Rebellion Against Fate 作:zawadinosaur
──戦闘後、『コルタナ』は事後処理及び本来の目的であった改造リバイバーの捜索及び回収に当たっていた。
新入りの男からこの建物内にメダルが保管されているということだけは把握出来たが、肝心の場所は総当たりで探していくしかない。
ただし、ここは30階建ての建造物。
無数にある部屋の中から目的のモノを見つけるには、虱潰しで一つ一つの階層を捜索するしかない。
そこで無力化した構成員たちの拘束及び移送をアレクとブルートの二名に任せ、ミラとバリトン、シャグランの三名で建物内を隅々まで捜索するという運びとなった。
〜side シャグラン
シャグランが担当したのは、中階層のフロア。
この付近の階層は構成員たちの溜まり場、或いは宿泊場所のようだった。
それなりの数の部屋を見て回ったが、どこも落書きや空き缶など放置されたゴミばかりで、目ぼしいものは何もなかった。
自分の担当エリアには肝心のメダルはないのかとしばし落胆しながらも、シャグランは次のドアノブを捻る。
「…ここは……?」
扉の先は先程までとは打って変わってゴミなど一切散らかっておらず、小ぶりなワークデスクの上に大量の書類とパソコンが置かれ、デスク脇には観葉植物が生い茂っていた。
その様子は、まるで幹部の個室。
恐らくは、ここに大きな手掛かりが残されているはず。
そんな確信を持ってシャグランは部屋の中心に陣取るデスクの上を調べ始める。
「…成程、やはり改造リバイバーは外部ルートから手に入れたものでしたか…。」
デスクの上に乱雑に放置された書類に目を通すと、そこに記されていたのは彼らの取引記録や活動内容だった。
基本的には銃火器や食料の類の取引明細、そして改造リバイバーを手に入れたことについて記されていた。
活動記録に関しては大雑把に彼らが行動を起こした場所と日時が記録されているに留まっている。
しかし、改造リバイバーの入手ルートに関しては取引先の情報が残されていなかった。
ただ、外部から手に入れたとだけ。
恐らくは取引先からの要望でその存在を記録上完全に抹消したのだろう。
だが、外部との取引をしていた以上必ずどこかに証拠は残されている。
一先ずはこの場に放置されていた書類及びパソコンの全てを回収しヴェナに内部を精査してもらう必要がある。
手早く書類をファイリングして、パソコンを小脇に挟んで部屋を後にしようとしたその時だった。
「……ん?これは………。」
部屋の隅に置かれたアタッシュケースが、偶然目に入った。
ここまで重要資料が置かれている部屋に置かれたこれに、何の意味もないとは考えにくい。
もしかすると何らかの糸口になるやも知れない。
念の為に中身を検めようと腰を下ろす。
「……
刻印されていた聞いたこともない組織名に首を傾げる。
恐らくは取引相手の組織名であるはずだ。
だが『円卓』に於ける要注意組織のリストにこの組織名はなかったとシャグランは記憶している。
ケースの表面に描かれているのは、
二匹が交差するような紋章にシャグランは思わず眉を顰める。
毒々しい動物の絵柄にはあまり良い思い出がない。
──約一年前に闇オークションにて交戦したギベリスとリリー。
あれだけの戦力を投入して尚も捕えられなかった蛇の面の男。
闇オークションの主催であったギベリスと、その深い関係者であるリリー。
彼らを捕らえることが、今のシャグランの悲願であった。
この小さな手掛かりが裏社会に深く根を下ろしていた彼らに繋がる可能性がないとは言い切れない。
アタッシュケースに危険がないかの確認をしようと取手に手を伸ばしたその時だった。
カシャン
「……え?」
無機質な音が響く。
発生源は言うまでもなく目の前の匣だ。
次いで、甲高い機械音が静かに響き渡った。
その冷たい音声を耳に瞬間、シャグランの背中に同じくらい冷たい汗が伝う。
(…まずいッ!!!)
反射的にシャグランはアタッシュケースを窓ガラスに向けて全力で投げ捨てた。
このままこれを放置することは致命的な結果に繋がる。
シャグランの騎士としての本能がそう叫んでいた。
パリン、とガラス片が散らばり、ケースは力学の法則に沿って落下していく。
そして数瞬の後、彼の懸念は確信へと変わった。
「GUOOOOOAAAッッ!!!!!」
「……ッぐ!!」
周辺一帯の全てが震えるような轟音。
地響きにも似た爆音にシャグランは思わず耳を塞ぐ。
音の正体を確かめるべくシャグランは窓際に駆け寄ると、眼下には体長30メートルを超える巨影が揺らめいていた。
アタッシュケースから呼び出されたのは、当然だがリバイバー。
現れたリバイバーの名は……セイスモー。
巨大なゴーレムのような巨躯と配色が特徴の特大型リバイバーだ。
それも、今相対しているこの個体は、前述の特徴がさらに向上していた。
その体格は通常個体よりも一回り近く巨大で、尚且つ全身がより筋肉質なものへと変化していた。
竜は物凄い勢いで鉄骨のような首を振り回し始めると、激しく咆哮を上げる。
ズン、ズン、ズン、滅茶苦茶なリズムで揺れが断続して金属の軋むような音が絶え間なくなり続ける。
それと呼応するかのやうに立っていられないほどの振動が響き、土煙で視界は一気に悪化し始めた。
セイスモーの目は完全に正気を失っていて、このままでは周囲一帯を更地にしかねない勢いだ。
加えて、この近辺にはヴェナ率いる後方支援部隊の車両がある。
そしてそこには勿論、新顔のフィリアも乗り合わせている。
彼女に危害を加えることだけは何としても阻止しなければならない。
「フェイルノートッッ!!」
懐の相棒を最速で呼び出し、シャグランはそのまま背に跨る。
「『ダイセンプウ』ッッ!!」
「kyuaaaッ!!」
細かい指示を受けるまでもなくファイルノートはシャグランの意図通りに周囲の全てを巻き込んだ風の爆弾をセイスモー目掛けて叩き付けた。
ガラス片に瓦礫、様々な鋭利なものを含んだそれは、巨竜の皮膚を一瞬で鮮血で染め上げるほどの威力を有しており、あっという間に辺りには血飛沫が飛び散る。
そのダメージは、詳しい数値を見るまでもない。
「guuuuu…!!!」
真っ赤に染まったセイスモーは苦しげに呻き声を上げていることからもこれが有効な一手だったのは間違いない。
だが、
「なッ!?」
シュゥウウ、と蒸気が上がるような音が鳴るとともにセイスモーの身体中に刻まれていた裂傷が消えていった。
数秒後には、表皮には傷一つ残されていない。
まるで時間の巻き戻しのような光景だが、シャグランには一つだけ心当たりがあった。
「まさか…
セイスモーの持つ特性。
軽微ながらこのリバイバーには傷の復元能力が備わっていた。
だが規模が違いすぎる。
本来のものはかすり傷や微量のダメージを回復する程度のものだ。
だが目の前のこの怪物はズタズタになった皮膚を一瞬に元通りにしてみせた。
明らかに普通ではないこの能力にほんの一瞬動揺しながらも、冷静に現実を受け止めてこの巨龍の打倒へと全神経を向ける。
この怪物こそが、恐らく彼らの真の切り札だったのだろう。
こんな常識はずれの巨躯と復元能力があれば、恐らく軍隊程度であればわけなく薙ぎ払うはずだ。
この脅威をこの区域から出すわけには行かない。
『オイシャグラン!すげえ揺れが続いてんぞ!!何があった!?』
耳元でがなるヴェナの声に、シャグランは最短で現状を伝える。
「ッ改造リバイバーです!私一人では手に余ります!至急バリトンさんにも連絡を!!」
『はぁ!?まさか敵の撃ち漏らしがあったのか!?』
「いえ…私が調べた部屋に置かれていたトランクに触れた瞬間にアレが起動しました…!」
あのケースは、シャグランの声に反応して起動した。
それはつまり、『円卓』が……ひいてはシャグランがこの組織の調査に来ることが敵方に読まれていたということになる。
そして先の『音声識別』という機械音。
これを仕込んだ人物はシャグランの声を知り、尚且つ録音解析が出来る人物に絞られる。
あのアタッシュケースに刻印されていた蛇と蜘蛛の紋章と、そして改造リバイバー。
これだけのピースが揃えば、敵の正体は自ずと見えてくる。
「……ギベリス……ッ!」
一年前のオークション戦。
まだあの一件は何も解決していない、終わっていない。
苦々しい現実にシャグランは奥歯を噛み締めるのだった。
──────────────────────
ほんの少し、時間は遡る。
──29F。
ミラは息を潜めたまま、目の前に聳える扉の裏に張り付く。
鉄製のひやりとしたそれに耳を密着させて内部の音を探るが、小動物すら動いている気配がない。
それでも警戒心は微塵も緩めずにゆっくりと扉を開ける。
ただやはりと言うべきか、扉の先の空間には人っ子1人いやしなかった。
「……残存敵数は……もう0ですね。」
ヴェナの言葉を疑う訳ではないが、安心と慢心は常に死の要因になり得る。
それが単独行動中であれば尚更だ。
常に神経を尖らせながら、ミラは慎重に室内を探索する。
ミラの担当フロアは基本空き部屋ばかりだった。
乱雑に構成員たちの持ち物が投げ捨てられたような部屋は生活感など皆無で、こんな場所に重要なメダルが置いてあるなんてとても考えられなかった。
今踏み込んだ部屋も空っぽで、何一つ物が置いていない。
多分、屋上まで行ったとしても何もないだろう。
だが任務上、自分の役割が重要なことも理解している。
正直あまり気乗りはしないが、ミラは探索を続けることに決めた。
どうせ残りはこのフロアと屋上だけだ。
短時間で終わる。
そう、このまま捜索が続いていたならば。
ミラは屋上へと探索範囲を広げるべく、階段に足を掛けた。
その時だった。
「……あ。」
──廃墟同士の間の小さな隙間に、人影が過ぎる。
距離にしてほんの数百メートル。
時間にしてほんの刹那。
だが、それでも、胸が内側から掻き毟られるような不快な予感。
全身に絡みつく悪寒で、目が離せなかった。
通り過ぎた二人組。
一人はスーツを着込んだ長身の男。
そちらは正直なところどうでもよかった。
その相方が問題だった。
ビジネスライクなスーツと、
「………まさかッッ!!」
ミラは隻眼というハンデがあるせいか、常人よりも感覚器官が発達している。
視力に関しては2.0を優に凌ぐほどだ。
加えて、一年前に辛酸を舐めさせられた相手だ。
だからこそ、見間違えるはずがない。
「………っ持ち場離れます!!」
ヴェナからの返事を待つより速く、ミラは駆け出していた。
態々ビルの下層まで行くのは時間が足りない。
最短距離を目指さなければ取り逃してしまう。
直近にあったガラス張りの窓を目掛けて思い切り突っ込む。
ここは29階。
当然、屋外に投げ出されたミラの身体は重力に従って真っ直ぐ下に、コンクリートの地面目掛けて落ちて行く。
自由落下の風圧が身体を撫でる中、ミラは懐からメダルを取り出し真下に向けて投げ付ける。
「──テフラー!!着地任せた!!」
呼び声に呼応するかのように、閃光と共に薄緑色の相棒がその姿を表す。
蝶のような翅にミラがしがみついたのを確認すると、テフラーは大きく羽ばたき、暴風を辺りに巻き起こす。
落下の衝撃を極限まで弱めると、ミラは地上から数メートルはある中彼の背中を蹴り上げ空を舞う。
「プレシオ!!」
続け様に呼び出したのは細身が特徴的な海竜─プレシオ。
滞空中に体勢を変え、呼び出されたばかりのプレシオに靴裏を向ける。
「
いつかと、同じ指示。
プレシオは困惑することも躊躇もなく、ミラの身体にワザを撃ち込む。
手加減しているとは言え、リバイバー同士の戦いでもダメージを与えられる威力だ。
鈍痛で少し息が止まるが、これによって得られる推進力は大きい。
ミラは弾丸のように空を切り、十数メートル先のコンクリートに靴裏を消耗しながらも着地する。
「ヴェナさん!!!」
人っ子1人いない廃墟に、力強くミラの声が響く。
『っなんだなんだ次から次に!!』
耳元のインカムが起動して、ヴェナの声とカタカタと言うタイピング音が間近で鼓膜を打つ。
ヴェナのいつもの違う口ぶりから察するに、恐らくシャグランたちの方にも不測の事態が起きているはずだ。
だがこちらもそれを慮って詳しく報告をしている暇なんてない。
全力で疾走しながらミラは簡潔に、倒すべき仇敵の名前を叫ぶ。
ヴェナならば、それだけできっとミラの意図を理解してくれる。
「リリーです!!!ヤツがいました!」
「っんだとぉ!?絶対逃すなよ!!
…っでも足止めだけでいいからな!シャグランたちの手が空き次第すぐそっちに向かわせる!無茶だけはすんな!」
「はい!」
分かっている。
自分の無鉄砲さが、ヴェナたちを悲しませることを。
皆が自分を想ってくれていることを、今は心の底から理解している。
だから捨て鉢の無茶だけは絶対にしない。
危険が迫れば即座の撤退も選択肢に入っている。
一年前とは違うことをあの女に思い知らせてやる。
そんな心意気で、ミラはリリーの背中に追い着いた。
「待て!!!」
大声での静止に、リリーと護衛の男はゆっくりと振り返る。
その仕草はまるで日常の中の姿で、緊張も焦りも驚愕も感じられなかった。
「あらあら…あの時のお嬢さんじゃないの。お久しぶりね、元気だったかしら?」
どこまでも余裕たっぷりな態度に奥歯を噛み締めつつも、ミラはリリーの鳩尾に照準を合わせる。
「この距離なら外しません…。ここが年貢の納め時ですよ。」
リリーとミラの間に横たわる距離は5メートルほど。
この距離であれば、彼女に麻酔弾を撃ち込むことなんて造作もない。
唯一、横に控えている男が不安要素だ。
スーツ姿に佩いた2振りの日本刀から察するに恐らくは戦闘要員。
彼我の戦闘力差は見ただけでは把握出来ないが、リリーを捕らえて時間を稼ぐくらいのことはミラにも出来るはずだ。
「うふふ……貴女が私に引導を渡してくれるの?」
「………消すか?」
「いいえ?必要無いわ。」
横の護衛の申し出を、リリーは淑やかに制止すると空を眺める。
そのアクションにすら何かの仕込みがないのでは、と神経を尖らせるミラだが、彼女が動く様子はない。
…もうこれ以上睨み合う必要もない。
即座に引き金に指をかけ、撃鉄を鳴らそうとしたその時だった。
「──
リリーのその呼び掛けに、ミラの頭上から押し潰されそうな程のプレッシャーがのし掛かる。
……幾度と味わった、死の予感。
仄かに暗くなった視界から、ミラは脊髄反射で真横に飛び退いた。
「……はい、『お母様』。」
頭上から、深緑の刃が降り注ぐ。
ズドン!!!
と、巨大な質量を持ったナニカが、コンクリートを叩き割り巨大な土煙を巻き上げる。
「ッッッッ!!!」
咄嗟に回避を選んで横に跳んだが、あと一秒でも遅れていればミラはあのままミンチにされていたことだろう。
細かく砕かれた地面の破片たちがミラの肌を打ち付ける度に、それを実感する。
高く舞い上がる土煙の中の巨大なシルエットが揺らめいている。
異形ながらも、見覚えのある深緑のスーパーエボルバー。
それに、『ラムダ』という名には聞き覚えがある。
半年前のオークション戦に姿を現した兵士の名称だ。
以前もリリーと共に現れた彼女が現れるのは想定内だ。
今はこちらよりもむしろ…
「それじゃあね、お嬢さん。『私の大事な娘』を、よろしく頼むわね?
───
含みのある言葉を残したリリーは不敵に微笑むと、踵を返して路地裏の闇へと消えていく。
「ッ待て!!」
足止めの方法や、時間稼ぎの方法なんてもう考えている暇はない。
敵数は三。
流石に三対一は不芳だ。
せめて一人は確実に行動不能にしようと反射的に実弾へと弾倉を換装し、リリーに向けてそのまま撃鉄を鳴らす。
パン、という音と共に放たれた弾丸は真っ直ぐの軌道のまま逃げる背中にに命中…
「……遅い。」
するはずだった。
いつの間にそこに立っていたのだろうか。
弾道には既にスーツの男が立ちはだかっていた。
肉壁にでもなる気なのかと二射目に指を掛ける。
例え身体を張って一発目を遮ったとしても、銃弾をまともに喰らった人間はほぼ例外なく動けない。
そこで二発目を撃てば、結果は変わらない。
まずは男を排除して、空いた射線を即座になぞれば何とかリリーに届くはずだ。
「───ふぅ。」
ほんの少しの呼吸の刹那、男は腰の刀の鯉口をチャキリと鳴らした。
絵画のように無駄がなく、最低限の動きで最大の動きを発揮するほんの数秒の凝縮されたたった数秒の時間の中。
キン
甲高い赤い火花と共にミラの放った銃弾は呆気なく弾かれた。
彼の背後の煉瓦には2つの煙が上がり、男は何事もなかったかのように刀を納めると踵を返し闇に消えて行く。
「………は?」
暗闇で良く見えなかったが、ミラの半分の視界で得られた情報では『刀の男が銃弾を腰に挿していた日本刀で叩き切った』ように見えた。
まるで空間そのものを叩き切るような芸当。
『円卓』ですらあんな芸当を出来る人間をミラは数人しか知らない。
第一、斬鉄も秒速300mを超える弾丸を狙って叩き切るような神業も、ミラは初めてこの目にしたのだ。
その驚愕も驚嘆も計り知れない。
だが、
「──貴方の相手は私ですよ?」
この場の敵は、刀の男だけではない。
第二の敵影に姿を向けた時には既に、ナイフの刃先が目の前まで迫っていた。
「ッッッッッ!!!」
咄嗟に後方へ飛び退いて回避は出来たが、頬に鋭い痛みか走る。
温かな感覚が一走りすると同時に、頬には真っ赤な一筋の線が刻まれる。
痛みはあるが、致命的なものではない。
しかし目の前の少女はは既に追撃の動きへと入っていた。
先程までは片手持ちだったナイフを両手で握りしめて刺突の構えを取る。
体勢を大きく崩された以上、2撃目をいなせるかは賭けになる。
(急所以外ならくれてやる…!)
数秒後に訪れる激痛を覚悟しながら、ミラは唇を強く強く噛み締めた。
………だが、
「───!!!」
声にならないほどの絶叫と共に、ミラとラムダの二人を巨大なシルエットが覆った。
この場にいる危険を即座に判断したのか、ラムダは前傾姿勢を180度変えてタン、タンとバックステップを切る。
彼女の判断は正しかった。
瞬き一つの間に、ミラの目の前に極彩色の翼が舞い降りた。
「テフラー!ありがとう…助かったっ!」
想定よりずっと早い相棒の帰還に、ミラは思わず声のトーンが上がる。
彼が自己判断でミラの元に戻って来てくれなければ、きっと今頃大ダメージを負っていたはずだ。
主人の危機に駆け付けてくれたテフラーの献身に、ミラはつい口元を緩めてしまった。
だが今は緊急事態だ。
相棒との絆に胸を熱くするのは後でいい。
(…出血はほぼなし。問題ない。)
ミラは頬の傷に手を添えるが、痛みはない。
この程度の負傷は無いも同じだ。
全開で戦闘をしても支障は出ない。
ぐい、と袖で血を拭いホルスターから拳銃を引き抜き照準を改めて目の前の敵へと合わせる。
だが、アイアンサイト越しに映し出された敵の姿は、
「──え?」
ミラの口から空気が抜けたように掠れた声が漏れた。
……琥珀をそのまま埋め込んだみたいな鮮やかな瞳と、左目の泣き黒子。
髪質も声質も、背格好も何もかも違うがその容姿に思わずミラの時間は止まった。
「フィリ……ア?」
見違えるはずもない。
いつも隣にいてくれる彼女の顔を。
しかし同時に猛烈な違和感がミラの心には押し付けられる。
だって、矛盾していることがあまりにも多すぎる。
疑念が多すぎる。
心が信じられないと叫んでいる。
「…………随分と不愉快な人違いをしてくれますね。」
そんな焦点がブレているミラを無視するかのようにラムダは心底不快そうに眉を歪めると、アイスパックのような鋭い眼差しでミラを睨み付ける。
(……ブラフ?それとも何かの罠…?でもそれに何の意味が…。
───それ………とも……まさか…フィリアが、敵?)
だが、今はどれだけ考えても仮説しか頭には浮かんで来ない。
であればこれ以上思考するのは時間の無駄でしかない。
ブンブン、と頭を振って今やるべきことの優先順位を立てる。
まずは目の前の少女の無力化、及びキャメロッ島へ連行して尋問をする必要がある。
リリーを直接捕えることは今日はもう叶わないが、奴に繋がる情報であれば娘と思しきラムダも有しているはず。
今は、目の前の敵を倒すことだけに意識を整える。
「……どうやら貴方にも色々聞かなきゃいけないことがあるみたいだね。」
「期待しない方がいいですよ。貴方には無理ですから。」
「それを決めるのは貴方じゃないよ。悪いけど手加減はしない。」
「トリスタンの成り損ないが随分と偉そうですね。私の心配をするくらいなら、出来損ないの自分の身を案じては?」
「別に貴方の心配なんて欠片もしてない。これから少し痛い目を見てもらうことの事前確認だから。」
「………ムカつきますね、貴方。」
舌戦を終え、ラムダは眉間に皺を寄せながらナイフを、ミラは淡々と拳銃を構えて向かい合う。
互いに狙うは、敵の急所のみ。
最速最短で制圧することだけを見据えている。
2人の少女は己が凶器を力強く握りしめた。
それに呼応するようにそれぞれの相棒も鋭い牙を覗かせる。
荒れた廃墟群の中で、二人の少女は命を燃やすのだった。
────────────────
──所は変わって、『コルタナ』が交戦している廃屋群から数100メートルは離れているであろう建物内。
ここは今回の標的となった組織の別拠点だった場所だ。
数分前までは本拠地が襲撃されたことを視認した彼らは、混乱しながらも仲間たちへの救援へ動くために活気付いていた。
そう、本来であれば。
「…………。」
少女は血塗れの通路を、何気なく散歩でもするかのような軽やかな足取りで歩く。
カツ、カツと軍靴の音が冷え切ったコンクリートに反射して、溶けて消える。
数分前までは確かに在った喧騒はもう何処にもありはしない。
床には真っ赤に染まった血のカーペット。
人間だった肉片と、リバイバーだった肉片が無造作に、無作法に、乱雑に散らかっていた。
その断面は全てうっとりするほど綺麗に裁断されていて、まるで料理前にまな板に並んだ食材みたいだ。
そしてこの地獄を作り上げた張本人は、むせ返るほどに充満した血の匂いを気にも留めずに手に持った鉄塊にこびり付いた血を篩い落とす。
「これが改造リバイバーか……。味も悪いし形も良くない。皆んなに食べさせられる様なシロモノじゃない。………無駄足だったかな。」
虐殺者──バジル・アンファンは口元に塗られた赤を拭い、血の混じった唾を床に吐き捨てる。
完全な時間の無駄と判断した彼女は即座に別の獲物を探す。
そしてその視線は、常に強者の待つ方角へ向けられる。
「……ん……?」
数100メートル先の光景であっても、バジルの目にそれは明瞭に映っていた。
黄金の瞳に映り込むのは、まるで弦楽器のような翼を羽ばたかせた翼竜。
記憶が確かならばアレは確か、『円卓』の食材の一つ。
「運が良いね。味見くらいはして行こうかな。」
一対一ならいざ知らず、流石に部隊単位に突っ込むのは不利だとバジルは弁えていた。
だが察するにあちらも依然任務の最中。
混乱に乗じて可食部位の一つや二つをもぎ取ることは不可能ではない。
思わぬ僥倖にぺろり、と唇を濡らすとバジルは次の餌を求めて足を踏み出す。
ただ、直後にその踏み込んだ足はぴたりと止まった。
その理由は極めて単純。
真後ろから、とんでもなく剣呑な気配を本能が察知したからだ。
「『ママ』の作品に無駄足とかマズいとか失礼なヤローだなぁ。」
部屋の隅……否、窓の方向から響いた聞き慣れない声に、バジルは即座に向き直り腰の刀に手を添える。
「……誰?」
窓枠に腰掛けていたのは、地面に広がる血よりも鮮やかな赤色の髪を揺らした少女だった。
年齢は、バジルよりも少し低い程度。
だが、訓練を積んだ大人でも卒倒しそうなこの凄惨な血溜まりを見ても特に反応しないあたり、マトモな人間ではないのだろう。
そして、その素性は目の前の少女の第二声であっさりと判明した。
「そこの改造リバイバーの………姉妹機?とか…そんな感じ?よく分からんけど。」
「へぇ…。」
素性はどうあれ、バジルは彼女の姿をまじまじと眺める。
頭の先から爪の先まで。
一番大切なことはハズレ食材を掴まないことだとつい先程学んだばかりだ。
その上で目の前の少女の食材としての質は…
「うん、肉質は悪くない。量もいい。強いて言うならその減らず口が邪魔なくらいかな。」
「ゴチャゴチャうるせえんだよクソ女。どーせ相方が援護すんなとか言ってるからな。戻ってくるまで遊ぼうぜ。」
窓枠から降りた少女….ミューは、ポケットに忍ばせていたであろうメダルを取り出してとても少女とは思えないほど凶悪な笑みを浮かべる。
外見から判断するに、それが意味することは『カセキバトル』。
バジルもまた胸元のメダル、そして腰に佩いた長刀を握り締める。
低く低く構え、赤毛の少女の首を飛ばすべく狙いをつけた。
「命知らずなところは褒めてあげる。食卓に並べるのが楽しみだよ。」
「ぶっは!イカれた趣味だなオイ!あたおか仲間に宜しくなぁ!」
大きく舌を出しながら煽りの言葉。
口の悪いミューからすれば少しでも相手を怒らせて本気を出させるための戦闘のスパイス。
だが、その当ては大きく外れた。
「────は?」
昏い昏い炎が灯る。
昼のはずの世界に、真っ暗な帷が降りる。
そう錯覚してしまうほどの圧倒的な威圧感。
無機物すらも気圧されているのか、ガラスが軋み、足元の床材のヒビが大きく広がる。
何もなかった空間に怒りの熱と、死の恐怖への冷気が同時に介在し、常人ならばそのギャップに狂を発してもおかしくないこの状況。
加えて目の前に立つのは獣、という形容すら生ぬるいほどの殺意と敵意を剥き出しにした怪物だ。
多くの戦場を暴れ回り、数多くの猛者と渡り合ったミューでも圧倒される。
脂汗が止まらない上に、喉は紙でも貼り付けられたようにカラカラに乾燥していた。
(…………これ、喰われるなぁ…。)
「───!!!!」
ちろり、と舌を出すミューとは対照的にバジルの瞳は血走り、口元には牙のように歯をのぞかせている。
言うまでもなく、完全に頭が沸騰している。
…バジルは生まれてこの方、『人間らしい生活』というものを『無花果の会』でしか過ごしていない。
それも、同じフルコースである『ポワソン』や『ヴィアンド』のおかげで、自分は獣から人間に成ることが出来た。
バジルにとって『無花果の会』を否定される事、それ即ち自身の人生そのものを完全に否定させることと同義。
故に、『無花果の会』を貶めることは彼女の前ではタブーそのものなのだ。
今のバジルは体裁だけは人間の皮を被っているが、限りなく猛獣に近いバケモノだ。
青筋を顔中に浮かべたバジルは長刀を引き抜き、寒気がするほどの殺気と共に目の前の少女に全霊の敵意を以って相対する。
「ぶっっっ殺す…!!!!!!」
口から溢れた何の混じり気もない純度100%の殺意の言葉。
常人なら失禁しそうな怒りの暴風の前でもミューは笑った。
暇つぶしにしてはとんでもない火遊びになってしまったが、これもミューの人生を彩る楽しい遊びの一つだ。
それに、『母』の作品をコケにされてミューもあまり内心穏やかではない。
「ハッ!!こっちのセリフだバ〜カッ!!!」
こうして、誰も知らない生存競争が幕を開けた。
次回の更新は未定です…!気長にお待ちください…。