「なぁ、何か悩みでもあるならちゃんと聞いてやるからいきなり意味不明な攻撃仕掛けるのは止めろ? 俺相手じゃなかったら普通に死んで――――っとッ! 何だ!? 何か今見えないモン飛んできた気がした!」
「何故避けられる!? ……否、何故避けられるのだろう」
「一瞬ビビッてから秒ですぐ冷静さ取り戻して、お前の情緒どうなってんだよ痣城なぁ……?」
「どうもしない。無駄ならば切り捨てるのみだ」
「切り捨てるねぇ……。本当に無駄かどうかは、今そんな簡単に決めちまって良いものか――――っと、だから危ねぇって!」
「…………何故、
「知らないのか? 戦いってのはノリが良い方が勝つらしいぜ。そういうことだ」
「どういうことだ……?」
「志波のところの坊主もそう言ってたしな!」
「質問の返答をしろ。後、その時々で結果が変動する条件など『影響度を計測できないならば』不要な概念だ」
「本当にそうか? ――――っと、村正っ!」
「完全に口調が崩れていらっしゃるなぁ
両手をだらりと垂らしながら瞬歩のごとき速度で朽木響河に迫る痣城剣八。その動きに合わせて発されているだろう「何かしら」の攻撃……攻撃未満といえるその何かを、朽木響河は外見上はほぼ第六感のみをもってひたすらに回避していた。本当に回避できているかは第三者からは理解できないが、あの無感情冷徹殺戮マシーンみたいな振る舞いをしている痣城がその表情を乱し、親とはぐれた幼子のように狼狽していたことから真実であるだろうと推測ができる。
そんな自隊の隊長の素振りには特に感想もなさそうに、朽木響河の方に注目しているのは虎徹志道。と、そんな彼の背部に展開された
「なるほど……、健康面の問題が大きいけれど基本は隊長を引き受けられる準備はしていたってことですね。解号なしで
「………… 一体、何を考えているのだ貴様たちは。
「あー、
「つい、で卍解などされてたまるかっ!」
ごもっとも。
とはいえ虎徹志道が全く戦況の推移を警戒も悲観もしていないことに、わずかに違和感を覚える朽木蒼純。現在前方で戦っている(?)二人の氏素性を思えば、全くもって安心材料などあるはずはない。片や「心斬り」村正を振るう規格外の死神である響河。片や最強の飛び道具使いとして「鎌鼬」などと呼ばれることもある痣城。現状は痣城が件の飛び道具とやらを使っているのに対し、自らの義兄が全力で回避している状態である。
「どうせ
「それが、仮にも他隊の隊長へと刃を向けることへの納得できる事情説明になると言うのか?」
「普通はならないでしょう。けど、記録には残らない。そもそも無間裂詠の解放中、
「…………なん、だと?」
「なので、少し胸を貸していただけるとありがたいです。どうせ伝わりはしないんでしょうけど……。
それはそうと、全くコレ暗殺とかにも使いたい放題な気がするのに僕に関してだけはずっと放置してるから、四十六室ったらやる気がないなぁ本当……」
どっちかというと
『――――キハハハ、ずいぶんと副隊長からの期待値が低いじゃないかい剣の字! まあ仕方ないけどね! 今なら不意を突けるからとか適当に思いついてすぐ襲い掛かるのは止めなって、言われてただろう?』
「黙れ」
『はぁ~あ~、けどツタの制御はアタシがやってるんだから少しは労わってくれても良いと思うけどねぇ! アタシはアンタなんだからさっ』
「私であるというのなら、もっと粛々と事を為せ」
そんな副隊長二名を尻目に――――尻目にしておらず、しかし正しく観測しながら、痣城剣八は朽木響河へと「霊圧のツタ」を伸ばす。ツタ自体は視認できず、観測手段もなく、またその速度もほぼ思考と接触がノータイムで行われるようなもの。常人においては理外の
通常であれば斬魄刀の柄や鍔へと干渉をかけることは出来るが(※鞘は不可能)、それすらできず、受け流すと同時に「ツタを切断されている」。動きらしい動き一つしておらず、また通常であらば「融合前に」直接霊圧で弾く程度しか対処法のない、自らの斬魄刀の卍解。それをこうも意味不明な方法で反撃してくる目の前の男を、改めて脅威であると痣城は認識した。
何、問題はない。ツタは彼の
多少やかましいが、普段通りの域を出ていない。
状況は
そして、布石は打ってある。
『やっぱり霊圧を直接送り込まないと駄目だねぇ剣の字。村正の始解、
「…………そうか。なら、物量で圧そう」
『お? キハハハ! そういう単純なのも嫌いじゃないけどねぇ、ずいぶんあの副隊長に影響されてるじゃないかい本当! やっぱりあんまり話しかけて来る相手がいなくて寂しいから友だ――――』
「黙れ」
す、と手を掲げる痣城。それと同時に響河もまた回避に動いていた足を止める。
詠唱を始める痣城を前に、先に動いたのは響河。
「縛道の六十一
己が斬魄刀を翳すと、その刀身から無数の光が飛ぶ。光線のように尾を引くそれらは、ややタイミングをずらしながら遠隔で痣城を狙うが――――。
それらが痣城に到達するより前に、彼の姿は掻き消える。
瞬歩ではない。
「――――破道の七十三・双蓮蒼火墜」
「あ?」
そしてその声がまるで
彼は迷わず自らの斬魄刀、村正を自分の胸に突き刺し。
それと同時に、何故か鬼道が消滅した着弾点に姿を取り戻しかけていた痣城の、左腕に無数の切り傷が生まれて、地が弾けた。
「――――――――っ!」
『キハハハハハ! 思い切りが良いじゃないか、いい男だねぇ! 剣の字も見習ったらどうだい? 部下の娘とはいえ結構ストレートに剣の字の
「何故今その話をする、大体お前も引いていただろう!」
『それはそうと、剣の字には相性悪くないと思うけどねぇ、キハハハハ! おっぱいもまあまあ大きかったし? 多分もう一回、泊りに行ったら
「黙れ……!
一体何をした、朽木響河!」
己の斬魄刀へと吠えながら、同時に腕を抑えつつ響河にも吼える痣城。彼がそこまで感情をあらわにするなどかなり珍しい光景であるが、驚き言葉を失う蒼純と異なり志道は生暖かく見守るばかり。
一方の響河はといえば「傷一つない」胸元から刃を引き抜き、肩に担いで痣城を見る。とても、とても悲しそうな目で。
「さっきから斬り合ってて、凄い辛い想いしか伝わってこないな。お前は」
「…………ッ」
「ま、何をしたかと問われれば『斬った』以上の話はない。――――心斬り、という呼び名は心外だが、村正の特性を表したものではある。
村正は
大丈夫か?」
「情けをかけられる、話ではない……!」
刀傷としては軽傷の部類。にもかかわらず動きが鈍いのは、その一撃が彼の精神世界を抉ったからか、あるいは痣城自身が見た目通りの華奢な男の肉体しか持ち得ないからか。そもそも相手の体内どころか周囲を覆う空気を含めて、鬼道を放ち焼き殺そうとしていたところであっさり反撃されてこれである。知らずに雑な反撃で、同時に自らに手傷を負わせたその事実に、痣城は珍しく動揺が止まらない。
斬魄刀を下ろして困惑する蒼純に、志道は肩をすくめた。
「流石朽木隊長、ですが……、まだ終わりじゃないですよ?」
「何?」
「――――――
叫びながら、血を流し続ける左腕を振り払い、右手で何かを構える。それと同時に、その構えた場所めがけて膨大な霊圧が収束――なるほど、確かにその高ぶる霊圧のすさまじさは、間違いなく彼が隊長格の死神であることを裏付けるだろう。とはいえ意味が解らない。あれほどの霊圧の高ぶりは本来なら卍解に相当するだろうに、既に卍解を使っている彼が今更それを為すなど――。
「一応、始解ってことになっていますね」
「始解? あれが……?」
「隊長はちょっとややこしい経緯があって、一足飛びに卍解へと至っています。だからその反動で、本来ならもうちょっと大人しい能力に落ち着きそうな始解が『卍解を解除した時に』とんでもない状態へと変化してしまうんですね。
まあ、短時間しか持たないしお気になさらず」
「なさらず!? 何を考えているのか
「
さっきの会話は聞いていたでしょう、と語る志道。やはり意味が解らない蒼純であったが、朽木響河にはしっかりとその意図が伝わっていた。いや、より正確には――――。
『――――有難い。響河の本当の力を放てる機会など滅多にないのだから……! 全力で行こう、響河!』
「まあ、全力で行ったら頑張るのは俺じゃなくてお前だけどな。…………人の目がないっていうのなら、今日は『あっち』でやるか」
自らの斬魄刀の高揚する声に苦笑いを浮かべる響河。目の前の、小さな太陽のように熱すら覚える光を――霊圧を放つ一刀を前に。特に気負いせず、村正を両手で握り――――。
「卍解――――」
来るか、と手負いの痣城は「捨てたはずの怒り」の感情に支配されながら、自らの斬魄刀を構える。
朽木響河の卍解は知っている。名を「
ある意味でそれこそが、朽木響河の代名詞。村正の妖刀たるもう一つの所以。相手の霊子操作能力に毒を振りまく妖刀など、斬り続けた相手を廃人に追い込むような、ひと思いに殺しすらしない惨い扱いなど、到底良い評判がつくはずもない。
だからこそ一騎打ち。この一騎打ちにおいて確実に敵を屠るために、今の自らの全力を出すための形として始解へと戻した。
「一撃一刀のもと、完膚なきまでに葬る――斬魄刀自体を洗脳することもできる、という真なる特性、死神と斬魄刀と言う『虚を根絶し魂の循環を果たす』使命を根本から崩壊させる危険分子を、いかなる方法であっても葬り去る……!」
ただ、そんな痣城を見ながら、虎徹志道は半眼で笑う。ごくごく普段通りに、そしてどこか残念そうに、気の抜けた笑みで。
「その決意なんてものは普段なら捨て去ってるのに、今捨てられてないっていう時点で……隊長の負けですよ」
果たしてそのつぶやきが聞こえたか――そして志道の言葉よりも早くに、決着は訪れた。
「――――
「ッ!」
卍解したはずの朽木響河は、痣城が知る彼の卍解の姿ではなかった。何ひとつ普段と変わらず――そしてその隣に、伝え聞く卍解の際に纏っている羽根つきの白い衣
そしてその男が現れた時点で、痣城は自身の平衡感覚が崩壊した――――既に「雨露柘榴の能力で空気と融合しているにもかかわらず」、その全身の知覚が崩壊し、その場で膝から崩れ落ちた。
『我が声を聞け、そして本能の命ずるまま心を解き放て――――』
身動きできぬ自らの前に、現れ出た先ほどの白い男は。付け爪を痣城の胸元へむけ、まるで「鍵を開錠でもするかのように」半回転させ、差し入れ――。
『――――貴様の名は、
『――――――――キハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! これは駄目さ、アンタの負けだよ剣の字! もう笑うしかないねぇ! 結局、あの色男が言っていた通りじゃないかい。「普通に勝てない」ってさぁ!』
「ッ!? な、何故お前が……?」
果たして、始解すら解除され痣城が握るのは一刀の斬魄刀。「何ら変哲のない」ただの斬魄刀。そして彼を見下ろす様に、花魁のように艶やかで露出の激しい、左右の目を覆う様な眼帯姿の女。囁くというにはけたたましく鬱陶しく煩わしいその声音は、間違いようもない普段から常時耳元に囁き続ける女のもの。
雨露柘榴――――痣城の斬魄刀、その
とするならば、意味が全く分からないが……「卍解の姿が異なる」今の敵のそれは、つまり、斬魄刀を強制的に具象化させ、相手の始解卍解もろともを解除させ、使用できなくする?
事ここに至り、痣城に戦う術はない――どころか、雨露柘榴は痣城へと手を差し伸べすらせず、ただただ彼の醜態を「仕方ないねぇ」とばかりに笑い飛ばすばかり。
もはや彼が、この場で戦いを継続できる道理は皆無と言えた。
※ ※ ※
「と、まあそんな風に隊長同士で喧嘩したことがあったんですけど――――」
「いやいやその話、そんな簡単に済ませちゃって良いものじゃないでしょ。蒼純副隊長からも聞いてないよ僕すらねぇ……?」
「公的記録に残っていない話なので、話半分に聞いてください」
「真実か嘘か話半分という体で今更誤魔化せないと思うよ僕ぁ…………」
というか直接的に四十六室に愚痴っちゃってたの本心だよねぇ? という京楽の言葉に、志道は「さあ」と肩をすくめる。相手の胃痛など気にせず、飄々と虎徹志道はそのまま戦いの顛末について続けた。
語りのうち、卍解の詳細については双方の隊長について微妙にわからないようにボカしながら説明している志道。ただ村正の卍解による干渉で、内在世界から痣城の斬魄刀の力を無効化し、その声を届けたという程度の説明ではあったが。
「朽木隊長は、戦っていた痣城元隊長の心を読み取ってしまったみたいでした」
「心を?」
困惑する朽木白哉に、ええ、と肯定。それは果たしてある一定以上に斬術を極めた剣士としての高度な読みの延長か、はたまた妖刀村正の干渉による影響か。あえて例を出しはするも、明確な答えの言及を避けながら志道は回想する。
「痣城元隊長は、朽木前隊長の存在こそが尸魂界における死神という存在の根幹を揺らがすと考えました。死神と斬魄刀とを敵対させると言うことは、すなわち
故にその力を見極め、確実に滅却する。自らが霊子の循環やバランスなんてものを完全に捨て去った上で、虚を根絶するという目的に取りつかれていたが故に」
「……件の事件は、御祖父様より耳にしたことがある。しかし、何故それほど脅威に思っていたのか? 痣城剣八は、我が伯父上のことを」
――何故、私に力を貸さない雨露柘榴! お前は、
――それは君の一方的な物の見方だ。現に、私の言葉に彼女は応えた。それが、一つの答えだ。
――アタシが本当は、アンタにこれ以上、何もかも捨てて欲しくないと思っているってことの、どこに疑問があるんだい?
――何を、言っている?
――やれやれ。アンタがアタシを
――止めろ、そんな、そんな目で――――姉さんと同じ顔で、同じ目で僕を見るな……!
――あー、やっぱり家族関係だったなぁ。どうしたもんか、俺も覚えはあるとはいえ。
「…………痣城
「……そういった面が存在することは、理解する」
「とはいえ、朽木銀嶺様および朽木青葉様は、共にそういった懸念も前提としてあった上で朽木前隊長の婿入りを受け入れました。夫婦間のことについては野暮なのであえて言いませんが……、受け入れた朽木の家はむしろ体制側、であるなら朽木前隊長を排斥する側であるべきでしょう。
ならば、この違いは何だと思われますか? 白哉様」
「………………」
押し黙る朽木白哉。だが、ことさら彼とて鈍い訳ではない。比較に上げられたことで、志道の言わんとしているところが、おぼろげながら理解できてきた。
そして志道が続けるよりも先に、虎徹錫音が聞く。
「……意図があるってこと、ですよね? いくら決まり事とか暗黙の了解とかがあっても、それをどう使うかってところに人の裁量というか、意図というか」
「うん、そうだね。
だからこそ結果に差は出来るし、
ですから――――」
――痣城、お前は辛くないんじゃない。
――そのせいで多分、自分の一番大事なことすら見失っちまってる。だから――――。
――黙れ……! そんなものは無駄だ!
――死神は、ただ世界のために回る歯車であれば良いんだ…………!
――でなければ、僕は、姉さんは何のために…………。
「――――痣城隊長が自分の正義に何故拘っていたか。その根底にある意図は何であったか、
それでも以降、隊長に避けられても朽木元隊長は特に気にしてませんでしたし、気にかけてましたし……、蒼純様もそれは共通していました」
「父上が?」
「ええ。痣城隊長投獄の理由に、今の話が挙がっていないのが良い例でしょう。……あの苦しんでる痣城隊長を見て、思う所はあったのだと思います」
だからその上で、あなたはどのような意図をもって掟と自分の正義を振るわなければいけないか、悩む必要があるのかもしれませんね。
志道のそのかけた言葉に、朽木白哉は上手く返答することは出来なかった。
言葉は現状の追認である。ただ語られた話の裏側に――――語った志道の意図に、突き放すような冷たさと、それでも先達として見守ってくれているような暖かさを感じ。
精進いたしますと深く頭を下げ、京楽から「悩むのは若い子の特権だからねぇ」とどこか懐かしむような声をかけられた。
『――――よっし、これで朽木緋真フラグ立った! いや、修正大変だった……。好みじゃないけど海燕殿、
(さき、色々台無しだから…………)
なお志道と裂読の対話からして、白哉の感じた冷たさと温かさはおそらく錯覚である。
人は見たいものだけを見て生きてしまう――――そこまで計算に入れた上での、これはそんな
・甲縛式、降霊式:
転生?響河が見てた某漫画に由来。卍解する際に、具象化した村正≒内在世界を自分に纏わせ融合するのを甲縛式、分離してるのを降霊式と呼称してるだけで、文言自体は卍解の名前には含まれていない(より正確には「~式卍解」みたいに言うのが妥当)。
アニメ版は降霊式の方が原典なので、こちらでも当然そちらが真の姿。甲縛式は始解同様直接戦闘用の調整かつ、真の能力を悟らせないためのカモフラージュの一環。