Rebellion Against Fate   作:zawadinosaur

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お久しぶりですザワちんです。大分間が開きましたが本編更新でございます。
今回は前回登場したスランガとギガロンとの正面対決となります。ゲストキャラもバリバリ活躍します!!


第十九話『Burning Lives』

 

 

──side フィリア

 

「はァ…ッ!!はっ……はっ……!!!!」

 

前線から離脱したフィリアは、白煙立ち込める村の中を駆け回っていた。

その目標は『白蛇教』による誘拐の被害者たちの捜索および解放。

全く手掛かりすらない状態で今出来るのは、ひたすら己の足で何かを掴むこと。

比較的大きな建物の中や、神殿のようなものが建てられた村の中央。

それ以外にも、隠し扉や仕掛けの類がないかを虱潰しに当たっていた。

あの怪物たちと正面切って闘うよりは遥かに単純明快な初仕事。

だが、ただそれだけのことが今のフィリアにとっては最悪の作業だった。

 

「ぅう……っ!!うぐっ…!!!」

 

それは、()()()()()()()()()()()

生き物の死体なんて見ることがそもそも珍しい上に、それが同種の生物の亡骸であれば抱く嫌悪感も跳ね上がる。

さらに最悪なことに、殺された『白蛇教』の信徒はいずれも身体のパーツが一部欠損していた。

 

──頭部の一部が吹き飛んでいる者。

──手足のいずれかが千切れている者。

──半身が建物の倒壊で押し潰されている者。

──身体の一部が体内にめり込んでいる者。

 

いずれもショッキングな有様で、一瞥する度に胃酸が迫り上がってくるのを実感する。

息切れと共に中身をぶち撒けてしまいそうになるのを口元を必死に抑えながら速度は緩めずにさらに周囲を探索し続ける。

だが、探せども探せども目的の場所は見つからない。

 

(どうしよう………!どうしようどうしようどうしよう……!!!?)

 

既にスランガとの戦闘は開始されている。

この地獄絵図を作り出した怪物たちが、既にこちらに牙を向いているのだ。

仲間たちが遅れを取るなんてことは考えにくいが、それでも信頼よりも心配が勝ってしまう。

急かす感情を必死に宥めながら、フィリアは一際巨大な建物の門戸を開いた。

彼らの本殿らしき建物から少し離れた場所にあった用途不明の建造物。

入り口用の扉の隙間から血が滲み出したその建物は、視界に入れるだけでも嫌悪感が湧き出してくる。

『この先は地獄』、と本能的な警鐘が鳴り響くが尻込みしている時間すら今は惜しい。

覚悟を決めて、フィリアは木製のドアを押し開いた。

ニチャリ、と嫌な音が響くと共にもの凄い死臭が鼻腔に流れ込んでくる。

 

「ぅ…っ!げほっ…!げほっ……!!!」

 

反射的に咳き込んで目を瞑るが、目を開いてもその先の景色は大して変わらなかった。

光すら差さない暗闇は、ライトがなければ踏み出すことすら出来ない。

意を決して携帯端末のライト機能を起動させて先を照らすと……

 

 

 

 

 

 

「──────あ、ぁ。」

 

 

 

 

 

 

 

そこにあるのは、死体の山だった。

街にあったモノを集めたかのような、恣意的なものすら感じる最悪の光景。

本来なら、目にした瞬間嘔吐してしまいそうな程凄惨な光景だったが、現実にそうはならなかった。

 

(なんで……こんな酷い光景見たこと、ないはず、なのに……。)

 

嫌悪感よりも先に来たのは、奇妙な既視感だった。

血の海、死体の山、張り付く血飛沫、蔓延する死臭。

創作物でもそうは見ない光景なのに、フィリアの記憶の奥には確かにデジャヴがあった。

 

「ぅアッッ!!!??」

 

既視感の正体を掴むよりも早く、彼女の脳を激痛が貫いた。

脳を巨大な針で貫かれたような耐え難い苦痛。

視界は真っ赤に染まり、その端で白い火花が明滅する。

思考すら出来ないほどの痛みの焔に灼かれながらその場に膝を付きながら、血とは真逆の色の頭を抱えた。

ぐるぐるぐるぐる、頭の中は痛みとナニカが、混ざり合って……

 

 

 

──ア───逃げ────!!!

 

 

 

──なさい───────も、──から!!

 

 

 

────て───目を────て────!

 

 

 

 

───イヤ───イヤ───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────どうして?

 

 

 

 

「はっ………ぁ!?」

 

そこまで記憶……のようなものが再生された所で、フィリアの視界はクリアに戻った。

数秒前まで自分自身を蝕んでいた痛みは後遺症すら残さずに立ち消えていて、痛んでいた神経が嘘のように元通りになっている。

 

「何……だったの今の……私の、記憶……?」

 

脳内に存在しない記憶が走り抜けた。

本来あるはずのないこと当惑するが、答えが出るはずもない。

一体、アレはなんだったのだろうか。

壊れたテープレコーダーのように再生された記憶の中は、まるで研究所の中のような情景だった。

だが、フィリアは生まれてこの方母と共に暮らした一軒家に住んでいた記憶しかない。

あんな研究所は、見たことも聞いたこともない。

………なのに。

 

「なんで………お母さんの声が聞こえたの……?」

 

断片的に聞こえた悲痛な叫び。

その内のいくつかは間違いなく、愛する母のものに違いなかった。

しかし、母からはあんな施設のことも、悲惨な過去の出来事も何一つ聞いたことがない。

そもそも、母は生物学のアドバイザーだと聞いている。

あんな施設に出入りするような人間ではないはずだ。

違和感塗れの経験に理解がまったく追いつかないが、今はそれどころではなかったことを思い出す。

 

「今は、ともかく……攫われた人たちを…!」

 

果たすべき使命が何一つ達成出来ていない現状を改めて確認して、歯を食いしばり立ち上がる。

少なくとも、この建物の中には目的の物は無かった。

であれば、まだまだ足を止めることはできない。

膝小僧についた土埃をパンパンと払うと、脂汗の滲んだ頬を袖で拭って踵を返す。

………だが、

 

 

 

 

「─────誰か、いるの?」

 

瞬間、奇妙な予感に襲われた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

その確信の根拠は、自身の『特性』。

他生物の感情や思考をある程度キャッチするフィリアの超直感。

しかし本来、この能力は人間の思念を読み取ることは出来なかったはず。

だがそれでも、彼女は今人間のものと思しきモノを感じ取っている。

恐怖と焦燥。

さらに、今の一言でそれが強まったことでフィリアはまだそこに生存者がいることを確信した。

 

「あの……私は『円卓』の人間で…この組織に攫われた人を助けに来たんです…!!」

 

死体の山に向かって必死に自分は敵ではない意思表明をするが、側から見れば実に滑稽に映ったことだろう。

だがそこに生存者がいるのであれば、少しであっても意味はある。

呼び掛けから数秒後、モゾモゾと肉塊が動くと、その隙間から金色の瞳がこちらを覗いていた。

 

「ぁぇ…?アイツらの仲間じゃない、の…?」

 

そうして、死体の山から白髪のの少女が這い出てきた。

この村の者とは思えないほど近代的な服にはところどころ血がべっとりと付いていて、この場所で一体が何があったのか最悪の想像ばかりが思い浮かんでしまう。

大方、攫われた生贄の1人…と考えるのが妥当だろう。

 

「っ助けて!!アイツら…いきなりこの村に来て全部……全部壊して…!!みんな殺されたのよ!!!」

 

「お…落ち着いてください…!!必ず助けますから!!それと…他の攫われた人は…!?」

 

半狂乱になりながら足元に縋り付く彼女を宥めて、フィリアは最も重要な事項を問い掛けた。

もしも彼女が攫われた生贄で、脱走してきたと仮定すれば同じ境遇である人々の居場所についても何か知っているかも知れない。

何の手掛かりもない現状からすれば、千載一遇の好機。

だが、

 

「…………………………。ごめんなさい、必死に逃げて来たから…よくわからないの……。」

 

「そう、………ですか。」

 

少女は少し間を空けて目を逸らすと、震える右手を必死に抑えていた。

死に物狂いで逃げ惑えば、きっと自分がどこから来たか、途中で何があったかなんて忘れてしまう。

多分、同じ立場にあったら自分もそうなる。

残念ではあるが、このことを責めるようなことはフィリアには出来ない。

 

「…ね、ねぇ?あなたもしかして武器とかリバイバーとか持ってるの?」

 

「…え?それは…はい。護身用程度ですけど…。」

 

不意に問い掛けられた質問に、フィリアは首を傾げながら返す。

彼女の不安そうな様子からして、ただ単純に自分を守ってくれるという安心感が欲しいのかと思うが、ほんの少し違和感はあった。

だって、()()()()()()()()()

怯えと恐怖の色から、何か別の色に。

安心してくれたのか、それとも何か他の要因か。

目覚めたばかりの自分の力はまだ把握出来てはいないが、人の機微は前よりもよく分かる。

 

「そう…。なら良かったわ。」

 

「………???今はともかく安全な場所に行きましょう!しっかりとエスコートしますから!

……あと、出来ることなら他の生贄の方たちの救出にも協力してくれませんか!」

 

今の彼女の感情の色がせめてポジティブであることを願って、フィリアは少女に協力を申し出た。

本来、保護すべき対象である相手へ任務の手伝いを頼むなどあってはならないことだ。

何故なら、本来逆の立場であって然るべきだ。

カッコよく手を差し伸べて、スピーディに事態を解決する。

そんな理想の姿とは程遠い自分の醜態に歯噛みしながらも、フィリアに彼女に頭を下げた。

 

「………分かったわ、貴女に協力します。

……………けど、その代わりにしっかり私のことを守ってね。」

 

「それは…もちろんっ!!」

 

少女は渋々、といった様相でフィリアの頼みを承諾してくれた。

自分でも無茶なお願いだとは分かっているが、今は目的を最優先にしなければならない。

あくまでも今回の作戦のメインは、攫われた人たちの解放と、組織の調査。

だが調査対象の『白蛇教』が完全に壊滅している以上、残る目的は一つに絞られる。

それに、何より気掛かりなのが仲間達の安否。

こうして話をしている間にも、断続的に地響きが起きて、怪物の咆哮と剣戟を繰り広げる音が絶えず響いている。

被害者たちを逃がすことができれば、最悪撤退という選択肢も出てくる。

 

「それじゃあ、………えっと…お名前は……。」

 

「ウラル。ただのウラル、です。」

 

「ウラルさん…。分かりました、行きましょう!」

 

よい名前だ、と思いつつも今はそれを口に出すような状況でも無いだろう。

踵を返して、薄暗い建物を出るとフィリアはまずはまだ向かっていない進路に目を向ける。

道案内人のウラルがいてくれれば、きっとすぐに目的は達成できるはずだ。

そうすれば、役立たずの自分でも仲間たちの役に立てるはず。

そんな実感が湧いて口角が緩みつつあったその時だった。

 

 

 

 

「──それじゃ、武器全部置いて行ってもらえる?」

 

そんな冷たい声色と共に、フィリアの首筋には氷のような感触の刃が突き付けられていた。

 

 

───────────────────

 

 

──sideハルカ

 

フィリアが立ち去った直後。

ハルカとスランガは動くことなく睨み合いを続けていた。

片や身の丈ほどある長刀を携えて虎視眈々と。

片や、腕組みを解かないまま大地に根を張る巨木のように泰然自若と。

達人同士の立ち合いでは、より相手の気配を読み切り、自らの動きを通せた者に軍配が上がる。

刹那の隙を見逃さないように、ハルカは新緑の瞳を閉じることなくスランガの一挙手一投足に睨みを効かせていた。

 

……だが。

 

「……はぁ〜〜〜。」

 

「…?」

 

その沈黙は、気の抜けたため息と共に破られた。

その主は言うまでもなくスランガだ。

彼は腕組みを解くと、まるで散歩でもするかのように廃村と化した荒野をゆったりと歩き始めた。

 

「久々に骨のあるヤツと闘り合えると思ってテンション上がってたんだが……。よく見なくてもお前剣士かぁ。嫌いなんだよなぁ武器持ちと闘うの。」

 

スランガは、完全にハルカを視界から外すと瓦礫の山の前で足を止めた。

恐らくは、つい先ほどまで簡素な建屋があった痕跡だろう。

それの前にしゃがみ込むと、何やらガサガサと物色を開始した。

意味の分からないその行動に、ハルカは思わず呆気に取られる。

一体この行為に何の意味があるのか、何か罠があるのか、それとも意味すらないのか。

判断するべき内容は山ほどある。

警戒するべきことは無数にある。

だが、

 

「───『海神』(ワダツミ)。」

 

ハルカは瞬きする間もない程の速度で、スランガの背後へと斬りかかった。

それは決して無鉄砲でもなければ無謀から来る行動でもない。

ハルカの肉体を動かしたのは、()()()()()()()()

戦いの場において、最も許されざる行為とは『侮り』。

それは即ち、生死を賭けて立ち合う敵への敬意に、泥を塗る行為。

それを、ハルカに流れる武士の血が……鳳龍の血脈が許すはずもない。

 

(…隙だらけ。防御の気配もなし。)

 

ハルカの刃は、流れるようにスランガの背中への距離を縮めてゆく。

しゃがみ込んだ彼の背中からは依然強者の放つ威圧感が漏れ出してはいたが、この距離とこの体勢、そしてこの速度であれば最早回避は不可能。

背中を袈裟斬りにすれば、どんな大男でも一撃で戦闘不能になる。

勝利の確信と共に、ハルカは刃振り抜いて………

 

「お、いいのあるじゃねえか。」

 

 

 

ギャリンッッ

 

 

刹那、凄まじい金属音と共に背後を斬り裂くはずだった刃が弾き返された。

 

「ッッッッ!!!?」

 

想定とは真逆の現実に、ハルカの時間が一瞬だけ停止する。

拳で刃が弾けるはずもない。

あり得ない事態に脳が混乱を起こすが、その答えはあっさりと視界の中へと飛び込んできた。

 

「鎖…ッ!?」

 

その拳には、幾重にも巻かれた錆びた鎖が握り込まれていた。

先ほどの物色で巻き付けたものなのであろうと即座に察しは付く。

拳を金属で保護していれば刃と打ち合えることにも驚きはしない。

 

だが、問題はそこではない。

あり得ないのはその()()()()()()()だ。

確かにハルカの刃は、スランガの背を切り裂くはずだった。

攻撃が届くまで、刹那の猶予も無かったはずだ。

しかし現実に、この男はそのコンマ数秒の間に身を翻し、ハルカの斬撃に合わせて拳を合わせた。

あまりにも考え難いその現実に、ハルカの反応速度がほんの一瞬緩んだ。

 

「話の続きだけどよぉ。何で武器持ち相手が嫌いかってさぁ。」

 

いとも容易くハルカの斬撃を弾き飛ばしたスランガは、瞬き一つの間に距離を一気に詰めると右腕を振り上げた。

 

「──こんな風に打ち合えるようにしちまうと、肉を殴る感覚が直に味わえねえだろ?」

 

口元を歪め、歯を剥き出しにしたスランガはそのまま翳した豪腕をハルカ目掛けて振り下ろした。

力任せに振り抜くだけの、単純な攻撃。

同じことであれば、幼童でも出来る。

………だが、

 

「速…っ」

 

「一発目ェ!!」

 

ハルカの反応よりもさらに迅く、スランガの拳が叩き込まれた。

紙一重で刀身を挟み込んで直撃は避けたが、そのダメージは減衰していない。

 

「〜〜〜〜ッッッッ!!!??」

 

反応は出来る、動きも見える、狙われる場所も分かっている。

だがそれでも、間一髪で防ぐことで手一杯。

筋肉が押し潰される、骨が髄まで軋む。

予想外の連続と、不意の激痛に浸されたハルカの意識がほんの一瞬だけ途切れた。

 

「───ハハハハァ!!!」

 

その隙を見逃すスランガではない。

続け様に弾丸のような勢いでの連撃がハルカへと殺到する。

その数15。

全て急所を狙った原初の暴力が畳み掛けられる。

 

「……ふぅ…っ!!」

 

だが、

 

「っオォ!?やるじゃねえかよぉっ!!次はちょっと強めにやってやるかぁッ!!」

 

放たれた拳の全てを、ハルカの剣戟が叩き落とした。

どれだけ速かろうが、技ですら無いただの拳を防ぐ程度のことハルカにとっては造作もないこと。

数メートルは後退しながらも見事に攻撃を凌ぎ切って見せた彼女を目の当たりにして、スランガは歓声を上げながら更なる拳を構える。

それに合わせて、ハルカも反撃の狼煙を上げるために力強く剣を構えた。

 

『龍涎香』(リュウゼンコウ)ッ!」

 

ハルカが刀身を真横に振るうと同時に、風切音のような異音がスランガの鼓膜を揺らす。

だが、それはおかしな行動でもあった。

 

「あ…?素振りかオイ?」

 

スランガとハルカの距離は剣のリーチ以上ある。

加えて、今ハルカが振るった剣は空を切っただけ。

本来防御の必要と回避の必要もないはず。

しかし彼の本能はアラートを鳴らし続けていた。

()()()()()()()()()()()()と。

咄嗟に腹部を防御する姿勢を取り、来るべき攻撃に備える。

そして、次の瞬間

 

「うおぉっ!?」

 

スランガの予想通り、握り締めた鎖に強烈な衝撃が飛んできた。

腹を横一文字に切り裂くような軌道だったそれは衝突の瞬間に霧散したが、スランガは目を輝かせた。

 

「マジかよ文字通り『空を切る』ってヤツかぁ!?」

 

ハルカが放った『龍涎香』はスランガの言葉通りに空を裂き、離れた位置にいる相手まで斬撃を届かせる妙技。

これを初見で防ぎ切ったことに多少の驚きはあれど、この程度で動揺する彼女ではない。

防御のために体制を崩した隙を逃さず、ハルカは一気に彼我の距離を詰める。

 

「ハァァッッ!!」

 

身の丈程の長刀を振るい、コンマ数秒の間に5つの軌道の斬撃がまるでうねる蛇のように進撃した。

いずれも当たれば致命打となり得る破壊力を持った一閃。

それが5つ。

 

「おいおい楽しませてくれるじゃねぇかっ!!」

 

しかし、スランガはいとも容易く迫る凶刃を殴り弾いた。

軌道の逸れた斬撃は地面に刻まれ、砂埃が舞い上がる。

瞳に砂が入ることすら厭わずに、ハルカはさらに進撃する。

 

「させない…!」

 

スランガは既に次の攻撃の構えを取っている。

しかしそんな見え見えの予備動作をハルカが許すはずもない。

先のスランガの移動速度を上回るスピードで瞬時に距離を詰めると、刀の柄の持ち手を変える。

 

「……今、永久の蒼穹へ。解き放たれて、舞い踊る」

 

まるで祝詞のように詠唱を済ませると、ハルカの纏う気配が変わった。

彼女の裡に潜むナニカの気配が色濃く映し出される。

その異様な雰囲気を察知したのか、スランガは反射的に上体を大きくのけ反らせた。

 

『画竜点睛』(ガリョウテンセイ)ッッッッ!!」

 

それとほぼ同じタイミングで、ハルカの昇り上がるような刺突がスランガの顎先を掠めた。

ほぼ完璧に避けたと確信していたスランガだったが、

 

「あぁッ!?」

 

まともに当たってすらいないというのに顎先から血が吹き出した。

それだけではない。

本来攻撃が当たっていないはずの肩先や首筋にまで傷跡がありありと刻まれる。

あまりに不可解なこの攻撃に、スランガの長年の経験値が出した解答は…

 

「ハハッお前の斬撃蛇行すんのかよ面白ぇッ!!」

 

天まで昇り、雲すら切り裂く勢いの一撃に驚嘆しつつもスランガは一切の間をおかずに拳を握り締め続く攻撃に備える。

だが、

 

(…何だ?刀身が動いてねぇ──)

 

まるで、スローモーションかと錯覚するほどに刺突を終えた後のハルカの刀身を動きを見せない。

戦闘による脳内麻薬の分泌で脳の処理速度が上がり、結果的に世界がスローに見えることはままにある。

しかし、これはそんなものでは断じてない。

()()()()()()()()()()()()と気が付いた時には、スランガの胸骨にトン、と貫手のような指先が触れた。

そして、

 

「───ハァッッ!!!」

 

 

 

 

 

  ドン  

 

次の瞬間、凄まじい破裂音共に2メートルはあろうスランガの巨体が勢いよく吹き飛ばされた。

戦闘開始時こらハルカが狙っていたのは、この盤面。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を生み出し、そこへ完全に警戒の外であった徒手による決め技を叩き込むこと。

あれだけの反射神経を持った敵を前に正面から斬りかかることはあまりに不利。

だからこそ、決定的な隙が生まれるこのタイミングを待ち続けていたのだ。

そして、先刻敢えて手放した刀を空中でキャッチすると、仕切り直しと言わんばかりに深く深く息を吸う。

その理由はシンプルだ。

 

「〜〜〜ッッォォ…!!」

 

吹き飛ばされたスランガは、数メートル先まで宙を滑る。

そして倒れ込むことなく踏み止まると、この戦闘で初めて苦悶の声らしきものを漏れ出させた。

だが、

 

「……やっぱり駄目か。」

 

 

「ウハハハハハハハハハハハハハハハァァッッ!!お前最高かよマジでっ!!!」

 

次の瞬間には、彼は何事もなかったかのように高笑いをあげるとハルカの寸勁が直撃した胸の中心を何度か摩る。

彼女が追撃を断念した理由はこれだ。

ハルカが放った渾身の寸勁。

その感触があまりに妙だった。

何か鉄板のようなものを殴ったかのような感触。

幸い指先や拳に負傷はないものの、その手先には依然ビリビリと痺れが残っている。

だがしかし、この手の男が戦闘に際して防具のようなものを装着するとは考え難い。

となると、残された可能性は…

 

「常人以上の筋力密度……。超人体質……………か。」

 

目の前のこの男の肉体が特別製である可能性だ。

世界でも数例発見されている通常『超人体質』。

ハルカが愛読している『期末の付け焼き刃』の中にも似たような者はいた気がする。

だが、実際に目の当たりにするのは初めてのことだった。

恐らく、スランガの筋力密度は常人の5〜10倍。

それだけの力があれば、先ほどの馬鹿げた移動速度も、今の一撃を受けても大したダメージが見られないのにも納得がいく。

 

「……今のは寸勁か?有段者でもろくに実戦で決められねぇってのに大したモンだ。」

 

警戒心を天井知らずで引き上げていくハルカに対して、スランガはどこまでも楽しそうに笑っているばかりだ。

 

「なぁ、いい加減名乗れよ。お前その歳でその腕前ってのはカタギじゃねえだろ?」

 

「……。」

 

一瞬だけ、ハルカは迷った。

名乗るべきか、名乗らないべきか。

──『鳳龍の冥加』。

一族に発現する心身に強烈な強化を施す特有の能力。

この存在はある程度噂程度のものとして裏社会にも流れている以上、自分の家系の情報を与えることが戦闘に於いて不利に働く可能性はゼロではない。

 

「ハルカ・フィーセ。『鳳龍の一族』…その末裔。」

 

だが、それ以上にハルカは武人としてのスランガへ敬意に近いものを払っていた。

彼が行った悪逆は許される事ではないが、その闘士としての力量の技術には感服するばかりだ。

故にこそ、名を明かさずに戦闘を続行するという行為だけはすべきでないと判断した。

 

「『鳳龍の一族』……あぁなるほど合点がいったわ。そりゃぁそんだけ強くても納得だ。

……にしても現代にもまだ武家ってもんが残ってるのに驚きだわ。こんなラッキーなことはないわな。」

 

スランガは一族について知っていたのか、うんうん、と首を縦に振る。

そして何かを彼自身の中で噛み砕いたのか、突然構えを変えた。

先ほどのような野生剥き出しのモノとは違う、『武』を凝縮したようなスタイルへ。

脚は大きく開かれ、右の握り拳を腰元へ、左手はゆるりと脱力したまま前方へ。

頂点立地、なんて言葉が似合うほどの堂に入ったこの構えをハルカは見たことがあった。

 

「拳法…それがお前の本当の戦い方か。」

 

拳法……それも東洋の地方に伝わる流派のものだ。

実際に立ち会ったことはなかったが、その戦い方や技の数々には多少の覚えがある。

先程までの喧嘩殺法に比べれば、軌道がある程度読める分幾らかマシだ。

 

「応。こっちが本意気ってやつだ。

さっきまでは舐めプしてて悪かったな。こっからは割と本気でやってやる。」

 

深く低く構えるスランガはニヤリと口元を歪めると、あっさりと本気ではなかったことを明かした。

その瞳に宿っている熱も、開戦時と比べると雲泥の差だ。

ここからが本番。

嫌になる事実に、ハルカはぎゅっと剣を握りしめるのだった。

 

─────────────────

 

──side ミラ

 

フィリアが役目を果たすために走り出し、ハルカとスランガの激戦が幕を明けたのと同じタイミング。

村落の中央部ではもう一つの戦いが火蓋を切っていた。

 

「レスナー、『ヒートブレス』っ!!」

 

『クエルコ、『ウイングカッター』ッ!」

 

少女たちの掛け声と共に、爆炎と鎌鼬が同時に灰色の巨体へと叩き付けられた。

バーナーのような火炎が暴風でさらにその威力を増し、瞬く間にギガロンの巨体を包むほどに膨れ上がった。

2人の相棒が放ったのはいずれも巨大なリバイバーすら昏倒しかねない破壊力を持った一級品の技。

普段の戦いであれば、この一撃で勝負は決していたかも知れない。

だが、

 

 

 GAAAAAAAAAAッッ!! 

 

 

灰色の巨像は止まらない。

その装甲のような外殻には焦げ跡一つ付いておらず、攻撃を喰らう前と寸分違わぬ堅牢さ。

爆炎を腕の一振りで振り払うと、ギガロンは即座に口元へエネルギーを収束させる。

 

「撃たせるかッ…!!」

 

あの焦熱光線をこれ以上撃たせるわけにはいかない。

ミラは『アロテラー』の予備モーションを確認した瞬間に、相棒へと声高に指示を飛ばす。

 

「テフラー!!前方に『テフラースケイル』展開ッ!!」

 

「kyuaaaaaaッ!!」

 

主人の指示を受けて、テフラーは即座に大量の鱗粉をギガロン目掛けて撒き散らした。

橙色の粒子が風と共に空間を染め上げたのを確認すると、ミラはポケットの中からライターを取り出す。

大量に散布された可燃性の細かい粒子と、火。

これだけの揃えば何が起きるかなど語るまでもない。

 

「ベディヴィア卿、伏せてください!!」

 

「はいッ!」

 

鱗粉が充分に自分達から離れたことを視認してから、ミラはギガロンの立つ方角へ点火したままのライターを投擲した。

そして、数秒後に巻き起こるであろう爆風に備えてミラとヒラミーは身を屈める。

 

 

   ドンッッ   

 

 

と、凄まじい爆音が鳴り響くと共にオレンジ色の鱗粉たちが勢いよく爆散した。

先のブレス攻撃よりもさらに破壊に特化した爆発。

堅牢な外殻を焼くよりも、衝撃で吹き飛ばす方が有効打になる。

そう判断した上でのミラの一手。

しかし。

 

「効いてない…っ!?」

 

燃え盛る炎の中から、何事もなかったかのようにギガロンは姿を現した。

見事に生え揃った棘には欠けの一つも見られない。

いや、それどころかダメージにすらなっていないとでも言うのだろうか。

ここで、ヒラミーはミラの前に出ると小さく一つ咳払いをした。

 

「…ミラさん、シュバルツさん。前線は私とレスナーが引き受けます。お二人は力の限り援護をお願いしますっっ!!」

 

「〜っ了解!」

 

『了解ですわっ!!』

 

今この場にある戦力で、ギガロンと対等に立ち向かえるのはヒラミーのレスナーだけ。

獣脚類最大級のギガーであれば、屈強なギガロンとも互角に打ち合える。

己の力不足に唇を噛み締めながらも、ミラはシュバルツと同じく目標を『撃破』から『援護』へと切り替えた。

そして、それはヒラミーも同じ。

ざわめく心を落ち着けて、ただ勝つ為に意識を整える。

 

「ふぅ〜……、よし。行くよレスナーッ!」

 

「GRUAッッッッ!!」

 

深く大きく深呼吸を終えたヒラミーは、隣に聳える相棒に笑い掛ける。

レスナーも主人へ真っ直ぐ視線を向けて頷くと、そのまま脅威の待つ方向に全力で駆け抜けた。

巨体に似合わぬほどの速度で接近するその姿は、特徴的な体色と合わさって戦場を奔る焔そのもの。

獣脚類最大級の巨体が猛スピードで突進すれば、それは兵器すら超える破壊力を持った質量攻撃となる。

そんなものが直撃すればいかに頑丈な肉体を持つギガロンとはいえただでは済まない。

 

「GOAAAAッッッッ!!!」

 

その脅威を本能的に察知したのか、ギガロンは腕甲を鉄槌のようにレスナーの頭部へと叩き付けた。

 

「GUAッ…!!」

 

「っ『アロギーガ』…!!』

 

ギガロンの持つ鋭い爪と豪腕を叩きつける格闘ワザ。

巨龍の意識すら揺らす一撃に、周囲には衝撃と突風が吹き荒れる。

だがそんな風圧の中を、ヒラミーは動くことを声を上げることすらせずに相棒をただ真っ直ぐに見つめていた。

状況確認や戦力分析、一部の隙も見逃さないためのコードネームを預かる騎士として当然と言えば当然の行為。

しかし、彼女にとってのこの行動はそれだけではなかった。

()()()()()()()()()()()()()()と信じているから、一瞬だってその勇姿から目を背けたくなかったのだ。

 

「レスナーッッッ!そのまま組み付いて!!!」

 

 

「GAAAAAAAAッッッッ!!!!」

 

ギガロンの凶打をマトモに喰らったはずのレスナーだったが、彼はこの程度では止まらない。

護るべき主人のためにも、止まれない。

強く強く踏み込んだレスナーは、そのままギガロンの首元へとその強靭な顎で喰らい付いた。

 

「GAッッ…!?」

 

急所に喰い付かれたギガロンは人間でも分かるほどの困惑の唸りを溢すと、即座にレスナーを引き離すべく彼の顎をこじ開けようと腕力任せに両腕で頭部に掴みかかる。

だがそんな程度の足掻きではギガノトサウルスの咬合力は引き離せない。

見る見る内にその首筋には刃物のような牙が食い込み、深い黒色の血が流れ始める。

このまま投げ飛ばすという手段も取れるが、強固な鎧を纏っているギガロンへ有効打を通せる保証はない。

……であれば、

 

「ゼロ距離で『ヒートブレス』ッッ!!やっつけちゃえぇッッ!!」

 

ヒラミーの指示が下されたその刹那。

赤熱した朱色が周囲を包んだ。

 

「GRUAAAAAAAAAAッッッッッッッ!』

 

凄まじい咆哮と共に放たれたのは、ギガーの持つ最大の遠距離ブレス──『ヒートブレス』。

本来であれば、ある程度離れた距離の敵に対して黒煙を噴き出す爆炎を放つこのワザ。

ただ今回のものは、ゼロ距離から放たれる最高威力の熱線と化していた。

その熱量は、語るまでもないだろう。

 

「GYAAAAAAAAAAAAAッッッッ!!!?」

 

間近で灼熱の息を喰らい続けるギガロンは野太い叫びが裏返り、金属音のような悲鳴を上げる。

喉元が溶鉱炉のような熱で灼かれるのはどれほど巨体の怪物でも堪えるようだ。

必死にレスナーの頭部を殴り付けて振り解こうと踠くが、彼は全く怯むことなくさらに火力を上げる。

急上昇した大火力に耐えきれなくなったのか、ギガロンは攻撃の手を止めた。

 

「隙が…!」

 

『出来ましたわねっ…!!』

 

動きの止まった相手を前に棒立ちしているほど、ミラとシュバルツは甘くはない。

それぞれの相棒が既に制空権を抑えていた。

マトモなダメージが入らないとしても、1秒でも長く今の状態を維持することが勝利につながる道だ。

高所から強烈な一撃を叩き込むべく、テフラーとクエルコはその翅を振るわせてワザの予備動作に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、

 

「え?」

 

「……光?」

 

『何なんですの……この光…。』

 

3人は同時に違和感に気が付いた。

()()()()()()()()()()()()()()のだ。

数瞬前までは、融解した鉄のような赤々しい熱色だったというのに、その色がだんだんと白く淡く変わってゆく。

炎とは明らかに違うその色に警戒が高まると共に、一同はその出所を探す。

そして、

 

「ギガロンが……光ってる…?」

 

その発生源となっていたのは、今まさに追い詰められているはずのギガロンだった。

白い光が背甲から、頭部から、全身から漏れ続けている。

それだけではない。

段々と、その光は強まっていく。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「───まずい。」

 

直感的に危険を感じ取ったヒラミーは出せる限りの大声で相棒へ呼びかける。

 

「レスナーっ!!!今すぐ離れてっっ!!!!」

 

彼女がことの重大さに気が付いたその時には、ギガロンの口元には閃光弾のような眼を突き刺すような光を放っていた。

ヒラミーよりもほんの少し遅れてミラもテフラーへ退避の指示を出そうとソラを仰ぐ。

しかし、その時にはもう全てが遅かった。

 

 

 

 

 

 

GHOOOOOOOAOOOO

 

 

 

 

瞬きする暇すらなく、破滅の光は唐突に撒き散らされた。

 

ギガロンの口元に溜まっていた閃光が限界を迎えると、口腔内からは『アロテラー』が放たれる。

開戦時に見せたものよりもさらに圧縮、先鋭化されたそれはまさに光の河とでも呼ぶべき様相へと変わり果てていた。

 

 

 

──手始めに、自らを囲んでいたリバイバーたちへ向けて一閃を薙ぎ払う。

目の前の焔の如く竜へ、空を舞う2体の竜たちへ。

 

 

──続けて、それらを指揮するひ弱な命たちを焼き払う。

 

 

──止まることなく、次はこの村を構成する全てを。

家を、村を、山を、この場の全てを。

 

 

 

 

 

「〜〜〜っっっ!!!?」

 

この世のものとは思えない爆風と爆熱と爆風。

視覚も聴覚も触覚も何もかもがメチャクチャに壊れている中、直感だけで迫る死の熱を、人体すら貫通する速度の瓦礫を避け続ける。

せめて、自分にあの焦熱光線が命中しないことをひたすらに祈る。

いや、祈ることしか出来ない。

仲間たちの安否も、相棒の無事も気にする余裕すらない。

自分の身を守ることだけに集中しなければ、次の瞬間には命を落とすことになろう地獄。

 

(いつ…まで続くの……ッッ!?)

 

悪夢としか形容できないこの現状は、1分が過ぎたにも関わらず止まる気配すら見せない。

本来の『アロテラー』は限界まで高めたエネルギーを熱線として瞬間的に放出するもののはずだ。

だが目の前の怪物はその数十、いや数百倍の時間高出力の熱戦を吐き出し続けている。

一体どれほどのエネルギー量を保有していればこんなことになるのか。

少なくとも、並のリバイバーでは考えられない量。

アレも改造を施された強化リバイバーなのか、それとも何か特異な個体なのか。

そんな思考を挟んだミラだが、次の瞬間に強烈な爆発音と共に彼女の視界は白く弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Hrrrrrrrrr…………」

 

 

ひとしきり熱戦を放ち続けてようやくエネルギーが尽きたのか。

ギガロンは白煙を上げながら静かに唸り声を上げていた。

 

「ゴホっ……ゲホッ…!!」

 

耳を裂く高音も、生物を焼き殺す熱も治ったことを確認すると、ミラはまだ自分生きていることを実感し思わず安堵する。

だが、状況は依然最悪のままだ。

 

「っみんなは…ッ!!?」

 

あれだけの規模の破壊攻撃だ。

自分は奇跡的に無事だったが、仲間たちも同じく無事とは限らない。

それどころか、この村に囚われていた人間全員が等しく死の危険に晒されてしまった。

煙る視界に目を細めながらも、ミラは周囲を見回し現状の把握を最優先に実行する。

そして、

 

「───あ…………ぁ…。」

 

彼女の片目に映った光景は、地獄だった。

 

──燃える村、上り続ける黒煙。

ついさっきまでは灰と煤で白と黒に染まっていた光景は、煙と炎で様相を激変させていた。

燃え盛る火の手はこの村だけではなく、周囲を取り囲む山や岩壁からすら上がっている。

故郷の惨劇を思い起こさせる光景にへたり込むミラだったが、さらにそこへ追い打ちのようにポツポツと雨が降り始めた。

爆風で巻き上げられた煤が混じっているのか、降り注ぐ雨粒は黒く濁っていて、白かったはずの地面は次第にどす黒く染まってゆく。

そこでようやく気が付いた。

少し離れた地面に、()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに。

相棒は斃れ、仲間たちは生死不明。

燃える大地と、黒い雨。

そしてその中心に泰然と立つ龍の姿。

その姿は最早リバイバーですらなく、悪魔そのものだった。

 

「……ぁ…ぅ……」

 

声が出ない。

自分から全てを奪った過去の景色と重なる現状と、生命の気配すら感じられない終わりの大地。

『絶望』、という言葉がよく似合う光景に心が折れかけている自分がいる。

そんな自分が情けなくて、何も出来なかった自分が憎い。

膝を折って、今にでも泣き出しそうな自分を許せない。

 

「──ラさん……!!ミラさんっ!!」

 

腰が抜けてガタガタと震えていたミラの鼓膜に、耳鳴りに阻まれながらも確かに誰かの声が響いた。

生存者の証たるその声に涙で揺れそうになっていた瞳を向けると、

 

「ベディヴィア………卿……。」

 

そこには、とぐろを巻くようにしてヒラミーを庇っているレスナーの姿。

その背や頭部には焼き切られたような細い火傷がいくつも刻まれていて、それだけで彼が主人を守るために身を挺したのだと分かる。

そのおかげもあってか、ヒラミー本人には目立った傷は無い。

だが、その瞳からは確かに動揺の色が映し出されていた。

 

『───ま──!ミラ様っ!!ベディヴィア卿ッ!!!ご無事ですの!!?』

 

「シュバルツ…さん……。」

 

耳元の通信機から聞こえてくる声は、間違いなくシュバルツのものだ。

2人が無事だったことに胸を撫で下ろすものの、目の前に広がる状況は何一つ変わっていない。

相対するギガロンに多少の手傷は負わせたものの、まだまだ撃破には程遠い。

 

「っシュバルツさん…状況は…?」

 

『私とクエルコは無事ですわ…。ハルカ様とフィリア様は…分かりません…。無事を祈るしか、ありませんわ…。』

 

スコープ越しに一部始終を見ていたシュバルツはそう結論付けるしかなかった。

あの大爆発と共に不規則に撃ち続けられた『アロテラー』が彼女たちのいた場所まで届いていたかは分かりようの無い事実だ。

だからこそ、これ以上そちらに思考を割くことは出来ない。

その判断は、ヒラミーも同様だった。

 

「っお二人とも、戦い方を変えましょう…!引き続き私とレスナーが全然を張ります…!お二人は毒や状態異常をメインで立ち回ってください!!」

 

最速で次の戦術を組み立てて指示を飛ばすヒラミーだが、声色からは焦燥が滲み出ていた。

無理もない。

相棒であるレスナーは重傷を負い、ミラは主戦力を失い、仲間2人の安否確認すら出来ていない。

加えて、討伐対象はまだまだ余力を残している上に地力の差は歴然と言える。

ミラは凍りつく声帯を動かして、ヒラミーの指示に返事を打とうとするが…

 

 

   ドゴォ

 

 

という重低音と視界の端で上がる土煙に掻き消される。

何事かと視線をそちらに向けると、舞い上がる白煙は少し離れた民家の残骸から登っている。

そしてその中には、

 

「ッ…クソっ…。」

 

「ハルカ、さん…?」

 

愛刀を片手にしたハルカの姿があった。

敬愛する師であり仲間でもある彼女の無事は喜ばしいが、そう喜んでもいられない状況のようだ。

ハルカの服は泥まみれになっているばかりか、綺麗なその白い肌にも幾つも傷跡が刻まれていた。

さらには、先程の轟音から察するに彼女はここまで吹き飛ばされたと推察できる。

どう見ても、彼女が劣勢を強いられているという事実は明らかだ。

 

「大丈夫……。一発受け損なっただけだから…。」

 

彼女はミラが向けている視線を気取ると、口元を拭いながら短くそう告げる。

だがその目線はミラには一度も向けずに、自身が吹き飛ばされてきた方向に向いたままだ。

 

「ハハハハハ、今の喰らって生きてんのかよ。殴り甲斐があって嬉しい限りだぜガキンチョ。

………っと、ギガロンも猛り狂ってやがるなぁ。そっちのガキどももそれなりにやるってことぁ?」

 

こんな赤と黒の大地を、笑いながら歩く人影が一つ。

本当に、心の底から愉快そうに笑う声。

まるでこの景色が見えていないのかと錯覚するほど場違いな異物感。

嫌悪と恐怖で背筋が凍りつく。

ミラが視線を切り替えると、そこには指の関節をポキポキと鳴らしながら笑うスランガの姿があった。

 

 

─────────────────

 

──麓町オリエンス

 

大森林へ突入する直前、ミラたちが一息ついていた茶屋にて。

 

「えっこの団子美味っ!?おっちゃんこれおかわり!!あと日本酒もちょうだい!」

 

「お〜お〜、嬢ちゃんよく喰うねぇ。でも悪ぃなあ酒の類は置いてねぇんだわ。」

 

「え〜、マジ?じゃあアンタ買ってこい!」

 

「いや、普通にパワハラですよパイセン。あと任務前に呑んでどうするんすか。」

 

「だ〜って今回もしもの為の待機要員でしょ?あの子たちならよっぽどの事がなければ大丈夫じゃない?」

 

「…………とか言ってますよ?シャグランさん。」

 

「………………。」

 

一連の会話を店の外で聞いていたシャグランは、それに相槌すら打つ事なく森の方角だけを見ていた。

決して話を聞いていなかったというわけではなく、ただ今は聴覚に全神経を集中させていた。

 

「…お二方。申し訳ありません、どうやらかなり厄介な事態になっているようです。すぐに出立の準備を。」

 

彼の耳に聞こえてきたのは、尋常ではないほどの破壊音と木々の燃える音。

元より何事もなく任務が終わるとは思っていなかったが、ここまでの事態は想定外だ。

仲間たちの無事だけを祈りながら、彼は大森林への道行を目指すのだった。




※補足※
スランガのギガロンは特異個体です。
長年主人のスランガに付き従って暴れ続けた結果、エネルギーを制御する器官に異常が発生しています。そんなこともあって作中のようにメチャクチャな火力をぶっ放します。ただ、使いすぎるとクールタイムが必要なってしまう欠点もあります。

次回も引き続きVSスランガ中編となります!怪物コンビにどう勝つのか、フィリアはどう切り抜けるのか…。頑張って来月くらいに投稿するかも知れなくもないかもです。
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