Rebellion Against Fate   作:zawadinosaur

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第6話更新です!今回はカレンちゃんとシュバルツさん、そしてミラクルちゃんをお借りしました!


第六話『いよいよ、戦場へ』

 

 

とある昼下がり。

ゴボゴボと半透明な湯気を吐き出し続けるポットを前に、フィリアは立ち尽くしていた。

向かい合っている台所にはついさっき言伝を受けた紅茶の茶葉が詰まった袋が3つも置かれているが、どれもどこかで聞いたことがある超有名な銘柄で上手く淹れられるかどうか気が気でない。

何しろ、これを振る舞う相手もとんでも無いのだ。

それもあって緊張のせいで手汗が滲んで仕方ない。

今何かを掴めば大惨事を引き起こすことはフィリアにも確信できた。

 

(何で……こんなことになったんだっけ…。)

 

痛む頭を抑えながら、現状に至るまでの経緯を振り返る。

今日は何の変哲もない日だったはずだというのに……。

……時は、数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

「〜〜〜♫」

 

ほんの寸刻前、フィリアは『円卓』の敷地内を散歩していた。

特に目的があったわけではなくてただ『日向ぼっこでもしようかな』程度の気持ちで島の中をフラフラしていたのだった。

実は今日、『コルタナ』の面々は非番でお暇をもらっていた。

だと言うのにミラはハルカとの訓練をしに出掛けてしまったし、バリトンやシャグラン、ヴェナは何やら会議があるとかで訓練も見てもらえない。

射撃訓練で知り合ったブルーノ卿のところのシュバルツも射撃場にいなかったし、普段からお世話になっているカレンやソレドールも見当たらなかった。

ただ、部屋でじっとしてい続けるのも折角の休日が勿体無い。

こんな日は身体を動かすに限る。

それ故に、フィリアは特に当てもなく放浪を続けていた。

何か心踊る出来事が起こらないか。と。

そんな折に遭遇したのが、

 

「──そうして辿り着いた北限の雪原、なんとお出迎えをしてくれたのは先住民の少女だったのです。」

 

「フフ、何よそれ面白いじゃない。続きは?どうなったの?やっぱり村ごと皆殺し?」

 

「いえいえ……実はこれから…と言いたい所ですが、私めの口からこれを語るのは野暮というものです。」

 

「…では私から話させていただきますわ。あの後は──」

 

キャメロッ島の中庭。

小さなテーブルで開かれていたのは、どこまでも優雅なでフィクションの世界のように煌びやかなティーパーティーだった。

紅色と、金色と、白銀。

鮮やかな3色に彩られたシルエットが豪勢な茶菓子を前に楽しげに語らい合っている。

赤毛を揺らし、少女のようにコロコロと表情を変えながら語り部を務めるカレン。

そのバトンを受けて普段の粗暴な口調とは異なり、お淑やかな口調で語り始めるシュバルツ。

そして何より、残りの1人の姿がフィリアの瞳には鮮烈に映った。

──黄色などと言う表現では色褪せて見えるくらい煌めき艶めく黄金の髪色。

──真っ青な海面に似た鮮やかな水色の瞳。

その姿は、以前一度だけ会ったシャグランの妻…イゾルデによく似ていた。

だが中庭の彼女は、明確に別人だった。

まず背格好が違いすぎる。

中庭にいる少女の背格好はフィリアよりも少しだけ幼い。

あの日出逢った彼女は、フィリアよりも上背があった。

それに髪型も違う。

それにイゾルデはブロンドの髪を伸ばしていたのに対して、あの少女は編み込んだ髪を胸の辺りまで下ろしていた。

そして決定的に違ったのは、目つきだ。

穏やかでおっとりとしとしながらも強い瞳のイゾルデとは違い、まるで刃物のような眼光をしていた。

『自分こそが頂点』だと、身体全体で語っているような立ち振る舞い。

イゾルデとは強さの質がまるで違う。

その姿はフィクションの悪役令嬢のようだった。

 

…という容姿の感想はさておき、あんな優雅なお茶会は年頃の乙女であるフィリアの憧れだった。

いつの日か自分もドレスに身を包んでキャッキャウフフをしてみたい。

そんな年相応の野望を抱いていた。

だがあんな輝き過ぎた空気に入ればフィリアはきっと溶けてしまう。

そそくさと大きめの柱の陰に隠れてお茶会の動向を伺う。

見た所、今はシュバルツとカレンの経験した冒険の話のようだが。

個人的にその話には大いに興味があるので盗み聞きだけでもするとしよう。

 

「──フィリアちゃん、君も座るかい?見ているだけではつまらないだろう?」

 

「ぃっ!!?」

 

次はどんな展開のお話なのか、とワクワクして輝いていた目玉がギョッと飛び出る。

慌てて息を殺すが時すでに遅し。

 

「ん?誰って?」

 

「ふふ、意地悪ですわねディナダン卿。」

 

「そうかい?私はただ友人をお茶会に招きたかっただけなんだが…。」

 

最初から気が付いていたであろうカレンとシュバルツだけではなく、ブロンドの少女ともばっちり目が合った。

観念してフィリアはおとなしく物陰からひょっこりと出てくる。

おいでおいで、と手招くカレンの言葉に従ってお茶会に顔を出すが、皆キラキラと輝いているのに対してフィリアはただの芋娘だ。

自分の場違い感が凄まじすぎて穴を掘って埋まってしまいたくなる。

顔見知りのカレンとシュバルツはともかくとして、どう見ても貴族らしい初対面の少女の前に立っていることもフィリアの劣等感を掻き立てていた。

 

「………誰この子。」

 

至極ごもっともな問いに、フィリアは返答に詰まる。

何者か、と聞かれたらまたパンピーの新人と言うしかない。

だがこれを限界までオシャレに言うにはどうすれば良いのだろうか…。

無い知恵を絞って海馬を限界フル回転させるがお新人…という謎ワードしか頭に浮かんでこない。

 

「…トリスタン卿の部隊の期待の新人ですよ。エルザお嬢様。」

 

「お義兄様の…?ふぅん、この子がねぇ……。」

 

代わりに答えてくれたカレンの回答に、エルザと呼ばれた少女は目を丸くするとにやりと笑って頬杖を付く。

少女の目線は、フィリアの眼だけを見ていた。

でもそれだけでまるで身体の中身までほじくり返されて見られているような錯覚に陥るほどの威圧感と眼光。

その瞳には一体何が映っているのだろうか。

だが当のフィリアはそれどころではない。

『義兄』、とカレンは言った。

それが意味するところはつまり、彼女がイゾルデの妹君であるということだ。

その容姿については納得したが、まさか妹がいた事実には驚きを隠せなかった。

 

「…貴方名前は?」

 

「あっ…フィリア・スノーフレークと言います!」

 

「……悪くない名前ね。名付け親の愛が表れてるわ。」

 

言っている意味はよく分からなかったが、少なくとも初対面から悪印象は抱かれていない様子だ。

彼女は飲みかけのティーカップを空にすると、脚を組んだままフィリアに向き直る。

 

「──私はエルザ。エルザ・モルオートよ。ウチのお義兄様がお世話に………いや、お世話してるって言った方が正しいかしらね?」

 

「いやぁもうそれは……!!」

 

あれだけ世話を焼いてもらっているシャグランの親族なのだ。

頭が上がるはずがない。

地底よりも深く減り込ませるほどの気概でフィリアは何度も頭を下げる。

そして、如何に自分が彼にお世話になったかを事細かに早口で語る。

 

「へえ…そうなの。お義兄様らしいわ。」

 

義兄のエピソードにエルザもご満悦の様子だ。

だが、突然エルザはいじめっ子のような笑みを浮かべると、テーブルの中央にあった小箱を差し出してくる。

 

「…じゃあこれ、淹れてきてくれないかしら?」

 

「…はい?」

 

「丁度お茶がなくなったのよ。淹れてきてくれないかしら?」

 

言われている意味はわかる。

だが意図はまるで分からない。

何故この話の流れで紅茶を淹れに行かねばならないのだろうか。

それこそ貴族なら小間使いが居てもおかしくない。

というか何ならお茶会の後ろの方で執事らしき女性が控えているが彼女が動く様子はない。

何かを試されているのだろうか。

だがフィリアのIQ70くらいの脳みそではどうリアクションしたものか…と思索するが特に面白味もない回答だけが弾き出される程度だ。

 

「それでしたら私も付いて行きますわ。紅茶でしたら我が家伝統の淹れ方を伝授致します。」

 

ありがたい申し出と共に、シュバルツが椅子を引くがその動作をエルザの右手が遮る。

 

「……いいえ、シュバルツは座っていて大丈夫よ。私はただ()()()()()腕前が見てみたいの。」

 

「お嬢様…?」

 

エルザの物言いにはカレンすら怪訝そうな表情を浮かべている。

当のフィリアはその5倍くらいは困惑中た。

 

「…え………え………えぇ…?」

 

そうして流されるがままに給湯室へ追いやられたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……どーしよ。」

 

ことの経緯を振り返って、フィリアは天を仰ぐ。

紅茶なんてまともに淹れたことは一回もない。

ただ自分好みに作ってきた程度だ。

そんな経験が今活きるとは微塵も思わない。

だからと言って今から専門知識を付けるなんて不可能だ。

 

「……まあ、何とかなるか!!」

 

もう、ヤケクソだ。

とりあえずいつも自分が美味しいと思っている淹れ方をすれば良い。

もしお口に合わなかったら土下座でもなんでもして反省を意を示すのだ。

そうやって人は成長するって誰かが言ってた。

多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、フィリアーイーツはお茶会のテーブルへと紅茶をお届けした。

この少しの間にどうやらさっきまで3人かしていた冒険譚の話は終わってしまっていたらしい。

今の話題はエルザとシュバルツによるお貴族トークだった。

聞き逃したことは口惜しいが、今は紅茶の味の審査中だ。

生唾を飲み込んでお沙汰を待つ。

エルザは沸き立つ湯気に形のいい鼻先を近付け優雅に香りを堪能すると、ズズ、とゆっくりティーカップを傾ける。

 

「えっと〜……お味の方は…?」

 

「……。」

 

無言のエルザは同じ動作で追加で2、3度ティーカップに口をつけるとカチャリとソーサーに下ろす。

 

「…………悪くない腕してるじゃない。」

 

口元に微笑を浮かべながら紡がれたその言葉に、フィリアは安心で膝から崩れ落ちそうになる。

だがエルザは依然としてフィリアを刃物のような視線で見据えているため、それをぐっと堪える。

 

「うん、美味しいよフィリアちゃん。キミの純真で真っ直ぐな心根がよく表れてる。」

 

「ええ、本当に美味しいですわフィリア様。」

 

「ま、茶葉の質におんぶに抱っこなところはあるけどね。

…それでもこのまま給仕としてウチで雇うのも悪くないかも。磨けば光る原石だわ。」

 

「お戯れが過ぎますよ、お嬢様。」

 

「あ……あははは……。」

 

冗談なのか本気なのかハッキリしない言葉を苦笑いで受け流すと、中庭の対岸から見慣れたシルエットが近付いて来た。

ブロンドに眼帯。

こんな格好の人物は『円卓』には1人しかいない。

 

「あぁ、こんなところにいた。」

 

「ミラ!」

 

中庭を横切って来たのは、スポーツウェア姿のミラだった。

恐らくハルカとの訓練終わりなのだろう。

頰はまだ汗ばって桃色のままだ。

だが兎も角、気の置けない友人の彼女が来てくれたことでようやく生きた心地がした。

 

「あらミラ、久しぶりね。この間は単独で依頼を受けてくれて助かったわ。」

 

「…エルザさん、ご無沙汰してます。その節はどうも。良い訓練の機会を与えてくれたことに感謝します。」

 

エルザの存在に気付いたミラは胸に手を当てて軽く頭を下げる。

正直、フィリアはエルザが『円卓』にとってどのような存在なのかずっと気になっていた。

CNを持つ騎士とお茶会をしていることや、その口ぶりに違和感があった。

トリスタンを襲名するシャグランの親類とはいえそこまでの権力を持っているのか。

だが今の会話で大体の力関係は察した。

恐らくエルザは『円卓』のクライアントだ。

王を通して与えれる命令とはまた別ルートからの依頼。

それを基に成功報酬を払っていることを考えれば、ある意味この組織への出資者に当たるのだ。

それならば、色々と腑に落ちる。

 

「…それより、何かフィリアちゃんに用があったんじゃないのかい?」

 

「あぁ、そうでした。申し訳ありませんディナダン卿。」

 

「ふふ、今はカレンでいいとも。もぐもぐもぐもぐ。」

 

些細なことにも頭を下げて畏まるミラに、カレンはマカロンを頬張り続けている。

その姿はリスの如し。

このままだとお茶会の茶菓子は全て彼女の頬袋の中に納められてしまいそうだ。

それはそれとして、ミラはフィリアに向き直る。

彫刻のような唇から放たれた言葉は他愛もない連絡事項だった。

 

「シャグランさんが呼んでるよ。今すぐ隊室に来て欲しいって。」

 

呼び出し?

それも今すぐ?

今日は休日のはず、と否定の材料を探す思考を抑えてフィリアは大きく頷く。

 

「分かった!すぐ行くね!」

 

上司の呼び出しとあらば、今すぐにでも向かわなければならない。

話を聞いていた茶会の3人の理解が得られることを祈りながらフィリアは全力で隊室へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

と、フィリアは風のように走り去って行ってしまった。

残されたのは茶会の3人と、ミラだけ。

 

「…ねえ、ミラ?」

 

静寂を保っていたこの茶会で、初めに口を開いたのはエルザだった。

 

「はい、何でしょうか?」

 

任務前のような空気に、ミラは騎士として彼女の前に膝をつく。

依頼をされるのか、何か無茶を押し付けられるのか。

それは分からないが、ミラにとって彼女からの頼みは良い訓練の機会でもあった。

 

「………ぶっちゃけ、あの娘のことはどう思ってるの?」

 

だが掛けられたのは想像とはまるで違う言葉だった。

猜疑と懸念を含ませたその問いにミラは首を傾げる。

実を言えば、先のエルザの要求はフィリアの人柄を把握するという意図があった。

他の貴族や要人に接待された時、エルザを敵視するクズの淹れる紅茶は高級な香りでは誤魔化せないようなドブのような香りがした。

対照的に、自分に対して好意的な人物のものは玉石混交だが決して悪い味はしなかった。

だがフィリアのものは、そのどれでもなかった。

嫌になるくらいに純粋無垢な味。

何色にでも染まりそうな危うさと、()()()()が重なるような薄気味の悪さ。

そんな漠然としたものを感じ取っていた。

それを踏まえた上で、最も彼女の近くにいるミラへこの問いを投げ掛けたわけだ。

 

「…どう………とは?」

 

だがエルザの思惑に反して、ミラは目を丸くしたまま首を傾げる。

多少の苛立ちを湧かせながらもミラの答えを待つ。

しかしこの様子ではあまり期待は出来ないだろう。

 

「皆まで言わせるのは無粋だよ?キミの心の内を率直に聞かせて欲しいとお嬢様は仰せだ。」

 

カレンのアシストにエルザは無言で感謝しつつも、今はただミラの瞳を見据える。

彼女は少しだけ空に視線を泳がせると、自分なりの回答を組み立てる。

 

「…………フィリアは……私の初めての友達で……仲間で…………。」

 

ミラは思いつく限りの彼女を形容する言葉を口にしていくが、このままではきっといつまで経っても言い終わらない。

生まれて初めて気兼ねなく付き合える友達で、お互いを高め合う仲間で、外の世界をロクに知らないミラに色々なことを教えてくれて、一緒にいれば何でもできるような気がする。

そう、だから敢えてまとめるとすれば。

 

「……もし一言でまとめるなら………………

──『大事な人』….ですかね?」

 

友人で仲間で、対等なフィリアを端的にまとめるならこの言葉が相応しい。

だが3人のリアクションはミラの予想とは少し違った。

カレンはニコニコと生暖かい笑顔を浮かべ、シュバルツは少しだけ顔を赤くして口元を抑え、エルザは最高に意地の悪い顔をしている。

それも当然だ。

ミラの今の言葉は捉えようによっては愛の告白にしか聞こえないからだ。

年頃の少女たちの前でそんなことを口にすればその後の展開は察するまでもないだろう。

例えミラが素で言っていたとしてもだ。

 

「…何それ最っ高に面白いわね。」

 

おもむろに片手を挙げたエルザはパチン、と指を鳴らす。

 

「さ、座りなさいミラ。カレン、椅子を一つ用意しなさい。」

 

「え?」

 

「既にここに。私めも色々と気になっていますので。」

 

いつの間に用意されたのだろうか。

気が付けばミラの背後には座りやすそうな椅子が置かれ、完全に退路を塞がれていた。

 

「え?ディナダン卿!?」

 

「いじらしいですわねミラ様。もっと聞かせてくださいまし。」

 

シュバルツはティーポットからものすごい高打点からティーカップへと紅茶を注ぐ。

 

「シュバルツさんまで!?」

 

「さあ聞かせてもらおうじゃない。言っとくけど全部吐くまで逃さないから。」

 

こうしてフィリアに代わって、魔のお茶会に引き摺り込まれたミラであった。

 

────────────────────

 

「失礼します…。」

 

「お待ちしておりました。」

 

静かな足取りで部屋に入ると、室内には『コルタナ』の中核を成すメンバーである3名が待機していた。

バリトンはいつも通りに仏頂面で、ヴェナはゆるい笑顔でこちらに手を振り、シャグランはいつもと変わらない笑顔でフィリアの着席を待っている。

3人をあまり待たせるわけにはいかない。

そそくさと席に着き、背筋をピンと伸ばして固唾を飲み込む。

一体何を伝えられるのか分からないが、重要な話であることに違いはない。

休日に上司の呼び出しなんて、緊張しない方が無理があるというもの。

 

「そんなに緊張しないで下さい。今日はただ、明日の予定についてお伝えするだけです。」

 

冷や汗ダラダラのフィリアを見て、苦笑いのシャグランはそっとティーカップを差し出してくれる。

立ち昇る湯気は香草が凝縮されたような香りがして、それだけでこれが高級品だと言うことが分かってしまった。

というか、この香りはさっきのお茶会でも嗅いだ。

緊張➕高級品なんて最悪の食い合わせだ。

喉の奥に真綿が詰められたような心地で飲む気にもなれなかった。

そんなフィリアの様子を察してくれたのだろうか。

シャグランはフィリアの心拍数が落ち着くまで一瞬のいとまを与えてくれた。あまま

 

「では、お伝えさせていただきます。

──王命により、明日とある組織への武力介入が命じられました。」

 

「ぶりょくかいにゅう。」

 

舞力?いや、武力か。

『武力介入』。

その言葉にフィリアの背筋に寒気が走る。

それはつまり、実力行使で彼らを制圧するということだ。

そして場合によっては命を奪うことも……。

 

「っ…!」

 

意味を理解すると同時に冷や汗が全身を伝う。

いよいよこの時が来たのか、と。

フィリアとて、何も考えずに訓練に臨んでいたわけではない。

自分のやっているのが暴力を効率的に行うための訓練だと言うことは理解していた。

しかしそれでも、口喧嘩するまともにしてこなかった人生だったせいで手は震えるし、足もガクガクだ。

 

「理由は追って伝えますが、その前に一つだけ。」

 

シャグランは人差し指を立てる。

勿体ぶったアクションだったが、続く言葉に大体予想は付く。

 

「──今回の作戦にはフィリアさんも同行していただきます。無論、ヴェナさんのいる後方司令部で待機をしてもらうことになりますが。」

 

流石にいきなり実戦投入されることはないと予想していたが、そこについては安心した。

ヴェナの所ということは、シーナもそこにいるはずだ。

気心が知れた者が2人もいてくれるのは安心出来る。

 

「そして、この任務が終了した後には正式に貴女を『コルタナ』の一員として迎え入れます。その旨を心に留めておいて下さい。」

 

「なる……ほど。」

 

情報過多過ぎて、一体何から心の整理を付けなければならないのかすら分からない。

ごちゃごちゃな心境のまま、フィリアは促されるままに部屋を後にした。

 

───────────────────────

シャグランたちと別れた後、フィリアが向かったのは中庭の一角。

以前、ミラに秘密を打ち明けたあの場所でフィリアは壁に背を預けて携帯端末を耳に当てていた。

本来ならば先ほどの茶会にもう一度顔を出すべきなのだろうが、今はその気分ではない。

精神的にフワフワとした状態で彼女たちの前に立つのは不義理な気もしていた。

だから、まずは心を落ち着けたい。

その一心でフィリアはこの誰もいない場所を選んだ。

数回のコール音の後、寸刻前まで耳元で規則的に響いていた途切れて衣擦れの音と僅かな呼吸音が電話越しに鼓膜を震わせた。

 

「あ、お母さん?」

 

『──もしもしフィリア、どうしたの?』

 

電話越しに帰ってきたのは、愛しい母の声。

聞いているだけで心が安らぐ、優しい声。

ずっとフィリアを支えてくれていた声色に張っていた心の緊張の糸がつい緩んでしまう。

 

「えへへ…何だか無性に声を聞きたくなっちゃって!」

 

にやけそうになる頬を抓って、フィリアは精一杯の言い訳を口にする。

 

『あらあら…フィリアの親離れはまだまだ遠そうねえ…。』

 

「余計なお世話!!」

 

年相応の少女らしい母との会話。

フィリアは『円卓』に入ってからも定期的に母と連絡を取っていた。

その日にあったことや大変なこと、嬉しかったこと、悩みなんかをこうして電話越しではあるが母へ伝えて交流をしていた。

特に、ミラと友達になれた日のことを伝えた時には母も少しだけ涙ぐんで喜んでくれた。

 

「…それで?何か不安なことがあるんでしょう?」

 

「え!?分かるの!?」

 

あっさりと電話の動機を見破られ、フィリアは思わず大きめに声を出してしまう。

 

「何年フィリアのお母さんをしてきたと思ってるの?声のトーンでお見通しよ。」

 

フィリアの方から切り出すつもりだったが出鼻を挫かれてしまった。

話の道筋を舗装してくれた母にほんの少しの申し訳なさを感じつつも、静かに語り出す。

 

「……実はね。」

 

フィリアは淡々と、それでいて哀しそうな声で事のあらましを母に伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……実戦投入?』

 

「…うん。明日初めて任務に連れて行って貰えるんだ。」

 

今までが穏やかな時間過ぎたせいで勘違いしていたが、『円卓』はどこまで行っても傭兵組織だ。

戦闘の上に存在が許されている組織。

それはつまり、誰かの傷と犠牲が『円卓』を形作っているという事だ。

目を逸らしていた訳ではないが、任務という形でこうして突き付けられると心に来るものは当然ある。

フィリアの心には針のように忌避感と恐怖が突き刺さっていた。

 

『へえ、一人前って認められたってこと?』

 

「そうかな……だといいんだけど…。」

 

……一人前かどうか。

そんことを問われれば、自分はまだまだ半人前だ。

フィリアは今でもひたすら前を歩く背中たちに追い付こうと必死だ。

今の実力がどうかなんて、ポーチドエッグが出来そうなくらいな半熟なヒヨッコがフィリアだ。

正直言えば、戦場に行くことも、戦うこともまだまだ実感が湧かないせいかあまり怖くない。

 

『……怖いの?』

 

「…っ!」

 

こちらの心を見透かしたかのような言葉にフィリアは息を呑む。

 

「うん…怖いよ。死んじゃうかも知れない場所に行くのも少しは怖いけど…………でもそれ以上に……。」

 

──あんなに優しい仲間たちが、知らない誰かを傷つけるのを見るのが怖い。

……優しく手を差し伸べてくれたミラが。

……不器用ながらも丁寧に向き合ってくれるバリトンが。

……フィリアを何もかもを認めてくれるような眼差しをしたシャグランが。

例え酷いことを積み重ねた罪人たちが相手であっても平然と暴力を行使するのを目の当たりにするのが怖い。

仲間たちが、別の何かになってしまっているような光景を見るのが、フィリアの心を締め付けていた。

 

『優しいわね、フィリアは。』

 

「ううん…こんなの私の自分勝手な押し付けだよ。現実から目を逸らしたいだけ。」

 

いつまでも子どもではいられない。

少しでも周りの負担にならないようにならなければ。

そんなことを思っていながらも、フィリアの本質はやはり鼻水を垂らした子供のままだ。

嫌なものは見たくないし、大切な人たちはいつまでもそのままで一緒にいて欲しい。

現実はそんなことはないとは知りながらも心は正直だった。

 

『それでも、貴女のその優しさは仲間の支えになるはずよ。どんなことがあっても、それだけは忘れないでいて。その真っ直ぐさで救われる人は必ずいるわ。』

 

母の優しい言葉に、フィリアは思わずその場に座り込んでしまった。

──自分みたいな人間が、誰かの支えになれているかも知れない。

たったそれだけのことで少し心のしこりが和らいだ。

我ながら単純なことだ。

 

「…すごいね、お母さんは。不安がどっか行っちゃったよ。」

 

『なら良かったわ。…ああそうだフィリア?

──()()()()()()()は、今も着けてくれてるの?』

 

「うん!毎日肌身離さずに着けてるよ!」

 

『そう…良かったわ。。…………っと呼び出しが掛かっちゃった。ごめんね、切るわよ。』

 

「ううん!忙しいのにありがとう!お仕事がんばってね!」

 

『ありがとう、貴女の無事を祈ってるわ。…眼帯のお友達にもよろしく伝えておいて。』

 

「うん!それじゃあ!」

 

真っ赤な通話終了ボタンに触れると、プツン、と言う音が鼓膜を揺らす。

本当はもっともっと話をしていたかったが、ワガママは言っていられない。

フィリアのために身を粉にして働いてくれている母にこれ以上負担をかけたくなかった。

 

「………あれ?」

 

だが、部屋に戻ろうとしたフィリアの足はピタリと止まる。

電話の終わり際に母が言っていた言葉。

それがあまりにも不可解だと、たった今気が付いたからだ。

 

(………眼帯の、友達?)

 

母の発したその言葉は、確かにミラの外見の特徴とピッタリと符合している。

本来であれば、特段気にすることはないはずだ。

…だが、一つだけ引っかかることがあった。

 

(──私、お母さんにミラのことそんなに詳しく喋ってたっけ…?)

 

ミラと友達になれたあの日、フィリアは真っ先にその事実を母に伝えた。

生まれて初めて、掛け値なしで信じられる友達が出来たと。

それから先もことある事にフィリアは母に起きたことを伝えていた。

例えば、グランデがエボルバーになったことや、その日の訓練内容などだ。

だが、その際にミラの外見的特徴や、そのバックボーンは一切伝えていなかったはずだ。

所属している部隊も、何もかも。

それなのに、一体どうして…?

 

「…ううん、お母さんを疑うなんてどうかしてるよね…。」

 

小さな疑念を抱きながらも、フィリアは再び仲間たちの元へと足を進めた。

 

─────────────────

 

──絶海の孤島に浮かぶ、誰からも認識されていない研究所。

怪しい培養槽やリバイバーのメダル、リバイブマシンに壊れかけの機械の軍勢が列挙された空間の奥の奥。

何階層にも分かれた研究所のとある部屋の前。

『副代表室』、という表札の掛けられた室内には蜘蛛の形をした仮面を机に置いた女性が、深く深く椅子に腰掛けていた。

左眼の下の黒子が印象的な彼女はとうに通信の切れた端末を視界に収めながら物悲しそうに溜息を吐く。

 

『──どなたから?』

 

プライベートな空間に、薄水色の映像が投影されて私室が一気に仕事部屋へと様変わりする。

映し出された蛇型の面に彼女…リリーは面倒そうに頬杖を付くと、手元の蜘蛛を顔に寄せる。

 

「私の愛しい愛しい娘からよ。」

 

『…ああ、例のですか。母娘の仲が睦まじいのは良いことですね。』

 

「…それで、どうかしたのかしら?」

 

興味があるような、ないようなどうとでも取れるような声色の彼の長話に付き合うつもりは毛頭ない。

リリーは単刀直入に仕事の内容に踏み込む。

 

「ええ。我々の『商品』を貸し与えていた方々からの追加支援の請求がありましてね。突然で申し訳ありませんが、明日商談に向かって頂きたいのですが。」

 

「……人使いの荒い殿方ね。」

 

彼の言葉が意味することは、少なくとも血気盛んな犯罪者たちの巣窟に行って対等に商談を行うということだ。

だがこちらは表面上はか弱く無力な女性。

そうなれば、あちらも多少吹っかけてくることもあるだろう。

であれば、最低でも1人か2人腕利の護衛が欲しいものだ。

護衛の1人は既に決めてあるが、それではいささか心許ない。

……それに、考慮すべき事項も一つある。

先の通話で得た、円卓の実践投入を兼ねた武力行使の存在。

万が一、その計画が明日足を運ぶ場所で行われるのであれば交戦は必至だろう。

そちらも出来れば避けたい事態だ。

それに何より、彼と自分は上司と部下ではない。

あくまでも最終目的の一歩手前までが共通しているだけのビジネスパートナーだ。

タダで使い走りをさせられるのは癪に触る。

トントン、と指を鳴らしながらリリーは映像越しに男──ギベリスを見据える。

 

「……行くのは別に構わないけど条件があるわ。貴方の囲ってる傭兵さん、1人貸し出してちょうだい。」

 

「ええ勿論構いませんよ。どなたを連れて行かれますか?遠中近、それぞれに対応した逸材を揃えてはいますが。」

 

「………近接戦が得意な方をお願いしようかしら。」

 

──────────────────────

 

──淡い月明かりに照らされている城の跡を、一人の少女が一歩、また一歩と歩を刻む。

桔梗色の髪を揺らした彼女は、何も知らない者が見れば普通の少女にしか映らないだろう。

だが、手にした物々しい長刀と、外套の下に無数に提げた武装の数々が彼女が普通ではない『怪物』の1人であることを悠然と物語っていた。

……ここは、『無花果の会』の拠点の一つ。

人の気配が消えた廃城を怪物たちが再利用しているこの世で最も地獄に近い場所。

 

「…あっれぇ?★バジルちゃんどこ行くの?★」

 

帷の降りた城内に鈴の音のようでもあり、どこか狂気を含んだ声色が響く。

背後から投げ掛けられた問いに彼女……バジル・アンファンは振り返り、声の主の居場所を辿る。

バジルの降ってきた階段に人の気配はない。

泳がせた視界の先では、古城の吹き抜けのようになっている窓枠に自分と同じくらいの年頃の少女が腰掛けていた。

夜闇に似た深い黒の軍服を纏ったサイドテールの少女がヒラヒラとこちらに手を振っている。

──彼女の名は、ミラクル・ミレイテス。

バジルと同じく『無花果の会』フルコースの1人。

2人の歳が近いこともあって、普段から顔を合わせて料理を振る舞い合うこともある程度には親交が深い彼女の出陣前の見送りは正直嬉しいものだった。

 

「ミラクルちゃん。ちょっと食材の調達に行って来るだけだよ。楽しみにしてて。」

 

──食材の調達。

常人が発すればなんて事の無いセリフでも、剣呑という雰囲気を優に超えたバジルが発すれば自然と血と暴力を連想してしまう。

 

「ん〜〜?★みんなでの会食はまだ先だよ?★」

 

バジルの言葉にミラクルは石段から飛び降りると、バジルの目と鼻の先に着地して異常なほど爛々と輝く双眸でこちらを覗き込む。

初めは不気味に見えていたそれも、今は親愛を感じている。

 

「それでも、みんなに美味しくない料理は食べさせたくないからさ。出来ればみんなには内密にしてて、ミラクルちゃん。」

 

フルコースの皆が一堂に介しての食事会。

それぞれが自慢の一品を持ち寄って執り行うバジルが最も楽しみにしている『無花果の会』の一大イベント。

その中でも自身が担当しているのは『アペタイザー』。

食事を始まりを告げる最も重要で、それ以降の料理の数々を彩り、盛り上げるための最重要の役回り。

バジル自身に調理の才能はさほどない。

それもこれも、半生を理性も知性も礼節も存在しない弱肉強食の世界で過ごしてきたことに起因するが、今はその件は置いておこう。

兎も角、他のフルコースたちが腕に寄りをかけて集め調理した料理に追いつくためにも、特にバジルは食材の調達には気合を入れていた。

 

「かしこまり〜★」

 

可愛らしく敬礼をするミラクルに背を向けながら、バジルは夜の闇の中に溶けるように消えて行く。

──こうして誰も予期していない場所から、途方もない悪意が放たれた。

 




登場人物の妄想CV
ミラ:伊東静
シャグラン:鳥海浩輔
ヴェナ:大久保瑠美
バリトン:梅原裕一郎
フィリア:上田玲奈

こんな感じで想定してます!
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