Rebellion Against Fate   作:zawadinosaur

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お久しぶりです。気付けば最後の更新から早2ヶ月以上。恥ずかしながら更新させていただきます!今回は甘酒さんの『黒の軌跡』を参考に特殊タグを入れてみました!
あとミラ周りの設定を少し変更してます。ご容赦ください!


第四話『リフレイン』

 

 

──7年前

とある紛争地帯の戦争跡地にて。

 

「ひっでぇ有様だな…。」

 

煙が立ち込める中を、それらよりも遥かに濃い硝煙の香りを纏った人影は、そこら中に血が滲んだ大地を踏み締める。

雨上がりの泥のような踏み心地のそれだが、生憎と降ったのは汚い血の雨だ。

家屋は荒らされ、地面は焼け野原になり、そこら中に血と薬莢が飛び散っている。

実に胸糞悪く、気分も悪いが、さらに最悪な光景が眼前には広がっていた。

 

「………ここまでやるかね、普通。」

 

積み上がっているのは、死体、屍体、遺体。

損壊具合はそれぞれで違っていたが、共通して息の根をしっかり止められている。

抗ったであろう軍人から、まだ若い民間兵士、それに何の罪もない一般人まで。

無差別に、分け隔てなく積み上げられたソレを目の当たりにして、先程自分のやったことが正しかったと人影は──リオネスは再確認した。

 

──この日の『コルタナ』の任務は、この地域の紛争の平定。

『王様』は平和的な解決を諦めないようにと言っていたが、リオネスたちが現場に辿り着いた頃にはもう争いはとっくに終わっていた。

何せ、争いが起こってから半日も経っていた。

生きて立っていたのは、血腥い敵兵だけ。

それも、全員が『円卓』の存在を感知するや否や有無も言わさず攻撃を仕掛けて来たような節操なし共ばかりだ。

目障りだったソレらを消して、消して、消して最後にリーダー格らしき男を消した。

残党は蜘蛛の子のように逃げ出して行ったが、今頃仲間たちにひっ捕らえられていることだろう。

一先ずは、誰も幸せにならない形でこの戦場の鎮圧は終了した。

 

「トリスタン卿〜。もう生き残りなんていやしませんよ。」

 

背後から聞こえて来た薄っぺらな声に、リオネスはため息混じりに振り返る。

最悪な気分に拍車をかけるような腑抜けたセリフに、懐のタバコを取り出して火を付け思い切りニコチンを吸い、煙を吐き出す。

 

「ちゃんと全域確認したのか、サーペンティ?」

 

背後に立っていたのは、浅葱色の髪を後ろ結びにした眉目秀麗な青年。

俳優なんかも目指せそうな容姿の姿の内側はペラッペラの軽薄野郎なのが実に惜しい。

()()()()()()()()()()─サーペンティはため息混じりに苦笑いを浮かべる。

 

「まだバリトンの担当してるところからの連絡は来てませんが、期待薄じゃないですかね流石に。」

 

「…………それもそうだな。」

 

もしも生存者がいたのなら、敵兵が殲滅されたことに安堵して避難場所から出て来ておかしくない頃合いだ。

それがないと言う事は、きっと…。

 

「……。」

 

何だかヤニを吸う気分ではなくなってしまい、胸元の携帯灰皿にタバコを押し付け火種を消す。

リオネスは積み上げられた死体の山を前まで足を運び、膝を折って手を合わせ、ただただ祈る。

彼らが天国で、安らかに暮らしていることを。

もう、これ以上苦しまなくて良いことを。

 

「……ごめんな。私達がもう少し早く着いてたら……助けられたかも知れないのに。」

 

あと少し早く着いていれば、何人かは助けられたかも知れない。

あと少し速く知らせが来ていれば、全員救えたかも知れない。

だが、起こったことはもう変わらない。

目の前にある被害者たちは、動かない。

こんなことをしても彼らが生き返る訳でもないし、あの世で彼らがいい顔をするとも思えない。

そんなことは分かっているが、それでも彼女は謝らずにはいられなかった。

 

「………ったく。……とっとと撤収しましょうよ。いつ援軍が来るかも分からない。」

 

「…あぁ。」

 

彼の言葉の通りだ。

ここに長く留まれば、やって来た別の部隊と交戦する羽目になる。

そうなれば、こちらだって無傷では済まないだろう。

流石に『コルタナ』の仲間たちを危険に晒す真似だけはできない。

彼らを埋葬するのは、歯痒いが無理だ。

呆れ混じりのサーペンティの声に首肯すると、リオネスは立ち上がり踵を返す。

だが、

 

「……トリスタン卿?」

 

足が止まる。

サーペンティの呼び掛ける声を他所に、リオネスは背後の死人たちを凝視していた。

微かに感じた違和感。

衣擦れの音に、ないにも等しい息遣い。

それでも今、確かに生きている人間の気配がした。

生存者?

それとも、伏兵?

ともすれば、もう一度命のやり取りをしなければならなくなる。

万が一の可能性を考慮して、ハンドガンを握りしめながら、死人の山に向かって話しかける。

 

「……そこのお前。出て来い。」

 

しかし、返答も反応もない。

思い過ごしかと戦闘態勢を解こうとしたその時だった。

少しだけ、遺体の山が動いた。

 

ぅ…………ぅぁ………

 

空気の掠れのような呻き声と共に死体の山から這い出して来たのは、何の変哲もない少女だった。

髪も衣服も血塗れで、泥だらけで、片眼が既になくなっている。

 

「………は?」

 

その姿を見た瞬間、あまりの動揺に握り締めていたハンドガンがするりと手元を滑り落ちる。

 

「子、供…!?半日近く死体の山の中でやり過ごしてたってのか…っ!?」

 

「いやいやいや………それは流石に……。」

 

予想外すぎる展開に、流石のサーペンティですら冷や汗を浮かべている。

生存者が1人でもいてくれたことは喜ばしいが、そんな感傷に浸っている場合ではない。

光が消えかけている彼女の目を見て、死にかけの呼吸音聞いて、リオネスは吠える。

 

「サーペンティ!!今すぐヴェレーノとヴェナに連絡しろ!絶対にこの子を死なせるな!!」

 

「っ了解!」

 

サーペンティが早急に2人へ無線を繋げたのを見届けると、リオネスは少女の元に駆け寄る。

微かに呼吸はしているが、その命は今にも消えそうな風前の灯だ。

死体の山に埋まっていた半身を引っこ抜くと、リオネスは小枝のように弱り細った少女の身体を抱き留める。

 

「……ずっと独りだったのか?」

 

「…。」

 

少女は、何も答えない。

答える体力すらもう残っていないのだろう。

今は少しでも、彼女を励ます言葉を選ばなければ。

 

「痛かったろう…こんなに傷だらけで…。」

 

「……。」

 

…違う。

言うべきは、こんな同情めいた言葉じゃない。

もっと、心に響くような言葉を。

 

「──怖かったよな、もう大丈夫だ。命に換えても、絶対に助けてやる。」

 

優しく囁くと、リオネスは名も知らぬ少女を抱き締める。

自身の白いシャツに泥が付くのも、コートの裾に血の滲んだ土が付くのも厭わずに。

 

この少女は──ミラはあの温もりも、言葉も、情景も、何もかもを鮮明に覚えている。

自分は、あの瞬間に生まれ変わった。

何の意味もない母国の紛争で消えるはずの人生から、少しでも誰かを、あの日のリオネスのようにカッコよく助けるための人生へ。

そうなるために、今までの生を全て捧げてきた。

今の自分は、『コルタナ』の主要メンバーに数えられるくらいには成長した。

でも、それを一番見せたい母はもういない。

どうして、どうして、どうして。

 

「…おかあさん……。」

 

右目から涙を流しながら、ミラは目覚める。

久しぶりに見た、自身のオリジンを思い出させる血塗られた過去。

きっと、昨日寝る前にフィリアに昔話をしたせいだ。

大切な記憶だが、寝起きに見たい類の代物でもない。

それでも意識が覚醒した以上は動き出さなければ。

だが、

 

「………?」

 

「zzz……。」

 

目の前で寝息を立てている誰かの顔に、起き上がろうとしたミラの動きと思考が完全にストップする。

視界に映されているのは水色の髪と、特徴的な泣き黒子。

寝惚けた意識では一瞬誰か分からなかったが、身体は反射的に動いた。

 

「〜〜〜っっ!!??」

 

「げぶぅあぁあ!!??」

 

目の前で寝ていた誰かを、脊髄反射で思い切り蹴り飛ばす。

派手なやられボイスと物音を立てて眼前の誰か──フィリアはベッドから転がり落ちるが、ミラはそれどころではない。

服に乱れがないか、いかがわしい記憶がないかを顔を真っ赤にしながら探って探って探りまくる。

だがミラにはそんな覚えはないし、昨日の記憶が正しければフィリアが寝たのでそれに続いてミラも寝たのだ。

 

「あった〜…。」

 

突き落とされたフィリアは落ちた時に打ったであろう二の腕をさすりながら眠そうに大欠伸をしている。

寝惚け眼とダルダルにダレた寝巻きの彼女は何が起こったのか分かっていなかったようだが、ミラの様子で大体何が起きたのかを察したようだ。

 

「ってあれ、もしかして私ミラさんのベットで寝てた?」

 

「……みたいだね…。」

 

どこまでも呑気な彼女の様子を見たミラの心持ちは、きっと言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、キャメロッ島の食堂。

多くの騎士が思い思いの朝食を食べる中、ミラとフィリアも隣り合って朝の栄養補給をしていた。

だが、

 

「…………。」

 

「うぅ……。」

 

2人の間に会話は殆どなく、倦怠期の夫婦のような別れる寸前のカップルのような重い重い空気が漂っていた。

周りの騎士たちすらちょっと引いてしまうくらいにはミラの周囲には怒気が漏れ出ており、当然のことながら周りの席はガラッガラに空いている。

そんな黙々と焼き魚定食を食べているミラの隣に座るフィリアは、肩をすぼめながらはちみつを塗ったトーストに齧り付いていた。

 

「ミラさん……許してよぉ…謝るからさ…。」

 

「……………………。」

 

「ごめんよぉ…。」

 

派手に蹴り飛ばされた後から、ミラは一言も口を利いてくれない。

朝の身だしなみチェック中も、食堂にくる道中も。

お地蔵さんみたいな静けさではあったが、ピリピリと肌を刺すような怒気だけは鈍感なフィリアでも感じ取れた。

自分の寝相が壊滅的に悪いのは生まれつきだったが、まさかこんなところで弊害が出るとは思ってみもなかった。

友達になった矢先に大喧嘩なんて、洒落になっていない。

ただ友人経験皆無のフィリアでは、気の利いたセリフなんて言えそうもないしボキャブラリーもない。

……………詰み、ですね。

 

(誰か、助けて………。。)

 

「──やあ2人とも。相席、いいかな?」

 

真正面から聞こえた声に顔を上げると、そこにいたのは、

 

「…ディナダン卿。ええ、どうぞ。」

 

「ディナダン卿ぉぉ……!!」

 

香ばしい香りを立たせたクロワッサンを乗せたプレートを持ったカレンの姿があった。

天に祈りが届いたのだろうか。

口元を綻ばせ、飄々とした彼女の姿はフィリアには救いの神に見えた。

 

「……おや、どうやらあまり良くない空気のようだね。良ければ話を聞かせてくれないか?」

 

地獄のような空気を避けることもなく、嫌がることもなく、カレンは当然のように2人の対面に腰掛ける。

 

「いえ……ディナダン卿の貴重なお時間をいただくのは」

 

「是非お話させて下さい!!!」

 

「………いやでも。」

 

断ろうとしたミラの声を上から叩き潰してフィリアだったが、ミラはなおも食い下がる。

両者のやり取りを見たカレンは更に口元を緩めると演劇役者のような動きで頬杖を付く。

 

「……今の私は食堂に腹を満たしに来たただのカレン・ヴィーダさ。そう畏まらず、気軽に接してくれたまえよ。」

 

2人を安心させるために言われた言葉を受けて、ようやくミラも折れてくれたようだ。

かくかくしかじか。

ミラが怒っている経緯をフィリアは言葉を選びに選んで説明した。

無論、その間もミラは口を一文字に結んだままだったが。

 

 

 

 

 

 

「〜〜っくくく…!!本当に面白い君たちは……!」

 

事情を説明し終えると、カレンは口元を抑えて必死に笑いを堪えていた。

いやこちらは全く笑い事ではないのだが。

隣に座るミラの機嫌はまるで治っていないし、何なら頬を膨らませているし。

助け舟を出す相手を間違えただろうか、なんてしょんぼりしていると、カレンが目の色を変える。

 

「だが、せっかく咲いた友情の花を摘み取るのはあまりに惜しいよ。」

 

紅茶の入ったティーカップを傾けながら、呑み込まれそうになる深い瞳でフィリアを射抜く。

 

「せっかくの機会だ。2人の乾いた土壌に水を遣る役割を、わたくしめに任せてもらえないかい?」

 

白馬に乗った王子様に見えるほど凛としたその立ち振る舞いに、言葉に、思わずフィリアは頬を赤く染める。

同性だとは分かっているが、それでもその全てに心惹かれてしまう。

彼女の授かるCNのディナダンに相応しい、何なら優に超えているほどのらしい言動にフィリアのオタク根性が爆発する。

だが、赤べこのように首を縦に振るフィリアを横目に、ミラは小さく一つため息をする。

 

「………何でもいいんだけどさ、フィリア。今日はシャグランさんと射撃の訓練でしょ?行かなくていいの?」

 

「…へ?」

 

カッコいい円卓の騎士を直に見られてが舞い上がっていたところに、物凄い勢いで冷や水を叩きつけられた。

カレンに向けて狭窄していた視線を時計に移すと、時刻は既に9時を回っている。

昨日渡された予定表ではシャグランとの訓練を9時15分を予定していた。

これから色々と準備もある。

今すぐ行かなければ到底間に合わないだろう。

 

「あ"ぁ"そうだった!!」

 

うら若き乙女にあるまじき野太い声を上げると、椅子の足が曲がりそうな勢いで立ち上がり、フィリアはすっからかんになったプレートを持ち上げ返却口に全力で走る。

 

「ごめんなさいディナダン卿!!その話はまた今度お願いします!!」

 

「いいのさ、君の道行に幸あらんことを。」

 

直属ではないとはいえ上官に無礼なことをしている自覚はあるが、初日から訓練をサボるわけにはいかない。

口だけではなく心の中でも全力で謝罪しているのを分かってくれたのか、カレンは気にする様子もなくヒラヒラと手を振っている。

そんなこんなで、3人の会席はあっという間に幕を降ろしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

フィリアが退席した後、テーブルにはミラとカレンの2人だけが残されていた。

特に会話もない中、カレンはパリ、と良い音を奏でながらクロワッサンを頬張っていたが、対面に座るミラは半分以上食事を残したまま思考に耽っていた。

 

「…ふふ。」

 

「……何ですか?」

 

舐め回すように生温かいカレンの視線に、ミラは嫌そうに眉を顰める。

彼女のことは信頼しているし、尊敬もしている。

それに、先のオークションでの任務では命を救われた恩もある。

だがそれはそれとして、今だけはあまり口を挟まないでほしいとも思っていた。

そんなミラの心中を察してか、カレンは簡潔に要点だけを呟いた。

 

「……不器用だなぁ、と思ってね。」

 

その言葉に、ミラは少し目を見開いて言葉に詰まる。

理由はシンプル。

あまりにも図星過ぎたことと、カレンにあっさり見抜かれたことだ。

隠しているつもりだったというのに流石は観察眼に優れたディナダンの名を襲名しているだけあるが、ミラ本人としてはあまり今の心理状態に触れられたい気分ではなかった。

逃げるように食べ残しを乗せたプレートを持ったまま席を立つ。

 

「……余計なお世話です。

………………………謝るくらい、自分で出来ますから。」

 

新体験ばかりなのはフィリアだけではない。

ミラもまた、初めての友人との付き合い方に難儀しているのであった。

 

 

 

 

 

─────────────────

 

歯磨きをして、軽く化粧直しをして、フィリアは射撃場への道をまっすぐに突っ走る。

フェンスの張り巡らされた区画は遠目からも分かりやすくて、方向音痴のフィリアでも辿り着くことができた。

……まあ、部屋を出てすぐに会った白髪のお嬢様らしき人に場所を聞かなければきっと逆方向に行ってしまっていただろうが。

時刻は9時20分。

5分遅れになってしまい、

 

「すみません遅れました!!」

 

テニスコートのような金網製の扉を潜った先のいかにもな射撃場には当然と言うべきか、既にシャグランの姿があった。

その手元には大きな木箱や、物々しいハンドガンが置かれている。

 

「構いませんよ、私もちょうど準備が終わったところです。」

 

にこやかに応じるシャグランは数瞬前まで握っていた彼の穏やかなイメージとは真っ向に反するハンドガンを木箱の上に置くと、コホンと一つ咳払いをしてフィリアに向き直る。

 

「では先に結論だけ。今日のフィリアさんの目標は、あの的に弾を命中させることです。」

 

シャグランの視線の数メートル先にあるのは等身大の人間が描かれた的が鎮座している。

一般的な射撃場の的までの距離は最低でも10メートルと言われている。

遠いものだと25メートル、50メートルのものもあるらしい。

それらよりも断然近い位置に配置された的への狙撃を命中させることが今日のノルマ。

一見、簡単そうに見えるクリア条件。

だがこのパターンは……昨日と同じで嫌な予感がする。

古傷のようにズキンと二の腕が痛むが、それはただの筋肉痛だ。

そもそもフィリアは武器を持った経験なんてないし、お祭りの屋台ですら射的を命中させたことがない。

そんな中いきなり実弾で的を撃ち抜けなんて無理ゲーもいいところである。

 

「使用していただくのはこのハンドガンです。弾は我々が任務で使用する麻酔弾ですね。ライフルもありますがこれはもう少し慣れてからということで。」

 

殺しはしない、という前評判通りどうやらこの部隊では銃で実弾は使わないらしい。

フィリアはシャグランから手渡された拳銃を受け取る。

初めて持つ拳銃は見た目よりも硬くて重くて、まるでこれから傷付けることになる命の重みのようだった。

その物々しい感覚に、フィリアはごくりと唾を飲み込む。

 

「まずは正しい握り方と撃ち方をレクチャーします。」

 

拳銃の握り方なんてただ両手で握って撃てばいいとだけ思っていたが、どうやらそんなことはないらしい。

シャグランは懇切丁寧に、無知of無知なフィリアにも分かりやすいように。

正しい姿勢と握り方、まるで体育の授業のような雰囲気だったが今教えてられているのが凶器の取り扱いだというのだから恐ろしい。

 

「では一度、見本を見せますね。」

 

ある程度基礎を教え終わると、シャグランは銃口を的に向けて構えてふぅ、と軽く息を吐く。

そして、2度の破裂音と共に弾丸が遥か彼方の的に穴を穿つ。

流れるように流麗な動作と、その結果はまるで一枚の絵画のように美しかった。

どれ程の回数これを繰り返せばこの域に達するのか。

人外揃いなCN持ちに相応しい風格に感心しながらフィリアは的に視線を向ける。

だが、

 

「ッ…!?」

 

その『結果』が、異常なものだとすぐに気付いた。

フィリアの目に狂いがなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()

 

(今……2回撃った…よね?)

 

2度発砲したというのに、空けられたのは1つの穴だけ。

外した、などという初歩的なミスをCNを授かった彼が冒すなどあり得ない。

つまりこれが意味することは、

 

(……全く同じ場所に寸分の狂いもなく……2発弾を撃ち込んだの…?)

 

…あり得ない。

どんなに奇跡が起きようとも数ミリ程度のズレは起きるものだとフィリアでも分かる。

だが目の前の結果はその常識に真っ向から反していた。

何度見返しても脳がバグりそうになるが、たった一つしか穴の空いていないターゲットが聳え立つ壁のように大きく見えた。

 

「…と、このように正しい姿勢と撃ち方さえ守っていれば、このくらいの芸当は誰でも出来ます。」

 

出来てたまるか。

いやマジで。

シャグランは穏やかに笑みを浮かべながらそんなことを言っているが、冗談じゃない。

弓の名手であるトリスタンのCNを拝命している以上、かなりの射撃技術を持っていることくらいは予想出来たが、流石にここまでくると気持ち悪いレベルだ。

だって隣の射撃スペースで訓練している人がドン引きして3度見くらいしている。

でもこんな傑物が直接指導してくれるのだ。

このチャンスをふいにする訳にはいかない。

こうしてフィリアの射撃訓練が始まった。

 

 

 

 

 

「……えいや!」

 

気合い十分な掛け声と共に思い切り引き金を引くが、力み過ぎた撃ち方では的には擦りもしない。

遠く遠くのフェンスが甲高い音と火花を上げている。

 

「残念。もう少し下を狙ってみましょう。」

 

もう少し、と言われても具体的にどれくらい下なのだろうか。

数ミリ単位の世界なら、パンピーのフィリアには厳しいものがある。

取り敢えず、気持ち下に構えて発報してみるが当然飛んで行った弾丸はさっきと同じようにフェンスと高音を奏でている。

 

「もう少し構えを下に。」

 

「こ…こうですか?」

 

構えが崩れないようにプルプルと震えながら、気持ちもう少し下に銃口を構え直す。

さっきと何が違うのかよく分からないが、達人の世界はミリ単位で修正する世界と聞く。

もしかしたらこれがドンピシャなのかも知れないと期待しつつシャグランの方をチラリと見るが、あまり芳しい表情はしていない。

><←こんな顔になりながら照準を右往左往していたその時だった。

 

「──失礼。」

 

シャグランが短く呟いたと同時に、右半身に微かに重みが加わると同時に仄かに清涼感のある香りがフィリアの脳にダイレクトに叩き込まれた。

 

「…!!?」

 

何事かと辺りを見回すまでもない。

視界の端に、否、間近に、シャグランの横顔があった。

いきなりイケメンの横顔が真横にあったフィリアの気持ちは言うまでもないだろう。

しかも、フィリアの銃を握りしめる手に優しく手を重ねて照準を調整しているときた。

緊張とドキドキで手が震えるほど彼の手に込められる力も強くなっていくせいで、いつまでも集中出来ない。

 

「この位置です。背筋を伸ばして、力を抜いて。」

 

「は……はひ…っ。」

 

「息を整えて。」

 

こんな状況で整えられるわけも、力を抜けるわけもない、とは思いつつも潜水でもするように思い切り息を吸って、そのままそれを吐き出す。

繰り返すこと、4度。

少しずつ、少しずつ呼吸と鼓動は収まっていった。

段々と手の震えも治まっていく。

視界は狭窄したままだったが、お陰で標的以外は眼中に入らない。

 

「──。」

 

「今。」

 

極限まで高まった集中力に、彼の声が水面に落とされた波のように広がる。

シャグランに促されるまま、フィリアは引き金を引いた。

腕の骨が肩から飛び出そうな衝撃を気合いで踏ん張って、あまりに大きな破裂音に思わず目を瞑る。

タン、と短く音が響くと同時に、フィリアは薄く瞳を開ける。

 

「…え?」

 

視界の先の方には、左肩の端の部分に穴が空いた人型の的の姿があった。

それが意味することはつまり……

 

「当たっ……………た?」

 

「お見事です。」

 

「当たった!当たった!当たりましたよトリスタン卿!!」

 

「ええ、おめでとうございます。」

 

握られていたシャグランの手を握り返しながらピョンピョンとフィリアはその場で飛び跳ねる。

お祭りの射的ですら当てられたことなんてほぼないのに、いきなり実弾で的に命中させたのだ。

その喜びの程度は言うまでもないだろう。

今ならなんでも出来そうな気がするほどに。

そのままゾーンに入ったフィリアに敵はない。

 

 

 

 

 

 

──数分後。

 

「やった!また当たりましたよ!」

 

数十回射撃を繰り返した人型の的は、すでに10を優に超える弾痕が刻まれていた。

初めの方は肩や爪先に当たっていた弾丸も、慣れた頃には腹や胸の辺りにも弾が当たるようになっていた。

ゾーンに入ったからだろうか、自分でもこの意外な才能に惚れ惚れしてしまう。

何しろこの成長速度は、シャグランですら目を見張るものがあった。

 

「フィリアさんは銃器の扱いに長けていますね。

───どこかで、習ったことが?」

 

「……?いえ今日初めて触りましたけど…。」

 

どこか含みを持った質問だったが、フィリアにその意図など分かるはずも無い。

首を傾げながら返されたその答えにシャグランは何も答えずに弾痕へと目を向けている。

何だかよく分からないが、少なくとも自分の射撃技術が評価されていることは確かだ。

そこだけは素直に喜んでおくことにしよう。

シャグランが何を聞きたかったのかはよく分からないままだったが、一先ずは自分から発掘されたこの才能に酔い痴れることにした。

言われた通りに構えて、引き金に指先をかけ、力を抜いたまま思い切り的を撃ち抜く。

今度は脳天に弾丸が命中し、褒めてもらおうとシャグランの方向を振り返ったその時だった。

 

「──シャグラン様〜!!」

 

意識の外から聞こえて来た黄色い声援に、フィリアは反射的に振り返る。

例えるならそう、推しのアイドルへの応援や好きな子への声援が最も近いだろう声色。

踵を返した視線の先には、腰まで伸びたブロンドを棚引かせた麗人が少女のように手を振っていた。

何者なのかを隣に立つシャグランに聴こうとしたその時、問い掛けよりも先に彼の口から唐突に答えは与えられた。

 

「イゾルデ!」

 

御伽噺の登場人物と同じ名の彼女の元にシャグランは駆けていく。

 

「今日はどうされたのですか?」

 

「うふふ、今日はカレンさんとお茶会なんです!つい奮発していいお茶菓子を持って来てしまいました!」

 

「それは何よりです。ディナダン卿もお喜びでしょう。」

 

『イゾルデ』?

シャグランはさっき確かにイゾルデと口にした。

彼のCNに準えて考えるなら、2人の関係は夫婦…或いは恋人だろうか。

そういえば、昨晩のミラとの会話でシャグランには妻がいるということは聞いていたことを思い出す。

だが問題はそこではなかった。

円卓オタクのフィリアにとって重要なのはそこではない。

夫婦の仲睦まじい会話に、フィリアは恐る恐る割って入る。

 

「あの……すいません。イゾルデさんって…本名なんですか…?」

 

円卓の騎士のトリスタンといえば、切っても切れない存在が2人いるイゾルデの存在だ。

金の髪のイゾルデと、白い手のイゾルデ。

目の前にいるイゾルデを名乗る彼女は陽の光を受けて爛々と煌めくブロンドに、細い手先には真っ白な手袋をしている。

早い話が、2人のイゾルデの特徴を兼ね備えている上に、彼女がシャグランの妻であると言う事実があまりにもミラクルすぎるのだ。

もしかすると、トリスタンを襲名する者の妻に受け継がれるコードネーム的なものなのかも知れない。

 

「…?はい…そうですけど…。」

 

何を当たり前のことを、と言わんばかりの顔で首を傾げるイゾルデだったがフィリアの全身には雷で打たれたような衝撃が走っていた。

 

「〜〜〜〜ッッッッ♡♡!!!」

 

──何という奇跡。

何という運命の悪戯。

ガチの他人事ではあるのだがフィリアは天に向かってガッツポーズをして、スライディングしながらコロンビアポーズを敢行してしまった。

ありがとう、ありがとう。

こんな何億分の一の確率で2人を巡り合わせてくれて。

強火円卓オタクにとっては、これ以上ない至福だ。

 

「素敵な方ですね。」

 

「ええ、全くです。」

 

シャグランとイゾルデは顔を合わせて笑い合っている。

ただそれだけの仕草でも、2人が仲睦まじい鴛鴦夫婦だということが伝わってきてなんだか妬けてしまう。

自分にもこんなに大切に想い合える誰かがいれば良かったのに。

彼らの姿があんまりにも眩しくて、目を逸らしてしまう。

 

「…あ。」

 

そういえば、まだ自己紹介をしていなかった。

上司の配偶者に無礼な真似はできない。

コホン、と小さく咳払いをして声調を整えながらイゾルデの前に立つ。

 

「初めまして!!昨日から配属されましたフィリア・スノーフレークと申します!」

 

フィリアの名乗りに、イゾルデは微笑みながらスカートの端を指で摘むと風のような軽やかさで腰を引いた。

 

「初めまして、私はイゾルデ。シャグラン様の妻です。よろしくお願いしますねフィリアさん。」

 

口元に笑顔を浮かべたイゾルデの表情は少女のような幼い柔らかさを残しつつも、同時に凛とした美しさがあった。

現実味がないほどに綺麗な彼女の顔立ちは

 

「フィリアさんみたいな方がシャグラン様の隣にいてくれれば安心です。どうかよろしくお願します。」

 

そんなことはマジでない。

フィリアなんて、いない方がマシまである。

きっとお世辞なのだとは分かっているが、イゾルデの顔つきや視線はそれをまるで感じさせなかった。

 

「いえそんなことないですよ!私なんて皆さんにおんぶにだっこで…」

 

「それでもしっかり的に当ててたじゃないですか!初めて当てた時拍手してしまいそうになりましたよ!」

 

「えへへ……そうですかね…。ありがとうございます!」

 

そんなところから見ていたのか。

でも自分の頑張りを褒めてもらえるのは嬉しい限りだ。

デレッデレになりながら頭に手を当てるフィリアに微笑を向けると、イゾルデはシャグランに向き直る。

 

「では、私はここで。」

 

「ええ、ディナダン卿によろしくお伝え下さい。」

 

「はい!」

 

少女のようにルンルンの足取りで去っていくイゾルデを、シャグランは慈愛の笑みを浮かべて見送るのだった。

 

 

 

 

イゾルデが去った後、何事もなかったかのようにフィリアの射撃訓練は続行されていた。

シャグランが見守る中、フィリアはひたすらに引き金を引いて麻酔弾を撃ち続けている。

 

「………ん?」 

 

だが、ふとした拍子に何かが引っかかった。

喉に刺さった小骨のような、指先に刺さった小さな棘のような、

ほんの僅かな、小さな違和感。

一度は気のせいかと思ったが、それでもテスト開始直前の瞬間のように、何かを見落としている気がしてならない。

その謎を探るために思考というアマゾンの奥地に向かった。

真っ先に思い当たったのは、イゾルデの何気ない一言。

『初めて命中させた時拍手してしまいそうになりましたよ!』

にこやかに放たれたあの言葉。

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初めて弾をヒットさせた時のことを思い返す。

あの時は確かシャグランに至近距離で補助してもらった挙句、当てた後に手を握っていてぴょんぴょん飛び跳ねていた。

こんなことを奥方が見ている中でやっていたのだ。

 

「……………………ヒェ」

 

やらかした、と確信すると同時に喉からカラッカラに渇いた声が漏れ、見る見るうちに顔から血の気が引いていく。

 

「さて、もう少し練習を…」

 

何も知らないシャグランは暢気にそんなことを言っているが、フィリアの息はマラソンの後かの如く上がっている。

 

「すみませんちょっと外します!!」

 

「え…あ…はい…?」

 

上司の返事を待たずして、フィリアは去っていったイゾルデの跡を全力で追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

イゾルデは確かお茶会と言っていたはず。

であれば、流石に室内に向かったはずだ。

屋内を疾走するのは危険だしマナー違反なのは分かっているが、今はそれどころではない!

 

「…っいた!!」

 

予想的中。

真っ先に入った建物の中には、ブロンドを微かに揺らした後ろ姿があった。

 

「あの!イゾルデさんっ!!!!」

 

「はい?………ああフィリアさん!どうされましたか?」

 

やかましい呼び止めに対して、怪訝そうにイゾルデは振り返る。

だが、相手がフィリアあることに気づくとすぐに一気に表情に花を咲かせ、まるで友達にばったり会ったみたいにこちらもの距離を一気に詰める。

 

「はい……えっと…その……。」

 

そういえば、追い掛けることを優先するあまり何をどう伝えるべきかまるで決めていなかった。

酸素不足で上手く内容が纏められないが、ひたすら頭の中の語彙力を総動員する。

遠回しにならないように、ストレートに言いたいことだけをまとめなければ…。

 

「…あの……すみませんでした!!」

 

フィリアは深々と、地面にめり込みそうな勢いでイゾルデに頭を下げる。

言い訳はたくさんあるが、そんなものを言うのは不誠実に過ぎる。

だから、何は兎も角謝罪の念だけをひたすらに込める。

 

「……???」

 

だが当のイゾルデは首を傾げながら特大の?マークを浮かべている。

これは、アレだろうか。

学校の先生にありがちな「お前の口から言ってみろ」的なノリだろうか。

恐る恐るフィリアは何について謝っているかを説明する。

 

「いえその…さっき……旦那様と…距離が近くて……。」

 

そこまで言われてようやく気付いたのだろうか、イゾルデはぽん、と手を叩く。

 

「ああ、そのことでしたか。別に気にしてなんかいませんよ。シャグラン様が皆さんに好かれるのは私も嬉しいことですから。」

 

「でも……。」

 

イゾルデは笑顔でそう言うが、それでもフィリアが彼女の立場なら少なくとも良い気分はしない。

彼氏なんて一度も出来たことのない人生だが、そのくらいは流石にわかる。

 

「ふふ。」

 

イゾルデは口元を隠して上品に笑うと、音もしないほど軽やかな足取りでフィリアの耳元で囁いた。

 

「──シャグラン様の心の一番目は私です。それだけは、誰にも負けませんから。」

 

夫への愛と、自信と、信頼。

短いながらもそれ以上のことまで感じさせる声色。

不敵に微笑むイゾルデは、先の言葉を発したのと同一人物とはとても思えなかった。

フィリアから離れると、イゾルデは可愛らしく手を振って去っていく。

開いた口が塞がらず、唖然としたままのフィリアはあまりの刺激に力無くその場にへたり込んだ。

 

「………カッコいい。」

 

同性ながら、フィリアはイゾルデの後ろ姿に憧憬のようなモノを抱きながら彼女を見送るのであった。

 

 

 

────────────────

 

午後。

シャグランとの射撃訓練が終わり、フィリアは食堂で昼食を摂っていた。

今日の献立はポルチーニ茸のパスタ。

味は美味しいが、選んだ基準は名前がオシャレだからだ。

キノコの風味とパスタが合わさって、疲れた胃腸には丁度いい美味しさだったのだろう。

 

「………………。」

 

だが、フィリアは食指は全く進まない。

フォークはその素材の通り鉛のように重くて、口に運ぶ食事もまるで味なかった。

まるで無味無臭の小麦を口の中で捏ねているような感触で、半分以上残してしまった。

その理由は明白。

 

「………嫌だなぁ…。」

 

この後に予定しているミラとのリバイバーを用いての戦闘訓練。

この予定が嫌で嫌で仕方なかった。

別に今が喧嘩中だからとは言え、ミラが嫌いなわけではない。

でも『リバイバーを用いて』というフレーズが、フィリアの心に影を落とし続けていた。

それは、彼女の胸を蝕み続ける呪いのようなもの。

リバイバーをアマルガーしか持っていないのもそれ以外のリバイバーを持つことが、それら操ってみせていることが、嫌だったからに他ならない。

 

「…………っ」

 

身体は熱を持ったままなのに、指先は氷を押し付けられたかのように震えている。

何自分を落ち着かせようと深呼吸しても、呼吸音が震えるだけだ。

ミラとの待ち合わせまで、あと40分程度。

迫る試験時間のように、胸が空洞になってしまったかのようの緊張感を抱えたままフィリアは迫る刻限を待っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お待たせミラさん。」

 

予定していた時刻の5分前。

フィリアは指定されていた訓練所に足を踏み入れる。

 

「別に待ってないよ。早速だけど始めよう。」

 

対面のミラは特に表情を変えるわけでもなく、声色を変えるでもなく毅然とフィリアを待ち構えていた。

体育館のような広さの訓練所の空気は冷え切っていて、フィリアの震えをさらに助長する。

そんなこちらの心持ちをミラが知るはずがない。

 

「じゃあまず、普通にリバイバー同士でカセキバトルをしようか。やり方は流石に知ってるよね?」

 

「……うん。」

 

力無く応えるフィリアの様子に、ミラは首を傾げているがそんなことで訓練はストップしない。

 

「─おいで、テフラー。」

 

腰に提げたメダルケースから薄黄色のメダルを取り出すと、優雅に頭上に投げる。

一閃の光と共に現れたのは、極彩色の翅を主張する翼竜……のようにも見える屈強な獣脚類。

エアロンのスーパーエボルバー、テフラー。

呼び出されて直ぐにテフラーは主人であるミラへ鼻先を寄せ、ミラもそれに応えるように優しく相棒を撫でて愛でる。

 

「さぁ、フィリアもアマルガーを出して。」

 

ミラに促されるままフィリアもメダルを取り出して構える。

彼女の相棒はアマルガー、名前はグランデ。

幼い頃、友達がいなかったフィリアを案じて母が与えてくれた兄弟同然の存在だ。

何度も何度もカセキバトルを共に潜り抜けてきた歴戦のリバイバーでもある。

関係値で言えば、もはや自分の分身といっても差し支えないほどの大きな存在。

こちらの信頼関係もミラたちにだって負けていない。

むしろ、自分たちの早く仲睦まじい姿を見せつけてやりたいくらいだ。

 

「は…ぁ……はぁ…はぁ…!」

 

でも、震えが止まらない。

動悸は一呼吸ごとにその大きさを増していく。

理由は明白だ。

自分がカセキバトルをしている様子を、何より、『リバイバーと触れ合っている場面を見られる』のが、怖くて仕方がない。

 

「う……うぅ…!!」

 

甦る、甦る、甦る。

──好奇の眼差し、嘲る言葉、離れて行く背中、独りぼっちの家の中、冷たい空気。

 

「うぐ…っ…!?」

 

口の中に、胃酸の香りが急速に広がる。

突然込み上げてきた吐き気を無理矢理掌で抑えてフィリアは自動ドアを潜って逃げ出した。

 

「っごめんミラさん!」

 

「フィリア!?」

 

背中に自分を呼ぶ声がのし掛かるが、フィリアはミラを残して訓練所から飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……はっ…!」

 

フィリアが逃げて来たのは、中庭の一角。

傾いて来た太陽のおかげで薄暗く、尚且つ角だったおかげで暫く誰にも見つかりそうもない。

 

「何、やってんだろ‥私‥。」

 

こんな場面があるなんて分かっていたはずだ。

それでも、本心からここに来たかった。

だというのに、いつまでも逃げて、逃げて。

自分の情けなさに目頭が熱くなってくる。

体育座りをしながら、袖で浮かんできた涙をゴシゴシと拭うと、布に擦れたせいで目が少し痛い。

赤くなった瞳で空を眺めると、遙か上空を鳥が舞い、雲が揺蕩っている。

どっちも、フィリアの悩みも苦悩も知らずにのうのうと。

ほんの少し羨ましく思える。

あんなに何も考えずにぷかぷかと浮いていられればどんなに楽だっただろう。

だが、

 

「!!?」

 

そんな弛んだ思考にノイズのようにガサッという音が走り茂みが揺れる。

心臓が口から飛び出るほど驚きながら振り向くとそこには、

 

「ハム…スター?」

 

小さな小さな、ハムスターがこちらを見ていた。

 

「こ、こんにちは……。」

 

突然の珍客に、フィリアは思わず頭を下げる。

ハムスターを相手に何をしているのだろうか。

だが、目の前の小動物からは只者ではない風格が醸し出されており、反射的に挨拶をしてしまった。

お辞儀から数秒、フィリアは彼(?)と目を合わせる。

 

「…そっか、お世話してくれてる王様から逃げて来たんだ。」

 

この数瞬で、この子のことは大体理解出来た。

…名前は、雲丹原重千代。

和風かつ渋過ぎて耳を疑ったが、どうやら本当らしい。

そして、現在お世話をしてくれているのは『円卓』の主であるアーサー王。

大好きなおやつを最近貰えていないのが不満で脱走して来てようだ。

 

「ダメだよ〜?そんな偉い人から逃げて来ちゃ。良い子にしてないと。それに甘いもの食べ過ぎると太っちゃう!」

 

ふにゃりと表情を崩しながら、フィリアは人差し指の腹でハムスターの頭を軽く撫でる。

モフモフの毛皮は摘めば解けてしまいそうなくらい柔らかくて、温かかった。

だがお気に召さなかったようで、ぷい、とものすごい勢いで中庭を疾走して行ってしまった。

 

「あ…。」

 

どうやら王のペットらしく気位も高いようだ。

口惜しいが、また今度何処かで会えたら嬉しいな。

いや脱走するのはダメなんだけども。

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい時間が経っただろうか。

日はすっかり翳り始めて、気温も肌寒いくらいになって来た。

そろそろ訓練所に戻って、ミラに謝らなければならない。

 

(………でも、合わせる顔が…。)

 

せっかく準備してくれていたはずなのに、それを裏切って逃げ出して。

…それでも、このまま謝ることもなく何もせずに逃げ続けるよりも、ちゃんと謝ったほうが幾分マシだ。

どの面を下げて、とは自分でも思いながらもフィリアは立ち上がるために膝に手を置く。

だが、その時だった。

 

「…………大、丈夫…?フィリア…。」

 

薄暗い夕闇に映し出されたのは、肩で息をするミラの姿だった。

 

「あ……ミラ………さん……。」

 

心の準備も出来ていないままミラと対面したフィリアは、何も言えなかった。

口を結んで、何を言うべきか必死に考えて逡巡させるが名案なんて浮かんでくるわけがない。

黙ったままのフィリアの隣に、ミラは何も言わずに腰掛ける。

 

「……ねえ、フィリア。」

 

「はい…………えっと……何…かな?」

 

「さっきのこと。」

 

その言葉に、フィリアは怒られるのではと身構える。

ミラからすれば、いきなり鍛える相手が裸足で逃げ出したのだ。

ブチギレるのも当たり前だ。

 

「…………。」

 

「…あのことは謝らなくてもいいから、教えて。フィリアのこと。」

 

「へ?」

 

予想していたものとは違うミラの提案に、つい間抜けな声が漏れる。

 

「……さっきの様子からして多分フィリアにも、何か事情があるのは分かってる。それでも友達としてフィリアのことをもっと知りたい。だから、話してくれると……嬉しい。」

 

真っ直ぐこちらを見つめるその隻眼に嘘はない。

本心からフィリアのことを知りたいと、彼女はそう言っている。

どこまでも誠実で、美しいくらいに実直だ。

そんなミラに少しでも報いるためにも、フィリアは重々しく口を開く。

 

「…………………聞いても、笑わない?」

 

「うん。」

 

「私の秘密を知っても、友達でいてくれる?」

 

「勿論。」

 

迷いすらなくミラは言い切るが、フィリアはどこか冷めた目で視線をミラから外す。

だって、この答えを何度も何度も聞いた。

そして、その度に裏切られてきたことを思い出す。

だから、本音を言えばミラにもあまり期待していなかった。

きっと、今までの友達を騙った好奇の目と同じだと。

そんな疑念を押し殺したまま、ぽつりぽつりと小さな声でフィリアは息を吐くようにこぼした。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

ミラは目を見開いて呆けた声を出して、口を噤む。

…思った通りのリアクションだ。

多分、この後に話す内容を聞かせればいつもみたいに気味の悪いものを見るような目でフィリアを見るはずだ。

そうに、決まっている。

 

「聞こえるって言っても…詳しく何を言ってるのかとかは分からないんだけど…大まかなニュアンスは伝わってくるんだ。

…入隊する時の宝探しも、屋敷にいたネズミの声を聞いてクリアしたし。」

 

膝を抱える手のひらに、冷えた汗が滲んでくる。

胸が苦しい。

自分から話すと決めたはずなのに、身勝手な自分の心が憎い。

 

「子供の頃からずっとそんな調子でさ…。当然、たくさんいじめられた。バケモノみたいに見られて、扱われて、みんな離れて行って…お母さんもお仕事が忙しくて家に帰って来てくれないし…。」

 

何度も何度も、色んな言葉が頭の中でリフレインする。

 

──化け物。

──狂人。

──電波女。

──痛い子。

──スピリチュアル女。

──近づくな。

──気持ち悪い。

 

たくさん、たくさん心無い言葉を掛けられ続けてきた。

人間は、自分とは違うものを排斥したがる。

味方なんて誰もいない。

ひたすら本当の自分を殺して周りに馴染もうと必死だった。

ずっと、『明るくて気さくなフィリア・スノーフレーク』と言う仮面を被り続けてきた。

でも、カセキバトルの最中や、なんでもない帰り道。

ふとした瞬間に秘密の一端がバレて、今まで普通に接してきた人たちがあっという間にいなくなる。

何度転校しても、周囲の関係をリセットしても、ずっと、ずっとフィリアは自分の居場所がなかった。

本当のフィリアを受け入れてくれる人なんて誰1人としていなかった。

唯一自分を肯定してくれた母も、今は仕事が忙しいらしく数ヶ月に一度くらいしか家に戻って来てくれていない。

『円卓』に来たのだって、特殊な力を持っている人たちの中でなら、この能力もきっと受け入れてもらえるかも知れないという淡くてか細い希望に縋ったに過ぎない。

この場所でもダメなら、きっとフィリアは人と関わることすら放棄するだろう。

 

「だからさっき…ちょっとだけ昔のこと思い出しちゃった。ごめん、ミラさんは何も悪くないよ。だから気にしないで。」

 

無理矢理に作った笑顔をミラに向けるが、彼女は何も答えない。

沈黙と重い空気が、辺りに立ち込める。

きっと、この後はいつもと同じだ。

居場所が遠のくに決まっている。

もうこれは、自分に課せられた宿命なのかも知れない。

納得なんてできないが、そうあれと天が言うならもうどうしようもない。

ミラの口から出るであろう蔑みや軽蔑の視線に耐えるために、フィリアはグッと唇を噛み締める。

しかし、

 

「──すごい。」

 

「え?」

 

予想もしていなかった言葉に、フィリアの喉から呆けた声が出てくる。

『すごい』?

今、ミラはすごいと言ったのだろうか。

この忌まわしい呪われた力のことを。

気味が悪いと思わないのだろうか。

呆気に取られるフィリアを他所に、ミラは身体をこちら側に乗り出してくる。

 

「リバイバーたちの言葉まで分かるなんて……本当に凄いよ。円卓には色んな人たちがいて凄い人も変わった人もたくさんいるけど、フィリアと似た力を持ってる人なんか見たこともない。」

 

「え………え?」

 

「きっとその力があれば色んな人を助けられるよ。私なんかよりもずっと。だから、過去のこととかは…私が口を出すことじゃないけどさ。

──その力と向き合って、誇れる自分でいればいいと思う。出来る限り私も手伝う。絶対に一人きりになんてさせないから。」

 

認めてくれる、とでも言うのだろうか。

彼女は、こんな自分のことを。

本当に、受け入れてもらえるのだろうか。

『円卓』は、こんな化け物のことを。

 

「ホント……に?」

 

ミラは嘘もお世辞も言わないタイプだと分かっていても、確認せずにはいられなかった。

 

「私は嘘なんてつかないよ。」

 

ハッキリと返されたその答えに、フィリアの中の何かが決壊する。

途端に視界が滲んで、呼吸が苦しくなる。

 

「フィリア!?」

 

いつの間にかフィリアの両眼からは、大粒の涙が雨粒のように、堰を切ったように溢れ出していた。

 

「あ……ごめん…あれ…なんでかな……?止まらないや…。」

 

自分でも止められないほどの量と勢いの涙に当惑しつつも、フィリアは自分の心中の感情に気が付く。

 

──嬉しかった。

そう、ただ嬉しかったんだ。

自分の存在を、生まれて初めて誰かに肯定してもらえて。

自分がここにいてもいいと、認めてもらえて。

 

ぅ……ぁ……あ……あぁああぁぁあぁあああ!!!!

 

子どものようにフィリアは泣いて泣いて泣き喚いた。

恥も外聞もなく、感情が促すままに。

そんな泣き噦るフィリアの手を、ミラは優しく包んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いた?」

 

「うん…ごめ"んねミラさん。」

 

スン、スンと鼻先を赤くしたフィリアは目も腫れに腫れて、声もすっかりしゃがれ声になっていた。

どれだけ泣いていたのか分からないが、陽は完全に落ちて辺りはすっかり暗くなっていた。

その間も、ずっとミラは隣に座って手を握り続けてくれていた。

おかげでミラの掌は涙でびちょぬれだ。

 

「急に"…ごめんよ…。」

 

「…大丈夫、気にしてないよ。」

 

芝生から立ち上がったミラはスカートについた草端を払い落とす。

 

「さ、戻ろう。もう暗いし、お腹も空いたし。」

 

フィリアから目線を逸らしながら、ミラは開いた手をこちらに差し出す。

流石に涙と鼻水で汚れまくった掌で掴み返すのは気が引けたので、咄嗟にハンカチで水分多めの手を拭う。

 

「…あと、私のこと呼び捨てで良いよ。年も立場も同じだし、友達にさん付けされてもなんか変だし。」

 

差し伸べられた掌は、フィリアを失意のどん底から引き上げてくれる蜘蛛の糸のようだった。

でも、恐る恐る握ったミラの肌は温かくて、力強くて、『彼女の存在』というものが、そこにはある気がした。

その暖かさに、また泣いてしまいそうになる。

 

「うん…うん!!ありがとう…ミラさ……

()()()()()()()

 

実を言うとフィリアも、敬称を付けたままの呼び方は機を見て変えたいと思っていた。

ただ、そのタイミングが掴めずにいた。

急に呼び方を変え過ぎるのも距離感がおかしいかも知れないし。

だからこそ、その機会が本人の方から転がり込んできてくれたのは僥倖だった。

ようやく友達らしくなってきたことが嬉しすぎて、フィリアはにやけが止まらない。

 

「ん。」

 

素っ気ない返事ではあったが、口元で自制が効かなくなっているにやけ顔からするに、ミラも満更ではない様子だ。

 

「…あ、今日の朝のこと…ごめんね‥ほんと。」

 

「別にもう怒ってない。私こそ蹴っちゃってごめん。」

 

「…えへへ、お互い様だったね。」

 

「……だね。」

 

2人は、歩幅を揃えて並んで歩く。

月はただ黙して、そんな彼女たちを明るく照らしていた。




ご一読いただきありがとうございました!!
えー新キャラですが今回はサーペンティさんですね。この人は今後立ち絵も上げたと思ってます!まあつまり…そういうことです!
今回はカレンちゃんと我らが円卓の癒しキャラうに様をお借りしました!あ、ちなみに次回からちょっとだけ時間が飛んで本筋に入ります!
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