殿下は手段を選ばず、それは残酷で

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故国を厭うことなかれ

『魚が水がなければ生きて行けないように、私もあなたがいなきゃダメなんだろうね。なぜなら、今こうして目に溢れるものが治まらないのは、あなたが私のそばでもう涙をふいてくれないからなの。』

 

アイルランドから送られてきた手紙は、所々に薄くシミを作っていた。

 

「ファイン...嗚呼、君がその地で目をうるませてるように、僕も今ここで、このようにして君のいたトレーナー室で君の影を追いかけているんだよ。」

 

届きもしない言葉を天井に向け呟けば、ノックの音が返してきた。

 

「トレーナーさん。入ってもいいですか?」

 

今僕が担当しているウマ娘が入ってきた。

 

「おや、泣いていましたか?何やら目と鼻が可愛らしい色で染めていらっしゃいますよ。」

 

「!...ああ、すまない。かつての担当からの手紙に、心を打たれていたので、このような醜態を晒してしまった。」

 

「またですか」と呆れるように言う彼女。このくらい軽いやり取りができるくらいには、彼女とも打ち解けていた。

 

「さぁ、時間も惜しいので、トレーニングを始めよう。」

 

手紙をたいせつにしまいこんで、彼女とグラウンドへ赴く。後ろ髪を引かれるのはまだ未練があるからなのだろう。

 

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「ふーーーーん。そう、そうなの。キミは、私が居なくて、今このようにして他の娘に現を抜かれるのですね。」

 

ぎょっとした。先程まで遠く淡い記憶の中でしか浮かべなかった愛らしい彼女は、今こうして僕の後ろから唇を尖らせていたのだから。

 

「嗚呼、きっと僕は君の姿を幻影として浮かべるまでに君に魅了されて「そういうのいいから」はい...」

 

「なにか申し開きしてみよ。」

 

「申し開きも何も、僕は仕事だから...」

 

「貴様〜。焦がれていたのは私だけど申すのか〜〜」

 

後ろにも懐かしい顔が。SP隊長は僕に殺気を飛ばして来た。

 

「ごめんファイン。ただ1日、いや、一瞬たりともキミが僕の中から消えなかったので、僕はなにかしていないと廃人になっていたのかもしれない。ので、今こうして君を前にして、抱きしめそうで体を抑えるのに必死だよ。」

 

「......そんなに私のことを。してもいいよ?」

 

「いや、それは無理だね。」

 

「貴様〜」

 

このままでは現担当に変な目で見られそうなので、トレーナー室でことが終わるまで彼女たちには待機してもらうよう伝えた。また睨まれた。

 

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「それで?一体何があって、またここに帰ってきてくれたのかな?」

 

「実はね、私あっちで何度もわがままを言い続けてたの。あなたに鍛えられたしぶとさを活かしてね?」

 

嗚呼、陛下のことを思うと可哀想な気もするけれど、それでも、僕のためにわがままを言い続けている彼女はとても可愛らしい。

 

「わがままも程々にするように...それで、いつまでいられるのかな?」

 

「もう明日にも帰国しなければならないよ?」

 

おや、陛下も娘に厳しくなれたのだろうか。少し寂しいが、僕としても彼女には役目を優先して欲しい。

 

「...そうか、では、この一日にしっかりと思い出を刻めるようにしよう。次またいつ来れるか分からないからね。」

 

「うん!!だから、今日という日をこの国に刻みこもう?一緒に、楽しもう?」

 

SP隊長を影に控えさせ、彼女とデートと洒落込むことにした。

 

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「ここのラーメンほんとに大好き!!あ!!アイルランドにももっと日本食のお店を増やそうと思ってね!!わたし!!」

 

元気に向こうの国のこと、家族の事を話してくれる彼女に相槌を返し、今日一日を彼女のなすがままにした。落ちる日を見届ける彼女の細められた瞳には、この日を終えたくないという切なく、それでいて子供のわがままのような無邪気さを感じた。

 

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「いよいよ帰国。ファイン、僕のためにわざわざここへ来てくれてありがとう。嗚呼、この瞬間はまるで、走馬灯のようだ。きっと僕は本当にそれを見た時、君との一時で埋め尽くされるんだろうな。」

 

「ふふ、ロマンチックだね?もう準備もできてるし、行こっか?」

 

おや、随分とあっさり....行こっか?それではまるで僕もアイルランドに向かうような口振りで

 

「行こ?アイルランドへ!」

 

項を弾く強烈な衝撃は、僕の意識を容易く奪った。

 

 

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「あ!目覚めた?トレーナー!!窓を見てみて?私たちの帰る場所だよ?」

 

眼下にあるアイルランド。僕にとって異国の地であるはずなのに帰る場所とは。

 

「トレーナー様、パスポートを先に手渡して起きます。ようこそ、アイルランドへ。」

 

僕の手に渡ったのはパスポート、確かに僕のパスポートだ。表紙に書かれた綺麗な金字のアイルランドという文字に違和感を感じなければ。

 

「...ファイン?これは一体、どういうことなのか...」

 

「ごめんね?実は、日本に行ったのはあなたに会うためでなく、そう、あなたを迎えに来たの。私のお婿さんとして。」

 

激しい目眩は飛行機の揺れでは無いのだろう。

 

「ええ、ええ、嬉しいでしょう?私も同じ気持ちです。今こうしてあなたを連れてここに来れただけでも嬉しいのに、更には結婚もできるだなんて。嗚呼、お父様には感謝しなくちゃ。」

 

「...ファイン、悪いけれど、僕は君とは結婚出来ない。日本で、やり残したことが沢山あるんだ。」

 

「またいつもの夢?そのスタートは別に日本にこだわる必要はないでしょう?」

 

「それでも、お世話になっている理事長に恩がある。彼女に見せ「ねぇ?トレーナー」...?」

 

「あなたとの婚姻は、もう国民たちに話しているし、それにあなたの国籍はもうアイルランドになっています。」

 

「そこまで根回しを...僕の意思は...」

 

「知っているでしょう?あなたなら...」

 

彼女のその瞳の形は見たことがあって、それは

 

「私、わがままなの 」

 

あの夕日を見る目と瓜二つだった。


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