「は?……八百屋のおっちゃんが死んだって?」
よく晴れた日の朝、家を出て箒でひとっ飛びした矢先のことだ。
魔理沙は食料を買いに人里へ来ていた。気持ちよく目覚めたあと、朝食を用意しようとしたとき、全く材料がないことに気付いたからだ。
いつも行っている馴染みの八百屋が閉まっていたため、近くの町人に聞いたところ、死んだと返事があったのだ。
魔理沙はその言葉が信じられず、改めて近くにいた町人に尋ねた。
「嘘だろ?前まで元気だったじゃないか」
町人は残念そうに答える。
「俺もそう思ってたよ。ただ、今日の朝、かみさんが起きてこないからと様子を見にいったらぽっくり逝っちまってたらしい。八百屋の旦那、大分歳だったからな」
と返し、様子を窺うように魔理沙を見た。
魔理沙はそれを聞いてはいたものの、理解することをやめてしまった。聞いてから、いや聞く前からも固まっていた。そして少し経ってから溜息をつく。それを見て、町人は話を続けた。
「寺のほうですぐに葬式をやるらしいから、よかったら行ってやりな」
檀家しか入れないからな、という町人の言葉を待たず、すぐに魔理沙は走り出した。町人は目を見張り、走る後ろ姿を見ていたが、すぐ我に返り大声を上げた。
「おおい!気を付けていってこいよ!?」
魔理沙はようやく声に気付いたかのように振り返り、町人のほうを見た。そして笑顔を作り
「おう!ありがとな!」
と手を振りながら走り去っていった。
□
魔理沙は駆け足で目的の寺に着いた。木造のその建物は、風雨に耐えてきた傷跡を持ちながらも、美しい彫刻や色彩が際立っている。
荒い呼吸を整えながら寺の門をくぐる。境内には様々な花や木が植えられている。春の日差しに照らされ、赤や黄色の花びらが揺れ動いている。それらに目もくれず、寺の内部へと入っていった。
内部の構造をよく知っているのか、迷いなく廊下を進んでいった魔理沙は、ようやく目的の部屋にたどり着き襖を開けた。部屋の中央に白い木でできた棺が置かれてあり、和尚が棺に向かってお経をあげていた。襖の音に気付いたのか、読経を聞いていた何人かが後ろを向き、魔理沙の顔を見た。
顔を見られた魔理沙は、今気づいたとばかりに目を丸くして、参列者のほうをじっと見た。店主の死に気を取られてしまい、魔理沙は失念してしまっていた。
参列者も目を見開き、魔理沙を見ていた。見つめ合ったのはほんの一瞬で、すぐに魔理沙はうつむきながら、後方の、空いている薄い座布団の上に座った。魔理沙を見ていた参列者は、周りのものにぼそぼそとした声で喋りかけた。
「おい、あの魔女が来ているぞ」
「どの面下げてここにきやがったんだ」
「なぜここにいるんだ。厚かましいやつめ」
「霧雨家とは絶縁しただろうが。今更檀家気取りか。義務も果たしてない癖に」
声を掛けられた者は、魔理沙のほうを見て目を吊り上げる者が大半だったが、中には薄く笑ったりする者もいた。魔理沙に聞こえるかのように、隣としゃべり合う者さえいた。
魔理沙は何も言わず、俯き拳を握りしめながら、正座し続けた。こうして罵られるのは、久しぶりのことだった。
昔のことが脳裏によぎり、すぐに出ていこうとも思うが、しかし、魔理沙は来た意味も思い返していた。耐えるしかない、と魔理沙は顔を俯けた。
同時に、絶対に確認しておきたいこともあった。確認しておかないと、何か言い知れぬぞわぞわしたものがよぎってしまう。俯きながら、参列者を盗み見るように目を動かした。
魔理沙と目線があった参列者は、ぼそぼそ喋るのをやめ、視線をそらしすぐに前を向いた。
参列者の大半は、烏合の衆であった。自分自身に危害が加わらないのであれば悪態をつき、少しでも被害がありそうなら逃げていく、ただの屑だった。
しかし、魔理沙は屑達に傷つけられていた。面と向かって罵られるのも嫌だが、影でひたすら悪口を言われているほうが嫌だった。彼らと縁を切ってから長い時間が過ぎ、町中ですれ違うこともあった。その時は何ともなかったのだ。自身があまりに楽観視しすぎたことを痛感した。魔理沙は今、そのツケを払わされているのだ。
参列者たちを見ていた魔理沙の目が止まった。探していた人を見つけたのだ。視線の先には、四十代くらいだろうか、白髪が目立つ中年の男性がいた。周囲のものとは違い、魔理沙のほうには視線を一切よこさず、前だけを向いている。魔理沙の方からは、その男性の表情は伺い知れなかった。
周囲の雑音はその男性にも聞こえており、魔理沙がこの場にいることは知っているはずだ。男性にとって取るに足らないさじであったということか、はたまた店主の死を弔う気持ちが強いのか。
それを見た魔理沙はまた一度、ため息を吐き、視線を祭壇に向けた。
少し落ち着いた魔理沙は、改めて葬儀場の様子を見渡した。すでに参列者の焼香は終わっているのか、焼香台からは多くの煙が立ち上がり、抹香の匂いが充満していた。耳を窄めて和尚の読経を聞き入っているようだった。
魔理沙は葬儀で読まれるお経をすべて覚えていた。つまり今がどのあたりの行程なのか熟知していた。
しばらくして意を決し、魔理沙はすっと立ち上がり、参列者には目もくれず、焼香台まで歩いた。
焼香台の傍から、魔理沙はようやく棺の中を見ることができた。八百屋の主人は、髪は剃られ、白衣を着ており、穏やかそうに目をつむっていた。安らかに旅立つことができたのだろうか。
魔理沙は手を合わせ、店主の冥福を祈った。
その後、すぐさま寺院を後にした。魔理沙の目は、涙で滲んでいた。
□
葬儀のあったその晩、魔理沙は日課としている魔法の研究をはじめた。買い出しする気分にもなれず、すぐに家に帰ってきてに二度寝をした後のことだった。
パチュリーから借りた魔導書を解読するために、読み耽っていた。魔理沙が理解できるちょうど良い難易度のものだ。ただ大図書館に来た時にはいつも
「うっとうしい」
「ドロボーが何で来ているの」
など、悪辣な言葉を投げつけるものの、本当は魔理沙のことを慮ってくれていることはよく分かっていた。
そもそもパチュリーは借りていった本を無期限で借りていっても口で批難するだけだ。あまつさえ、魔導書に掛かっている魔法の鍵を解除してくれることさえある。
また、魔理沙がある本を持っていこうとしたとき、一度だけ本気で止められたことがあった。図書館の防衛機構を動作させて、一時的に図書館を封鎖したのだ。そうして袋のネズミになったところ、パチュリーに容易く捕らえられた。そして
「これはダメ。今すぐ帰りなさい」
と取り付く島もなく、パチュリーは魔理沙を追い出した。どうしてもそのことが気になり、後日、魔理沙が小悪魔に聞くと
「それは簡単なことです。あの本は魔理沙さんが読むと死んでしまうほどの呪いが掛けられていただけですよ。つまりパチュリー様のいつものツンデレで――――」
と言うや否や、パチュリーからレーザーが飛んできて、小悪魔は尻を焼かれていた。パチュリーが本当は魔理沙のことをよく想っていることは明白だった。
悪戦苦闘しながら、魔理沙は読み解くことに努めた。パチュリーの魔導書を読むことができれば、次にやりたい魔法を作ることができると知っていたからだ。
一区切りつき、ふと、羽ペンを止める。時計の針は十一時ちょうどを示しており、普段はこの時間には研究を終えて、寝る支度をする時間だ。
しかし、眠気からかあくびをしながらも、魔理沙は椅子から離れようとしなかった。
この日は、いつもより二時間長い、一時まで研究を続けた。二時間増やしたものの、疲れからか、遅々として進まない研究への苛立ちか、不服そうにしながら床についた。