Rebellion Against Fate   作:zawadinosaur

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お久しぶりです…!!!やぁぁっと更新させていただきます!今回なんと16000文字超えになってしまいました…。是非辛抱強く読んで頂ければ幸いです…!!


第三話『最高の騎士へ』

 

 

「よし、入ってくれ。」

 

部屋の外に待機して数分後。

室内からバリトンに呼ばれてフィリアは言われた通りにトコトコと入室する。

バリトンに呼び出されたここは、修練場。

主に身体能力を高めるための設備であり、畳張りのこの部屋の他にも本場のジムのような設備も併設されていた。

体育の授業で見たような室内には、先程見たスーツとは全く違う道着姿のバリトンが立っていた。

そして、部屋の隅には何故かミラが正座している。

 

「えっと………ミラさんはどうしてここに…?」

 

「バリトンさんの稽古を習いに来た。邪魔はしないから安心して。」

 

澄ました顔でそんなことを言っているが、誰かに見られているまま何かを教わるのは緊張してしまう。

 

「は…はぁ……。」

 

だが、彼女の希望に口を出す権利なんてフィリアにはない。

瞳を閉じて瞑想しているミラを横目に、バリトンの前に立つ。

近くで見ると、改めて物凄い威圧感だ。

本当に壁のような体格をしている。

尤も、彼自身に威圧しているつもりはないのだろうが。

それでも、一回り以上大きい強面の男性なんて怖いに決まっている。

爪先立ちで頑張って目線を合わせ、彼の言葉を待つ。

 

「さて、今日君に身につけてほしいのは護身術だ。」

 

「護身術。」

 

聞き覚えはあるが全く知らない単語へ反射的に鸚鵡返ししてしまう。

護身術といえば、アレだろうか。

痴漢対策のポスターとかに書いてあるアレ。

だがフィリアは武道の心得なんてものは全くない。

一体どうするのだろうか。

見て学べ、なんてタイプではないことを祈る。

 

「俺に今から教える型を完璧に決めること。それが今日の合格条件だ。」

 

…それだけ?

たったそれだけで今日の修行は終わりでいいのだろうか。

だとしたら美味しすぎる。

流石のフィリアにだってそのくらい簡単だ。

いきなり柔道やボクシング、空手なんかを一から教えられるのではないかとヒヤヒヤしていたせいで損した気分だ。

さっさと終わらせて、(ミラの)部屋で映画パーティーと洒落込むとしよう。

不敵な笑みが漏れないように口元に力を入れながら、フィリアはふんす、と息を巻く。

 

「ククク………分かりました!」

 

さあ充実した午後への第一歩だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──30分後。

 

「もう一本だ。」

 

待て待て待て。

 

「は………はひっ…!」

 

なーんにも分かってねえじゃん。

頼むぜ私。

半刻が過ぎた室内には、疲労困憊ズタボロ死に体のフィリアと、汗一つかいていないバリトンの姿があった。

彼に教わった護身術は掴まれた腕を取って、関節を極めるという単純明快でありふれたものだ。

だが、それがどうしても決められない。

理由は単純だった。

 

「もう一本だ、踏ん張れ。」

 

言われた通りに踏ん張って、思い切り道着を掴んで関節を絞め──たはずだった。

 

「んぎぎぎぎ…!!」

 

だがいくら引いても押しても、バリトンはその場から動かない。

まるで石像を相手にしているような錯覚に陥ってしまうが、目の前にいるのは生身の人間だ。

しかしこの男のイカれた体幹の前では、普通の小娘程度がどうこうしたところで何も意味がなかった。

本当に生身なのか疑いたくなるレベルである。

実はロボットだったりしないのだろうか。

 

(………あれ?)

 

なんてふざけたことを考えていると、視界の四方に白が弾けた。

そういえば、さっきから身体に上手く力が入ってくれない。

過剰なくらい全身に力を入れすぎたからだろうか。

…おかしいな。

全身が重たくて、足に力が入らなくて…

 

「バリトンさん。」

 

消失寸前のフィリアの意識にミラの声が割って入る。

いつの間に着替えたのだろうか。

ぼやける視界にはスポーティーな服装に着替えたミラが映っていた。

膝から崩れ落ちたフィリアの背中を、彼女は優しくさする。

 

「流石に少し、休ませてあげた方がいいです。酸欠になりかけてますよ。」

 

………酸欠?

自覚がなかったが、身体はどうやら限界だったみたいだ。

ありがた過ぎる彼女の気遣いにハグをしたくなったが、生憎身体に上手く力が入らない。

だがミラの言葉に当のバリトンは心底驚いた顔をしていた。

 

「…そう、なのか…?……気が利かなくて済まないな…。………本当に……済まない………。」

 

「い……いえ…。」

 

申し訳なさそうに肩を落としたバリトンは、顔面蒼白になっている。

さっきまで涼しい顔をしていた額には冷や汗まで浮かんでいる始末だ。

どうやら、本気で反省してしまったみたいだ。

きっとこの程度ではフィリアはバテない想定だったのだろう。

だが多分それは『バリトン基準なら』という枕詞が付いてくるものだ。

彼は力を抑えきれない哀しきモンスターの類なのだろうか。

 

「その間、私の稽古を付けてください。」

 

その申し出に、バリトンは伏せていた目を見開く。

 

「珍しいな、お前が自分から頼みに来るとは。」

 

何はともあれミラのおかげで、休む時間が出来た。

畳の上を這いずりながら部屋の隅っこを目指してほふく前進をして、壁に寄りかかる。

深く深く息を吸って、吐いて、死にかけだった脳味噌に酸素を送り込み、機能を取り戻させる。

じっとりと首筋を伝う汗を拭うと、全身を脱力させて全力で休む。

まだ心臓がバクバクと鳴っているが、何とかクールダウン出来た。

数分振りのクリアで鮮明な視界にありつきつつ、フィリアは2人の稽古に目を向ける。

 

「……準備はいいか?」

 

「いつでも。」

 

互いの手の甲を合わせて、2人は開始の時を待つ。

数秒?それとも数分?

聞こえてくるのは壁に架けられた小さな時計の秒針の音だけ。

静寂に支配された稽古場に吹き荒れたのは、物凄い風圧だった。

 

「ハッ!!」

 

「シッッ!!」

 

突風のような衝撃が顔を撫でると同時に、フィリアは2人の動きに釘付けになる。

だが、

 

(目で………追えない…!?)

 

正確に言えば、何とか見えはしている。

だがその動きが、意図が、読み切れない。

プロの棋士同士の対面の意味が全く分からないように、武道の心得がないフィリアには2人の所作の理由が、意味がまるでわからなかった。

 

握り込んだ拳が、互いの頬を掠める。

空を切った打撃などには気にも留めず、両者は即座に次のアクションに意識を切り替えた。

 

「フッ!!」

 

先に動いたのは、バリトン。

薙刀のように腕でミラの立つ前面を薙ぎ払う。

フィリアが喰らえば顔から上が吹っ飛んでいそうな打撃だったが、標的であったミラの姿は既にそこにはない。

 

「下か!」

 

小柄な自身の体躯を活かして、ミラは攻撃の寸前に身を屈めて腕の下に潜り込み間合いを詰めると、

 

「ッ!!」

 

バリトンの顎先目掛けてアッパーカットを放つ。

だが、当たらない。

攻撃前に半歩後ろに下がったせいで僅かに掠めた程度だ。

かすり傷にすらなっていない。

ミラの空振った拳を掴むと、バリトンは片腕だけで軽々と彼女を一本背負いの形で投げ飛ばす。

だが足場を失い、浮遊する感覚の中でもミラは冷静さを失わない。

浮いている最中、バリトンに掴まれた腕を振り解き、即座に受け身を取り立ち上がると、

 

「シッ!!」

 

バリトンの内腿を目掛けてローキックを放つ。

 

「ッやるな…!」

 

スパン、とどう考えても激痛だろうという乾いた音が響くが彼の顔色は一切変わらない。

それどころか、口元に笑みさえ浮かべる始末だ。

 

「………すごい……。」

 

この撃ち合いを、フィリアは釘付けになって見つめていた。

『稽古』なんてお飾りで、ほとんどこれは本気のド突き合いだ。

強いて言うならバリトンは若干手加減しているようにも見えるが、ミラは殺る気満々だ。

だってアッパーカットとか普通稽古じゃやらないもん絶対。

だが『円卓』ではこれが当たり前なのだろうか。

自分の目指すべき背中があまりにも遠く感じるが、こんなことでへこたれていられない。

いつの日か役立てるために少しでも彼らの動きを、技術を目に焼き付ける。

だが、そんな全神経を総動員させた集中を掻き乱すように修練所の扉が勢いよく開け放たれる。

 

「おい〜っす。やって…………るけどそっちかい。」

 

緩っ々な挨拶と共に、赤いシルエットが修練場に彩られる。

髪色とは対照的に青いパーカーに身を包んだこの人の名前は確か…

 

「えっと……ヴェナさん。」

 

「お?もう名前覚えてくれたのか〜?可愛い後輩で嬉しいぞ〜。」

 

棒付き飴片手のヴェナは、クシャクシャとフィリアの髪を撫でる。

髪型が崩れるのはあまり好きではないが、意外と悪い気はしない。

 

「どっこらせい。」

 

あぐらを描いてフィリアの隣にヴェナは腰掛けると、ミラとバリトンの戦いなんてそっちのけで手元のゲームに熱中している。

 

「………。」

 

「…………。」

 

(気まずいよぉ…!?)

 

真隣に座るヴェナは、入室して来た時から持っていた携帯ゲーム機に興じているが、特に何か話しかけてくる様子はない。

何か、話しかけるべきだろうか。

でも何を?

というかこの人何をしに来たのだろうか。

 

(いい天気ですね…?いやいやそれはないよね…!う〜ん…?)

 

何か話題はないかと辺りをキョロキョロと見回し、最終的に彼女のゲームに目を向けると、

 

「あれ……それって『祝賀海鮮:ウルトラパレード』ですか…?」

 

ヴェナが夢中で遊んでいたのは、フィリアが愛してやまない作品のゲームだった。

しかも、リリースされたばかりで話題沸騰中の。

 

「お?知ってんの?」

 

「知ってます知ってます!リリース前から予約登録してましたよ!」

 

「アタシとおんなじじゃんか!良い趣味してんな!」

 

フィリアを同好の士だと認識したヴェナは目を輝かせる。

そしてそれはフィリアも同じ。

握手、ハイタッチ、グータッチ、ピシガシグッグッ。

趣味の力とはどこまでも偉大なものだ。

互いの推しについて語り合い、笑い合い、あっという間に2人は打ち解ける。

しかも、流れで別作品についてまで語り出す始末。

そういえばこれは自分のための稽古だったことなんてフィリアはすっかり忘れていた。

誰かと好きなものについて語り合えることがこんなに楽しい事だなんて、フィリアは知らなかった。

 

(──誰かといると、こんなに楽しいんだ。)

 

ずっと『独りぼっち』だったフィリアにとっては、全部が真新しい。

そのせいでついつい饒舌になってしまう。

 

「…………なーフィリア。」

 

ひとしきり語り合った後、少しの静寂を挟むと、ヴェナは頭の後ろで腕を組みながら短く呼び掛ける。

さっきまでとは違うトーンの、どこか寂しそうな声色で。

 

「は…はい?」

 

いくら何でも馴れ馴れしくしすぎただろうか?

それとも何か、失言でもしてしまっただろうか?

もしかして、ヴェナは同担拒否な人だったのだろうか。

だとしたらフィリアの発言は万死に値するのかも…?

 

「──ミラとは、上手くやっていけそうか?」

 

怒られる、と思っていたフィリアに掛けられたのはあまりにもありふれた質問だった。

想定とは270度くらい違った問い掛けに、フィリアは思わず考え込む。

 

「……まだ私はミラさんのこと全然知りません。」

 

そうだ。

フィリアはミラのことはおろか、『コルタナ』の面々のことだって何も知らない。

先の会話で若干ヴェナの事は理解できた気がするが、それ以外のメンバーのことなんて名前と顔の照合から始めなければならない。

でも、だからこそ。

 

「だから、もっと知るために精一杯頑張ります!

──私も、ミラさんと友達になりたいし!」

 

「……ん。……………そっか、良かった。」

 

心の底からホッとしたようにヴェナは口元を緩めると、もう一度フィリアの頭を撫でる。

今度はさっきのように乱雑なものではなく、愛しむような優しい手つきで。

母親のような笑顔を浮かべたヴェナは立ち上がると、ドンパチやってる2人には何も言わずに出て行ってしまった。

一体何が目的だったのかと思っていたが、そんな思考をはたき落とすように再び風圧がフィリアを撫でる。

何事かと視線を変えると、ミラとバリトンの稽古は佳境を迎えていた。

 

 

 

 

 

「ハァ……ッ…ハァッ…!!」

 

ストレート、フック、足払い、手刀。

大粒の汗を浮かべ、息を切らすミラは絶えず猛攻を打ち込み続けている。

さながら手負の猛獣といった様子だったが、放つ気迫は全く衰えていない。

だがバリトンは、相変わらず涼しい顔でその全てを捌き切り、撃ち落とす。

手首の動きを抑え、拳を掴み、半歩立ち位置を変え、最低限の動きで躱し続ける。

手のひらの上で踊らされている、というのはきっとこういう立ち回りのことを言うんだと思う。

まるで機械のように性格無比な立ち回りは、凄いを超えて不気味ですらあった。

 

「ぐ…………ッアア!!」

 

いつまでも変わらない盤面に痺れを切らしたのだろうか。

ミラは左足を強く踏み込み軸足にすると、バリトンの側頭部を目掛けて回し蹴りを放つ。

喰らえば大柄な男であっても一撃で昏倒させられかねないほどの威力を有したミラの持てる最大の攻撃。

 

──だがここで、趨勢は決した。

 

「良い蹴りだ。」

 

当たり前のように回し蹴りを受け止めたバリトンは、掴んだ脚に僅かに力を掛ける。

 

「ッ!?」

 

瞬間、ミラの身体のバランスが大きく崩れる。

まるでマリオネットの糸を切ったような具合だったが、何が起きたのかがまるでわからない。

ただ事実としてミラが軸足を失い、尻餅を付いたその時点で戦いは終わった。

追い討ちをかけるようにバリトンはミラに拳を突き付ける。

これで決着、と言わんばかりに。

 

「ここまでだな。」

 

「……はい。」

 

息を切らし、悔しそうに眉を顰めるミラに、バリトンは手を差し伸べる。

 

「どう、でした?」

 

差し出されたバリトンの手を掴み立ち上ると、即座に彼にフィードバックを求めた。

 

「…………以前手合わせした時とは見違えるほど良くなった。よくここまで鍛えたな。」

 

嘘偽りのない賛辞に、ミラは表情こそ変えなかったがついつい笑みを浮かべてしまいそうなくらい嬉しかった。

バリトンは、こういう時に世辞を言うタイプでもないと分かっていることが、3割り増しで喜びを加速させていた。

 

「……だが、最後の回し蹴り。あの時、残りのスタミナから勝負を焦ったな?」

 

「…う」

 

図星を突かれたミラは形の良い眉を歪める。

分かりやすく『その通り』、と表情が物語っていた。

あのまま打ち合っていればきっと、バリトンが直接手を下すまでもなくミラの体力は尽きていた。

スタミナ不足が現状のミラの課題だ。

ハルカ程の体力と技術があればどれだけいいか、と何度も思ったが無いものねだりをしても仕方がない。

 

「形勢判断は正しいが、同時にそこがお前の弱点だ。」

 

「………………そう、ですね。今のままじゃ、アイツの足元にも及ばない。」

 

ミラの脳裏に浮かぶのは、狂気を浮かべて笑う軍服の少女の姿。

思い出すだけで歯を食いしばりそうになる、心に打たれた楔。

 

「…『無花果の会』のスープ担当だったか。確かに奴とお前の実力は隔絶している。」

 

──『無花果の会』スープ担当、ミラクル・ミレイテス。

ケイたちと共に臨んだあの戦いは、ミラの記憶に刻み込まれた苦い経験となっていた。

あの日、ミラが出来たことなんて精々運良く大技を防いだ程度。

撃破への貢献度で言えばきっと、ケイやメラン、ハルカの方が上で、自分が一番下だと理解していた。

そして何より、あの後に現れた幹部たち。

『フルコース』と呼ばれている怪物。

一人一人が、そこにいるだけで周囲の気温が下がったと錯覚するほどの威圧感を放ち、血の匂いの染み付いた死臭を振り撒き、獲物を狩る捕食者のような視線をしていた。

勝てるビジョンが、立ち向かえる可能性が、まるで浮かばなかったのは生まれて初めての経験だった。

あれだけ力の差を、格の違いを、自分の力不足を見せつけられたのはミラに恐怖よりも強く、怒りと奮起を植え付けた。

シュバルツと泣いたあの日から、研鑽を怠ったことは一度だってない。

今度こそは、役に立つために。

 

「…だが努力を続けていればいずれ追い縋れる。そして、お前はそれが出来る人間だ。胸を晴れ。」

 

「…はい。」

 

師弟の心温まるハートフルな会話を終えると、バリトンは体育座りのフィリアに向き直る。

 

「さて、待たせたなスノーフレーク。稽古の続きを…」

 

「え………もう一歩も動けないんですが……。」

 

バリトンもミラも『待たせて申し訳ない』とでも言いたげな表情だが、フィリアはもう動けそうもない。

全身が筋肉痛で、今にも攣りそうで限界間近だ。

そもそも、久しぶりの運動であれだけ頑張ったのだから勘弁して欲しい。

 

「え」

 

「え」

 

「え?」

 

実に間の抜けた3人の声が畳に吸い込まれて消える。

かくして、本日のフィリアの稽古は強制終了することとなったのだった。

結果、シャグランによる射撃訓練とミラによるリバイバーを交えた戦闘訓練は後日に流れたのだった。

……フィリアにとっては、特にリバイバーを使った稽古が流れた事が、何よりも嬉しい事だった。

 

───────────────────

 

あの後、シャワーを浴び、射撃の訓練を経て軽い夕食を食べ終えたミラは自室に戻る。

時刻は既に21時を回っていた。

 

「ふう…戻ったよ。」

 

「おか………えり………ミラさん。」

 

扉を開けるとそこには、

 

「…大丈夫?」

 

床に突っ伏して死体のようになっているフィリアの姿があった。

何の敷物もしないでフローリングで伸びている。

結局あの後からずっと、フィリアは部屋で休んで、もとい死にかけていた。

夕食もまともに食べていないし、日が沈む前に一度様子を見にきた時と一切姿勢が変わっていなかった。

 

「大丈夫じゃない…かな……。」

 

今にも消え入りそうな声で答えるフィリアを横目にミラは眼帯を外して、髪留めを解く。

一日中付けていた眼帯を外すと、途轍もない開放感が神経に染み渡る。

 

「もっと早く止めてれば良かった。ごめん。」

 

本当に辛そうな彼女を気遣うセリフを言ってみるが、返ってくるのは苦しそうな呻き声だけだ。

ただ、部屋の中は芳しいアロマの香りが立ち昇っている。

きっと彼女が気を遣って香りを立ててくれていたのだろう。

 

「ちょっと転がれる?簡単だけどベッドメイクしてあげる。」

 

せめてもの返礼に、まともに動けない彼女にまともな寝床を提供することに決めた。

 

「いいの………?」

 

「元はと言えば私とバリトンさんのせいだから。遠慮しないで。」

 

動けないフィリアを丸太のようにゴロゴロと雑に転がすと、クローゼットからしばらく使っていなかったスペア用のマットレスを取り出す。

埃の匂いが少しするが、ぎりぎり使用可能なラインだった。

それにシーツをかけて、硬めの枕を添える。

 

「さ、ここに寝てね。」

 

再びフィリアを転がすと、そっと毛布をかけてやる。

もう声を出すことすら辛いのだろうか。

生体反応すらほとんどない彼女に本当に申し訳なさを覚えつつも今出来ることはゆっくり彼女を休ませてやることくらいだろう。

 

「じゃあ、電気消すね。」

 

本当ならもう少し起きていたかったが、偶には早寝も悪くない。

程よい暗闇に包まれながら、ミラも自分用のベッドに横たわった。

 

 

 

 

 

 

 

 

消灯から20分後。

 

(……寝れない。)

 

自分以外の誰かが部屋にいるからだろうか。

ベッドの上のミラは何度も何度もしつこいくらいに寝返りを打っては、まだ覚醒している自分の意識に辟易していた。

誰かと一緒に寝る、なんて幼い頃リオネスに寝かし付けられていた時ぶりだ。

友達とお泊まりなんて一度も経験がない。

そもそも、友達と呼べる存在なんて一人だっていなかった。

あまりにも慣れないシチュエーションにきっと脳が追いついていないのだ。

何だか寝顔を見られるのが嫌で、壁側に寝返りを打ったその時だった。

 

「…ねぇミラさん。まだ起きてる?」

 

不意に暗闇から掛けられた声に飛び跳ねそうになるが、顔にも態度にも声にも出さず、ミラは淡々と答える。

 

「起きてたんだ。」

 

「全身痛過ぎて寝れないよ…。」

 

至極ごもっともな返答に苦笑いしつつも、ミラは彼女の声に耳を傾ける。

 

「………それで、どうしたの?」

 

その問い掛けに、フィリアは一拍置いて声を絞り出す。

 

「──『コルタナ』の人たちの話、聞かせてよ。私はまだ今日来たばっかりだけど、少しでもあの人たちのことを知りたいんだ。」

 

フィリアの申し出に思わずミラは一瞬驚いたものの、どこまでも善性を持った彼女の姿勢に関心を超えて笑いそうになってしまう。

全くどうして、彼女みたいな頭のネジも外れていない人物が『円卓』に来たのだろうか。

 

「……いいよ。誰から聞きたいの?」

 

「じゃあ……トリスタン卿!」

 

ご指名に、ミラは脳内でシャグランの姿に思いを馳せる。

意識の中のイマジナリーシャグランを一言で表すとすれば、

 

「シャグランさんは……凄く良い人だよ。」

 

「うわぁ月並み。」

 

「うるさいな……。本当に良い人なんだよあの人は。」

 

そんなことは言われなくたって分かってる。

でもこれ以上の表現はミラの乏しいボキャブラリーでは出てこないのだ。

ただこんな一言で纏められてもフィリアが困ってしまう。

だから、あまり言いたくはなかったが、

 

「……私ね、トリスタンのCNを巡ってあの人と大喧嘩したんだ。」

 

以前までの確執を語ることに決めた。

まるで子供みたいなエピローグで自分で言っていて恥ずかしいが、フィリアは笑うでもなく、適当に相槌を打つでも無く、ただひたすらに黙って聞いていた。

 

「先代トリスタンに育てられてきた私が次期トリスタンに相応しいって………ずっと思ってた。でも、お母さんは結局シャグランさんを後継に指名していなくなっちゃった。………バカだよね。世襲でもないのに勝手に思い上がって、怒り狂って。

…結局私は負けちゃって、お母さんのものだったトリスタンの座は、あの人に渡った。

………ずっと、あの人のことを憎んでたし、CNを奪おうとしてた。『コルタナ』の足並みも乱したし、無礼なことも沢山した。

でも、あの人はそんな私のことを心の底から仲間だって言ってくれたし、自分が悪いとすら思ってるくらいのお人好し。

──本当に、心の底から尊敬してるよ。」

 

あんなにも心根からお人好しで、優しすぎる人間をミラは他に知らない。

損な役回りをすることも、信念が揺らぐことだってあるだろうにミラが今まで見てきたシャグランは一度だって自分の都合で信念を曲げていない。

誰よりも誠実に、愚直に自分の理想を追い続けている。

目指すべき背中の遠さを、彼を理解する度に思い知らされる。

 

「あと、奥さんがすごく綺麗。」

 

「結婚してるんだ……。まあイケメンだもんね…。」

 

……嘘はついていない。

本当に、イゾルデは綺麗な貴人だ。

容姿もそうだが、時折見せる毅然とした佇まいには息を呑んでしまう迫力があった。

それは疑いようのない事実。

ただ、同時に料理においては奇人そのものだ。

本当は何か変な部族の末裔だったりするのではないかという考察が最近のミラの中では主流になりつつある。

あの人がキャメロッ島に来る度に試食係にされないかをハラハラしているが、大抵は逃げ切ることに成功してバリトンを生贄に出しているがその均衡もいつまで持つか分からない。

特に、クリスマスやバレンタインに彼女は必ずキャメロッ島に訪れる。

シャグランには早めにお料理教室でもして、あの人の料理下手を矯正してほしいものだ。

だがそんな実態を知らないフィリアは『どんな人なのかな』なんてワクワクで言っているが、その第一印象が最悪なものにならないことを切に祈るばかりだ。

 

「…じゃあ次はヴェナさん。」

 

「ダメ人間。」

 

「はやいよ!?」

 

余りにも食い気味な返しに秒でツッコミを入れるフィリアだったが、語り手のミラはつらつらと言葉の砲撃を連発する。

 

「ヴェナさんは本当にダメ人間だよ。仕事がないと朝から晩まで部屋に篭ってゲームしてるもん。フィリアが今私の部屋にいるのも、あの人のせいだし。騎士の鎧も着てるの見たことないし、というかまともな服すら持ってるか怪しいよ。部屋も汚いし。」

 

「……ふふっ。」

 

「…?何?」

 

「なんでもない。」

 

ミラ本人は自覚していないようだったが、その様子はまるでお姉ちゃんの愚痴を吐く妹のようだった。

フィリアも今日話して思ったが、ミラのことを心底気にかけていることだけは伝わってきた。

そんな彼女だから、ミラもヴェナを慕っているのだろう。

 

「……でも、ヴェナさんはいなきゃ困るくらい凄く優秀。作戦の立案とかはあの人とシャグランさんがやってるし、オペレーターとしてはピカ一だよ。元々ホリホリカンパニーの技術職にいたからメカニックも出来るんだ。きっと頼めば装備とか作ってくれると思うよ。……でも本当にダメ人間。」

 

さっきまでとは打って変わって、今度は姉ちゃん自慢話をしている妹みたいに語り出す。

これだけで、2人の関係性が見えてくるというものだ。

きっと、お互い深く理解し合っているから遠慮がないんだろう。

一人っ子のフィリアには、中々に羨ましいものがある。

それにホリホリカンパニーと言うと、あの若きイケメンプリンスが御曹司だったことが強烈に印象に残っている。

ワンチャン、連絡先なんかを持っていないだろうかと邪な期待が浮かんできたのをブンブン、と頭を振って追い払う。

 

「前職のことは知らなかったけど…‥基本は見たまんまだね。でもあの人がやらかしてなかったらこうしてゆっくり話せてなかったし、そこは感謝しないと。」

 

「……そうだね。」

 

その言葉に、ミラは大人しく頷く。

今こうして話が出来ているのも、間接的ではあるがヴェナのおかげだ。

どれだけカスな理由で現在があろうとも、その内感謝しようと思う。

でも、言ったら言ったで調子に乗りそうでなんか腹が立つ。

 

「次は、バリトンさん。」

 

順当な順番に、ミラは予め考えていた人物像解説を機械みたいに順繰りに語る。

 

「あの人は……元々アーサー王の部隊にいたんだ。真面目さを見込んだお母さんがほぼ無理矢理部隊に引き入れたんだって。」

 

「アーサー王の!?」

 

「といっても、今の王がアーサーの座を継ぐ前の話だけどね。」

 

この辺りの話は、ミラも聞き齧った程度。

実際のところはよくわかっていないが、彼がアーサー王…正確にはユーウェイン卿の頃に彼の部隊に在籍していたそうだ。

あれだけの格闘能力と補佐能力があるのも、オースティンの部隊にいたと考えれば合点がいく。

母の強引過ぎる引き入れ方も、実にらしくて納得がいく。

 

「見たまんまだけど、あの人は本当に堅物だよ。冗談なんて通じないし、仏頂面だし、怒ると怖いし。」

 

(ミラって冗談とか言うんだ………。)

 

なんて感想ことが真っ先に浮かんできたが、話のテンポを崩したくなかったフィリアは口を噤む。

 

「あとは……シャグランさんとすごい仲が良いかな。休みの日とかは2人でご飯食べに行ったりしてるよ。」

 

「意外!あの二人仲良いんだ!?」

 

「まあ元々先輩後輩の関係だからね。」

 

隊長とその保佐の仲は微妙なことが多いとフィリアは勝手に思っていたが、どうやらここではそうではないらしい。

きっと2人でディープの知る人ぞ知る店に行っているのだろう。

オトナな雰囲気に、率直に憧れてしまう。

 

「………………じゃあ最後はミラさんについて教えてよ。」

 

フィリアの言葉に、ミラは昼間のことを思い返す。

 

「………あぁそっか。話の続きだったね。もちろんいいよ。」

 

誰かにこんなにも自分の過去を話すのはミラにとって初めてのことだった。

間違ったニュアンスで伝わらないように、もう一度自分の過去に足跡を付けるように、ゆっくりと語り出した。

 

「───私の故郷は紛争地帯だったんだ。私が生まれた時からずっと、戦争が続いてた。理由は知らないし、興味もないんだけど。

…………毎日頭の上を銃弾が掠めていくような日常で、両親も私を一人前の兵士にするために毎日訓練を叩き込んできた。今思い返せばあんなの虐待みたいなものだったよ。

…だからなのかな。実の親より、『コルタナ』のみんなやお母さんを家族として大事に思ってるのは。」

 

記憶が曖昧な中でフラッシュバックしてくるのは、父の怒鳴り声と母の啜り泣く声。

多分、自分を兵士にしたかったのだろう。

家庭環境なんて覚えていないが、きっと貧しかったのだろう。

ミラを兵士として国にでも売るつもりだったのかも知れない。

他に覚えていることといえば、銃の扱い方と格闘技術をほとんど実戦のような形式で叩き込まれたことだけ。

痛くて、辛くて、逃げ出したかったことくらい。

 

「…それで、10歳の時私の家のすぐ近くに爆弾が落ちたんだ。」

 

「……うん。」

 

ここで初めて、フィリアは相槌を打った。

まるで覚悟を決めるかのように。

覚悟を決めたのは、ミラも同じだった。

 

「──気付いたら、私は死体の山の中に埋まってた。片目が無くなってたし、死臭で吐きそうで…逃げ出したくて仕方なかった。でも、死体置き場の前には敵兵がいてね。お父さんとお母さんの死に顔が真正面にある中、私は……ずっと息を殺して待ってた。」

 

息が詰まる。

背筋に嫌な汗が滲み出す。

覚悟は決めていたはずだったが、この話ばかりは何度も思い返してもトラウマが蘇る。

血の匂い、死体の匂い、生気の失せた死人の顔、逃げ出せない恐怖、見つかりたくない重圧感。

未だにミラの心の奥底にはこの記憶がこびり付いている。

忘れたくても忘れられない血の記憶。

 

「そしたら、先代のトリスタン卿………お母さんが『才能があるから』って言って私を助けてくれた。そうして、私は『円卓』に入った。それからは、ずっと『コルタナ』の活動を見てきて、さっき言った通りシャグランさんと揉めたの。」

 

「……………………そっ…か。」

 

想像はしていた。

想像はしていたが、想定よりもずっと悲惨極まるバックボーンにフィリアは何も言うことができなかった。

昼間の時も思ったが、10代後半という若さでこれだけの業を背負って、乗り越えて、今も戦っているいるとでと言うのだろうか。

そんなの、あんまり過ぎる。

涙が出そうになるのを必死に堪えて唇を噛み締めるが、今度は逆に痛くて泣いてしまいそうだ。

 

「ミラさん……。」

 

掛ける言葉が見当たらない。

自分から聞いたくせに、自分本位すぎるこの心情が情けなくて仕方ない。

 

「…気にしないで。もう全部吹っ切ったから。今はただ、偉大な師匠たちに追いつくだけだよ。」

 

「流石、期待のホープなんだね。ミラさんは。」

 

「…………それは違うよ。私が出来ることは、バリトンさんやシャグランさんの下位互換。私はあの人たちの代打……以下だよ。」

 

シャグランとミラの実力差については、フィリアはよく分からない。

何せ、見ていないものは判断が付かない。

だが少なくとも、今日目の当たりにした師弟の実力差はかなり隔絶していた。

ミラは全力で攻撃していたが、バリトンは終始いなして、ミラが全開で戦えるように配慮しているように見えた。

彼女の言い分も一理あるとは思う。

 

(…でも。)

 

でもきっと、それだけじゃない。

今日出会ったばかりだが、ミラが2人の完全下位互換だなんて到底思えない。

あの超人たちにだって出来ないことは幾らでもあるはずだ。

ミラにしか出来ないことも同じだ。

 

「じゃあさ!」

 

筋肉痛を押し除けて、フィリアは上半身を跳ね上げる。

暗闇のせいでほとんど見えなかったが、いきなりのアクション過ぎたのかきっとミラも驚いていたのだろう。

ギシリ、と一際大きくスプリングが軋む音が響いた。

 

「───あの人たちを超える最高の騎士になろうよ!ミラさんにしか出来ないことだって山ほどある!!私も、全力で手伝うからさ!ミラさんが胸を張って『自分こそ最高の騎士だ』って言えるように頑張ろ!!」

 

……なんて言ってみたはいいものの、自分に出来ることなんてあるのかと不安になってくる。

それに何より、セリフがいくらなんでも臭すぎる。

フィクションの世界でしか聞かないような言葉過ぎる。

発言から僅か数秒で、フィリアの頬はみるみる赤く染まっていく。

だが、ミラの心には強く響いたのだろうか。

数十秒の間、ミラは沈黙を貫いていた。

 

「………ねえフィリア。」

 

「あ……えっと…何?」

 

ようやく絞り出された声に、フィリアは羞恥心を悟られないように答える。

 

「……私さ、ずっと円卓の敷地内で生きてきたから、同年代の友達なんて誰もいなかったんだ。ハルカさんやケイ卿、ベディヴィア卿は同年代だけど、みんな雲の上の存在って言うか…上司として接してきたから、フィリアみたいに同じ立場の同年代っていなかったんだ。」

 

「うん。」

 

「……それでさ、フィリアさえ良かったらなんだけど……。」

 

顔を真っ赤にしながら、ミラは辿々しく言葉を紡ぐ。

 

「───私と、友達に…なって欲しいん……だけど…どうかな?」

 

一世一代の告白のような言葉に、悶絶しそうになるミラだったが、これに一番喜んでいたのはフィリアだった。

 

「………………!!!!いいの!?」

 

身体の痛みなんてとうに忘れて、ベッドから飛び上がる。

互いにとって、初めての友達。

言葉でしか知らなかったソレを、目に見える形で得られた2人の喜びはきっと当人にしか理解出来ないものだ。

 

「こっちこそ…お願い…。」

 

「うん…!うん…!!」

 

ミラに抱きつきそうになるのを必死に堪えて、フィリアは元の姿勢に戻る。

 

「……。」

 

「……。」

 

ただ、お互い陰の気質を持っていたからだろうか。

或いは、嬉しすぎて感情がバグり、語彙力が死んでいたからだろうか。

何を話していいのかよく分からなくてお互い探り探りになっている内に、あっという間に空気がカセキ化してしまった。

必死に話題を絞り出そうとするミラだったが、

 

「…フィリア?」

 

いつの間にかスースー、と気持ち良さそうな寝息が規則的に聞こえてきた。

スイッチが切れたようにフィリアは眠ってしまっていた。

自由すぎるフィリアに、ミラは苦笑いを浮かべながら毛布を被り直す。

子供みたいに緩みきった呼吸音が、彼女の育った環境を見せつけてくるみたいで、少しだけ妬いてしまう。

 

「…おやすみ、フィリア。また明日。」

 

これ以上起きている意味はないな、と判断したミラは穏やかな表情で瞳を閉じる。

さっきまで思い出した血に塗れた記憶に蓋をするように。

友が出来た喜びを噛み締めるように。

 

────────────────

 

 

 

 

───キャメロッ島が全体が静まり返り、騎士たちが皆が眠りについた頃。

月明かりすらなく、夜闇に覆われた島の中で『コルタナ』の隊室にのみ蝋燭のような電灯の光が灯っていた。

 

「………んで、こんな時間に呼び出してどしたよシャグラン?」

 

「お前にとってこの時間は昼間と同じだろう。」

 

部屋の中には、昼間と同じパーカーにジャージ姿のヴェナと、ベストを脱いでワイシャツ一枚のバリトンの姿。

そして2人の視線の先には、険しい表情を浮かべながら佇むシャグラン。

 

「…………夜分遅くに申し訳ありません……。お二人をここに呼び出したのは他でもありません。」

 

歓待用のホットミルクを2人の前に差し出すと、シャグランはいつになく暗い表情で言葉を紡ぐ。

彼の言葉の意味する所は、これから話す内容が『コルタナ』でも中核メンバーである自分たちのみで共有すべき機密事項ということ。

苦虫を噛み潰したような表情のままシャグランは絞り出すような声色で眼前の2人に告げる。

 

「───フィリアさんの、監視をお願いします。」

 

「!!」

 

「はぁ!?」

 

『意味が分からない』と言わんばかりに思い切り顔を顰めるヴェナに対して、バリトンは静かに息を呑む。

何処か、心当たりがある様子だった。

 

「お……おいおいシャグランお前それイゾっちが聞いたら悲しむぞ〜?あんな可愛い嫁さんいるんだか」

 

「黙っていろヴェナ。

……シャグラン、やはりお前も思ったか?」

 

半笑いで茶化すヴェナの言葉を、バリトンが一刀両断で切り捨てる。

思わぬリアクションに尻込みするヴェナだったが、その表情はどこか曇りを見せていた。

気付きたくないことを眼前に突きつけられたかのように。

普段なら苦笑いを浮かべたり、フォローしてくれるシャグランすら、このやり取りに目もくれず眉間に皺を寄せている。

冗談でも、悪ふざけでもない『監視』と言う言葉に彼女の頬を冷や汗が伝う。

 

「……ええ。『似すぎ』です。バリトンさんがオークションで会敵したという2人の少女兵士に。」

 

それはつまり、

 

「…………内通者か。あり得ない話ではないな。」

 

目的を知っているにせよ知らないにせよ、彼女は『円卓』に潜り込んだスパイである可能性が高いという事だ。

だがこの結論に、ヴェナは思い切り机を弾いて吠える。

 

「オイ待てよ!!!!似てるってだけで証拠は一個もないだろ!!?加入前の身辺調査だって問題なかった!今日話した限り悪意も感じられなかった!なら何で疑うんだよ!!あの子はアタシらの仲間だろ!?」

 

「………それでもですよ。ギベリスとリリー。彼らが有している技術がどれほどか予想できない以上、警戒しすぎるということはないはずです。」

 

あの2人の技術力は、現存する科学の最高峰とも言うべきものだった。

片や、リバイバーの機能を正確に複写し、模倣した自立戦闘が可能なレプリカの軍勢の使役。

片や、本来の性能を一切損なうことなく身体機能を強化されたリバイバーの製造。

どちらも裏社会であっても類を見ないほどのクオリティと、ある種の美しさすら有していた。

そんな怪物たちであれば、クローン技術や、高度な整形技術を保有していたとしても何もおかしくない。

ただ、あれだけ分かりやすい共通点を持った人材枠送り込んできた意図は不明のままだが。

 

「…………アタシは嫌だぞ…。」

 

拳を握りしめながら、ヴェナは肩を静かに震わせる。

 

「分かっています。監視は私とバリトンさん、場合によってはミラさんに頼むつもりです。ヴェナさんはフィリアさんが使うであろうGPSや通信の電波への対策を用意して頂きたい。」

 

当然、シャグランも彼女の優しさを重々承知している。

傭兵としては甘すぎると言われても仕方のない性質だが、そんな彼女にしか任せられない仕事もある。

特に、メカニック関連は戦闘専門の2人にはからっきしな部分だ。

シャグラン自身もこんな指示を出すのは心が痛むが、これは誰かがやらなければならないことだ。

 

「………………ミラには、この事言うのか?」

 

「………ミラも『コルタナ』の中核メンバーの1人だ。監視を任せる以上は後日伝えるべきだろう。」

 

「ええ、この件は私の方から。」

 

ミラは若いとはいえ、優秀な騎士の1人だ。

自分たちと同列に扱うべき存在である以上は彼女にもこのことは共有する必要がある。

今夜呼ばなかったのは、フィリアと同室であるミラを呼び出すことで疑念を持たれることを避けたかったからだ。

この件は、どの道シャグランの方からミラに伝えるつもりでいた。

 

「…………待って、頼むから。」

 

トントン拍子で話を進めるシャグランたちだったが、今にも泣き出しそうな声と共にヴェナがしゃがみ込む。

 

「…………アイツ、やっと友達が出来たんだぞ?戦災孤児で、ずっと箱庭育ちで、戦ってばっかだったミラに………アタシらの妹分に……。

『初めて出来た友達は裏切り者かも知れないから監視しろ』って…言うのか?そんなのあんまりだろ……。」

 

「………。」

 

「っそれは………。」

 

ヴェナの嗚咽混じりの声に、2人は何も返すことが出来なかった。

いつでも他人との壁を作りがちなミラに、やっと対等な立場で笑い合える友人が現れてくれた。

そんなことはシャグランとて分かっていた。

だがこれは、『コルタナ』を、円卓を、愛する仲間たちを守るために必要なこと。

 

(…ですが。)

 

──その守るべき仲間には、ヴェナもいるはずだ。

彼女の心を犠牲にしてまで、これをする価値があるのかという疑念が胸に打ち込まれる。

長としての責務と、彼女の仲間としての自分。

葛藤に板挟みになりながら

 

「アタシがミラの分も仕事するよ。だから、ミラにこの事言うのだけは………やめてくれよ…。」

 

パタパタ、と涙が冷たい床を打つ。

 

 

「……すみません、ヴェナさん。確かにこのことをミラさんに伝えるのはあまりに酷でしたね。結論を焦り過ぎました。」

 

きっとリオネスなら、割り切って指針を決められたのだろう。

だが、シャグランにはそれは出来ない。

ミラとヴェナの信頼を、絆を失う覚悟なんて出来るわけがなかった。

膝を折ってヴェナと視線の高さを合わせると彼女の肩に手を添える。

だがヴェナはそれを弾き返して立ち上がる。

 

「………謝んなよバカ…アタシがバカなだけだよ………馬鹿野郎……。」

 

ヴェナは子どものようにパーカーで瞼を擦りながらトボトボと弱々しい足取りで部屋を出て行ってしまった。

こうなる可能性は考慮していたはずだったが、いざ塩らしい彼女を実際に目の当たりにするとやはり後ろめたいものがある。

 

「シャグラン。感情的にも俺はヴェナの言い分にある程度理解はあるつもりだ。

………だが同時に、お前の意見の方が正しいとも思っている。念には念を入れさせてもらうぞ。」

 

「…はい。」

 

バリトンは力強くそう告げると、ヴェナに続いて部屋を発つ。

合理的で思慮深い彼のことだ。

感情を切り離して、それとなく監視の任を全うしてくれるだろう。

そして何より自分は、彼らに恥じることなく長としての役目を果たさなくてはならない。

 

「思い過ごしであれば………良いのですが…。」

 

先は険しい、そんなことを考えながら深く深く息を吐くのだった。




フィリアちゃんがリバイバーの特訓を嫌がっていた理由と、ミラが初めての友達だった理由は次話で!
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