Rebellion Against Fate   作:zawadinosaur

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お久しぶりです亀です(唐突)
前回更新が3月…………3月!!!?3ヶ月も経っとるやないか!?
などと言いつつ。お仕事が忙しくなって参りまして中々更新できない現状です…。
今回はVSスランガの中盤戦となります。あと2話か3話で決着予定となりますので気長にお付き合いくださいませ…。


第二十話『Midway』

──side フィリア

 

ギガロンによる超大規模広範囲攻撃が始まるほんの少し前。

ひやりと冷たい刃が、背後からフィリアの首筋には突きつけられていた。つい先程聞こえた脅迫めいた言葉からも、この凶行の実行犯は保護対象であるはずの少女──ウラル。出会った時の印象とはあまりに乖離している行動に、フィリアは両手を上げたまま静かに問いかけた。

 

「……何の、つもりですか?ウラルさん……。」

 

この状況はあまりにも不可思議だった。

彼女が『白蛇教』に攫われた一般人なのであれば、最も安全なルートはフィリアと共に行動して村からの脱出を目指すことだ。断じて、フィリアから武装を奪っての独断行動ではない。

いち早く脱出する為に協力をすると、つい先程快諾してくれたばかりだというのに。だというのに、現実はこのザマだ。

 

 

「チッ…。気安く呼ぶんじゃないわよ()()風情が…。」

 

「肉……袋…?」

 

刃を首筋には這わせたまま、ウラルは忌々しそうに舌打ちを鳴らした。その口調は大人しく気弱な印象だった彼女のものではない。加えて、声色も一気に切り替わって淡々としたものに…まるで下等生物を見下すような口調へ変化している。

そして何より、本当に彼女が囚われています生贄なのであれば()()()()()()()()()()()()()()()()

ならば、彼女は一体…?

 

「貴女は…何者なんですか?」

 

「……神選の巫女よ。貴方たち白神様の供物に過ぎない肉の塊とは格が違う存在なの、分かる?」

 

「そ、れってつまり…。」

 

その言葉は、彼女が『白蛇教』に所属する関係者だということを示していた。この村の惨状と道に転がる無数の死体から、すっかりフィリアの頭の中から抜け落ちていた可能性。

しかもウラルは自らを『巫女』と名乗った。であれば、必然的に教団の中枢に関わっているということに他ならない。

実態解明のためにも、これ以上の犠牲者を出さない為にも是が非でも捕らえたい相手。

などと心では思っていても、現実にフィリアはその敵から首元に刃物で脅されている現状だ。

ミラならきっと、他の仲間たちもこんなミスはしなかったはずだ。

 

「っ…!!」

 

己の力量不足に唇を噛み締めながら、フィリアは隙が出来る瞬間をただ待ち続ける。一方、この状況を支配しているウラルは思った通りにことが運んだことが嬉しいのか、上機嫌で語り出した。

 

「いやホントに運が良かったわ。あの()()()()()()が村を焼いた時はどうなるかと思ったけど…。やっぱり運が良いわね私、こんないいカモが来てくれるなんて。

──白神様に沢山贄を捧げたおかげね。」

 

「…………は?」

 

前半の部分は聞き流してもいい。既知の情報と、フィリアへの侮辱などどうでも良い。

だが、最後の言葉。

それだけは絶対に聞き逃してはならない類のものだった。だって、その言葉は

 

「贄………って……まさか、貴女は…。」

 

「何?神に贄を捧げるのは巫女の務めでしょう?教祖の娘なら尚のことよ。」

 

彼女が、何の罪もない人々を怪物の餌として差し出していたことの証左に他ならない。

その口調からは罪悪感も悪びれる気配は微塵もない。

さらには()()()()()と、殺してきた人々を明確に見下している。

 

──臓腑の底に灼熱が宿る。

17年間の人生で培ってきた倫理観と、人として当たり前に持つ正義が背後に立つ存在を許してはいけないと叫んでいる。生唾を飲み込み、フィリアは視線だけでウラルを睨み付けた。

 

「…さ、お喋りはもういいでしょ?さっさと装備全部置いて丸腰になりなさいな。

私には白神様を連れて逃げたクソ親父をぶち殺さなきゃいけない崇高な使命があるんだから。」

 

怖気がする。

コレにとっては肉親すら排除の対象なのか。何もかもが理解出来ない。だというのに凶器で脅されている状況にあっては、下手に動けない。だからこそ、今は要求を呑むしかないのだ。

固唾を飲みながら、腰に提げた装備品を一つ一つ外してゆく。銃、ナイフ、携帯食料。

大人しく指示に従う姿を見て、ウラルは満足げに口元を歪める。

 

「いい子ね?…あぁ、もちろん恐竜メダル(どうぐ)も置いて行きなさいよ?どうせ大したことない木っ端恐竜だろうけど、私が有効活用してあげるから。」

 

「─────は。」

 

その言葉に、フィリアの視界が真っ赤に染まる。

さっきもそうだが自分を侮蔑する言葉はいい。殺してきた人々を嘲る発言も、心の底から不快だが聞き流せる類のものだ。

だが相棒を、家族であるグランデを馬鹿にすることだけは絶対に許さない。そこだけは、フィリアの中で明確に決まっている一線だった。

それを踏み越えられてしまっては、もう戦う他ない。一発叩き込んでやらないとスッキリしない。

怒りの熱で頭が沸騰しそうだが、暴れ出しそうな心を落ち着かせて状況を俯瞰する。

 

(コイツ…完全に油断してる。不意打ちの体術ならきっと勝てる。一瞬でも隙が出来れば………いける!!)

 

自らの『特性』で背後から感じ取れる感情の色は喜び。勝ちを確信して思考も警戒も緩まっている。

盤外からの要素が何か発生すれば、間違い無く制圧できる。

だが問題は、その想定外の要素がいつ起こるのか、そもそも起こるのかということだ。いくら油断しているとは言え、この少女がダラダラと時間稼ぎに付き合うとは思えない。

もしどうしようもなくなれば……負傷覚悟で不意打ちを仕掛けるしかないだろう。

 

「…ねぇ、さっさとしてくれない?アイツらがこっちまで来ちゃうで───」

 

だが意外にも、その瞬間はあっさりと訪れた。

ウラルが言葉を言い終わるよりも先に、視界が一瞬で白と黒に染まる。

続いてズン、と轟音と振動が響き、2人の頭上を純白の熱線が走り抜けてゆく。焼け落ちた木片がパラパラと降り注ぎ、火の粉がそこらじゅうに飛び散らばった。網膜が焦げつきそうなほどの閃光と、思わず顔を庇いたくなるほどの熱。

想像よりもずっとド派手な横槍だが、フィリアは()()()と静かに確信した。フィリアとウラル、置かれた状況は同じである上に反射的に行ってしまう反応まで共通している。

だが、

 

「──やぁっ!!!」

 

フィリアの愚直に積んできた努力が、初動の速度を大きく分けた。

事態の変化に意識を大きく割き、天を仰いだウラルの足元を鞭のような軌道をした足払いが薙ぎ払う。

 

「っ!?」

 

立っている為の支柱を失った彼女は、咄嗟に体勢を立て直そうと上体で受け身を取るが、その拍子に手からナイフが零れ落ちる。

さっきまでとは状況が逆転した。上を取っているのはフィリアで、下にいるのはウラル。オマケに、お互い完全な丸腰だ。

 

「せいっ!」

 

放り出されたナイフに思い切りサッカーボールキックを放つと、刃物は面白いくらいに回転しながら吹き飛んでいった。

お互い非武装になった状況なら、幾日も訓練してきたフィリアに分がある。すかさず、フィリアは身を翻して足元の少女を取り押さえんと手を伸ばした。

 

「…ッ舐めんなァァッッ!!」

 

だが、

 

「ぅえ!?」

 

現実はフィリアの想定とは大きく外れて走っていた。

ここでカッコよくウラルを取り押さえる予定のフィリアだったが、今目に映っているのは天地が返った光景。

一本投げの要領でぶん投げられたのだと気付くのにコンマ数秒掛かった。どうやら、ウラルは最低限の護身術のようなものは修めているようだ。カルト教団の教祖の娘なんて立ち位置であれば、そういったこともあるのだろう。

ただ、かと言って何もかもが想定外だったわけでもない。

 

(………意外と…遅いな…………?)

 

フィリアの体感では、この投げ技が()()()()()()()()()()()のだ。置かれている状況は決して楽観視出来るようなものではないというのに、その心の内は穏やかだった。

……バリトンにミラ、オマケにブルート。

彼女が普段から稽古を師事している彼らに比べればこんなものは投げ技ですらない。

いつもの稽古ならこんな間を持たせた温い投げ技なんて、投げられソムリエのフィリアにとっては落第点もいいところだ。

 

「よっ、ほっ」

 

落下のタイミングに合わせて、両掌で軽く受け身を取って体勢を即座に立て直す。

自分の体重分腕に負担はのし掛かるが、日頃のダイエットのお陰で大したことない。

 

「ちょ、はっ!?」

 

余程投げ技に自信でもあったのか、ウラルは愕然とした表情を浮かべているがそんな隙は戦いでは致命傷になると彼女は知らない。

ほぼ逆立ちのような体勢のまま、ぐるりと頭を支点にして身体を回転させる。

しっかりと遠心力を付けると、脚の先に全体重と威力を集中させた。

そして、

 

「せやっっ!!!」

 

逆立ちの体勢からそのまま、フィリアは眼前の敵の延髄に全力で蹴りを撃ち放った。

狙いがブレたせいで顎先を掠めただけだったが、脳が強烈に揺らすことには成功した。

しばらくは自分の意思で動くことは出来ないだろう。

 

「ぉ………ご………っ…!?」

 

天地が返った状態から正常な視界に戻ると、ウラルは膝から崩れ落ちた状態で目の焦点を泳がせていた。

 

「ふぅ……制圧完了…!」

 

初めて一対一で闘った相手で、初めて許せないと思った敵。

そして、初めて任務で()()()()()()()()()()()()()()()()()

まともな戦闘で勝てたことと、自分に着実な力が付いてきたことに安堵と満足を覚えながら、フィリアは頬に伝っていた汗を拭う。

油断することなくウラルへと視線を向けると、彼女は何やらぶつぶつと譫言のよう呟いていた。

 

「……ない………ありえ、ない…白神様の……巫女の…わた、し……が……ふざけ、んな……。」

 

その内容は、今在る現実が受け入れられないが故の発言だった。

さっきまでの発言から鑑みるに、彼女の役割は多分()()()/()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだろう。そこに彼女の意思があったのか、直接手を下していたのが彼女だったのか、生まれながらにそうなるように洗脳されていたのかはフィリアには知る由もない。

 

「わ、たし……なにも、わる…く、ない…ぜんぶ…あいつら、が…クソ、親父、が……。」

 

「………。」

 

その絞り出した子どものような言葉に、フィリアはウラルの眼前へと歩み寄った。

足元で固まっているその姿は糸の切れた操り人形みたいで思わず同情してしまいそうになる。

だが、フィリアにはどうしても言っておきたいことがあった。視線の高さを彼女と同じ位置に合わせると、まだ何かを呟いている彼女の方に手を添える。

そして、

 

 

 

「ふざっけんなァっ!!!」

 

 

 

ゴン、という鈍い音と共にフィリアはウラルへと渾身の頭突きを叩き込んだ。

 

「〜〜ぃっ……!!!!?」

 

唐突な激痛が走ったからか、ウラルは涙目になりながら困惑した表情でフィリアに目を向ける。

もちろんこちらも額が割れそうなほど痛いが、今胸に渦巻く激情の前では霞んでしまう。

 

「自分は悪くないじゃ、ないでしょっ!!あなたが今まで何をしてきたかなんて想像でしか分からないけどッ!それでも誰かを傷つけた責任は取ってよッ!!!」

 

自分でも信じられないくらいの大声でフィリアは吠えた。彼女自身の思ったことを率直に。

誰かに対してこんなにも感情をむき出しにしたことも、こんな説教じみたことを叫んだことも今まで生きてきて経験がない。というか、正直そんな役回りはあまり好きじゃない。

それでも、フィリアにはこの少女が許せなかった。加害者が自分が悪くないと自己弁護するなんて、許していいことではない。

だって、傷つけられた側はそのことを絶対に忘れない。過去の暗い経験が、らしくもない激情に火をつけていたのだった。

 

「少しでも償おうって気があるなら知っていることは全部話してッ!!私の大事な人たちがこうしている間にも闘ってるの!!ほんの少しでもいいから…私にみんなを助けさせてよ…ッ!!」

 

──ずっと、ずっとフィリアは罪悪感にも近い居心地の悪さを感じることがあった。

無論、仲間たちが苦手というわけでも嫉妬を抱いているわけでもない。むしろ全員に好意を持っている。

彼女が抱えていた感情は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

ミラやハルカ、シュバルツ達はフィリアが危機に陥れば身を挺してでも守ってくれる。そのことが嬉しくもあって、悔しくもあった。あれだけ大切な人たちに何も返せないことが怖かった。そんな事はないと思っていても、いつか見限られるんじゃないかと恐れていた。

だから、こんな状況だからこそフィリアはみんなを助けたい。一人も欠けることなく生き抜きたい。

そんな涙ながらの訴えがどれほど伝わったのかは分からない。だが、呆然としていたウラルの耳には入っていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──数分後。

 

「……ここがそうなの?」

 

「…………うん。」

 

フィリアの目の前にあるのは、村の北端にある小さな小さな掘建て小屋だった。戦場からは最も離れている位置にあったおかげで火の手も、焦熱光線もここには届いていない。

目的の場所があまりに質素だったことには驚いたが、それ以上に驚いたことが一つ。

それは意外にもあっさりと、ウラルが生贄の収容所までフィリアを案内したことだった。先のやり取り以降、彼女の様子はまるで生気の抜けた抜け殻のようになっていた。態度も言動もすっかりしおらしくなっている。

頭突きをかまされたことが生まれて初めてだったのか、それとも怒鳴られたことが心に響いたのか、今の彼女の状態はよく分からない。だがそれでも協力的な事は確かだ。であるならば、最低限の警戒を払うだけでいいだろう。

そんなことを考えながら、フィリアは目の前の建物の扉をゆっくりと開く。だが薄暗い室内に人の気配らしいものはなく、内装も特段何かがある訳ではない。嘘の情報を摑まされたのかと背後に控えるウラルに視線を向けると、彼女はおぼつかない足取りで部屋の突き当たりにヨレヨレと近づくと、壁の中腹辺りに手を伸ばす。

瞬間、

 

 

ガコン

 

 

と何かの仕掛けが起動する音と共に石畳が砂煙を上げながらゆっくりと扉のようにその姿を見せた。

 

「隠し、扉…?」

 

物々しく入り口を開けたそこには、石製の階段が遥か階下まで続いている。そして、底らしい場所からはチカチカと小さな灯りが明滅していた。それはつまり…

 

「まさかあそこに…!?」

 

「…うん。」

 

あの仄暗い暗闇の先に、助け出すべき人たちがいるということだ。その返答が言い切られるよりも速く、フィリアは妙に間隔の狭い階段を数段飛ばしで駆け降りていた。ほとんど密閉されていたであろう空間は酷く湿っていて、空気も薄い。人の不安を煽るには絶好の環境と化している。

改めて義憤を燃やしながらフィリアは最短最速の経路で階下の大広間まで辿り着いた。

 

「っ誰だアンタ…ッ!? 「まさかまた…」 「オイこの揺れはなんなんだっ!!」 「その後ろの女!!」 「お願いここから出して!!」

 

距離にして数十メートルはあるだろう大空間。そこに広がっていた光景は、陰惨極まりないものだった。

──無数に設置された座敷牢。そこには無数の白装束の囚人…否被害者たちがすし詰めに収容されていた。おまけに、牢の中身はどう見ても収容人数を超えているであろう有様だ。

立ち上がって抗議する者、叫び続ける者、涙を流して鉄格子を揺する者、何もかもを諦めて牢の隅で震えている者。

老若男女、多種多様な者たちがいるが、共通していることは唯一つ。それは、()()()()()()()()()()だった。そんな彼らを少しでも安心させるためにも、フィリアはすぅ、と大きく息を吸い込んだ。

 

「──私は『円卓』の騎士、フィリア・スノーフレークです!!皆さんを助けに来た者です!!今すぐに助けますからッ、出来るだけ檻から距離をとってください!!」

 

喉が痛くなるくらいの声量で名乗り上げる。騎士としての名乗りなんてずっと夢見てきたカッコいいシチュエーションだが、幸福感に浸るのは後回しだ。

 

「よし、グランデっおいで!!」

 

この広間がかなりの広さで助かった。おかげで本来屋内では呼び出すことすら出来ないはずの相棒を顕現させることが出来る。腰のホルダーから縞模様のメダルを取り出し、それをそのまま部屋の中央目掛けて投げ付けた。

激しい閃光の直後に、質量保存の法則を無視した巨体が嘶き、堅い蹄が地を踏みしめた。

 

「檻だけ綺麗に斬って!中の人たちは絶対に傷つけちゃだめだからねっ!!」

 

「kyuaっ!」

 

起き抜けであるはずの相棒はフィリアの下した指示を的確に理解すると短い嘶きと共に、アイデンティティたる一本角に眩い閃光を集約させた。

──フィリアとグランデがソレドールとの稽古で身に付けた数少ないオリジナル。

本来であれば集約させたエネルギーを光の槍と化して撃ち放つ『オミアシ・ティンズ』。それを放つことなく角に纏わせることで近接特化に変化させた技『槍水仙』(イクシア)

リバイバーすら斃す一撃を少量とはいえ纏ったソレは、人間の基準ではビームサーベルのようなものだ。鉄の檻程度を破壊するなんて造作もないことだ。

 

ギャリン、と鉄が軋み、へし折れる音が地下空間に響き渡ると同時に、赤い火花がダイヤモンドダストさながら宙を舞う。

赤熱した鉄は結合が溶け、切り抜かれた鉄の棒がカランと乾いた音色を奏でながら苔むした床の上を転がる。あまりにも鮮やかな一閃は一般人の眼ではほとんど見えていなかったことだろう。その証左に、檻に囚われた生贄候補の被害者たちは待ち望んだ出口が生まれたというのに暫くの間揃いも揃って呆気に取られていた。

 

「さあ皆さん早くここから逃げてくださいっ!それと村の中央には絶対に近寄らないで!村の西側に私たちが通ってきた道がありますからそこから人里まで走ってくださいっ!」

 

今村の中心部ではミラたちがあのギガロンと闘っているはずだ。それに、ハルカもあの大男を相手にしているはず。そんな場所に不用意に近付けば、一般人なんてひとたまりもない。

その点、フィリアたちが進んできた獣道であればある程度道が整っている上に、麓町のオリエンスまで直通している。当然楽な道のりではないが、道なき道を歩かせるよりは遥かにマシだ。

精一杯張り上げたフィリアの声に、ようやく彼らは『逃げられる』という事実を認識すると、我先にと走り出し狭い階段を駆け上がってゆく。

時折フィリアへの感謝の言葉や、元いた場所へと帰れることの喜びを口々に投げると、数分も経たない内に地下牢の広間はほぼ無人と化した。

 

『ほぼ』、と表現したのは勿論、数人だけ人が残っていたからだ。

この場に残留していたのは、僅か3人。

かなりガタイの良い長身の男と、親子と見受けられる母娘。気まずい空気に押し黙るフィリアを見兼ねてか、男の方が口を開いた。

 

「……君の後ろの少女、この村の関係者…で合っているかい?」

 

「えっと…それは………はい。」

 

フィリアは後ろで俯いたままのウラルに視線を配りながら、男の問いに応える。自分の話題が出ていると言うのに彼女は無言と無反応を貫いたままだ。抜け殻さながらの彼女へ私刑を加えられないかとほんの少しだけ警戒度を引き上げる。

 

「まずは自己紹介が先だね。私はワン……いや、某国所属の警察隊だ。仕事でこの村のことを嗅ぎ回っていたんだが勘付かれてしまってね。恥ずかしながらこうしてここに囚われていた次第だ。

……キミが来てくれなければこのままここで死んでいたところだったよ。本当にありがとう。」

 

しかし、その素性はフィリアの想像とは少し違った。言いかけていた所属先は不明だが、立ち振る舞いや言葉遣いからして嘘の気配はない。

ということは、本当に彼は警察官…つまりはほぼフィリアたちと同業者ということになるだろう。であれば…

 

「あの…出来れば彼女の身柄をお預けして良いですか?」

 

「それは構わない…というより手柄を横取りするようで申し訳ないくらいなんだが……。キミはそれで良いのかい?」

 

「はい。私はまだやる事があるので皆さんに同行は出来なくて…だから、警察隊のあなたにお任せしたいんです。あなたなら、きっと彼女にも公平に接してくれますし!」

 

この1分ほどのコミュニケーションでも十分わかる。目の前のこの男性はシャグランに近い誠実なタイプだ。だからきっと、個人的な感情でウラルに危害を加えたり、他の犠牲者の怒りの手から庇ってくれるはず。

 

「……分かった。命の恩人であるキミの頼みである以上、謹んで引き受けよう。必ず、彼女を連れ帰って法の元で裁きを受けさせて、生き直せるように尽力する。」

 

男のどこまでも真っ直ぐで誠実な宣言に深く頷くと、フィリアは後ろに控えるウラルの身柄を彼に預けた。俯いたまま一言も発さない彼女にほんの少しだけ同情はあるが、だからと言ってこれまでの行いがチャラになる訳ではない。然るべき報いを受けて、少しでも良い方向に更生してくれることを願うばかりだ。

そうして、ウラルを連れて警察隊の男は地上へと続く階段へと消えてゆく。この場に残るは2人。年若い女性と、小さな女の子。本来初対面のはずの彼女たちだが、フィリアにだけは既視感があった。

 

「あれ……もしかしてカーラさんと…アンちゃん?」

 

「………どうして、私たちを?」

 

名を出した途端、母親はさりげない仕草で娘を庇うと猜疑的な視線をフィリアに向ける。どう見ても不審者に向ける眼差しにフィリアは慌てて理由を取り繕う。

 

「え〜っとそれは……あっ、これです!!」

 

腰のポケットから取り出したのは、自身の愛用している携帯端末。そこに表示されていたのは、麓で出会った男から依頼されていた救出対象の写真だ。彼ら家族の父親から預かっていた信用の証のようなもの。もしも2人に会う事ができたら、これを見せてくれと頼まれていたのだ。

 

「私たち、旦那さんの依頼でここまで来たんです!2人を何に代えても助けて欲しいって……だから、無事で本当に良かった…。」

 

「あの人が…そんなことを……。」

 

「パパ?パパが迎えに来てるの?」

 

「そうだよ〜?お父さんすっごくカッコよかったんだから!…下で会えたら、たくさん褒めてあげてね。」

 

なんとか信頼を勝ち取る事ができたようで、2人は顔を見合わせるとようやく警戒を解いてくれた。暗い表情だった母も、涙を堪えていた娘も、ようやく少しだけ笑顔を取り戻してくれた。娘の頭をポンポンと優しく撫でながら、フィリアは麓で出会った男を称賛する。

……その言葉に嘘偽りは一切ない。ボロボロの風体で、地面に這って頭を擦り付けて家族の救出を懇願した彼。一般的な観点で見ればあの姿は惨めで哀れに映ったことだろう。だがあの場にいた『円卓』の者…特にフィリアにとっては輝くほどに格好良く映っていた。

 

──フィリアには、生まれた時から父親という存在がいなかった。普通の子どもにはいて当たり前の存在だということくらいは把握している。そんな彼女だったからこそ、あの姿には憧れに近いものを感じていた。

だが、ここは彼女たち家族に精一杯のエールを送りたい場面だが生憎フィリアには時間がない。

 

「さっきの人に付いて行けば一番安全に麓まで降りられるはずです!さあ急いで!」

 

フィリアは2人に向けて出入り口の階段を指差し脱出を催促する。断続する地響きはより強大に、外から響く破壊音は信じられないほどの音量に達している。こんな小さな地下空間なんてあっという間に押し潰されてしまうだろう。フィリア自身だってうかうかしていられない。

その剣幕に、カーラは事態の危険性を即座に理解したのか娘の手を引き入り口向けて小走りで歩みを進める。………いや、正しくは()()()()()()()

 

「……アン?」

 

カーラが足を止めたのは、手を引いていたはずの娘が足を止めたからに他ならない。その行為にフィリアは不思議に思いつつも彼女たちを早急に脱出させるべく言葉を尽くそうと口を開いたその時だった。

 

「……お姉ちゃんは?」

 

「…え?」

 

娘──アンは静かに、されど確かな疑念を持った幼い眼差しをフィリアに向ける。

 

「──お姉ちゃんは、一緒に逃げないの?」

 

その問い掛けに、フィリアはぐっと息を呑み込む。

──正直に言えば自分はすぐにでもこの村から逃げ出したい。あんな怪物たちの前にもう一度飛び出していくなんて考えたくもない。歯の根は合わないし、体が芯から震えている。でも……

 

「──ごめんね、一緒には行けないの。友達を助けなきゃ。」

 

まだ、仲間たちが闘っている。戦っている。だから逃げない。

もう、助けられるだけの足手纏いは御免だ。

 

 

──────────────────

 

 

──side ハルカ

 

黒い雨が降り続ける地獄さながらの景色の中、並走する人影が二つ。響き続けていた剣戟と金属音は鳴り止むどころか、そのボルテージを上げ続けていた。

スランガが解禁した拳法──正しくは東方拳法。受け流しと身体破壊に特化した殺人拳と、ハルカの鳳龍の血脈に刻まれた竜すら撃ち落とす剣術。

互いに一撃でも喰らえばタダでは済まないほどの威力を持った一撃必殺のぶつけ合い。互いの意識は極限まで研ぎ澄まされ、ヒトとは違う速度を生きていた。

 

「──ハッ!!」

 

「オラよッッ!!」

 

繰り出される発勁と、全身全霊の斬撃が交錯する。

『絶壊』と名付けたスランガが最も得意とする壊拳と、ハルカの渾身の斬撃。拮抗し、打ち消し合うほどの威力を持った2対は凄まじい衝撃波と共に霧散した。…が、この程度のことでは両者共にまるで揺らがない。

 

「噴ッッッッ!!!」

 

腕の痺れも取れない内に、スランガは鎖塗れの拳を眼前の敵目掛けて叩き付ける。

 

「ふっ…!」

 

つい先程まで真正面から打ち合っていたハルカだが、この攻撃に対してはそうしなかった。まるで嵐のように吹き付けるこの拳術は決して受けてはならない上に、体勢が僅かにでも緩んでいたのであれば回避と威力減衰に徹さなければ戦局が一気に傾くこととなる。

刀身で緩やかに拳をいなしながら小さく息を吸うと、刀身を低くどっしりと構えた。それに合わせて、スランガもまた牙を剥き出しにした笑顔と共に肺いっぱいに空気を流し込む。

攻撃体勢…などという表現では評し切れないほどの剣呑な空気が降りたその瞬間、

 

「征ッッ!!」

 

「ハァッッッッ!!」

 

バギン、と一際大きな炸裂音が木霊すると同時に、スランガは背面の方向へと勢いよく吹き飛ぶ。進行方向には、焼け焦げ炭化した木屋の残骸。

 

「ごはァっ!?」

 

幸い突っ込んだところで大したダメージはなく、スランガは舞い上がる煤の中で口元を歪ませた。

 

「………パワー、上がってきたじゃねえの。」

 

つい先程までの一合では、ハルカの一撃はスランガよりもやや劣る程度のものだった。正面からの力比べであれば、あっという間に決着がつくほどに離れた膂力の差。だが今はどうだ。自分をまるでサッーボールのように軽々と吹き飛ばすほどのパワーと、動きに注視しなければ見切れないほどの速度。数分前とは別人の身のこなしだ。危機的状況によるものか、騎士としての責務によるものか、ハルカの動きは加速度的に洗練され、今やスランガと肩を並べるほどに急上昇していた。

戦況をイーブンに戻されるなど本来であれば好ましくない状況であるはずだが、スランガにとっては喜ばしいものだった。

 

──戦いこそが生きる意味。血湧き肉躍る闘争こそスランガの存在意義。それを提供してくれる相手であれば、誰であれ歓迎すべき『主食』(メインディッシュ)だ。

目の前に積まれた豪勢な料理を見つめるようなスランガだが、油断があるわけではない。ほんのわずかな空気の乱れ。雨音と煤の崩れる音よりも静かな接近音を、彼の鋭敏な聴覚は決して聞き逃さない。

 

「───『海神』(ワダツミ)ッッ!!」

 

次の瞬間、土煙を切り裂いて新緑の斬撃が襲い来る。首から上を綺麗に寸断するための軌道を描く、合理的な美しさすらある一皿を前に笑みを浮かべながら…

 

 

「それはもう見たっ!!」

 

向かい来る『死』を受け流した。

スランガは鎖で保護した手の甲だけで致死の一撃の軌跡を上書きする。首元を骨ごと肉を断つはずだった一閃は山のような軌道を描きながらスランガの頭部だけを避けて空を切った。

『化勁』と呼ばれる、敵の攻撃のベクトルを変化させる大陸に伝わる受けの型。本来であれば拳同士の立ち合いで用いられるはずのものだが、荒々しくも卓越したスランガの技量の前では鋭利な刃物すら通用しない。蛇行する斬撃すら掠りもしない。

 

 

「〜ッッ!!『龍涎香』(リュウゼンコウ)っ!!!」

 

一の太刀が防がれたとて、それだけではハルカは止まらない。続け様に無数の斬撃を纏った刺突を撃ち放つが、

 

「だからよぉ」

 

パン、という何かが弾けるような音と共に突き破る竜のような一撃は霧散する。

頭部を穿ち抜くだけの威力を持った回避不能の業をいとも容易く蹴散らされた事実をハルカが受け止めるよりも疾く、彼女の首にスランガの大岩のような掌が貼り付く。

そして、

 

「ッか…〜っは…ッ!!」

 

 

「──それはもう見たって言ったろ?他の見せてみろや、このまま首へし折るぜ?」

 

 

そのまま、その丸太のように太い剛腕がハルカの細い首筋を締め上げた。瞬きをする暇すらなく彼女の細身は宙に浮かび、地に足を付き抵抗するという逃げ道すら与えない。

スランガの握力は、小石程度砂のように粉砕出来るほど。このまま5秒もない内に、ハルカの細い首の角度は大きく変えられることになるだろう。長考すら許されないこの状況で、彼女の本能は最善の選択を迫られていた。

 

そして、彼女が選んだ一手は、

 

「…?」

 

するりと、ハルカの右手から刀身が抜け落ちた。

呼吸困難によるブラックアウトか、とスランガの意識が緩むが、次の瞬間彼の顔から血の気が引く。

 

「げっ」

 

彼女の刀は、ご丁寧に()()()()()()()()()に向かって落ちてゆく。そして、その軌道の真上には今現在ハルカの首根っこを掴んでいる自身の腕が位置していた。

これから何が起きるかなど言うまでもない。

 

「───ハァっ!!!」

 

落ちて来た柄を全力で蹴り上げ、鈍く光る刃は敵の剛腕目掛けて跳ね昇る。腕を根本から斬り落とす軌道と威力に、スランガは慌ててハルカの首を締め上げていた腕を放し、身を大きく逸らして致死の一撃を間一髪で回避した。

 

「あぶ…」

 

流石としか言えない判断力だが、この瞬間に決定的な隙が生まれた。

誰しもが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは武の頂に立つ者ですら例外ではない。そして、そんなものをハルカが見逃すはずもない。

着地するや否や、真っ先に自らが空中へ蹴り上げた愛刀に常人離れした脚力で追い付く。矢のように吹き飛んで行くその勢いのまま身を翻し、回転エネルギーを一切損なうことなく刃に載せると、

 

 

「── 『海神』(ワダツミ)ッッ!!!!」

 

 

「ぐぉぉぁあッッ!!?」

 

渾身の力とともに、それをスランガ目掛けて叩き込んだ。通常の一撃にさらに破壊力を上乗せした『海神』(ワダツミ)は固い地面を叩き割り、その破壊の残骸を周囲数メートルに刻むほど。会心の一撃を叩き込んだ感覚と手応えだったが、ハルカの表情はあくまで晴れないままだ。

 

「……浅いか。」

 

確かな手応えだった。技を放つタイミングも、威力も申し分ないジャストヒット。普段の戦闘であれば確実に決着しているはずの一撃。

だが、今日の相手は一筋縄ではいかない。

 

「っぶねぇ〜間一髪……刀蹴り飛ばすとかアリか?」

 

黒い雨と土煙を掻き分けて、スランガは悠々と肩を鳴らしながら再びハルカの前に姿を現す。恐らくは、咄嗟に化勁で斬撃の軌道を逸らしたのだろう。だが、それでもあの一撃の威力は流しきれなかったのだろう。右肩には決して浅くない刀疵が撃ち込まれていた。鎖骨まで断てれば勝負は決していたが、尋常ではない筋密度が食い込むはずだった刃を押し返したのだろう。

イヤになる事実だが、確かな収穫もあった。

 

「…偶然脚に当たっただけ。ただのまぐれ。」

 

「ハハ、そういうことにしとくか。」

 

それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。斬れば血は出るし、体力だって無制限ではない。

化勁による受け流しも、先のように変則的な攻撃であれば間に合わない。

 

──次こそ決める。

そんな静かな決意を、降り頻る黒雨の中で固めるのだった。

 

 

 




次回更新日も未定でございます…。
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