Rebellion Against Fate 作:zawadinosaur
〜side シャグラン〜
廃墟群にはとてもそぐわない近代的なビルの門前。
その出入り口には体高20メートルを優に超える巨大龍が往来を完全にシャットアウトするようにシャグランの眼下に立ち塞がっていた。
巨体を見下ろす彼の瞳には、当然ながら恐れなど微塵も宿ってはいない。
最速、最短でいかにこれを無力化するかだけをシャグランはひたすらに思案していた。
ビル内では今、アレクとブルートが捕縛した敵の移送を行なっている真っ最中だ。
そんな中でこんな規模の化け物が暴れれば、ビルごと全員の命も消し飛んでしまう。
故に、今すべきことはただ一つ。
一瞬でこれを打倒する、もしくは可能な限り気を引いて時間を稼ぐことだ。
だが、後者はあの巨体がこの場所から大きく動くことによる崩落のリスクがある。
加えて、正気を失っているであろうアレの気を引いて誘導することがどこまで可能かも未知数だ。
となれば、取るべき選択肢は一つしかない。
全力を持って、この敵を討ち取ることだ。
──何より、『円卓の騎士』に後退はない。
「行きますよ、フェイルノートッ!!」
セイスモーがシャグランたちを敵と認識して動き出そうとした刹那に、フェイルノートは全速力で巨龍への距離を詰める。
同時にシャグランは地面目掛けてギガーのメダルを投擲した。
「ギガー!『ヒートブレス』ッ!!フェイルノート、『ウイングカッター』!!」
号令と同時に地上に呼び出されたギガーは、即座に主の命令を遵守して頭上を目掛けて爆炎を吐き出し、そこへフェイルノートの風刃が降り注いだ。
黒煙を纏った炎は、吹き下ろされる風によってその威力を格段に増し、そして普段は比較的非力な風は、炎によって通常以上の破壊力を発揮する。
焔を纏い、触れる者全てを焼き切る風の刃が土色の巨体へ爆撃のように降り掛かる。
刃は衝撃に反応して着弾地点で炸裂し、炎へ風を送り対象を取り囲むように轟々と燃え盛る。
まるでウィッカーマンのように黒煙を噴き上げるその様子は正しく炎の牢獄。
普通の生物であれば取り囲む熱と恐怖でまともに動けなくなるこの合体ワザ。
いくら巨大な体躯とは言え生物であることには変わりない。
本能的に熱を忌避し、このまま動きを繋ぎ止めるには十分な効果を発揮するはず。
……だが。
「ッ!!」
「GOOOOO Aッッッッ!!!」
人ならざる怪物に、炎の恐怖は通じない。
脱出不可能に思われた炎の監獄はあっという間に振り払われ、柱のような脚に踏み潰された。
想定を上回る耐久だが、シャグランとてこの程度で万策が尽きたわけではない。
二の矢三の矢は当然ながら備えている。
しかし、
「GAAAA………。」
高空にいるフェイルのートに攻撃を当てられないと察したのだろうか。
セイスモーはシャグランから視線を切ると、真横に聳えるビルに向かって上体を勢いよく振り上げた。
このモーションに、シャグランの顔から血の気が引く。
「マズいっ!」
この構えは、『とく大スタンプ』。
通常個体のこのワザは特に何の変哲もない竜脚類ののしかかりだ。
だが、この怪物のそれは規模が圧倒的に違う。
もしもこのまま放たれれば、周囲は規格外の振動で崩壊しかねない。
それはつまり、後方支援部隊も巻き込まれ、ビル内部人間もタダでは済まないことを示している。
「フェイルノート!!」
細かい指示を出している暇はない。
アレの気を逸らすことが最優先だ。
セイスモーの眼前を飛び回り、目眩しをすることで時間を稼ごうと吶喊を決意したその時だった。
「──『ライデンサンダー』ッ!!」
暗雲から放たれた雷撃がセイスモーへと襲い掛かった。
「GOAAAAAッッ!!?」
稲妻は岩石のような表皮を駆け巡り、痺れと衝撃が巨龍の内部を破壊する。
あまりに唐突な横槍に、セイスモーはバランスを崩し真横へ転倒した。
かなり強烈な地響きは発生してしまったが、本来起こるはずであった被害と比べれば天地ほどの差だ。
プスプスと焦げた表皮を蒸気と共にあっという間に復元すると、セイスモーは闖入者を充血しきった瞳で睨みつける。
その視線の先に立っていたのは、
「バリトンさん!」
「遅ればせながら、現着しましたトリスタン卿。仔細はヴェナから聞いています。」
既に臨戦体制を取っているバリトンだった。
その根拠に、普段はここぞと言うとかまで温存しているライデンを初めから引き連れた状態での参戦だ。
そして勿論、黒色のイグアンとアンキロも既に呼び出されている。
「先ずはこれの制圧を?」
「ええ!申し訳ありませんが全力でお願いします!」
「了解です。」
シャグランが声高に叫んだ声にフェイルノートも、ギガーも、バリトンが引き連れるリバイバー達も高らかに咆哮を上げる。
戦闘のための士気は申し分ない。
だがシャグランは直感していた。
(バリトンさんが合流して下さったのは喜ばしいですが……!)
──
先の雷撃を食らった後のセイスモーの反応からして大ダメージに違いないが、あの個体は焼き切れた内外の傷を即座に回復していた。
時間にして、約数秒。
その時間以内に追撃を行うことは有効な手立てとなるだろう。
だがそれは現実的ではない。
つまり、あれを倒し切るには
しかし、シャグランの主力であるフェイルノートは属性や攻撃力の問題から決定打の後押しとはならない。
『加護』を発動したとしても倒せる確証はまるでない。
バリトンが従えるライデンの『ライデンサンダー』も連発出来るような一撃ではない。
「あと一押し……何か…!!」
ほんの少しで良い。
何かこの盤面以外からの要素を、不測の幸運を、シャグランは唇を噛み締めながら思案するのだった。
〜side フィリア〜
振動と轟音と、内装全てが軋む音。
電灯は次から次へと点滅して、衝撃の度にディスプレイの画面にはヒビが入り、車内はどんどんと暗闇の割合が増していく。
きっと、瓦礫が車体に降り注いでいるのだ。
インパクトの度に内臓が揺れるほどの揺れが行き渡り、今にも車体全体が潰れてしまいそうだ。
「シャグランッ!ちょっとでもソイツを引き離せ!こっちは解析を急ぐから!!」
「ヴェナさん私はどうすれば!?」
「シーナはミラの向かった場所のジャミング解除だ!アイツが無茶しないための見張りっ!!」
「はいっ!」
「アレクとブルートはさっさと縛った奴ら全員裏口から運び出せ!言っとくけど全員死なせんなよ!!」
そして、ヴェナとシーナの鬼気迫る叫び声。
今すぐにでも逃げ出したい衝動を必死に抑えながら、フィリアは耳を塞いでその場に蹲っていた。
だって、今外に逃げ出してもきっとあっという間に瓦礫に潰されてしまうだけだ。
もしも戦いに参戦したって、初心者の自分が役に立てるはずもない。
だから、今出来ることはここにいることだけだ。
それに、何より。
「〜〜ぅぅッッ!!」
──聞こえてくる。
あのセイスモーの悲鳴が。
脳をシェイクするかのようにグルグルグルグルと思考を掻き混ぜてくる。
乗り物酔いよりも遥かに酷いソレに吐き気を催しつつも、フィリアはただひたすらに耐え続けていた。
『やめて。』 『痛い。』 『どうして。』 『帰りたい。』
そんなどこまでも純朴で純粋な悲痛な願いが耳を塞ごうと、フィリアの頭の中には濁流のように流れ込んで来ていた。
まるで子どもの夜泣きや慟哭きも違い金属に爪を立てるような金切り声。
耳を塞いでも鳴り止まない嵐のような慟哭に頭がおかしくなりそうだった。
「クソったれ何なんだよあのセイスモー…!シャグランたちの火力じゃ千日手じゃんか…!!何か弱点は…!!」
そんなフィリアの様子に気付けるような暇もなく、ヴェナは苛立ちをそのまま反映させたような声色で綺麗な赤髪を乱雑に掻きながらひび割れたディスプレイを睨みつけている。
きっと、何か打開策を考えている最中なのだろう。
揺れる視界の中で映像を見ている限り、きっとあのセイスモーを鹵獲することが今回の主目的だったのだとフィリアは確信する。
フェイルノートの突風も、ライデンの雷撃も、ギガーのブレスも、イグアンの物理攻撃も何もかもを立ち所に全回復してしまっている。
『コルタナ』の主戦力の攻撃を悉く無効化し、あちらの攻撃は一撃でも喰らえば戦闘不能。
オマケにアレが動く度に地震で周囲の廃墟が破壊されていく地形破壊が特典で付いてくる。
正しく無理ゲーのボスだ。
このままだと、きっとフィリアたちも車ごと瓦礫の山に埋められてしまう。
それに、アレクとブルートたちが捕らえ運んでいる人間たちもきっと無事では済まないだろう。
今すぐにでも倒して鎮圧すべき破壊の化身そのもの。
(……でも。)
何も知らない人間が見れば、あれは紛れもなく化け物だ。
でも、
リバイバーの気持ちを量り知ることが出来るフィリアだけが、知ることが出来る。
寄り添うことが出来る。
誰かの手で、無理矢理哀れなフランケンシュタインとされてしまったあの恐竜に。
だって、あのセイスモーもフィリアと同じで事情を知らない者が見れば怪物でしかないのだから。
だからこそ、何とか救いたい。
あの苦しみの渦中から解き放ってやりたい。
だが、
(私、なんかじゃ……。)
致命的に実力が足りていない。
先述したようにフィリアの力では戦況を変えられない。
セイスモーを倒すことも、倒すための名案も浮かんでこない。
だから、今は見て見ぬ振りをするしかない。
あの苦しむ声を、聞かなかったことにするしか…。
「………えっ?」
その時、胸元のメダルが強く輝いた。
フィリアの心に呼応するように瞬いたグランデの声に、相棒の心からの声に耳を傾ける。
何しろ、こんなことは初めてだった。
メダルから出た状態であれば控えめながらも積極的に意思表示をするグランデだったが、メダルのままの状態で何かを伝えようとするなんて。
『──信じて。』
ただ短く、でも力強くグランデはフィリアに語り掛けていた。
信じて欲しい、と。
グランデの力を。
そして何より──フィリア自身の力を。
(──そうだ。そうだった)
違う。
そうだ、違う。
思い違いをするところだった。
確かに、フィリア1人の力では何も出来ないし、どうしようもない。
出来ることなんて、手の届く範囲をことに対して足掻くくらいだ。
でも、
何だって出来る。
きっと、この状況を変えることだって。
そうと決まれば、やることは決まっている。
「……ヴェレーノさん。少し良いですか?」
「……はい、どうされましたか?」
ヴェナとシーナは、それぞれの作業に係り切りだ。
だからせめて、この場にいるもう一人の仲間へと言伝を残さなければ。
今手が空いているのは、医療担当のヴェレーノだけだ。
フィリアは少し身を乗り出して、ヴェレーノへ顔を近付ける。
このいつ車体が潰れても可笑しくない状況でも、フィリアの後ろに待機していた彼女は眉一つ動かしてはいなかった。
この人は何者なのかと本当に気になるが、今はそれを深掘りする時間はない。
「私は素人ですけど、今の状況の打開にきっとグランデと私は役に立てます。
──だから、シャグランさん達のところに行かせて下さい。」
フィリアの真っ直ぐな眼差しに、ヴェレーノは糸のように細かった目をほんの少しだけ開いた。
初めて目の当たりにした彼女の紫紺の瞳に驚きつつも、直後更なる驚愕がフィリアへ聴覚へと叩き付けられた。
「ぃっ!?」
ダン、と鋭い音に目を見開いて慌てて音の発生源へ目を移すと、ヴェナが普段は穏やかなオレンジ色をナイフのように変えてこちらを睨み付けていた。
「オイフィリアっ!!ふざけた事言ってんな!んなこと許可できる訳ないだろ!!」
一体いつからフィリアの聞いていたのだろうか。
青筋を立てたヴェナは普段の彼女とは打って変わって言葉を荒げている。
それに。ヴェナの言っていることはもっともだ。
全体の指揮をする彼女にとっては、新人のフィリアを出撃させることなんて許可出来るわけがない。
かろうじて拮抗している今の戦況を悪化させるかもしれないし、何よりきっとヴェナはフィリアを身を案じて怒ってくれているのだ。
それはとても嬉しいことだし、本来なら素直に聞いておくべき怒りの言葉。
でも、今は違うとフィリアは思っている。
自分可愛さに目の前で苦しんでいるリバイバーを見捨てるなんて、それこそ騎士の端くれとして恥ずべきことのはずだ。
叱られるのは怖いが、フィリアは怯まず、目を逸らさずにヴェナの瞳を見つめ続ける。
「……許可します。」
そんなフィリアの様子で何かを察してくれたのか、ヴェレーノは静かに頷いた。
「ッヴェレーノさん!?」
「ヴェレーノ!!ふざけんな作戦立案するのはシャグランだ!アイツが許可しない限りダメに決まってんだろ!!アタシも許さねえ!」
意外にも程があったヴェレーノの言葉に、フィリアは心の中で一安心し、シーナは驚愕し、ヴェナは怒りをさらにヒートアップさせた。
だがそんな猛火のような怒りにもヴェレーノは氷のように冷たい表情で真正面から向かい合う。
「そのシャグラン君が今手が離せない状況です。そして司令塔たる貴女は冷静さを欠いています。であれば、
………ヴェナリスティア。貴女は頭脳は疑う余地がありませんが感情に流されすぎです。もう少し、仲間を信じてみるのも悪くはないでしょう。」
「信じるったって…!」
ヴェレーノは安楽椅子から腰を上げると、食い下がるヴェナを嗜めフィリアの目を品定めをするように見据える。
「──フィリア。貴女の覚悟は本物ですか?」
彼女の言葉は短くて、普通の発声のはずなのに不思議と心の奥にのし掛かるような緊張感がある。
それでも、フィリアの意思は曲がらない。
「……はい!覚悟とかはまだ実感が湧かないですけど、これが今の私のやりたいことです!!あの苦しんでいるセイスモーを助けたいんです!!」
「…あぁ、貴女の特性ですか……。成程、そう言うことですか。」
ヴェレーノはフィリアの言葉を噛み締めるように頷くと、座席の側面へと足を運び壁に掛けてあった袋へと手を伸ばす。
「でも…ヴェレーノさん、今のフィリアを戦場に行かせるのは危険過ぎます…!」
尤もすぎるシーナの言葉に、ヴェレーノはため息混じりに振り返る。
「……安心して下さい。私も同行しますから。」
その申し出にようやくヴェナも納得したのか、表情は歪めたまま椅子への負担なんて気にしていないように乱暴に椅子へ腰掛けた。
「……ッッ分かった。でもフィリアには傷ひとつ付けんなよ。」
「誰に言っているんですか。」
座りざまに発されたヴェナの言葉を軽く受け流すと、ヴェレーノはフィリアの目の前に立つ。
真正面から見た彼女はフィリアよりも上背があって威圧感こそあれど、今この瞬間ではそれが頼もしさの担保になっていた。
「ではフィリア、準備を。」
「はいッ!」
威勢のいいフィリアの返事から、ものの数分後。
2人はシャグランたちの交戦場所への最短のルートと、飛び出すタイミングを共有した。
後は車を飛び出して、グランデの背に跨って決められたルートをただひたすらに走り抜けるだけだ。
降り注いでくる瓦礫については、ヴェレーノが『大丈夫』と言うのみで詳細が聞けなかったことが唯一の不安分子ではあるのだがそこは迷いなく答えてくれ彼女を信じるしかない。
「スゥゥ…………ハァ…………!!」
厳しい鉄の扉の前で、フィリアは何度も何度も深呼吸を繰り返す。
肺が文句を言ってきそうなくらいに息を吸い込んで、気管が悲鳴をあげそうなほどに息を吐き出す。
そうすると、やっと爆ぜる心臓と胸に張り付いた緊張感が和らいでくれた気がする。
「それではフィリア、十秒後に飛び出しますよ。準備はいいですね?」
「…はいッ!」
元気に返事はしたものの正直弾みで胃の内容物をぶちまけてしまいそうなくらいには緊張している。
10秒がこんなにも長く感じたのは生まれて初めてだ。
過ぎる秒針の音も、心臓の鼓動もはっきりと聞こえる。
何しろ自分の命と仲間の命を賭けのテーブルにベットしているのだ。
立っているだけで気分が悪くなってくるのも然もありなん、と言ったところだ。
だが、時の流れは全人類平等だ。
『GOッッ!!』
ヴェナの合図とともにその瞬間は訪れた。
「おいで!グランデッッ!!」
「来なさい、ペロロン、ジャンゴ。」
隣に立つヴェレーノとともにメダルを全力投球すると、フィリアは思い切りよく車の外へと飛び出した。
続くヴェレーノも2体のリバイバーをメダルから呼び出した。
蒼い剣山を背負った剣竜と、紅の牡牛。
正反対のカラーリングの彼らの従えた彼女は、膝を曲げて主人を待つペロロンの背中一息で飛び乗った。
「ジャンゴはここに待機。ペロロンは私を乗せて走りなさい。」
2頭へ迅速に指示を出すと、ペロロンに騎乗したヴェレーノはフィリアの返事を待つまでもなく物凄いスピードで駆け出していく。
「私たちも行こう、グランデ!」
このまま置いていかれるわけにはいかない。
相棒の背中へ飛び乗ると、嘶くグランデと共にフィリアもまたヴェレーノの背中を追い掛ける。
走り抜けるべきコースは古い造りの廃墟たちの間にある細い路地裏。
リバイバー一頭であれば何とか通り抜けられる狭さの道を曲がることなく直進しながらフィリアを乗せたグランデは全速力で駆ける。
「───ッ──────ッッ!!!」
だがそれはただの人間であるフィリアにとってはとてつもない負担がのしかかっていた。
アトラクションなんかとは比にならない程の風圧と振動。
一瞬でも手の力を弱めれば、慣性の法則であっという間にフィリアは廃墟のシミになってしまう。
グランデも当然手心を加えて走ってくれてはいるが、それでも既にフィリアは限界が近い。
加えて。
『瓦礫落ちてくるぞ!』
当然と言うべきか、予測通りと言うべきか。
知らされた危機にハッと顔を上げると、グランデが駆け抜ける先の建物はひび割れ既に崩落しかけていた。
あのままそこを通れば、瓦礫が落ちてくる
しかし進路を今さら変えることはできない。
フィリアは覚悟を決めて、腕に込める力を先程より数段強めて歯を食いしばる。
「突っ切ってグランデ!!」
相棒を信じて、その背に全力でしがみ付くことだ。
自分の頭上に岩が落ちてこないことを全霊で祈りながら。
『─その心配は無用だと言ったでしょう。露払いは私が引き受けます。』
耳に装着していた無線越しの言葉にもう一度視線を上に向ける。
「ジャンゴ、『ポイズンアロー』。」
車体横に控えていたジャンゴの剣山から、無数の紫色の斬撃が瓦礫目掛けて放たれた。
本来、ジャンゴの持つこのワザはそこまで破壊力があるものではない。
重く硬い瓦礫を相手にすれば、影響を与えることは出来ても破壊するまでの攻撃力は持ち合わせていない。
しかし、ヴェレーノのジャンゴが放つ斬撃はいとも容易く岩石たちを粉々に打ち砕いていく。
「…良くやりましたジャンゴ。勘が衰えていないようで安心しましたよ。」
ジャンゴが瓦礫を砕いた仕組みは至極単純、
それは硬質なカセキ岩にバスターポイントがあるのと同じ理屈だ。
物質を細かく見極め、怪我や傷を見続けてきたヴェレーノの経験と、それに付き従い続けて来たジャンゴだからこそ出来る戦い方。
リバイバーと人間の信頼と経験値が可能にする絶技。
落下していた瓦礫は一つ残らず粉微塵になり、フィリアの髪に落ちてくる頃には細かい石ころにまでなっていた。
今日は一体何度ヴェレーノに驚かされるのだろうか。
てっきり彼女は後方支援がメインの非戦闘員なのだとフィリアは思い込んでいた。
だが実際のこの人の実力を見せつけられてその先入観は何一つ合っていなかったことを現実として叩き付けられる。
素人目から見ても、ヴェレーノの腕前はミラやシャグランに匹敵している。
「すごい……。」
「さあ、行きますよ」
思わず唇から漏れた感想はグランデの蹄が奏でる足音で掻き消されてしまったが、フィリアの心には憧憬が焼き付いていた。
目的地には思いのほか早く辿り着くことができた。
絶えず振動が響き続けている地面に恐る恐る着地すると、フィリアは建物の陰から戦場の様子を覗き見る。
視界の先では石像かと見紛うほどの巨龍と、その足元と頭上ではバリトンとシャグランと、そのリバイバーたちが戦い続けていた。
この距離で見るとまるでジオラマのようなサイズ感だ。
なんて、子供のような感慨に耽っていたが今はそれどころではない。
「はぁ……っ!はぁ……っっ!」
遂に訪れた大一番に、フィリアの脈は狂いに狂い呼吸も普段の2倍速だ。
明らかに健常ではないその状態を見兼ねてペロロンから飛び降りたヴェレーノはフィリアの背に手を添える。
「…落ち着いて、呼吸を整えて、酸素を脳に回しなさい。」
添えられた掌の温かさは、不思議と強張ったままだった表情とほぐしてくれた。
「──貴女が思う今の最適解を、全霊で出してみなさい。」
次いで語られたヴェレーノの言葉を、フィリアは心の中で何度も反芻する。
「───私の、全力。」
今出来る最適解は、グランデの持てる力の全てをあのセイスモーに撃ち込むことだ。
そのためには、グランデと深く同調して指示を出さなければならない。
練習では何度も成功させられたことでも、こと本番となるとやはり不安と焦燥は拭いきれない。
だが、
「────。」
不安を分かち合おうと見上げたグランデの瞳には、不安なんて一ミリも宿っていなかった。
彼の心を読む必要もない。
グランデは、フィリアを心の底から信じてくれている。
きっとそれはヴェレーノも同じだ。
だから、応えたい。
彼女たちの期待に、自分の今までの研鑽の日々に。
「はいっ!!」
勇ましい返答に応じるようにグランデは大通りへと飛び出した。
あの巨大なセイスモーを倒すには、ただの一撃じゃ足りない。
そして下手に接近しては体格差であっという間に圧殺されてしまうだろう。
そうなれば、取れる手段は唯一つ。
「やろうグランデっ!」
「kyuaaaッッ!!」
──遠距離から放つ全力の一撃だ。
絶対に失敗出来ない一瞬を前に、フィリアの意識はかつてないほどに研ぎ澄まされていた。
小石が落ちる音も、ヴェレーノの息遣いも、セイスモーの咆哮すら耳で捉えられる。
そして勿論、それは彼女の持つ
普段であれば、人間以外の生物の思考を抽象的に把握する程度だったが、限界まで没入した今であれば平時とは比にならない。
全霊で集中をした現在、不思議なことにグランデの視界がはっきりと見えた。
そして、グランデの気持ちも感覚も。
彼にシンクロするように、同じ感覚を共有しながら角先に集まった光弾を圧縮し、集めて、凝縮する。
面を攻撃する光じゃ足りない。
天を穿つほどの、一閃を。
曇り空を晴らすくらいの閃光を。
自分と同じあの恐竜に、安息を。
「ッッグランデ!!『オミアシ・ティンズ』ッッ!!」
掛け声が響き渡るよりも疾く、限界まで圧縮された熱線が巨龍を目掛けて放たれた。
〜side シャグラン〜
フィリアが前線へ出るほんの数瞬前。
シャグランとバリトンは超大型セイスモーとの死闘を演じていた。
振り回される石柱のような太さの首による鞭打をファイルノートは潜り抜ける。
「ッぐ……!!!」
全身を撫でる突風と重力に耐えながらシャグランは全力で頭を回し続けていた。
何処かに核のようなものがないか、ヴァンパイアにとっての十字架のようなナニカがないかと。
それはバリトンも同じで、あの巨大に隠された弱点を炙り出さんと絶え間なく攻撃を浴びせ続けていた。
イグアンとギガーは踏み下ろされる鉄槌を潜り抜けると、そのまま地面と接した脚部へと攻撃を放つ。
だがそれも蚊の一刺しにもなっていない。
鉄柱のようなソレを動かすことも、大ダメージを与えることも叶わない。
傷付いた組織は即座に白煙とともに修復され、今し方の一合には何の意味もなかったことを見せ付けられる。
「仕方、ありませんね……。」
どこまで有効か定かではないが、『加護』を駆使した一撃であれば多少現在よりはマシになる。
何より、これ以上戦闘を長引かせることは仲間たちの命を背負うリーダーとして看過できない。
加護の使用を決心したその時だった。
『シャグラン!バリトン!!今ヴェレーノとフィリアがそっちに向かったッ!!後は任せるからな!!』
突然投げやり気味に伝えられた情報に決心を支える土台を大きく揺らした。
「な!?」
「何故…!!」
『うっせえ!!フィリアの意地っ張りとヴェレーノの理論武装だぞ!文句はアイツらに言え!』
何故許可したのか、とバリトンの怒りの言葉が言い切られるよりも早くヴェナが通信越しにキレ返す。
本来危険に晒されるべきではないフィリアがここに来る、ということにはシャグランも頭を抱えたが瞬時に別の考えに思い至る。
フィリアと……何よりオミアシであるグランデの力があればこの怪物を打倒し得るのではないか、と。
だが、そうこう思案している間にも状況は刻一刻と変化を告げる。
その証左に、彼らの視界の端では既に変化が起きていた。
眩い閃光が明滅して、周囲の光度を引き上げる。
「…っバリトンさん!」
「了解した!!」
2人はワザの前兆だけを見て、これはフィリアとその相棒であるグランデの『オミアシ・ティンズ』であると確信した。
何故彼女が前線まで出て来たのか、一体どんなやり取りがあったのかなんて今は気にするべきではない。
この瞬間『騎士として』どうするべきなのか、なんてことは2人は思考時間を割かずとも選び取っていた。
フェイルノートは空高く舞い上がり、ライデンは暗雲をこの廃墟群全てを覆うほどに肥大化させる。
放たれるであろうグランデの攻撃の軌道上へと互いの最大火力が待ち構える。
「『ダイセンプウ』!!」
「『ライデンサンダー』!!」
両者がワザの名前を叫んだのとほぼ同じタイミングで、遠く彼方から超速の一閃が空間を切り裂いた。
──渦を巻き、地を灼きながら疾る熱線を受け止めるように竜巻が吹き上がり、それに蓋をするように雷撃が幾度も幾度も降り注ぐ。
ほぼ同時にセイスモー目掛けて着弾した3つの災害とも呼べる必殺技は、溶け合うように混ざり合い、力を増す。
本来ならバリトンとシャグランの2人が研鑽し、互いの足りないものを補うために編み出した合体ワザ。
自分たちよりも強大な存在を打倒し、尚且つその対象を一瞬で意識を奪う慈悲すらある大技。
其の名は、
絵画のように幻想的な一撃は、巨大な竜巻となってセイスモーを包み込んだ。
だが美しい外見とは対照的に、
「GYAAAAAAAッッッッ!!!!」
竜巻の内部では休む暇もなく風の刃が旋回し、雷が対象の内外を完全に破壊。
それに追い討ちを掛けるように焔が領域内の酸素を素に燃え上がり、竜巻内部の全てを焼き焦がす。
この絶滅空間に於いては、いかに頑強な巨龍であっても耐え切れるはずもない。
唯一の救いは、
何かを破壊する以外に何も出来なかったこのワザを、フィリアの参入によってセイスモーを殺すことなく救うことが出来た。
火炎旋風が風に消えた後に残されたのは、地面の落ちた外付けの装置が取り付けられたメダルだけだった。
つい数刻前まで大暴れしていた振動の主は跡形もない。
離れた場所からでも、フィリアの決意で戦況を打開出来たことを示していた。
「お手柄ですね、ファリア。」
「はあ……はあ……お……手柄?」
ヴェレーノの発した言葉に、フィリアは息を切らしながら振り返る。
だって、あのセイスモーを休ませてやることが出来たのはシャグランとバリトンの力に他ならない。
フィリアはあくまで助けてやりたいと思ったから飛び出して、全力の一撃をあの二人に繋いだだけだ。
それだけでお手柄なんて、到底思えなかった。
「ええ、貴女が勝ち取った貴女だけの勲章です。」
ポカンと口を開けるフィリアを諭すような口調のヴェレーノは優しい眼差しでポンポン、とフィリアの青髪を撫でる。
『ヴェレーノさんの仰る通りですよ、フィリアさん。』
『ああ。助かったぞスノーフレーク。』
実感を得る暇も自分の中で消化する暇もなく、耳元で上司二人の褒め言葉が鼓膜を振るわせる。
まるでASMRのような心地だが、こんなにも色々とミスマッチなのは初めてだ。
だがそれでも、偉大な先達たちは純粋で曇りなき瞳でフィリアの健闘を讃えてくれる。
『フィリア!!無事か!!?』
「はい…………何とか……。」
耳元でどでかいヴェナの声が響くが、正直今はそれにリアクションを取れるほど元気ではない。
聞き取れるギリギリもない程の声で通信機越しの返事をすると真後ろでズシン、という音とともに土煙がフィリアを包んだ。
「グランデ……。」
「kyuu……。」
先の一撃で力を使い果たしてしまったのか。
グランデは力無く足を折り畳むとメダルの姿に戻り、フィリアの小さな掌の上に戻ってきたら。
事態の解決を実感したからだろうか。
当のフィリアも全身から力が抜けてしまって尻餅を付いてしまった。
思い返してみればジェットコースターなんかよりも遥かに力を込めて高速移動にしがみついていたのだった。
こうなるのも必然だ。
『後は……ミラの安否だな。ヴェナ、場所は割れたか?』
『おうよバッチリだ。だけど、バリトンは取り敢えずアレクとブルートのとこに行ってくれ。アイツら通信機落としたみたいで連絡付かないんだよ。』
『全くアイツらは………了解した。』
音声だけでも頭を抱えているのが容易に分かる声色のバリトンは通信から離脱した。
『シャグランは……。』
「ええ。私はすぐにミラさんの元へ向かいます。」
遠目から見ても戦闘後の疲弊を感じさせないほど軽やかな動きでシャグランは相棒のフェイルノートに跨ると、あっという間に見えないくらいの距離まで飛んでいってしまった。
「私も…ミラの所に……!!」
フィリアは子鹿のようにガクガクと震える足で立ち上がる。
ミラもまだ持ち場を離れて、何者かと闘っている。
ほんの少しでもいいから、彼女の役に立ちたい。
だが、立ちあがろうとしたらフィリアの額に無情にもそっと人差し指が突き付けられた。
「いいえ、フィリアはここで休みなさい。まともに立ち上がれない今の貴女が行っても足手纏いです。」
「うっ……。」
辛辣ながらも真実しか言っていないヴェレーノの言葉に言い返せずにいると、その内姿勢を保つための力まで抜けてしまった。
地面に膝を突きつつも、フィリアは目を伏せる。
こんな時に友の力になれない自分の力不足にもどかしさを感じてしまう。
普段のクセで自罰的な思考が頭に浮かび始めてきた。
いつまでも下を向いてジメついた雰囲気のフィリアを見下ろしながらヴェレーノは小さくため息を吐く。
「……ミラは貴女が思うほどヤワではありません。帰りを待つのも、友の役目だと思いますよ?」
「……信じ、る。」
そうだ。
さっきだって、グランデを、シャグランたちを、自分の力を信じてどん詰まりの状況から活路を拓くことが出来た。
だったら、今この瞬間も信じることが自分にできる精一杯のはずだ。
(私、何とかやり切ったよ……。
──ミラ、信じてるからね。)
きっとまだ、この戦場の何処かで戦っているだろう親友の無事を祈ることが今の自分にできる最善だと信じてフィリアは空を見上げるのだった。
ご一読いただきありがとうございました!次回はミラとラムダ、ミューとバジルちゃんの戦闘回でございます…!恐らく今回以上の文字数になると思われますが是非お楽しみに!