Rebellion Against Fate   作:zawadinosaur

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お待たせしました!今回でフィリミラのデート回は終了です!
情報量が多くて見辛いかもしれませんが、温かい心でご一読をよろしくお願いします…!


第十五話『So Far So Good』

〜side フィリア&ミラ〜

 

──時刻は19時手前。

すっかり夜の帳が下りて様変わりした街中をミラとフィリアは並んで歩いていた。

先程まで訪れていたショッピングモールの近隣には、そのまま流れるように繁華街が門戸を開けている。

キャメロッ島まで向かう帰りのヘリポートに乗り込むには、ここを通る必要があったのだ。

 

本来であれば暗いはずの街並みには煌々と煌びやかなネオンが溢れかえっていて、目に優しくないのが難点だ。

この小さな町には、お高くとまった高級店から下町感の溢れるお店まで大小様々だ。

そこを歩く人々も同じく、スーツ姿から私服、挙げ句の果てには勝負服と玉石混交。

昼間とは客層がまるで変わっていて、フィリアは何となく身構えてしまう。

 

「なんか…凄いね。初めて来たよこういう所。」

 

かつてのフィリアの主な行動時間は昼から夕方へかけてのものだった。

明るい時間の内に用事は全て終わってしまって、友達もいなかったせいで家に帰らない、という選択肢もなかった。

それに、家に帰れば大好きな母がいてくれるかも知れない。

そんな淡い期待を持つことの方が、フィリアの心にはまだマシだった。

…まあ、その母にも滅多に会えないのが実情だったのだが。

 

「だね。あと、注意して。私たち良くない目で見られてる。」

 

「…へ?」

 

フィリアと同じく、このような繁華街が初体験なミラは首を縦に振ると、意味深な言葉を口にする。

彼女が顎で指した先には、いかにも遊び人のような格好の男集団がたむろしていた。

次から次へと店や人へ目移りさせるフィリアが初心者感満載すぎたのか。

それとも若い女子2人でこんな所を歩いていたのが要らぬ誤解を招いたのか。

下心しかなさそうな目で並んで歩く2人を完全にロックオンしていた。

向けられたことのない種類の目線に、フィリアは思わず怖気付いてミラの影に隠れる。

好奇の目線や蔑みの視線は何度も何度も浴びてきた。

でも、こんな下卑た舐め回すような目線を向けられたのは生まれて初めてだ。

恐怖を感じてしまうのも致し方のないことだろう。

ぎゅっと目を瞑ったその時だった。

 

「……え?」

 

ひやりと冷たい何かが、フィリアの手のひらに触れる。

…いや、冷たいだけではない。

ほのかに温かくて、柔らかい。

薄く薄く目を開けると……。

 

「──こんなとこ、さっさと抜けよう。」

 

白く細い指先が、フィリアの指を優しく包んでいた。

怖がっていたフィリアの心情をミラは察してくれたのだろうか。

彼女はまるでエスコートするかのようにフィリアの手を取っていた。

久しぶりに触れた。ミラの手のひらは柔らかいのに力強くて、程よく冷たいのに、その中には確かな温かさがあって。

自分の気持ちを理解したからだろうか、以前よりも魅力的な手触りにだった。

 

「は……はい…!」

 

 

「……何で敬語?」

 

あまりに夢心地なこの状況に、思わず丁寧語で返してしまう。

だって、ミラの姿はそのままなはずなのにまるで白馬の王子様のように見えた。

凛々しくて美しい、いつまでだって見ていたいその姿にフィリアの頬は自分の意思とは関係なくみるみる真っ赤に染まる。

 

「よし、行こっか。」

 

だがそんなフィリアの大変な状況なんて知る由もないミラはくい、と手を引いて夜の街を駆け出す。

ネオンに照らされる街並みを手を繋いだ2人が走る様は、まるで淡い青春のランデブー。

いや、それとも愛の逃避行?

ともあれ、こんなシチュエーションは必然周囲からの視線が殺到する。

 

──でも、そんなものはフィリアの目には映っていない。

ただただ、自分をエスコートしてくれるミラの後ろ姿だけが目に焼き付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば大丈夫かな…。」

 

どれほどの時間走り続けたのだろうか。

辺りの景色はすっかり変わって、洒落たショッピングストリートに様変わりしていた。

並び立つ店もどこかで聞いたことのあるようなブランド店ばかりだ。

だがそんな憧れのお店たちを視線に入れる余裕はない。

 

「ごめん、ちょっと速度出しすぎたかな。」

 

「あ……いや、そんな…ことは……ぐふぇ…っ!」

 

ミラが手を離して振り向くと、膝に手を付いて肩で息をするフィリアの姿があった。

運動に向いていない服装で走り回った挙句に、ただでさえ呼吸が苦しい状態のダブルパンチだ。

乙女にあるまじき咳がまろび出るのもやむなしというもの。

しかし想い人の前で醜態ばかり晒すわけにもいかない。

全力で息を整えて、紅潮した顔を元に戻して呼吸のリズムを一定の拍に安定させるよう努める。

あくまでその場凌ぎの虚勢だが、しないよりはマシだ。

汗一つかいていないミラは対照的に体力ズタボロのフィリアの背を優しくさすってくれる。

おかげで、少しは楽になってきた。

 

酸素を取り込む回数がおよそ半数になってきた頃。

ミラはふと視線を外すと、あ、と何かに気がついたように口を開いた。

 

「…シーナさんだ。」

 

呟くように口から出たその人物名に、フィリアは飛び起きるように上体を上げるとミラの視線の先にじっと目を凝らす。

 

「え?………あ!ほんとだ!」

 

人工の光を目に焼き付けること数秒。

人混みの特に少ない店先に、見覚えのある姿を発見した。

普段のワイシャツ姿とは違うが、平時からお世話になっている先輩の姿を見間違えるはずもない。

 

「シーナさ〜ん!!」

 

さっきまでの疲労など忘れて元気いっぱい飛び跳ねながら、フィリアは店先の人影に──シーナの元へと向かった。

 

「!?」

 

公衆の面前で大声で呼ばれたせいで、シーナは一瞬警戒と驚きを含んだ視線で振り返るがこちらの姿に気付きすぐに笑顔を浮かべた。

 

「あっ、フィリア!それにミラも!」

 

「こんばんは、シーナさん。」

 

追い付いてきたミラが軽く会釈をすると、シーナは重そうな荷物を持ったまま嬉しそうに笑っている。

両手に収まった巨大なそれらには、全てブランドのロゴが付いていた。

フィリアは真っ先に、その荷物の中身に興味を惹かれた。

普段のシーナはフィリアの目から見れば所謂『年上のデキる先輩』だ。

身なりも綺麗で礼儀正しくて、シャグランたちからも信頼されていて、何より後輩に優しい。

たから、そんな彼女がこの多くのグッズに溢れているショッピングロードで何を買ったのかが気になって仕方がない。

 

「シーナさん何買ったんですか!?香水とかスーツとかですか!?」

 

興奮のまま前のめりになってしまったことを自省しつつも、フィリアは目を輝かせて視線を高級そうな紙袋に釘付けにさせる。

だが、シーナはそんな憧憬の熱視線に申し訳なさそうに苦笑すると

 

「期待してくれてありがと、フィリア。でもこれお姉ちゃんのなの。私はあくまで荷物持ち!………休日なのにこき使われてるの。」

 

「それは…ご愁傷様です…。」

 

トホホ、と嘆息するシーナはがっくりと肩を落とす。

お姉さまがいるのは初耳だが、休日のこんな時間まで行動を共にしているのはきっと仲がいい証拠なのだろう。

……妹たるシーナの苦労は度外視すれば。

だが一人っ子のフィリアには、そんな仲睦まじい姉妹の関係がただひたすらに羨ましかった。

 

「2人は?……って前に言ってたか。」

 

「はい、メーレさんのところにお邪魔してきました。」

 

実は数日前からシーナには今日の予定のことをあらかじめ伝えておいたのだ。

おかげで、今日はこうしてミラとデートができている。

その点で言えば、間違いなく今日の裏のMVPはシーナということになる。

 

「どうだった?メーレさんに変なことされなかった?」

 

ニヤつきながらそう問い掛けてくるシーナに、フィリアは思わず答えに困る。

……巨大な双丘を見せつけられて、両腕を揉みしだかれ、挙げ句の果てには恋バナまでお漏らしさせてしまった。

最後の一つは自爆の要素が強いが、その前二つはどうだろうか。

ギリギリ変なことをされた……というカウントにしてもいいのだろうか。

 

「され………て、ない…ですかね…?」

 

先輩の尊厳を守るためにも答えを濁したが、目を泳がせながら返したその答えは簡単に看破されてしまう。

 

「ワハハ、フィリアもモミモミされたかぁ〜。ミラもシャグランさんも通ってきた道だからね、フィリアもこれで一人前だね。」

 

心の底から楽しそうに笑うシーナに、フィリアもミラも釣られて笑ってしまう。

平時はヴェナに振り回されっぱなしで苦労人のイメージが板につきすぎている彼女が屈託なく笑っているのがただただ純粋に嬉しかった。

そうして3人揃って何の気なしで笑い合っていたその時だった。

 

 

「──お〜いシーナ〜!荷物持つの手伝って〜!」

 

 

「あっ、は〜い!」

 

店内から聞こえてきたその声に、シーナは即座に反応してジェスチャーで2人に謝ると店の自動ドアの前へと向かう。

正しく鶴の一声、といった具合だ。

そしてそのほんの数秒後、声の主は巨大な紙袋を2つ抱えたまま登場した。

黒のポニーテールを揺らす彼女は、どことなくシーナに似ていてフィリアはすぐに2人の関係を察する。

恐らく、先程の話に出てきたシーナの姉はこの人物なのだろう。

 

「……およ?誰この子たち。シーナの知り合い?」

 

こちらの存在に気が付いた彼女は、首を傾かせながら紙袋を一つ受け取ったシーナに問い掛ける。

渡された荷物の予想外の重さに震えているシーナは、気力を振り絞ってミラとフィリアを首を振って指し示した。

 

「っ…うん、この子たちは『円卓』の後輩のミラとフィリア!」

 

「初めまして。」 「初めまして!!」

 

シーナの紹介に2人は同時に挨拶を返すと、シーナの姉は興味津々といった様子で見つめてきた。

 

「成程そっかそっか、シーナの後輩ちゃんたちかぁ。可愛いねぇデートかな?2人はどんな関係なの?ていうかその服めっちゃ似合うねぇお姉さんのお下がりいるかい?」

 

妹の後輩と分かり心を許してくれたのか、彼女はグイグイと遠慮なんて踏み越えて質問爆弾を投下する。

正直苦手なタイプの登場にフィリアは思わずSOSの視線をミラに飛ばすが、ミラも初めて遭遇するタイプの人間に思考が停止している。

 

「え……えっと…。」

 

助け舟のなさに観念しつつ、まずは適当に返答しなければと思案するが最初に何から答えればいいのだろう。

やはり一番初めの質問?

それとも最後に質問したものから返すのが礼儀なのか?

ぐるぐるぐるぐると廻転する思考に脳がシェイクされかけていると……

 

「……っとと、がっつきすぎたな。女子トークより自己紹介が先だな。

私はリーラ・フロイツ。CCSRでオペレーターしてるんだ。」

 

返答に窮しているフィリアを見て察してくれたのか、シーナの姉──リーラは話題にハンドルを切ってくれた。

CCSR、という組織の名前に聞き覚えはないがオペレーターということは、きっとヴェナやシーナと似たようなお仕事であるはずだ。

姉妹揃って後方支援のオペレーターなんて、なんだかロマンのある話だ。

 

「CCSR…!?」

 

隣のミラは、彼女の口から出て来た組織の名に目を見開いていた。

 

「ミラ知ってるの?」

 

「うん、世界中で起きるノライバーの被害を食い止めるために活動してる組織だよ。」

 

「世界中!!!?」

 

ミラがあんなにも驚愕するのも納得の組織の規模感に、フィリアも声が抑えられずにバーストする。

自分たち『円卓』も似たようなことはしているが、それはあくまでも依頼に応じて…或いは個々人の事情に関わるものが主な任務だ。

それを世界中を飛び回って数多発生するノライバーの対処に当たるなど、想像を絶する。

自分たちとは異なるものを相手にする組織とはいえ、尊敬すべき存在なのは確かだ。

 

「まあ、私はカルコッツ周辺担当だけどね。」

 

リーラは謙遜するように語っているが、カルコッツ周辺にも発生するノライバーは星の数ほどいる。

『アステリオス』や『トリキロン』、一昔前には『メテオール』という名の危険ノライバーが暴れていたそうだ。

そんな魔境での任務なんて骨が折れるなんてものではない。

フィリアから見れば本当に雲の上のような存在だ。

 

「あ〜、ごめん2人のフィミリーネームって聞いても大丈夫かな?私フルネーム聞かないと覚えられなくってね。」

 

リーラという存在にキラキラと目を輝かせていると、彼女はバツが悪そうに髪を撫でる。

その言い分は唐突だが、理解は出来た。

珍しくもない名前の人間は、フルネームで聞かなければなかなか覚えられないというのはフィリアにも覚えがある。

 

「ミラ・エンフォーサです。」

 

「私はフィリア・スノーフレークです!」

 

ミラとフィリアは、躊躇うことなく己の名前に誇りを持って答えた。

2人揃って珍しくファミリーネームだが、その響きは自分たちも気に入っている。

それに、覚えやすさも百点満点のはずだ。

きっとリーラの記憶にも簡単に焼きついてくれるだろう。

しかしその反応は、ミラたちの想像とは全く違うものだった。

 

 

「……………………エン、フォーサに……スノー……フレーク……?」

 

 

目を見開いて、()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな顔をしていた。

その表情は誰がどう見ても驚愕の色が貼り付いていた。

このリアクションには名乗った側のミラとフィリア、そしてリーラの妹であるシーナですら首を傾げている。

 

「えっと……?」

 

「…何か?」

 

「お姉ちゃん…?」

 

そんな風に見られる謂れも、思われる根拠も何一つないはずだ。

全員が一様に疑問を表に出してしまう。

3連続の困惑を含んだ言葉を聞いてリーラはハッと我に返ったように数度咳払いをする。

 

「いや…何でもないさ。

 

 

──運命ってのは数奇だねぇ…

 

 

「…お姉ちゃん?どうかしたの?大丈夫?」

 

さっきまでとは明るい調子とはまるで違う雰囲気に切り替わった姉を案じて、シーナは恐る恐る問い掛ける。

だが、

 

「いや、何でもないない!気にしない気にしない!」

 

リーラは今のナシ、と言わんばかりにはぐらかす。

ほんの一瞬だったが、ミラとフィリアもあの表情の変化は見逃さなかった。

あれは、()()()()()()()()()()()()

だが、一体何に?

自分たちのファミリーネームが少し変わっているのは2人とも自覚があるが、リーラの表情はそんなチンケなものに対してではない。

もっと何か別の事実に対してだ。

どう見ても何か物知り顔の彼女だが、ミラが追及するより早くその踵を翻した。

 

「それじゃ、私たちはこの辺りでドロンで!ウチの可愛い妹を今後ともよろしく頼むよ?素敵な後輩ちゃんたち。」

 

「お姉ちゃん待ってよ!?ああもう!

ごめん2人ともまた明日ね!」

 

疑念への答えが返される間もなく、リーラとシーナの後ろ姿はどんどん小さくなっていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだったんだろ。」

 

「考えてもしょうがない………けど、何おかしかったね。」

 

すっかり2人の姿が見えなくなった頃、フィリアはようやく口を開く。

ミラも重い口を開いて相槌を打つが、2人の疑問は晴れることはない。

一体、リーラは何を知っていたのだろうか。

何に、あんなにも驚いていたのだろうか。

何だか訳もわからず焦燥が胸に走り、フィリアは首元のネックレスをギュッと握りしめる。

ほんの少し気分は和らいだが、しかし同時にもっと嫌な予感も胸に渦巻き始める。

()()()()()()()()()()()()()()()()……もしくは()()()()()()()()()()()()()()()ような…足元が土台から崩れるような不安感。

薄く唇を噛みながらミラに言葉を掛けようとしたその時だった。

 

グウゥウウ

 

情けない音を立てて腹の虫が高らかに鳴いた。

羞恥と出鼻を挫かれた感覚でフィリアの時間は完全に停止する。

 

「……まさか、もうお腹すいたの?」

 

「は…恥ずかしながら……。」

 

容赦なく現実を突き付けてくるミラの言葉に顔を真っ赤にしながら頷くと、フィリアは地面との睨めっこを開始する。

お昼を食べてから経過した時間は、5時間も経っていない。

そんな短期間で弱音を上げる臓物を、フィリアは心の底から憎んだ。

どうせ鳴るならもっと後にしてほしかった。

 

「しょうがないなぁ…。」

 

ため息混じりのミラの視線の先には、ジャンクなハンバーガーショップ。

本当ならもっとオシャレなお店を希望したいところだが、今のフィリアに人権と拒否権は存在しない。

こうして最後の最後に締まらない形で、2人のデートは終了したのだった。

 

─────────────────────

 

〜side サーペンティ〜

 

──ほんの少し時間は遡る。

時刻はまだ夕日が落ち切る前の時間帯。

橙と黒がブレンドされた景色の中をサーペンティは焦りを孕んだ足取りで進んでいた。

頭痛の種は、独断単独で行動をしているラムダだ。

折角のオフの日に一体どうしてこんなことに駆り出されなければならないのか。

唯一幸いだったことは、リリーから預かっていた発信機のおかげで問題児の居場所が簡単にわかることだった。

 

「ん〜、ここ…かな?」

 

手元の端末情報を頼りに、サーペンティはラムダがいるであろう路地裏前まで足を運ぶ。

ちょうど日陰になっているこの場所は、日の光なんて差し込む余地もなく薄暗く、空気が湿り、淀んでいる。

いかにも犯罪が起きそうなシチュエーションに、サーペンティのテンションはさらに下降していく。

 

「……おっと?」

 

だがサーペンティは、路地裏の前でピタリと足を止めた。

本能が、このまま行くのは危険と警告している。

引き返せ、と喚いている。

彼の危機管理の本能がアラートを鳴らしているその警告の元は、聴覚にあった。

 

 

 

 

「やめ…!!ぶッッ!?」

 

「悪かった!!ナンパなんてもうしないから…ひぎぃッッ!?」

 

 

骨が砕ける音が、何かを容赦なく踏みつける鈍い音が絶えず響き続けている。

発信源は薄暗い路地裏の先。

正直言って面倒ごとに混じるのは御免だが、残念ながらラムダの反応はこの先で間違いない。

 

「はぁ〜〜〜、めんど。」

 

人生で最も深いであろうため息を吐きながら、サーペンティは薄闇の中に革靴の先をカツンと鳴らした。

 

 

 

 

「……………………ぶ……ぅ…。」

 

「ぁ…………ぁぁ……。」

 

 

一歩を踏み出す毎に耳を塞ぎたくなるくらい聞くに耐えない呻き声がだんだん鮮明に聞き取れるようになってくる。

次第に見えやすくなってくる視界の先には、血塗れで倒れている複数の男たちの姿があった。

人数は5人、その内3人はピクリとも動かずに小さく痙攣するのみ。

そして、何とか動ける2人の男は芋虫のように地面を這ってこの場から逃げようとするが……

 

「ごッッ……ぶぅ…ぉ……!!」

 

その情けない背中に、容赦なくストンピングが叩き込まれる。

そして続け様に…

 

「ぎぁあああッッ??」

 

追撃のように男の右手を踏み潰した。

ひしゃげて変形した掌から飛んできた血が、サーペンティの足元に飛び散る。

革靴に当たらなかったのは幸いだが、もうここから一歩だって進みたくはない。

 

「………何してるのさ?」

 

 

この凄惨な現場を生み出したのが誰かなんて、姿を見なくても分かる。

そこには、見知らぬ男たち数人を足蹴にして捩じ伏せているラムダの姿があった。

汚れ一つなかったスニーカーの靴先には歯が折れた際の血や鼻血、裂傷による出血で真っ赤に染まっている。

靴裏も同様だ。

何より、本人が氷のように冷え切った目で彼らを見下ろして、踏み躙る脚を止めていないのがなんとも薄気味悪い。

 

サーペンティの問い掛けに、右頬に返り血をベッタリと付けたラムダは視線をこちらに向ける。

 

「……見てわかりませんか?」

 

「いや〜、ちょっと分かんないかなぁ…?」

 

「……………ストレス発散ですよ。」

 

ラムダが口にしたのは、とてもありきたりな動機。

確かに、彼女の日々のストレスはサーペンティにも想像がつく。

『母』の命令で汚れ仕事に護衛に諜報にと馬車馬の如く仕事を振られている。

そこに加えて『妹』であるミューのお目付役もしている彼女の心持ちは穏やかではないだろう。

そんな所に、恐らくこの連中がちょっかいを掛けた結果がこれなのだろう。

だがかと言って、こんな一銭にもならない行動にいったい何の意味があると言うのだろうか。

見たところこの哀れな被害者達はただの一般人。

それに手を下して万が一警察や警備にバレでもしたら後処理に困るのは組織の長たちだ。

それは即ち、ラムダが敬愛する『母』に背く行為。

ある程度聡い彼女なら無視するのが得策と理解しているはずだと思っていたが、買い被りだっただろうか。

 

「……何かあったのかな?」

 

落胆を表情に出さずに胸の内に留めていると、ラムダは静かに語り出した。

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が目の前で楽しそうに笑ってたら、吐き気がしませんか?」

 

ありとあらゆる悪感情が混ぜこぜになった視線をこちらに向けながら、ラムダはサーペンティの眼前まで詰め寄る。

彼女の言葉が指すその人物のことは、薄らと理解していた。

監視の過程で、ラムダとミューが彼女に接触している場面はサーペンティも目にしていた。

 

 

「──フィリア・スノーフレークのことかい?」

 

「──────。」

 

その名が出た瞬間、ラムダの目に明らかに敵意が宿る。

近くにある物を全て破壊して食いちぎりそうなほどに獰猛で凶暴な衝動が渦巻くその瞳はとても、15歳のものとは思えない。

いつ襲い掛かってくるかも分からないその目つきに薄気味の悪さを覚えつつも、その発言には一定の同意はあった。

 

「………まあ、キミのその嫌悪感は否定できないな。実際ボクにも、そういう相手はいるし。」

 

 

──脳裏に過ぎるのは、翡翠色の青年の姿。

何かもが自分と真逆の清廉潔白、誠実を形にしたかのような精神。

気持ちが悪いくらい真っ直ぐな誰もが好印象を抱く騎士の姿。

その姿に、何度殺意を覚えたかなんて覚えていないほどだ。

表面上の『仲間』という建前がなければ会ったその日に殺している。

確かに、自分と『彼』の関係をそのままラムダとフィリアに置き換えれば、吐き気がするほど苛立つのは分かる。

むしろ、その場で殺しにかからずこうして八つ当たりに留めておくのは理性的なほどだ。

恥ずかしいことに、自分でも嫌になる程共感できてしまう。

 

本来なら、勝手な行動をとったラムダを力ずくでも連れ戻すのが正しいのだろう。

だが、傭兵としての正しさに自分自身の感情が割り込んでくる。

このくらいは大目に見ても良いのではないか、と。

念の為ラムダに叩き伏せられた被害者たちに目を向けるが、どれもこれもこの街で腐っているただの根無草たちだ。

このまま放置してもそこまで大きな問題にはならないだろう。

それに、自分たちの尻尾を掴めるほどの何かもない。

 

「……ま、バレると色々面倒だから程々にしときなよ〜?迷惑を被るのは蛇旦那や蜘蛛夫人で、その小間使いはボクなんだからさ。」

 

だからこそ、最低限の警告だけを残してサーペンティは路地裏を跡にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり痛めつけていた連中が声すら発さなくなった頃。

 

「はぁ………最悪の気分。」

 

暗がりに寄り掛かるラムダは未だに胸に渦巻く激情を消化しきれずにいた。

胸の裡には、依然ヘドロのような悪感情がベッタリと張り付いたままだ。

真っ赤に染まった靴先をトントン、と鳴らして気を紛らわせるがそれも長くは続かない。

壁を殴りつけようと腕を引いたその時だった。

 

 

「おーっすお待たせラムダ…。って何してんの。」

 

サーペンティと入れ替わるように路地裏に足を運んだのは、赤髪をゆらゆらと揺らした『妹』──ミューだった。

どこかで買ってきたであろうドリンクを片手のミューは、目の前の光景を若干引き気味で尋ねる。

何せ、ラムダの足元には瀕死の重症の男たちが何人も横たわっているのだ。

いくら血の気の多いミューであっても、予想もしていなかった展開に違いない。

 

「……ストレス発散。」

 

「ん〜、急にどしたん?」

 

ドリンクを啜りながら、ミューは訝しげにラムダに問い掛ける。

ラムダは冷静な仮面をかぶっているだけで根は狂犬そのものだ。

だが、普段であればこんな無差別に周囲を攻撃することはしない。

ましてや、手を出すことに何のメリットもない一般人に牙を向けることなんて今までただの一回もなかった。

むしろ楽しみを優先して暴走しがちなミューを諌めるのが常だ。

『妹』の質問にラムダは血が滲むほど固く拳を握りながら答えを振り絞る。

まるで、怒りで我を忘れるのを堪えるように。

 

「………………ミューは、()()()()()()()()()()()()()なら分かるよね?」

 

面倒臭いメンヘラ彼女のような口ぶりだが、大体の事情は把握した。

十中八九、昼前の出来事が関係している。

つまりは、フィリア・スノーフレークとの邂逅。

 

「あ〜〜〜〜…。そゆことね〜?うんうん、はいはい。」

 

心底面倒な話題を振ってしまった、と後悔しながらミューは空を仰ぐ。

 

──こんなにも中身に差があるが、ミューとてラムダと全く同じ境遇の生命だ。

まあ、彼女の抱く感情も理解は出来る。

その怒りも憎しみも、一つの正当性を持った純粋なものだ。

だが、ミューはラムダほど誰かに強烈な感情を抱くことはできない。

フィリア・スノーフレークが憎い…と思ったことはあってもそれは一過性のもので一日もあれば風化してゆく。

ミューの感情の燃料は、きっとすぐに燃え上がってすぐに消えてしまうのだ。

同じ遺伝子であっても、心の形は対照的。

だからこそ、ラムダにとっては存在証明に欠かせない話題であっても、共感できない鬱陶しいものでしかなかった。

どうやってこの流れを断ち切ろうかと逡巡していると、カラン、と手元のプラスチックカップから氷のタワーが崩れる音がした。

 

「……………ま、取り敢えずラムダも一口飲まねぇ?スペバの新作。」

 

赤べこのように頷き続けるイエスガールをするのもダルくなって、ミューは1番手近かつ楽な話題に切り替える。

今のラムダを下手に刺激すると、怒りの矛先が自分にまで向きかねない。

カラカラと氷が浮いたプラスチックカップを揺らしながら、ミューは手元のショッキングピンクのドリンクをラムダにずい、と近付ける。

一時的に別行動をして買ってきた若者に有名なカフェテリア、スペースバックスの新作。

ラムダは甘いものはあまり好きではないが、このままフィリア・スノーフレークの愚痴を聞くよりはマシだ。

 

 

「………………飲む。早くちょうだい。」

 

 

いや飲むのかよ、と心の中で呆れながらミューはラムダにお気に入りのドリンクを差し出したのだった。

もうその頃には、すっかり日は落ち切っていた。

 

彼女たちの薄暗い運命を象徴するように。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

〜side シーナ〜

 

──ところも時間も変わって、深夜のキャメロッ島にて。

ようやく姉の荷物持ちから解放されたシーナは、すっかり夜の帳が下りた時間帯に汗を流す羽目になっていた。

 

「ふぁ〜、さっぱりした〜っ!!」

 

缶チューハイ片手の彼女は肌着のみの格好で自室のベッドで仰向けになっていた。

結局、フィリアとミラと別れた後に飲み屋に連れて行かれ、二次会のカラオケにも強制連行された。

翌日が仕事だというのにこちらの都合はお構いなしな様子だった。

おかげさまで、身も心もへとへとだ。

 

(…まあ、楽しかったからいいんだけどね。)

 

だが今身体にあるのは、イヤな疲れではない。

むしろ、1日を楽しみ切った達成感に近いものだ。

まあそれでも、今すぐ泥のように眠りたいのも事実ではあるのだが。

かと言って、明日はまたヴェナと機材の調整に議事録のまとめ、おまけにフィリアのために用意した次回任務の日程調整や応援メンバーへの再三確認もある。

寝不足で臨むわけにはいかない仕事だ。

そのためにもすぐに眠り、万全な体調を維持しなければ。

そんな生真面目な性根から翌日の仕事に意識を向けるシーナだったが、その時ピコン、とデスクの上のパソコンが鳴った。

唐突に静寂を破るその電子音に、反射的に目を向けると…

 

「……あれ、お姉ちゃんからメール届いてるや。」

 

差出人の名前は、姉であるリーラのものだった。

きっと、今日のお礼とささやかな励ましの言葉でも書かれているのだろう。

もしかすると、何かプチご褒美にギフトでも同封されているかもしれない。

淡い期待を抱きながらメールを開くと、やはりそこには今日買い物に付き合ってくれたことへのお礼の一文が記されていた。

だが、メールの内容はそれだけではなかった。

 

「何これ……データファイル?」

 

文章の下部には『プレゼント』という名前のPDF化されたファイルへのリンクが貼り付けられていた。

なんの脈絡もなければなんの意図かも分からない。

少なくとも、今日一日リーラと話してこんなものが話題に出たことはない。

単なる送り間違いか、とも一瞬考えた。

 

「………いや。」

 

しかし、敬愛する姉が何の意味もなく、若しくはただの間違いなんかでこんなものを送ってくるなんてありえない。

カチカチ、とマウスを叩いてファイルのリンクに接続する。

短いロード時間を挟んで表示されたのは、とあるニュース記事だった。

それは、10年以上前に起きた傷ましい惨劇について報道されたもの。

内容はとある研究所がある日突然、研究者と関係者を含めて何者かに鏖殺されたというものだった。

記事の端には血液の飛び散った施設の様子や、銃創や何かが炸裂した跡の写真が堂々と載せられていた。

あまりに残酷な内容に思わず眉間にシワが寄るが、こんな悪趣味なだけのリーラがわざわざ送ってくるのか、という疑念が生まれる。

姉は、ちゃらんぽらんなところはあるがオペレーターとしては超一流。

何かしらの意味が必ずあるはずだ。

どこかに何か、ヒントのようなものが……。

 

「……えっ?」

 

目を点にして画面の小さな文字列に齧り付いていたその時、思わず喉から驚愕の声が漏れる。

シーナの目に留まったのは、この惨劇が起きてしまった悲劇の舞台、その名前。

だが、その名前はあまりに意外で、不可解で、そして何より偶然とは思えないものだった。

 

 

「──()()()()()()()…………研究所?」

 

 

声に出したその単語は、自分でもとても信じられない。

そこには、可愛い後輩と同じ名を持つ研究施設の情報が確かに記載されていたのだった。

 




補足のコーナー
①シーナのお姉さんのリーラさんですが、この人は前前作『流星との出会い』にてヘレナさんの相棒だったオペレーターの方です。実は前作にちょっとした伏線(?)はあったのでその回収となります。何故彼女がフィリミラに意味深な反応をしたのかは、後々のお話ということで!

②ミューとラムダの違い
今回もラムダの心中がほんの少し語られましたが、妹のミューは別に『母』を溺愛しているわけでもなければ、フィリアのことを憎んでもいません。その理由は簡単に言えば『甘えられる存在の有無』です。妹という立場上ミューは基本いい空気を吸って生きてきてるので、こんなにもラムダとは違うのです。遺伝子は同じなのにね。

次回、ゲストキャラを招いた『共同任務編』スタートです!全四話ほどの構成ですがほとんどがバトルになる予定です、お楽しみに!
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