Rebellion Against Fate 作:zawadinosaur
──お昼過ぎた時間帯。
一通りの買い物を終えたフィリアとミラは、ジャンクな軽食を済ませてデパートの上層階に展開しているフードコートに足を運んでいた。
家族連れやパートナーを連れた人々が多く歩く中、2人が目指したのは入り口に若者の行列が出来ているスイーツ店だった。
普段ならそこまで興味のない場所だったが、わざわざ列に並んでまで入店したのはワケがあった。
「うっっひょ〜美味しそう〜!!!」
その目的はただ一つ。
このデパート店限定で出品されている、リバイバーを模したスイーツだ。
フィリアが注文したのは、『ペンデスケーキ』。
サクサクのデニッシュパンの上には、これでもかと言うほどチョコレートソースと生クリームがデコレーションされていて、ペンデスの特徴的な甲羅がしっかりと再現されていた。
数枚の写真だけを残して、フィリアは冷めないうちに甲羅を模したパンに容赦なくフォークを突き刺し、ソースの滴る欠片を欲望の赴くままに頬張る。
「んん〜〜!美味しすぎ!!」
舌の上で弾ける甘味と、まろやかな風味。
後から追いかけてくるシナモンの香りと、バターの濃厚さ。
正しく代償を支払った先にある至福といった素晴らしい味わいだ。
頬っぺたが落ちそうなほど甘美な味わい舌鼓を打ちつつ、フィリアは対面に座るミラのお皿に目を向ける。
「本当だ、美味しいねこれ。」
ミラが頼んでいたのは、デフォルメされたアノマーロを模した『アノマロケーキ』。
全体に掛けられた薄緑色のソースが一体何味なのかはひたすらに気になるが、美味しそうに食べているあたり味は良いようだ。
だが…
「………ふふふ。」
それ以上に、フィリアにとっては喜ばしいことがあった。
「どうかした?」
口をもぐもぐと動かしながらミラは目を丸くしているが、それすら含めて嬉しくなってしまう。
「いやさ、ミラも変わったなって思って。」
「……変わった……かな?」
「変わったよ!前までは『こんな高カロリーなものを…!!』って言ってこんな顔してたよこんな顔!!」
フィリアは両目を指で吊り上げて、口をへの字に曲げて大袈裟な鬼の形相を作る。
流石にこれ程の表情はしていなかったが、以前までのミラは少なくとも甘いものと油ものにはあからさまに嫌そうな顔をしていた。
それが今や、フィリアに付き合ってとはいえこうしてカロリーの塊のようなものを美味しそうに食べている。
自分の存在が、ミラに少しでも影響を刻めたことが嬉しくて仕方がない。
長い長い彼女の人生の1ページに、フィリアの存在が書き加えられてくれればそれだけで報われた気持ちになる。
「……悪意を感じる。」
ミラは不服そうに眉を顰めているが、その手は止まることはない。
フォークとナイフを器用に使ってケーキの欠片を口に運び続けていく。
そのうち、皺の寄っていた眉間からも、甘味のおかげでむしろ眉が下がる。
やはり甘味は世界を救うのだ。
「…私に…色んなことを教えてくれたのはフィリアだよ。楽しい時は、全力で楽しんでいいんだって。友達といる時間はこんなに幸せなんだって。」
穏やかにそう語るミラは、フィリアを照らしてくれる光そのものだった。
太陽ほど光り輝くことはなくても、月明かりのような穏やかで優しい光。
つい先程気が付いた自分の気持ちもあって、意識すればするほど直視出来なくなってしまう。
「えへへ、どういたしまして。」
照れ笑いのまま、フィリアはそれを誤魔化すようにドリンクのカフェオレを喉に流し込む。
「……でも、この後は絶対に元の予定に戻るよ。これ以上は流石に看過できない。」
「分かってるってぇ…!」
まるでお母さんや引率の先生のように目を尖らせるミラの眼光を前に、フィリアはようやく観念するのであった。
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食後、人混みを避けながら2人が辿り着いたのは、地下一階に居を構えている薄暗い店。
減光している照明たちに照らされたそこは、いかにもアングラな雰囲気を纏っている。
事前に聞いていた通り、本当にここはミリタリーショップなようで店頭にはすでにサバゲー用の模造銃が物々しく立ち並んでいた。
それに、店内から煙のような…花のような香りが漂って来ていていかにも入店するのに勇気が必要な外観だ。
…一応、フィリアは事前にミラからメーレがどんな人物かは聞いていた。
元『コルタナ』の武器調達を担当していた女性だそうで、古参メンバー全員の武器の点検もしていたそうな。
この店の見た目からメーレの容姿をフィリアは想像するが、どう考えてもイレズミだらけの怖い人のイメージ像にしか辿り付かない。
下手を打ったら消されてしまうのではないだろうか。
そんな嫌な想像ばかりして固唾を飲むフィリアだったが、
「さ、行くよ。」
ミラは尻込みしているフィリアの手を引いてズンズンと入り口へと突貫して行ってしまう。
「ちょっとぉ….!!まだ心の準備が…!!」
「大丈夫、メーレさん優しいから。……ちょっと変わってるけど。」
確かに旧知の間柄であればそうなのかも知れないが、こちとら今日が初対面だ。
逸る鼓動も廻らない頭も関係なしに、フィリアは店まで引き摺られていったのだった。
「御免ください、メーレさん。」
ミラに一応店外で待っているように言われていたため、フィリアはマガジンの並べられた棚に隠れながらコソコソと店の中の様子を見つめていた。
薄暗い中、煌々とネオンが光る店内。
物々しい武器ばかりが陳列された店の奥から出て来たのは…
「お〜……らっしゃいらっしゃい。」
「お久しぶりです、メーレさん。」
明らかに丈があっていない露出度満点のタンクトップとショートパンツ。
そして服では隠し切れないほどのナイスバディも相まって、ほぼ下着同然の格好をした女性だった。
さっきまで寝ていたのか、寝癖は生え放題で寝ぼけ眼もとろんとしている。
一目で分かるヴェナに負けず劣らずの堕落具合に、本当にこの人物が先輩のメーレであるのか疑わしくなって来た。
だが、ミラの言葉を鑑みればこの人こそがそうなのだろう。
事前イメージとあまりに違うその姿に困惑しつつも、とりあえずはことの成り行きを見守る。
「なんだミラかよ……って何だその服?」
「いえ……ちょっと諸事情ありまして…。」
いつもと違う服装を指摘されたミラは少し気恥ずかしそうにしているが、メーレは「ふ〜ん」、と気のない相槌を返す。
何度か欠伸を繰り返して、メーレはヨレヨレと店のカウンターに腰掛けると周囲のことなんて眼中に入っていないかのように大胡座を描く。
あまりに際どすぎる絵面に、フィリアは咄嗟に目を逸らすがミラは特に気にする様子もなく彼女に正面から向かい合っている。
きっとこの人は『円卓』にいた頃からこんな感じだったのだろう。
だとすれば、一体何人の癖を破壊して来たのだろうかこの御仁は。
「そんで、今日はどうした?銃の新調?弾薬補充?それとも装備でも一新するか?」
カウンターの上に置いてあったくしゃくしゃの箱からタバコを取り出すと、電子加熱式のスティックを口に挟んで白い煙が暗い店内を泳ぐ。
その様はまるでコミックの中の武器商人そのもののようで、沸る何かが胸の内に疼いた。
「いえ。今日要件があるのは私じゃないんです。友達の分を買いに来ました。」
「友達ぃ?お前に友達なんて…」
そこまで話が進んだタイミングで、ミラは背中に隠した右手でハンドサインを出した。
『こっちに来て』、と手で言われたフィリアは恐る恐る店内に足を運ぶ。
「紹介しますね。『コルタナ』の新人、フィリアです。」
「あっ………どうも…。」
「………………………マジかよ。」
あまりの衝撃だったのか、メーレの指の間から電子タバコがポロリと落ちる。
そのリアクションにミラは少しムッとした顔をしていたが、驚愕冷めやらぬメーレはしばらくの間開いた口が塞がらなかった。
かくかくしかじか。
今日の目的とことのあらましをおおまかに伝えると、フィリアは店の奥にあるスペースへと通された。
「ほい、お嬢ちゃんはそこに座って待っててな。」
「は…はい…!」
メーレに促されるままにフィリアは簡素なパイプ椅子に腰を下ろす。
店の奥のシークレットスペースは、店先にあった遊戯用の銃とは違ってしっかりと殺傷力を有した本物の武器たちだった。
一体どれだけの数があるのかも分からないし、用途すらよく分からない武器もちらほらと見える。
濃い硝煙の香りも立ち込めていて、正しく鉄火場と形容できる現場だ。
それだけで、フィリアは目の前の彼女が歴戦の武器商人なのだと再認識させられた。
「よっこらせ。」
戻ってきたメーレは、先程までのエっっロい格好の上にパーカー一枚を羽織った人によってはさらに突き刺さりそうなビジュアルに変わっていた。
クリップボード片手にフィリアの目の前に立つ彼女を前にして、フィリアはもう目を瞑っていた。
だって、視界を開けば…
(……でっか……。)
巨大な双丘が目の前に広がっているのだから。
目のやり場に困るなんてレベルの話じゃない。
それに、ちょっとだけ自信のあった自分のサイズに一切の自信が持てなくなる。
この人は本当に劇薬以外の何者でもない。
(早く終わって〜ッッ!!)
心の中でそう祈りながら、必死で目をぎゅっと閉じていた。
だが、その瞬間。
「ん………?」
右腕に、違和感。
温かい何かが服の上から腕の筋肉の形を確かめるように優しい刺激を加えている。
恐る恐る薄目を開けるとそそにはモミモミと、フィリアが二の腕のあたりをマッサージのように揉まれている姿があった。
「あッ!?あの!?」
「あ?どした?」
「いや……一体何を…!?」
メーレは怪訝そうに眉を歪めているが、それは本来フィリアがするべきリアクションだ。
一体どうして武器を買うためにこんなセクハラじみたことをされなければならないのか。
もしやこれがこの店のルールなのか、と不安ならフィリアに構わずメーレは触診を続行する。
「腕の筋肉の付き方を触診してるんだろが。これしないとどのレベルの銃まで扱えるか分かんねえんだわ。悪いが大人しくしててくれや。」
「は…はい。」
その返答に、ミラが入店前に『変わっている』も言っていた理由が身を以て分かった。
『円卓』には変わり者が多いが、この人も例に漏れずそこにカテゴライズされる人種なのだろう。
まあ、そう言った人たちは得てして替えの効かない特殊なスキルを持っていることが多い。
フィリアは、下心なんてないのだと信じてこの測定に身を任せることにした。
「ん、オッケーオッケー大体分かった。」
結局両手ともしっかりと揉みしだかれ、若干麻痺している二の腕をさすりながらフィリアはやった終わってくれたことに心の底から安堵する。
メーレはボードに何かを書き込むと、そのままそれを机に置くと…
「よし、じゃあ次は腕周り測ってくるからな〜。」
ポケットから持ってメジャーを取り出して、再びフィリアの前に立ちはだかる。
まだこの時間が終わらないことに軽く絶望しながらも、半ば諦めながら再び受け入れることにした。
だが、意外にも今回のメジャーによる検査は指の長さや指の太さ、掌の大きさを測るだけのものだった。
そのおかげもあってか、さっきの至近距離採寸よりは気楽でリラックスできる。
「あ〜、そういやお前、名前は?」
不意に飛んできた質問に、フィリアは驚きながらもいつもの如くテンプレートの答えを返す。
「えっと…フィリア・スノーフレークと言います。」
思えば、『円卓』に入ってから自分の名前を一体何度口にしただろうか。
もう数えてもいないが、初対面の騎士の方々と会うたびに自己紹介を繰り返している。
もはや名前がゲシュタルト崩壊してしまいそうだ。
「へ〜フィリア………フィリアね。
「は……はぁ…?」
発言の意味はよく分からないが、最愛の母を褒められて嫌な気は全くしない。
むしろ誇らしいくらいだ。
……そういえば、同じようなことをイゾルデの妹…エルザも言っていたような気がする。
2人とも同じ意図で発言しているのかは定かではないが、いつか面と向かって聞いてみたいものだ。
「ミラの友達やってくれてる…って認識で大丈夫か?」
『友達』、その甘美な響きにフィリアは表情を緩めながら全力で首肯する。
実は、さっきお店の外で待機していた時もミラが自分のことを友達だと紹介してくれて、喜びのあまり涙が滲みそうだった。
あの表情変化が乏しくて、イマイチ考えてることが分からないミラが堂々と自分を友と呼んでくれた。
それが嬉しくて仕方なかった。
「はい!大切な友達です!」
元気一杯の返事にメーレは笑顔を浮かべると、フィリアの人差し指にメジャーを巻き付ける。
「ハハ、マジかマジか。あんな突っ走りミサイルだったミラに友達かよ。
……何があるか分かんねえな、人生ってのは。」
「ミサ………イル?ミラがですか?」
「おうとも。ちょっと前までのミラはマジで『邪魔するなら誰であってもぶち殺す』ってオーラマシマシだったんだぜ?」
メーレの口から語られたのは、とても信じられない内容だった。
フィリアの知るミラは、常に冷静沈着で、礼節を重んじていて、決して周囲との軋轢を作らない理想的な騎士そのもの。
そんな彼女が少し前まで、そんな暴走機関車だなんて思いもしなかった。
本人的にも黒歴史だからなのだろうか。
ミラは意図的に昔の話をしない節があると思っていたが、もしかするとこれが理由なのかも知れない。
「だからよ、嬉しいんだわやっぱり。もう私は『円卓』でも何でもないけど、ガキの頃から知ってる妹分にマトモな友達が出来てよ。」
ありがとな、と付け加えるとメーレはフィリアの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ふふ…こういうところ、ヴェナさんにそっくりです。」
「ヴェナぁ?あんなパソコン大好きゲーム大好きサボり上等のニート野郎と一緒にすんなバカタレ。私はきちんと働いてメシ食ってんだ!」
そう言ってプンスカ怒るメーレだったが、その言葉から悪意のようなものは感じられない。
むしろ、彼女のことを深く知っているからこその遠慮のなさのようなものに思える。
……でもだからこそ。
そんな彼女にはどうしても聞いておきたいことがあった。
「あの…メーレさんは元『コルタナ』なんですよね?
……辞めちゃった理由とかって、聞いてもいいですか?」
何故、彼女は『円卓』を………『コルタナ』を去ったのか。
これだけ仲間達を深く理解して想っている彼女が、一体どうしてシャグランたちをある種裏切るような真似をしてしまったのだろうか。
その理由を、ワケを、どうしても聞いておきたかった。
「……………………そんな劇的な理由じゃねえぞ?」
フィリアの核心を突く問いに、メーレは手の動きを止めると気まずそうに表情を曇らせる。
「…はい。」
『円卓』を抜けた、ということに何かしらの事情があるのはフィリアも分かっている。
むしろ、一度戦う覚悟を決めた人間がそれを捨てるなんて途方もない葛藤があったはずだ。
それ相応に、メーレに何かがあったのだろう。
固唾を飲んで、その答えを待つ。
「──嫌になったんだよ、リオネスが居なくなって。」
「え?」
だがメーレの口から出たのは、意外なほどあっさりとした理由だった。
「嫌になったって………それだけ…ですか?」
「ああ、本当にそれだけだ。リオネスは……有り体に言えば私の人生の指標だったんだよ。」
フィリアが想像していたのは、身体の不調であったり大切な人の喪失といったドラマチックとも言える劇的な理由だった。
だが、現実はそんなフィクションのようなものではないらしい。
リオネス……ミラの母である先代の存在がそれだけ大きかったということだろうか。
「私は生まれてこの方、この仕事しかしてなかったせいで敵が多くてなぁ。そのせいでいらん虎の尾を踏みまくってさ。マジで殺されそうになった時、助けてくれたのがリオネスだったんだよ。
………生まれて初めてだった。『こいつのためなら命を使える』って確信出来たの。あの瞳に、生き様に、声に、言葉に、私は惹かれた。だから、リオネスのためならどんな汚れ仕事も出来るし、何だってするつもりでいたよ。」
その言葉の端々には、嘘も偽りも飾りもない。
ただただ、狂おしいほどにリオネスという人間を慕い続けている。
その後ろ姿への憧憬を消し切れずにいるのだ。
「……別に、シャグランが嫌いだとか、気に入らないとかそんなんじゃねぇ。
けどな、私を下に敷いて命令出来るのは、リオネス以外じゃなきゃ私は嫌だ。
そんな、ガキみてえな我儘が私の抜けた理由だ。」
「……………そう、だったんですね。」
自分から聞いておいて、フィリアはどう返事をしていいか分からなかった。
メーレが『コルタナ』を去った理由は、きっとどうしようもないものだったのだろう。
それを責めることも、肯定することもフィリアには出来ない。
それが許されるのは、当時彼女と共に戦い抜いた戦友たちだけだ。
重苦しい空気にしてしまったことに申し訳なさを感じつつも、続く話題がなくて言葉に詰まっているのを察してなのか、メーレは測量を続けながら話題を振ってくれた。
「で、お前は?」
「?」
不意に投げ掛けられた意図の分からない問いに、フィリアは思わず首を傾げた。
自分が……一体何なのだろうか。
「お前は、何のために『円卓』に入ったんだ?こんな汚れ仕事もするし死ぬリスクのある仕事、最近まで一般人だったようなお前が入る理由はないように思うんだがな。」
その疑念は至極当然のものだ。
普通の感性で生きていれば、傭兵の仕事なんて忌避して然るべき。
…だが、フィリアにもどうしようもない理由は無論ある。
『円卓』で過ごすうちに少しずつ小さくなっていった辛い記憶を、フィリアは心の奥の箪笥から引き出した。
「………私、生まれてからずっと独りだったんです。」
「…へえ?」
語り始めるは、『円卓』に来る前の、恐らく自分の人生で最も暗くて、ゴールの見えない迷路のようだった暗緑の日々。
今でも、思い出すと胸が締め付けられる。
涙が滲みそうになる。
誰にも理解されずに、気味悪がられるあの寂寥感と孤独はそうそう忘れられるものではない。
喉の奥が詰まりそうになるのを堪えて、フィリアは言葉を続けた。
「生まれ持った能力に振り回されて……嫌われて遠ざけられて…相棒とお母さんだけが心を開ける存在でした。」
「生まれ持った力…ね。私はそういうの神様からの祝福って受け取るタイプだが……そううまくは行かねえもんだよな。」
──祝福。
メーレの言葉は間違ってはいない。
瞬間記憶能力や、常識はずれのIQ。
そういったものは確かに、神から与えられたギフトと言えるかもしれない。
──だが、望まない能力は『呪い』とも言える。
事実、フィリアは自分に備わった力を呪いそのものだと思っていた。
早く、なくなってしまえと心の底から祈っていた。
「…だからほとんど自棄みたいになって…スゴい力を持った人たちが集まるこの場所に賭けてみたんです。もしかしたらこの場所になら、って…。」
『円卓』の存在を知ったのは、本当に偶然だった。
ある日、母の部屋から静かに聞こえてきた会話をヒントに死ぬ気で彼らの存在を探し当てた。
そして、特異な能力やリバイバーを使うことを知ってもしかしたら自分の受け皿になってくれるのではないか。
そんな子どものような予感に身を委ねたに過ぎない。
本当に、自分の人生を賭けたギャンブルだった。
「なるほどなぁ。じゃあ、『コルタナ』の連中はお前にとっては最高の上司だったんじゃねえか?あいつら、差別も嫌悪も無縁なお人好したちだったろ。」
「……はい…!
──でも、一番最初に私の秘密を知っても受け入れてくれてくれたのは…ミラなんです。本当に私の恩人で……大切な友達で……そして……。」
『世界で一番大好きな人』。
勢い余って言ってしまいそうになった続く言葉を慌てて飲み込む。
「………良かったな。恋する乙女に幸あれ、だ。」
「はい!………………ん?……………はい?」
元気よく首を縦に振るフィリアだったが、とある一言に思わず疑問符が生まれた。
……恋する?
乙女、と彼女は言ったのだろうか。
「あ、……あの…恋する乙女ってどういう……?」
「ん?ミラのこと好きなんじゃねえの?」
その短い一言に、フィリアの時間は加熱したまま停止した。
それほどまでにとんでもない爆弾発言。
自身の秘密の花園に土足で入られたような……鍵をかけていた戸棚を開けられたような肝が絶対零度に達する感覚。
「……っなッ……なん……ッッッッッ!?」
何で、と言いたかったのに驚きと羞恥心で言葉が詰まり過ぎて単語にならない。
一体どうしてバレたのか。
何か余計なことを言ってしまったのかと全力で頭を回すが、オーバーヒートした思考回路ではまともな答えも浮かんでこない。
「………まさか無自覚なタイプか?さっきミラのこと喋ってる間マジで表情全部蕩けて儚げだったぜ?あんなん誰でも一目見りゃ分かるわ!」
「!!?」
ぜひ鏡を持ってきてほしい。
いやマジで。
まさかそんな隠す気ZEROな表情をしていたなんて自分で自分が信じられない。
熱くなっている頬に手を当てて必死に顔を隠す。
初対面の人間にも分かるなんて、自分が恥ずかしい上に恋心を見抜かれたことも恥ずかしい。
「好き……ですけど……秘密です!!秘密!!!オフレコでお願いしますっ!!!」
もう、ここまで来れば開き直るまでだ。
真っ赤な顔のままのフィリアはずい、とメーレに顔を近付け懇願する。
自分の顔に圧がないのは自覚しているが、せめて彼女の口だけは塞いでおかなければ。
「フハっ!言うかよ、乙女の秘密は守られて然るべきだからな。」
だが、メーレの返事は想像とは違った。
からりとした返事をすると、彼女はフィリアの指先に巻き付けていたメジャーをパチンと戻す。
快諾、とも取れる答えと共に彼女の測量は終わったのだった。
少しの談笑と、測定したデータをまとめる時間を挟んでフィリアはようやく奥の隠し部屋から退室した。
すぐに前金としての料金をメーレに支払い、ようやくこのイベントが終わったことを実感する。
心身ともに色んな意味で疲れ果てていると、
「お疲れ様、フィリア。」
背後から何よりも安心する鈴の音が自分を労ってくれた。
振り返るまでもなく、その声の主はミラだ。
「……ミラが言ってた意味分かったよ。確かにメーレさん変わってるね。」
「うん、やっぱり変わってるよねメーレさん。」
「オイ誰が変人だクソガキども。」
苦笑いをお互いに浮かべあっていると、レジカウンターで会計を再確認しているメーレが相変わらずの口調で口を挟む。
「よし準備終わり。ホレ、フィリア。これ受け取り用の控えな、無くすんじゃねえぞ。」
札束の枚数を確認し終えた彼女は、青い薄字が印字されている紙片をフィリアに手渡し仕事終わりの一服を盛大に吸う。
吐き出した煙をハート型に変形させると、ちらりとフィリアに目配せをしてきた。
その意図は言うまでもないだろう。
このままここにいると、多分この人は匂わせをしてくるに違いないと直感したフィリアは全速で退店することを決めた。
「っメーレさん、今日はありがとうございました!」
「私の方からも。今日は貴重な時間を割いてくださってありがとうございます。」
「おう、2、3週間もしたら送っとくから。頑張れよな、後輩ども。」
タバコ片手のメーレは、雑に手を振り2人を見送るのだった。
──────────────────
──フィリアとミラが退店してから、30分が経過した頃。
メーレは先の採寸のデータから、フィリアに適した武器を膨大なリストから漁っていた。
どれも似たような形状の拳銃たちだが、それらの有する特性や威力はそれこそ千差万別。
雑な選択をしてしまえば、致命的な結果を招きかねない。
「S&W M&P 9………いや、グロック17の方がいいか…?ん〜、だけどあの筋肉のつき方的に反動がデカいよな…。私の方で調整するか…?」
しかし、中々相応しい武器が見つからない。
既にリストを見始めてから20分以上が経過している。
まだまだ身体の強度が足りていないフィリアに最も適した銃を探してやりたい、というお節介な先輩魂に火がついたせいでメーレは中々候補を絞り切れずにいた。
威力を求めるのか、精密性を求めるのか、それとも安定性を求めるのか。
どれもが正解であり、どれもが不足のある答えだった。
煮詰まった頭を解そうと電子タバコに手を伸ばしたその時だった。
「…ん?」
カランカラン、と来客を告げる鐘が鳴った。
取り扱っている商材の関係もあって、客足が少ない自分の店でこうも連続して足を運ぶ人間がいるのは珍しい。
息抜きには丁度良いタイミングの来店に重い腰を上げて、メーレは店先に顔を出す。
「おういらっしゃ…………………………い?」
しかしその瞬間、メーレの時間は止まった。
瞬きすら出来ず、空いた口が塞がらず、ただただその場に立ち尽くしていた。
あり得ないと思っていた事態を前にした人間は、こうも動けなくなるものなのかと彼女は静止した思考の片隅で思う。
だって、そこに立っていたのは…
「──やあ、お邪魔するよ。」
浅葱色の髪を、後ろ結びにした髪型。
そこにいるだけで周囲の目を惹き続ける美麗さ。
女性ウケがいいクセして、軽薄がすぎる一挙手一投足。
何を考えるのか分からなくとも、妙に信頼したくなる曖昧なほど綺麗な瞳。
その姿は、唯一無二で、別れを告げたあの日から今も、目に焼きついていて…。
「───サー……………ペンティ?おま……何しに……。」
そこには、自分と同じタイミングで『円卓』を抜けた
あまりにも予想外の来客に思考が止まった彼女を見て彼は少し笑うと、デスクの前まで足を運ぶ。
「や、久しぶりだねメーレ。何しに来たも何も、ただ買い物に来ただけさ。」
数年前から何一つ変わらないその口調に呆れながらも、メーレは何とか心の中で暴れていた動揺を何とか鎮める。
「………『円卓』辞めてから何の連絡もなかったのにいきなり来られりゃ、ビビるっての。」
サーペンティとメーレは『円卓』を抜けてから、一度たりとも連絡を取っていなかった。
何となく気まずかったのもあるし、お互い仕事上の関係だけだと割り切っていて部分も大きかったのかもしれない。
現在何をしているかなんてお互い知らなかったし、正直もう2度と会うことはないとも思っていた。
そんな矢先に、予期すらしていなかった突然の再会を果たしたのだ。
メーレの驚きも無理からぬことだろう。
「で?何買いにきたよ。」
「ボクの専用弾。ちょっと品薄になってきちゃってね。あとライフルと拳銃を頼むよ。」
「あ〜、アレか。用意は出来るがしばらく取り扱ってなかったからしばらく時間かかるぜ?」
「構わないよ、数ヶ月以内に揃えばそれで大丈夫だから。」
サーペンティの使う銃弾は、『コルタナ』の誰とも違う特別製のものだ。
…いや、オブラートに包んだ言い方だったが、正直彼の扱う弾は万人に扱えるものではない。
それこそ、リオネスやシャグランといった最高峰の狙撃の名手であっても万全に使うことは不可能なほどクセのある代物。
現役時代であればそれなりの頻度で取り扱っていたが、数年も経てば取引先とも疎遠になる。
同じ取引先から久々の入荷が出来るかは不安要素だが、そこは武器商人の腕の見せ所だ。
完璧に完全に、ご要望を叶えてやるとしよう。
「んで量はどうする?」
メモとペンを構えながら、メーレはペン先を用紙に付けながらサーペンティの答えを待つ。
まあ1カートン程度が精々だろう
その程度であればどれだけ長く見積もっても3日あれば用意出来る。
だが、彼から返ってきた答えはまるで予想外のものだった。
「……3カートンは欲しいな。それと、銃の方も1000丁は欲しいかも。」
「……………………は?」
伝えられた量に、思わず作り物ではない疑問符が漏れ出る。
数千発の弾丸に、千丁の銃だって?
そもそも、サーペンティは腕は立つがあまり弾丸を消費するたちではない。
そんな彼がそれだけの弾丸を使う用途なんて、メーレの考えつく限り一つしかない。
「……戦争でもする気なのかお前?」
それはつまり、かなりの規模の殺し合いに他ならない。
『円卓』を辞めてから何をしていたのか知る由もないが、その返答だけどおおよその想像は付く。
「そうだね……戦争…うん、戦争だ。ちょっと相手が相手だけに量がいるんだよ。」
『戦争』、というワードにサーペンティは苦虫を噛み潰したような顔をすると、それをすぐに隠して笑顔に切り替えた。
彼のバックボーンは、朧げながらメーレも知っていた。
………サーペンティの故郷は戦争で滅んだと聞いている。
そしてそれと時を同じくして、唯一の肉親だった妹も空爆に巻き込まれて遺体すら残さず消し飛んだとも。
そんな彼がなぜ今だにこんな血生臭い仕事を率先してやるのか理解出来ないが、きっと本人にしか理解しようがないのだろう。
哀しい生き方だが、本人の決断にメーレは決して干渉しない主義だ。
「……………分かった。今はお客様だからな、事情と用途は聞かないでおいてやる。」
自分から買った武器がどう使われるのか、それを使って誰と戦うのか。
正直言って聞いておきたい内容だったが、プライバシーというものもある。
せめて世界の平和を脅かす目的に使われないことを祈ることしかメーレには出来ない。
「助かるよ♡」
メーレの了承を受けて、サーペンティはポケットから端末を取り出し誰かに向けてメッセージを送信している。
今でも傭兵として誰かの下に着いているのだろう。
その仕える先がリオネスではないことに一抹の寂しさを感じてしまうが、『円卓』を抜けた自分に言える言葉などあるはずがない。
メーレは黙って、粛々と事務をこなすことを決めた。
銃を使うも、弾を撃つも、全ては取引が終わってからだ。
「…にしても、今日は『コルタナ』のメンツがよく来る日だな。」
口を開きながら、メーレは支払いの誓約書に必要事項を記入しそれをそのままサーペンティへと手渡す。
「そうなのかい?」
受け取ったサーペンティもまた口とペンを同時に動かしながら必要事項をサラサラと書き加えていく。
ものの数秒で記入を終えると、彼は誓約書をそのままメーレのデスクにひらりと置いた。
内容に不備がないのを確認すると、メーレは鍵付き引き出しの印鑑を取り出し指先でクルクル
と回転させる。
「ああ、さっきミラとそのお友達が来てたんだよ。まだこのモールにいると思うから挨拶くらいしてやれよな、師匠?」
サーペンティはミラにリバイバー戦闘を叩き込んだ師匠の一人だ。
性格は全くと言っていいほど噛み合わない2人だが、師弟としての信頼関係はある程度は存在していた。
なにしろ数年ぶりの再会になるのだ。
積もる話もあるはずだ。
「………成程、そうだったんだ。
──そうだねぇ。可愛い後輩たちに
「………?」
メーレの言葉にサーペンティは蛇のような瞳を細めると、その視線を彼女から外す。
見据える先は、上階。
ミラとフィリアがいるであろう場所。
──まるで、獲物を捕捉した捕食者のようにペロリと舌を出すとその口元を微かに綻ばせた。
気配の変わった彼を見たメーレは微かな違和感を覚えながらも、彼の依頼の品に判を押したのだった。
これまで存在を匂わせ続けてきたサーペンティさんが満を辞して登場です!正直この人は動かしててめっちゃ楽しい上に、個人的に自キャラの中で一番なお気に入りなので彼の活躍にご期待下さい…!
そして、次回でデート回は終わります!