Rebellion Against Fate   作:zawadinosaur

10 / 19
お久しぶりです…何とか1ヶ月更新守れました!!(全然100%アウト)
今回は徹頭徹尾バトル回です!拙い表現が多いかも知らませんがぜひご一読を!


第十話『竜虎相搏 』

 

〜side ミラ〜

 

ゆらり、ゆらり、とナイフに反射した光が右へ左へと振り子のように揺れる。

しかしその動きも不意にその動きを変え、動き出すタイミングを掴ませないように軌道へ変化を加えられていた。

低く低く身構え、まるで猫のような鋭い視線でこちらを睨み付けるラムダを前にミラはあくまでも自然体に相対していた。

以前のオークション戦……或いは『無花果の会』との戦いの際であればこちらも臨戦態勢に入り、既にハンドガンを構えていたに違いない。

そうさせていたのはきっと、恐怖や自己防衛から来るもの。

だが今のミラにはそれがない。

恐怖や過剰な集中は、時に視界を狭窄させる。

故にこそ、ある種の諦観…というよりはゾーンに入ったような状態でミラは敵と向かい合う。

──もう二度と、誰にも負けないために。

その心理は相棒のテフラーにも伝わっていたのか、先程までは猛々しく牙を剥き出しにしていたのを、今は低く唸り声を上がるに留めて翅を大きく広げキラークローを威圧している。

それは、主人であるミラの動きに即座に対応する為だ。

こちらを狙うラムダはナイフを揺らしながらこちらの隙を伺い、背後に控えるキラークローじりじりとテフラーとの距離を詰め大鎌のような爪をカチカチと鳴らしている。

対照的に構える二人だったが、基本的なスタンスは奇しくも互いに共通していた。

それは、()()()()()

互いに敵の力量は情報でしか知らないが、確実に相手に一撃を叩き込める可能性が高いのは敵の初撃を躱した直後の一瞬だ。

どちらもそのことをこれまでの戦闘経験から理解しているため、自分から動き出すことはない。

風が吹いても瞬きどころか呼吸の一つすらしない。

刀を構えた侍同士が向かい合っているようなピリピリとした空気感の中でも、ミラの心音はメトロノームが刻むリズムのように一定だ。

このまま何時間だって待っていられるほどの落ち着きよう。

だが、誰しもがそんなにも忍耐強いわけではない。

 

 

──先に痺れを切らしたのはラムダの方だった。

 

「シッ!!」

 

小さな砂煙と共に小柄な身体は姿を消した。

……否、初速があまりにも速すぎたせいで動体視力が追いつかないのだ。

弾丸のような速度で突っ込んできたラムダは、何の躊躇もなく鳩尾めがけてナイフによる刺突を放つ。

直線的な軌道の攻撃だが、その速度から放たれる一撃は回避困難の必殺そのものだ。

加えて、獲物も優秀。

より体内に深く刺さるようにサバイバルナイフを選択している。

避け方を誤れば、一瞬で勝負は決するだろう。

 

「──。」

 

だが。

 

「!?」

 

ミラはナイフを持ったラムダの手首に肘を打ち下ろし、いとも容易く致死の攻撃を弾き落とした。

あまりにも無駄がないその動きは、ラムダの目ですら正確に追うことが出来ない程だった。

 

「ッ!!」

 

不快そうに眉間に深く谷を刻んだラムダは怯みもせずに、ミラの眼帯に覆われた死角から斬撃を数度放つ。

しかし、それすらもミラの身体には届かない。

的確に攻撃の全てをはたき落とし、完璧な精度で自身の身体を護り続けている。

まるで、堅牢に固められた城のような立ち回り。

 

(…武器を持った相手との戦い方は心得ている。)

 

ガンナーであるミラにとって懐に入られるのは致命的な展開だ。

だからこそ、それを補うためにミラは武器を持った敵を想定したシミュレーションを欠かさなかった。

何しろ、ハルカやバリトン、時にはフィリアにも付き合ってもらって何度も何度も、それこそ身体に染み付くほど鍛錬を重ねていたのだ。

先のように体勢を崩した状態であればいざ知らず、万全の状態であれば今更恐れるものは何もありはしない。

 

「チッ…。」

 

このまま詰め切るのは無理だと判断したのか、ラムダは舌打ちと共に一歩後ろへ飛んだ。

形勢判断としては間違っていない。

あのままナイフを振り続けたところでミラには傷一つつけられはしない。

体勢を立て直すべく距離を取ったのだろう。

 

(──来たッッ!!)

 

だがミラはこの瞬間を待っていた。

ラムダの意識が『攻撃』からその正反対の『回避』へと切り替わるこの瞬間を。

ミラは先程まで使用していなかったハンドガンをノータイムで発砲した。

緩んだ意識を即座に先鋭化させることは人間である以上不可能だ。

加えてミラの弾道も、1ミリの誤差もなくラムダの急所を狙って直線を描いていた。

 

「ッッぐ…!!」

 

しかし、相手も只者ではない。

驚異的な反射神経で咄嗟に迫る銃弾を避けた。

首元を狙った麻酔弾は本来の狙いの首から逸れて頬を掠めた程度だったが追撃を入れるための隙としては十分過ぎた。

右脚で思い切り踏み込み、銃口を回避行動中のラムダへと向ける。

 

「次は当てる…ッッ!!」

 

アイアンサイト越しであれば、ミラは狙った弾を外すことはない。

銃弾が身体を掠れめば誰だって動揺する。

ラムダの平静が戻るより先に仕留める…!

 

「──な」

 

だが照準の先に写り込んだものは体勢を立て直すラムダなどではなかった。

ミラの視界に映ったのは、鋼の鋒。

ひどく無骨で鋭利なそれが、ミラの眉間を狙って真っ直ぐに飛翔して来ていた。

 

「ッ!」

 

(投げナイフ…ッ!?いつの間に…!?)

 

「魂胆はお互い様でしたね。」

 

眼前まで迫っていたナイフを咄嗟に銃身で弾き返すが、ミラは自分の甘さに心の中で地面を殴る。

意識が切り替わる隙を狙うというのは、何も自分だけが狙える特権ではない。

ラムダもまた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を狙い続けていたのだ。

だが反省に入るにはまだ早すぎる。

一難去ってまた一難だ。

 

「ではさようなら。」

 

ラムダの指示を受けずとも、彼女の最大の刃は既に動いている。

暗がりになった視界を上に持ち上げれば、そこには深緑の巨影がギロチンの刃のような大爪を振り上げていた。

ラムダの従えたキラークローは音もなくミラの目の前まで迫っている。

このまま留まればミラの細身はあっという間に三枚おろしにされてしまうだろう。

いや、若しくは衝撃に耐えられずにひしゃげた肉塊に変わり果てるだろう。

 

──だが、ミラとてそう易々とやられる程生半可ではない。

 

「『テフラースケイル』ッッッッ!!」

 

瞬間、ミラとキラークローの間に橙色のヴェールが降りた。

不可侵の幕の前に、キラークローは苛立ったように喉を震わすと大人しくラムダの元へと戻っていった。

瓦礫に反響して響いた主人の命令の意図を汲み取り、テフラーは丁度ミラとラムダが接敵するタイミングで壁を作ってくれた。

相棒のこの上ない機転に感謝しながら、ミラは深く深く息を吐く。

 

「フゥ〜〜……!!」

 

「ハァ……鬱陶しい。」

 

再び数メートルの距離を取った二人は、冷静に目の前の強敵について分析する。

 

(……基礎的な武器術のレベルも高いけど、何より、キラークローが()()()()()()()()()()()動いて来た……。バリトンさんの報告にあがっていた『シンクロ』っていうのはアレのことかな…?

さっきみたいな牽制がいつまで効くかも未知数だし、時間を掛ければきっと対応してくる…。

それにあの反射速度……闇雲に撃っても弾は当たらないな。)

 

 

 

(『お母様』から与えられた情報よりもずっと出来ますね。攻撃面はそこそこでもあの防御力は中々に厄介…。

何より、こちらに遠距離攻撃手段はありませんが、あちらは低威力でもこちらを確実に削る『テフラースケイル』がある。)

 

たった一合手合わせをしただけでも、両者は必要な情報を集め切っていた。

互いの得手不得手、そしてリバイバーの性質。

武器、リーチ、反応速度。

情報がある程度出揃った以上、ここからは初見の要素に警戒をしつつ盤面を作っていく詰め将棋のようなものだ。

そして、高い戦闘IQを有する二人が出した結論は…

 

 

((面倒だ……。))

 

 

()()()()()()()()、ということだった。

そこまで思考を回して、ミラは手に持っていたハンドガンを無言でホルスターへと収めた。

 

「…投降ですか?」

 

「いや、多分こっちの方が戦りやすい。」

 

弾丸を躱すほどの速度の敵を相手に、ハンドガンが有効に働くとはとても思えない。

それに、当たらない以上は片手が塞がっている分無駄な要素でしかない。

両手を空にしたミラはだらりと脱力したままラムダへの距離を一歩、また一歩と踏み締める。

 

「……………舐められたものですね。」

 

手ぶらで近寄ってくるミラを不愉快そうに睨み付けながらラムダは懐から2本目のナイフを取り出して数度空を切る。

……ミラの狙いは近接戦だ。

中距離のまま戦っていれば、きっといつかキラークローの攻撃を捌き切れなくなる。

対して、先の攻防からミラが平静さを失わなければ接近戦における彼我の実力差は殆どない。

であれば、リバイバーに頼らず肉弾戦を仕掛けた方がマシだ。

寧ろ、ゼロ距離戦闘におけるミラの厄介さをラムダには既に植え付けている。

十分な勝算を持ったが故の行動だった。

 

二人の距離はみるみる縮まる。

5m、3m、1m、そして、0距離。

互いの吐く息すら肌で感じられるほどの至近距離で巻き起こるの単純明快。

 

 

 

「──フッ!」

 

「──セァッ!!」

 

 

──超至近でのど突き合いだ。

殺しの技を身に付けた二人の攻防は一切の躊躇も油断もない。

初撃の刺突と肘打ちを互いにいなすと、即座に次の狙いへ切り替える。

首筋、人中、鳩尾、脇腹、顎先、レバー、膝。

ありとあらゆる急所という急所への攻撃を互いに捌いて、避けて、打ち落とす。

カウンターを打ち合い、さらにそれに対するカウンターを放つ無限ループにも思えるような展開。

現時点での互いの力量差はほぼ互角。

持てる手札は出し尽くしている。

だがミラには一つだけ隠し玉があった。

それを出すにはまずは攻勢に出なければならない。

虎穴に入らずんば虎子を得ず。

どれだけのダメージを負うか見当も付かないがミラは前へ一歩を踏み出す。

 

「…さて。」

 

これまではカウンターに徹していたミラが、初めて自分から攻撃を仕掛けた。

ナイフを持ち、振り抜こうとするラムダの機先を制するように手首へ肘打ちを叩きつける。

 

「ッ!」

 

彼女の手からするりと刃が落下するが、ラムダは即座に握っていた小さな掌を鋭い貫手へ変形させそのままミラの右目目掛けて突き入れる。

だがそれすら手首を抑え軽々と防ぐと、ミラはふぅ、と小さく息を吸った。

そして次の瞬間、

 

 

 

「──『柳返し』。」

 

 

 

「ッッ!?」

 

ブオン、とラムダの身体が紙切れのように宙を舞った。

反転しブレる視界の中で、ラムダは何が起きたかすら理解出来ていない。

無理からぬことだ。

この技はミラですら初めは何をされたかすら分からなかったものだ。

誰も片腕を掴まれた程度で投げ飛ばされるなんて夢にも思わないだろう。

 

──バリトン直伝、『柳返し』。

 

幾度も幾度も稽古で投げ飛ばされた果てに見様見真似で受け継いだ技術。

力の流れをコントロールし、最低限の力で敵の動きを自由自在に操るバリトンの十八番芸だ。

初見では何が起きたのかすら把握出来ないほどの精度と流麗さ。

ミラのものはまだそこまでの領域には達していないが実戦でも十分に使用可能なレベルにまでは到達していた。

だが、

 

「ッっあ!?」

 

ラムダの腕を掴んでいたはずの右手に、激痛が走る。

そしてその先に映った光景に、目を疑った。

 

「……この程度でいい気になれるとは。何もかもがおめでたい。」

 

ラムダは()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()を保っていた。

まるでや雑技団サーカス団員のような体捌き。

とんでもない握力と体幹、そして反射神経がこの芸当を可能としているのだろう。

そして、今ミラの右手にはそれを実現する握力とラムダの体重の全てが加えられている。

即座に折れなかっただけ奇跡だ。

ミラの細腕を握り潰そうとする腕を振り払うが、綿のように軽い身のこなしのラムダはその程度ではビクともしない。

それどころか、振るった腕の運動エネルギーをそのまま勢いに乗せて……

 

 

「ッッッッ!!!」

 

 

側頭部を狙った右脚蹴りを振り抜いた。

ビキビキと筋肉と神経と骨を破壊する濁った音が骨伝いに響き渡る。

全身の筋肉を硬直させ、衝撃に備えたがラムダの一撃はその想定の遥か上を行っていた。

その一撃の威力は、ハッキリ言って普通ではない。

14、15歳ほどの少女が出せる力ではなく、当たりどころが悪ければ大の大人でも殺害せしめる威力。

反射的に左腕を挟み込んでクッション代わりにしたが、それでも威力を殺しきれずにミラは石畳の上を転がる。

空と地面が交互に飛び込んでくる視界の中でミラは己の甘さに歯噛みする。

痛みを堪えながら立ち上がり、左掌を何度か握っては放すが幸い動作に問題はない。

追撃に備えて視点を敵影へと切り替えるが、幸運なことにラムダは今のところ追撃に動くつもりは無いらしい。

与えられた時間を無駄にすることなくミラは相棒の元へと身を引く。

 

「理解出来ましたか?貴女は私より下です。」

 

冷え切った視線のラムダは勝ち誇っているわけでもなく、慢心しているわけでもない。

ただただ厳然たる事実をミラに見せ付けているだけだ。

実際、悔しいが何も反論することが出来ない。

体術も身体能力も、リバイバーを用いた戦闘でもラムダはミラの上を行っている。

下手をすればコードネームを持つ騎士たちにも匹敵し得る程の実力。

未だ並の騎士に甘んじている自分にとっては間違いなく格上の強敵だ。

 

「そうだね。凄く腹が立つけどそれは事実だ。」

 

「そうですか、理解が早くて助かります。それじゃあさっさと尻尾を巻いて逃げるか殺されるかしてくれますか?」

 

ラムダは、やはり追撃をしてくるつもりは無いようだ。

恐らく、ミラたちを抹殺しろ、という命令はされていないのだろう。

彼女に与えられた役目は『リリーを逃すための時間稼ぎ』。

それさえ叶えば、手段も敵の生死も問わないらしい。

反して、ミラの状況は不芳と評さざるを得ない。

格上の敵を前に援軍もなし。

だが、ご丁寧に退路だけは用意されている。

まるで、()()()()()()()()()と言われているようなお誂え向きの現状。

しかしちっぽけながら、ミラにだってプライドはある。

騎士としての矜持もある。

 

……それに何より、友達の前で格好悪い姿だけは見せたく無い。

フィリアにとって自分は友達である以前に、頼れる先輩騎士だ。

そのイメージだけは死守したいというこれまでのミラでは考えられない感情に、自分自身驚いている。

 

「…………退く気はなし、ですか。」

 

闘志を絶やさずに敵だけを見据えるミラの姿を見て、ラムダは心底嫌そうに首を鳴らす。

それを合図にミラもまた再び意識を戦闘だけに集中させた。

 

「──それじゃあ、お望み通りに殺してあげますよ。」

 

この状況で逆転する一手があるとすれば、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()

そしてミラには、たった一つだけその要件を満たす策が頭に浮かんでいた。

そこまで思い至って、追加で呼び出そうとしたダケルスのメダルを再び懐へと戻した。

一分の隙のないラムダを出し抜くためには、彼女とキラークローの注意がミラとテフラーだけに向いている方が都合が良かった。

あとは、ミラが如何にラムダの猛攻を捌き切るかに掛かっている。

 

「──『シンクロ』、レベル3。」

 

「GYUAAAAッッ!!」

 

ラムダの瞳が真紅に染まると同時にキラークローが甲高く咆哮する。

耳をつんざく雄叫びにミラは思わず耳を塞ぐが、そのアクションが良くなかった。

 

「…速…ッ!?」

 

次の瞬間には、新緑の巨体はミラの視界から消失していた。

だが正確には消えたわけではない。

ミラの聴覚は確かにリバイバーの足音を捉えていた。

それも、廃墟群の周囲に急激に土煙が舞い上がっている。

これはつまり…目で追うことも出来ないスピードでキラークローがミラたちの周囲数十メートルを駆け回っているということだ。

一見何の意味があるのかも分からない行動だったが、その目論見はすぐに見えてきた。

 

「…っ目眩しか…!」

 

あれだけの巨体が走り回っている…いや最早暴れ回っていると表現した方が適切かもしれない。

そのくらいの規模で物体が動けば、周囲には砂煙が充満してくる。

加えて、あのキラークローは石畳を踏み砕き、その爪で粉砕しながら疾走している。

あっという間にミラとテフラーは砂嵐のよう視界の中に呑み込まれた。

 

「───。」

 

目を開けることすら痛みを伴う世界の中で、敵はどこから襲って来るのか全く分からない。

聴覚を研ぎ澄ませても聞こえて来るのは逸る自分の息遣いと、キラークローの足音だけ。

テフラーの足元でミラは敵の到来へ身構えるが、その気配は一向にない。

 

「──────っ。」

 

心臓が急加速する。

嫌な脂汗が頬を伝う。

水分の枯れた口内から絞り出した生唾を飲み込む。

神経が削れる音が聞こえる気がしてくる。

この状況ではどう足掻いても後手に回ってしまう。

格上の敵を相手にそれは敗北を意味している。

どこから、一体どうやって攻めて来る?

それとも、このまま消耗させることが狙い?

何か、この視界と状況を利用した対策は?

真正面から、あの強敵を倒す方法は…

 

 

 

 

『別に、正道で勝つ必要なんてないでしょ。』

 

「……あ。」

 

ふと思い出したのは、師の一人の言葉。

かつて母の右腕を務めていた副官、サーペンティの言葉だ。

バリトンやリオネスと同じく、初期メンバーであった彼はミラの育成係のようなものを引き受けてくれていた。

加えて、彼の相棒はミラのテフラーと同じ系統のエボルバーであるパピゴン。

そのため、ミラは頻繁に彼から教えを乞うていたのだった。

 

『よく考えなよ。人間は石器時代から姑息で卑怯な生き物だよ?大きなマンモスを真正面から相手にしたらあっという間に蹴散らされて終わり。

じゃあどうやって倒すか?方法はいくらでもある。毒を使って、追い立てて、足を潰して息の根を止める。

……あ〜、手段は選ぶなって言った方が伝わる?』

 

実に腹立たしい小馬鹿にしたような言い回しだ。

しかし、その言葉は戦いの芯を捉えたものでもある。

だが後半部分はさておき、前半部分には一理あると当時も思っていた。

 

…思い出した。

ミラはまだまだ、一人前には程遠い騎士だ。

そんな騎士が勝ち方に拘るなんて、100年早い。

正々堂々騎士として勝つのはそれこそCNを得てからでも十分だろう。

 

「テフラー、よく聞いて。」

 

最高のシチュエーションを作り上げるための作戦を、ミラは相棒へ託した。

 

 

 

 

 

 

 

視点は変わって、ラムダは煙る世界の中を悠々と歩いていた。

息も瞬きも最低限に留めて、限界まで生命としての気配を薄れさせる。

よほど野生の勘が鋭い人間でも無い限り今のラムダの気配を捉える事は不可能だ。

それに、態々速攻をかける必要もない。

何故なら、この極限状況で平静を保てる人間などいるはずがないからだ。

そんな奴がいるのだとすれば、それは余程の狂人か理性よりも野生が強い野蛮人くらい。

だが、先の対戦相手はそのようなタイプとは見受けられなかった。

だからいずれ神経を限界まで削られて、消耗して、隙が生まれる。

ただただその瞬間を待てばいい。

例え得意の鱗粉で壁を作ったところで、『シンクロ』をレベル3まで発動させた状態ならば強攻突破することも容易。

これだけ有利な要素が揃い、磐石の状況であってもラムダは油断も隙も見せない。

ただただマニュアル的に、事務的に敵を始末することをモットーとしている。

 

(……キラークロー。)

 

キラークローと思考を共有しながら、タイミングを量る。

既にテフラーの足元に立つ敵影は見えている。

あとは決着の瞬間を逃さなければいい。

キラークローと共に全力の刺突を一突き入れればそれで終わり。

足止め、という形とは違ってしまうが任務は完了だ。

 

 

──そうすれば、少しは褒めてもらえるだろうか。

認めてもらえるだろうか。

生まれてきた意味を肯定してもらえるだろうか。

あの無機質で毒々しい仮面の『母』に。

ほんの少しでも、失敗作の自分を。

 

「…っ。」

 

浮かび上がる雑念を振り払い、ラムダはナイフを固く握り締める。

 

(…違う、私はお母様の道具。その為だけに作られた兵器。)

 

何度繰り返したか覚えてもいない自己暗示を心の中で反復詠唱して、天を仰ぐ。

感傷は必要ない。

ただ自分は、任されたことをするだけでいい。

それだけで良いんだ。

倒すべき眼帯の彼女には特に恨みはないが、死んでもらう。

それが、母の望みだから。

 

(『シンクロ』……レベル3ッ!)

 

再び瞳を真紅に変えたラムダが、キラークローと共に蝶のような竜の背後から吶喊する。

狙うはミラとテフラーの背面。

反応する隙も与えずに確実に始末する。

『シンクロ』によって身体能力は格段に向上している。

音すら置き去りにしたこれはどうやっても回避のしようがない。

勝った、そうラムダか確信した時だった。

 

 

 

 

 

バンッッ!!

 

 

 

 

 

軽快な炸裂音と共に並走していたキラークローの足元が弾けた。

 

「OOGAA!!?」

 

「っキラークロー!!?」

 

ラムダの疑問に回答が与えられるよりも早く、呼応するように連続して土煙の中を何かが弾け続ける。

 

(…ッ地雷!?そんなもの一体どこに…!!)

 

一つ一つの衝撃は大したことがなくとも、数が合わさればそれなりの規模となる。

その証拠に、ミラたちを包んでいた砂嵐は跡形もなく散り散りになっていた。

突然且つ慮外のハプニングにラムダとキラークローの反応速度は著しく低下する。

キラークローはバランスを崩してその場に膝を突き、ラムダもまた視界からミラを外した。

時間にして、コンマ数秒。

それだけの時間があればミラとテフラーは敵を認識し、即座に対応出来る。

 

「『テフラーサマー』ッッ!!」

 

「kyuaaaッ!」

 

膝を折り、動きを止めた相手に渾身の一撃を叩き込むことなんて朝飯前だ。

頼もしい雄叫びと共にテフラーは全力のサマーソルトキックを放つ。

 

「───GAッッ───!!?」

 

乾いた鞭打のような破裂音が響くと共に、キラークローはサッカーボールのように廃墟を突き抜け吹き飛んでいく。

一つ二つと煉瓦造りの建物を破壊しながら飛んでいくキラークローは、まるで花火の火のようだった。

先程自分が上げたものよりも遥かに高く上がった土煙の中で、深緑の石竜子はグッタリと倒れ伏している。

最も頼れる相棒を失いながらも、ラムダは周囲を見渡した。

何かが破裂した衝撃で巻き上げられた砂煙が晴れるとそこには…

 

「……鱗、粉…!?」

 

一塊に集約されたテフラーの鱗粉がまるで地雷のようにミラたちを取り囲んでいた。

そう、先程足下で弾けたのはこの罠だった。

そのままでは決して起爆せず、短時間で霧散してしまうピーキーな性能を持ったトラップ。

ミラはオークション戦及び『無花果の会」との戦いの後からは地力の鍛錬は当然として、搦手の訓練も欠かさなかった。

そしてかつて自分を育ててくれたサーペンティの戦い方を参考にしてこれを編み出したのだった。

騎士らしからぬ姑息な手段で戦う人だったが、今なら彼のスタンスにも納得がいく。

こういう小技があるからこそ大技が映えるのだ。

 

「やっと隙が出来たね。」

 

不意打ちを受けた主従が戸惑う中、ミラは生まれた一瞬の隙を見逃さなかった。

 

「っく…!!」

 

急接近するミラに、ラムダは咄嗟に反応出来ない。

『シンクロ』が続いていれば、この程度の速度なら避けるなんて造作もない。

寧ろゆっくりと数発のカウンターを入れる余裕さえある。

だがラムダとキラークローの感覚の共有は既に途切れている。

いかに鋼の理性を持っている彼女でも、予測出来ていなかった事態には年相応に驚愕を見せる。

苦し紛れに繰り出した貫手をあっさりと避け、ミラはそのまま手首を抑える。

 

「ッ!?」

 

その瞬間、ガクンとラムダは片膝を()()()()()

まるで初めからそう動くつもりだったかのような、見えない糸で操られているような。

この奇妙な感覚には覚えがあった。

 

(これは…さっきの…っ!!)

 

先の打ち合いで綺麗に投げ飛ばされたものと全く同じ。

力の流れを滅茶苦茶に乱されたような不可解な現象だ。

先刻は精神的にも落ち着いていたため初見で対応することが出来たが、焦りで心が乱れた中でこれを対策することは不可能。

そもそも、投げ飛ばすだけが『柳返し』の本質ではない。

防御と共にカウンターとして使用することも、そこから派生して大技に繋ぐことも可能。

変幻自在の絶技こそがバリトン考案の『柳返し』。

 

ラムダは体勢を立て直そうと反射的に背後へと跳ぶがそこまで含めてミラの狙い通りだった。

その刹那にミラは身体を翻し、左脚を軸に勢いを殺さないまま回転を乗せる。

全身の筋肉を連動させ一切の無駄なく破壊力を足先だけに集中させた。

しなる右脚をそのまま標的へと向け、0.2秒後の衝突へと脊髄経由で身体が身構える。

隙だらけの敵と、最高のシチュエーション。

主役のようなお膳立ての元、硬い靴先がラムダの腹部へと触れた。

 

 

 

「──ハァッッッッ!!!」

 

 

 

直後、全身全霊の回し蹴りがラムダの腹部へと叩き込まれた。

 

 

「──────ッッッァッ!!!!

 

相方のキラークローと同じく、ラムダは綺麗に吹き飛び廃墟の壁へと叩き付けられた。

 

「ッく…!!この程度…!」

 

呼吸すら出来ないはずの衝撃を受けながらも、ラムダは尚も立ち上がった。

インパクトの間際に後ろに跳んだおかげで内臓破裂と気絶は免れたようだが、それでも大ダメージであることに変わりはない。

だが、

 

「残念だけど、これで終わりだよ。」

 

口の端から血を流しながらも継戦体勢を取るラムダを目の当たりにしながらも、ミラは追撃の姿勢すら見せない。

それだけでは飽き足らず、ミラは衝撃で痺れるつま先でコツコツと地面を鳴らすと、そのままラムダから視線を切り替えた。

 

「………は?」

 

侮られているとしか思えない一連の動作。

青筋を浮かべナイフを握り直すラムダだったが、投げかけられた言葉は確かに真実を捉えていた。

その証左として、直後にリバイバー特有の低い唸り声が鼓膜を震わす。

異変に気付いて周囲を警戒した時にはすでに遅かった。

瞬間、死角から突如として一面の蒼海が広がっていた。

そして…

 

「『ブルースネーク』。」

 

ドン、という音と共に2人の少女の戦場は終幕を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十秒後、ミラは再び煙始めた街を歩きラムダがいるであろう場所へと足を運ぶ。

 

「……………成程。これが狙いでしたか。」

 

「……降伏をお勧めするけど。」

 

巻き上がる砂煙が晴れたそこには、プレシオの両顎が刺又のようになって壁に縫い付けられたラムダの姿があった。

 

──ミラが戦闘中に見据えていたのは、この状況だった。

完全にラムダの視点からは消えていたプレシオによる奇襲。

ミラが格上のリバイバーであるキラークローを相手に、ダケルスを戦闘で呼び出さなかった理由はこれだった。

リバイバーによる3対3の構図。

その固定観念を呼び起こさせないためにミラはあえてテフラーのみで戦闘を行っていたのだ。

 

「動くと怪我するよ?」

 

身じろぎをするラムダを見下ろしながら、ミラはホルスターからハンドガンを取り出し弾倉に麻酔弾を装填する。

プレシオは可愛らしく愛くるしい容姿をしているが、太古の海を支配した頂点の一角、プレシオサウルスのリバイバー。

ラムダがこのまま身動き一つでもすれば、その牙は役割通りに彼女の肉を引き裂くだろう。

かと言ってこのまま動かなければミラの麻酔銃で完全に行動不能となる。

……完全に詰みだ。

 

「これは想定外。意外とやりますね、一人じゃ何もできない木偶の坊かと思ってました。」

 

だがこの盤面であってもラムダは『母親』と同じく余裕の姿勢を崩さない。

癪に障る態度と言葉だが、今や負け犬の遠吠えだ。

そう自分に言い聞かせてラムダの首筋に冷たい銃口を押し付けた。

 

「口だけは動くね。このまま拘束させて貰う。」

 

あとはこの引き金を引くだけで終わる。

そうすれば、『コルタナ』…….ひいては『円卓』へと仇なす組織への足掛かりが掴めるはずだ。

 

……それに、彼女とフィリアの関係も。

 

だが、その雑念がほんの少し。

認識すら難しいほどの隙を生んでいた。

撃鉄を鳴らす数瞬前。

ラムダの口元が緩んだ。

 

「………………一個訂正。やっぱり木偶の坊ですね貴方。」

 

不敵な笑みと共に紡がれた単語たちに、背筋が凍る。

見落とした要素などない筈なのに、猛烈に嫌な予感がする。

そしてその予感の正体は、探るまでもなく背後の轟音という形で現れた。

 

 

 

「GAAAAAAAッッ!!」

 

 

 

「なッ!!?」

 

振り返ったそこに映っていたのは先程よりもさらに速く此方へ突撃してくるキラークローの姿。

おまけに、既に両爪を振り上げている状態。

倒された筈の敵の復活に真っ先に『何故』と問いが脳内を通り過ぎるが、答えはシンプルだ。

──主人のラムダと同じくインパクトの瞬間にほぼ同速で後ろへ跳び、ダメージを軽減したのだ。

 

このままミラとプレシオに攻撃をするつもりならば、主人であるラムダまで巻き添えで切り刻まれることとなる。

ブラフ、そう読んだミラは構わず引き金を指を掛ける。

だが、

 

(………止まらない!?)

 

キラークローの進撃は止まらない。

主人を巻き込むことにも、迎撃され得ることにもこの狂戦士は興味を向けない。

理解の出来ないその蛮行には、ミラですら目を丸くする。

ほんの数秒の出来事だが、この時間が致命的だった。

先程の破壊音に気が付いた瞬間に回避していれば或いは避けられていたかもしれない。

だがもう避けられない。

眼前に迫る不可避の攻撃は逃れようがない。

 

(…読み違えたッ…!回避…無理…!迎撃……ダメ!!どうすれば…!!)

 

全力で思考を回すミラだったが、プレシオも同様に()()()()()()()()()()()()()()を考えていた。

捕らえた目の前の少女を離せば、主人を守ることは可能だ。

だがそれはこの戦いの意味を失わせることになる。

主人が身を削って得た成果を捨てることになる。

しかし、従者である身で考えることは一つしかない。

プレシオは咄嗟にラムダの拘束を解き、ミラの前に壁として飛び出した。

 

「プレシオ!!」

 

小さな体躯は倍以上の体格を有する怪物の前ではちり紙程度の存在だ。

巨大な爪の一撃をマトモに喰らったプレシオは、吹き飛ぶ間もなくメダルの姿へと逆戻りした。

だが、キラークローは止まることなく次の標的をミラへと即座に変更する。

 

「ダケルスッ!」

 

死を直感したミラは温存していた最後のリバイバーを呼び出し、その陰へと飛び込んだ。

 

「gruuuuu……。」

 

だが突如現れた紅色の壁を前に、キラークローは手を出すことなくあっさりと身を引いた。

その向かった先は、言うまでもなく主人の元だ。

拘束から逃れたラムダは、薄く血の滲んだ腕を撫でるとため息混じりに踵を返す。

 

「……道連れで死ぬつもりでしたが………。お互い、お利口さんな味方に救われましたね。

まあ何にせよ、今日のところはここまでです。『お母様』も逃げ切ったみたいですし、私もここで。」

 

「…ックソ…!!」

 

撤退するつもりのラムダを捕え切る手段を、今のミラは持っていない。

報告通りであれば、彼女たちは撤退の際にカセキパークと同型の転送装備を使用する。

テレポートに等しいそれを止めることなど不可能だ。

ましてや、ラムダの相棒であるキラークローが健在な今は間違いなく無理だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ミラ一人であれば。

 

「ッ!!!??」

 

転送装置を起動しようとしたラムダの首筋を、高速の弾丸が掠める。

発砲音すら届かないほどの遠方から放たれた魔弾は、一ミリの狂いもなく次々とラムダを目掛けて殺到して来た。

 

「守れキラークローッ!!」

 

主人の命令に、キラークローは即座に反応してラムダの前へ出て肉壁となる。

だが、

 

「GIA……!」

 

「何…ッ!?」

 

ぐらりと、キラークローの巨体がよろめいた。

リバイバーとは本来、ただの銃弾など何発受けようと擦り傷にもならないはずだ。

麻酔弾であっても何発も打ち込まなければ効果すら出ない。

それも、更に強化が加えられたラムダの個体は尚更こんなものが効くはずもない。

あり得ない事態にラムダは目を見開くが、直後ことの真相へと辿り着く。

麻酔弾は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()放たれていた。

皮膚の柔らかい部分や粘膜、麻酔弾が刺さり効果を最大限発揮する場所だけを狙撃されている。

こんな射撃が出来る人物は、この世に二人といない。

 

「…シャグランさん…!」

 

ミラにとってトリスタンたる彼の援護は喜ばしいものだったが、敵対するラムダにとっては悪夢でしかない。

そして彼がこれほど早く別の戦場へと足を運べた、ということが意味するのは

 

「っクソ…もう向こうが片付いたのか…!」

 

もう一つの戦場が、既に制圧されたということだ。

相手が一人なら、逃げるだけであれば容易いことだったが、正確無比な射撃を連発してくるトリスタンを相手に逃げ切るのは至難の業だ。

 

「戻れ!キラークロー!」

 

最早肉壁としても機能していないキラークローをメダルの姿へ戻すと、ラムダは全力で路地裏へと駆ける。

 

「逃すか…!!!」

 

ここまで来て取り逃すことは許されない。

ミラは即座に追撃を選択し、シャグランも彼女の意を汲んで全霊でサポートすることを決めた。

 

「……さて。」

 

だが、

 

 

 

 

「──は?」

 

 

 

 

スコープ越しに覗いた光景に、掠れた声が思わず漏れる。

彼の目に映ったのは、ラムダとミラの姿などではない。

シャグランの目を見開かせたのはモノが有るのはさらにその先。

 

──廃墟や石畳がまるでレゴブロックのような勢いで巻き上がり、砕け散り、砂になるまで分解されていた。

まるで巨大な蛇が口を開けて辺り一帯のものを飲み込んでいるような情景。

破滅的で理不尽で、自然災害のようにも見える悪夢の具現。

そして、そのナニカはそのまま真っ直ぐミラたちのいる場所まで直進しようとしている。

もはや一刻の猶予もない。

だがこの状況で自分に打てる対策は残念ながら何もない。

シャグランは先程ようやく回復した通信回路越しにミラへ危機を伝えることしか出来なかった。

 

 

『───ミラさんッ!!避けて下さいッッッッ!!!!』

 

耳元で響いた尋常ならざる声色に反射的に足が止まる。

いや、足を止めた理由はそれだけではない。

走り出そうと踏み込んだ足から伝わってくる振動。

地鳴りと振動が段々と大きくなっていくのが分かる。

見当もつかないが、何かがこちらに向かって来ている。

それも、リバイバーでも何でもない得体の知れないナニカが。

視線をその不明物に向けたその時だった。

 

瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       ズン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

という激しい轟音と衝撃波と共にラムダとミラの間にあったはずの道の全てが消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これは………何、が……?」

 

圧倒的な暴力が目の前を通り過ぎた数分後。

何が起きたのかを理解できずに、ミラは尻餅をついたままで唖然としていた。

破壊が通り過ぎた前後を見渡すが、そこには全く同じ現実が横たわっている。

それは即ち、『滅亡』。

いや、厄災に近しいかも知れない。

巨大な蛇が通り過ぎたような、それとも怪物が走り抜けたような。

生命の痕跡の一切を許さずに消し去られたような瓦礫の山が広がっていた。

攻撃で飛んで来たであろう先の景色に意識を向けるが、そこにも全く同じ破滅的な光景が広がっている。

その距離は、実に数千メートルにも及んでいた。

不意に故郷で起きた戦争を想起させる光景に吐き気を覚えながらも、ミラは真っ先に本来の敵の姿を捜す。

だが、

 

「…逃げられた……か。」

 

先程まで確かにいたはずのラムダの姿は、既にこの廃墟群の中から消え去っていた。

元より格上の敵だったが、あと一息のところまで追い詰めたにも関わらず取り逃がしてしまったのはあまりにも口惜しい。

浅く溜息を吐きながら空を見上げると、背後からそよ風のような風が吹いた。

 

「ミラさんッ!」

 

「トリスタン卿!」

 

背後へ視線を向けると、そこにはシャグランとその相棒フェイルノートが中空から降下して来た。

ミラの無事を確認すると、シャグランは顔を青くしたまま駆け寄る。

 

「ご無事でしたか!?お怪我は!?」

 

高級そうなズボンに土が付くのも厭わずに、膝を地面に付けてミラの視線の高さへ合わせてくれた。

それだけで彼がどれほど心配してくれていたのかが伝わって来る。

先程頼もしい援護をしてくれた彼に、本物の家族のように心を砕いてくれる彼にミラは二つの意味を持って彼に頭を下げる。

 

「申し訳ありません…敵を、取り逃しました…。」

 

優しい彼はきっと叱責の言葉なんて言わないと分かっている。

寧ろ、無事でいたことに涙を流してくれる善性の塊のような人だ。

だがそれでも、そんな彼に甘えてなあなあで済ませようとはミラにはどうしてもできなかった。

 

「いえ、そんなことよりも貴女が無事で良かったです…。」

 

だがシャグランのリアクションはミラの想像通りだった。

心底安堵したように目を細めると、シャグランは胸に手を当てる。

母親のように見えてしまうほど穏やかなその所作に心休まると同時に、自分たちのいる場所の異質さにも意識が強まった。

それはシャグランも同じだったようで、彼は視線を目の前に横たわる破壊跡へと向けた。

 

「これは……何なんですか…?何か見えましたか?」

 

「いいえ……。気が付いた時には衝撃波のようなナニカがすぐそこまで迫って来ていました。

…ですが、今言えることは一刻も早くこの場を離れることが肝要ということです。」

 

シャグランの頬には一筋の冷や汗が伝っている。

それはそれだけ、この先にあるだろう怪物が規格外であることを示していた。

今のミラでは得体が知らない、という程度のことしか分からない。

 

「戻りましょう。我々の任務は、一旦ここで打ち切ります。」

 

こうして、多くの謎を残したまま此度の『コルタナ』の任務は終了した。




補足①
ミューとラムダの『シンクロ』について。
詳細は今後作中で描写しますが、とりあえずレベル別でどんな効果があるのかを載せておきます。
レベル1→常時発動している能力。リバイバーと思考を共有することが可能。ただしワザの発動はさせられない。土煙の中を移動している際に使用しているのはこれ。
レベル2→ホリダーにリバイバーの感覚能力が上乗せされ、動体視力や反射神経が向上する。ミラと肉弾戦をしている時はこれを使用していた。
レベル3→主従で完全に思考、感覚を共有することが可能となり一切指示を出さずとも高度な連携や攻撃が可能となる。
レベル4→ホリダー、リバイバー共に大幅にパワーアップする。特にホリダー本人がリバイバー並みの膂力と速度を発揮する。ただし負担が大きすぎるので長時間発動すると最悪の場合死亡する。

補足②
ラムダとミラの力関係について。
今回の戦闘の描写的に、ミラの方がラムダよりも強い風に見えてしまいますが実はそんなことはありません。
この二人の力関係としては
・初見時のみミラが微有利
・お互いに完全に手の内を知り尽くしていればラムダが勝ちます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。