葬儀のあった日から魔理沙の研究時間は伸びる一方だった。研究が思うようにいかないのも理由の一つだが、八百屋の店主が死んだことも一因だ。
葬儀は魔理沙に「人間はいつか死ぬ」ということ、「自身の基盤が盤石ではなく、むしろかけ離れたものである」ということを克明に伝えたのだ。
魔理沙にはどうしても、やりたいことがあった。未だかなえない夢があった。それを目標に頑張ることを改めて決意した結果だ。
しかし、魔理沙のそんな努力とは裏腹に、魔法の研究は遅々として進まなかった。
魔理沙が今まで使っていた魔法をアレンジしようとすると、途端に挙動がおかしくなってしまう。そもそもなぜ今使っている魔法が動いているかどうかさえ、魔理沙は分からなかった。
これは、魔理沙が作り上げた魔法の未熟さを良く表していた。
パチュリーの魔法はこうではない。徹底的、悪く言えば偏執的なほどに「理」を追求しており、無駄など一切なかった。
魔理沙が少しパチュリーの魔法について質問しただけで、そんなことも分からないのかと飽きれた表情を見せながらも、帰ってくる答えは簡潔明瞭であった。魔理沙にとって悔しかろうとも、学ぶ部分は多く、よく盗ませてもらっていた。
アリスの魔法はもっと違った。特に人形に関する魔法は、魔理沙にとっては今でも「読む」ことすらできなかった。単語そのものは追えるものの、何をしているのか、皆目見当がつかないのだ。
聞いてみると、パチュリーよりも丁寧に、親切に答えてくれるのだがさっぱり意味が分からない。
そのため魔理沙は、アリスには自身の魔法についてよく相談していた。根幹から違うため、難解ではあるもの魔理沙とは違った視点をアリスは与えてくれていた。
ただ、パチュリーもアリスも、自身の魔法が分からないなどは絶対になかったと魔理沙は確信している。
頭を掻きむしり、もう一度本に目を向け解読しようと試みるものの、脳が拒否し、魔理沙は手を止めた。
――――これ以上考えても、碌なことにはならなさそうにない。
一旦気分転換しようと魔理沙は考え、すぐにいつもの格好に着替えて、箒を手に、家から飛び立った。
飛び立ったそのすぐ後のことだった。ぞわぞわとしたものが魔理沙の脳裏によぎった。最近、結界基盤の点検を怠っている。ある程度自衛できるようになり、見過ごしてしまっていた。もし結界が維持できていなければ家に妖怪の侵入を許してしまうのではないか――――と。
いつもなら気にも留めない疑念は、思えば思うほど、まるで炎のように思い起こされていってしまう。魔理沙はその衝動に駆られ、我慢できずに家に引き返す。
家の中央部屋、そこに結界の基盤となっている霊夢のお札が祀られている。出奔した際、霊夢が用意してくれたものだ。それを家の防犯に未だ利用しているのだ。
魔理沙は中央のお札を手に取り点検した。お札には薄ら埃が溜まっていた。お札には何の異常もなかった。
続いて、部屋を囲っている注連縄もチェックした。敗れていてもやや結界機能が落ちるだけだが、念のためだった。そちらも特に異常はなかった。
久しぶりに点検したが特に問題もなく、魔理沙は安心して、再度箒を手に家を飛び立っていった。
□
魔法の森からすぐそばに、大きな湖があった。湖は濁りひとつなく、水面には、周囲の木々が映り込んでいる。周囲の木々からは、鳥の囀りや木の擦れる音が聞こえてくる。東にある太陽が湖を照らし出し、煌めいているようだった。
この湖は「霧の湖」である。霧の湖は、昼間になると霧で包まれることが多く、妖精や妖怪がよく出現するものの、朝方は晴れていることが多く、誰もいないことが多かった。
魔理沙は霧の湖のそばに降り立ち、ちょうど日差しの当たらない、木に寄りかかるように座り込んだ。
ここは霧の湖が最も綺麗に見える場所だった。
魔理沙はしばらくここで湖を眺めていると、湖の上にとある妖精が飛んでいるのが見えた。青い服装に、氷の羽根が見える妖精、チルノだった。チルノは飛んで魔理沙の方に近づいていき、地面に降り立ち、魔理沙の寄りかかる木のそばまできた。
「よう。久しぶりだな。……誰だったか、⑨だったか?」
「誰が⑨よ!チルノよチルノ!」
「ああ。そういえばそんな名前だったな?で、その妖精様が何の用だい?」
ニヤつきながら魔理沙はチルノをからかった。チルノはすぐに
「最近全然来てないと思ってたら、いきなりそれ!?わたし、もう出てっていい!?」
と言いながらぷいっと顔を曲げて答え、来た道をすぐ引き返そうとする。それを見た魔理沙はさっと立ち上がり、歩き出そうとしたチルノの手を取った。
「おうおう。悪かったな。そんな怒るなって」
全く悪びれずに魔理沙は答えた。ただどう言いくるめるか、ピンとひらめいたことを口に出す。
「実はブルースターの花を探してるんだ。この辺に生えてるのは知ってるんだが、場所を忘れちまってな。湖最強の妖精様よ、教えてくれよ」
ブルースターは小さな青い花が咲く植物で、5枚の花びらが星のように見えることからその名前が付いている。魔理沙は星の名を冠するその花が好きで、霧の湖のどのあたりに生えているかもよく知っていた。
チルノは頼られて嬉しかったのか、最強の妖精だとおだてられて嬉しかったのか、すぐに振り返り、したり顔で魔理沙に答えた。
「ふん。仕方がないわね!わたしに付いてきなさい!」
チルノが繋がれていた手を引っ張った。チルノの手は染み一つなく真っ白で、ひやりとしていた。
「ほら。さっさと行くわよ。ここ飛び越したらすぐにあるから!」
と言って飛び立とうとするチルノを魔理沙が呼び止める。
「いやいや、もう少しゆっくり行こうぜ?別に急いでるわけでもないし」
「速いほうがいいに決まってるじゃない!それにいつも速さばっかり追い求めるくせになんでそういうこと言うわけ?」
「朝からそんなせかせかしてたら世界が落ち着かないぜ。それにおこちゃまには風流ってもんが分からないかねえ。「ふ う りゅ う」だ。知ってるか?」
「それくらい知ってるわよ!フーリューでしょ!そんなの知ってるに決まってるし!」
「そうかそうか。なら飛ぶ必要がないのも分かるよな?ほら。歩いて行くぞ」
魔理沙は、知っていたブルースターの花のほうへと歩いていく。
「え!?ちょっと待ってよ!置いてくわけ!?」
チルノは魔理沙のほうに駆けていき、横に並ぶ。そもそも案内して欲しい魔理沙が目的地を知っているという矛盾を、チルノは気付いているのかどうか。
「この魔砲バカ!アンタには配慮ってもんがないの!?」
「いやいや、もちろんあるぜ?ただ妖精に配慮が必要かどうか、というだけの話だな」
「それ、あんまりに酷すぎない!?妖精だからってなめてるんじゃないわよ!」
魔理沙は荒々しくしゃべっているチルノににっこり笑いかけた。チルノは息を止め、魔理沙を見つめる。魔理沙は満足げに、チルノの頭を撫でながら言った。
「いやいや、もちろんチルノには配慮してるぜ?湖のボス様には従わないとな?」
「――――ッ!!」
チルノはリンゴのように真っ赤な顔になった。
□
あれから極端に口数の少なくなったチルノとともに、ブルースターの群生地にたどり着いた魔理沙はそれをいくつか摘んだ後、家に戻ってきていた。
霧の湖への外出によって、魔理沙は久しぶりに充足感を得ていた。その日の研究は、大変捗った。
深夜を過ぎようやく、最近悩んでいた魔法が完成したため、魔理沙はぐっすりと眠ることができた。