったソルテも知っていて、そのためソルテはいつソフィアがライロックに行ったのか疑問を抱いている。
(奇跡の雫のこともきっと不信感持ってるだろうし、完全に怪しいやつだって思われちゃうかも……!)
心配せずともソルテからすれば元から怪しいやつである。
「……そうか。実際すげぇよな、龍籠。空飛んでるみてぇでさ」
「うん! ウィンも楽しみにしててね!」
「そんなのを楽しみにするほど子どもじゃないけど」
「お前はガキだろうが」
ウィンの頭をわしゃわしゃ撫でるソルテを見て、もうちょっと追及されると思っていたソフィアは首を傾げた。それを見たソルテはため息を吐き、「あのな」と口を開く。
「そこで『なんで追及されないんだろう?』って首を傾げるようなやつが、ワリィこと考えらんねぇだろ。それだったら別に何を隠してても別に興味ねぇよ」
「ソルテ、すき♥ 優しい♥ 今夜は寝かさないで♥」
「できれば一生目覚めねぇでくれ」
ソルテの心からの懇願に、「一緒のお墓に入ろうってこと?♥」と無敵の返答。「助けてくれ、ウィン」という無茶ぶりに、「そ、ソルテは私と一緒のお墓に入るの!」とソフィアに対抗することで応えた。