魔理沙ちゃんを曇らせたいだけ   作:愉悦部出身

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診断

「強迫性障害ね」

 

 永琳は診察室でそう告げた。

 

 魔理沙は自身の異常に気付き、永遠亭に診てもらっている最中であった。魔理沙は不安から結界の確認をやめられないこと、必要以上に身綺麗にしてしまうことを端的に述べた。傍らに鈴仙がいることもあり、霊夢に対する思い、パチュリーや小悪魔に窘められたことは伏せて伝えた。

 

「検査したところ身体は健康そのもの。生理学的作用によって異常行動を引き起こしている可能性は皆無よ。それから妖怪に襲われて死んでしまうという強迫観念、異常なまでに結界を気にする強迫行為から、強迫性障害であることは明らかだわ」

 

 魔理沙は永琳が言っていることが欠片も分からなかった。

 

「つまり、何か特殊な病気にかかっているってことか?」

 

 永琳は首肯した。

 

「その通りよ。身体ではなく心が弱ってしまい出てくる病のことを精神障害と言うわ。強迫性障害はこの精神障害のうちの一つで、あなたはそれに罹患しているわ」

 

 永琳は例を交えて説明を続ける。

 

「幻想郷で一番分かりやすい例は、憑依や誘惑、それから鈴仙の能力かしら。身体は全く問題ないのだけれど、幽霊に憑依されて思いのままにされてしまったり、夜雀の歌によって自分の意志に関係なく誘導されたり、鈴仙に感情を揺さぶられて狂った行動をしてしまったり、全て精神に作用し異常行動を取ってしまっているわ。それらに近い現象があなたの身に起こっている」

 

 魔理沙は過去に夜雀の妖怪、ミスティアや鈴仙と戦ってきたため、その例えはよく理解できた。人を惑わすあの歌声、脳を揺さぶる狂気の瞳、どれも強力なものだった。

 

「つまり、私は誰かに攻撃されてるってことか?」

 

 魔理沙は永琳にそう尋ねた。

 

「いえ、それは違うわ」

 

 永琳は魔理沙の問いを否定した。

 

「あなたはあなた自身を攻撃しているの」

 

 理解できずに不満げにしている魔理沙に永琳はさらに説明する。

 

「あなたが罹患している強迫性障害とは、あなたの狂ってしまった「認知」によって不安を呼び起こし、それを解消するという負のループによって起こる障害のことなの」

 

「例えば今ここに人食い妖怪がいたとする」

 

 永琳は手元のメモ用紙に人食い妖怪の絵を描く。

 

「その隣に赤ん坊がいたとするわ」

 

 永琳は人食い妖怪の隣に赤ん坊の絵を描いた。

 

「さて、赤ん坊は人食い妖怪を見てどう思うかしら」

 

 魔理沙は少し悩んでから答えた。

 

「いや、何も思わないんじゃないか?赤ん坊は人食い妖怪が人食い妖怪であることを認識できないだろうし」

 

 永琳はうなずいた。

 

「そうね。私もそう思うわ。これは、赤ん坊が人食い妖怪を「認知」したものの特に何も思わなかった、ということよ。ではこれがただの大人だったら?」

 

 永琳は赤ん坊を消し、人食い妖怪の隣に人間を描いた。魔理沙はすぐ答えた。

 

「逃げるんじゃないか?大人なら人食い妖怪についてよく知っていて、子どものころから逃げろと叩きこまれてるからな」

 

「その通りよ。これは、大人が人食い妖怪を「認知」し、食べられてしまうという思いが沸き上がり、不安から逃げるという行動に至っているということよ」

 

 永琳は一旦区切ってから続ける。

 

「このように、赤ん坊と大人でそれぞれ同じ対象でも認知が違うの。これは各個人でも同様で、受け取り方は人によって違うわ」

 

「あなたの病気に戻るけれど、強迫性障害はこの「認知」の歪みによって引き起こされるわ」

 

 永琳は魔理沙から聞いた初期の状態を振り返る。

 

「最初は家を出てから、妖怪に家を荒らされるんじゃないかとぞわぞわして結界を確認しに戻っていたと言っていたわよね?それを詳しく見ていくと、家を出るという「現象」をあなたが「認知」し、妖怪に家を荒らされるかもしれないという「観念」が呼び起こされ、「不安」の炎に苛まれ、結界を確認して「安堵」する、という一連の流れがあるわ」

 

「そして、安堵感からあなたは認知が「正しかった」と評価を下す」

 

 永琳は「現象→認知→家を荒らされるかもしれないという観念→不安→行動→認知を強化」と手元に書き、魔理沙に見せた。

 

「これを繰り返してると、次第に「結界の確認」が習慣化されるの。だってそうしないと不安に思うんだから、もう日常に組み込むほうが自然じゃない。そうして過剰に続けていると、今度は認知が歪む。認知が歪んでしまったあなたは、毒茸に過剰に反応したり、結界の確認を異常な回数行ってしまったりと問題行動を繰り返し、自分自身にも多大なストレスを与える。これが強迫性障害のメカニズムよ」

 

 永琳は「①現象→②誤った認知→③異常な観念→④過剰な不安→⑤問題行動→⑥誤った認知を強化」と書き直した。

 

 魔理沙は自分がとんでもない状況に陥ってしまったことを理解した。魔理沙はうろたえながら質問する。

 

「な、何となくわかったけど、私はどうすればいいんだ?そ、そもそも治るのか?」

 

 永琳はすぐに答えた。

 

「正直言って、すぐさま治すことは困難ね。ただ症状を和らげることは簡単だわ。不安を抑えるようにすれば負のループは和らぐのよ。そのための薬はあるわ」

 

 永琳は鈴仙に抗うつ薬を持ってくるように伝えた。鈴仙はすっと裏の保管庫に行き目的の薬を手に取り、永琳に渡した。鈴仙はこの診断の間ずっと真剣な表情のままだった。職務の遂行に専念しているのだろうか。

 

「この薬は不安を抑える効果があるから、一日一回、夕食後に飲むこと。一か月分用意してあるから、必ず飲み続けなさい。長期的な治療が必要だから、薬が切れたら必ず受診しに来なさい。自己判断で勝手に止めたらダメよ」

 

「あ、ああ。ありがとな」

 

 魔理沙は礼を言って薬を受け取った。

 

「まずはゆっくりと休みなさい。ちょうど薬がなくなる一か月くらいね。そのあと、強迫に打ち勝つための方法を伝授するわ」

 

 魔理沙は再度礼を言い、永遠亭を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 処方された薬を言われた通り飲み続けた魔理沙は、徐々に回復していった。永琳の言う通り休養しようと無理な研究もやめていたこともあり、時間的に余裕ができてきたこともあった。外出時、結界を確認する頻度が減った。過剰に身体を洗うことも減った。

 

ただ「不安」が無くなったわけではない。一定の症状は残り続けていた。結界の確認は必ず続けていたし、採集後には身綺麗にする習慣は続いていた。それでも以前に比べればよい状態だった。

 

 魔理沙は少し元気が出てきたため、気分転換と休養を兼ねて霧の湖へ遊びに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい。そんなむくれるなって」

 

 魔理沙がいつもの木陰でチルノを待っていると、予想通り姿を見せたチルノだったが、不満げで顔を合わせずぷくっと頬を膨らませていた。

 

 魔理沙はかなりの間、来ていなかったなとようやく思い出した。チルノはそれで拗ねているのだろう、とあたりをつけた。

 

「ちょっと研究が立て込んでてな?私が悪かったから許してくれよ」

 

 といってチルノの頭に手を置き、撫でつける。ひんやりとして、さらさらしている。チルノはそれでも態度を変えなかった。

 

 しかし魔理沙はチルノが自身をまだ拒絶していないと分かっている。チルノが本気を出せば、冷たさどころか痛みを感じるくらい周囲を凍り付かせることが可能だと知っていた。そもそも本当に会いたくないのなら、最初から来なければいいのだ。

 

 魔理沙は一芝居打つことに決めた。撫でるのをやめ、しかめっ面を作り、ぼそぼそと語りかけた。

 

「……久々に会ったのに、もう私のこと、キライになったんだな。そうだよな。こんな長い間こなかったら、嫌われるよな。うぅ、ごめんな、チルノ……」

 

 魔理沙は目に涙を浮かべた。チルノはまるで跳ねたかのように背を伸ばした。

 

「えっ!いやいや!そ、そんなことないから!わ、私、魔理沙のこと大好きだよ!?ずっとほっとかれてたからムキになっただけで、ずっと話してほしかったし、撫でられたのもうれしかったし!?あの、あの、だからキライになってなんかなくてっ!」

 

「ありがとうチルノ!」

 

 と言って魔理沙は思いっ切りチルノを抱きしめた。チルノはしばらく黙り込んだ後、魔理沙の背中に手をまわし、ぎゅっと少しだけ力を込めた。

 

 

 

 

 長い間そうしていた二人は、どちらからか抱き合うのをやめ、木陰に座り込み霧の湖を眺め続けた。

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