魔理沙ちゃんを曇らせたいだけ   作:愉悦部出身

1 / 11
脅迫

 魔法の森特有のぬめりとした空気の中、カリカリと羽ペンをなぞる音が響き渡っている。

 

 金髪の少女が椅子に座り、ノート代わりの魔導書に式を描いている。数式と魔導式が入り乱れており難解さが窺える。

 

 一行一行に書かれているその文字は、寸分の狂いもなく幅と高さが揃っており、美しさも感じる一方、どこか病的だ。何度も書いた罰印が書かれており、羽ペンを何度も反復させ黒く塗りつぶした跡がある。文字の整い具合とのギャップが大きい。何か大きな失敗でも見つけたのか、情緒が定まっていないのか。

 

 少女の眉間にはしわが寄り、目の下にはどす黒い隈が浮き上がり、肌色は真っ白を通り越して青白い。キャミソールとドロワーズを着ている。朝だというのに、薄暗い室内でも分かるほど白い。

 

 部屋は物で溢れている。床には魔導書が積まれてあり、開かれたままの本もある。赤い三角が書かれた標識や薄汚れた鏡、蓄音機、貝殻、キノコのホダ木などが散らばっている。うっすらとほこりのつもっているものもあり、長い間、そこに放置されていることが分かる。

 

 ただ、ひときわ綺麗なものもある。ベッド周りには何も置かれておらず、純白である。シーツには洗濯のりも使っているのか、平らで歪みもない。

 

 壁には木の枝からできた箒が立てかけられ、壁に付けられているフックにはシャツやスカート、つばの広い真っ黒なとんがり帽子が掛かっている。白いシャツにはやはり一切のシミがなかった。黒いスカートは波打っており、光沢感がある。ほうきや帽子は手入れが行き届いているのか、綺麗に見える。

 

 椅子に座っている少女、霧雨魔理沙は朝になっても書くのをやめる素振りは見せなかった。ただ時間が経つにつれ、眉間のしわは深くなっていく。

 

 朝日が入ってから30分ほど経っただろうか。突然歯を食いしばりながら噛みつくような目で今まで書いていた文にペン先を叩きつけた。衝撃でペンが叩き折れた。両手を机に叩きつけ、その勢いで立ち上がる。

 

 魔理沙は荒い足取りで洗面台へと向かった。洗面台まで到着し、手を何度も洗い始める。

思いつめた表情で、石鹸を手に擦り付けて水で洗い流す。

 

 5回繰り返してようやく満足したのか、部屋に戻り着替えた後で、服に目をやった。服を捲ったり、手で感触を確かめるようにさすったりしている。

 

 最後に鏡で、頭や顔など、目視できない部分を中心にじっと見た。ようやく満足したのか、中央の部屋に向かった。

 

 一体魔理沙は何をしているのか。汚れがつくことを異常に恐れているのか、何らかの儀式なのだろうか。

 

 次に、霧雨魔法店の中央に位置する、結界の基礎が置かれてある部屋に向かう。部屋を囲うように注連縄が張られており、部屋の北東に、赤く縁取られたお札が祀られてある。

 

 霊夢が拵えた、特注の陰陽札である。普段弾幕ごっこで使われているものよりも膨大な霊力が込められている。

 

 部屋に入った魔理沙はお札を手に取り凝視した。真剣さを通り越して、まるで睨んでいるかのようだった。

 

 隅々まで観察し、何も書かれていない裏も念のため目視して、ようやくお札を掛け直した。

 

 そのまま、お札が祀られている下の小棚から、全く同一のお札を取り出し同じように点検する。

 

 やはり、特に異常はなかったようで、小棚に入れ直した。次に注連縄をぐるりと一望し、玄関から外に出た。

 

 玄関を出ると、木々の間から差し込む優しい光が、魔法の森に暖かさと活気を与えていた。鳥たちのさえずりも聞こえ、心地よい風が吹いている。

 

 しかし、それに魔理沙は目もくれず、玄関すぐ傍の木陰に座り込み、地面を見始めた。

 

 そこには手のひら大の小さな魔法陣が描かれていた。魔法陣の内部と外周部分には非常に細かく式が書かれており、難解さが容易に想像できる。

 

 よく観察すると、魔法陣から2本、魔力でできた線が伸びている。これは霧雨魔法店を覆う、七芒星の結界である。各頂点に魔法陣が設置されており全体を構成している。四角が2つ重なったかのような奇妙な魔法陣は、一体誰が考案したのだろうか。

 

 魔理沙はかなりの時間をかけて、その魔法陣を見続けていた。式を理解しようとしているのか、込められた魔力を測っているのか。

 

 長い時間そうしていたがようやく立ち上がり、今度は隣の魔法陣へとふらふら進んでいった。玄関を出るまでは怒っているように見えた顔が、今ではしなびており生気がない。これを都度7回、すべての頂点を回りながら魔法陣を見ていった。

 

 最後の魔法陣を憔悴しきった顔で見終わり、立ち上がった。今度は家の窓に向かった。

 

 家の窓には夥しい数のお札が張られていた。

 

 全て朱色で描かれている陰陽札だ。家の中で見たお札よりは小さいものの、数が異様だ。中の様子を探ることができない。魔理沙は窓に貼られているお札を一枚一枚手に取り調べはじめた。

 

 剥がして付けて、剥がして付けて、剥がして付けて……能面のような顔で、気が滅入るような作業をひたすらに繰り返しているのはなぜか。一体何が彼女をそこまで追い詰めているのか。全く伺い知れない。

 

 突然、強く風が吹いた。窓に貼られているお札が一枚、ひらひらと舞い、地面に落ちてしまった。魔理沙の視界の隅にそれが映った。

 

 魔理沙は血相を変えた。バンっと苛立ちを壁にぶつけるかのように拳を叩きつけ、舞っていったお札の後を追う。少し離れたところに落ちたお札を拾い上げ、家の中に荒い足取りで戻っていく。

 

 舞ったお札をゴミ箱に叩きつけ、棚を開ける。棚には大小さまざまなお札が入っていた。小さめのお札を括っている紐を、さっと外し一枚を手に取って、窓の一角、舞ったお札があった箇所に張り付けた。そもそも窓には膨大なお札が張られているため、一枚なかったところで誰も気づきはしないだろう。

 

 貼り終わった後、魔理沙はまた家の中に戻っていった。するとまた、結界の基礎が置かれている部屋に戻り、お札を手に取り始めた。

 

 そのままじっくりとお札を見始めた。そして、お札を元に戻し、注連縄を一望し、部屋を出た。木陰に座り込み、魔法陣を鬼気とした表情で眺めている。

 

 先ほどと同様に、またぐるりと円形に配置された7つの魔法陣を点検し始めた。この行動に、何の意味があるのだろうか。全く分からない。

 

 ここで3つ目の魔法陣、雑草が生い茂っている地面に描かれている魔法陣を見ていた魔理沙の表情が、歪んだ。眉をひそめ、唇をぎゅっと結んでいる。

 

 長い間、目を落としていた魔理沙が、ようやく動き出した。もうふらふらで息も絶え絶えだった。羽ペンを叩きつけた机の前に座り、魔導書に何かを書き込もうとする。しかし、羽ペンが折れていることに気付いた。魔理沙はため息を付いて、額に手を置いた。

 

 少し間をおいてから、引き出しを開け、新しい羽ペンを取り出し魔導書に式を書き始める。難解故分かりづらいが、魔法陣の結界に関する式だった。式に異常があったため、修正をしているのだ。

 

 すでにある程度頭の中で出来上がっていたのか、ゆっくりと、だが着実に、書くことができていた。

 

 ひとしきり書ききった後、魔導書を手に再び3番目の魔法陣の基に行った。しゃがみ込み、魔力を籠めていく。みるみるうちに式の一部が書き換わっていき、式の修正を終えた。

 

 すでに疲れ切っており、よろけうなだれながら魔導書を机の上に戻した。

 

 そして三度、結界の基礎が置かれている部屋でお札を点検しはじめた。

 

 注連縄を見て、七芒星の魔法陣を偏執的に見て回る。その後、また窓に貼られているお札を一枚一枚確認し始める。

 

 儀式めいたその様は、異様としか表現できない。なぜまた最初からなのか、一体何に追われているのか。

 

 結局、窓のお札を確認し終え外に出るころには、既に日が傾いていた。

 

 魔理沙の顔には涙ぐんだ跡があった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。