Rebellion Against Fate 作:zawadinosaur
第十六話『共同任務』
──某日、キャメロッ島の訓練施設にて。
「とりゃぁ!!」
道場を模して作られた室内に気の抜けた……否、本人としては最高に気合を入れた掛け声が響く。
びっしりと敷き詰められた畳の上では、運動着のフィリアがセリフとは裏腹に蹴り技を披露していた。
それなりにキレのある一撃は、一般人程度であれば当たりどころによっては気絶させられるほどの威力があった。
ここに初めて来た頃と比べれば見違えるほどの成長を遂げたフィリアだったが、今現在の表情はあまり芳しくない。
その理由は目の前の組み手の相手にある。
フィリアとしては全力で磨き上げた一撃は、手合わせの相手には中々届かない。
ひらりひらりと、落下中の木の葉のように避ける人影には掠りもしない。
「…うんうん、スジは悪くないね。でもまだまだ甘ちゃんかな。というか当てる気ある?そんなんじゃすぐ死んじゃうよ?」
今日は珍しく『コルタナ』女子組が全員予定なしということだったので…
「手合わせ中に毒吐かないで下さいブルートさんっ!」
今回は普段あまり訓練を共にしないブルートに組み手の相手を務めてもらっていた。
勿論、邪魔にならない位置でミラも正座して2人の対局を見届けている。
そしてオマケのように、その隣にはシーナがちょこんと座っている。
格闘技はからっきしな彼女はあくまで見届け役としてこの場にいてくれているのだ。
まるで若手の女子会のような光景だが、実際にやっていることはど突き合いなのがなんともミスマッチだ。
「これならっ、どうですか!」
余裕の姿勢を崩さないブルートにせめて一矢報いようと、フィリアは本気の本気で突貫することを決めた。
彼我の距離は数メートル。
それだけの距離があれば助走には十分。
タン、タンとステップを踏むように速度を付けて、勢いそのままに飛び上がる。
まるでスケートリンクの上を舞うように、フィリアの身体は中空へ昇る。
「やあぁ!!」
身体を捻りながら回転を加えて、全筋力を利き足へと集約する。
鞭のようにしなる一撃は、当たりさえすれば大の大人でも気を失いかねないほどに研ぎ澄まされていた。
命名は、『アクセルキック』(本人命名)。
入隊からして経過した僅か数ヶ月。
その期間で磨き上げたフィリアの持てる最大威力の一撃。
毎日毎日、絶えず努力してきた彼女の結晶だ。
だが、
「……鈍い。」
目の前の暗殺者にはまるで届かない。
フィリアの重ねた鍛錬が児戯に見えるほどに隔絶した、ブルートの実力には遠く及ばない。
「──えっ!?」
フィリアの蹴りがブルートを捉える直前。
彼女の姿が視界から消えた。
まるで影に吸い込まれていくように、溶けるように消失した。
……いや、違う。
カラクリは単純だ。
ただ単純に、
その証拠に、ブルートは既に蹴りを振り抜く寸前の自分の後ろに立っていた。
「っ!!」
ほぼ完了していた蹴りの工程を今更止めることはできず、フィリアは蹴りで空を切りながら軟着地する。
必殺の一撃をあっさり避けられたのは悔しいが、勝負はこれだけでは終わらない。
まだまだこれから、と意識を切り替えたその時。
「……いい、フィリア?蹴りっていうのはさ。」
静かに語るブルートの気配が変わる。
のらりくらりとしている普段の雰囲気から、暗殺者のそれへ。
ぞくりと、背筋を冷たいものが通り過ぎるのと同時にフィリアは反射的にバックステップを切る。
だがそれでも依然、刺すような寒気は止まらない。
「…こうやるんだよ。」
短く呟くように言葉を残すと軽く足先を鳴らして、ブルートは無表情のままこちらへと駆ける。
接近する速度自体は大したことない。
構えていれば問題なく対処出来るスピード。
何かをして来てもこれなら対処……
「──風遁、『鎌鼬』っ!!」
「っ!!?」
瞬間、ブルートの回し蹴りがフィリアの眼前を掠めた。
先程までとは別物のスピードで放たれた一撃にフィリアは完全に虚をつかれて尻餅をつく。
軽く掠っただけだというのに、フィリアの髪の先端がはらりと舞い、まるで焼き切れたかのように焦げ臭い匂いが漂っていた。
(何も…見えなかった……!?)
フィリアの視点では、本当にブルートの姿が瞬間的に見えなくなっていた。
こちらに向かっていると思えば、次の瞬間目の前まで距離を詰められ、蹴りが眼前に迫っていた。
恐らく、強烈な速度の緩急で敵の認識を誤認させる類の歩法なのだろう。
いや、今そこは問題ではない。
完全に尻餅をついてしまっている現状を打開することの方が優先だ。
「っでも!!」
ブルートは今の体勢のフィリアでは何の手立てもない、そう考えているはずだ。
そこを突く!
フィリアは床に接地したまま、頭を畳に密着させて支点にすると身体を大きく翻す。
大したことのない自重を重しにすれば、フィリアの身体は軽く反転した。
「うりゃぁ!!」
バリトンとの稽古で身につけた足技の一つ、カポエイラ。
軽やかな体捌きと縦横無尽かつ鋭い蹴りが持ち味の格闘術。
尻餅をついた勢いをそのまま回転に乗せて、技を放ったばかりのブルートの横腹目掛けて放つ。
鞭の先端のような蹴りが入れば、形勢は一気に覆る。
そして、ブルートはフィリアのこの技のことを何も知らない。
「…残念。」
だが、ブルートはそこまで含めてお見通しだった。
スピードに特化させた渾身の蹴りすらも、彼女はぱしり、と軽く受け止める。
そして…
「あっ!?ちょっ!?」
「はい、こっちもゲット。」
そのまま残る足も捕まえてそのまま持ち上げた。
頭と脚の位置が真逆になった今、もはやフィリアに出来ることは踏ん張りの効かないヘロヘロのパンチだけ。
というかそれすらリーチが短すぎて届かない。
まるで解体前のお魚のように完全に詰みの状態。
そのことを知ってから知らずか、ブルートはにやりと笑うと…
「せーの、でゴー。」
「うわぁぁあああぁ!?」
両足を掴んだまま、フィリアの身体を駒のように高速回転させた。
錐揉み回転しながら床と天井が秒間10回は交互に視界に飛び込んでくる。
目が回る、なんて比喩では表せないくらいの勢いの回転のままフィリアは床に叩き付けられる。
ありとあらゆるものがシェイクされたように見える平衡感覚の中で立ち上がることなんてもはや出来るはずもない。
「………キュウ…。」
蚊取り線香みたいなぐるぐるの目になりながら、フィリアは床に這いつくばる。
ぐわんぐわん揺れる視界はもう何が何だか分からない。
「…勝負ありですね。」
場外に待機していたミラは静かに決着を宣言する。
誰がどう見たってフィリアの完敗だ。
「よしよし、フィリアも頑張ったね。蹴りも動きも成長してる。でもまだ私の忍術には遠く及ばないってばよね。」
ブルートは床に倒れ伏すフィリアの頭をナデナデすると、勝ち誇るかのようにむふー、と口元を緩める。
さっきまでの暗く静かな戦闘モードとは打って変わって先輩騎士の雰囲気に戻った彼女に(それなりに)褒められるのは単純に嬉しい。
だが、フィリアにはどうしても聞きたいことがあった。
「あの………ブルートさん……最後のあれ……ただの…蹴りでは…?」
「風遁。」
「いやでも…」
「風遁だよ。」
異論は認めない、と言わんばかりのまっすぐな目にフィリアはもう何も言えない。
どう見てもただの蹴りだったが、本人が風遁と言うならきっとそうなんだろう。
うん多分きっと。
「フィリア…ブルートのそれはもう気にしなくていいから。」
「シーナ……さん….。」
諦め混じりに納得していると、呆れ顔のシーナが道場の畳を踏みしめる。
ズカズカと足音を立ててブルートの前に立つと、彼女はガミガミと説教モードに突入する。
「ブルートも!いつまでもギャグみたいな闘い方しないの!もっと真面目に!」
「ハァ……シーナもアレクみたいなこと言うね。別にいいじゃん私さほど弱くないし。ロマンくらい求めても。というか真面目にあの技使ってたら多分フィリアの首から上今ないよ?」
「そこじゃないの!本当はブルートもっと強いんだから真〜面〜目〜にっ!」
「……とか言ってるよフィリア?シーナってばフィリアより弱いのに。これって高度なギャグかな?」
「ぬ"ぅぅ〜〜!!!」
煽り全開のブルートに、シーナはポカポカと優しいSEで殴りかかるがアオリストの彼女にはダメージひとつない。
同期ということもあってか、フィリアの知る限りシーナと最も近しい関係にあるのはブルートだ。
普段の彼女はミラやフィリアといる時は年上の先輩として優しくて、シャグランやヴェナといる時は後輩らしく礼儀正しい。
だからこそ、同年代の友人と砕けた姿勢でやり取りしている彼女が新鮮で、そんな姿が見れることが純粋に嬉しかった。
2人のやりとりに釣られて笑っていると、突っ伏したままの背中にぽん、と優しく手が添えられる。
「お疲れ様フィリア、ナイスファイト。」
まだ微妙に揺れている視界を上に向けると、タオル片手のミラが優しく微笑んでいた。
差し出されたそれを受け取ると、そのままフィリアは仰向けの姿勢になる。
「ありがと、ミラ。でもまだまだ遠いなぁ……追いつける気がしないや。」
正直言って、ついさっきまでのフィリアにはそれなりに自信があった。
自分でも一矢報いて認めてもらうくらいはできると。
だが、今日手合わせをしてみて確信した。
長年『円卓』で戦い続ける人間と、アマチュアの自分との差を。
手を伸ばしても追い縋っても遠のくだけの後ろ姿。
現時点でどれだけの力の差があるのか、身に染みて教え込まれた気分だ。
…どこかで聴いた言葉を思い出す。
多分、コードネームを持つ人間に近付くにはあと1万歩以上の進歩が必要だ。
そして、ブルートやミラのような優秀な騎士に辿り着くには、同じく5千歩以上はは必要だ。
この場にいるミラもブルートもシーナも、自分にとっては雲の上の存在。
いくら敬っても足りないくらいの尊敬の眼差しを、先輩騎士たちに向けると…。
「だから!!私が言ってるのはそのニンジャごっこやめなさいってことっ!」
「しつこ……。この素晴らしいロマンが分からないなんてまだ素人だね。滝行でもしてきたら?」
尊敬……しているはずの先輩騎士たちのお説教は、レスバトルに片脚を突っ込みかけていた。
お互い頭の上に怒りマークを浮かべかけているその様相は本当に喧嘩に突入しかねない。
お互い遠慮がないのは良いことだが、それが災いしてお互いのメンタルへノーガードの殴り合いをしている。
「お二人とも落ち着いて…」
よくない雰囲気を察知して慌てて止めようとフィリアが身体を起こしたその時。
ピシャン、と襖のような形の道場の扉が開いた。
ケンカを止めに来てくれた神の使いは誰かと、扉の先の人物に目を向けると…
「お〜お〜、仲良し女子会してんなあ。」
視界に入ってきたのは、鮮やかな赤。
それと真逆の群青色のパーカーをヨレヨレにして着ているヘッドホン姿は、他の候補などいないくらいにはオンリーワンだ。
「ヴェナさん!」
「ヴェナちゃんパイセン、こんにちは。」
「相変わらず舐め腐ってやがるなブルートてめぇ。」
さらなる先輩騎士の登場に、ブルートとシーナは繰り広げていた喧嘩をピタリと止める。
流石に上司の前で口喧嘩を続行するのはまずいと判断したのか、さっきまでの険悪なムードはいつの間にか消え去っていた。
…むしろ、フィリアが喧嘩だと思っていただけで、本人たちにしてみればじゃれ合いだったのかもしれない。
「それでヴェナさん。何かありましたか?」
師弟揃ってブルートと睨み合うヴェナだったが、弾ける火花の間にミラが入り込む。
燃え上がるボルテージに容赦なく冷や水を投げ込むように仕事の話を差し込まれて、ヴェナは「そうだった」と思い出したように一言前置きをすると、順繰りにミラとフィリアを指さす。
「ミラとフィリア。お前たち2人に招集が入ったぞ。シャグランのとこに集合だ。」
まさかの言葉に、倒れていたフィリアは慌てて起き上がる。
「しょ、召集ですか!?私に!?」
「……私たち2人だけにですか?」
両者とも驚いているのは共通だが、驚きのポイントは異なっていた。
フィリアは、ペーペーの自分にまさか任務のために呼び出されるなんて思ってもいなかったから。
ミラは、新入りのフィリアの任務に『コルタナ』メンバーが全員向かうわけではないということ。
通常なら、以前の任務と同じように全員で向かう方が安全かつ、教育の場としても優れているはず。
それなのに、一体どうして…?
「おう。まあ詳細はシャグランに聞いてくれぃ。アタシもあんまりよく知らん。」
「…分かりました。行こう、フィリア。」
「うん!」
トリスタンたるシャグランがそう決めたのであれば、従わない理由もない。
それに、仲間を何よりも大切にする彼のことだ。
きっと何か考えがあるのだろう。
違和感を感じつつも、ミラは大人しく上官の指令に従う。
フィリアもそれに追従して、あたふたしながら立ち上がり出口に目を向ける。
だが、
「……………。」
ふと、自分に向けられた目線に気が付いた。
どんな意図が込められているかは読み取れないが、少なくともピリピリと肌を指すような視線。
その源泉は…
「あの……シーナさん?どうかしましたか…?」
あんまりにも居心地が悪くて、フィリアはついつい視線の主に声を掛ける。
小さな針のような視線をフィリアに向けていたのは、敬愛する先輩騎士のシーナだった。
普段から優しく温かく見守ってくれている彼女からそんな目で見られる日が来るなんて思ってもいなくて、恐る恐る尋ねる。
「あ……ご、ごめんごめん!何でもないよ!!」
視線を気取られていることが予想外だったのか、シーナは上擦った返事を寄越すがそれは明らかに作られた平静の答えだった。
怪しさしかない答えに恐怖と焦りを感じながらも、これ以上問い詰めることはもっと怖い。
これまでの人間関係もあって、普段の関係値から一歩踏み出すことが出来なかった。
「…そ、そう……ですか?」
煮え切らない思いを抱きながらも、フィリアはミラに続いて部屋を後にするのだった。
──『コルタナ』隊室前。
普段通りのはずなのにどこか厳めしく見えてしまう鉄扉に、フィリアは意を決して触れる。
ひやりとした感触に心まで凍り付いてしまいそうなのを必死にこらえる。
「失礼します!」
「失礼します。」
きちんと礼を重んじて3回ノックをしたのち、二人は見慣れた部屋へと入室する。
「──お待ちしていました、お二人とも。」
普段とは打って変わって伽藍洞な室内に立つ人物はわずか3人。
平時と変わらず柔和な笑みと、そよ風のような雰囲気を纏ったシャグランが隊長専用のデスクに腰かけている。
それは最早見慣れた光景で、特筆すべきことはあまりない。
だがその手前に控えている2人の人物にミラとフィリアの視線は釘付けとなった。
──1人は美しい深緑の艶髪に桜の花びらのような髪飾りがよく似合う、『麗らか』という言葉がよく似合う少女。
──もう1人は、白く透き通った雪色の髪と、アクセントのように輝く漆黒、そしてそれらを美しく彩るドレスが目を惹く少女。
平時からお世話になっている2人を見間違えるはずもない。
「ハルカさん!シュバルツさん!!」
「お二人が今回の任務に協力してくださるんですか…!?」
今回の任務に助っ人として招致されていたのはハルカ・フィーセと、ドラテア・ゾフィー・フォン・シュヴァルツ・ノートリヴィヒ(以下略)だった。
「久しぶりミラ、フィリア。」
「本当にお久しぶりですわ、ミラ様にフィリア様。此度はよろしくお願いいたします。」
無表情ながらもひらひらと手を振るハルカと、礼儀正しく会釈をするシュバルツ。
他部隊の大物2人が同行してくれることに素直に喜び驚愕するフィリアだったが、両者の近況をある程度把握しているミラはさらに驚いていた。
少なくとも、ハルカはつい最近までケイ卿と共になんらかの事件に巻き込まれていたと聞いている。
シュバルツも、ブルーノ卿と共に各地に遠征をしては強敵と渡り合う超一流の騎士だ。
直近でも、北方の雪国へと赴いていたと聞いた。
そんな2人が自分たちのために力を貸してくれる事実に、嬉しい反面申し訳なさすら感じる。
「その…今回の任務は、このメンバーで?」
「いえ、実はもう1人。特別な協力者がいらっしゃいます。」
「特別な…」
「協力者?」
「どうぞお入り下さい。」
シャグランの一声と共に、ガチャリと入り口の扉が開いた。
さらなる助っ人の登場にフィリアとミラは固唾を飲んで見守る。
一体誰が追加メンバーとして来てくれるのだろうか。
純粋にワクワクしているフィリアだったが、その隣のミラは気が気じゃない。
まさかコードネームを有する騎士が来るなどということはないと思うが、もしも来たらミラの胃が終わりかねない。
ゆっくりと開く、玉手箱…いや、パンドラの箱の内容は…?
カツン、と軽やかな靴音と共に猛る焔ののような紅色が瞳を一気に彩る。
さらりと伸びたて揺れる長髪は、まるで本物の炎のように鮮やかで美しくて…
「ヒラミー・レイディオ…CNベディヴィアです!今回はどうぞよろしくお願いしますっ!!」
入室して来たのは、ヒラミー・レイディオ。
弱冠14歳ながらベディヴィアの名を継承した天才騎士。
まさかすぎる人物の登壇に、どんな反応が巻き起こったかなど言うまでもないだろう。
「ベ…べべべ……ベディヴィア卿ッ!!!!!!???」
「──────、。──、、、。」
かぜのばくおんを出して口元を覆うフィリアと、口から魂がクリプーバイオのようにまろび出るミラ。
そんな2人を見て微笑むシャグランやシュバルツ。
あらかじめ誰が来るのかを知っていたハルカを含めた3人は温かくリアクションをする彼女たちを見守る。
感動のあまり絶句して声が出ないフィリアも、シンプルに絶句して魂が投げかけているミラの前にヒラミーは少女らしい足取りで駆け寄る。
そして、
「貴女がフィリアさんですね!お噂はかねがね聞いていますっ!ご一緒できるなんて光栄です!」
弾ける笑顔でヒラミーはフィリアに駆け寄ると、なんの躊躇いもなく両手を握る。
至近距離で展開される眩しい少女の笑顔はまるで太陽。
天才、という肩書きも相まってこの笑顔は太陽すら超える光源と熱源。
根本に陰が潜んでいるフィリアが耐えられるはずもない。
(灼ける……!!!目が…心が……脳がっ!!)
陽光に灼かれ塵になって消滅しかけていると、ようやく魂が戻った隣のミラは分かりやすくムスっとした顔をする。
その気配をいち早く察したハルカは、意味ありげな視線を彼女に向ける。
「ミラ、どうかした?」
「いえ……なんだか胸がすごくモヤっとして…。不整脈ですかね。」
「あら……もしかして…。」
「シュバルツさん?何かご存知なんですか?」
「い…いいえ?そこは自分で察する方がドラマがあると言うか何と言いますか…。」
「こほん。」
繰り広げられる女子トークをシャグランの咳払いが堰き止める。
ほんの短い3単語に、5人の少女は口を噤んで横一列に整列した。
ようやく静かになったのを確認すると、シャグランは椅子から立ち上がるとモニターを起動する。
「では、今回の任務…そして相手にすることとなる組織をお伝えします。ベディヴィア卿は事前に知っておられますが今一度ご清聴を願います。」
シャグランの目配せにヒラミーはこくりと首を縦に振る。
彼女の反応を確認してから、シャグランはトリスタンとして眼前の5人の少女へと任務を告げる。
その雰囲気は先ほどの印象とは異なり、弓矢のように鋭いものへと変わった。
「…今回、皆さんが向かう先はエスト大森林。文化圏で言えば東国に当たる場所です。ターゲットは、『白蛇教』と呼ばれる宗教団体。」
瞬間、モニターに映し出されたのはドローンで撮影されたであろう森の航空写真。
小さな町程度であればすっぽりと収まってしまいそうなほど広大なそれは、後ろ暗い組織が身を隠すのにはうってつけなのだろう。
シャグランの語った宗教団体、という単語にフィリアは真っ先にカルト教団のようなものを想像する。
多分、つい最近ミラと一緒に見たホラー映画が影響しているものと思われるが、シャグランが続けた言葉にそれがあながち間違いでも無かったと確信した。
「彼らは『白神様』と呼ばれる御神体……いえ、危険ノライバーとして未登録の個体であるティタノンを神と崇める宗教団体です。発足当時は傍迷惑な勧誘活動を主目的にしていたようですが、最近になって様子が一変しました。
誘拐や強盗を躊躇なく実行し、攫った人間で人身御供を行なっているという報告もありす。
──そして直近の情報では、彼らは誘拐の際に強化リバイバー……そしてリバイバーのレプリカを使用しているというものもありました。以上の点から我々はこの組織と『セルパ・アレーニア』との繋がりを断定、捕縛に動くことを決めました。」
「『セルパ・アレーニア』…ギベリスと繋がりがある、ということですか。」
ミラは眉間に深い皺を刻みながら、怒りを滲ませた声色を絞り出す。
一応フィリアも、他の『コルタナ』の面々からその組織のことは聞いていた。
……フィリアが加入する少し前、大規模な闇オークションの摘発作戦があったらしい。
それを主催していた人物こそが、『セルパ・アレーニア』を束ねる首領──ギベリス。
作戦当日は彼と、その協力者との全面対決になったのは言うまでもない。
そして、ミラやシャグランをはじめとした主力のメンバーに加えて2人のCN持ちの騎士がいたにも関わらず壊滅させられず、それどころか幹部の1人も倒しきれなかったそうだ。
聞けば、先の初任務の際に現れた改造セイスモーも彼らが商品として裏社会の組織に貸し出しているものらしい。
そして、ミラはあの任務の裏で敵幹部と交戦していたとも。
『コルタナ』とは因縁深く、切っても切れない敵組織だ。
「皆さんの任務は、教団の人間の確保。そして敵の使うであろうレプリカと強化リバイバーの回収になります。」
「回収だけですの、トリスタン卿?」
「これだけの戦力がいれば組織を倒すことも出来るんじゃないですか?」
保守的な任務の内容に、シュバルツとハルカは当然の疑問を口にする。
ここに集められたのはコードネームを持つ騎士と、それに比肩する3人の騎士。
これだけの戦力があれば宗教団体の一つや二つ潰すことも容易いはずだ。
カルト教団が存在することで今後発生する被害を考えれば、彼らを倒しておくことのほうが利があるはず。
だがシャグランは、二人の言葉に首を横に張る。
「……いいえ。今回ははフィリアさんが本格的に参加する初任務です。あまり気負わず、無事に帰ることを最優先にしてください。
それに、皆さんの任務内容には敵組織の偵察も含まれています。持ち帰った情報を基に別の部隊が対応に当たりますので。」
つまり今回は、新人たるフィリアの正式な初任務ということだ。
もう何もかもを手取り足取り助けてもらう新人のままではいられないという現実に、プレッシャーで胸が潰れそうになる。
一流の騎士である4人の足を引っ張らないでいられるだろうか。
下手を打って失望されないだろうか。
重荷に、思われていないだろうか。
そんなネガティブ思考が脳内に溢れる。
だが、
「頑張りましょう、フィリアさん!」
「修行の成果の見せ所だね、フィリア。」
「ふふ、期待していますわ。」
「……やろうフィリア。私がついてるから、プレッシャーなんて感じなくて良いよ。」
仲間たちはそんなことはカケラも思っていないと確信させてくれる目で、言葉でフィリアに微笑みかけてくれる。
ただそれだけのことなのに、口角が勝手に上がってしまう上に涙腺が少しだけ緩くなる。
慌てて人差し指で口角を一文字に引っ張って、頬にパチンと叩くことで笑い泣きをすることを阻止する。
頬を真っ赤にしたフィリアを見て、他の5人は軽く吐き出す。
「……それでは皆さん。どうか今回はよろしくお願いします。」
「「「「「「はいっ!!!!!」」」」」
勇ましい少女たちの声で、この任務は始まりを告げるのであった。
───────────────
──『セルパ・アレーニア』本部。
「──と、以上の理由から貴女の原理はリバイブ技術には流用出来ないのですよ。」
「成程……技術的レベルが足りないのね。残念極まるわ。」
無数の培養槽の光で照らされた薄暗い研究設備の中心。
白衣を着た研究員が右往左往する中で、異彩を放つは白の袴と、黒のスーツ。
大量の書類を手元に置いたリリーと、手を後ろで組んだままのギベリスは巨大なリバイブマシンと向き合っていた。
無骨なそれは通常のものとは大きく異なり、太古の生物を甦らせるのではなく
身体の一部を歪に強化されたリバイバーや、最早生物ですらない機械の塊を生み出す呪いの装具。
そんなものを前にしても、2人の研究者は顔色ひとつ変えずに談義を重ねていた。
「とはいえ、貴女のその発想と着眼点は素晴らしい。娘を想う母の強さ…と言ったところでしょうか。」
「当然でしょう?私の人生を賭けて達成しなければいけない命題なのだから。」
互いの事情はある程度把握している両者は、実に真剣な面持ちで言葉を重ねる。
会話の内容は部外者からすれば見当もつかないような発言ばかりだ。
特にリリーの心中にあるものは、ギベリスすら深くは知り得ない。
ロクでもないことを考えている…という漠然とした認識だ。
「…あら?ちょっと失礼、フィリアからだわ。」
張り詰めたこの空間の空気を不意に破るピロン、という間の抜けた電子音が鳴り響くと、リリーは胸元に隠した端末を取り出す。
その連絡元は…
「あぁ、『円卓』に潜入している貴方の娘ですか。」
──フィリア・スノーフレーク。
リリー・スノーフレークの『娘』…そして現在は『円卓』に潜り込んで此方に情報を流している間者。
彼女の流してくれた情報のおかげで、以前は彼らを罠に嵌めることが出来た上に、とても有益な情報がいくらでも流れてくる。
本当に優秀な工作員…と、ギベリスはフィリアを評価していた。
「あら、潜入なんて人聞きが悪いわね。」
娘との会話画面を表示したまま、リリーは視線すらこちらに向けずにメッセージを入力している。
「……あの子はね、
『円卓』に入ったのだって100%あの子の意思よ。私の手引きなんて介在していないわ。」
「おや、それは失礼しました。………ですが皮肉なものですね。この世で最も慕う母への近況報告が、何よりも守りたい仲間たちを危機に陥れているとは。本人が知ればさぞ悲嘆に暮れることでしょうね。」
『円卓』入りが本人の意志だったというのは想定外だったが、得られるアドバンテージは変わらない。
むしろ、本人が無自覚でいる限りこちらの間者であると判明する危険性は低い。
そのまま無垢で無知で愚鈍でいてくれた方が有難い。
「……………………………最悪、それは構わないわ。あの子の心が壊れたとしても、まだ大きなお役目が残っているもの。」
大きく間を開けて、嘆息混じりのリリーは吐き捨てるように言葉をこぼす。
彼女の語る娘の大きなお役目。
リリーの研究している内容と、求めている技術。
そして、娘であるフィリア・スノーフレークに持たされたアイテム。
これらの情報を総合すれば……
(哀れな運命、と言う他ありませんね。)
同情するほかない結末しか待っていない。
本人が何も知らないのが、せめてもの救いだろうか。
「…っと、話が逸れてしまいましたね。それで内容の方は?」
「…………『すごく怖い蛇と戦う』…って言ってるわね。これ貴方のこと?」
クスクスと笑うリリーは仮面越しにギベリスを嘲笑うように見つめるが、生憎とそんな覚えはない。
「確かに私は白い蛇の面ですが…。居場所が掴まれるようなことはしていません。偶然の一致では?」
平時のギベリスは過剰なほどに慎重かつ臆病だ。
表舞台に顔を出すのは、必ず命の保障があるときだけ。
そんな彼が最大の敵である『円卓』を前にそんなヘマはしない。
「──『白蛇教』のことじゃないかなそれ?」
暗がりから聞こえたその言葉に、ギベリスとリリーは視界をそちらに向ける。
一体いつからそこにいたのか、薄闇にはサーペンティが研究設備に背を預けて愛銃の手入れをしていた。
「おや、サーペンティさん。いらしたのですね。」
「うん、5分前くらいからここにいたよ?」
汚れひとつない上に白いクロスでさらに拭き上げられたそれは、さながら漆のような光沢を放っていた。
120%の手入れを終えた二丁拳銃を懐に大切そうに仕舞うと、彼は闇から此方へ歩を進める。
「『白蛇教』ってあれかしら…。私の強化リバイバーと貴方のレプリカを貸し出している宗教団体。」
リリーの発言を聞いて、ギベリスはようやくその組織のことを思い出す。
確か、どこかの地域の山奥に居を構えている新興宗教だ。
異常成長を遂げたティタノンを御神体と崇めて人身御供にまで手を出し、カルトな方面にまで進んだ狂人の集まりと記憶している。
だが腐ってもある程度の人間を集めている宗教法人だ。
金払いは今までの顧客にないほど良いものだったので、ギベリスは彼らとの取引を決定した。
「…成程、怖い白蛇は彼らが崇める御神体のことですか。そうであれば合点がいきます。
最近は我々の商品を使った人攫いも精力的に行なっているようですから、『円卓』に目を付けられるのも当然ですね。」
「どうするの?貸し出してる商品が『円卓』に回収されるのは痛手じゃないかしら。」
「そうですね……。ただあの手の方々が素直に返してくれるでしょうか。」
『白蛇教』の人間からすれば、ギベリスたちから提供される兵器は低いリスクで多くの人間を攫うことの出来る最高のアイテム。
あちらの視点から見れば返す理由がない。
そして、神に傾倒している狂信者に理性的な話し合いが出来るとも思えない。
そしてそんな状況の中で、『円卓』の魔の手がすぐそこまで迫っている。
つまり取るべき行動は、敵勢力よりも迅速に『白蛇教』の本拠地へ潜入。
そして目的のものを回収して離脱すること。
なんとも頭の痛くなる現状に、ギベリスは軽くため息を吐くと彼は視線をサーペンティへと向ける。
「オッケー、それなら回収には僕が向かうよ蛇旦那。」
視線を合わせただけで、彼はこちらの意図を察知して最高の提案をしてくれる。
ギベリスがサーペンティを最も信頼して右腕として置く最大の理由がこれだ。
少々高くつくのが玉に瑕なのだが。
「よろしくお願いします。報酬はいつも通り、基本額に働きに応じた賞与を上乗せする形で構いませんか?」
「勿論♡その方がモチベも上がるからね。」
雇い主の返答にサーペンティは普通の青年のように笑顔を見せると、爽やかな顔つきのままリリーへ微笑みかける。
「ついでに蜘蛛夫人の要件も聞きますよ?」
「あら嬉しいわね。……でも、貴方にお仕事を頼むのはお高いって聞いているわ?私に支払えるかしら?」
分かりやすいくらい作り物の困り声のリリーは態とらしく頬に手を添える。
その態度から察するに、お望みは値引きだろう。
あまりにも予想通りが過ぎる展開にサーペンティは笑いを堪えながら目を瞑る。
「いえいえ、初回サービスということで格安にしておきますよ。
………それに、今回貴女に用意して欲しいのはお金じゃあない。」
「…何がお望みかしら?」
「それは成功した時に言いますよ、お楽しみに♡」
焦らすような台詞を残すとサーペンティはもう一度視線をギベリスへ向ける。
「あ、蛇旦那。もう一つ条件があるんだけど良いかな?」
「ほう?」
「──スランガを連れて行くけど、問題ないよね?」
「…スランガさんを?貴方が向かうにしては過剰な戦力ではありませんか?」
サーペンティの提案したその条件に、ギベリスは静かに聞き返す。
たかが宗教団体に潜入して、目的のものを盗み出すだけ。
自身の右腕たる彼であればその程度の仕事は交戦すらせずに達成出来るだろう。
『円卓』の勢力がいようがいまいがそこは関係ない。
だが生粋の武闘派であるスランガを連れて行くということは、必然的に激しい戦闘が発生することを意味している。
無駄に争いを発生させれば、レプリカや強化リバイバーの回収が困難になる可能性すらある。
そんなリスクを背負ってまで一体何を狙っているのか、ギベリスは単純に興味があった。
「………蛇旦那、忘れたのかい?もしも
「…………………確かに。私としたことがその可能性を失念していましたよ。」
サーペンティの答えに、ギベリスは数ヶ月前のことを思い出す。
──サーペンティとスランガ、ジェイドと並び重用していた傭兵…リヴェル・エスメラルダ。
女性ながら他の幹部たちと遜色ない実力を有していた優秀な兵士。
破壊工作と潜入、そして加虐趣味によって磨かれた肉弾戦の練度はギベリスの知る中でも最高峰の域にあった。
………その彼女が、ある日何の前触れもなく殺害された。
数日間連絡がつかなくなったことを不審に思ったサーペンティが捜索に当たったところ、心霊スポットとして有名な郊外で死体が発見された。
死因は、銃殺。
全身に無数の銃槍が残った死体は、眉間に大穴が開けられており確実にトドメを刺されていた。
かなりの実力者だった彼女を一体誰が始末したのか。
依然不明のままである下手人については、サーペンティとギベリスは同じ見解を持っていた。
そして、その人物はいつ現れてもおかしくないという確信すらあった。
「分かりました、スランガさんには私の方から伝えておきます。サーペンティさんも最新の注意を払って臨んでください。」
「ああ勿論。こんなところでむざむざ死ぬのは御免だからね。」
そう言い残すと、サーペンティはヒラヒラと手を振りながらその場を跡にする。
──とぐろを巻いていた大蛇は既に動き出した。
何も知らない獲物を丸呑みにするために。
次次回からが戦闘開始の予定です!!全員に見せ場を作れるように全力を尽くします!!
そして今回自然にナレ死してるリヴェルさんですが、もしかすると今後この展開を修正して登場する可能性も微レ存です…まだ展開を決めきれてなくて申し訳ない…。