Rebellion Against Fate   作:zawadinosaur

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まじでお久しぶりですみなさん。なんと失踪しておりませんでした。


第十八話『The Tempest』

 

──数時間前。

フィリアたち一行が麓町オリエンスに到着する寸前の出来事。

エスト大森林の最奥部…即ち『白蛇教』本拠地の門の中には2つの人影があった。

片や、巨大なアタッシュケースを持った痩身の男。

片や、蒸し暑い森の中を分厚いコート姿で佇む大男。

 

「──たかが宗教が自分たち用の村まで作ってんのかよ。羽振りのいいこって。」

 

「──そうだねぇ。攫って生贄にした連中の臓器とか所持品とか諸々売り捌いて得たお金みたいだよ?残った肉は贄っていう体でティタノンに呑ませてるんだとか。おかげで証拠も何も残らない。

そんなわけで彼らの上層部の懐はホカホカみたい。」

 

鬱蒼とした森の中に構えられた巨大なコロニーを見下ろしながら、人影たち──サーペンティとスランガは各々の感想を口にする。

とはいえ、あまり良いニュアンスを含んでいるとは到底言い難いが。

 

「……にしても、随分と時代錯誤な服着てやがるぞアイツら。一般教徒は清貧が教義とかそういうタイプか?」

 

「さあね。ま、その方が上の連中には都合がいいんじゃない?お金も貯まるし。」

 

腕を組んだままのスランガは遠く見える村の中央を顎で指すが、そこには白装束に身を包んだ信者らしき人間たちが顕微鏡で見るアメーバのように動き回っていた。

彼の言う通り、その服装は一時代…いや二時代ほど遅れているように見受けられる。

その質素な格好に何か意味があるのかなど、部外者の自分たちには解りようもないファクターだ。

というより、理解したくも無い。

そんなものに気を配るよりも、彼らには優先すべきことがある。

 

「さてそれじゃあ、早速仕事に取り掛かろうか。」

 

巨大なアタッシュケースを携えたサーペンティは、懐からパピゴンのメダルを取り出すとホルスターから拳銃を取り出し村へ向けて歩き出す。

 

──今回の彼らに与えられた任務は、『白蛇教』に貸し出している強化リバイバーと、レプリカの回収。

可能であれば穏便に終わらせたいとサーペンティは思っていたが、生憎先日返却拒否の連絡があったとのことで、仕方なしの実力行使となることが既に決まっていた。

 

「で、言われた通りにオレと相棒はあの中で大暴れすれば良いのか?何か制限とかあんのか?」

 

スランガは小さな人型のシルエットが動き回っている村を指差すと、前を歩くサーペンティの後に続く。

 

「いや、特にないよ?好きなだけ暴れて、好きなだけぶち壊して、好きなだけ殺せばいい。あ、でももちろんボクのことは誤射しないでね?」

 

「勢い余ってやっちまうかもなぁ。そうなったら墓前に札束供えてやるよ。」

 

「ふざけなよ。もしキミに殺られたら末代まで枕元に立つからね。」

 

2人のこれからの動きはどこまでもシンプルだ。

村の中でスランガが暴れ回り、その隙にサーペンティが目的のモノを回収する。

実に古典的なミスディレクション。

目的のブツの居処はある程度目星は付いている。

回収し次第、即座に撤退するつもりだが、一つだけ懸念があった。

 

「よし、じゃあ頼んだよスランガ。」

 

「応。ちったぁ歯応えのあるやつがいれば最高なんだがなぁ。」

 

それは、スランガとその相棒が全力で暴れればこの程度の大きさの村はものの数十分で焦土と化すだろうということだ。

もしそうなれば、確実に『円卓』ないしは他組織に悪目立ちする上に、()()が近くにいれば介入があるかも知れない。

既に()()には数人の客分を始末されている。

次は自分の番かもしれない、と嫌な予感がべたりと張り付いていた。

 

「はぁ…気が重いなぁ。」

 

これから見ることになる地獄絵図に嘆息しながら、サーペンティは斜面を下り降りて行くのだった。

 

 

──────────────────────────

 

 

──そして現在。

 

「急ぎましょう皆さんっ!目的地はもう目と鼻の先です!!」

 

あのベロキーとの遭遇後、5人は全速力で『白蛇教』の拠点へ向かっていた。

目的地の方向から逃げてきたベロキーに感じた猛烈な嫌な予感。

このまま歩いて行軍すれば、確実に最悪のケースに発展する。

そんな纏わりつくような悪寒に突き動かされて彼女たちは足の踏み場もない獣道を直走っていた。

 

……だが。

 

「フィリア様、もう少しですわ!もう少し耐えてくださいましっ!!」

 

「はッッ……は、い…!!」

 

限界に近い者が、最後尾に1人いた。

シュバルツが叫ぶ先には、今にも倒れ込みそうなフィリアの姿。

元々一般人に毛が生えた程度の身体能力しかない彼女が、数多く困難を踏破してきた彼女たちに追従することなど土台無理な話だ。

一呼吸するごとに先頭との距離は遠のき、瞬きのたびに無力感に襲われる。

初めからこの部隊では自分が一番の足手纏いということくらい自覚していたが、こんな基礎的なことですら絶望的な差があることを改めて実感させられた気分だ。

 

「ぅぅ…っ!!」

 

そんな弱気な思考を挟む暇があるならば足を動かせ、と思考の中では激励を飛ばすが現実と理想は決してリンクしない。

みるみるうちに差は開き、自分のせいで事態の解決が遅延する。

情けない自分に心が折れそうになったその時だった。

 

「……仕方ない。」

 

唐突に先頭2番目を走っていたミラが進行方向を翻すと、フィリアの目の前まで迫ってきた。

 

「ミ……ラ…っ….?」

 

全く意図の掴めないその行動に、息を切らしながら疑問符を浮かべていると…

 

「ごめんフィリア。緊急事態だから少し我慢して。」

 

「え………ってわぁぁあぁあ!!?」

 

そう短く断りを入れると同時にフィリアの視界は気が付くと()()()()()()()()()()

『担がれた』ということを認識するのに少し時間が掛かったが、ミラは軽々とフィリアを米俵のように持ち運ぶと、一ミリたりとも速度を緩めずに全速力で走り出した。

その速度は先程までフィリアが出していた最高速度を軽く上回っており、ぐんぐんと先頭を走るハルカたちとの距離は縮まってゆく。

一体その細身のどこにそんな力が宿っているのか、ミラは息を切らす様子すら全く無い。

何なら、フィリアの方が身長が高いにもかかわらずだ。

親友の凄みを改めて感じながら、彼女は揺られながら物のような体で持ち運ばれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──そして、約数分後。

ミラが足を止めると同時に、フィリアは地面に軟着地させられた。

しばらくの間地面から離れていたせいか、足の裏側には僅かな痺れが残っていて着地と共にじんわりと足の裏側に嫌な感謝が広がってゆく。

 

「ごめんミラ…重くなかった…?」

 

「大丈夫。軽いくらいだったから。」

 

「そ…そう…?」

 

ミラはそう言ってくれているが、フィリア的には乙女の最大の秘密である体重が実感と共にミラに知られてしまったことが恥ずかしくて仕方ないのだが。

それはそうと、降ろされたということはここが目的地のようだ。

目の前には鳥居のような門が構えられていて、いかにも森の中の隠れ里といった風体の外観。

その内物々しく開いて、中から屈強な僧兵でも出てきそうな出立ちだ。

ただ、そこに開かれたような痕跡はなく、争ったようや痕跡も、襲撃を受けた跡も何も残されていない。

まるで新品のような、()()()()()()()()()()が門そのものから漂っていた。

すると、ハルカは膝を曲げ門前に広がる地面を凝視し始めた。

 

「………まだ新しい足跡がある。ほんの少し前にここに誰か来てる。」

 

そして、そのフィリアの直感は当たっていたようだ。

砂の上に残された侵入者の痕跡。

やはりただ事では無いという実感を叩き付けられると同時に、フィリアは不安の眼差しをヒラミーへと向ける。

 

「行くしか、ありませんね…。」

 

虎穴に入らずんば何とやらだ。

任務達成にも、麓の彼の依頼にも、前に進まなければ応えられない。

すでに退路も時間も残されていない。

覚悟を決めて、彼女たちは目の前の門を開くのだった。

 

 

───────────────────────────

 

鉄の塊のように重い扉をこじ開けると、その先の世界はつい寸刻前の森とはガラリと様変わりしていた。

獣道はしっかりと舗装され、まるで神社の境内のように砂利が敷き詰められている。

加えて、薄く灯りの灯る灯籠のようなものが規則的に並んでいて神秘的ですらあった。

だが奇妙なことに、人の気配は一切感じられない。

無人の集落を散策しているかのような不思議な気分だ。

 

ほんの少し歩くと、盆地の中央の窪みが見えてきた。

恐らくは、崖に囲まれた中心地で『白蛇教』は活動をしているのだろう。

この地形であれば周囲から見つかりにくく、森に生息可能なリバイバーたちからも襲われにくいだろう。

そんな考えを浮かべながらミラたちに追従するフィリアだったが、そこでとある事に気が付く。

 

「生き物の気配が……何もしない………。」

 

──この村には、全く生気がない。

人間が誰もいないのは、納得できる理由がいくつもある。

避難、外出、偶然。

緊急事態や、それぞれの予定や計画によって無人の時間帯が生まれることはそう珍しいことではない。

だがそれ以上にフィリアの違和感を強く刺激したのは、()()()()()()()()()()()()ということだった。

フィリアの知る限り、その一帯から生き物全てが消えるなんて経験したことがない。

どんな時でも、自分が『声』を聞ける範囲には常に生き物がいた。

だがこの場所は、それが一切聞こえない。

耳に入ってくるのは、自分たちの足音と息遣いだけ。

経験したことのないシチュエーションに、彼女は生唾を飲み込む。

すると程なくして、泳ぐ視線の先には石造りの下り階段が姿を現した。

盆地の中央……即ち、『白蛇教』の居住区へと繋がる一本道。

この先を見たくないという本能と、見なければならないと叫ぶ理性がせめぎ合う中すんでの所で後者が勝利した。

一歩、また一歩と大きくなっていく嫌な予感と共に一行は最悪が起きているであろう現場に近付いて行く。

 

そして、何段降りたかも分からない階段を降り切って、辿り着いた先は…

 

「こ、………れは………。」

 

「酷い……。」

 

 

目の前に広がっていた現実は、まさに地獄だった。

 

──焼き切れた家屋。

──そこら中に飛び散った血痕。

──鋭利な爪で引き裂かれたようなナニカの一部。

──晴れることなく充満する煙。

──そして、身体の一部が欠けた遺体。

それらは『白蛇教』の戦闘員だったのか、彼らは一様に自衛のための武器を手に持ったまま生き絶えていた。

だが、その武器たちも無惨に破壊されてただのスクラップと化していた。

これだけでも地獄と形容できるほどに凄惨な光景だが、さらに最悪な要素が一つあった。

 

「一体何なんですの……この臭い……。」

 

「なんか……凄く嫌な感じです……。」

 

それは、嗅覚に訴えかけてくるナニカ。

焦げついた悪臭の奥に、生臭さのような生理的な嫌悪感を引き出す臭いがある。

これを嗅ぐのは初めてだが、それでも反射的に拒絶したくなる悪臭。

その発生源に全く心当たりがないフィリアを始めとする4人だったが、ただひとりだけ。

()()を嫌というほど知っている人物がいた。

 

「ぅぐっ…!!」

 

「ミラっ!?」

 

フィリアの視界の先、列の先頭を歩いていたミラが唐突に膝をついた。

慌てて彼女に駆け寄るが、彼女の背はガクガクと震えていてどう見ても普通じゃない。

痙攣する小さな背中は恐怖で震えているようにも見えた。

まるで、()()()()()()()()()()()()かのように。

 

「ミラ…!?どうしたの…っ!?」

 

「大、丈夫……すぐ治る……!!」

 

口元を抑えたままの必死に吐き気を堪えるミラは、頭にフラッシュバックする光景を振り払おうと全力で目を瞑る。

だが、逆に暗闇の中に鮮明に浮かんでくるのは()()()()()()()()()

 

──故郷で起きた戦禍。

この蔓延する悪臭を、ミラは知っている。

これは、()()()()()()()だ。

あの日、死体の山の中で四六時中漂っていた最低最悪の空気。

思い返すだけでも自分を形成する何かが崩壊していくような感覚に襲われる。

喉元まで迫っていた内容物を飲み下して、ミラは唇を噛み締めながら立ち上がった。

 

「すみ、ません…。お待たせしました…。」

 

だが、その顔色はすっかり土色に染まっていてとても万全と呼べる状態ではなくなっていた。

誰がどう見ても気力だけで立ち上がった彼女の姿は痛々しさすらある。

 

「…っ皆様はここで待機を!!先行して様子を見てきますわ!」

 

そんな後輩を気遣ってか、シュバルツはライフルケースを背負いながら茂みを掻き分け村の外縁まで駆けて行く。

少しでも休息の間を、と彼女なりの優しさなのだろう。

それを噛み締めながら、ミラはヨロヨロとフィリアの胸に寄り掛かった。

 

「ちょっ…!?ミラ………!?」

 

「ごめん、フィリア……もう少しだけこうさせて……。」

 

そう呟く彼女の姿は、なんだかいつもよりも一回り以上小さく見えてしまう。

いつもはあんなにも強く大きく映っていたあの後ろ姿は見る影もない。

そこにいるのは、ただの等身大の女の子だ。

下心も引っ込んでしまうくらいにか弱い肩を、フィリアはぎゅっと抱き寄せるのだった。

 

「……一度足を止めましょう。シュバルツさんの報告があるまでは。」

 

「見張りは任せて。虫一匹近付かせない。」

 

ヒラミーは現状のまま進行するのは難しいと判断したのか、ふぅ、と一息つくと木の幹へ背を預ける。

ハルカはその判断に従いながらも、剣の鋒を地面へ突き立てると直立不動のまま見張り番を引き受けた。

何はともあれ、シュバルツが偵察に向かったのであればその報告を待つのが吉だ。

そういえばさっきまで足が棒になりそうだったことを思い出すと、フィリアもミラの方を抱いたまま腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……シュバルツさんからの連絡は?」

 

「まだです…。こちらからの呼び掛けにも応じません。」

 

十数分が経った頃合いだろうか。

ミラもフィリアも、最低限動ける程度には回復したタイミングでヒラミーはシュバルツへの連絡を試みていた。

だがあちらからの連絡もなければ、こちらからの連絡にも何の反応も示さない。

彼女の腕前であれば本来ここまで時間は掛からないはず、というのも妙だが、生真面目な性質の彼女が何の連絡もないことも大いにおかしい。

 

「何かアクシデントがあったと考えるべきですね…。ミラさん、フィリアさん、ハルカさん。短い休息で申し訳ないのですが、一度シュバルツさんと合流しましょう。」

 

「了解。フィリア、ミラ、立てる?」

 

「はい!」

 

「問題ないです。……取り乱してしまい申し訳ありませんでした。」

 

すっかり生気を取り戻したミラ含む一同は、その7つの瞳を盆地の中央へと向ける。

生命の気配すらない死の空間で何が起きたのか、そして先行したシュバルツの安否を確かめるべく4人は慎重に鬱蒼とした獣道を降ってゆく。

パキパキと枯れ枝が折れる音がするたびに警戒心は高まり、気温も相まって体力は通常以上に削られる。

息を殺したままジリジリと村の入り口へと足を運ぶ一行だったが、

 

『──し…!!止まって下さいまし皆様方!!』

 

「「「!?」」」

 

突然耳元で響いた大音量に、3人反射的に足を止めた。

通信機の向こう側から聞こえてくるのは、先ほどまで同行していたシュバルツのものに違いない。

彼女が無事であったことは喜ばしいが、今気を払うべきはそこではなかった。

 

「シュバルツさん…ご無事で……!!」

 

『ええ…村の全体に強力なジャミングがあったせいで連絡が送れませんでしたわ…。今は皆様と少し離れた村の外縁で村を監視していますわ。』

 

妨害電波。

人里離れた場所に潜伏する危険組織であればその程度の設備を持っていても違和感はない。

ただ、先ほどの鬼気迫る制止の声色がそんなものを指していたとは考えにくい。

もっと何か別の、致命的な出来事に向けられるような声のトーン。

 

「何か、あったんですか…?」

 

全員が浮かべた疑問をハルカが代弁してシュバルツへ問い掛けるが、通信越しの彼女はコンマ数秒沈黙を取る。

 

『………ええ、落ち着いて聞いてくださいまし…………。』

 

そう前置きしてシュバルツは慎重に言葉を選ぶが、

 

「────!!!!」

 

その数秒の間にフィリアの脳に電撃のような予感が走る。

フィリアもまた己の『特性』を通じて感じていた。

この道の先にいるナニカ……いや、荒ぶる気配。

近付く全てを八つ裂きにするような刺々しい空気。

明らかに友好的ではない思念が、頭だけではなく全身を針のように刺していた。

 

「この、感じ……リバイバーがこの先にいる…!」

 

『………………ええ、フィリア様の言う通りですわ。今回の目的だった『白蛇教』ですか…既にリバイバーと何者かの手によって壊滅しておりますわ。』

 

「…は?」

 

 

その口から告げられたのは、信じられない内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『村の中央…その物陰から見える位置にいますわ……。』

 

ほとんど更地と化している村の中央。

かつては井戸があったであろうその場所にその男はいた。

逆立った金髪とロングコートにアロハシャツというミスマッチが過ぎる容姿。

かつては井戸があったであろう残骸の上に腰掛けたそれは、風が吹こうと何が起きようとも微動だにせず風景の一部と化していた。

遠目に見れば眠っているように見えるが、油断は出来ない。

ハンドサインとアイコンタクトを駆使して意思疎通をしながらジリジリと標的へと接近するフィリアたち。

物音ひとつ立たずに物影を転々としていたが、彼我の距離が10メートルを切ったその時だった。

 

「……よっこらせ。」

 

唐突に男が腰掛けていた場所から起き上がった。

そして、視線を迷いなくこちらへ向けると…

 

「───オイ、そこの四人。出て来いよ。」

 

「「「「!!!!」」」」

 

いとも容易く、潜伏している自分たちの居場所を言い当てた。

一体なぜ、どうやって、どのタイミングで察知したのか。

まさか自分が何かミスを冒したのだろうか。

滝のような脂汗を浮かべながらヒラミーたちへ視線を投げるが、彼女に代わってハルカが首を横に振った。

つまりは、フィリアや他の誰かのミスや気配の殺し方が下手だったわけではなく、()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

そんな男にロックオンされては、最早隠れている意味など何もない。

物陰に潜んでいたヒラミーは臆することなく姿を現し、そのまま視線を男に向けた。

そして、それに続いて他の3人も立ち上がる。

 

「………はぁ〜〜〜、ガキかよ。歯応えねえな。」

 

一行の姿を目にしたコートの男は、至極残念そうに長いため息を吐き出した。

 

「──。」

 

「──!」

 

侮りでしかないその反応に、ハルカが鯉口を鳴らし、ミラがホルスターに手を掛けるがそれをヒラミーが制止した。

 

「抑えてください。彼には、聞くべきことがありすぎます。」

 

静かながらも熱い感情を載せた視線のヒラミーは、恐れることなく男の前まで歩みを進めた。

 

「……いくつか聞きたいことがあります。ここを襲ったのは、貴方ですか?」

 

「ああ。歯応えのねぇカスばっかだった。少しも愉しめねえしょっぱい死合だったぜ。」

 

男はこの地獄絵図を生み出したのは自分だと、男は悪びれることもなくあっさりと白状した。

一片の後悔も感じさせないその言動はまさしく狂気。

この男にとっては命を奪ったことよりも、戦闘を楽しめたかどうかの方が重要なのだろう。

その何の後悔も滲ませない返答に、ヒラミーの男は向ける視線はさらに鋭くなる。

 

「………っ、では2つ目。動機は何ですか?以前からこの組織を知っていたのですか?」

 

「仕事だよ仕事。ウチの雇い主から、『ここの連中に貸したブツを回収してくれ』ってな。んで、返す気もねえし殺しにかかってきたもんだから返り討ちにしてぶっ殺したのさ。」

 

「それで……そんな理由でここに生きる人たちを皆殺しにしたんですか!?」

 

「全員は殺してねえよ。ちょびっと生き残った連中は例のヘビガミ様?とかなんとかいうやつを連れて逃げ仰たぜ。ま、俺もカルト宗教の御神体と戦いたいとは思わねえからちょうどよかったけどな。」

 

「───」

 

その答えを聞いた瞬間、ヒラミーは絶句した。

そして同時に理解した。

 

──この男は、違う生き物なのだと。

罪悪感がない。

倫理観がない。

感情はあってもそれは理解出来る形をしていない。

言葉が通じるだけの怪物だ。

 

そこまで理解して、ヒラミーはこれ以上の詮索を止めた。

このまま話していても、何の意味もない。

だが、最後に一つだけ聞いておくべきことがあった。

 

「……では最後の問いです。──貴方は、何者ですか?」

 

確認するべきは、彼の所属組織。

小さいとはいえ一つの組織を単身で殲滅できるような戦力がこの世にそうそういるはずがない。

『無花果の会』、『グランドロン』、『トライバル・ソーズ』。

超級の危険人物が集う組織の構成員であれば可能性がないわけではないが、少なくともヒラミーは各組織の所属メンバーの人相描きで眼前の男を見た覚えはない。

となると、残される可能性は()()()()()

 

「あ?…………あぁ〜、自己紹介まだだったか。」

 

男は気の抜けた声色で天を見上げると、数瞬記憶を辿るような仕草を見せると、不気味に口角を歪めた。

 

「俺はスランガ。

──ギベリスの客分、って言えば伝わるか?」

 

「───!!!!」

 

その返答に、ヒラミーの後ろに下がっていたミラは目を見開く。

目下『コルタナ』が調査しているギベリス率いる謎の組織。

約一年前に交戦した裏オークションを始め、裏社会へと違法改造したリバイバーと、精巧にリバイバーを模したレプリカをばら撒く悪意に満ちた集団。

未だ全容すら掴めない組織に繋がる手がかりこそがこの男なのだと理解すると、ミラは素早く銃の照準をスランガの脚へと定めた。

逃げる足さえ潰してしまえば、このメンバーならどうとでもなる。

そしてその思考は全員が共通していたようで、ヒラミーとこの場から離れた茂みに潜むシュバルツは恐竜メダルを構え、ハルカは鞘から剣を引き抜いた。

だがそれらよりも早く、スランガは何かを頭上に弾いた。

それが恐竜メダルであると理解するのに少し時間が掛かったが、現状を理解するよりも早くメダルが閃光を放つ。

反射的に瞼が閉じた刹那に地響きと共に現れたのは、まるで鉱石を纏うモンスターのような姿。

刺々しい甲殻を天に向けて突き立て、刃物のような牙をぎらつかせた霞んだ灰色。

 

「ギガロン…ッ!!」

 

太鼓の強豪たるアロサウルス──その凶悪な進化形態・ギガロン。

数あるエボルバーたちの中でもとりわけ近接戦闘に特化したリバイバーを顕現させると、スランガは首の骨をゴキゴキと鳴らす。

そして、

 

「ま、つまんねぇ雑談はこの辺にしてよぉ。

──────闘おうぜ?」

 

「────っ!!」

 

気のいい笑みが、消えた。

瞬間、全員の背筋を悪寒が走り抜ける。

 

「──ギガロン、やれ。」

 

「──GRUAAAAAAッッッ!!!!」

 

「っぅ…!?」

 

鼓膜が破れそうなほどの規格外の爆音に、フィリアは耳を塞いで蹲る。

主人からの指示が降ると、ギガロンは待っていたかのように耳を劈く咆哮と共に大口を開くと喉の奥に小さな光の玉が生み出した。

ビー玉ほどの大きさのそれは、周囲を巻き込む渦をようにその大きさを秒刻みで膨れ上がらせる。

そして、

 

 

「「「ッッッッッッ!!!!」」」

 

『皆様退避をッッッッ!!!』

 

収束する光の矛先を、此方に向けた。

ギガロンの持つワザの中で、あの様相を持つものなど一つしかない。

 

 

「──レスナーッ!!『ヒートブレス』っ!!」

「──テフラーっ!!『テフラースケイル』ッ!」

 

 

それを見た瞬間、フィリアを除いた3人は本能的な危険信号に背中を押されてほぼ同時に動く。

ヒラミーとミラは咄嗟に相棒を呼び出し、迎撃用の技を指示する。

 

「フィリアこっちッ!!!」

 

ハルカは、隣で棒立ちのフィリアの腕を掴み全力でギガロンからの距離を取る。

何が起こっているか、これから何が起こるのか分かっていないのは、戦闘経験の浅いフィリアだけだった。

 

「っぇ!?」

 

何も分からない中、ハルカに引かれるがままにフィリアは駆け出した。

その剣幕から只事ではないのは理解していたが、戦闘IQの低さから事態を飲み込むまでにタイムラグがある。

だが目の前の化け物は、そんな暇を与える気など欠片もない。

見る見るうちに口内の光玉はその大きさを膨れ上がらせる。

弾けるまで、持ってあと数瞬。

 

(間に合え…っ!)

 

このままでは避けきれないと判断したハルカは、フィリアの軽い身体を全力で建物の陰に投げた。

 

「っうぐ…!?」

 

勢いそのままボールのように転がり土まみれになったフィリアが慌てて視線をハルカの方向に向けると、周囲を照らす閃光は臨界に達していた。

 

 

 

…そして、

 

「───『アロテラー』。」

 

収束した光が、レーザーのように放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天高く薙ぎ払われたレーザーはその進行上にあった全てを灼き切り、穿ち、跡形もなく消しとばしていた。

 

……ただ一箇所を残して。

更地と化し、生命の痕跡すら消し去られた中に4つの命が確かに残されていた。

 

「───っ!!───ん、ミラさん無事ですかっ!!?」

 

「はい……なんとか…ッ!」

 

ヒラミーとミラは、冗談ではない勢いの爆風に吹き飛ばされないように必死に耐える。

攻撃自体はレスナーとテフラーの放った攻撃で何とか軌道を逸らすことは出来たが、周囲の状況が全く掴めない。

キン、と耳鳴りが頭の奥で止まらない。

空高く舞い上がる粉塵は彼女の視界を覆い尽くすのに十分すぎた。

視覚も聴覚も使い物にならない中で、ミラはハッと後ろを振り返る。

そこには…

 

「ハルカさん!フィリア!!」

 

先程までいたはずの2人の姿が消えていた。

あれだけの規模の攻撃。

テフラーたちが守れたのはヒラミーとミラを中心とした半径数メートルほど。

もしも掠りでもしていれば2人とも間違いなく無事では済まない。

全く視界の効かない土煙の中で、ミラは2人の安否を確認するために柄にもなく声を張り上げる。

だが当然と言うべきか、この爆風の中でミラの細い声が通るはずもない。

返ってくるはずのない声に胸の内側を抉られるような気分になる。

衝動的にミラは2人を探すべく足を踏み出すが…

 

「──ミラさんっ!私たちはこちらに集中しましょう!!」

 

「っ……!!」

 

その踏み出した足を、ヒラミーの小さな掌が引き留めた。

反射的にその手を振り払いそうになるのを堪えて、ミラは冷静に現実と向き合う。

最近、フィリアのことになるとミラは感情の制御が利かないきらいがあると自覚していた。

騎士としてはあるまじき傾向だと解ってはいるが、それでも大切な人の心配をしてしまう。

確実に変化してきた自分の心に戸惑いを感じつつも、ミラは右手首のブレスレットに手を添える。

 

(……落ち着け……フィリアのことは………ハルカさんに任せるしかない…。今私がするべきことは…!!)

 

今の自分に出来ることは、あのギガロンをヒラミーを援護して倒すこと。

あの怪物は、絶対に野放しにはできない。

 

 

「──GRURUUUU………」

 

薄くなりつつある砂煙の向こうに、刺々しいシルエットが揺れる。

ズン、ズンと規則的な歩幅で怪物はこちらに進撃している。

その姿はまるで怪獣映画のモンスターそのもの。

一対一なら本来ミラに勝ち目などない。

だが、今隣にいるのはベディヴィアの名を冠する騎士。

そして、

 

『可能な限りですが援護しますわ…ッ!』

 

尊敬するスナイパーであるシュバルツ。

実力者2人との共闘であれば、勝利を手繰り寄せることだって叶うかもしれない。

ミラは覚悟を決めて目の前の脅威に向かい合う。

 

「撃破対象、ギガロン!総員戦闘開始ッ!!」

 

「はい!」

『了解ですわっ!!』

 

そして、ヒラミーの勇ましい掛け声共に激戦の幕が上がるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

網膜を焼くような閃光と鼓膜を弾けさせるほどの爆発音。

視覚も聴覚もボヤける中でフィリアの視界は硝煙の立ち上る空に向けられていた。

快晴だったはずのそれは最早鉛のように思い鈍色に塗り替えられて見る影もない。

 

「ハァ……ハァ…っ!!」

 

初めて間近で感じた()()()()

つい先日まで一般人であったフィリアにとってそれは何にも代え難い恐怖の象徴。

肺は彼女の意思とは関係なしに酸素を取り込もうと猛り、全身の汗腺からは脂汗が滲み出る。

ガチガチと歯を鳴らしながらも、フィリアは何とか起きあがろうと手のひらを地面に付ける。

だが、その時ふと気が付いた。

 

──自分の胸の上に、誰かが庇うような形で覆い被さっていることを。

 

……いや、誰かなどではない。

暗緑が映える美しい髪色と、それをより際立たせるサクラの髪飾り。

その特徴を持つ人物など1人しかいない。

 

「ハ、ハルカ……さ、ん…?」

 

地面に仰向けの状態のフィリアは、上体を起こそうとした手のひらと声をガタガタと振るわせながら彼女の肩に手を添える。

 

「ま…ってください……ハルカさん…まって……。」

 

──彼女に、庇われた。

その上、自分のせいでハルカが傷付いた。

目の前に横たわる現実に焦点がズレて、身体の芯から凍りついていく。

喉の奥には乾いた和紙のような空気が貼り付いている。

それもそのはずだ。

辺りを見回すと、先ほどまで点在していた家屋が跡形もなく吹き飛んでいる。

そんな爆風を生身の身体で受ければ、無事でいられるはずがない。

 

「ハルカさん……ッッッ!!」

 

あまりの自己嫌悪に舌を噛み切りそうになりながら声を絞り出したその時だった。

 

 

 

 

「──ふぅ、危なかったね。」

 

「!!!???」

 

数秒前までフィリアの上で倒れていたハルカが、まるで何事もなかったかのように起き上がった。

 

「え、…無傷…え?ハルカさん…むき、ず…え?」

 

その外見に傷らしきものは何一つなく、無傷と言っても差し支えない状態。

あれだけの爆風を直で食らいながらも、負傷は見えないどころか服が少し汚れている程度。

レベルが違う耐久力に、開いた口が塞がらず顎が外れる心持ちだ。

おかげで、滲んでいた涙もすっかり引っ込んでしまう。

 

「怪我はない?自分が誰か分かる?立てるなら立って。」

 

「ふ…ふぁい…!」

 

ペチペチと軽く頬をはたかれ、頬を引っ張られながらフィリアは情けない声を出しながら起き上がる。

既にミラたちとギガロンの戦闘が始まっているのか、濃い煙の向こう側からはリバイバーの咆哮と炸裂する攻撃音が鳴り続けている。

自分も加勢しなければと、グランデのメダルに手を伸ばす。

………だが、

 

「ハルカさん…?」

 

フィリアの正面に立つハルカの視線は、戦闘音の鳴り響く場所ではなかった。

そのずっと手前、距離にして10メートル先の位置を凝視していた。

ハルカが腰に挿した剣の柄に手を掛けると同時に、ジャリジャリと砂を踏み締める音を鼓膜を捉え始める。

それは、紛れもなく何者かがこちらに接近していることの証左だった。

一歩、また一歩と彼我の距離は縮まっていく。

そして、

 

「───組分けは大成功だったみてえじゃねえの。これで心置きなく戦え……ってなんだよ弱っちぃ方も混ざってんのか。」

 

薄く晴れた煙の先には、先程の大男──スランガの姿があった。

実に楽しそうな笑顔を浮かべていた彼だったが、フィリアの姿を見た途端瞳に落胆を滲ませる。

だがその何でもない一瞥だけでも、フィリアの心臓は握りつぶされそうなくらいに圧迫されていた。

浅く速い呼吸を繰り返していると、ハルカは剣を敵に向けながら囁いた。

 

「フィリアは撤退して。多分、こいつを相手に庇ってるような暇はない。

……攫われた人の捜索と救出に向かって。」

 

「は……は、い…!…っご武運を!!」

 

ハルカの冷静な指示でようやく、フィリアは現実に戻ることができた。

フィリアがここにいた所で、ハルカの足手纏いにしかなれない。

ガクガクと震える足のまま、フィリアは逃げるように踵を返した。

──向かうべきは、この村に監禁されているであろう人々の元。

この組織が御神体への人身御供を常態的に行なっていたのだとしたら、どこかに攫ってきた人たちを拘束する場所があるはずだ。

その場所を探して破壊するのが、今の自分が貢献できる唯一の役目。

 

(……戦いで役に立てないならせめてこのくらいやって役に立て、フィリア・スノーフレークっ!)

 

力不足に唇を思い切り噛みながらフィリアは全速でまだ破壊の波が訪れていない場所へと走る。

せめて一つでも為せることが自分にあると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィリアが離脱したのを確認すると、ハルカは全集中力を目の前の敵に向ける。

意外なことにスランガは、あっさりと彼女のことを見逃した。

人質にするでもなく、反応する間もなく始末する事もなかった。

大した戦闘力のない彼女に興味がなかったのか、それとも何か別の要因があったのか、ハルカには知りようがない。

ただ今は、自分に出来ることを全力でやるしかない。

仲間たちを守るために剣を振るう。

それだけに思考を統一させて眼前の強敵へと鋒を手向けた。

 

「……ん〜、いい感じだ。あの中で一番ステゴロ強いだろお前?」

 

スランガ品定めをするような視線をハルカに送ると、肩に羽織っていたコートを脱ぎ捨てた。

コートの上からでもハッキリと見てとれたその肉体はまるで金剛力士像。

並の攻撃ではダメージにすらならないほどに鍛え上げられたそれは、最早人間の領域から足を踏み出しかけていた。

 

「………。」

 

スランガの問いに、ハルカは沈黙を以て応える。

確かに今回のメンバーの中で肉弾戦に最も秀でているのは自分だと、ハルカ自身自覚も理解もしている。

故にこそ、この男の足止めは何がなんでも自分がしなければならないと遭遇時から覚悟していた。

………だが、一つだけ想定外の事態があった。

 

(こいつ……とんでもなく強い……。)

 

改めて立ち会って、目の前の男のその異常なほどの強さを思い知らされた。

ビリビリと肌を刺すプレッシャーに鳥肌が止まらない。

マサツグやホツカ、ハセク。

自身の血縁者には尋常ではない武を極めた傑物たちが勢揃いしている。

だが、スランガが放つ圧は彼らのものとは全くの別種。

兄姉のように積み重ねた鍛錬の結果から発される存在そのものの重厚さなどでは断じてない。

 

──これに一番近いのは、ミラクル・ミレイテス。

『狂人』と称するのが相応しいあの怪物の狂気。

好き好んだ何かに発せられる異常なまでの執着と執念。

それが、目の前の男が持つ威圧感と酷似していた。

 

「だんまりか、まあいいけどよ。

──ギガロン、お前は好きにやれ。あとはいつも通りだ。」

 

 

「GARUUUA!!!!」

 

 

スランガがリズミカルに指の関節を鳴らすと同時にギガロンが天高く咆哮を上げる。

地も空も、大気さえも震え上がるほどの爆音に、4人は固唾を飲み固めていた覚悟をさらに固める。

迫る脅威は過去最大級。

此れより始まるは、命を賭けた正真正銘の生存競争。

洒落にならないし、冗談でもない。

 

「──さぁ、ショータイムだぜガキども。」

 

すべてを溶かし尽くすような熱視線と共に、激戦が幕を開けた。




次回からVSスランガ戦。3視点に分かれての戦いになりますので長丁場になりそうでございます。
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