描写をしっかりしようとするとどうしても文字数がエラいことになっちゃうやつ…
尸魂界の景観からいってもかなり大きな武家屋敷の一角。女物の着物を揺らしながら、とある男がのそのそと歩いている。普段被ってる笠を預け、歩く姿は非番とはいえ死覇装。斬魄刀の帯刀こそしていないものの、見る人間が見ればその正体は一目でわかる。
そんな彼、京楽春水は大部屋の戸を軽く引き、顔をのぞかせた。
「はいはい今日は。白哉クンいるかい――――って、へぇ、虎徹クン? こいつぁそうそう見かけない光景じゃないのさ夫婦そろってなんて。お錫ちゃんも、久しぶりで僕ぁ嬉しいよ」
「こんにちは」
「ごご、ご無沙汰してます!」
軽い調子で客間に顔を出した京楽であったが、そこにいた二名は流石に予想外。所属隊こそ違うものの、かつて五番隊の平子と共に色々と世話を焼いた虎徹志道。本日は夫婦で訪れているらしく、かなり珍しい光景であるといえた。
彼と彼女が連れ立って歩いているのが珍しいと言う訳ではなく、何故かその二人が貴族の屋敷に居るということ。それも、尸魂界の五大貴族と称される程の家柄の場所に居るのだ。遊びに来ている訳でもないのだろう、二人とも服装はしっかりとしたものである(志道は相変わらず襦袢すら真っ黒な死覇装であるが)。
ここに朽木家の跡取り息子である白哉がいると通された京楽だったが、生憎と今いるのは彼等だけ。話を聞けば、どうやら小用らしい。
京楽隊長こそお一人でどうしてここに? という志道の疑問に、彼は気楽に微笑む。
「いや何、
……もしかして君もかい? 虎徹
「はい、いいえ。ここの家人さんたちの刀や斬魄刀の
「金額の方は私、頑張ってます! え、エヘヘ……」
「ほぉ、凄いじゃないの。で、旦那さんは
「いえいえ。他に、白哉君が斬魄刀について落ち込んでいるようだから、銀嶺様から相談に乗ってやってくれないかとお話があって。そっちも金銭交渉の内に含まれてたりするので、まあそういうことですね」
「わざわざ君を指名してくるあたり、銀嶺さんも結構本気だねぇ……」
「実際、京楽隊長の話とも無関係ではないようなので、せっかくですから一緒に話しちゃいましょうか」
ちなみにどんな話をしてたんだい、と聞こうとする京楽だったが、もう戻ってくるからと言う志道の言葉に「おや残念だねぇ」と肩をすくめた。
程なく扉が開けられ「お待たせいたしました、虎徹殿!」と元気よく入ってくる少年が一人。丁度、これから青年へと移り変わろうと言う最中にあって、どこか熱を感じさせる彼こそ、朽木白哉。以前はくくっていた長髪を後ろに流し、容姿も相まってどこか女性的だが、声は変声期の終わりに近い。頭部には牽星箝と呼ばれる髪留めが1つ、2つ。後の彼から比べれば、いまだ未熟な部分が目に付く姿であった。
もっとも現時点で既に志道の身長を追い抜いてはいるのだが。伊達や酔狂で十年ほど前、四楓院夜一に揶揄われていた当時から成長はしていない。
「は、はわわわわわ……!?」
「錫音ちゃん、どうどう……ってさっきもやったなこれ。
どうも、そんなに待ってはいないですよ? 白哉様。生理現象ですし、よくあることかと」
「虎徹殿、しかし自分から頼っておいてこちらの都合で無意味に放置するなど、貴族の振る舞いとしてとても見れたものでは――――って、何故
「あはは、一応は僕もね、君のお父様から呼ばれたと言うかねぇ」
ニコニコと、あるいはニヤニヤとする京楽を前に、先ほどまでの快活さが剣呑なものに。とはいっても子供がつんけんしているような表情なので、要するに癇癪の類だ。彼がこうなる姿をそれこそ十年ほど前、四楓院夜一におもちゃにされていた様を見ていた錫音は、何かを察して生暖かい笑みを浮かべる。
そんな彼女の視線に気づき、はっとした顔をしてから頭を左右に振る白哉。未だ心の芯が定まらず、ふわふわしている少年らしい仕草だった。
「(二人とも仲悪いんです? 志道さん)」
「(思春期的なアレそれだから、ああいうのは)」
「(あぁ~……)」
「まあ、そっちとこっちで依頼者が違うから、あんまり言わないでくれよぅ? 君が愛されてるってことだって僕ぁそう思うよ。そこはお二人の意を汲んであげないとねぇ。朽木響河元隊長だって、きっとそう言うと思うよ?」
「……そうか、
「遊んで欲しいなら、それはそれなりの対応をするけど? 鬼事隠鬼高鬼色鬼影鬼ベーゴマ花札野球拳となんでもござれさ」
「結構だっ! ……はっ!? いえ、失礼しました虎徹殿、奥方様」
「お、奥方様!? 奥方様……、お、おヨメさんだから当然なのだから、うん、え、えへへ……!」
既に子供を五人も授かっているというのに、謎の初心さで赤面する虎徹錫音である。容姿が白哉と同年代か少し下くらいにしか見えないので、見た目的には妥当であるのだろうが、それにしても酷い詐欺である。意図せず娘のコンプレックスを加速させている要員の一つとなっているレベルだが、そんな彼女を慣れた手つきで「これもさっきやったけどね」となだめる夫であった。
そんな二人を前に、微妙に頬を染めて居心地が悪そうな白哉。何とも言えない笑みで少年を見守る京楽。朽木白哉、外見年齢と霊的年齢ともに相応の初心さであった。
なお全くの余談として、卯ノ花烈がこの場に居ればドン引き必至だったりもするが、それはそうとして。
白哉の姿を微笑ましく見ている志道の景色は、瞬く間に灰色となった。
時間の進み方がゆるやかになり、皆々の動きが段々と遅延していく。
慣れたその光景を前に、志道は身じろぎもしない。そして耳元に囁く斬魄刀の声――――入口で預けたものの、そんなことなど関係なしとばかりに常時開放型らしく能力を発揮する裂読は、彼に囁いた。
『熱くなりやすい気質は……、それで護れるものが少ないと自分で思っていないから。掟を守るってことに不安感があるみたいだけど、どー考えても「時が来るまで」ずっとこのままだな』
(可哀想だけど回避は、出来ないのかな?)
『既に藍染惣右介にシドーが与えた影響で大きく崩れてるし、今更って言えば今更だ。俺、
(どうやって?)
『だから、放置。そのうち勝手にどうにかなって、そのうち勝手に心が冷え込むさ』
(世知辛いね)
『ふんッ! どーせ何かあったら
(
『………………』
(さきちゃん?)
『うるさい、このスケコマシ。これで機嫌が直ったって思うんじゃねーぞっ。そこの泥棒猫含めて』
(はいはい)
内心では苦笑いしつつ、しかし表情は完璧に取り繕う志道。会話の終わりと同時に周囲の景色が色を取り戻し、京楽の言葉が続く。
「で、朽木元隊長のことで悩んでるって聞いたけれど……。一つこの年寄りと、そこのお兄さんお姉さんたちに教えちゃくれないかい? これでもそれなりに、酸いも甘いも噛み分けて来たと思ってるよ僕ぁ。多少は参考になるんじゃないかい?」
「御爺様より年上の
「だったらもうちょいと敬ってくれても良いと思うだけどね僕ぁ、ハハ」
「そう思うのであればまず兄は――――」
「大丈夫? 志道さん、私あんまり力になれなそうだけど、聞いちゃっていいの?」
「内緒話にはなるけど、第三者の意見ってことでいいかな? 多分」
「はい!」
「――――と、その話をすればそもそも京楽の家はかの天賜兵装たる……、って、聞いているのかっ!」
「ハッハッハ。そんな話ばっかりでカリカリしてると健康に悪いよ? どうだい、今度僕と一緒に女の子がいっぱいいるお店に遊びに――」
「行かぬわッ! ええい、話が成立せん……!」
肩に力が入って勇みすぎている白哉を、京楽は揶揄うようにあしらう。とはいえ先ほどに比べれば、多少なりとも本心がポロっと吐露しやすい環境になりつつはあった。このあたりは酒を交えずとも、相手の心境を逆手に取る年寄……あ、いや、まあ、老獪さ……でもないか、あぁ、ん、まあ、人付き合いの上手さに起因しているだろう。
(初代みたいに威圧してきてないのに、どうして京楽隊長は言い換えたんだい? さき)
煩い、恩知らずの黒づくめっ。
…………まあ、ん、とりあえずそんな風にやり取りした結果、疲れたように腰を下ろしている朽木白哉へ、志道は言った。
「ところで朽木
「――――! そ、それは、……」
「あぁアレかい? 銀嶺サンも、毎度アレを聞くと名状しがたい顔になってたねぇ。忍びなかったけど、思わず笑っちゃいそうだったもの僕ぁ」
「?」
唯一この中で、話が通じていない虎徹錫音。そんな彼女に、志道は肩をすくめていう。あの藍染惣右介を友とする志道をもってしても、件の人物については中々思う所があるらしい。
もとより朽木の家は、尸魂界において掟、法を司る役割を全体としては担っていた。現当主である銀嶺も休隊と共に、その任を引き継いでいたのだが。そこに婿入りした朽木響河もまた、将来的にそういったことを担う期待をされている一人であった。
そんな彼が真央霊術院にて、生徒たちに放っていた言葉がこちら。
「曰く『掟とは、いつか破るためにある』」
「うわぁ……」
「曰く『掟とは、使いこなせば結構穴だらけだ』」
「わァ…………」
「曰く『掟とは、現実の前にはことごとく無力なもの』」
「ァ………………」
「曰く『掟とは、正義を守るものであり人の生命と尊厳は割と雑に投げ捨てる』」
「えっ? 私。たまたま朽木先生の授業は受けてなかったんだけど、ずっとそんな調子です?」
「伊達や酔狂で在学中に
なまじ思想に実力と行動力とが伴っていたが故にこその、妥当な処置の過去であった。むしろ鬼厳城ですら送られなかったところに在学中に送られかけるとか、破天荒ぶりに拍車がかかる話でしかない。というか本当、何であの男はシドーたちに教えてる間も捕まらなかったんだ、意味不明だぞ尸魂界……。
そんな身内の恥部を前に居た堪れない様子の白哉へ、苦笑いしか向けることの出来ない錫音であった。正直、俺も同情しか出来ない。
(さきは優しいね)
…………けっ。
※ ※ ※
「先ほどの話ではないが、叔父上は私にこう言ったのだ。『掟をいつか破る時は、掟以上に魂に誓ったものを守る時である』と」
朽木白哉は、重々しい表情で言葉を紡ぐ。
朽木
特筆するべきはその斬魄刀もそうだが、彼個人の性格にもある。先ほど志道が話していた通り、義父である朽木銀嶺に渋面を作らせる程度には、規律を司る家にしては破天荒な男なのだった。
そしてそんな男は、約十年前に起こった多数の魂魄消失事件およびそれに連なる陰謀の首謀者とされ、現在は現世の重霊地にて封印刑を受けている。
その響河の話題に、同事件で
「御爺様に捕縛される際、叔父上は特に何ら気負いを見せていなかった。ただいつも通り笑い、この白哉の頭を撫で、達者でなとだけ言っておられたのだ」
「響河クンらしいねぇ」
朽木響河の罪状は、状況とその後の彼の動きから一般には真実と思われているが、事実が異なることを朽木家は理解していた。そもそも朽木響河と言う男は、一部の貴族たちから目の敵にされていたのだ。もとより彼が婿入りする際にも、色々と中央四十六室から横やりが入り遅々として進まなかったことなど、色々とある。
曰く、彼の斬魄刀である村正は心を断ち魂魄を傷つけるなどという妖刀である。
曰く、そのような汚れた刃が写し取れた魂など正道を征く四大貴族にあるまじきものである。
他にも多くの
もとよりその破天荒さと、死神としての
それでも彼が朽木響河となり、六番隊の隊長を務めあげていたというのは、ひとえに彼個人の実力のお陰であった。
「貴族社会の泥を受け、それでもあれほど快活な笑みを浮かべられている男を知らぬと、
「浮竹のところの海燕クンも珍しく
「それは京楽隊長もかと。
「ハハハ、参ったねぇ……」
「まあ、本人も現世から購入したと思しき
「何やってるんだいリサちゃん…………、まあそう言う所も可愛いと思ってたんだけれどねぇ」
「
ちなみにその光景は、当然のように志道が見たものではなく裂読が視たものである。
「そして後日に罪状が明るみになった時……、捕縛の際に御爺様に渡していた紙に書かれていた貴族が、ことごとく追い落とされていたのを私は知ったのだ」
白哉の言葉に、引き続き空気な錫音と「そこら辺は政治もあるからねぇ」と渋い顔をした京楽。志道は、薄く微笑みながら何かを思案しているようだった。
そう、あくまで先ほどの段階までは、朽木響河に対する扱いは捕縛まで、であった。罪状が「あの」浦原喜助元十二番隊隊長が関わっていたとしても、いささか荒唐無稽であると判断する理性が意思決定機関である四十六室にも残っていたのだろう。とはいえそのままなら遅かれ早かれ彼の扱いから言えば、重罪は免れまい。
そんな中で、事件は起こった。
「取り上げられていたはずの斬魄刀をいつの間にか持ち出し、複数の貴族の現当主および子息を斬殺。……叔父上は襲われたから斬り返したと言っていたが、戦闘結果が一方的すぎて誰も信じなかった」
繰り返すが、朽木響河は隊長格の死神である。れっきとした、隊長格の死神である。強さはもちろん、集団戦の判断や個人戦の経験も、並の魂魄よりは当然多い。故にこそ件の殺された貴族たちがわざわざ彼を連れ出し、彼の妻子を斬殺し朽木から法務を取り上げるという計画を高らかに話し、彼を絶望させようとした時点で、響河の覚悟は決まったのだ。
それもかなり軽いノリで。
「調書だと確か『家族のことを色々言われてついカッとなって
「志道さん、その人本当にお貴族様の婿養子さんなんですか? さっきからこう、色々と……」
「先生だからねぇ」
「響河クンだからねぇ。でも貴族政治的には、意外と世渡り上手だったんだよ? 彼。意外とね」
「叔父上は……、言動こそ常識と縁を持たざる御仁のように聞こえるかもしれないが。それでもしかと、朽木の死神としては生真面目にこなしておられたのだ。その上で、志波の家ともよくやれるほどに柔軟性が高い。
だからこそあのお方が、口ではああ言えど道を間違えるとは思っていなかった――――本当に掟を、正面から破るとは思っていなかった。
そして――――――」
そして我らは守られたのだ、と。震える白哉の言葉に、誰しも言葉が続けられない。
本来は家の恥部とも言うべき事情を話しているが故に、それでもなお白哉から感じる義叔父への念に、錫音は言葉が出ない。朽木響河はその場で自らを陥れた貴族たちの主犯を殺し。その上で必要な情報を抜き取り銀嶺へと手渡し。後は家同士のやりとりとして事が推移し。結果として現在、白哉もその父も祖父も、そして叔母と姪らも守られたのだ。
彼は言った。掟とはいずれ破るために存在すると。
そして彼は掟を破り――――現実を踏み倒し、人の生命と尊厳を守ったのだ。
そしてその結果として投獄が確定した―――― 一般の魂魄よりはるかに長寿だろう死神の魂魄からしても、それをはるかに超える長い期間の封印の刑として。
不可解な妖刀・村正を尸魂界に。大逆の徒・朽木響河を現世に。
それぞれ分けて封印することで、二度とかのような凶行が起こらないようにと。これは、そういう事態なのだ。
「この白哉は、判らなくなってしまったのだ。掟を守ることが、より多くを守ることに繋がる。それが善であるという我が生き方に。掟を踏み祟るような行いをして、我らを守り自らの身を犠牲とした叔父上を――――私は守ることが出来なかった。
その迷いゆえに、我が千本桜は私の声に耳を傾けてくれなくなってしまった。私が弱いせいで……救えなかったせいで」
「……白哉クン、それは君のせいじゃない。響河クンが無実なのは、僕だってそう信じている。悪いのは、実際に事件を起こした誰かだ」
京楽の言葉と共に、一瞬視界が灰色がかる志道。
『…………やっぱこの時点で、黒幕が浦原喜助たちじゃないって察してるのか。……というかあのクズ貴族筆頭に対する警戒が強すぎる?』
(綱彌代家の時灘、か。……まあ、あれだけ色々噛みついて「遊んで欲しがっていたら」、要らぬ恨みの一つや二つは買うかな。と、まあそれはそうとしてだ)
視界に色が戻った後。志道は口を開く。涙をこらえる白哉に、常なら見たことがない程に保護者のような顔をしている京楽に。
「少し、昔話を聞いてください。白哉様」
「………………?」
「……何をだい?」
「京楽隊長は間違いなくご存知かと思いますが――――」
この二人の意表を突くような、突飛すぎる――志道にとって最も「自分の掟」というものを守り通そうとした死神の事を。
「――――ある一人の、途方もないくらい不器用で、とんでもなく頑固で寂しがり屋な、
なお、志道がそう話を切り出した段階で。あざしろ、という苗字を聞いた時点で、錫音は「あ、あー、あはは、は…………」と何故か顔色を猛烈に悪くした。